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風猛山 粉河寺(その1)

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和歌山の二日目は朝から粉河寺(こかわでら)へ。和歌山城では8分咲きだった桜は、ここではほぼ満開。天気もよく暖かい日でした。

粉河寺は、和歌山県紀の川市粉河にある寺院で、西国三十三所第三番札所。山号は風猛山(ふうもうざん)で、宗派は天台宗系の粉河観音宗総本山です。本尊は、千手千眼観音菩薩。伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、大伴孔子古(おおとものくじこ)によるとか。

戦国時代には僧侶たちは寺と領地を守るために武装化して僧兵となり、寺の周囲に城を築いて守り、同じ紀ノ川流域に勢力があった根来寺や高野山と同様に寺社の強力な武装集団になっていました。しかし、戦国時代の終盤には織田信長や豊臣秀吉に攻められて1585年(天正13年)には炎上し焼失。江戸時代になって、紀州藩の庇護と寄進により再興したそうです。

広大な境内には江戸時代中期に建立された重要文化財の本堂、大門、中門、千手堂を初めとした大小の歴史ある伽藍が建ち、本堂前の斜面は巨石を並べた日本庭園があり、国の名勝になっています。

風猛山 粉河寺
江戸中期
和歌山県紀の川市粉河2787
撮影 : 2018.3.27
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入り口の大門。宝永4年(1707年)建立の入母屋造り、本瓦葺きの楼門(2階建て門)です。仏師春日作と伝える金剛力士像を安置しています。国の重要文化財です。
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大門の隣にある善光寺。粉河寺の境内の一部になっています。
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不動堂。大門をくぐった最初のお堂。弘法大師爪刻(つめぼり)不動尊が安置されています。
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羅漢堂
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本坊。住職の住む僧坊です。
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出現池。本尊千手観音の化身、童男大士(どうなんたいし)が柳の枝を手に白馬に乗って、この池から出てきたと伝えられています。
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童男堂。延宝7年(1679年)の建立の和歌山県指定文化財で、千手千眼観世音菩薩の化身といわれる童男大士を祀っています。
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仏足跡(ぶっそくせき)は、釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたもの。
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念仏堂(光明殿)は 江戸時代後期築の総欅造り。「出現池」に隣接して建っています。
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露座(ろざ)仏は粉河寺阿弥陀如来像で、粉河町指定文化財。
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文久2(1862)年作の鋳銅仏像で、粉河鋳物師の増井盛信が鐫字(文字の刻印)したものだそうです。
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太子堂。聖徳太子を祀っています。
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無縁塔。無縁の墓を集めた塔。

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手水舎。
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盥漱盤(かんそうばん)は銅製で蓮の葉蓮の葉をかたどっています。1775年製作の紀ノ川市指定文化財で、粉河鋳物師蜂屋薩摩掾五代目源正勝の作。
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中門が見えてきました。ここから階段を登って本堂へ向かいます。

by gipsypapa | 2018-10-18 09:16 | 建築 | Trackback | Comments(0)

岩国市の錦雲閣

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錦雲閣 (きんうんかく) は、旧岩国藩主吉川家の歴代を祀る吉香神社の絵馬堂。1885(明治18)年に旧岩国藩主吉川家の居館跡が吉香公園として開放されたときに、旧藩時代の矢倉に似せて造られました。

入母屋造り、桟瓦葺きの楼閣風建築で、階下は土間敷で,外周は入口を除き腰を板壁として内側に腰掛縁を設け、階上は板敷で高欄付切目縁を廻しています。国の登録有形文化財の木造2階建て。

錦雲閣
1885(明治18)年
設計・施工 : 不明
山口県岩国市横山2-8
撮影 : 2018.2.27
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2018-10-07 09:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

岩国市の香川家長屋門

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吉香公園の一角にある岩国藩家老だった香川氏の表門。元禄時代に地元の大工大屋某によって建てられたいわゆる長屋門で、屋根は入母屋造り本瓦葺きです。左右対称ではなく、正面に向かって左寄りに出入り口があります。岩国市における建物としては最も古いものの一つで、城下町をしのぶ建物として山口県有形文化財に指定されています。

香川家長屋門
1693(元禄6)年
山口県有形文化財
設計・施工 : 大家某
山口県岩国市横山2-4-9
撮影 : 2018.2.27
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by gipsypapa | 2018-10-06 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

岩国市の吉香公園

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吉香公園(きっこうこうえん)は、錦帯橋を渡った先の岩国城のふもとにある公園。桜の名所として知られ、錦帯橋と共に日本さくら名所100選に選定されています。

