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長野市を後に

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長野は2泊3日の滞在でした。最終日は善光寺詣りを済ませて、大阪に帰ります。市内を廻ったときの写真です。
撮影 : 2017.12.15 - 17
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JR長野駅前です。昼食会に着るシャツなど忘れ物があったので、陸橋の向こうにあるドンキホーテにはお世話になりました。
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駅前にはビジネスホテルが並んでいます。この下で夜食に食べた「らぁめんみそ家」の信州味噌ラーメンが美味しかったです。
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これです。写真は食べログから。
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ホテルから長野駅が眼下に見えます。
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北陸新幹線の車両が入ってきました。
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みずほ銀行長野支店
長野県長野市問御所町1260

最終日の朝、路線バスで善光寺へ向かう車窓から。中央通り(表参道)と直交する広い昭和通りにあります。尖塔アーチ窓が規則的に並べるモダニズム風の意匠で、なかなか印象的。設計者や建築年のデータは見つかりませんでした。
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八十二銀行大門町支店
長野県長野市長野大門町63-1

バスで中央通りへ。ここは10年前にも撮影していましたが、調べると新しい建物とわかり、ブログにアップしなかったもの。現在の建物は平成9年の築。大正13年から営業していた旧店舗を再現した、レトロ調の建物です。
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善光寺郵便局
長野県長野市長野大門町515

善光寺の帰り道。中央通り(表参道)を歩いて南下しています。前回にも通りかかり、アップした善光寺郵便局。1932(昭和7)年に建てられた旧五明館という旅館のフロント部分を改修して郵便局として使っているのです。
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北野文芸座
長野県長野市西後町1625

歌舞伎座風の外観を持つ演芸館。伝統演劇のみならず音楽など各種公演にも使われています。
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八幡屋礒五郎
長野県長野市大門町83

江戸中期創業の七味唐辛子の店。初代室賀勘右衛門が、1736年(元文元年)に七味唐辛子を善光寺の境内で売り出したのが、八幡屋礒五郎の始まりだそうです。
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ここで七味唐辛子を買うのも2回目。仕向け先に合うようにブレンドされた、多くの種類があります。たまたま、今回、買ったのは日本料理店の柏屋向けでした。「和食には珍しい素材のブラックペッパーと柚子の香りが利いた、うどん・そば等の和食麺類に合う七味。柏屋7代目当主・塚田浩司監修」だとか。個人的にお気に入りで、愛用しました。
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長野駅です。ここから特急「ワイドビューしなの14号」で名古屋へ。その後は新幹線に乗り継いで大阪へ帰ります。
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1998(平成10)年の長野オリンピックのフラッグが壁に。早いもので、もう20年近く経ったんですね。

by gipsypapa | 2018-09-04 08:24 | | Trackback | Comments(2)

長野松竹相生座

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権堂商店街で古そうな映画館を発見。ネット情報では元は明治25年に開場した芝居小屋「千歳座」だったもの。当初は歌舞伎などが上演されていたそうですが、1897(明治30)年に長野県内で初めて活動写真が上映されたところです。建物は既に築125年を経過し、建築年が判明している日本最古級の映画館だそうです。

大正期に映画の時代が到来して「相生座」と名を変えました。その後1972(昭和47)年には松竹と契約。改造してスクリーンを増やし「長野ロキシー」との2館体制になって、松竹配給の洋画も上映するようになったとか。現在は松竹との配給契約を終了して、長野映画興行の直営館になり、新作映画のほか、隔月で観客へのアンケートによる「名画特集」が催されています。

長野松竹相生座
1892(明治25)/ 1973(昭和48)年改修 / 1984(昭和59)年改修
設計・施工 : 不明
長野県長野市鶴賀権堂町2255
撮影 : 2017.12.17
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この写真はネットから借用しています。
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こちらもネットにあった昔の写真。明治の「千歳座」の時代。
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こちらは昭和30年ころだそうです。

by gipsypapa | 2018-09-03 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長野市の権堂商店街

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善光寺から駅前のホテルに帰るのは徒歩にしました。参道からまっすぐ南下すると,広い道路の両側に見所が多いのですが、雪が強く降っていてたので、途中で左折しアーケードのある商店街を通り抜けることにしました。

権堂商店街は善光寺のお膝元に位置し、賑やかさと歴史を感じさせる商店街です。かつて善光寺が被災した時に5回「仮堂」の役割を果たしたことから権堂といわれました。江戸時代には善光寺参詣の精進落としの水茶屋が栄えた地でだそうです。

