タグ:福岡 ( 142 ) タグの人気記事

修昌山 法性寺

修昌山 法性寺_c0112559_8114331.jpg
さらに東に移動して御笠川の東大橋を渡ったら千代町。そこにも日蓮宗のお寺、法性寺(ほうしょうじ)があります。

正長元年(1428年)に久遠成院日親上人が22歳のときに博多の市小路という地に開かれたお寺で、西国(九州))最初の法華経の道場として古くからの歴史があるとか。

秀吉の町割りによって蓮池町(昨日紹介した妙典寺の南隣)に再建。 しかし、明治43年(1910年)に市内電車が開通したときに(現在その敷設道部分は明治通りで、今、路面電車はなくなり、地下を市営地下鉄が走っています)ここ千代町に移転して 再々建されたそうです。小さな石庭があり、装飾彫刻が見どころでした。

修昌山 法性寺
1910(明治43)年
設計・施工 : 不明
福岡市博多区千代2-8-14
撮影 : 2015.1.19
修昌山 法性寺_c0112559_8115940.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_81294.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8122389.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8123423.jpg
 山門をくぐったところに小さな庭があります。
修昌山 法性寺_c0112559_8133033.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8134375.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8135841.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_814915.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8142114.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8145916.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8151266.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8152389.jpg
 コテ絵でしょうね。
修昌山 法性寺_c0112559_815559.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8161010.jpg
 装飾彫刻を発見。
修昌山 法性寺_c0112559_8164524.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8165868.jpg
 木鼻の見事な獅子。
修昌山 法性寺_c0112559_8173326.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_817438.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_8175513.jpg
修昌山 法性寺_c0112559_818442.jpg

by gipsypapa | 2015-07-28 08:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松林山 妙典寺

松林山 妙典寺_c0112559_913463.jpg
 善導寺から明治通りを御笠川に向かって東に行くと、橋の手前にもう一軒お寺があります。妙典寺(みょうてんじ)は日蓮宗の寺院で永徳元年(1381)、筑後柳川に創立されたとされるとか。

現在の本堂は天明5年(1785)、第32世本妙院日定上人の代に再建されたもので、第2次大戦時の福岡空襲からも奇跡的に難を逃れ、現在もその容貌を保っています。

松林山 妙典寺
1785(天明5)年
設計・施工 : 不明
福岡市博多区中呉服町9-12
撮影 : 2015.1.19
松林山 妙典寺_c0112559_925647.jpg
 庫裏の唐破風とむくり屋根の玄関には、濃密な装飾彫刻。庫裏も江戸時代と思われますが、詳細は不明です。
松林山 妙典寺_c0112559_933191.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_93417.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_935279.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_94379.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_942048.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_94357.jpg
 奥は天明5年に建てられた本堂です。
松林山 妙典寺_c0112559_952343.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_953385.jpg
松林山 妙典寺_c0112559_954481.jpg
 妙典寺のアプローチ。向うが明治通りで、地下鉄が走っています。
by gipsypapa | 2015-07-27 09:07 | 建築 | Trackback | Comments(2)

光明山 善導寺

光明山 善導寺_c0112559_1475295.jpg
 御供所町から北上して呉服町に出ました。この一角は名前の通り、商業の街でした。昔は角に博多大丸デパートがありましたが、商業の中心が天神町周辺になったので、今は天神にあります。

 昔は市電が走っていた明治通りにある善導寺(ぜんどうじ)は戦国時代の創建と伝えられています。訪ねた時は山門と鐘楼だけが建っていて、本堂などがあったと思われる場所は空地になっていました。再建計画があるのかもしれません。

光明山 善導寺
詳細不明
福岡市博多区中呉服町6-24
撮影 : 2015.1.19
光明山 善導寺_c0112559_1491314.jpg
 山門は間違いなく古いようです。
光明山 善導寺_c0112559_1495399.jpg
光明山 善導寺_c0112559_1410216.jpg
光明山 善導寺_c0112559_14101187.jpg
 境内にはこの鐘楼があるだけです。工事用の軽トラックが見えます。再建工事が行われるのでしょうね。
by gipsypapa | 2015-07-26 14:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

