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迎賓館赤坂離宮

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千葉県の観光を終え、東京に1泊しました。翌日は以前から行ってみたかった迎賓館赤坂離宮を訪ねました。赤坂離宮は東宮御所がある赤坂御用地の北側にあります。泊まったホテルは御用地の南側だったので、東京メトロで赤坂見附から一駅乗って、四谷駅から向かいました。

迎賓館がある赤坂御用地の敷地は紀州藩徳川家中屋敷のあった場所。現在、迎賓館として使われている旧赤坂離宮は、当時の皇太子明宮嘉仁親王,後の大正天皇の住居(東宮御所)として、1909(明治42)年に完成したネオバロック様式の建築です。明治期最大の記念建築で,本格的な西欧の建築様式を採用しながら,彫刻等の装飾にはわが国独特の様式、主題を採用し,精緻な工芸技術が各所に採用されています。

設計は、工部大学校の建築学科(東京大学工学部の前身)第1期生で、J.コンドルの最初の教え子、当時は宮内省内匠寮に所属していた片山東熊(かたやま とうくま 1854- 1917)が総指揮を取りました。日本初の洋風宮殿であり、内装は洋画家の浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助らが担当したそうです。戦後は国会図書館に転用されていた時期があったとかですが、1974(昭和49)年に村野藤吾の監修により、現在の迎賓館に改修されました。明治以降,昭和戦前に建設されたわが国の建築を代表するものの一つで,文化史的意義の特に深いものとして国宝に指定された、石造りおよび鉄骨煉瓦造り、2階建て、地下1階。

迎賓館赤坂離宮
旧東宮御所
1909(明治42)年
国宝
設計 : 片山東熊(宮内省内匠寮)
内装 : 浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助ら
施工 : 直営
改修設計 : 村野藤吾
東京都港区元赤坂2-1-1
撮影 : 2017.7.9
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四谷駅から南下すると見えてきます。
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入場は突き当たりを右折してしばらく進んだところから。何かの行事が行われていない限り、予約無しでも入場できます。
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受付が終わったらここから階段を登って入場。入場料は1000円だったと思います。
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こんなに監視員がいるということは、入場料は彼女たちの人件費じゃない、とぼやきたくなります。内部写真は皆無。あとで、ネットの写真で紹介します。
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内覧が終わり、まず本館裏の主庭方面へ向かいました。
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本館裏側は、後に出てくる前面とは違った意匠。
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2階に並ぶオーダーやペディメントはギリシャ風です。
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こちらが主庭。見事な噴水は主庭噴水池として国宝附(つけたり)に指定されています。
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中央に皿が2段重なる西洋庭園風の噴水です。
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噴水を囲んで、伝説の生物であるグリフォンの像が4体。
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グリフィンの足元に亀がいます。全部で8体です。
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前庭のある正面へ。
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左右対称の様式主義そのもののバロック風宮殿建築です。
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両翼が湾曲して、翼を広げたよう。
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ピンコロ石が敷き詰められています。
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車寄せにある巨大な玄関ポーチは石造り。
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桔梗桐の家紋は天皇家由来でしょうか。
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左端の出っ張り部分。
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ペディメントには菊の御紋。
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屋根には金の星を散りばめた天球儀と翼を広げた金色に輝く霊鳥(鳳凰の一種)が4羽飾られています。
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天皇を『武勲の者』という印象を表現するためという、鎧武者と青銅製の甲冑・弓矢。この意匠は中にもありました。
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前庭を北へ、正面ゲートへ戻りました。
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正門哨舎。これと同じものが博物館明治村に移設されています。
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内部が撮影禁止なので、ネットにある写真などを借用します。これは入場時にもらったパンフレットです。
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内閣府のHPに内部写真があります。各部屋の解説はこのHPを見てください。これは正面玄関・中央階段。

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彩鸞の間(さいらんのま)
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花鳥の間(かちょうのま)

