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石見銀山 龍源寺間歩

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世界遺産の石見銀山の見所はここ龍源寺間歩です。石見銀山には、銀鉱石を採掘するための坑道である間歩が大小合わせて600箇所以上も残っているそうです。龍源寺間歩は、約870メートルの大久保間歩の次に大きな、全長約600メートルです。

内部はノミで掘った跡がそのままの状態で残っていて、当時の作業の様子を知ることができます。大久保間歩は期間限定のみだそうですが、龍源寺間歩は唯一、常時一般公開されています。

石見銀山 龍源寺間歩
島根県大田市大森町銀山
撮影 : 2019.3.23
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狭い箇所や天井画低いところが多いので、ソロソロ進みます。
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暗い穴だけのシーンで、どれも似たようなものですが、しばらくお付き合いください。
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ところどころに横穴。
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排水に使われた竪穴。
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新坑道との交差点まで来ました。
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観光用の新坑道は広くゆったりしています。
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坑道を出たら晴れていました。1泊2日の山陰ツアーはこれでお終い。大阪に戻ります。


by gipsypapa | 2019-05-22 08:18 | | Trackback | Comments(2)

石見銀山の銀山ゾーンを歩く

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ツアーの最終訪問地は石見銀山(いわみぎんざん)です。2007(平成19)年に世界遺産に登録されました。銀を精錬するためには、大量の薪炭用木材が必要とされます。石見銀山の特徴は、周辺の環境に配慮した「自然環境と共存した産業遺跡」であり、その点が高く評価され、世界遺産登録につながったそうです。

戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。当時は日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定され、石見銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとか。ここでは龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を見学するのが目的です。

世界遺産に指定されたためでしょう、道路整備が制限されているようで、観光バスの乗降所からゆるい坂道を約2.3km、片道45分、往復1時間半を歩く必要うがあります。登って龍源寺間歩に行くか、ほぼ平地の大森地区の武家・町家ゾーンや代官所ゾーンを散策するかの2者択一。我々は龍源寺間歩に向かう銀山ゾーンに挑戦することにしました。

石見銀山の銀山ゾーン
島根県大田市大森町イ1597-3 付近
撮影 : 2019.3.23
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小雨が降っています。
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清水谷精錬所跡。
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寛永8年創建と伝わる西本寺(さいほんじ)があります。門前の掲示板には「山吹城城門西本寺」と書かれています。山吹城とは要害山山頂にあった城のこと。山門は石見銀山を守護する為に築城された山吹城の城門と伝わるもので、切妻、桟瓦葺、四脚門です。西本寺山門は大田市内に残る山門建築の中でも最古級にあたる貴重なものとして大田市指定文化財に指定されています。

西本寺
江戸時代中期(17世紀初期)
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ209
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普通の観光地のように土産物屋や食事処はほとんどありません。これは例外ですが閉まっていました。
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豊栄神社(とよさかじんじゃ)は、毛利元就の木像がご神体として祀られています。元は洞春山・長安寺という曹洞宗の寺でした。幕末の慶応2年(1866)に第2次長州戦争が起こり、毛利氏を藩主とする長州藩の隊士達が石見に侵入し長安寺に駐屯したそうです。

大森に進撃した長州軍の面影をとどめ、激動の幕末の遺跡として興味深い神社です。明治2年に朝廷は、元就に対して豊栄神社の神号を与えたので、長安寺から豊栄神社に変わりました。

豊栄神社
詳細不明
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ211
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福神山間歩。
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こちらは甘南備坑の表示。この周辺の木立の間には、大きく口を開けた間歩がいくつかありますが、中には入れません。
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江戸末期から石見銀山の町年寄山組頭を勤めた高橋家の住宅。山組頭とは鉱山の取締役で、山師の中から2~3名任命される役職。高橋家は、代々銀山の町年寄・山組頭等、山方・町方の役人を勤めた家で、付属建物では酒造も行っていたそうです。山組頭の遺宅としては唯一現存する建物だとか。

