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浄蓮の滝

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東京に住む息子夫婦と合流して、伊豆の修善寺と静岡の清水を車で回る2泊3日のたびでした。待ち合わせたのはJR熱海駅でしたが、東京からの高速道路が渋滞だったようで、到着が遅れたので、この日は1箇所だけ。

石川さゆりの「天城超え」に歌われる浄蓮の滝(じょうれんのたき)へ。何度かバスで傍の道を通ったことはありますが、滝自体を見るのは初めてでした。

浄蓮の滝は、伊豆市湯ヶ島にある滝。日本の滝百選の一つです。滝は狩野川の上流で、天城山の北西麓を流れる本谷川に流れ落ちています。1万7千年前に伊豆東部火山群の鉢窪山スコリア丘が噴火した際に流出した玄武岩溶岩流を流れ落ちる直瀑だとか。

落差は25m、幅は7mで岩盤には柱状節理が見られます。かつて滝の付近に「浄蓮寺」という寺院があったことから「浄蓮の滝」という名称がついたと伝わっているそうです。

浄蓮の滝
静岡県伊豆市湯ケ島892-14
撮影 : 2019.12.15
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川端康成の「伊豆の踊子」の像があります。
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石碑に昌子と刻まれています。与謝野晶子でしょうか。
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かつて対岸の山裾にあった浄蓮寺が豪雨による山崩れで消滅したとき、祀られていた弁財天が自らの足で歩いて滝壺の中へ入っていかれたといわれているそうです。
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滝は道路からかなり下ったところにあります。
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往きはよいよい、帰りはきつい坂でした。
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石川さゆりの「天城越え」の歌碑。曲は1985年、吉岡治と弦哲也、桜庭伸幸の3人が、以前アップした天城湯ヶ島町の温泉旅館「白壁荘」で製作した歌です。
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滝の右側に柱状節理の岩肌。タモリが喜ぶでしょう。
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滝の近くにある滝見茶屋。わさびソフトクリームを食べました。実際に辛味を感じ珍しかったのですが、これ一度で十分かな。
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わさび田。
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丸岩安藤わさび店です。ブラタモリの伊豆編は見た記憶がありますが、浄蓮の滝は覚えていません。
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ここで生わさびを購入。家でしばらく楽しみましたし、思ったより長もちします。
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長い登りに息を切らして、道路際の駐車場のレベルへ戻りました。
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観光センターです。
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ここで渋滞で昼食を取れなかった息子夫婦が軽く食事。
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名物の猪まんと、
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猪ラーメン。これも一度で十分との感想でした。この後はこの日の宿がある、修善寺に向かいました。



by gipsypapa | 2020-01-26 09:06 | | Trackback | Comments(0)

旧山口藩庁門

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旧山口藩庁門は山口県政資料館と同じく、県庁の敷地にある門。幕末に長州藩主毛利敬親が藩庁を萩から山口に移したときに造られたものです。

この門は、1864年(元治元年)竣工した政事堂の門として建造され、1871年(明治4)までは山口藩庁門として使用され、それ以後も山口県庁門として引き続き使用されました。

大正初年に新しい県庁舎が竣工し、新たな正門も東寄りに築造されましたが、この門はそのまま西口の役割を果たしながら使用され続け、現在もなお使われています。脇門付薬医門で、切妻造り、本瓦葺きの山口県指定有形文化財。

旧山口藩庁門
1864(元治元)年
山口県指定有形文化財
設計・施工 : 不明
山口市滝町1-1
撮影 : 2019.10.16
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板扉で両内開き、木材は欅と松の太く豪快なものが使われ、いかにも城門らしい重厚な造りです。
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旧山口藩庁の周囲は、当時としては最新となる西洋式城郭で固められていたとか。
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その当時の堀が残っています。
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周囲は水と緑の憩いの場所でした。
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これで山口編を終わり、次回からは再び大阪へ。



by gipsypapa | 2019-12-23 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(0)

JR上山口駅周辺

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この日は午前中に防府を発ち、JRを乗り継いで上山口駅で降りました。善生寺を出て、大内氏館跡がある龍福寺へ向かう頃は、お昼時。ずっと歩いてきましたが、飲食店は見当たらず、龍福寺手前でやっと見つけました。撮影 : 2019.10.15
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御食事処の暖簾。なんとなく寿司屋のようで高そうかと思ったら、入り口脇の看板に食堂とあります。他に食べれそうなところもないし、思い切って入りました。

