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口之津から鬼池へ

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原城跡を見た後、口之津港へ来ました。これからフェリーで天草に、つまり長崎県から熊本県へ向かいます。
撮影 : 2018.10.3
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島鉄フェリーは島原半島南端の口之津港から天草の鬼池港を結ぶフェリーです。「フェリーくちのつ」「フェリーあまくさ」の 2隻で運航しています。

口之津港フェリーターミナル
長崎県南島原市口之津町丙4134-71
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バスのまま乗り込みます。船室はゆったりしていました。
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天気が良いのでデッキの方が気持ちがいい。
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所要時間は30分です。
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晴れ渡った空に筋状の雲。この珍しい形の雲は、この後ずっと見ることになりました。
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鬼池港へ到着。ここは熊本県。天草の下島(しもしま)です。

鬼池港フェリーターミナル
熊本県天草市五和町鬼池5087
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早速、天草四郎はお出迎え。このあともあちこちで見ることに。
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天草の下島の西海岸を南下。
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妙見ヶ裏を通過して・・・
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十三仏公園へ向かいます。ところでバスの中で案内があった「島原の子守唄」。悲しく暗い印象です。



鬼(おん)の池ン久助(きゅうすけ)どんの連れんこらるバイ

久助どんはからゆきさん(島原地方から外国へ売られていった女性たちの総称)を買いつける、いわゆる女衒(ぜげん)だったとは、知りませんでした。それにしても天草から島原まで船で渡って、そんなことをしていたのか。

by gipsypapa | 2019-01-18 08:10 | | Trackback | Comments(2)

原城跡

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島原半島の南まで来ました。原城跡(はらじょうあと)は天草四郎を総大将として数万人のキリシタンや農民が立てこもった「島原・天草一揆」の舞台となった城跡。国指定史跡とともに、今年、2018年6月30日に世界遺産登録が決まった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産です。

原城は別名を日暮城といい、1496(明応5)年に、日野江城の支城として有馬貴純によって築かれました。有馬氏が日向国延岡城に転封となった後の、1616(元和2)年に松倉重政が日野江城に入城しましたが、一国一城令の影響もあり不便な日野江城を放棄し島原城を築城しました。この際に原城も廃城となり、石垣や構築物も転用されました。

その後、江戸時代初期起こった日本の歴史上最大規模の一揆、島原の乱(1637年12月11日 寛永14年- 1638年4月12日寛永15年)のときに天草四郎を戴いた一揆軍が立てこもったのが、この廃城でした。

原城跡
世界文化資産
国指定史跡
長崎県南島原市南有馬町
撮影 : 2018.10.3
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②原城跡
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ツアーの予定ではイルカウォッチングがオプションとして組み込めれていましたが、申し込みが少なく中止。近くで昼食を食べたあと、次に乗るフェリーの出航まで、かなり時間に余裕が生じたので、予定になかった城跡に上ることになりました。
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原城本丸跡の少し手前に位置する空掘跡。島原の乱で籠城していた際には防衛用として使われた場所です。
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戦に出ない女性や子どもなどが隠れていたといわれています。
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乱のあと破却された石垣。
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梯郭式平山城という形式だそうです。
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本丸跡の高台へ登る階段です。
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天草四郎の墓碑。もちろん後世に作られたもの。
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人工的な建造物が少ない中、それらしい十字架のある塔が立っています。
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天草ではおなじみの同じポーズをした天草四郎。

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有明海が見渡せます。
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佐分利九之丞親子の墓。反乱軍ではなく、鎮圧のために鳥取藩士88名の筆頭として参戦し、戦死したそうです。
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原城を下ったところに温泉があります。真砂という温泉保養宿泊施設で昼食でした。
原城温泉 真砂
長崎県南島原市南有馬町丁133
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具雑煮という郷土料理。名前から田舎っぽいものを予想していましたが、立派な会席料理でした。
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食後に真砂の裏の浜辺を散策。
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by gipsypapa | 2019-01-17 08:10 | | Trackback | Comments(2)

