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神護山 光明禅寺(苔寺)

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 太宰府天満宮の参道の一の鳥居を右に曲がると、山門と鐘楼が見えてきます。通称「苔寺」として知られる光明禅寺(こうみょうぜんじ)です。臨済宗東福寺派に属する禅宗寺院で山号は神護山(じんごさん)。ここも何回か来たはずですが、あまり記憶に残っていませんでした。

 ウィキペディアによると「1273年(文永10年)、円爾(聖一国師)の門下にあった鉄牛円心によって建立され開山となった。江戸時代には太宰府天満宮の緇素(しそ・天満宮に仕える人々とその家族)の菩提寺として、1616年(元和2年)に再興されて、1856年(安政3年)7月再営された天満宮の結縁寺である。」本堂は木造平屋建て。

神護山 光明禅寺
1856(安政3)年
設計・施工 : 不明
作庭 : 重森三玲(1957年)
太宰府市宰府2-16-1
撮影 : 2014.5.15
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 前庭は七・五・三の十五石で光の字に配石された仏光石庭だそうです。「光」の文字には気づきませんでした。
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 ここから本堂の中へ入ります。拝観料は200円ですが、無人なので正面の箱に入れます。
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 立派な折上げ格天井です。
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 裏庭は、いわゆる枯山水。青苔は大陸、石は島、白砂は水と大海を現しています。枯山水のお寺は九州では珍しいとか。この庭は秋の紅葉が美しいことでも知られています。
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 作庭は東福寺の方丈庭園で有名な重森美玲です。
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 本堂横の居住区と思われる建物には洋風の煙突があり、珍しい。
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 紅葉の風景が「九州ロマンチック街道」というブログにあったので借用しました。確かにすごい。 ↓
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by gipsypapa | 2014-10-04 10:46 | | Trackback | Comments(2)

大宰府天満宮本殿

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 大川市ではこれ以上やることがなくなり、柳川に戻って遅い昼食をいただきましたが、まだまだ夜の同窓会まで時間があります。c0112559_933848.jpg西鉄電車に乗るしかないので、途中下車して大宰府天満宮に立ち寄ることにしました。

 太宰府天満宮は菅原道真公(菅公)を祭神として祀る天満宮の一つ。自分が福岡市で生まれ育ったので、大宰府は身近な存在です。初詣はもとより、学問の神様ということから、合格祈願に何度か足を運んだ神社です。京都の北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されています。久しぶりのお参りになりました。

大宰府天満宮本殿
桃山時代
重要文化財
設計・施工 : 不明
太宰府市宰府4丁目7番1号
撮影 : 2014.5.15
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 西鉄電車の本線といえる天神大牟田線の二日市駅で太宰府線に乗り換えます。
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 二つ目が終点の大宰府駅。すぐ目の前に石の鳥居があります。
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 参道は土産物屋が並んでいます。名物は「梅ケ枝餅」で、子供のころはこれを食べるのが楽しみでした。
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 学問の神様なので修学旅行客が多いところです。
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 ギョッ!「スタバがあるとばいね。」←博多弁です。なんと隈研吾さんの設計でした。
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 有名な太鼓橋を渡ります。記憶は定かではありませんが、その頃もコンクリートだったのでしょうか。
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 形が「心」の字なので「心字池」といわれます。架かる橋は「太鼓橋」「平橋」「太鼓橋」の三つで、過去、現在、未来をあらわしているとか。
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 「心字池」の途中にある志賀社も国の重要文化財です。

末社志賀社本殿
室町時代中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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 楼門
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 太宰府天満宮のシンボルは「梅」の花。
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 一番奥が本殿。
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 狛犬はつぶらな瞳で、なんか変。
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by gipsypapa | 2014-10-03 09:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

三潴銀行記念館

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 大川を訪ねた目的の一つだった旧三潴(みずま)銀行本店です。明治の洋館らしいレンガ造りで、表面に白いモルタルを塗り、窓周りなどの装飾部分には花崗岩を使っています。

 屋根は石板葺に小さなドーマー窓で、周囲は銅板葺とありますが、石板は天然スレートのように見えます。現在は三潴銀行記念館として、隣接の九州貨幣博物館とともに一般公開されているということですが、閉まっていました。