公園は、1885年(明治18年)に旧岩国藩主、吉川家の氏神社だった吉香神社が現在の所在地(吉川氏の居館跡)へ移設されたのに合わせ、同神社の境内および付属地が庭園として整えられたのが始まりだとか。1968(昭和43)年に都市計画公園の総合公園の指定を受けました。

吉香公園
山口県岩国市横山2-6-51
撮影 : 2018.2.27
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2月の終わりですが、華やかな花が咲いています。春はすぐそこ。
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とはいえ花オンチなので名前は分かりません。
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入りませんでしたが徴古館です。国の登録有形文化財。

by gipsypapa | 2018-10-05 08:44 | | Trackback | Comments(0)

岩国市の錦帯橋

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錦帯橋(きんたいきょう)は、山口県岩国市の錦川に架橋されたユニークな木造のアーチ橋。江戸初期の1673(延宝元)年に、岩国の3台目藩主、吉川広嘉が大工の児玉九郎右衛門に命じて建造した5連のアーチ橋です。

だた、建造の翌年には洪水によって流失してしまったため、同年に橋台の敷石を強化して再建。その後は昭和期まで、定期的に架け替え工事を施しながら250年以上に渡り、その姿を保ったそうです。

しかしながら1950(昭和25)年の台風被害で全て流失したため、3年がかりで1953(昭和28)年に建造当時の姿のまま復元されました。国の名勝に指定されています。

錦帯橋
1673(延宝元)年 / 1953(昭和28)年復元
名勝
設計 : 児玉九郎右衛門
施工 : 不明
山口県岩国市岩国
撮影 : 2018.2.27
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川幅約200メートルの錦川河川に4つの橋脚を持つ5連の木造橋で、中央3連がアーチ橋、両端が桁橋構造を持つ反橋になっています。
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長さはアーチ橋が35.1メートル、桁橋は34.8メートルです。
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両端は反橋で、橋桁で支えられています。
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3つのアーチ橋には支える桁はありません。
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反橋は緩やかな勾配。
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アーチ部分は急な勾配になり、両端は階段です。
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澄んだ錦川の流れ。
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向こう側に到着。槍倒(やりこか)し松と書いた木碑が立っています。盆栽みたいな松です。
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橋の向こうにある吉香公園を散策し、戻ります。
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山頂に岩国城が見えています。1962(昭和37)年に建てられた鉄筋コンクリート構造の復興天守です。
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これ以降はネットの写真を借用。まずウィキペディアにあったアーチ橋の裏側の構造。
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浮世絵にも描かれています。これは葛飾北斎。

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こちらは歌川広重。

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by gipsypapa | 2018-10-01 08:36 | 建築 | Trackback | Comments(4)

萩の菊屋横丁

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菊屋横丁は萩市の春若町から南古萩町に至る全長0.5 kmの細道の通称です。旧萩城の外堀から外側に広がる城下町は碁盤目状に区画され、中・下級の武家屋敷が軒を連ねていたそうで、現在でも町筋はそのままに残って往時の面影をとどめています。

参勤交代が通った御成道に面して藩の豪商、江戸屋、伊勢屋、菊屋の商家が並んでいたため、横丁には、それぞれの名が残されているとか。菊屋横丁は菊屋家住宅の脇を通る横丁であることから名づけられました。白いなまこ壁の美しいこの通りは「日本の道百選」の一つに選ばれています。

菊屋横丁
江戸後期 / 明治期
山口県萩市呉服町~南古萩町
撮影 : 2018.2.27
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菊屋家住宅にもアップした図。菊屋横丁は一番下の通りで、左が北なので菊屋の西側を通っています。
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北の端に建つ蔵のような建物は、前回紹介した重要文化財、菊屋家住宅の主屋のようです。江戸初期のもの。
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白い土蔵が並んでいます。どれがどれかは分かりませんが、図面から見ると主屋、米蔵と養蚕場が通りに面しているようです。
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萩の散策はこれで終わり。ツアー最後の訪問地、錦帯橋に向かいます。

by gipsypapa | 2018-09-30 08:21 | | Trackback | Comments(2)

旧萩藩校明倫館 有備館

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萩・明倫学舎の隣にあるのは有備館。有備館は旧明倫館の剣術場と槍術場を移して拡張したもので、藩士の練武の修行場です。また他国からの剣槍術の修業者との試合場、すなわち「他国修業者引請剣槍術場」でもあったとか。

建物は南北に長く、内部の北側半分は板の間で39畳の剣術場、南側半分は土間で54畳の槍術場、各その西側を藩主の上覧場とし、中間に藩主臨場などの場合に使う控室があります。木造平屋建て入母屋造桟瓦葺き。