長崎市から島原半島へ

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朝、ホテルを出て大浦天主堂へ。そのときにバスで走った長崎市内を撮影しました。長崎は2年半前の九州横断ツアー以来です。
撮影 : 2018.10.3
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カステラの文明堂の前を通りました。ここが総本店です。
文明堂総本店
長崎市江戸町1-1
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長崎市は路面電車の町。市民の足としては勿論、観光客にも人気です。
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レトロな建物が見えてきました。長崎銀行本店です。長崎無尽だった建物で、その後は長崎相互銀行に名前を変えたそうです。鉄筋コンクリート造り、3階建て。

長崎銀行本店
旧長崎無尽
1924(大正13)年 / 1992(平成4)年改修
設計 : 末広建築設計事務所
施工 : 不明長崎市栄町3-14
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四海樓(しかいろう)は長崎ちゃんぽんと皿うどん発祥の店として知られています。 大浦天主堂やグラバー園のある南山手伝統的建造物群保存地区に近いため、観光バスの集積地になっています。

四海樓
長崎市松が枝町4-5
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大浦天主堂に向かって登る坂の途中にある祈りの丘絵本美術館は子供の本の専門店・童話館が運営する美術館です。1999(平成11)年に開館しました。

祈りの丘絵本美術館
長崎市南山手町2-10
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大浦天主堂の坂の下にある大浦教会。天主堂への観光客が増加したため、信者の礼拝の場所として1975(昭和50)年に、天主堂に登る石段横の隣接地に建てられました。毎日のミサはここで行われているそうです]。

カトリック大浦教会
1975(昭和50)年
長崎市南山手町2-18
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これ以降の大浦教会の写真はネットから借用しています。
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長崎市内を出て島原半島を経由、熊本の天草へ向かいます。途中トイレ休憩で立ち寄ったカステラ屋。1年半前に九州横断ツアーでもここに来ました。
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旅行会社と提携しているので、この日も4つのツアーが来るのですね。
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通っている道は長崎街道というらしいです。
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崖下に赤い屋根に鐘楼が建つ建物が見えます。教会ではないですね。十字架がありません。
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島原半島の西岸を南下して南島原市に向かっています。知りませんでした。ジャガイモの生産量は北海道に次ぐ全国2位だとか。車窓から一面の畑が見えます。
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9年前に泊まった小浜温泉を通過。観光案内所の入り口で手を上げているのは、オバマ元大統領。アロハシャツを着ているようです。
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9年前にアップした写真。高級そうなスーツ姿でした。大統領をやめてラフスタイルになったのですね。



by gipsypapa | 2019-01-16 08:22 | | Trackback | Comments(2)

大浦天主堂と関連施設

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9年前の2009年5月に訪問し、アップした大浦天主堂。久しぶりです。江戸末期に建てられたゴシック風の日本最古の教会で、長崎では最も有名な建物の一つ。知る限り日本で唯一国宝に指定されている洋風建築です。

在留外人のための教会として建てられ日本26聖殉教者天主堂と呼ばれました。豊臣秀吉によって処刑された、ペドロ神父、パウロ三木ら26人の殉教者を顕彰したもので、大浦天主堂という名称は、地名を付ける日本の習慣に従った通称です。

フランス人宣教師ジラール(プリュダンス・セラファン=バルテルミ・ジラール)、プチジャン(ベルナール・タデー・プティジャン)両神父の設計図をもとに、プチジャン神父の指導により、天草出身の棟梁・小山秀之進が施工しました。

当初は木造の天主堂でしたが、明治8年に改修・増築を行い、外壁を煉瓦構造にするとともに、間口を左右に広げ、奥行きも深くして当初の2倍の大きさに拡張。典型的なゴシック建築様式になりました。現在の天主堂は原子爆弾の被害を受けたため、戦後日本政府の援助により、5年をかけて修復したものです。