権堂商店街
長野市権堂町2208周辺
撮影 : 2017.12.17
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ダイナマイト関西?通天閣の主、ピリケンさんがいます。
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ウィンドウに昭和レトロな雑貨が見える店。
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15点セットで20万円!!
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「陽だまり」の看板。野菜や山菜の店らしいのですが、看板の左に・・・
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コブラがいます。
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アーケードはまだまだ続きますが、このまま進むと長野駅を過ぎてしまいそうなので、途中で右折しました。

by gipsypapa | 2018-09-02 08:54 | | Trackback | Comments(2)

定額山 善光寺

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長野訪問の最終日でした。午後の列車で変える予定ですが、それまでは散策。長野市に来たからには善光寺詣りは欠かせません。丁度10年ぶりで2回目の訪問になります。前回は駅前から徒歩で往復しましたが、この日は寒く、雪模様。ということでバスで行くことにしました。

10年前の訪問時にも、既にデジカメで、何枚も撮影したのですが、当時のこのブログは洋風建築だけを取り上げていたのでアップしていませんでした。

善光寺(ぜんこうじ)は山号は「定額山」(じょうがくさん)で、無宗派の単立寺院。日本で仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺だったことから、宗派の別なく宿願が可能な霊場と位置づけられているそうです。江戸時代末には、「一生に一度は善光寺詣り」と言われるようになり、現在も多くの参拝客が訪れる長野市の名所です。

定額山 善光寺
長野県長野市元善町491
撮影 : 2017.12.17
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バス停から仁王門に向かう通りは石貼りの敷石です。これについては後述します。
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参道の右側には宿坊が並んでいます。
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善光寺にはこの一角だけではなく、全部で39の宿坊があり、それぞれに御堂があって、住職がいるそうです。
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それぞれが歴史がある宿坊です。ただ個々の詳細は分かりません。
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ネットで見る限り1泊2食付で9,000円とリーズナブル。
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ちなみに高野山の宿坊はその2倍くらいが相場です。
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とはいえ、料理は精進料理ですよね。ムムム、心が騒がないかな。
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建物好きとしては一度泊まるのもいいかもしれませんが。

善光寺 仁王門
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北に進む石段があり、その石段を上ったところにある仁王門。善光寺の参拝者を迎える最初の門です。宝暦2年(1752)に建立されましたが、弘化4年(1847)の善光寺大地震で焼失。その後、元治元年(1864)年に再建されましたが、明治24年(1891)の火災でまたも焼失してしまいました。現在のものは大正7年(1918)に再建されたものです。

善光寺 仁王門
1918(大正7)年
設計・施工 : 不明
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善光寺参道 仲見世通り
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仁王門から三門まで続く仲見世通りは、郷土の銘産、民芸品などの土産物店や旅館などが立ち並び、多くの参拝客で賑わっています。善光寺の境内入り口から本堂までは、碁盤の目のように整えられた石畳(敷石)が敷き詰められています。

敷石は今の本堂の完成後8年目に完成。敷石は長野市の文化財に指定されていて、全部で7777枚あったるそうですが、ネット情報では現在では6千枚強だとか。石畳は境内入り口から山門までは、幅5.4メートル、長さ約395メートルあります。また、山門から本堂までは幅7.2メートル、長さは63メートルです。

善光寺参道
1714年(正徳4)年
長野市史跡
設計・施工 : 不明
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多くの土産物店。
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旅館や・・・
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右奥に見えるのは世尊院 釈迦堂。1700年以降(江戸時代中期)再建の重要文化財でした。
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知らずに遠景だけ。見逃したのでネットの写真を借用します。
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重要文化財の釈迦涅槃像があるそうです。これもネットから。

善光寺 三門(山門)
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仲見世どおりを北へ進み、石段を上がったところに山門があります。山門は寛延3年(1750)に建立されました。桁行き約20.4メートル、梁行き約8メートル、高さ約18メートルの入母屋造りの大楼門です。建物や屋根の老朽化が進んでいました。そこで、2002年より平成の大修理が行われ、2007年12月に5年の歳月を経て建立時の姿が復活しました。

善光寺三門(山門)
1750(寛延3)年 / 2007(平成19)年再建
重要文化財
設計・施工 : 不明
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善光寺 鐘楼
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本堂に向かって手前右側にあるのが鐘楼です。江戸末期の嘉永6年再建された檜皮葺の建物で、南無阿弥陀仏の六字にちなんで6本の柱で建てられています。ちなみに梵鐘は寛文七年(1667年)鋳造の名鐘であり、重要美術品に指定されています。大晦日の「行く年来る年」で取り上げられたり、長野オリンピックの開会を告げた鐘として知られています。