旧萩藩校明倫館 有備館
江戸後期
史跡
山口県萩市大字江向448
撮影 : 2018.2.27
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ツアーの案内を抜け出して来ました。左手前から萩・明倫学舎の二号館、奥に三号館と四号館。
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その右側にあります。
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黒光りする床板の剣術場。
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槍術場は、右半分が畳の間で、槍術場の藩主上覧場。左半分は畳の間より低い土間になっています。
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時間切れです。ツアーの集合時間が迫り、落ち着いて見れませんでした。

by gipsypapa | 2018-09-28 10:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萩・明倫学舎

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「萩・明倫学舎」は、かつて明倫小学校の校舎として使われていた木造校舎を改修整備して誕生した観光スポットです。旧明倫小学校は明倫館(めいりんかん)の跡地に建っています。明倫小学校の木造校舎は2014(平成26)年まで使用され、2017(平成29)年に敷地一帯が明治維新150年記念事業として設置された萩市の観光拠点施設「萩・明倫学舎」となっています。

旧明倫小学校は鴟尾(しび)を載せた本館棟をはじめとする4棟の木造校舎が並んでいます。隣接する史跡有備館に合わせた意匠で,外壁は1階部分は押しぶち下見板張り,2階部分は白漆喰塗り。屋根のフランス瓦や連続する窓の意匠が特徴的です。木造学校建築の好例として国の登録有形文化財に指定された、木造2階建て。

萩・明倫学舎
旧明倫小学校本館
1935(昭和10)年
史跡
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
山口県萩市江向602
撮影 : 2018.2.27
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明倫館は、長州藩の藩校で、水戸藩の弘道館、岡山藩の閑谷黌と並び、日本三大学府の一つといわれました。創建以来、藩の人材育成の中枢を担い、多くの人材を輩出されたそうです。
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南門です。閉まっていました。
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車寄せの玄関があるのは登録有形文化財の本館。
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案内の都合により本館の次にある2号館から見学。
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2号館には「明治日本の産業革命遺産」を紹介する「世界遺産ビジターセンター」と幕末維新期の歴史・科学技術史の貴重な実物資料を展示する「幕末ミュージアム」があります。
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2階の廊下から見えるのは3号館。
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3号館とその向こうの4号館は使われていません。
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幕末から明治維新にかけて使われた近代化遺産が展示されています。
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貴重なもののコレクションが多く、個人的に興味深かったです。
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明治維新前後の武器や兵器類の収集も見事です。
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長州五傑(ちょうしゅうごけつ)は、江戸時代末期(幕末)の1863年に長州藩から清国経由でヨーロッパに派遣され、主にロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジなどに留学した、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)の5名の長州藩士を指します。
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3号館の1階部分です。
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本館へ移動。
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特別な展示品はなく、登録有形文化財である本館の特徴的な建築構造を紹介が紹介されています。
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先ほどまでいた二号館。
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天井裏の屋根支持構造を見ることが出来ます。
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両端に載っているのが鴟尾(しび)。「 屋根の大棟の両端を飾るもので,沓形 (くつがた) ともいう。」だとか。
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by gipsypapa | 2018-09-26 09:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萩城城下町周辺を歩く

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ツアーの3日目。最終日はまず萩の町の観光でした。萩は関ヶ原の戦いで西軍の総大将だったことから、周防国と長門国の2ヶ国に減封された毛利輝元が、広島城に代わる新たな居城として慶長9年(1604年)に築いた萩城、別名・指月城(しづきじょう)とともに出来た城下町です。

約400年前に形成された城下町のたたずまいが今日まで継承されており、いまも「江戸時代の古地図がそのまま使えるまち」となっているそうです。また、幕末には吉田松陰、木戸孝允、高杉晋作、伊藤博文など維新の志士たちを数多く輩出し、彼らの生誕地や旧宅など国の史跡に指定された遺構が各所に残っています。

萩城城下町
史跡
山口県萩市
撮影 : 2018.2.26 & 27
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武家屋敷などの遺構が随所に残っています。
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有名な萩焼の窯元。
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萩城跡の堀と石垣。ネットの写真です。
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Google Earth から。萩城は左上の半島にありました。あまり認識していませんでしたが、萩は港町なのですね。練り物、特に蒲鉾は名産品で高級品。お土産にお勧めです。

旧久保田家住宅
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旧久保田家住宅は江戸時代後期に建築された町屋で、初代庄七が呉服商を開き、二代目の庄次郎からは酒造業をしていました。参勤交代の際、大名行列が往来した旧御成道に面しています。