ヴォールト天井や尖頭式アーチ形の窓をもつ本格的な洋風建築で,我が国の工匠が洋風建築を手がけた最初期の貴重なものとして、国宝に指定された、煉瓦造り+木造の五廊式教会堂。

大浦天主堂
1865(元治2)年 / 1875(明治8)年 改造
世界遺産
設計 : ジラール神父、プティジャン神父
施工 : プティジャン神父(指導)、小山秀之進(棟梁)、日本人大工
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2018.10.3
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⑦大浦天主堂と関連施設
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ファサードが真っ白になっています。壁を塗り替えたようです。
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教会堂へ登る石段の踊り場の横に小さな公園があります。
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左は教王ヨハネ・パウロ2世、右はプチジャン司教の像。
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建築当時の写真がネットにあります。形がかなり違いますね。





世界遺産になった大浦天主堂と関連施設の関連施設は博物館になっている2棟が含まれています。

旧羅典神学校
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大浦天主堂に向って右側に隣接している建物。プチジャン神父が日本人聖職者育成の目的に設立した旧羅典(ラテン)神学校です。神学校の校舎兼宿舎として使用されました。

骨組が木造で壁に煉瓦を積んだ、木骨煉瓦造り。外開きの鎧戸がついた窓や階段など西欧建築技術が随所に取り入れられていますが、全体的には部屋割りはいたってシンプル。和風の土蔵のような雰囲気もあります。

設計と施工監督は敷地内に建つ旧長崎教区大司教館と同じく、フランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父。現在はキリシタン資料室として一般開放されています。国の重要文化財に指定された、木骨煉瓦造り、3階(屋根裏部屋付き)建て。

旧羅典神学校
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : ド・ロ神父
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旧長崎教区大司教館
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旧羅典神学校の下に切妻の煉瓦壁の建物があります。大正初期に建てられた司教館でした。前回訪ねてときは長崎コレジオといわれるカトリックの司祭を目指す学生が学ぶ神学校にでした。

大型の建物で、北側は煉瓦造りの切妻屋根ですが、南側は和瓦の寄せ棟。北側からは四階建てに見えますが、大浦天主堂に上る階段の手前で東側の側面を見ると二階建てのベランダとバルコニーを持つコロニアル風。傾斜地に建てられたために、何階建てと言い切れない、不思議な形状をしています。

フランス人のマルク・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz, 1840 - 1914)神父と鉄川与助の共同設計といわれています。ド・ロ神父は布教活動とともに、出津教会、大野教会、旧羅典神学校などの建築も手掛けた人ですが、この司教館の工事中に事故で亡くなったため、この建物が神父の遺作になりました。鉄川与助(1879 - 1976)は、長崎県を中心に数多くのカトリックの教会堂建築を手がけた棟梁であり建築家です。

旧長崎教区大司教館
1915(大正4)年
長崎県有形文化財
設計 : ド・ロ神父+鉄川与助
施工 : 鉄川与助
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右側の切妻、煉瓦の建物が旧大司教館です。

by gipsypapa | 2019-01-15 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(2)

風頭山の矢太樓

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初日の宿は長崎市内の高台にある矢太樓(やたろう)でした。戦後の創業ですが長崎市街を一望する風頭山(ふうとうざん)にあり、「世界新三大夜景」の一つ、長崎の夜景が美しく見える宿として有名です。

矢太樓
長崎県長崎市風頭町2-1
撮影 : 2018.10.2 & 3
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夕食。格安ツアーにしては良い方じゃないでしょうか。
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部屋の窓から見た夕暮れ時の長崎市街。
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だんだん暗くなってきました。
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長崎の夜景で有名な稲佐山とは湾を挟んで反対側の風頭山に位置しています。
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早朝です。
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今日は快晴。
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ネットにあった写真です。



by gipsypapa | 2019-01-14 08:05 | | Trackback | Comments(2)

カトリック出津教会堂

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」2番目の訪問地は大野教会堂と同じ西彼杵半島の西岸にある外海(そとめ)地区の出津(しづ)教会。