現存する主屋は、安政年間(1858~1860)に建設されたで、瓦葺き切妻造り、2階建てで、往時の風格を偲ばせます。1975(昭和50)年に「石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅」として島根県指定史跡に指定されました。

高橋家住宅
旧石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅
安政年間(1858~1860)年
島根県指定史跡
島根県大田市大森町
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道路わきを流れる小川は銀山川。
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龍源寺間歩の見学を終えて、山道を下る途中にある佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)。境内までは急勾配の石段がありますが、社殿にブルーシートがかけられていました。16世紀中頃に創建された鉱山の守り神で、精錬の神「金山彦命」を祀る神社です。

壮大で全国一の規模の山神社だそうです。地元では、「山神さん」と呼ばれ親しまれている古社です。現在の建物は文政2年に再建されたもの。

佐毘売山神社
1819(文政2)年
島根県大田市大森町
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銀山が盛んな頃に物資の輸送に使われた旧道ですが、今は使われないため草に埋もれています。
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往き同じ道を下ってきて、駐車場が近づいてきました。往きに写真を取れなかった渡邊家住宅へ再び。渡邊家住宅は、江戸後期の1811(文化8)年に建てられた銀山付地役人の居宅で、同町の銀山地区内に唯一現存する武家屋敷です。

世界遺産の石見銀山遺跡に関連する史跡で、主屋は木造一部2階建て。土塀を巡らせて前庭を設け、奥に主屋や土蔵を配置する当時の武家屋敷の特徴を伝えています。

渡邊家住宅
1811(文化8)年 / 2019(平成31)年3月改修
島根県大田市大森町銀山
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このときは、大田市教育委員会が行っていた保存修理工事の終わりかけだったようで、復元工事がこのあとすぐに完了。現在は一般公開され、隣接地で和食を提供する日本料理店「渡辺家咄々庵」として営業しているそうです。
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壁などが塗り替えられて、Brand New になっています。



by gipsypapa | 2019-05-20 08:34 | | Trackback | Comments(2)

出雲大社門前町商店街「神門通り」

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南は宇迦橋(うがばし)の大鳥居から、北は出雲大社の正門まで続く、約700mの表参道。数多くの参拝客が訪れる通りです。両側には土産屋、名物の出雲そば、ぜんざいの店やカフェなど、様々な店舗が軒を連ねています。

出雲大社門前町商店街「神門通り」
島根県出雲市大社町杵築南
撮影 : 2019.3.23
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小雨模様なので、通りの写真を撮る気分にはなりません。1枚目とこれはネットにあった天気の良い日の写真を借用しました。
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お昼時です。お腹がすいたので蕎麦を食べる店を探して歩いていましたが、どこも込み合っていました。かなり南まで歩いて、やっと空いている店を発見。

手打ちそば いとう
島根県出雲市大社町杵築南1370-15
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坪庭があってなかなかの雰囲気です。
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うすら寒かったので暖かい蕎麦を注文。麺が太いです。写真は食べログから。
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やはり、この冷たい方が出雲そばらしかったかも。
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神門通りの北の端を西に入る細い路地は「ご縁横丁」です。
小さな横丁ですが、アーケードになっていて、小雨が降っていたせいもあり、賑わっていました。
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by gipsypapa | 2019-05-16 07:35 | | Trackback | Comments(2)