 建築の棟梁はもう一つの目的地だった福岡県指定文化財「旧清力酒造株式会社事務所」(現在の大川市立清力美術館)を建てた中古賀の名工筬島傳太郎(おさしま でんたろう)、石工は上方から呼んだといわれています。内部吹き抜けという典型的な銀行建築で大川市指定有形文化財の煉瓦造り、2階建て、内部は吹き抜け。

三潴銀行記念館
旧三潴銀行本店
1909(明治42)年
大川市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
棟梁 : 筬島傳太郎(棟梁)
大川市向島2367
撮影 : 2014.5.15
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 柳川から乗ったバスをこの近くで下りて、行ってみましたが閉まっていました。仕方がないので筑後川昇降橋や千草薬局を見て、再びもどりましたが、開く気配がありません。

 大通りに戻って次の大川市立清力美術館に行きたいのですが、バスは何時間も待たないとありません。タクシーででも行こうと思いますが、全く通りませんし、町を歩いた限りでタクシーの会社も見かけませんでした。

 もうお昼です。腹が減ったのですが、食堂もないしコンビニもありません。ついに清力美術館をあきらめて、またバスで柳川へ戻ったのでした。つまり大川市はハズレでした。
by gipsypapa | 2014-10-02 08:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大川市の千草薬局

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 昇開橋の近くにある昭和レトロな店舗。「近代化産業遺産 総合リスト」というHPで存在を知り行ってみました。

 引き戸や窓枠のほとんどがアルミサッシに変わっていますが、角地に向かうファサードの2階の窓は昔のままの木枠です。窓の上の装飾や、1階の円柱に貼った縦長タイルなどにレトロ感がありました。木造2階建て。

千草薬局
昭和初期
設計・施工 : 不明
大川市向島2665-3
撮影 : 2014.5.15
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 千草薬局の近くにある建物です。
中島歯科医院
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 町屋風の医院。新しいかもしれません。

中島歯科医院
詳細不明
大川市向島2291-2
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X邸
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 その又すぐそばの住宅。古いのは間違いないでしょうが・・・・屋根に砂袋が乗っています。

X邸
詳細不明
大川市向島2292-1
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by gipsypapa | 2014-10-01 09:09 | 建築 | Trackback | Comments(6)

旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋

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 柳川で1泊した翌日は、福岡市で同窓会がある日ですが、夜のことなので、まだまだ時間があります。ということで隣の大川市へ行きました。

 大川市は、福岡県の南西部にある市です。自分が福岡市で生まれ育ったので、同じ福岡県にある大川市は、家具の町として有名で、知っていましたが、訪ねるのは今回が初めてでした。現在も家具の生産高日本一を維持しているそうです。

 家具の町のイメージから、観光が主たる産業の柳川より都会ではないかという、漠然とした思いがありましたが、現実は違いました。最新の調査で、人口は柳川が68,812人に対し、大川は35,538人と半分近くです。

 地方都市の衰退現象は日本全体の問題ですが、大川市も人口は年年減少しています。色々な理由があるでしょうが、その一つは1987(昭和62)年に旧国鉄の佐賀線が廃線になったこともあるのではないでしょうか。まずはその頃の遺産である旧国鉄佐賀線筑後川昇開橋に行ってきました。

 筑後川昇開橋(ちくごがわしょうかいきょう)は、国鉄時代にあった佐賀線にあり、筑後川をまたいで福岡県大川市と佐賀県佐賀市諸富町を結んでいた鉄道用可動式橋梁です。佐賀線の廃線後も保存され、今も現在は歩道橋として利用されています。

 可動橋には旋回橋、跳開橋(跳ね橋)、昇開橋などがありますが、この橋は橋桁の一部が垂直方向に上下する昇開橋です。日本に現存する最古のものだそうです。橋の全長は507.2メートル、可動部分の長さは24.2メートル、昇降差は23メートル。竣工当時は「東洋一の可動式鉄橋」と呼ばれました。

 設計施行に中心的役割を果たしたのは、鉄道技師の釘宮磐(鉄道省熊本建設事務所長)で、昇開橋の仕組みそのものは、坂本種芳が考案したそうです。国の重要文化財と日本機械学会の機械遺産に認定された、昇開可動式鉄橋。

