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尾山神社

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市内に1泊し、翌日は、昼前にチャックアウト。駅に向かう途中に立ち寄った最後の訪問地は尾山神社です。尾山神社は江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつで、加賀藩祖の前田利家と正室お松の方を祀る神社です。

有名な神門は、石造と木造の混構造による3層の楼閣門。1層目は木骨煉瓦造りに石貼りを施した3連のアーチになっています。2階・3階は木造漆喰塗りで、上に行くごとに細くなり、垂直ではなく竜宮城のようにカーブしていて、中国南方の寺院の門の作りを想起させます。

欄干、ガラスなど、細部にさまざまな意匠をちりばめ、和風建築に洋風や中華風の手法を混用した特異な外観で、他に類例を見ない貴重な建物です。棟梁・津田吉之助の設計施工で、国の重要文化財の石及び木造、3階建て。

尾山神社神門
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : 津田吉之助
石川県金沢市尾山町11-1
撮影 : 2017.6.6
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洋風の石貼りの門の中には、日本らしい装飾彫刻。
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避雷針が立っています。
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夜景はネットにあった写真を借用しています。
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他にも見所がありました。境内のマップです。1.本殿 2.拝殿 3.神門 4.利家公像 5.お松の方像 6.授与所 7.金谷神社 8.東神門 9.神苑
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拝殿は入母屋造屋根瓦葺き。
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金沢城金谷出丸にあった旧金谷御殿から移築したそうです。
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HPにある内部の写真です。
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拝殿の後方右側には煉瓦塀の玉垣。
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剣梅鉢のご紋すかしが入っています。建造年は分かりませんでしたが、金沢で最初に煉瓦を使ったらしいです。
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奥まった塀の向こうにあるのが本殿です。
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見にくいのですが、古式に則った三間社流造だそうで、簡素ながらも神厳に満ちた社殿です。
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金谷神社。
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2代藩主前田利長公をはじめ3代から17代までの藩主、当主と正室(夫人)をお祀りしています。
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東神門は旧金沢城の二の丸の唐門だったもので、明治3年以来、旧卯辰山招魂社前にあったものを、昭和38年に当社境内地に移築したとか。桃山風御殿建築の様式を偲ぶ貴重な建造物として国の登録有形文化財に指定されたいます。

東神門
江戸中期 / 1963(昭和38)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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金沢城は何度かの火災で、ほとんどの建造物が焼失しましたが、この門が難をのがれました。
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難をのがれたのは、この二匹の竜が水を呼んだためと伝えられています。
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利家公像。織田信長に仕え、槍の名手だったため、「槍の又左」の異名をもっていたそうです。
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お松の方像。前田利家の正室で、学問や武芸をたしなむ才能豊かな女性であったと伝えられています。
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神苑は旧金谷御殿の庭園で、古代舞楽の楽器を模した地泉廻遊式の名園で石川県指定名勝です。
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これ以降はネットの写真を借用しています。
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七尾、和倉温泉から金沢を訪ねた石川県編はこれで終わりです。

by gipsypapa | 2018-03-20 09:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本銀行金沢支店

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日銀金沢支店は1909(明治42)年に日本海側初の出張所として開設し、全国9統括支店の一つで、北陸3県を統括しているそうです。初代の建物は辰野金吾だったそうです。今の日銀金沢支店の建物は昭和29年に建てられた2代目に当たります。鉄筋コンクリート造り2階建て、地下1階。

日本銀行金沢支店
1954(昭和29)年
設計・施工 : 不明
石川県金沢市香林坊2-3-28
撮影 : 2017.6.6
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ネット情報によると、老朽化のために解体して金沢駅の西側に移転することが検討されているそうです。

by gipsypapa | 2018-03-19 13:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県庁舎石引分室

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歴史博物館の道を挟んだ東側に一見、よく似た建物が2棟並んでいます。石川県庁の石引分室となっている洋風建築です。