松江城の堀端を歩く

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松江城山公園の東側、北惣門橋を出て、お堀端の東側を北に歩いて集合場所の「堀川めぐり ふれあい広場」に戻りました。途中、松江らしい風情がある町並みを楽しむことができます。
撮影 : 2019.3.22
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北惣門橋を渡った堀端にある松江歴史館。武家屋敷風の構えで建ち、松江の歴史と文化を紹介しています。
松江歴史館島根県松江市殿町279
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こちらは北惣門橋より北側に架かる宇賀橋。
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今回は参加しなかった堀川めぐりの舟が見えます。
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これ以降は15年前の写真をいくつか。右下に年月日。
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現在に戻ります。
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山陰地方なので雪が多いんでしょう、融雪塩(塩化ナトリウム)が置いててあります。NaCl ですね。Made in Chine. 日本製じゃないのは何故?
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松江ホーランエンヤ伝承館は城山稲荷神社で紹介したホーランエンヤの起源と歴史について展示しています。五大地(5地区の保存会)ごとの櫂伝馬船、櫂伝馬踊り、衣装などを見ることができます。

松江ホーランエンヤ伝承館
島根県松江市殿町250
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今年が10年に一度のお祭りの年。5月18日、もうすぐです。
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長岡屋茂助は創業が元文三年(1738年)という古い練り物の店。飛魚(あご)を原料に、伝統の技と魂で山陰を代表する特産品「あご野焼」が有名らしいです。私も1本買いました。

長岡屋茂助 北堀店
島根県松江市北堀町219−1
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木彫りのアクセサリーの店と木工体験の店。

工房とんぼ
島根県松江市北掘町231
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堀端に「縁の宿 北堀」という料理旅館があります。ちょっとよさそう。

縁の宿 北堀
島根県松江市北堀町299
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部屋の写真はネットから。
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武家屋敷風の門がある複合ショップ「space 濠々」。時代衣装のレンタルなどができる”堀川小町”、島根県産のオリジナルブレンド珈琲やジュース、オリジナル雑貨やおみやげの販売をしている“お濠と白鳥”、島根県素材にこだわったアイスクリームの店”Shimane Ice(シマネアイス)”の3店舗が入っています。

space 濠々
島根県松江市北堀町300
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武家屋敷は、主屋、長屋門、塀などからなり、江戸中期の面影を今に伝えています。藩士が屋敷替えによって入れ替わり住んでいたとか。享保18年(1733)の大火で焼失後再建されたもので、主屋はその後も幾度かの増改築を経ていまるそうです。

武家屋敷
島根県松江市北堀町塩見縄手305
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そば処八雲庵は15年前に来たところです。武家屋敷を改装した店構えで名物「鴨南蛮そばが特に有名。割子そばと地酒のセットも逸品です。

出雲そば処 八雲庵
島根県松江市北堀町308
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超有名店ですが、この日は閉まっていました。食べる時間はありませんが、庭がよかったので覗いてみたかったです。
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15年前に来たときの写真です。
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これ以降の庭と店内の写真はネットから。
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田部美術館には“日本一の山林王”といわれた田部家伝来の美術品を展示しています。江戸時代の松江藩7代藩主であり大名茶人の松平不昧公ゆかりの品々を含む茶道具や、楽山焼や布志名焼をはじめとする出雲地方の美術工芸品が主なコレクションだそうです。

田部美術館
島根県松江市北堀町310−5
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これ以降はネットの写真を借用しています。
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小泉八雲旧居も15年前に訪問済みです。八雲は明治37年(1904)、東京で亡くなるまでの14年間を日本で過ごし、その間、松江・熊本・神戸・東京と四つの都市に住みました。松江では1年 3ヶ月弱暮らし、その内の約5ヶ月間をこの家で過ごしました。八雲が住んでいた当時のままで保存されているのは、現在では松江の小泉八雲旧居だけです。

小泉八雲旧居(ヘルン旧居)
島根県松江市北堀町315
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これ以降はネットから借用しています。
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小泉八雲記念は小泉八雲旧居に隣接しています。小泉八雲の功績をたたえ建てられました。「知られぬ日本の面影」など松江を世界に紹介した小泉八雲の自筆原稿や遺品、妻セツの使った英単語覚え書きなど、収蔵品は1千点以上です。

小泉八雲記念館
島根県松江市奥谷町322
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てづくり雑貨ちろり
島根県松江市北堀町327

