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松本市の中町通り

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松本城を出ると、もうお昼過ぎ。そろそろ大阪へ帰る時間が近づいてきました。最後に歴史がある町並みが残る中町通りを散策して、昼ごはんを食べることにしました。中町通りは昔から、主に酒造業や呉服などの問屋が集まって繁盛した通りです。しかし江戸末期や明治時代に大火に見舞われ主要な施設や町家が多数失われたとか。

特に明治21年1月、極楽寺から出火した火は本町、中町周辺の町人町をほとんどを焼きつくし、約1500戸を消失したと言われています。この大火を機会に、多くの商家が再建にあたって、土蔵造りの建物を建てたとかで、当時の土蔵造りの家屋が今も残っており、独特な雰囲気をの町並みになっています。

松本市 中町通り
長野県松本市中央2 & 3
撮影 : 2016.7.12

紹介するほとんどの建物は、明治期の築と思われますが、詳しい情報があるものは、限られています。歩いていて気になった建物を紹介します。


カレーの店 デリー
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カレーの店 デリー
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-4-13
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内部の写真は食べログ借用しています。
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伊原漆器店
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1907(明治40)創業の漆器専門店。木曽漆器をはじめ、山中、会津、越前漆器を主に扱っています。建物は明治40年以前からあったみたいです。

伊原漆器店
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-10-16
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唐獅子とボタンの花の看板がユニークです。
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店内の写真は「地球 津々浦々 旅ブログ。」から借用しました。


食い飲み屋 BUN
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その横に建つのは築100年以上というので、やはり明治後期の蔵造りで、内装もレトロです。

食い飲み屋 BUN
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-10-15
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内部の写真は食べログ借用しています。
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中町 蔵シック館(1号館)
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中町・蔵シック館(正式名称:松本市中町蔵の会館)は、中町に隣接する宮村町にあった造り酒屋「大禮(たいれい)酒造」の母屋・土蔵・離れの3棟を現地に移築し、平成8年に開館した松本市の施設です。この建物は土蔵です。明治21年の極楽寺の大火の直後に建てられたといわれています。

中町 蔵シック館(1号館)
1888(明治21)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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土蔵は喫茶室としても利用されています。内部写真は食べログから。
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中町 蔵シック館(2号館)
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ちらは母屋です。これも明治21年に建てられた、典型的な町家建築です。母屋は無料で見学ができ、貸し展示施設にもなっています。

中町 蔵シック館(2号館)
1888(明治21)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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無料休憩所を兼ねているので気楽に入りましたが、なかなか興味深いところでした。
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中町 蔵シック館(3号館)
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母屋の奥に離れがあります。こちらは1923(大正12)年に増築されたものです。離れは貸し会議室として活用されています。中町 蔵シック館は、蔵のある町づくりを推進している中町地区の中核施設になっています。

中町 蔵シック館(3号館)
1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央2-9-15
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サムサラ(SAMUSARA)
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蔵作りの町家。雑貨・インテリアの店で、世界各国から集められた手工芸品を販売しています。詳細は不明ですが、見る限り明治後期の築でしょう。

サムサラ(SAMUSARA)
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央3丁目3−18
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内部写真は「地球 津々浦々 旅ブログ。」その他から借用しています。
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ミドリ薬品
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蔵や町家風の建物が並ぶ中町通りで、周囲とは雰囲気の違う粋な外観で目を引くミドリ薬品。いわゆる「看板建築」で、ネット情報では建てられたのは80年以上前とあるので、昭和10年頃に立てられたと思います。

ミドリ薬品
昭和初期
設計・施工 : 不明
長野県松本市中央3-3-15
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凸凹堂 松本
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各地の観光地で時々見かける凸凹堂。天然石やアクセサリーのショップです。

凸凹堂 松本
詳細 : 不明
長野県松本市中央3-5-8
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HPの写真です。
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この後、食事をして大阪に帰りました。松本編はこれで終わります。次回からは滋賀県の長浜市です。

by gipsypapa | 2017-07-26 11:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松本城

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松本市の二日目は、朝から県(あがた)の学校建築を訪ねたあと、見逃すわけにはいかない松本城へ行きました。松本城は戦国時代の永正年間に造られた深志城が始まりで、現在の天守閣は江戸時代初期、大坂夏の陣のころに築城されたものです。

