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知覧武家屋敷通り

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知覧でのツアーのオプションは。特攻に関する資料を展示する知覧特攻平和会館を見学するか、武家屋敷通りを観光するかの二者択一。私たちは当然ながら武家屋敷通りにしましたが、29人のツアー客のうち武家屋敷組は4人だけ。23人が知覧特攻平和会館へ、残り2人が自由行動でした。まあ、普通はそうかも。

江戸時代、薩摩藩は「外城制」という制度により、多くの武士を鹿児島の城下町ではなく薩摩藩領内の各地に住まわせ、各地の城の麓に小さな城下町のような武家集落を形成させていました。それらの集落を「麓(ふもと)」と呼ぶようになり、その数は100以上にも及んだとか。

知覧の武家屋敷群は、第十八代知覧領主・島津久峰の時代に整備されたものです。折れ曲がった本馬場通りに沿って連なる石垣と大刈り込みの生垣に当時の面影が残っていて、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。なお現在では知覧麓、志布志麓には往時の庭園群が残り、知覧以外に入来麓、出水麓は武家集落の雰囲気を色濃く残しているそうです。

知覧武家屋敷通り
重要伝統的建造物群保存地区
鹿児島県南九州市知覧町郡
撮影 : 2019.3.11
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武家屋敷通りの沿線には、名勝庭園として国の指定を受けた武家屋敷があります。
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石垣とイヌマキの生け垣に囲まれた、700メートルにわたる集落です。
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「薩摩の小京都」と呼ばれています。
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知覧の庭園がある屋敷の特色は、入口に門を建て、その後方に主屋が建っていること。
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また、門から入ると、正面に石垣や植栽の壁があって、カギ型に曲がらないと家屋が見えないことです。
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順次アップする庭園もそうですが、さすがに江戸時代の建物は建て変わっています。
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知覧の道は地面を掘って作られたため、屋敷地と1メートルほどの段差があります。石垣は屋敷地の土留めです。
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石垣や生け垣に調和させるために、シラス色とよばれる名勝庭園の庭土と同じ色合いの特殊舗装が施されているそう。
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観光地として整備する際に、電柱を撤去したそうで、舗装された道路には側溝がなく、数箇所にグレーティング(鉄格子)の穴が開いていました。
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通りにはいくつかカフェや雑貨店がありますが、どれも控えめで好ましい。
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石垣の上に茶とイヌマキを2段に植ええています。イヌマキが波のように刈り込まれた印象的な風景です。
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国の名勝に指定された7つの庭が一般公開されています。これらの庭園は順を追ってアップします。


by gipsypapa | 2019-04-05 08:55 | | Trackback | Comments(2)

薩摩の小京都 知覧の町並み

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池田湖から薩摩半島をさらに北上して知覧(ちらん)に来ました。ここで二手に分かれて観光した後に昼食というスケジュールでした。私は武家屋敷を見る方に参加。次回、以降に順次アップします。

知覧町は、薩摩半島の南部中央にあり、太平洋戦争末期の沖縄戦で、知覧飛行場が神風特別攻撃隊の出撃地となったことで知られています。 江戸時代は薩摩藩主の島津氏の傍流、佐多島津氏が統治したそうです。主に享保年間に島津久峰の統治下で上級武士の住居と外敵からの防御を兼ねて、築かれた武家屋敷が今も残り、薩摩の小京都」と呼ばれています。

知覧
鹿児島県南九州市知覧町郡
撮影 : 2019.3.11
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バスの車窓から弾薬庫が見えました。旧知覧飛行場(今の知覧平和公園)の北東に造られた小さな弾薬庫。射撃訓練用の機銃弾を入れていたものです。桁行2.8m,梁間2.4m,壁厚26cmの規模で,国の登録有形文化財の鉄筋コンクリート造平屋建て。

旧陸軍知覧飛行場弾薬庫
1941(昭和16)年
要録有形文化財
設計・施工 : 不明
鹿児島県南九州市知覧町郡17919-1
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この写真はネットから借用しています。
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富屋食堂は特攻の母として慕われた、鳥浜トメさんの食堂でした。今は「ホタル館 富屋食堂」として、鳥浜トメの生涯と特攻隊員とのふれあいの遺品・写真などを展示する資料館になっています。

ホタル館 富屋食堂
鹿児島県南九州市知覧町郡103-1
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内部の写真はHPから借用しています。
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隣接する富屋旅館は、戦後の1951(昭和27)年に遺族を知覧に泊めるために作られたものです。