途中にもう一箇所「明々庵」を訪ねました。それは次回に。



by gipsypapa | 2019-05-09 08:56 | | Trackback | Comments(2)

松江城山公園 興雲閣

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興雲閣(こううんかく)は松江城内の天守閣から松江神社の南側に建つ擬洋風建築です。明治天皇行幸のための御宿所として計画されましたが、日露戦争勃発のため天皇の行幸は実現せず、松江市工芸品陳列所になりました。明治40年に皇太子(後の大正天皇)の御宿所として使われ、迎賓館の役目を果たしたそうです。

その後も松江市の公的な歓迎所や展示会や会合などに使われていました。現在は松江郷土館として資料展示などに使われています。島根県指定文化財の瓦葺き、木造2階建て。

松江郷土館 興雲閣
1903(明治36)年
島根県指定文化財
設計・施工 : 和泉利三郎
島根県松江市殿町1-59
撮影 : 2019.3.22
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設計、施工を手がけた和泉利三郎は地元の大工棟梁です。
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この時代の偽洋風建築にしては珍しい左右非対称。
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玄関ポーチを突き出しています。
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白いベランダが印象的で美しい建物です。
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天皇の行幸に際に、ここから市民の参賀を受けられる目的でしょうか。
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装飾・彫刻を多く用いた華麗な 仕上げなっています。
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入館無料というのはうれしいです。
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この辺は「和」。
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中は華やかな洋風の意匠です。
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踊り場の3連の半円アーチ窓が見所です。
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2階へ。
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張り出した玄関ポーチの上にある小部屋です。
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板張りのボールルームのような大広間。
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ピアノの生演奏をやっていました。
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大広間の北側にある小部屋。
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貴顕室(きげんしつ)とあります。貴賓室と同じ意味でしょう。大正天皇が皇太子時代に行幸されたときに使われたそうです。
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一階には喫茶室がありました。
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by gipsypapa | 2019-05-08 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松江城山公園 松江城天守

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松江市内に来ました。松江は15年ぶりです。ツアーは舟でお堀を廻る「堀川めぐり」がオプションでしたが、15年前に経験したので参加せず、前回行かなかった松江城址へ行くことにしました。城址は松江城山公園になっていて、日本さくら名所100選や都市景観100選に選ばれています。

城跡には江戸時代初期に亀田山に建造された松江城天守が現存。松江城は別名を千鳥城といい、現存する天守は国宝、城跡は国の史跡に指定されています。城は出雲・隠岐の領主となった堀尾氏が,桃山時代の1607(慶長12)年から築城を始め,1611(慶長16)年にほぼ完成したもの。現在の天守もこの時に建造されたものです。

ちなみに天守がが国宝指定されているのは全国5城で、他は犬山城、松本城、彦根城、姫路城です。国宝の4重5階、地下1階。

松江城天守
1611(慶長16)年
国宝
設計・施工 : 不明
島根県松江市殿町1−5
撮影 : 2019.3.22
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城址を取り巻く堀は昔のままつながっています。
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護国神社がありますが、パス。
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石垣も良い状態で残っています。
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一の門から天守がある高台へ。
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櫓(やぐら)がありますが、これは再現されたもの。
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外観は四重,内部五階で複雑な形状です。
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中を見学出来ますが、ツアーの自由時間に限りがあるので、入りませんでした。
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以下内部写真はネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2019-05-04 08:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

桜島にバスで上陸

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ツアーの最終目的地は桜島です。実は認識していなかったのですが、桜島は今は大隅半島とは陸続きでした。
撮影 : 2019.3. 12
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ネットにあった航空写真。右端が繋がっています。Lava は溶岩の意味です。かつては島でしたが、1914(大正3)年の噴火で、鹿児島市の対岸の大隅半島と陸続きになったのです。
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繋がってはいますが、バスで橋を渡っています。
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渡ってすぐ、この湾の奥が繋がってています。
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桜島に上陸しました。遠くに大隅半島が見えています。
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桜島ドライブイン。大型バスでの団体客も多い桜島物産館では、食事とお土産の購入ができます。