恵日山 西教寺

恵日山 西教寺_c0112559_8201656.jpg
 聖福寺の西門を出たところにあるのは西教寺(さいきょうじ)です。開山は1544(天文13)年の浄土真宗東本願寺派の寺院で山号は恵日山(えにちさん)。

 山門は古い町の面影を残している上呉服町にあり、本堂の前に古い鐘楼があります。そのほかの建物は新しいようですが、小さな手水舎に装飾彫刻がありました。

恵日山 西教寺
詳細不明
福岡市博多区上呉服町9-4
撮影 : 2015.1.19
恵日山 西教寺_c0112559_821250.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8211587.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8212823.jpg
 鐘楼は古いようです。
恵日山 西教寺_c0112559_821595.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8221049.jpg
 特に見るべきものはないかなと思って、ふと手水舎を見ると・・・
恵日山 西教寺_c0112559_8231431.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8232618.jpg
 彫刻がありました。
恵日山 西教寺_c0112559_824679.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8241656.jpg
恵日山 西教寺_c0112559_8242632.jpg
 4面に手の込んだ彫刻。
恵日山 西教寺_c0112559_8243938.jpg
 あまり見どころがないと思った本堂にも少し細工がありました。
by gipsypapa | 2015-07-24 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

安国山 聖福寺

安国山 聖福寺_c0112559_84353100.jpg
 聖福寺(しょうふくじ)はる臨済宗妙心寺派の寺院です。以前、京都の建仁寺を調べているときに、日本最古の禅寺と知り、一度訪ねたかった寺院です。

 建久6年(1195年)に日本の臨済宗開祖の栄西が南宋より帰国後に、宋の人が建立した博多の百堂の跡地に寺院を創建しました。これが日本最初の本格的な禅寺であり、禅道場です。

 当初は臨済宗単独寺院でした。この後、栄西が京都に建仁寺を開山してからは建仁寺派となりました。江戸時代初期に黒田長政の命により、妙心寺派となって、現在も存続しています。室町時代には、五山十刹に数えられた名刹だそうです。

 山号は安国山(通称は安山)。境内は国の史跡に指定されていて、現存する主要建造物は江戸期に再建されたものです。境内は、山門・仏殿・本堂と一直線に並ぶ典型的な伽藍型式をよくとどめていて、江戸時代の建物が残っています。

安国山 聖福寺
江戸時代
国史跡
設計・施工 : 不明
福岡市博多区御供所町6-1
撮影 : 2015.1.19
安国山 聖福寺_c0112559_8473380.jpg
 仏 殿(ぶつでん)。 天正17年(1589年)耳峯玄熊によって中興されたそうです。
安国山 聖福寺_c0112559_8484752.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_84747100.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_8485665.jpg
 大型の建造物ですが、和風の寺院とは違った形をしています。宋の影響でしょう。
安国山 聖福寺_c0112559_8513486.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_8514811.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_852216.jpg
 両端には丸窓があります。栄西禅師が渡った南宋の寺は丸窓が多いそうで、それに倣ったと考えられています。
安国山 聖福寺_c0112559_8524947.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_853585.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_853171.jpg
 山門(さんもん)。これも山門としては大型ですが、それには理由がありました。元は以前の山門は志摩桜井神社の観音堂を移築したものだったそうですが、慶応2年(1866)に焼失しまし。現在のものは明治44年(1911)に再建されたものです。
安国山 聖福寺_c0112559_8593069.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_8594524.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_8595765.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_901038.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_902455.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_911371.jpg
 その隣には小さな鐘楼。宝暦9年(1759)に改築されたものです。
安国山 聖福寺_c0112559_921848.jpg
 勅使門(ちょくしもん)。建築年は1700年初頭以前のものと推測されています。先に「楽水園」で紹介した博多塀が両側に伸びています。
安国山 聖福寺_c0112559_934681.jpg
 唐門。詳細は不明ですが、装飾彫刻と十六弁の菊の御紋章が印象的。
安国山 聖福寺_c0112559_944781.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_95052.jpg
 家紋。調べると笹竜胆らしいです。源氏とゆかりの深い紋みたいですが、なぜここにあるかは不明です。
安国山 聖福寺_c0112559_9125444.jpg
 境内にもいくつか塔頭があります。
安国山 聖福寺_c0112559_9133198.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_9134574.jpg
 この奥に方丈があるのですが、見えるのは庫裏だけ。
安国山 聖福寺_c0112559_9142049.jpg
 こんなきつい看板があったら、中へは進めません。
安国山 聖福寺_c0112559_9145885.jpg
安国山 聖福寺_c0112559_9152090.jpg
 緑が多い境内ですが、特に庭園は造られていません。もったいないと感じました。
by gipsypapa | 2015-07-23 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市の節信院と幻住庵