善光寺 鐘楼
1853(嘉永6)年
設計・施工 : 不明

善光寺 本堂
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国宝に指定されている本堂は江戸中期の宝永4年(1707年)の竣工。設計は幕府の大棟梁甲良氏3代甲良宗賀が担当しました。間口に比して奥行の深い、大型の仏堂で、一見2階建のように見えますが、建築形式的には一重裳階付(いちじゅうもこしつき)とか。つまり天井が高い吹き抜け構造になっています。屋根は檜皮葺きで、屋根形式は撞木造(しゅもくづくり)という特異なものだそうです。

善光寺本堂
1707(宝永4)年
国宝
設計 : 甲良宗賀(幕府大棟梁甲良氏3代)
施工 : 不明
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一回りしました。来たときから降っていた雪が強くなってきました。寒い!
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本堂の裏側に牛が2頭。善子さんと光子さんだそうです。「牛に引かれて善光寺まいり」なのでここにいるわけです。
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これです。写真はネットから借用しています。

善光寺 三重塔
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本堂の北西に建つ三重塔。正式には日本忠霊殿といいます。戊辰戦争から第二次世界大戦で亡くなった 240万余柱の英霊を祀っているそうです。建物には、善光寺資料館が併設されており、奉納絵馬や、本堂に安置されていた仏像などを拝観できるとか。昭和45年に建立された三重塔形のコンクリート製の建物で、初層には裳階があります。高さは44.5m。

善光寺 日本忠霊殿(三重塔)
1970(昭和45)年
設計・施工 : 不明
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善光寺 経蔵
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江戸中期の宝暦9年(1759年)に建立された宝形造りのお堂です。国の重要文化財に指定されています。経年劣化のため改修工事が行われていたそうですが、私が訪ねた3ヶ月前に修復を終え、9年ぶりに内部の一般公開を再開したばかりでした。内部中央には八角の輪蔵があり、その中には仏教経典を網羅した『一切経』が収められています。輪蔵に付属している腕木を押し廻すことでこの『一切経』を全て読んだことと同じ功徳が得られるといわれています。

経蔵
1759(宝暦9)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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中にあるのが八角の輪蔵。
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実際に押して廻していますね。功徳がありそうです。
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善光寺 大勧進
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善光寺大勧進は、天台宗の大本山で、善光寺山内にある25ヶ院の本坊になっています。

大勧進
詳細不明


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by gipsypapa | 2018-08-31 09:33 | 建築 | Trackback | Comments(4)

長野電鉄 小布施駅

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小布施駅へ戻ってきました。長野駅から特急ゆけむりで20分、長野電鉄小布施駅は、栗と北斎の町小布施の玄関口です。 1923年(大正12年)に 開業した駅舎です。観光地の駅らしく、ながでん電車の広場に古い列車を展示したり、藤平第二発電所の水車と水圧鉄管をホームに置いたり工夫されていました。

長野電鉄 小布施駅
1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
長野県上高井郡小布施町大字小布施1497-2
撮影 : 2017.12.16
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駅舎は全体的には開業した大正時代の姿をとどめているようです。
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ホームからは雄大な北信五岳(飯綱山、戸隠山、黒姫山、斑尾山、妙高山)の山並みを望めます。この写真は車窓から。
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出発が遅かったので着いたのはすでに午後4時前。
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駅に帰ってきたのは午後5時15分頃。1時間半の短い滞在でした。
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既に暗くなっています。
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1番線隣にある「ながでん電車の広場」には、以前長野電鉄を走った古い車両が展示・保存されています。
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現在展示されているのは2000系D編成の3両。
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藤平第二発電所にあった水車と水圧鉄管がホームに展示されています。
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機械工学的にはペルトン型水車です。柄杓(ひしゃく)が水を入れて回ります。
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短い散策でしたが、長野駅へ戻ります。小布施はもう一度訪ねたいところです。
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これはウィキペディアの写真です。

by gipsypapa | 2018-08-30 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

小布施の「カフェ ド 珈茅」

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短い小布施の散策。早くも日が落ちて薄暗くなってきました。駅へ向かう道路から立派な茅葺き屋根の民家らしきものが見えました。新潟の古民家を移築し2015年4月にオープンした「カフェ ド 珈茅 (Cafe de kochi)」でした。

カフェなので、メニューは主に、サンドイッチやコーヒー、また野菜スープなどの軽食だそうです。通りかかった日は定休日らしく、閉まっていましたが、ネットの写真を見る限り落ち着いた店内で静かに過ごせそうです。