旅の駅桜島 桜島物産館(桜島ドライブイン)
鹿児島県鹿児島市桜島赤水町1427

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ここにも屋久杉。
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火山灰を売っていますね。
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桜島大根の大きなオブジェ。記念写真の撮影スポットです。
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どでかい長渕剛のモニュメントがあります。2004年に桜島で行われたオールナイトライブは、75,000人もの観衆を集めたそうです。その場所に記念として作られたとか。
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フェリー乗り場に着きました。

桜島港フェリーターミナル
鹿児島市桜島横山町61-4
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ネットにあったフェリーの写真です。
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バスのまま乗船。
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近距離フェリーとしては意外に大きなキャビンでした。
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立ち食いの店も。
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嵐も乗船したようです。
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出航。
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美しい桜島をあとにして、15分ほどの短い船旅。
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鹿児島フェリーターミナルに到着しました。

鹿児島港フェリーターミナル
鹿児島市本港新町4-1

市内中心部のJR鹿児島中央駅へ向かいます。


by gipsypapa | 2019-04-29 08:25 | | Trackback | Comments(2)

霧島神宮(その2)

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創建が6世紀と古い歴史を誇る霧島神社では高千穂山頂に向かって社殿が配置されています。現在の社殿は鹿児島藩主によって、江戸時代中期の正徳5年に復興されたもの。

本殿・弊殿・拝殿は大規模な複合社殿で、登廊下で達する一段高いところにあり、登廊下の下に勅使殿が建ち、この前方両側に、前回アップした門守神社2棟が配置されています。また登廊下の途中から西に廊下が出て、神饌所につながっています。これらはいずれも国の重要文化財です。

霧島神宮 本殿・幣殿・拝殿(合1棟)、登廊下および勅使殿
1715(正徳5)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
鹿児島県霧島市霧島田口2608-5
撮影 : 2019.3. 12
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両翼を広げた形の勅使殿。残念ながら通常は霧囲いで覆われ、拝観はできません。一般にはここから参拝します。
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右手が西長庁、左手が東長庁。その奥に登廊下があり、その先には拝殿。更に奥に幣殿、一番奥が本殿となっています。
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勅使殿には大きな唐破風を突き出す、派手で豪華な造り。
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朱塗りの柱や極彩色の美しい彫刻が一杯で、華やかです。
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木鼻は色鮮やかな獅子と象。
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大きな金ピカ菊の御紋の賽銭箱。難しくて読めませんが天明元年(1781年)8月奉納と書いてあるとか。ネットには色あせた写真がありました。最近、塗りなおしたようです。
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透塀の隙間から見た勅使殿の羽の部分、西長庁の内部。
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勅使殿の奥の登廊下は階段です。
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拝殿手前まで登ったら渡り廊下が左に延びています。
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端っこが重要文化財の「附」(つけたり)指定されている神饌所です。
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登廊下の奥は拝殿。
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このまた奥に幣殿、本殿と続きますが見ることができません。
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ネットにあった幣殿の写真。左右の龍柱は強烈な色の手の込んだ装飾彫刻です。
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さらに階段があり、その上に本殿が見えています。
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by gipsypapa | 2019-04-26 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

霧島神宮(その1)

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えびの高原から霧島連山を下って霧島神宮へ来ました。霧島神宮は日本で初めて国立公園に指定された霧島連山にあります。創建が6世紀と古い歴史を誇る神社で、神々がこの世を作り、治めたという神話の時代に、天上界より望む「霧に煙る海に浮かぶ島」が「霧島」の名の由来とされています。

建国神話の主人公、瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)を祀った霧島神宮。最初は高千穂峰と火常峰(御鉢)の間にある背門丘に建てられたといわれていますが、霧島山の噴火による消失と再建を繰り返し、500年以上前に現在の場所に移されました。現在の社殿は島津氏第21代当主(第4代薩摩藩主)島津吉貴が、1715年に建立・寄進したものです。