寿ゑ吉
山口市石観音町5-13
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定食の店みたいで、がっつり系が安いです。昭和レトロな雰囲気で、お客さんも入っていました。
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自分は定食は重すぎるので、ソース焼きそば。予想以上に量も多く美味しかった。正解でした。
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寿ゑ吉を出て龍福寺へ向かう途中に大龍門という看板。大殿小学校の校門になっています。
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龍福寺を西に出ると西田幾多郎(にしだきたろう)の説明板があります。
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哲学書「善の研究」の著者で、近代日本を代表する哲学者・西田幾多郎(1879-1945)がかつて暮らした山口市内の旧宅です。
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名前は聞いたことがありますが、哲学に興味はなく、建物も何の変哲もありませんので、追及しませんでした。
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萩ふるさと伝承センターがある往還道路の竪小路に出ました。伝承センターの向かいにある豆子郎大内館店。古民家を改修したお和菓子の店です。一帯が大内家の地所だったことから名前をもらっています。

豆子郎大内館店
山口市下竪小路52-2
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内部とお菓子の写真はネットから借用しています。
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同じ竪小路にもう一軒2階建ての町家があります。町家の左端には「ふるさとだんぎ」の看板がかかり、右は「遊恭茶房おかだ」の看板。

遊恭茶房おかだ
山口市下竪小路17
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硝子は一部が波打ちです。
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ここも内部とお茶の写真はネットからの借用です。
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上山口の駅に戻りました。JRの山口線で、山口駅から北へ一駅なのですが、上下線とも山口駅が終点。
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単線なのはよくあることですが、ホームも片側だけです。本数も少なく不便です。山陽本線の防府から、山口線の山口に来ましたが、交通系のカードがまったく使えず、すべて駅員による改札でした。何人もの総理大臣を輩出した上に、現首相のお膝元のわりに遅れてますね。
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普通列車はワンマンカーで、無人駅が多かったです。ここも後から乗って、降りるときは一番前の運転手が改札します。余談ですが、このポスターの「RENOFA」はレノファ山口FCのことで、J2リーグにいるようです。
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電車が来ました。行き先表示がありませんが、地元では必要ないのでしょう。これに乗って次の山口駅で乗り換えて、この日の宿の湯田温泉に向かいます。



by gipsypapa | 2019-12-10 08:08 | | Trackback | Comments(0)

長岡京市を巡る

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京都西山の寺院を訪ねて、何回か長岡京市に来ました。長岡京へのアクセスはJR京都線の長岡京駅か阪急電車の長岡天神駅から。今回は光明寺を目指してJR長岡京駅から出発です。駅のプラットフォームの写真はウィキペディアから。
撮影 : 2019.6.18

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JR長岡京駅前広場。
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22年前までは神足(こうたり)という駅名でした。個人的には長くなじんだ駅名です。
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神足は駅舎の住所(長岡京市神足2丁目)で、江戸時代からの村名だったので、歴史的には意味がありますが、長岡京市になり、かつ長岡天神の最寄り駅のイメージを出すためでしょうか、平成7年に長岡京に改名しました。
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バスの待ち時間があったので、駅前にある交流センターに入ってみました。
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広い空間に椅子があります。朝は8時30分から、夜10時まで開いていて、市民の憩いの場でもあるようです。
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「FMおとくに」という地域のコミュニティ放送局。ちなみに「おとくに」は「乙訓たけのこ」で有名なタケノコの産地にちなんでいるのでしょう。また乙訓寺が近い場所です。
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光明寺からの帰り、周辺を散策しました。寺から下ってきたところにある京都西山短期大学。
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更に下ったところに煙突がある建物がありますが、詳細不明です。
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その下に「いっぷく亭」があります。この前を通るのは13年ぶりですが、何も変わっていないようです。
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光明寺の参道入り口近くにある町屋風の民家。
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ほうきを売っています。手作りでしょうね。
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参道前の道には巨岩。さすがに産地。閉まっていましたが朝掘り筍の店があります。
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京都西山周辺は竹林が多いのです。特にこの周辺は「乙訓たけのこ」で有名です。
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少し南に行ったところに洋館がありました。カフェです。