富屋旅館
鹿児島県南九州市知覧町郡5−5
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内部の写真はネットから借用しています。
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町並みの間を流れる麓川です。
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武家屋敷の散策の後、昼食は知覧パラダイスでカンパチのしゃぶしゃぶ会席でした。店の前は大きな観光バスの駐車場で、土産物屋や飲食店が並んでいます。

知覧パラダイス
鹿児島県南九州市知覧町郡17851-4
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残念ながらカンパチの切り身が薄すぎで、量も少なかったです。



by gipsypapa | 2019-04-04 08:34 | | Trackback | Comments(2)

池田湖とイッシー

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長崎鼻から内陸を北上して池田湖に行きました。池田湖は、直径約3.5km、周囲約15km、ほぼ円形のカルデラ湖で、九州最大の湖です。湖面の標高は66m、深さは233mで、最深部は海抜-167m。

湖底には直径約800m、湖底からの高さ約150mの湖底火山があります。古くは開聞の御池または神の御池と呼ばれ、龍神伝説があるそうです。
撮影 : 2019.3.11
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池田湖へ向かう車窓から見えた「玉の井」。日本最古の井戸と伝えられています。

玉の井
鹿児島県指宿市開聞十町玉井1285-2
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神話由来です。神代の時代,この周辺は竜宮界で,玉の井は竜宮城の門前の井戸だったと。龍神の娘の豊玉姫(とよたまひめ、神武天皇の祖母)が朝夕汲まれた井戸でもあり,姫はこの井戸端で彦火々出見尊(山幸彦)と出会い,後に夫婦の契りを交わしたといわれます。
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これと次の写真はネットから借用しています。
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池田湖に到着。ここからも開聞岳がきれいに見えました。
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湖畔の花ですが、相変わらずの花オンチで、名前は分かりません。
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トイレ休憩したのは池田湖パラダイスという土産物店。大うなぎの展示をやっており、見たこともない大きなウナギが何匹か水槽に漂っていました。

池田湖パラダイス
鹿児島県指宿市中浜5268
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1961(昭和36)年頃に、池田湖には巨大水棲生物が存在していると噂され、ネス湖の未確認生物ネッシーになぞらえて「イッシー」と呼ばれたそうです。
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その後の1978年(昭和53)年には指宿市池崎地区の住民約20名によりイッシーが目撃され、全国で報道されたため有名となりました。湖に生息する市天然記念物の大ウナギは体長が2m、体重20キロに達することがあり、これが正体ではないかともいわれたそうですが、イッシーの正体は今も不明のままです。
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実際に池田湖の大ウナギを見ることが出来ました。
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by gipsypapa | 2019-04-03 08:18 | | Trackback | Comments(2)

長崎鼻の龍宮神社

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龍宮神社は龍宮伝説発祥の地である長崎鼻にある豊玉姫(乙姫様)を祀った神社です。海の守り神と浦島太郎と乙姫様が出会った縁結びの神様として大切にされています。

龍宮神社
2012(平成24)年
設計・施工 : 不明
鹿児島県指宿市山川岡児ヶ水1581-34
撮影 : 2019.3.11
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カエルは意味がわかりませんが・・・
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龍宮伝説なので浦島太郎の像。貝殻で埋まって亀がほとんど見えません。貝殻のわけはあとで。
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長崎鼻は夏にはウミガメの産卵地にもなるとか。
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龍宮神社は豊玉姫(乙姫様)を祀っています。
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もともと石の祠がある神社でしたが、老朽化のために2012(平成24)年新しい本殿が建立されました。
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白に朱色が青空と海に映え、南国らしさを感じさせます。
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出会いの神様で、家内安全・商売繁盛・航海安全の守り神だそうです。
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願い事を貝殻に書いて奉納する貝殻祈願ができます。
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祈願料として賽銭箱に100円を入れ、好きな貝殻を選んで願い事を書き、かめ壺に奉納します。最後に拝殿で願い事をもう一度念じれば祈願完了。この祠や先ほどの浦島太郎の周りに貝殻が一杯なのは、かめ壷に奉納された貝殻を集めたから。
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往き帰りの細道に面白いパネルが並んでいます。
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薩摩半島の中央を北上して池田湖に向かいました。

by gipsypapa | 2019-04-02 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長崎鼻から開聞岳を望む

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ツアー2日目は前日の大雨から一転して快晴でした。薩摩半島を更に南下し、長崎鼻へ。長崎鼻は薩摩半島の最南端に突き出た岬です。先端近くには真っ白な灯台が美しい風景です。浦島太郎が竜宮へ旅立った岬と伝えられ「龍宮鼻」の別名を持ち、乙姫様を祀った龍宮神社もあります。