日本で今も天守の建物を残す城は12しかないとかで、そのうち五重の天守は松本城と姫路城だけだそうです。現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城で、城跡は国の史跡に指定されています。

松本城天守
1615(慶長20)年ころ
国宝
設計・施工 : 不明
長野県松本市丸の内4番1号
撮影 : 2016.7.12
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現存している天主のある城は、弘前城、松本城、丸岡城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城、備中松山城、丸亀城、松山城、宇和島城、高知城、 の12城だそうです。
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その中でも国宝に指定されているのが松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城の5城で、残りの7城は重要文化財に指定されています。
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天主のほかにも、乾小天守(いぬいこてんしゅ)、渡櫓(わたりやぐら)、 辰巳附櫓(たつみつけやぐら)、月見櫓(つきみやぐら)が国宝です。
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松本の観光の中心です。
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観覧料は610円でした。
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全景がウィキペディアにあったので、借用します。

by gipsypapa | 2017-07-25 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(4)

松本市の「あがたの森公園」


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松本市の二日目です。この日は、まず東部の学研都市である県(あがた)を訪れました。大正8年に植えられたヒマラヤスギの並木に囲まれた「あがたの森公園」。池を中心とした日本庭園や重要文化財の旧制松本高校の校舎がシンボルです。教育文化の歴史と香りを伝える公園で、松本市民の憩いの場となっています。

あがたの森公園
長野県松本市県3-2102-15
撮影 : 2016.7.12
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向こうに見えているのは旧制松本高校の本館裏側です。
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池のある日本庭園。
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洋風の庭園は公園の南側と、旧制松本高校の中庭にもあります。
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西側の公園入り口です。旧制松本高校の写真は次回から。

by gipsypapa | 2017-07-19 07:52 | | Trackback | Comments(0)

鳴門公園から大鳴門橋を眺望

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徳島市と鳴門市を駆け足で回り、まだまだ見てないレトロ建築がいくつもありましたが、今回はこれまで。最後に鳴門公園に行って鳴門海峡と大橋を見ることにしました。鳴門公園は瀬戸内海国立公園の一部の山上にあり、鳴門海峡や大鳴門橋の眺望が素晴らしいことで観光客が多いところです。

鳴門公園
鳴門市鳴門町土佐泊浦福池
撮影 : 2016.3.29
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大鳴門橋架橋記念館エディという、タンクのような建物がありましたがパス。
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展望台へ向かいます。エスカヒル鳴門という全長68mのエスカレーターです。写真はネットから借用しています。
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急勾配で長いエスカレーターです。
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終点は鳴門山展望台。
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鳴門海峡の大鳴門橋が眼下に。天気はいいのですが、少しもやっていました。黄沙かも。大鳴門橋は1985(昭和60)年に完工した、中央支間長876mの吊橋です。
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再びエスカレーターで下って、大鳴門橋の橋桁の下を通る「渦の道」へ。渦が見れるかどうか。入り口に表示があり、その日の時間ごとの渦の大きさがわかるようになっています。
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行ってみると、ちょうど発生しない時間帯でした。残念ですが、せっかく来たし、橋からの眺めも見たかったので入ることに。渦の有無に関わらず(笑)入場料は510円です
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510円というのは不思議な値段設定。500円に消費税なら540円だし。どうでもいいですけど。
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大潮の際には渦の直径は最大で30mに達するといわれ、渦の大きさは世界でも最大規模らしいです。
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床にガラス張りの開口部がいくつかあり、真下の海面を見ることができます。
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予想通り渦はありません。
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少しくらい気配でも・・・と期待しましたが、まったく見えません。
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悔しいので、壁に貼ってあった渦の写真を撮りました。
渦の道のHPにダイナミックな動画があります。ぜひどうぞ。
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そしてネットにあった写真も。
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これもネットから。観光船からですね。迫力があります。見たかったです。
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一旦、市内に戻ったあと、高速バスに乗り大阪へ戻ります。
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市内から高速にある乗り場へは「すろっぴー」というスロープカーでアクセスすることができます。
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鳴門市観光情報センターにあると「すろっぴ〜乗り場」から90秒で高速鳴門バスストップに着きます。無料でした。これで徳島県を終わります。

次回からは長野県松本市です。

by gipsypapa | 2017-06-29 08:51 | | Trackback | Comments(2)