カフェ&ミュージック〝TATRA〟(タトラ)
京都府長岡京市粟生六反田1-2
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のどは渇いていましたが、開いているかどうかよく分からず、中には入りませんでした。
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バスに乗って駅に戻り、一杯飲んで帰ります。長岡京へは、この数週間後にまた訪ねることになりました。



by gipsypapa | 2019-07-31 08:32 | | Trackback | Comments(2)

松尾大社から梅宮大社へ

平成から令和へ移行する前後の10連休が明けました。天気に恵まれた連休明けの翌日は、穴場の日かなと考え、場所も京都のど真ん中でなく人が少なそうな、松尾大社と梅宮大社をお参りすることにしました。お目当ては庭園です。撮影 : 2019.5.7
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高槻市駅で阪急電車京都線の特急に乗り換え。
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桂駅で嵐山線に乗り換えて2駅目。
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その名も松尾大社駅で降ります。
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駅のホームはよさそうな雰囲気。
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昼間は1時間に4本と思ったより少ない運行でした。
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駅を出たら歩いてすぐに赤い鳥居が見てて来ますが、その手前に妙なオブジェのある料亭があります。トックリですね。
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京料理「とりよね」
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石碑が立っていますが、何かはわかりませんでした。
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参道を進んで小川を渡ると境内の手前。
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令和の幟。令和になってまだ一週間です。
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観光バス専用駐車場は空っぽ。連休明け翌日を狙ったのは当たりでした。
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参拝が終わって東へ。梅宮大社を目指し、桂川を渡ります。
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向こうに嵐山が見えています。梅宮大社までは、歩いて10分くらいでした。



by gipsypapa | 2019-06-21 08:11 | | Trackback | Comments(4)

京都二条通りを歩く

がんこ高瀬川二条苑を出て、二条通りを東に進んで平安神宮に向かいました。撮影 ; 2019.4.30
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がんこ高瀬川二条苑の門を出たら、正面に島津創業記念資料館があります。12年前に訪ねてこのブログにアップしています。

島津創業記念資料館
旧・島津源蔵氏邸宅兼研究所
1988(明治21)南棟,1993(明治27)年北棟
設計・施工 : 不明
京都市中京区木屋町通二条下ル
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ビルの間に典型的な町家があるのも京都です。
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町家風の建物。ガラス戸に Kashiya という字。
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閉まっていますが隣が店舗でした。

かしや
京都市左京区吉永町270
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中は甘味処にもなっているようです。写真はネットから借用しています。
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近所の細見美術館で若沖展をやっていました。
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少し東に歩いたところにありました。美術館らしくない外観です。
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HPにあった若沖の絵。細見美術館のコレクションの一つだそう。
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ゑびす小路。新しそうでした。
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よさそうな店があると思ったら閉まっていて、営業していないようです。
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通りの向こう側、「京都市勧業館みやこめっせ」前に奇妙なものが横たわっています。朱鳥舞という清水九兵衞(七代目1922 - 2006)作品でした。日本における抽象彫刻の第一人者であるとともに、京焼の名家として知られているそうです。この作品はアルミニウム合金製だどか。

朱鳥舞
1996(平成8)年
作者 : 清水九兵衞
京都市左京区岡崎成勝寺町9-1 京都市勧業館みやこめっせ
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さらに進むと若い女性が集まっているのに遭遇。ここはロームシアター京都という、コンサートホールで、正式名称は京都会館です。現在は一部改築、改修されていますが、開館時の設計はル・コルビュジエ、アントニン・レーモンドに学び、モダニズム建築の旗手と言われた前川國男です。 改築、改修の設計は 香山壽夫建築研究所。鉄筋コンクリート、一部鉄骨造り、6階建て地下2階。