正面に向かって左側は旧陸軍第九師団司令部庁舎だったもので、ほぼ左右対称型で,正面のペディメントやピラスタ-,上下窓など簡素なルネサンス風の外観になっています。旧金沢城内に建てられましたが,昭和43年ころに現在地に移築され,その際両翼の一部が切り縮められたとか。

右側は旧陸軍金沢偕行社でマンサ-ド風の屋根を持つ中央棟の左右に,寄棟の翼屋が付く構造になる。コリント式のピラスターやドーマー窓等バロック風の技巧的な装飾を用いた外観意匠は,全体として華やかです。この建物も明治42年に現在地に移築したそうです。いずれも国の登録有形文化財の木造2階建て。

石川県庁舎石引分室
旧陸軍第九師団司令部庁舎 / 旧陸軍金沢偕行社
1898(明治31)年
登録有形文化財
設計 : 陸軍経理部
施工 : 不明
石川県金沢市石引4-18-3
撮影 : 2017.6.6
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こちらは旧陸軍第九師団司令部庁舎。
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庁舎らしく左右対称で硬いイメージです。
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右側は旧陸軍金沢偕行社。偕行社は戦前に帝国陸軍の将校准士官の親睦・互助・学術研究組織として設立されたものです。
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こちらは同じ陸軍の施設でも、親睦の目的、いわゆるクラブなのでマンサード屋根にするなど、柔らかな印象を受けます。
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偕行社の会館は各地に現存しています。たとえば旧旭川偕行社(第7師団)、旧弘前偕行社(第8師団)、旧善通寺偕行社(第11師団)、旧豊橋偕行社(第15師団)、旧岡山偕行社(第17師団)、旧台北偕行社(台湾軍)などがあります。
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by gipsypapa | 2018-03-17 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県立歴史博物館

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兼六園の南側に石川県立歴史博物館があります。3棟ある旧金澤陸軍兵器支廠の兵器庫を利用した博物館で、旧石器時代から近現代までの石川県の歴史や繊維産業など石川県に関わりの深い近世・近代の科学技術の解説、伝統工芸品などに関する展示が行われています。戦後は金沢美術工芸大学に使用されていたそうです。

3棟は、いずれも明治末期から大正初期に建てられた煉瓦造、2階建て。左右対称を基本とした端正な意匠で、それぞれ奥行きが90メートルの長大な建物で、国の重要文化財に指定されています。

石川県立歴史博物館
旧金沢陸軍兵器支廠第七號兵器庫
第3棟 : 1909(明治42)年、第2棟 : 1913(大正2)年、第1棟 : 1914(大正3)年
重要文化財
設計 : 陸軍省経理部
施工 : 不明
石川県金沢市出羽町3-1
撮影 : 2017.6.6
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館内マップ。
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奥行きは90メートルあるそうです。
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昔の水道管でしょうか。
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ここは中に入りました。常設展は300円。第3棟の加賀本多博物館との共通券は500円です。
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各種のポスターや・・
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前田家の家系図が掲示されていました。
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閉館時間の間際だったので、展示品は一部しか見れませんでした。
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by gipsypapa | 2018-03-16 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

金澤神社

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金沢神社は菅原道真を主祭神とする神社。菅原道真は前田家の祖先とされ、江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつです。12代藩主前田斉広が建てた竹沢御殿の鎮守社とされて竹沢御殿御鎮守天満宮といわれましたが、明治9年(1876年)に金沢神社に改称されたそうです。

災難除けの神である白蛇竜神や交通安全の神である琴平大神、商売繁盛の神である白阿紫稲荷大明神も合わせて祀り、歴代の藩主が兼六園を散策する際に藩内の繁栄と平和を祈願したとか。拝殿は入母屋造りで、国の登録有形文化財です。また拝殿の背後には同じく登録有形文化財の本殿があるそうですが、そこへは行けませんでした。