徳島中央公園

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徳島市にはまだ見たい建物がありましたが、そろそろ夕方。その日の宿は鳴門市なので、JRで移動します。再び徳島駅に戻るついでに徳島中央公園を経由しました。

徳島中央公園は旧徳島藩主蜂須賀公の居城跡に、明治39年に開設した公園です。公園の設計は本多静六と本郷高徳。二人は日比谷公園の設計も手がけ、徳島公園は日比谷公園に次ぐ、日本で2番目の西洋風公園だったとか。なお本多静六は日本の「公園の父」といわれ、数多くの公園の設計を手がけた人です。

徳島中央公園
1906(明治39)年
公園設計 : 本多静六、本郷高徳
徳島市徳島町城内1番外
撮影 : 2016.3.28
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城跡らしいお堀と石垣が残っています。
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公園内の目立つ建物は徳島城博物館。1992(平成4)年に完成し、主に徳島藩や蜂須賀家に関する歴史や美術資料を収集し、展示しているそうです。
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桜の開花時期でした。
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コスプレの一団と遭遇。
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SLもあります。1926(大正15)年製造で、実際に徳島を走っていたそうです。
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by gipsypapa | 2017-06-24 08:49 | | Trackback | Comments(2)

徳島市を観光

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急に思い立って徳島市と鳴門市の観光へ一泊旅行することにしました。徳島は個人的に四国で唯一の行ったことがない県だったのです。大阪から徳島へ行くのは、高速バスが便利でお手軽です。
撮影 : 2016.3.28
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高速バスで大阪梅田から2時間20分でJR徳島駅前に着きました。
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ちょうどお昼時です。駅の近くにあるポッポ街商店街で昼食をとりました。約50の店が並ぶ商店街です。

ポッポ街商店街
徳島市寺島本町西1-59
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店の前で老夫婦がお出迎え。お遍路さんですかね。
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名物の徳島ラーメンを食べることにしていましたが、どこがいいかはまったく不案内。老夫婦に招かれたので、最初に見かけた「けんと茶屋」へ。
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徳島ラーメンには「茶系」「黄系」「白系」の3系統があるとか。これは何系?
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駅前から南へ歩いてレトロ建築が多い、新町川のほとりまできました。人と自然のふれあい、水と光のドラマをテーマに造られた新町川水際公園です。
徳島県徳島市南内町
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対岸のボートハウスから、ひょうたん島クルーズという遊覧船が出ています。徳島市を囲む新町川や助任川(すけとうがわ)など、周囲約6km、30分で周遊する無料の遊覧船だそうです。
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川沿いを下っていくと両国橋があります。両国橋徳島市南内町1-4
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阿波踊りがデザインされています。
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by gipsypapa | 2017-06-20 08:22 | | Trackback | Comments(2)

湯布院を散策

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ツアー最終日の最後の訪問地は湯布院。自由時間で昼食をかねて散策でした。湯布院は由布岳の麓に広がる自然豊かな温泉地です。別府とともに大分県を代表する歴史ある温泉街でですが、避暑地としても有名で、最近はおしゃれな洋菓子系の店が多く、若者や外国人観光客に人気の観光地になっています。

大分県由布市湯布院町
撮影 : 2011.3.19 & 2016.3.16
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山焼きが行われている高原を湯布院へ向かいます。
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由布岳が見えてきました。
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トトロがいるショッピングモール。ウィークデイですが、若者や外人観光客でにぎわっています。
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「由布院」と「湯布院」。両方「ゆふいん」という地名の漢字です。元々あったのは「由布院町」でしたが、市町村合併により「湯平村」が合わさり、それぞれの文字をとって「湯布院町」となったそうです。
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旧湯平村を含む全エリアを表す場合は「湯布院」を使い、旧由布院町エリアのみを表す場合は「由布院」を使うんだとか。なのでJRの駅も温泉も「由布院」。観光エリア全体の地名としては「湯布院」です。JR由布院駅を出て、金鱗湖に向かう湯の坪街道は、途中に飲食店や土産屋が並んでいるのでいつも人通りが多い街道です。軽井沢の旧軽の町並みと似ています。
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湯布院の観光名所の一つ「金鱗湖(きんりんこ)」。湖底から温泉が湧き出る湖として知られています。
金鱗湖大分県由布市湯布院町川上岳本1592
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外気温が低くないと湯気は見えないようです。
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5年前(2011年)にも訪ねて一泊したことがあります。以下はそのときの写真です。
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7年前も3月中旬でした。
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街の雰囲気は変わったようですが、自分の写真の被写体も今とは何か違います。
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九州横断ツアーはこれで終わります。次回から四国です。

by gipsypapa | 2017-06-19 08:20 | | Trackback | Comments(2)