福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_921430.jpg
 北上して再び御供所町へ。節信院(せっしんいん)はこのあと紹介する聖福寺の塔頭(たっちゅう)寺院です。聖福寺の裏手にひっそりと伽藍を構えています。幕末に勤皇派で、福岡藩の倒幕派の中心的な立場にあった家老・加藤司書(のりしげ)の菩提寺です。

 開基は1602年、加藤重徳による創立です。加藤重徳は荒木村重の家臣でしたが、幽閉された黒田如水(官兵衛)を助けた縁で、次男の一成が黒田家の養子となり福岡に来たそうです。節信院は代々加藤家の菩提寺になっており、末裔の加藤司書の墓があるのはこのためです。

節信院
詳細不明
福岡市博多区御供所町11-20
撮影 : 2015.1.19
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9215489.jpg
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_922367.jpg
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9221271.jpg
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9222316.jpg
 さらに北上して風情のある細い路地を聖福寺に向かいます。
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9231375.jpg
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9233130.jpg
 この一角は古い博多の雰囲気をよく残しています。
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9234725.jpg
 途中にもう一つの塔頭である幻住庵の前を通りました。

幻住庵(げんじゅうあん)

解説文では「延元元年(1336)無隠元晦が馬出に開山。天保3年(1646)に博多の豪商大賀宗伯が聖福寺境内に移し、耳峰玄熊和尚を中興の祖とする。以後大賀家の菩提寺となり、大賀家歴代の墓碑が並ぶ。」とありました。残念ながら柵があって、境内には入れませんでした。

天目山 幻住庵
詳細不明
福岡市博多区御供所町7-1
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9242199.jpg
 左折して西に向かう細道へ。
福岡市の節信院と幻住庵_c0112559_9273216.jpg
 聖福寺はすぐそこです。
by gipsypapa | 2015-07-22 09:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市の天與庵

福岡市の天與庵_c0112559_8234942.jpg
 承天寺の北隣に伽藍を構えている天與庵(てんよあん)。承天寺の塔頭寺院で1299(西安元)年の創建。円鑑禅師蔵山順空の開山で、戦時中の博多大空襲にて焼失。1965(昭和40)年に再建されました。

 銅葺の屋根で回廊が広い本堂は最近改修されたそうです。本堂前の小さな枯山水の庭園が美しいので紹介します。

天與庵
1965(昭和40)年
設計。施工 : 不明
福岡市博多区博多駅前1丁目29-14
撮影 : 2015.1.19
福岡市の天與庵_c0112559_825695.jpg
 入口を入ると、奥の本堂へ続く細道があります。
福岡市の天與庵_c0112559_826553.jpg
 ここをくぐると本堂へ、
福岡市の天與庵_c0112559_8263750.jpg
 右の奥には庫裏があります。
福岡市の天與庵_c0112559_8271282.jpg
 開放的な廊下の本堂です。
福岡市の天與庵_c0112559_8295542.jpg

福岡市の天與庵_c0112559_830560.jpg
 小さな枯山水の庭があります。
福岡市の天與庵_c0112559_8313916.jpg
福岡市の天與庵_c0112559_8315379.jpg
福岡市の天與庵_c0112559_832828.jpg
 山から大海に流れ出る川を苔の築山と小石で表現したそうです。
福岡市の天與庵_c0112559_8331821.jpg
福岡市の天與庵_c0112559_8333388.jpg

by gipsypapa | 2015-07-21 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萬松山 承天寺