金沢神社拝殿
江戸後期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1-3
撮影 : 2017.6.6
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これ以降の写真はネットから借用しました。
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白蛇龍神。
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本殿は拝殿の後ろにあります。境内からは近づけませんが、ストリートビューには少し見えています。
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by gipsypapa | 2018-03-15 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(0)

石川県金沢城・兼六園管理事務所分室

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もと金沢市内の大手町にあった禄高1万石の加賀藩家老、津田玄蕃邸の屋敷で、宝暦の金沢大火(1759年)の後に建てられたものです。大正12年に保存のため兼六園に移築され、現在は管理事務所として使われています。木造平屋建て。

石川県金沢城・兼六園管理事務所分室
旧津田玄蕃邸
江戸時代後期 / 1923(大正12)年 移設
石川県指定文化財
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1-4
撮影 : 2017.6.6
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屋根が載った木製の塔は何でしょう?
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1枚目の写真の反対側に屋敷の玄関があるのですが、見逃したのでネットから借用します。

by gipsypapa | 2018-03-14 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(0)

成巽閣(せいそんかく)



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兼六園の一角にある成巽閣(せいそんかく)は、文久3年(1863年)に加賀藩13代藩主・前田斉泰が母・真龍院(12代斉広夫人)の隠居所として建てた住宅です。奥方御殿ともいわれ、現在は歴史博物館として一般公開されています。

建築当時は、巽御殿(たつみごてん)と呼ばれたそうですが、後に成巽閣と改名されました。1階は書院造で、2階は数奇屋造になっており、江戸時代末期の大名屋敷の代表的建築として、国の重要文化財に指定されています。また付随する庭園「飛鶴庭(ひかくてい)」は国の名勝です。木造2階建て。

成巽閣
1863(文久3)年
重要文化財
成巽閣庭園・飛鶴庭 : 国名勝
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1-2
撮影 : 2017.6.6
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塀の門をくぐると、受付が縁側にあります。700円でした。
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玄関は建物の反対側にありますが、見ることが出来ませんでした。ということでネットにあった写真です。ここからも入館できるみたいです。
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中に入って、ここまで写真を撮ったときに撮影禁止の張り紙を発見。受付に戻って聞くと、部屋の中は禁止で、
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廊下から屋外はOKとのことでした。
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仕方なく庭を撮影。成巽閣庭園の飛鶴庭は国の名勝に指定されています。
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飛鶴庭が主庭。
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他にも万年青の縁庭園、つくしの縁庭園、前庭があるそうで、、それらも名勝に追加指定されていますが、自分にはどれがどれか分かりません。
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建物内部は撮影禁止なので、以下の写真は受付で買った絵葉書をスキャンしたものや、ネットにあったものです。
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撮影禁止は絵葉書を売るため?(笑)
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謁見の間。その名のとおり御対面所です。風格のある書院造り。
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欄間の花鳥の装飾彫刻が見事です。
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松の間。はめ込まれたギヤマン(ガラス)には小鳥の絵が焼き付けられています。
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ギヤマンはオランダ製らしいです。
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2階はいくつかの部屋があり、それぞれ色彩や材質に意匠を凝らしています。
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書見の間。数奇屋風書院の造りです。
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群青の天井が鮮やか。
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金沢はこの強烈な群青色がよく使われ、東茶屋街でも見ました。
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by gipsypapa | 2018-03-13 08:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

兼六園 時雨亭

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時雨亭(しふれてい)は1774(安永3)年に建てられ蓮池庭にあった四亭(夕顔亭・内橋亭・時雨亭・舟之御亭)のうちの一つ。5代藩主前田綱紀の頃から噴水の前にあった建物で、明治時代に取り壊されましたが、2000(平成12)年に現在地に復元されました。お茶と甘味処して来園者に開放されています。木造平屋建て。

時雨亭
2000(平成12)年 復元
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1
撮影 : 2017.6.6
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これ以降の写真はネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2018-03-12 08:08 | 建築 | Trackback | Comments(4)