別府明礬温泉 湯の花小屋

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明礬(みょうばん)温泉は、別府市街の北東にある伽藍岳(がらんだけ)中腹にあります。江戸時代から明礬(湯の花)が採取されてきたところです。温泉の地熱地帯で噴出したガス中の硫化水素や二酸化硫黄がいくつかの反応を経て、不溶性成分が析出・沈殿したものです。明礬温泉では、「湯の花小屋」と呼ばれるわらぶき小屋の中に青粘土を敷き詰め、粘土から析出し結晶化した湯の花や明礬を収穫する方法が採られています。別府明礬温泉の湯の花製造技術は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

別府明礬温泉 湯の花小屋
大分県別府市明礬6
撮影 : 2016.3.16
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駐車場近くの土産物、雑貨の店。「ともゑや」という看板がありました。
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湯の花小屋を見学。
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ガイドさんが「集合!」と言っています。
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湯の花小屋の傍に同じ形をした“わら葺き屋根”が4棟建っています。日帰りの家族湯で1時間 2000円だとか。
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HPに内部の写真がありました。

by gipsypapa | 2017-06-18 09:13 | | Trackback | Comments(2)

やまなみハイウェイを走って別府へ

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高千穂の観光と昼食が終わって、再び北上し熊本県を経由して大分県の別府へ向かいました。ルートは九重連山の間を通る「やまなみハイウェイ」でした。やまなみハイウェイは大分県道・熊本県道11号別府・一の宮線の通称で、熊本県阿蘇市一の宮町から大分県別府市につながる主要地方道で、日本百名道の一つに選ばれています。
撮影 : 2016.3.16
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車窓から風力発電の風車が見えました。
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途中、トイレ休憩をした瀬の本高原は阿蘇郡南小国町の東端にある、なだらかな高原地帯で、標高900メートルくらい。阿蘇北外輪山と九重連山の間になります。

瀬の本高原熊
本県阿蘇郡南小国町
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やまなみハイウェイに入ると、標高も高くなり、雪景色が見えてきました。
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ハイウェイの最高地点は標高1333メートルとか。
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大分県に入ると賽の地獄(さいのじごく)というのがあります。

賽の地獄温泉
大分県郡玖珠郡九重町飯田高原

by gipsypapa | 2017-06-16 08:06 | | Trackback | Comments(2)

高千穂 千穂の家「神楽宿」

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高千穂峡の観光バス駐車場の一角にある食事処で昼食でした。築260年以上、つまり江戸中期の民家を移築した建物がいくつか並んでいます。食事以外にも茅葺き屋根の農家を復元し、内部に昔の農機具などを展示した資料蔵や、地場産オリジナル商品を取りそろえたお土産処などがありました。

千穂の家「神楽宿」
宮崎県西臼杵郡高千穂町押方1254-3
撮影 : 2016.3.15
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ツアーの昼食は土産物屋兼食事処「宵殿屋敷(よどやしき)」でした。
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以下の内部と料理の写真はネットにあったものを借用しました。
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ツアー客で一杯なので、写真は遠慮したのです。
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地産地消の食材で作られた高千穂の郷土料理でした。当然ながら私が好む海の幸はありません。
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一段下がったところに建つ、大きな藁葺きの民家(農家でしょうね)でも食べられるようです。
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食後に宵殿屋敷の傍にある民族資料蔵を覗いてみました。
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想像以上の品揃えでした。
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夜神楽の人形が入った社がありました。
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神話の系図がありました。海幸彦、山幸彦など聞いたことがある名前や神武天皇も見えますね。
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坂ノ下に駐車場があり、その一角に古そうな和風住宅があります。
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その奥には石造りの店。「ふる里茶房 石の蔵」だそうです。宮崎県西臼杵郡高千穂町押方南平1258高千穂はここまで。再び阿蘇の東側を通って、別府温泉を目指します。

by gipsypapa | 2017-06-15 08:29 | | Trackback | Comments(2)