境内には重要文化財の 本殿・幣殿・拝殿(合1棟)、 登廊下、 勅使殿があり「附」(つけたり)指定された門守神社2棟と神饌所1棟があります。
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駐車場から石段を登った左側にある社務所です。上質な造りの大規模和風建築で,複雑な平面に対応した屋根を巧妙に架けて、落ち着いた社頭景観を構成しているとして、国の登録有形文化財に指定されている木造平屋建て。

霧島神社社務所
1930(昭和5)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
鹿児島県霧島市霧島田口2608-5
撮影 : 2019.3. 12
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鳥居の手前にある「さざれ石」。小さな石の意味で「君が代」の歌詞に出てきます。とは言え、一般名で「君が代」と直接関係はありません。
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三の鳥居。
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木立に囲まれた参道を進みます。
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樹齢800年、杉の御神木。
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手水舎の手水鉢と龍の吐水口は、江戸時代後期に、肥後藩と薩摩藩で活躍した石工の岩永三五郎の作品だそうです。
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授与所は二つの切妻屋根を並べる色鮮やかな大規模和風建築です。
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その前には門守神社(かどもりじんじゃ)が左右2棟あり、重要文化財の「附」(つけたり)指定されています。
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左右まったく同じです。
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授与所の裏側にある小さな池泉の公園。
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境内の少し離れた東側にも大型和風建築があります。
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神楽殿で結婚式などに使われています。建物は新しく、創建1460年を記念して2005(平成17)年秋に建立されました。
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次回は本殿周りをアップします。

by gipsypapa | 2019-04-25 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

えびの高原

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ツアー最終日は霧島国際ホテルから北上して宮崎県に入り、えびの高原に行きました。えびの高原は九州南部に連なる霧島山の韓国岳(からくにだけ)、蝦野岳(えびのだけ)、白鳥山(しらとりやま)、甑岳(こしきだけ)に囲まれた盆地状の高原です。

標高1200mで日本で最初の国立公園に指定された霧島屋久国立公園の北部にあり、豊かな自然の宝庫としても知られる県内屈指の観光エリアです。
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えびの高原の硫黄山はつい1年前の2018年4月19日に250年ぶり噴火して、えびの高原全域が立ち入り規制されたそうです。
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3月中旬とはいえ標高が高いので寒かったです。他に見るところがないので「えびのエコミュージアム」へ。

えびのエコミュージアム
宮崎県えびの市末永1495-5
撮影 : 2019.3. 12
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高山蝶や昆虫が展示されています。
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貼ってあった新燃岳の2011年の噴火の写真と・・・
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こちらはネットにあった新燃岳の去年3月10日の噴煙写真。
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同じ霧島連峰でえびの高原にある硫黄山の大噴火はこのすぐあとの4月19日でした。
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硫黄山と新燃岳の位置関係。
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えびの高原は韓国岳の向こう側、霧島山系の一番に北あります。
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ネットにあったエコミュージアム前から硫黄山を見た写真。
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この周辺に落ちた巨大な噴石が展示されています。こんな石が飛んできたら怖いですね。
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隣接する土産店「りんどう」。
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我々ツアー以外の客はいません。
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もう1軒、物販と飲食の「足湯の駅えびの高原」もあります。
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現代的でお洒落な店でしたが、ここにも人影はなく。
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ネット情報では、火山活動が長期化している影響で観光客が大幅に減少し収益が悪化したとして、このあと4月から休業したようです。
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えびの高原を後にして、再び鹿児島県に向かって下っていきます。
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溶岩の硫黄がむき出しの山肌。
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人工の滝。水の色が青いのは硫黄を多く含むからだとか。
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道路わきにいくつか避難壕を見ました。
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このあと霧島神宮へ。



by gipsypapa | 2019-04-24 08:50 | | Trackback | Comments(2)