萬松山 承天寺_c0112559_9434642.jpg
 寺町の一番南にある承天寺(しょうてんじ)。ここだけは御供所町ではなく博多駅前という住所になっています。

 臨済宗東福寺派で、山号は萬松山。開山は仁治2年(1241年)で聖一国師(円爾弁円)によるもの。創建にあたっては謝国明ら宋商人が多く援助したそうです。

 少し変わっているのは、境内が市道によって北東と南西に分かれていることです。これは昭和38年(1963年)の博多駅移転に伴う区画整理事業によって通されたもので、このため山門や仏殿は南西側、本堂や墓地などは北東側に分断されています。建物は仏殿「覚皇殿」、方丈、開山堂などがあり、方丈の前には石庭「洗濤庭」が広がっています。鐘楼、唐門、開山堂が福岡市指定有形文化財になっています。

萬松山 承天寺(承天禅寺)
詳細不明
福岡市博多区博多駅前1-29-9
撮影 : 2015.1.19
萬松山 承天寺_c0112559_9471851.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_94758100.jpg
 西側の山門から入りました。
萬松山 承天寺_c0112559_9483276.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9484268.jpg
 勑賜承天禅寺? 勑賜は勅賜でしょう。
萬松山 承天寺_c0112559_9492767.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9493873.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9495067.jpg
 鐘楼は市の文化財で古そうです。江戸時代の築と思われますが、これを含めて建物の正確な建造年は見つかりませんでした。
萬松山 承天寺_c0112559_9504474.jpg
 1枚目と同じ仏殿。比較的最近に再建されたようです。
萬松山 承天寺_c0112559_9515430.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_952819.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9522231.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9523425.jpg
 寶聚庵。承天寺の塔頭(たっちゅう)寺院で、西応3年1290に創建。寶覚堪照禅師によって開山されたもの。
萬松山 承天寺_c0112559_9534344.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_954297.jpg
 東へ出ました。
萬松山 承天寺_c0112559_9543221.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_9544691.jpg

萬松山 承天寺_c0112559_9552416.jpg
 境内を北東と南西に分割している市道承天寺通りです。
萬松山 承天寺_c0112559_9553721.jpg
 真ん中に庭があります。
萬松山 承天寺_c0112559_9561814.jpg
 通りにある博多千年門は古文書に登場する博多の出入り口「辻堂口門(つじのどうぐちもん)」をモデルにした木造瓦ぶきの四脚門。去年できたばかりです。
萬松山 承天寺_c0112559_9585079.jpg
 通りから東側の境内へ。
萬松山 承天寺_c0112559_9594287.jpg
 唐門。1860(安政7)年と推測されています。市有形文化財。
萬松山 承天寺_c0112559_1005154.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_101764.jpg
 装飾彫刻は鯉かナマズみたいに見えますが、お寺に生臭ものは珍しい。
萬松山 承天寺_c0112559_1011958.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_1013365.jpg
 庫裏。
萬松山 承天寺_c0112559_1015619.jpg
 うどん・そば・羊羹・饅頭などの製法が、宋から最初に伝えられた場所とも云われています。
萬松山 承天寺_c0112559_1024469.jpg
 開山堂と思いますが、未確認です。
萬松山 承天寺_c0112559_1032753.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_1034135.jpg
 巨大な方丈。
萬松山 承天寺_c0112559_1041571.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_1043310.jpg
 その前に広がる石庭「洗濤庭」です。玄界灘を表しているそうです。
萬松山 承天寺_c0112559_1051549.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_1053835.jpg
 ↑ ネットにあった写真を借用。砂紋が違いますね。ライトアップのイベント用みたいです。
萬松山 承天寺_c0112559_1055313.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_106104.jpg
萬松山 承天寺_c0112559_1062386.jpg

by gipsypapa | 2015-07-20 10:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

南岳山 東長寺

南岳山 東長寺_c0112559_10165781.jpg
 JR博多駅を地下鉄で1駅分北上すると、その東側の御供所町(ごくしょまち)と博多駅前町に寺院が多く立ち並ぶ一角があります。「御供所」という名は、昔、筥崎八幡宮の御供え物を調えた(必要な物を取り揃えた)ために付いたとされています。「寺町」とも呼ばれ、寺院が集中しています。しばらくこの区画を散策します。