兼六園


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金沢に来たら外せない観光地の兼六園。延宝4年(1676)に五代加賀藩主前田綱紀が金沢城の外郭に造営した藩庭を起源として、文政5年(1822)に十一代藩主斉広が敷地東南隅の台地に竹沢殿を建てて、新しく造営したのが兼六園だそうです。

広さが約11.7ヘクタールあり、江戸時代を代表する池泉回遊式庭園です。岡山市の後楽園と水戸市の偕楽園と並んで日本三名園の一つ。緑一杯の広大な日本庭園で国の史跡名勝天然記念物に指定されています。

兼六園
江戸時代
史跡名勝天然記念物
石川県金沢市兼六町1
撮影 : 2017.6.6
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左下にある真弓坂口から入りました。
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兼六園は金沢城跡の南西にあります。
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明治紀念之標。西南戦争で戦死した石川県戦士400人を慰霊するために建てられた、日本最初の屋外にある人物の銅像だそうです。
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アヤメかなと思いましたがカキツバタ(杜若)みたいです。
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瓢池(ひさごいけ)は園内で最も古い時代に作庭されたとか。向こうに見えるのは夕顔亭です。
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もう一つの池、霞ヶ池(かすみがいけ)は兼六園のほぼ中心部にある、園内で最も大きな池です。これ以降の写真はネットから借用しています。
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噴水。12代藩主前田斉泰が試作したとされ、日本に現存する最も古い噴水といわれています。ポンプなどは使わず、霞ヶ池から石管で水を引き、位置エネルギーのみを利用しているとか。すごい。
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夕顔亭は瓢池の東岸にある茶室です。安永3年に建てられた夕顔亭はこの蓮池庭にあった四亭(夕顔亭・内橋亭・時雨亭・舟之御亭)のうちの一つ。当時の姿をその場所とともに伝える唯一のものです。茶室内の壁に夕顔の透かし彫りがあるため、その名が付けられたとか。

夕顔亭
1774(安永3)年
石川県有形文化財
設計・施工 : 不明
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by gipsypapa | 2018-03-10 08:42 | | Trackback | Comments(0)

石川四高記念文化交流館

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昼過ぎに金沢に到着。この年、金沢には3月にも行ったので2回目の訪問です。昼食を済ませて、ホテルのチェックイン前に兼六園周辺を散策しました。まずは石川四高記念文化交流館へ。

明治24年に建てられた旧第四高等中学校だった建物です。その後も旧制第四高高等学校を経て、金沢大学理学部、金沢地方裁判所、石川県立郷土資料館として使用されました。現在は文部科学省の所有で、石川県が文化庁から使用許可を受けた文化施設になっています。正面に向かって左側が無料の四高記念館、右側は有料の石川近代文学館です。

設計は文部省営繕の山口半六と久留正道(くる・まさみち)。単純な形状の煉瓦造ですが、初期の公立学校として貴重であることから国の重要文化財に指定されています。国の重要文化財の煉瓦造り、2階建て。

石川四高記念文化交流館
旧第四高等中学校本館
1891(明治24)年
重要文化財
設計 : 山口半六・久留正道
施工 : 真柄組
石川県金沢市広坂2-2-5
撮影 : 2017.6.6
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山口半六(1858 - 1900)は文部省在籍時に多くの学校建築を手がけた建築家。
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旧第五高等中学校本館、第三高等中学校寄宿舎、食堂(現・京都大学吉田寮)、旧東京音楽学校奏楽堂、兵庫県庁舎など公共施設を多く手がけています。
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いわゆる門衛舎です。
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久留正道(1855-1914)は山口半六の文部省の後輩で、明治後期から学校建築を数多く手がけた建築家。
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大阪市立愛珠幼稚園、国際子ども図書館、京都大学学生部留学課留学生センター、京都大学本部構内正門などを設計しています。
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中に入らなかったので、内部写真はネットから借用します。
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by gipsypapa | 2018-03-08 08:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)