近々アップする予定の菊屋家住宅の正面に位置し、現在も母屋、土蔵、離れが残りっています。明治時代には名士の宿所としても利用されていたとか。幕末から明治前期にかけての建物として、当時の建築技術や酒造業で繁栄した状況も良く伝えており、史跡萩城城下町の歴史を代表する重要な建物です。

旧久保田家住宅
江戸後期
設計・施工 : 不明
山口県萩市呉服町1-31
撮影 : 2018.2.27
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入りたかったけど時間がありません。

木戸孝允旧宅
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木戸孝允が生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした生家が残っています。木戸孝允は萩藩医の長男として生まれ、維新後に“桂小五郎”と名乗って尊皇攘夷運動に参加した人物。坂本竜馬と共に薩長同盟のきっかけを作った幕末の傑物で、西郷隆盛、大久保利道と並び「維新の三傑」といわれました。

当時としては珍しい木造瓦葺の2階建ての家で、患者用と来客用の2つの玄関があり、孝允誕生の部屋や庭園など、よく旧態を残し、当時の藩医の生活様式を伺うことができることから、国の史跡に指定されています。

木戸孝允旧宅
江戸後期
史跡
山口県萩市呉服町2
撮影 : 2018.2.27
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円政寺
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円政寺(えんせいじ)は1254(建長6)年に現在の山口市円政寺町に創建された寺院で、1870(明治3)年に現在地に移転しましたた。境内には金毘羅社という神社が同居していて、その本殿や拝殿は江戸中期の1745(延享2)年の建立で、萩市の指定有形文化財です。

月輪山 円政寺金毘羅社
1745(延享2)年
萩市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
山口県萩市南古萩町6
撮影 : 2018.2.27
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これ以降はネットから借用しています。
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青木周弼旧宅
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幕末の長州藩医で、13代藩主・毛利敬親の侍医を務めた青木周弼(あおきしゅうすけ)の住んでいた屋敷です。医師としてだけでは無く、蘭学医としても全国でも屈指の人物だったとか。

江戸末期の1859(安政6)年に建てられたもの。ほとんど手を加えられてなく当時の様子をよく残していて、立派な門や忍び返しなどに、藩医の住まいらしい趣が感じられる建物です。

青木周弼旧宅
1859(安政6)年
設計・施工 : 不明
山口県萩市南古萩町3
撮影 : 2018.2.27
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萩グランドホテル天空
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萩での宿は萩グランドホテル天空。市の中心部にあり萩市最大級の宿泊施設だとか。ビジネスからグループ旅行、団体旅行にも利用される旅館風大型ホテルで、円形の展望フロアーがランドマークになっています。

萩グランドホテル天空
山口県萩市古萩町25
撮影 : 2018.2.26 & 27
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山口県といえば「ふぐ」。夕食は「ふぐ尽くし会席」。このツアーでは一番美味しかったです。
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ネットの写真です。
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これもネットの写真です。
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翌日の昼食は萩市内でしたが、オプション。食べたのはどこだったか覚えていません。

by gipsypapa | 2018-09-21 09:57 | | Trackback | Comments(2)

秋芳洞(国定公園 秋吉台)

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秋芳洞は秋吉台の地下100-200mにある鍾乳洞で、中に約1kmの観光路があり、洞奥の琴ヶ淵より洞口まで、約1kmにわたって地下川が流れています。石灰岩が浸蝕溶解されて生じた石灰洞穴では日本最大。特に学術上の価値が高いことから国の特別天然記念物に指定されています。

秋芳洞
特別天然記念物
山口県美祢市秋芳町秋吉秋吉台
撮影 : 2018.2.26
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秋芳洞は「あきよしどう」が正式な読み方ですが、実際には「しゅうほうどう」と読まれることが多いようです。
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詳しくは忘れましたが、最上部の入り口が使えなかったため、中間部から入りました。
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上に少し上った後に、戻って下りるルートでした。
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洞内の気温は四季を通じて17℃だそうで、快適です。
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一旦上って黄金柱などを見て、また中間点まで下りてきました。これから更に下へ向かいます。
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洞内の最も広いところは200mの幅。天井は40mの高さがあり、最も高いところは80mあるとか。
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洞内では黄金柱と並ぶ見所の百枚皿。
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出口が見えてきました。
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我々にはここが出口ですが、ここから入って登って行く人もいるわけです。
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洞窟からは大量の湧き水が流れ出て川になっています。
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エメラルドグリーンが美しい。


by gipsypapa | 2018-09-20 09:29 | | Trackback | Comments(2)