カフェ ド 珈茅
詳細不明
長野県上高井郡小布施町小布施787
撮影 : 2017.12.16
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道路から見える藁葺き屋根。小布施の町並みでは見かけない農家のような民家です。
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新潟にあった民家を移設したとか。なるほど。
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この日は閉まっているようでした。定休日でしょうか。
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道路からのアプローチは板張り。向こうに見える建物は初回に紹介した「プチホテル ア・ラ・小布施」です。
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これ以降の写真はネットにあったものを借用しています。
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by gipsypapa | 2018-08-29 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(0)

小布施の桝一市村酒造場

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もう一つ高井鴻山が12代目だった市村家が、江戸時代の宝暦5年(1755)に創業した造り酒屋です。屋号は「桝一」。栗菓子の「小布施堂」や和風レストラン「蔵部」と同じ市村家の経営する桝一市村酒造場の直売店です。

桝一市村酒造場
詳細不明
長野県上高井郡小布施町小布施807
撮影 : 2017.12.16
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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店内にはテッパ(手盃)台と呼ばれるカウンターがあるそうです。
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テッパとはこの地方の方言で、量り売り直飲のこととか。
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□一は「桝一」のロゴ。
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by gipsypapa | 2018-08-28 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

小布施 寄り付き料理 蔵部

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蔵部(くらぶ)は高井鴻山の市村家が営む桝一市村酒造場の酒蔵の一部を改装して作った和食レストランです。江戸時代から酒蔵で働く蔵人たちが寄り合い、冬の期間に寝泊まりをしながら酒を造り、休息たりし、食事をする「寄り付き場」であったことから「寄り付き料理 蔵部」という店名にしたそうです。

地元信州で取れた岩魚(イワナ)や山女魚(ヤマメ)などの川魚をはじめ、信州の肉、地のきのこや野菜、豆などの郷土色豊かなメニューがあるそうです。建物はあきらかに江戸後期から明治初期の築に見えますが、詳細は分かりませんでした。

寄り付き料理 蔵部
詳細不明
長野県上高井郡小布施町小布施807
撮影 : 2017.12.16
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立派な長屋門があるお屋敷です。
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北斎館へ向かう道路沿いに蔵が並んでいます。
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このうちのどれかがレストランになっていると思われます。
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小布施らしい歴史を感じる佇まいでした。
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これ以降の内部と料理の写真は食べログから借用しています。
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トックリは「桝一」のロゴです。
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なかなかよさそうなレストラン。チャンスがあれば行ってみたいです。

by gipsypapa | 2018-08-27 08:44 | 建築 | Trackback | Comments(2)

小布施の高井鴻山記念館

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高井鴻山(たかい こうざん)は本名を市村健といい、江戸時代に小布施で財を成した豪農商。この屋敷は葛飾北斎が晩年に滞在したところで、佐久間象山、久坂玄瑞、藤本鉄石などの文人墨客が多く訪れたそうです。高井鴻山記念館は小布施町教育委員会が運営する、高井鴻山の足跡を伝える記念館です。

高井鴻山は小布施にある、小布施堂や桝一市村酒造場を経営する市村家 12代当主でした。当時の面影を色濃く残す建物とともに、鴻山が数多く残した書画の作品を展示しています。

高井鴻山記念館
江戸末期
設計・施工 : 不明
長野県上高井郡小布施町小布施805-1
撮影 : 2017.12.16
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裏口が栗の小径にあります。
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中を見たかったのですが、すでに夕暮れ間近。時間切れです。
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正門は裏口の反対側にあるようです。この写真以降はネットにあったものを借用しています。
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by gipsypapa | 2018-08-25 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

小布施の「栗の小径」

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小布施は栗の名産地。“栗の小径”は北斎館から北へ、高井鴻山記念館方面へ向かう小道です。名産の栗の間伐材が路に敷き詰められていて、小布施では逃せない観光スポット。静寂で趣がある一角でした。

小布施町「栗の小径」
長野県上高井郡小布施町小布施470付近
撮影 : 2017.12.16
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北斎館から北へ向かう小径の中央にシートが敷いてありました。
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シートの両側には確かに年輪が見えます。
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次回にアップする高井鴻山記念館を過ぎたころからシートが消えました。
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他では見れない見事な栗の小径。
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途中にオープンガーデンの看板。
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普通の住宅の庭を一般に無料で公開しています。
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このようなオープンガーデンが小布施には数箇所あるようです。
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バス通りに出ました。栗の小径は「日本庭園的生活」というブログで知り、行きたかったところです。
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この写真はネットにあった写真を借用しています。夏の風景ですね。栗の木(多分)が茂っています。

by gipsypapa | 2018-08-24 08:43 | | Trackback | Comments(2)