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須坂の旧越家住宅

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旧小田切家住宅がある春木町を北に進むと製糸王と呼ばれた越寿三郎が明治45年に購入した旧越家住宅があります。従って建てられたのはそれ以前です。寿三郎が創業した山丸組は、最盛期には8千人の従業員を擁する国内屈指の製糸業だったそうです。須坂で最も早く電話を引き、番号が1番だったため別名「山丸壱番館」と呼ばれていたとか。

平成10年に、建物を須坂市が譲り受け、春木町住民による「旧越家ふれあいクラブ」が管理を行い、学習や交流の施設や、製糸のまち須坂の観光拠点として活用されています。

東側の2階建て部分と入母屋造りの中央平屋建て部が古く,西側の切妻造りが増築された部分です。街路側に東妻面を向け,白漆喰塗りの変化に富む外観が,製糸業で繁栄した往時をよく偲ばせるとして、国の登録有形文化財に指定されている木造2階建て。

旧越家住宅
明治中期 / 大正時代(増築)
登録有形文化財
近代化産業遺産
設計・施工 : 不明
長野県須坂市春木町435-2
撮影 : 2017.12.15
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玄関を覗いてみましたが、何かの会合が行われていたため、中に入るのは諦めました。
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窓越しに座敷が見えます。
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Google のストリートビューで北から西へ移動します。
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これが増設部分みたいです。
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やはり広大な敷地です。右に見える蔵も登録有形文化財。

by gipsypapa | 2018-08-15 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

須坂の旧小田切家住宅(西糀屋)

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旧小田切家住宅は須坂の町で一般公開されているお屋敷で、クラシック美術館に匹敵する規模の観光スポットです。旧小田切家は、幕末まで須坂藩の御用達を勤めていた家で、現在の家屋は明治時代に小田切辰之助が再建した豪商の邸宅。

小田切辰之助は有数の製糸家で、その家族と子孫はこの屋敷に住み、麹、酒造、油、蚕糸、呉服商などを営んだそうです。「大麹屋」とも「西麹屋」とも呼ばれていた須坂の名家、小田切家の宗家の屋敷です。

当初はもっと広い敷地があったそうですが、現在の敷地にも店舗、主屋、長屋門、土蔵などが残っています。昭和の後半から空き家となっていた家屋を須坂市が買い取り、文化施設としています。製糸業が盛んだった当時を偲ぶ代表的な建物として須坂市指定有形文化財に指定されています。

旧小田切家住宅(西糀屋)
明治初期
須坂市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
長野県須坂市須坂423-1
撮影 : 2017.12.15
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長屋門と石橋のセットが現存する館は、須坂市内でもここだけだとか。門前の用水路には、北信地方独特の石積みである「ぼた餅石積み」が施され、用水路をまたぐように石橋が架けられています。
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敷地の北側に白漆喰仕上げの土壁とぼたもち積みの石積みが特徴的な4棟の土蔵が並ぶ印象的なお屋敷です。
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見学の入り口は店舗から。300円でした。
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店舗の出入り口はガラス戸になっていて、古さを感じさせません。
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奥の土蔵(多分3番蔵)で長野県ゆかりの工芸作家、木村不二雄展が開かれていました。
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木村不二雄氏は染織作家で、「現代の名工」に選ばれた草木染友禅の染め物職。
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私好みの昭和の町並みを描いたキャンバスや、
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信州の自然を描いた染物。
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主屋につながる通路の床は青い陶板(タイル)敷き。
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主屋の奥座敷へ。
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奥座敷や座敷は明治初期にしては近代的。
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この鶴の釘隠しはクラシック美術館で見たものと同じです。
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by gipsypapa | 2018-08-13 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

須坂市ふれあい館まゆくら

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明治後期に建てられた、立町にあった3階建ての建物で、田尻製糸が生糸の原料となる繭(まゆ)を貯蔵する蔵でした。都市計画による道路拡張のため解体の危機にあったそうです。しかし、製糸業で栄えた須坂の歴史を後世に伝える歴史的に貴重な建物であることから、立町から現在の地まで約180メートル曳き家移転を行い、街なみ環境整備事業のまちづくり拠点施設として保存再生されています。

切妻造り,桟瓦葺き,桁行10間と長大な規模で,外壁白漆喰塗,各面とも整然と各階の窓を並べた繭蔵らしい外観であるとして、国の登録有形文化財に指定されている土蔵造り3階建て。

須坂市ふれあい館まゆくら
旧田尻製糸繭蔵
明治後期
設計・施工 : 不明
長野県須坂市須坂387-2
撮影 : 2017.12.15
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最近、外壁を塗り替えたのか、真っ白で古さを感じませんが、間違いなく登録有形文化財です。
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1階の休憩スペースで、地元のボランティアがお茶の接待をしてくれました。
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2階にある製糸業で使われた器具などの展示コーナー。
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by gipsypapa | 2018-08-08 08:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