長崎鼻からの風景が美しい開聞岳(かいもんだけ)は標高924mの火山。霧島屋久国立公園に指定され、日本百名山、新日本百名山び九州百名山にも選定されています。見事な円錐形の山容から別名「薩摩富士」とも呼ばれる山です。

薩摩長崎鼻灯台
1957(昭和39)年
設計・施工 : 不明
鹿児島県指宿市山川岡児ヶ水1578-8
撮影 : 2019.3.11
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薩摩長崎鼻灯台は最初は明治30年に点灯したものがありましたが・・・
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戦災で大破したため1957(昭和32)年に再建されました。
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白塔型の小さな灯台ですが、周囲の風景によく似合います。
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開聞岳が美しい。昨日の大雨で大気中の汚染も洗われて青空です。
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さすがに薩摩富士。


by gipsypapa | 2019-04-01 08:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

指宿いわさきホテル

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宿は指宿です。薩摩半島の南に位置し、南国らしい広大な庭園の中にあります。プライベートビーチのような砂浜、天然砂むし温泉が売りのリゾートホテルです。

指宿いわさきホテル
鹿児島県指宿市十二町3805-1
撮影 : 2019.3.10 & 11
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ホテルへ向かう途中、海側にJX喜入石油基地が見えてきます。設立は1967(昭和42)年で、日本国内の石油使用量約2週間分に相当する原油735万キロリットルを貯蔵することができるそうです。
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また、30万トン級のタンカーで基地まで輸送された原油を、JXエネルギーの各製油所や日本海石油の油槽所に配送する10万トン級の小型タンカーに移し替える中継基地としての役割も持つとか。
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ネットから。
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ホテルに到着。椰子の木が茂る広い庭園に囲まれています。
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曲線に沿って客室が配置されているため、ホテル内では下手すると方向を見失いそう。
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中庭があります。
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全室が海の見えるバルコニー付きのオージャンビューでした。
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窓から見た錦江湾の狭まった出口周辺。
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大浴場へ向かいます。でかいホテルなので遠い。迷子になりそう。
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これ以降はネットの写真を借用しています。
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指宿いわさきホテルは砂むし温泉が有名です。宿泊客も別料金(1080円)でした。行かなかったのでこれもネットから。
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by gipsypapa | 2019-03-30 09:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

屋久杉見学工場 アリヨシ民芸品店

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仙巌園を出たあとは、薩摩半島を南下してホテルに向かいました。ツアーでは避けられない、見学といううたい文句の土産物屋の立ち寄りです。アリヨシ民芸品店は屋久杉の原木や屋久杉製品の製造工程が見学できる施設です。

屋久杉見学工場 アリヨシ民芸品店
鹿児島県鹿児島市喜入瀬々串町6612-1
撮影 : 2019.3.10
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工場の入り口手前にある巨木。枯れて大きな穴が開いていますが、これからいくつもの製品が出来るとか。
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実演を見学。円満人形というこけしのようなものを匠の技で削り出していました。
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屋久杉とは、屋久島の標高500メートル以上の山地に自生するスギで、狭義には、このうち樹齢1000年以上のものを指し、樹齢1000年未満のものは「小杉(こすぎ)」と呼ぶそう。
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屋久島は1993年に日本初の世界文化遺産に登録され、屋久杉も特別天然記念物に指定されました。その後、天然スギの伐採は全面的に禁止となりました。現在では、土産物などの加工に使われている屋久杉は土埋木(どまいぼく)と呼ばれる物です。
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150万円が88万円と大安売り。
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工場から店舗へ移動するときに庭を通過。こっちの方が興味が湧きます。
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屋久杉の巨大な根元を庭に使っていますね。
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店舗です。屋久杉の加工品は高価ですねえ。実は安いと思って買った汁椀(2個で2000円)はよく考えたら屋久杉ではなく、普通の杉加工品でした。無知でした(恥)。後で調べると、本物だったら1個で6000円が相場だとか。
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最初と最後の写真はストリートビューから。



by gipsypapa | 2019-03-29 08:51 | | Trackback | Comments(2)

尚古集成館

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仙巌園の隣にある尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)。日本初の本格的な洋式石造建築物で、別名ストンホームというそうです。元々は島津斉彬が手掛けた集成館がありましたが、1863(文久3)年の薩英戦争で焼失したため、跡地に島津忠義が建設させた機械工場でした。

工場には、オランダの工作機械が輸入され、洋式機械による金属加工、船舶の修理・部品加工が行われたそうです。建設を担当したのは薩摩藩の技師だった竹下清右衛門。竹下は長崎に派遣され、オランダ人が建設した長崎製鉄所(現三菱重工業長崎造船所)を視察して、その建物を参考に建設したようです。外観や内部の基本構造は西洋式ですが、太い梁や神社でよく見られる亀腹石など和風の様式も採用しています。