この教会堂もフランス人宣教師マルク・マリー・ド・ロ、通称ド・ロ神父によって建設されたもので、明治15年に献堂式が行われ、正面および背面の増築を経て明治42年に現在の姿となりました。

出津教会堂は明治前期に建設された希少な初期教会堂の一つで、後世の増築も、同一の設計者によって均整を保った拡充が図られており、高い価値が認められ、国の重要文化財に指定されています。煉瓦造りおよび木造、正面と背面に塔屋付。

カトリック出津教会堂
1882(明治15)年 / 1909(明治42)年増築
世界遺産
重要文化財
設計・施工 : マルク・マリー・ド・ロ(ド・ロ神父)
長崎市西出津町2633
撮影 : 2018.10.2
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⑨出津教会と関連施設
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左がド・ロ神父。右の像はパウロ・中村近蔵は翁。ド・ロ神父を始めとする歴代の神父の片腕となり、教徒の宗教、教育、教会の運営に尽力された人物とのこと。
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「ドロー神父」になっています。
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内部写真はネットから借用しています。

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行けませんでしたが、バスの車窓から旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)が見えました。

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行かなかったので、これ以降の写真はネットから借用しています。旧出津救助院はド・ロ神父の人類愛によって設立された授産活動の場で、現在の長崎市西出津町出津文化村エリアにあります。施設はいくつかの資産で構成され、保存・修復を経ながら現在も残っています。
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ド・ロ塀(国指定重要文化財)
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授産場(国指定重要文化財)
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授産場1階炊事場
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授産場2階祈りの場
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マカロニ工場(国指定重要文化財)
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製粉工場(長崎県指定史跡)
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薬局(長崎県指定史跡)
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旧出津救助院の向かいのド・ロ様記念館(国指定重要文化財)は、旧鰯網工場を改装して建設されました。

by gipsypapa | 2019-01-12 10:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック大野教会堂

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最初の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」訪問地は外海(そとめ)地区にある大野教会堂。大野教会堂は、大浦天主堂からこの地区の主任司祭として赴任したフランス人マルク・マリ・ド・ロ神父が明治26年(1893年)に建設した小規模な巡回教会です。

建物は北側の会堂部と南側の司祭室部からなっています。教会堂部周りの 3面は当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な「ド・ロ壁」と呼ばれる壁体を築き、その上に洋式のキングポスト(真束)をもつ木造小屋組を架ける。側面の窓は上部を半円アーチ形の煉瓦造り。石造及び木造平屋建ての国の重要文化財。

カトリック大野教会堂
1893(明治26)年 / 2004(平成16)年解体修理
世界遺産
重要文化財
設計 : マルク・マリ・ド・ロ神父(ド・ロ神父)
施工 : ド・ロ神父、信者たち
長崎市下大野町2624
撮影 : 2018.10.2
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⑩大野教会堂
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駐車場からかなり遠くてきつい山道を登っていきます。
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左が会堂部。右の屋根が低い方が司祭室部です。
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ド・ロ壁。当時、日本には石造りの建築技術がありませんでした。
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農業から医療、土木建築、工業などの広範な分野に渡る技術を伝えた人でした。
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司祭室側。
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窓から内部が見えます。
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これはネットにあった写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-01-11 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

佐世保市から長崎市へ

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九十九島パールラインから南下して次の目的地の大野教会と出津教会へ向かいました。佐世保港には海上自衛隊の船が見えます。
撮影 : 2018.10.2
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湾を廻りこむと佐世保重工の工場が見えてきました。

佐世保重工業
長崎県佐世保市立神町
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佐世保重工業株は佐世保市に主要拠点を置く重工業を生業とする企業。今は名村造船所の完全子会社です。
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通称はSSK。設立当初の社名である佐世保船舶工業の頭文字だそうです。
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ネット情報では「1946年(昭和21年)に旧日本海軍の佐世保海軍工廠の土地や設備を受け継ぐ形で設立された。主な業種は船舶、艦艇の建造および改造、修理。佐世保市に基地を持つ海上自衛隊やアメリカ海軍の艦艇の保守、修理なども手がける。その他には船舶用機械製造、化学工業機械製造、鍛造品製造などを行っている。 」とあります。
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その周辺でバスからこのような表示をいくつか見ました。米軍基地です。