ロームシアター京都
1960(昭和35)年 / 2016(平成28)年一部改修
設計 : 前川國男
改築、改修設計 : 香山壽夫建築研究所
施工 : 不明
京都市左京区岡崎最勝寺町13
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すべて若い女性。そのときはわかりませんでしたが、後で調べたらMONSTA Xという韓国の7人組男性アイドルグループのショーでした。
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スーツケースを持っている人が多かったです。韓国からの追っかけでしょうか。
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かなり大きなホールです。写真はネットから借用しています。
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その北側の敷地にあるのは京都市美術館別館です。1930(昭和5)年に京都市公会堂東館として竣工。その後、1964(昭和39)年から京都会館別館として使われ、2000年に内装を改修して京都市美術館の別館として使われています。

京都市美術館別館
旧京都市公会堂東館
1930(昭和5)年
設計 : 京都市営繕課
施工 : 不明
京都市左京区岡崎最勝寺町13
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by gipsypapa | 2019-06-10 08:32 | | Trackback | Comments(4)

石見銀山 龍源寺間歩

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世界遺産の石見銀山の見所はここ龍源寺間歩です。石見銀山には、銀鉱石を採掘するための坑道である間歩が大小合わせて600箇所以上も残っているそうです。龍源寺間歩は、約870メートルの大久保間歩の次に大きな、全長約600メートルです。

内部はノミで掘った跡がそのままの状態で残っていて、当時の作業の様子を知ることができます。大久保間歩は期間限定のみだそうですが、龍源寺間歩は唯一、常時一般公開されています。

石見銀山 龍源寺間歩
島根県大田市大森町銀山
撮影 : 2019.3.23
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狭い箇所や天井画低いところが多いので、ソロソロ進みます。
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暗い穴だけのシーンで、どれも似たようなものですが、しばらくお付き合いください。
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ところどころに横穴。
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排水に使われた竪穴。
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新坑道との交差点まで来ました。
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観光用の新坑道は広くゆったりしています。
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坑道を出たら晴れていました。1泊2日の山陰ツアーはこれでお終い。大阪に戻ります。


by gipsypapa | 2019-05-22 08:18 | | Trackback | Comments(2)

石見銀山の銀山ゾーンを歩く

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ツアーの最終訪問地は石見銀山(いわみぎんざん)です。2007(平成19)年に世界遺産に登録されました。銀を精錬するためには、大量の薪炭用木材が必要とされます。石見銀山の特徴は、周辺の環境に配慮した「自然環境と共存した産業遺跡」であり、その点が高く評価され、世界遺産登録につながったそうです。

戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。当時は日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定され、石見銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとか。ここでは龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を見学するのが目的です。

世界遺産に指定されたためでしょう、道路整備が制限されているようで、観光バスの乗降所からゆるい坂道を約2.3km、片道45分、往復1時間半を歩く必要うがあります。登って龍源寺間歩に行くか、ほぼ平地の大森地区の武家・町家ゾーンや代官所ゾーンを散策するかの2者択一。我々は龍源寺間歩に向かう銀山ゾーンに挑戦することにしました。

石見銀山の銀山ゾーン
島根県大田市大森町イ1597-3 付近
撮影 : 2019.3.23
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小雨が降っています。
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清水谷精錬所跡。
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寛永8年創建と伝わる西本寺(さいほんじ)があります。門前の掲示板には「山吹城城門西本寺」と書かれています。山吹城とは要害山山頂にあった城のこと。山門は石見銀山を守護する為に築城された山吹城の城門と伝わるもので、切妻、桟瓦葺、四脚門です。西本寺山門は大田市内に残る山門建築の中でも最古級にあたる貴重なものとして大田市指定文化財に指定されています。

西本寺
江戸時代中期(17世紀初期)
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ209
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普通の観光地のように土産物屋や食事処はほとんどありません。これは例外ですが閉まっていました。
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豊栄神社(とよさかじんじゃ)は、毛利元就の木像がご神体として祀られています。元は洞春山・長安寺という曹洞宗の寺でした。幕末の慶応2年(1866)に第2次長州戦争が起こり、毛利氏を藩主とする長州藩の隊士達が石見に侵入し長安寺に駐屯したそうです。

大森に進撃した長州軍の面影をとどめ、激動の幕末の遺跡として興味深い神社です。明治2年に朝廷は、元就に対して豊栄神社の神号を与えたので、長安寺から豊栄神社に変わりました。