 最初のお寺は東長寺(とうちょうじ)。真言宗の寺院で、九州における真言宗九州教団の拠点寺院(別格本山)。九州八十八カ所第一番霊場・九州三十六不動尊結願霊場・九州二十四地蔵尊第二十二番霊場。山号は南岳山。

 大同元年(806年)、空海(弘法大師)が唐での修業から帰国し、博多に滞在して、密教東漸を祈願して建立したと伝えられています。その後、永禄・天正の兵火で焼けて荒廃していたところを、福岡藩2代目藩主の黒田忠之が寺基を現在地に移して再興し、菩提所としたそうです。

 境内には伽藍、本堂、六角堂、大仏殿、五重塔などがあります。そのうち六角堂は江戸時代に建てられたもので、福岡市指定有形文化財です。

南岳山 東長寺六角堂
1842(天保13)年
福岡市指定有形文化財
設計・施工 : 伊藤平左衛門(宮大工)
福岡市博多区御供所町2-4
撮影 : 2015.1.19
南岳山 東長寺_c0112559_10183828.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10185231.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_1019931.jpg
 六角堂。
南岳山 東長寺_c0112559_10194884.jpg
 江戸時代後期の天保13年(1842年)、博多商人の豊後屋栄蔵が名古屋以西の商人に浄財を募り、名古屋の堂宮大工・伊藤平左衛門を招いて建造したもの。
南岳山 東長寺_c0112559_10202164.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10203149.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10204187.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10205150.jpg
 鐘楼と・・・
南岳山 東長寺_c0112559_10211716.jpg
 本堂は鉄筋コンクリート造りです。
南岳山 東長寺_c0112559_10215128.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10221139.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10222929.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10224194.jpg
 ど派手な朱色の五重塔。
南岳山 東長寺_c0112559_10231974.jpg
 どう見ても新しそう。できたてですね。
南岳山 東長寺_c0112559_10235391.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_1024779.jpg
 大師堂。
南岳山 東長寺_c0112559_10243896.jpg
南岳山 東長寺_c0112559_10244982.jpg
 福岡藩主黒田家墓所(史跡)。
by gipsypapa | 2015-07-19 10:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市の住吉神社能楽殿

福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8432810.jpg
 住吉神社の境内に能楽殿があります。昭和13年(1938年)に福岡や北九州の経済界や能楽愛好家有志の寄付によって建てられたものだそうです。全国の能楽関係者から「大阪以西なら住吉」と称賛されるほどに、西日本有数の名舞台として親しまれてきたとか。現在は能楽の他にも、コンサートや講演会、記者会見などにも利用されています。

 能楽堂なので、外から眺めただけでは、価値がわかりませんが、中には総ひのき造り、橋懸かり五間の舞台があり、国産ひのきの1枚板に鏡板には水上泰生画伯の手による松の姿、そして床下には音響効果を考えられて数個の甕(かめ)が置かれているそうです。また客席は現在では珍しい桟敷になっているとか。福岡市有形文化財指定の貴重な文化施設です。

住吉神社能楽殿
1938(昭和13)年
福岡市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
福岡市博多区住吉3-1-51
撮影 : 2015.1.19
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_845573.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8452678.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8453826.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8455051.jpg
 この方向からしか見ることができません。また閉まっていることもあり、文化財の価値はわかりません。
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8464120.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8465287.jpg
 最初は向う側にある和風建築が能楽殿かと思っていました。
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_847446.jpg
 実際は社務所別館という建物で、結婚式場にも利用されるそうです。
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8483041.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8484765.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_849129.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8491440.jpg
 この建物も趣があるし、古そうですが、現場にもネット上にも建物の情報はありませんでした。
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8501085.jpg
 手前の広場に土俵があります。

 能楽殿の内部写真がネットにありましたので、アップします。↓↓
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8544634.jpg
福岡市の住吉神社能楽殿_c0112559_8553063.jpg

by gipsypapa | 2015-07-17 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(4)