佐世保基地
長崎県佐世保市立神町
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佐世保基地アメリカ海軍第7艦隊の軍事基地で、海上自衛隊の施設も含めています。
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不定期に一般公開されているとか。一度見たいです。
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ネットにあった写真。弓張岳からみた基地です。
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市街地へ。やはり佐世保バーガーの店があります。
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JR佐世保駅の横を通過。
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西海パールラインを南下しています。
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一路、外海(そとめ)地区にある大野教会へ。



by gipsypapa | 2019-01-10 08:02 | | Trackback | Comments(2)

九十九島パールリゾート

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「4つの教会群と九州3つの絶景めぐり3日間」というツアーに参加しました。この年(2018年)6月30日にユネスコの世界遺産に登録された「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、長崎県と熊本県に残る12件の構成資産から成っています。

ツアーはその中の4件に該当する教会を巡るバス旅でした。新幹線でJR博多駅まで行って、後は西九州をバスで移動する2泊3日の旅程です。最初の訪問地は佐世保市の九十九島パールリゾート。九十九島遊覧船クルーズがツアーのオプションに入っていましたが、2年前に乗ったばかりなのでパス。食事をした後、「うみかぜ広場」や桟橋周辺を散策して、クルーズの帰りを待ちました。

九十九島パールリゾート
長崎県佐世保市鹿子前町1008
撮影 : 2018.10.2
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桟橋に帆船が到着。前回乗った船とは違います。
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以前乗ったのは「パールクイーン」で、これは「海賊遊覧船みらい」です。
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お昼はここで。
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食べたのは長崎チャンポンです。
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時間が余ったのでビジターセンターに入って暇つぶし。
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飲食店や土産物屋が並んでいます。名物の佐世保バーガー。
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食べませんでしたが、でかいです。
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現代的なガラス張りの建物は水族館。
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クルーズ帰りの人たちと合流して、バスで「展海望」という展望台へ。
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歌碑があります。作曲家は知りませんが作詞家は阿久悠です。
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こっちの像は「美しき天然」の作曲家、田中穂積。明治後期に佐世保鎮守府に第三代軍楽長として赴任。その後、私立佐世保女学校で音楽を教授だったとか。「美しき天然」といえばチンドン屋やサーカスのテーマ曲。



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九十九島は単に数が多いという意味で、実際の島の数は208だとか。
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曇ってどにょりしています。
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これから訪ねる「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産の構成資産」。今回のツアーは順に⑩大野教会堂、⑨出津教会と関連施設、⑦大浦天主堂と関連施設、②原城跡、⑤天草の崎津集落の5ヶ所。

今回以外では、⑭頭ヶ島天主堂は3年前の五島列島ツアーで訪問済みです。

by gipsypapa | 2019-01-09 08:23 | | Trackback | Comments(2)

西海国立公園 九十九島クルーズ

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長崎市からバスで佐世保へ移動しました。九十九島くじゅうくしま)クルーズは西海国立公園九十九島を巡る遊覧船の旅です。九十九島パールシーリゾート発着で、九十九島南部の美しい島々を間近に感じることができる約50分の旅程です。

九十九島遊覧船パールクィーン
長崎県佐世保市鹿子前町1008
撮影 : 2016.3.14
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九十九島(は、長崎県の佐世保市、平戸市にかけての北松浦半島西岸に連なるリアス式海岸の群島である。全域が西海国立公園に指定されています。
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九十九島は単に数が多いという意味で、実際の島の数は208だとか。
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ネットにあった九十九島遊覧船パールクィーンのHPのイメージ図です。
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これもHPから。帆船の形をしていますが、動力はもちろんエンジンです。


by gipsypapa | 2017-06-10 08:13 | | Trackback | Comments(2)