豊栄神社
詳細不明
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ211
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福神山間歩。
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こちらは甘南備坑の表示。この周辺の木立の間には、大きく口を開けた間歩がいくつかありますが、中には入れません。
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江戸末期から石見銀山の町年寄山組頭を勤めた高橋家の住宅。山組頭とは鉱山の取締役で、山師の中から2~3名任命される役職。高橋家は、代々銀山の町年寄・山組頭等、山方・町方の役人を勤めた家で、付属建物では酒造も行っていたそうです。山組頭の遺宅としては唯一現存する建物だとか。

現存する主屋は、安政年間(1858~1860)に建設されたで、瓦葺き切妻造り、2階建てで、往時の風格を偲ばせます。1975(昭和50)年に「石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅」として島根県指定史跡に指定されました。

高橋家住宅
旧石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅
安政年間(1858~1860)年
島根県指定史跡
島根県大田市大森町
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道路わきを流れる小川は銀山川。
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龍源寺間歩の見学を終えて、山道を下る途中にある佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)。境内までは急勾配の石段がありますが、社殿にブルーシートがかけられていました。16世紀中頃に創建された鉱山の守り神で、精錬の神「金山彦命」を祀る神社です。

壮大で全国一の規模の山神社だそうです。地元では、「山神さん」と呼ばれ親しまれている古社です。現在の建物は文政2年に再建されたもの。

佐毘売山神社
1819(文政2)年
島根県大田市大森町
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銀山が盛んな頃に物資の輸送に使われた旧道ですが、今は使われないため草に埋もれています。
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往き同じ道を下ってきて、駐車場が近づいてきました。往きに写真を取れなかった渡邊家住宅へ再び。渡邊家住宅は、江戸後期の1811(文化8)年に建てられた銀山付地役人の居宅で、同町の銀山地区内に唯一現存する武家屋敷です。

世界遺産の石見銀山遺跡に関連する史跡で、主屋は木造一部2階建て。土塀を巡らせて前庭を設け、奥に主屋や土蔵を配置する当時の武家屋敷の特徴を伝えています。

渡邊家住宅
1811(文化8)年 / 2019(平成31)年3月改修
島根県大田市大森町銀山
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このときは、大田市教育委員会が行っていた保存修理工事の終わりかけだったようで、復元工事がこのあとすぐに完了。現在は一般公開され、隣接地で和食を提供する日本料理店「渡辺家咄々庵」として営業しているそうです。
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壁などが塗り替えられて、Brand New になっています。



by gipsypapa | 2019-05-20 08:34 | | Trackback | Comments(2)

出雲大社門前町商店街「神門通り」

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南は宇迦橋(うがばし)の大鳥居から、北は出雲大社の正門まで続く、約700mの表参道。数多くの参拝客が訪れる通りです。両側には土産屋、名物の出雲そば、ぜんざいの店やカフェなど、様々な店舗が軒を連ねています。

出雲大社門前町商店街「神門通り」
島根県出雲市大社町杵築南
撮影 : 2019.3.23
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小雨模様なので、通りの写真を撮る気分にはなりません。1枚目とこれはネットにあった天気の良い日の写真を借用しました。
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お昼時です。お腹がすいたので蕎麦を食べる店を探して歩いていましたが、どこも込み合っていました。かなり南まで歩いて、やっと空いている店を発見。

手打ちそば いとう
島根県出雲市大社町杵築南1370-15
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坪庭があってなかなかの雰囲気です。
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うすら寒かったので暖かい蕎麦を注文。麺が太いです。写真は食べログから。
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やはり、この冷たい方が出雲そばらしかったかも。
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神門通りの北の端を西に入る細い路地は「ご縁横丁」です。
小さな横丁ですが、アーケードになっていて、小雨が降っていたせいもあり、賑わっていました。
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by gipsypapa | 2019-05-16 07:35 | | Trackback | Comments(2)