蔵のまちギャラリーぶらり館

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元は雑貨店だった町家の左半分の妻入り部分を改装して貸しギャラリーにしています。隣の平入りの町家と門をはさんでつながり、下屋と門の軒先が連続してバランス良く調和しています。詳細不明ですが、明治期以前の建物と思われます。

蔵のまちギャラリーぶらり館
旧牧家住宅
詳細不明
須坂市歴史的建造物
長野県須坂市大字須坂東横町337-1
撮影 : 2017.12.15
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その右隣は長谷川家住宅。軒裏の出桁で支えた三段蛇腹、白漆喰塗りの連続窓と戸袋が特徴的。これも須坂市歴史的建造物です。

長谷川家住宅
詳細不明
須坂市歴史的建造物
長野県須坂市大字須坂332
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これ以降の内部写真はポータルサイト「いけいけすざか」から借用しています。
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by gipsypapa | 2018-08-07 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

須坂市蔵のまち観光交流センター

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クラシック美術館の向かい側にある「須坂市蔵のまち観光交流センター」は、明治20年代後半に建築された牧家の町家で、角一製糸場の繭(まゆ)蔵として使われた近代化産業遺産。現存する3階建ての蔵は数少なく、歴史的にも貴重な建物です。

主屋は切妻、瓦葺き、大壁、平入りの3階建てで、1階は繭の荷受け場所。2階と3階に1年分の繭を保存したそうです。

須坂市蔵のまち観光交流センター
旧角一製糸場繭蔵
明治中期
設計・施工 : 不明
長野県須坂市須坂352-2
撮影 : 2017.12.15
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by gipsypapa | 2018-08-05 07:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

須坂クラシック美術館

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江戸時代から須坂藩御用達の呉服商として栄え、明治初期に山一製糸を興した製糸家、牧新七(まきしんしち)の屋敷を利用した美術館。須坂に現存する伝統的町屋の中でも最大規模の一つで、須坂の製糸業が繁栄した時代を映し、高級な材料を使用し、各所に職人技が垣間見える建物です。かつては政財界から要人が訪れ、サロンの役割をしたといわれています。

江戸時代から明治初期の須坂の大規模町家を代表するもので、明治期の豪家で遺存する例は少なく貴重であるとして須坂市の有形文化財にしていされています。入り口傍の土蔵を改装して「岡信孝記念展示室」とし、日本画家の岡信孝氏から寄贈された日本画と古民芸のコレクションを展示しています。

岡信孝コレクション須坂クラシック美術館
旧牧新七家住宅
蔵 : 江戸末期
主屋 : 1887(明治20)年代
近代化産業遺産・須坂市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
長野県須坂市大字須坂371-6
撮影 : 2017.12.15
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入館料は300円でした。
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階段の横腹に鯉の滝登り。
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釘隠しも凝っています。
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小さな庭があります。長野市内ではなかった雪が少し積もっています。
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須坂クラシック美術館のHPから借用しています。

by gipsypapa | 2018-08-03 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

蔵の町並み 須坂

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私事ですが、昨年12月にお祝い事があって長野市に2泊しました。初日は着いて泊まるだけ。JR長野駅前のホテルにチェックインする前に、荷物を預けて行きたかったところの一つ須坂(すざか)を訪ねました。

須坂は、江戸時代に須坂藩主堀氏の館町(陣屋町)として、また大笹街道と谷街道の交差する地の利から、商業が栄えた町です。その後、明治から昭和にかけては製糸業で隆盛を極めたとか。そのため市街地には明治から昭和にかけて建築された蔵を初めとした建物が多く残っており、それらを利用した店舗や博物館、美術館などが整備されて観光地になっています。

蔵の町並み 須坂
長野県須坂市大字須坂371-6
撮影 ; 2017.12.15
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蔵のまちだけあって、多くの蔵があります。
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これらも古そうで、由緒ある建物と思いますが、今となっては特定できません。
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着物の「綿幸」。蔵の美術館になっています。
長野県須坂市須坂中町218
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蔵ではありませんが、なかなかのレトロ建築。大和板金工業です。
長野県須坂市須坂510
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なぜか道端に鐘。この日は午後2時くらいから町並みを散策。見所の建物は次回から個別に紹介します。
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長野電鉄長野線の須坂駅。
須坂市大字須坂1288-2
冬の夜は早いです。まだ5時前ですが暗くなりました。
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長野駅に戻ってホテルにチェックインします。


by gipsypapa | 2018-08-01 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名古屋の外堀通りを歩く

名古屋城の南側を東西に走る外堀通りを東に進みました。名古屋城の外堀は北西側には水がありますが、南東側は空堀になっています。外堀通りは道幅が広い道路で、頭上には名古屋高速都心環状線が通っています。現代的な建物が並ぶ通りですが、途中に名古屋東照宮などの歴史的建造物をいくつか発見することが出来ます。
撮影 : 2017.11.7

呉服加島屋
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町家風の小さな2階建て。呉服店で着物の染色も手がけているようです。