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朝日の間(あさひのま)
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羽衣の間(はごろものま)
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これからは迎賓館赤坂離宮のHPから。
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花鳥の間には濤川 惣助(なみかわ そうすけ 1847 - 1910)の30面の七宝額が使われています。無線七宝による絵画的表現を特色とし、京都で活躍した並河靖之と共に二人のナミカワと並び評された人です。
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どの部屋も考えられないくらい豪華絢爛。
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しかしあまりにも華美に過ぎたことや・・
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住居としての使い勝手がよくなかったことから、皇太子嘉仁親王がこの御所を使用することはほとんどなかったそうです。
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それ以前にも、片山東熊が明治天皇に完成報告したところ、贅沢すぎと叱られ、ショックで寝込んだというエピソードがあります。
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これ以降はネットにある動画をキャプチャーしてものです。
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ドローンで撮影したものが別の動画にありました。
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正門から本館へと向かう左右(東西方向)に建つ旧衛士詰所。これも国宝の平屋建て。
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和風別館の游心亭(ゆうしんてい)。洋館と同時期に、同じ片山東熊設計の和漢がありましたが、今はなく、1974(昭和49)年に、谷口吉郎の設計により新設されました。

これで関東旅行を終わります。

by gipsypapa | 2018-04-16 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館明治村 日本赤十字社中央病院病棟

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 明治10年(1877)西郷隆盛が九州で挙兵した西南戦争の際、敵味方の区別なく傷病兵の救護に当たった博愛社が日本赤十字社のはじめである。明治19年(1886)日本政府がジュネーブ条約に加盟、日本赤十字社と名を改めるが、その折皇室から渋谷の御料地の一部と建設資金10万円が下賜され、同23年この病院が建設された。

 中庭を囲む分棟式の木造様式病院で、赤坂離宮と同じ片山東熊の設計であるが、離宮と異なり、大変質素で落ち着いた建物になっている。移築に際し、敷地の制約のため建物の方位が180度変えられており、現在南に面している前面ガラス張の廊下は本来北側にあったもので、暗くなりがちな北面を明るくするための意匠である。外部はハーフ・ティンバーを模したデザインを基調にしているが、細部にも楽しさがあふれている。現在北側になって目立たないが、病室窓の鎧戸の上部には手の込んだ透しがあり、軒の飾りも細かい影を落としている。又、棟上の換気塔等も、本来の目的を忘れさせるような楽しい形に作られている。


博物館明治村 日本赤十字社中央病院病棟
1890(明治23)年
登録有形文化財
設計 : 片山東熊
施工 : 不明
旧所在地 : 東京都渋谷区広尾
犬山市内山4-35博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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 病院の正面を飾っている額で、桐、竹、鳳凰が浮き彫りにされている。草創期の日赤をもりたてた昭憲皇太后のアイデアを基にしたものと言う。
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 赤十字のはなし。赤十字は、戦時における戦傷者の看護を目的として作られた国際組織である。クリミア戦争におけるナイチンゲールの献身的な活動が人々に感銘を与えた後、1859年のイタリア統一戦争の際、両軍の軍医らに呼びかけて医療の先頭に立ったのが、赤十字生みの親、アンリ・デュナンである。その後、彼の提唱のもとに1864年ジュネーブ条約が調印され、赤十字が創設された。

 ヨーロッパの赤十字活動を見聞し、日本でその創設に関わったのは佐野常民である。西南戦争の勃発を知った彼は博愛社を設立して、兵士の救護にあたった。戦後もその組織を存続させ、明治20年日本赤十字社と名を改めるとともに、万国赤十字同盟に加盟するに至った。

 1920年(大正9年)以来隔年ごとに、ジュネーブの赤十字国際委員会により、看護婦の最高栄誉としてナイチンゲール記章がおくられている。明治村のこの病棟の中には、その栄誉に輝いた日本の人々の写真を掲げている。

by gipsypapa | 2012-10-19 15:13 | 建築 | Trackback | Comments(4)