筑後川昇開橋
1935(昭和10)年
重要文化財
設計 : 釘宮磐、坂本種芳(鉄道省技師)
施工 : 飛島組、横河橋梁ほか
大川市-佐賀県佐賀市諸富町
撮影 : 2014.5.15
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 橋の両端には公園が整備されています。これは大川市側にある公園と展望棟でしょうか。「幸福の鐘」という看板がありました。
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 この公園は筑後若津駅があった跡地にできました。佐賀線に使われていた3灯式信号機や警報機などが保存されています。
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 登録有形文化財のプレートがありますが、この後2003年に重要文化財に出世しました。
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 橋の中央に行ったら、丁度可動桁が上がっていました。聞くと、定期検査のため昇降させているということでした。
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 可動橋桁が下りている遠景しか撮れませんでしたので、ウィキペディアにある開いた時の写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-30 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の最終回

 気になった建物で積み残しのものです。

煉瓦の煙突
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 煉瓦造りの煙突がありました。

北原米穀店
詳細不明
柳川市稲荷町102-2
撮影 : 2014.5.14
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シンドウ
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 国道沿いにある店舗。新しいのかな。

宝石・時計シンドウ
詳細不明
柳川市本町40-13
撮影 : 2014.5.15
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 これから御花に戻り、バスで隣の大川市へ移動します。
by gipsypapa | 2014-09-29 08:24 | | Trackback | Comments(4)

柳川の由布法律事務所

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 鶴味噌からの帰路、バス通りに出るまで歩いた細い道で、モダンな和洋折衷風の住宅を見つけました。石柱の門からかなり引っ込んだ位置に、赤い寄棟屋根が見えます。もう少し近づきたかったのですが、門の手前に細いながらもロープが張ってあり、断念しました。木造平屋建て。

由布法律事務所
昭和初期か?
設計・施工 : 不明
柳川市奥州町13
撮影 : 2014.5.15
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 門にある表札。「由布法律事務所」の方は新しい
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 今も使われているのでしょうか。
by gipsypapa | 2014-09-27 10:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の柳屋旅館

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 鶴味噌並倉を見に行ったときに路地を挟んで、大型の和風建築を発見。普通の住宅と思いましたが、反対側をよく見ると「旅館柳家」という看板があります。

 ネットに情報が少ないのですが、創業80年以上の旅館で、低料金で柳川の郷土料理が専門とか。有明海の魚介類をふんだんに使った料理が自慢で、食事のみの利用をする客も多いそうです。鶴味噌に代表される、昔ながら町並みに静かな佇まい。ネットにある一般の旅行サイトに載っていないので、知られていませんが、意外によさそうです。木造2階建て。

柳屋旅館
昭和初期
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲225-1
撮影 : 2014.5.15
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 「観光情報 クロスロードふくおか」というHPに内部写真がありました。 ↓↓
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by gipsypapa | 2014-09-26 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の鶴味噌並倉

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 川下りの観光スポットの一つである鶴味噌並倉。3棟の赤い煉瓦妻面が掘割に面する風景は、水郷柳川の歴史的景観形成に大きく寄与しています。

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 鶴味噌醸造は1870(明治3)年創業の味噌醸造業の老舗で、今も営業を続けています。通称「並倉」と呼ばれる3棟の蔵は、麹室として使われていた建物で、明治末期から1918(大正7)年にかけて、遂次、建て増しされたもの。いずれも国の登録有形文化財の煉瓦造平屋建て。

鶴味噌並倉(北棟、中棟、南棟)
1909(明治42)年~1918(大正7)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
柳川市三橋町江曲216
撮影 : 2014.5.15
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 堀の反対側の路地に店舗兼工場の入口があります。
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 なまこ壁の土蔵があります。並倉とどっちが古いかわからない風情です。
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 相当長大な蔵でした。
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 西側に掘割があり、並倉が見えてきました。
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 煉瓦はフランス積みです。
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 Wikipedia にある写真を借用します。
by gipsypapa | 2014-09-25 09:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳川の北原川下りせんべい

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 モリヤマ醤油の東隣はなまこ壁の越に真っ白な壁がまぶしい店舗建築。「川下りせんべい」と「川下り饅頭」という暖簾がかかり、「かぶと饅頭」の立て看板があります。ここも名字は北原さんです。木造、土蔵造り平屋建て。

北原川下りせんべい
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
柳川市沖端町48
撮影 : 2014.5.15
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 店が開いているときの写真をグーグルのストリートビューで。
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 これは食べログにあった写真です。
by gipsypapa | 2014-09-24 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(0)