松江城の堀端を歩く

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松江城山公園の東側、北惣門橋を出て、お堀端の東側を北に歩いて集合場所の「堀川めぐり ふれあい広場」に戻りました。途中、松江らしい風情がある町並みを楽しむことができます。
撮影 : 2019.3.22
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北惣門橋を渡った堀端にある松江歴史館。武家屋敷風の構えで建ち、松江の歴史と文化を紹介しています。
松江歴史館島根県松江市殿町279
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こちらは北惣門橋より北側に架かる宇賀橋。
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今回は参加しなかった堀川めぐりの舟が見えます。
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これ以降は15年前の写真をいくつか。右下に年月日。
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現在に戻ります。
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山陰地方なので雪が多いんでしょう、融雪塩(塩化ナトリウム)が置いててあります。NaCl ですね。Made in Chine. 日本製じゃないのは何故?
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松江ホーランエンヤ伝承館は城山稲荷神社で紹介したホーランエンヤの起源と歴史について展示しています。五大地(5地区の保存会)ごとの櫂伝馬船、櫂伝馬踊り、衣装などを見ることができます。

松江ホーランエンヤ伝承館
島根県松江市殿町250
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今年が10年に一度のお祭りの年。5月18日、もうすぐです。
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長岡屋茂助は創業が元文三年(1738年)という古い練り物の店。飛魚(あご)を原料に、伝統の技と魂で山陰を代表する特産品「あご野焼」が有名らしいです。私も1本買いました。

長岡屋茂助 北堀店
島根県松江市北堀町219−1
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木彫りのアクセサリーの店と木工体験の店。

工房とんぼ
島根県松江市北掘町231
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堀端に「縁の宿 北堀」という料理旅館があります。ちょっとよさそう。

縁の宿 北堀
島根県松江市北堀町299
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部屋の写真はネットから。
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武家屋敷風の門がある複合ショップ「space 濠々」。時代衣装のレンタルなどができる”堀川小町”、島根県産のオリジナルブレンド珈琲やジュース、オリジナル雑貨やおみやげの販売をしている“お濠と白鳥”、島根県素材にこだわったアイスクリームの店”Shimane Ice(シマネアイス)”の3店舗が入っています。

space 濠々
島根県松江市北堀町300
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武家屋敷は、主屋、長屋門、塀などからなり、江戸中期の面影を今に伝えています。藩士が屋敷替えによって入れ替わり住んでいたとか。享保18年(1733)の大火で焼失後再建されたもので、主屋はその後も幾度かの増改築を経ていまるそうです。

武家屋敷
島根県松江市北堀町塩見縄手305
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そば処八雲庵は15年前に来たところです。武家屋敷を改装した店構えで名物「鴨南蛮そばが特に有名。割子そばと地酒のセットも逸品です。

出雲そば処 八雲庵
島根県松江市北堀町308
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超有名店ですが、この日は閉まっていました。食べる時間はありませんが、庭がよかったので覗いてみたかったです。
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15年前に来たときの写真です。
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これ以降の庭と店内の写真はネットから。
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田部美術館には“日本一の山林王”といわれた田部家伝来の美術品を展示しています。江戸時代の松江藩7代藩主であり大名茶人の松平不昧公ゆかりの品々を含む茶道具や、楽山焼や布志名焼をはじめとする出雲地方の美術工芸品が主なコレクションだそうです。

田部美術館
島根県松江市北堀町310−5
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これ以降はネットの写真を借用しています。
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小泉八雲旧居も15年前に訪問済みです。八雲は明治37年(1904)、東京で亡くなるまでの14年間を日本で過ごし、その間、松江・熊本・神戸・東京と四つの都市に住みました。松江では1年 3ヶ月弱暮らし、その内の約5ヶ月間をこの家で過ごしました。八雲が住んでいた当時のままで保存されているのは、現在では松江の小泉八雲旧居だけです。

小泉八雲旧居(ヘルン旧居)
島根県松江市北堀町315
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これ以降はネットから借用しています。
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小泉八雲記念は小泉八雲旧居に隣接しています。小泉八雲の功績をたたえ建てられました。「知られぬ日本の面影」など松江を世界に紹介した小泉八雲の自筆原稿や遺品、妻セツの使った英単語覚え書きなど、収蔵品は1千点以上です。

小泉八雲記念館
島根県松江市奥谷町322
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てづくり雑貨ちろり
島根県松江市北堀町327

途中にもう一箇所「明々庵」を訪ねました。それは次回に。



by gipsypapa | 2019-05-09 08:56 | | Trackback | Comments(2)