博物館明治村 赤坂離宮正門哨舎

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 銅板葺の丸屋根をいただき、外壁を白ペンキで塗ったこの可愛らしい建物は、赤坂離宮正門両脇の内外に、離宮の創建当初からその警護のため設けられていた四基の哨舎のうちの一つである。現在迎賓館となっている赤坂離宮は、明治42年(1909)東宮御所として竣工した代表的な明治の洋風宮殿で、本館前面には広大な西洋式庭園をはさんで見事な洋風の正門が設けられ、この正門哨舎もこれらに調和するよう設計されている。

 元紀州徳川家の中屋敷は、明治5年(1872)赤坂離宮とされ、翌6年の皇居炎上から同21年(1888)の新皇居落成までは仮皇居となっていた。その後は東宮御所として使われることになり、明治20年代の末、新御殿造営の計画が開始された。設計にあたった片山東熊は、明治10年(1877)に開講された工部大学校造家学科でイギリス人建築家コンドルの教えを受けた第一回卒業生四人のうちの一人で、卒業後は工部省を経て宮内省内匠寮に移り、帝国奈良博物館、帝国京都博物館等を手がけ、宮廷建築家となった。片山は赤坂離宮の設計にあたって、調査のため度々欧米諸国を訪ねているが、なかでもフランスのベルサイユ宮殿やルーブル宮殿の意匠に強い興味を示し、設計の範としている。


博物館明治村 赤坂離宮正門哨舎
1908(明治41)年
登録有形文化財
設計 : 片山東熊
施工 : 不明
旧所在地 : 東京都港区元赤坂
犬山市内山1-5博物館明治村内
撮影 : 2011.9.22
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by gipsypapa | 2012-09-11 09:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

グランドプリンスホテル高輪貴賓館(旧竹田宮邸)

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一夜明けました。今回の東京散策で泊まったのはグランドプリンスホテル新高輪でした。同じ敷地内にこの貴賓館があるので、ゆっくり見たかったし、ホテル代も思ったより高くなかったのです。

 この建物は北白川宮能久(きたしらかわのみや・よしひさ)親王の第1王子で陸軍軍人だった竹田宮恒久(たけだのみや・つねひさ)王の邸宅として建てられました。妃は明治天皇の皇女昌子内親王。

 戦後は商工大臣公邸、通商産業大臣公邸を経て、 高輪プリンスホテルの所有となり、 1972年(昭和47年)に村野藤吾によって改修・復元されました。現在はグランドプリンス高輪(旧高輪プリンスホテルの)結婚式場として使用されています。私が泊ったすぐそばの新高輪プリンスホテルは北白川宮邸の敷地でした。

 天然スレート葺き屋根にドーマーウィンドウのあるルネサンス建築。工部大学校(東大工学部建築学科前身)の一期生(辰野金吾、曽禰達蔵らと同期、ジョサイア・コンドルの最初の弟子)で、迎賓館を設計した片山東熊(かたやま とうくま)らの設計で宮内庁直営による施工により建てられました。

 片山東熊は宮内省内匠寮にいた関係から宮内省の諸施設など36件の設計に関わったほか、公務の合間に貴族の私邸を設計しています。迎賓館のほかにも東京国立博物館表慶館京都国立博物館特別展示館が有名です。

 日本の明治初期における近代建築の先駆けとして、西洋の様式主義を踏襲した建築家なので、この建物も、住宅としては重厚な意匠になっています。いかにも明治の洋館というべき鉄骨煉瓦造2階建て地下1階。

グランドプリンスホテル高輪貴賓館
旧竹田宮邸 1911(明治44)年 / 改修・復元 1972(昭和47)年
設計 : 片山東熊+木子幸三郎+渡辺譲 / 改修・復元:村野藤吾
施工 : 宮内省直営
東京都港区高輪3-13-1
撮影 : 2008.10.12 & 13
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 スレート葺きの屋根にドーマーウィンドウのルネサンス建築。重厚な洋館ですが、当時の建築は遊び心がありませんね。内部はよさそうですが、結婚式場なので中を見ることができませんでした。
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 グランドプリンス高輪と新高輪の間には広い日本庭園があります。
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 Google Earth で見たところ。北側中央がグランドプリンスホテル高輪。その右に貴賓館。グランドプリンスホテル新高輪は南西端にあって、その間に日本庭園があります。やはり宮様のお屋敷は緑が一杯でした。