呉服加島屋
詳細 : 不明
名古屋市中区丸の内2-2-7
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本町橋
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外堀に架かる橋のひとつ。明治末期に架けられた橋です。

本町橋1911(明治44)年
設計・施工 : 不明
名古屋市中区丸の内3-1-6
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ごらんのように、堀には水がなく草木が生い茂っています。

ライオンヘルスパークのライオン像
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本町橋を東に進むとブランコなどの遊具が少しだけある小さな公園があります。公園の西の端に台座に乗ったライオン像を発見。名古屋城関連の狛獅子かと思い、道路の反対側を見ましたが、相方はいません。単独の像です。

ライオンヘルスパーク・ライオン像
1954(昭和28)年
名古屋市中区3-2-7
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台座の解説文によると、かつてここはライオンヘルスパークという温室のある公園で、この像はライオン歯磨株式会社が寄贈したものだそうです。
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この写真はネットから借用しています。ほとんど知る人もなく、ひっそりと座っています。このまま残して欲しいものです。

大津橋
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さらに東に進みます。外堀と大津通りの交点に架かる大津橋。この橋は、9年前にもアップしていますが、もう一度。大津通りは県庁や市役所のある官庁街から南へ、栄、大須、金山に向かう名古屋の南北の目抜き通りの一つです。欄干にあるベイス(飾り花瓶)と球形電球が4本ある照明がレトロ感を出しています。 設計は名古屋市と思われます。

大津橋
1933(昭和8)年
設計・施工 : 不明
名古屋市中区丸の内3-4
撮影 : 2017.11.7
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これ以降は9年前の写真です。
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これから愛知県庁と名古屋市役所を見て名古屋城の東門近くまで戻ります。

by gipsypapa | 2018-07-29 09:53 | 建築 | Trackback | Comments(0)

名古屋東照宮

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紀州東照宮を見てきたので、同じ徳川御三家の尾張名古屋でも東照宮を訪ねました。名古屋城の南を東西に走る外堀通りにあります。

名古屋東照宮は尾張藩初代藩主の徳川義直が1619(元和5)年に三之丸に建立。創建当時の境内は3600坪もあり、社殿などに極彩色が使われた華麗なもので、三之丸東照宮と呼ばれていました。東照宮としては最も豪華だったそうです。

しかし、ここも名古屋城と同じように1945(昭和20)年5月空襲で焼失してしまいました。そのため1954(昭和29)年に市内の建中寺から義直の正室春姫の御霊屋(みたまや)を移築して社殿としたそうです。この御霊屋は1651(慶安4)年に万松寺境内に建てられ、1914(大正3)年に建中寺へ移築されたものでした。

名古屋東照宮(三之丸東照宮)
1651(慶安4年)/ 1954(昭和29)年移設
愛知県重要文化財
設計・施工 : 不明
愛知県名古屋市中区中区丸の内2-3-37
撮影 : 2017.11.7
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道幅が広い外堀通には入り口がありません。
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細い道を南に下ったところに鳥居があります。
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鳥居は銅板のようなもので覆われていますね。
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鳥居をくぐって左折すると正面に見えるのは唐門です。
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唐門の向こう側に本殿。唐門の格子の隙間から撮影できます。
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末社の福神社。正面にあるのは鏡ですね。
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こちらは福寿稲荷社。
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by gipsypapa | 2018-07-25 08:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名古屋城 御深井丸展示館

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御深井丸(おふけまる)は本丸の北西に位置し、本丸の後衛を担う郭があったところです。本丸とは不明御門で連絡し、本丸北側の御塩蔵構(おしおぐらがまえ)や西之丸とも狭い通路でつながっていたそうです。

この一角は観光客が少ない場所で、ひっそりしていますが、そこに平屋建ての御深井丸展示館があります。内部は郷土の人形や玩具を展示しているところで、外壁沿いにはベンチがあり、飲み物の自動販売機もある休憩所を兼ねた建物です。木造平屋建て。

名古屋城 御深井丸展示館
詳細 : 不明
愛知県名古屋市中区本丸1
撮影 : 2017.11.7
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天守閣北側の御深井丸には四つの茶席があります。普段は一般公開はされてなく、事務所に申し込めば、お茶会や結婚式などに利用できるとか。これ以降の写真はネットにあったものを借用しています。
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書院(金城苑)。愛知県文化財専門委員だった森川勘一郎の意匠で造営されたそうです。
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猿面望嶽茶席(さるめんぼうがくちゃせき)。茶道の大宗匠だった古田織部(ふるたおりべ)の指図により、清洲城の古材により建築したものだとか。戦災焼失し、1949(昭和24)年に再建されました。
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織部堂。古田織部を顕彰するため1955(昭和30)年に建立されたもの。
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又隠茶席(ゆういんちゃせき)。千宗旦(千利休の孫)が造営した「又隠の席」を模したもので、安永年間に建てられたものを城内に移築したそうです。

by gipsypapa | 2018-07-22 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)