現在は島津家800年の歴史や文化を紹介する博物館「尚古集成館」になっています。国の重要文化財で、仙巌園の一部とともに世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産「旧集成館」となっています。

尚古集成館
旧集成館機械工場
1865(慶応元)年
世界文化遺産
重要文化財
設計 : 竹下清右衛門
施工 : 不明
鹿児島県鹿児島市吉野町9698-1
撮影 : 2019.3.10
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仙巌園と共通券があるので中に入れましたが、内部は撮影禁止でした。
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いつもならもっと色んな角度から撮影するのですが、まだ雨が降り続けていて、面倒くさくなりました。
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内部は撮影禁止ですが、なぜかネットにはたくさんあったので、借用します。
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バスに戻ります。尚古集成館の近くにある鶴嶺神社(つるがねじんじゃ)には、島津家の当主のほか、島津家の分家・玉里島津家(たまざとしまづけ)の歴代当主とその家族らが祭られているそうです。ここも雨で断念。


by gipsypapa | 2019-03-28 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

島津家別邸 仙巌園(その2)

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仙巌園(せんがんえん)は薩摩藩主島津氏の別邸跡とその庭園。別名磯庭園(いそていえん)。1658(万治元)年に島津家19代の光久によって、島津家の別邸として築かれました。その後、代々の藩主によって改築されて、今の姿になっているようです。実際に見ると、現在の建物は明治初期の築ではないかと感じました。

御殿と呼ばれる和風建築は、29代島津忠義の代には一時本邸として、また国内外の要人を招く「迎賓館」として使われました。邸内の美しい装飾など見所満載です。木造平屋建て。

島津家別邸 仙巌園御殿
詳細不明
鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1
撮影 : 2019.3.10
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仙巌園の御殿は「迎賓館」として使われました。
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中に入ります。
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幕末には篤姫や幕臣の勝海舟らが、
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維新後はロシア皇帝ニコライ2世、英国国王エドワード8世が皇太子時代に訪れたそうです。
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薩摩焼は、16世紀末に朝鮮から渡来した陶工によって始められた、鹿児島を代表する工芸品です。
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釘隠。
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漏れ聞いたガイドさんの話では邸内に11種類あるそうですが、7つしか撮影できていません。
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入れない部屋もありました。全部は見つからないかも。
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池をのぞむ中庭。池の中には八角形のくぼみがあり、中国文化(風水)の影響を受けているとか。
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とはいえ、強い雨なのでなにがなんだか。


by gipsypapa | 2019-03-27 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

島津家別邸 仙巌園(その1)

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早春の南九州を巡る2泊3日のツアーに参加しました。JR九州新幹線で新大阪駅から鹿児島中央駅まで直行。そこから観光バスに乗って鹿児島県内(一部宮崎県)を廻りました。まず訪れたのは仙巌園(せんがんえん)ですが、あいにくの雨。特にバスを降りた時に強い雨が降りだして残念。

仙巌園は薩摩藩主島津氏の別邸跡とその庭園で、別名を磯庭園(いそていえん)といいます。江戸初期に第19代当主であった島津光久によって造園され、その後も歴代当主による改築が重ねられました。借景技法を用い、桜島を築山に、鹿児島湾を池に見立てた素晴らしい景色と広大な庭園が特徴で、国の名勝に指定されまし。

島津家別邸 仙巌園
1658(万治元)年
名勝
鹿児島県鹿児島市吉野町9700-1
撮影 : 2019.3.10
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バスを降りて仙巌園に向かいますが、強烈な雨です。
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明治時代に築かれた正門。NHK大河ドラマ「篤姫」のロケ地でした。
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朱色の錫門。江戸時代の正門です。ここから庭園に入ります。
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磯庭園へ。獅子が乗った大灯篭。8畳相当の巨大な笠石の上に、逆立ちした獅子が乗っています。
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獅子の視線の先に桜島が見えるはずですが、この日は全然ダメ。
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このツアーを申し込んだ理由の一つがこの庭だったので、がっかりです。
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敷地面積が約5haの大きな庭園です。
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せっかくの庭園も季節的に緑が少ない上に雨ではどうしようもなし。
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またいつか出直すことにします。
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別邸だった御殿。これは次回に。
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悔しいのでネットにあった晴れの日の写真を借用します。
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by gipsypapa | 2019-03-26 08:24 | | Trackback | Comments(0)