 ちなみにプリンスホテルの「プリンス」は皇室の邸宅を購入してホテルにしたからだそうです。言われてみれば李王家邸(旧北白川邸、)は赤坂プリンス、閉鎖された横浜プリンス(磯子プリンス)は東伏見宮別邸、軽井沢の千ヶ滝プリンスは朝香宮沓掛別邸・・・むむむ
by gipsypapa | 2009-01-21 14:24 | 建築 | Trackback | Comments(7)

京都国立博物館・本館と正門

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 京都の煉瓦建築としてあまりにも有名な京都国立博物館。

 本館の建築は、フレンチ・ルネサンス様式の壮麗な煉瓦造で、明治28年建造の重要文化財。
設計者は片山東熊。片山氏は、宮内庁匠寮の宮廷建築家として皇室関係の建築を担当していた人物です。ヨーロッパを歴訪して宮廷建築を学んだため、彼の作品はヨーロッパ的です。
 
先に紹介した東京国立博物館表慶館も彼の作品。
http://gipsypapa.exblog.jp/6280168

京都国立博物館・本館と正門 1985(明治28)年
設計 : 片山東熊
施工 : 直営
重要文化財
京都市東山区大和小路通七条上ル
撮影 : 2007.3.4

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 ここに行って、目を惹かれるのは、まず本館の建築ですが、正面の噴水を中心とした広大な洋風庭園も見所に一つです。ヨーロッパでよく見る庭園建築と呼んでいいでしょう。
 この博物館は、京都の社寺などに伝えられた美術品や文化財の展示を行っていますが、常設展示は新館で行い、特別展のみにこの建物が使われます。
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 シバ神と吉祥天が向かい合う彫刻。興味深い装飾です。
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 同時期に作られ、これも重要文化財の正門。
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 とても日本とは、さらには京都とも思えないような建築です。へっへ~、と頭が下がるような・・・
 明治の人たちの考えること、やることはすごいですね。現代ではこういう壮大な計画はありえません。

 ただ個人的には、もっとこじんまりして、遊び心のある建物が好きなのです。
by gipsypapa | 2007-07-21 19:05 | 建築 | Trackback(1) | Comments(4)

東京国立博物館表慶館

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 上野公園の東京国立博物館本館に隣接する別館。皇太子殿下・嘉仁親王(後の大正天皇の御成婚(1900年(明治33年))を記念して建てられた、 明治末期の洋風建築を代表する建物です。
 建物の中央には大ドームがあり、左右にも小ドームをのせた、左右対称のネオバロック様式です。石・煉瓦造2階建て、銅板葺の重要文化財。

東京国立博物館表慶館
旧東京帝室博物館表慶館1908年(明治41)年 
重要文化財
設計 : 片山東熊、高山幸次郎
施工 : 新家孝正
東京台東区上野公園13-9
撮影 : 2007.5.1
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 周りには緑が多く、煉瓦造の外壁を白い花崗岩で覆った、華やかでありながら、やさしい印象。正面のファサードは、一階には四角い柱、二階にはイオニア式柱頭のオーダーが並び、正面両側にはライオン像が立っています。
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 入り口から中へ入ると、正面の大ドームが、息を呑むほどの華やかさ。
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 もう一度上を。
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 そしてその下の床模様。
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 ドーム下のホールから入り口を振り向いたところ。
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 本館は各種展示品を見せるところですが、この表慶館の方は、展示品の数が少なく、建物自体が見ものになっています。素晴らしく手入れされた美しい建築でした。
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 設計を行った片山東熊は宮廷建築家として活躍し、同時期に赤坂離宮(迎賓館)を建設していたとか。
by gipsypapa | 2007-06-10 18:38 | Trackback(1) | Comments(0)