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「いだてん」の町の「きくすいの里」で休憩

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熊本県の北部まで来ました。菊水ICのそばにある広大な敷地にある食事処と土産物の店「きくすいの里」。団体旅行向けに広い駐車場があるので、観光バスが次々と出入りしていました。

きくすいの里
熊本県玉名郡和水町前原276-1
撮影 : 2018.10.4
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ここでの昼食はオプションでした。私たちは次の柳川で「うなぎのせいろ蒸し」を食べたいのでパス。
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まだ12時前。他のツアー客の昼食が終わるまで珈琲を飲みながら時間待ちです。
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今年始まったNHK大河ドラマ「いだてん」のノボリ。主役の金栗四三翁はこの町の出身なのです。
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両側に和風建築が並んでいます。
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通りの向かいの肉屋兼土産物屋には「馬刺」の看板。やはりここは熊本県です。



by gipsypapa | 2019-01-29 08:28 | | Trackback | Comments(2)

熊本県を北上して三角西港を通過

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天草市を出て熊本県を北上して福岡県の柳川市へ向かっています。途中に三角西港を通過。もう一つの世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成要素で、オランダ人水理工師ローエンホルスト・ムルドルの設計により明治時代に建設された港湾史跡。施工は大浦天主堂やグラバー邸などを手掛けた小山秀(こやまひいで)率いる天草石工たちです。

三角西港は、背後の山を削り海を埋め立てて新たに築造された、明治期の最先端の港湾都市です。当時の石積みの埠頭、水路、西洋建築物がほぼ無傷で現存し、旧三角海運倉庫、旧三角簡易裁判所本館、旧三角簡易裁判所、旧宇土郡役所庁舎や龍驤館など多くの国の登録有形文化財があるそうです。

三角西港1987(明治20)年
設計 : ローエンホルスト・ムルドル
施工 : 小山秀+天草石工たち
熊本県宇城市三角町三角浦
撮影 : 2018.10.4
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天草から熊本本土へ渡る天門橋。三角ノ瀬戸といわれる湾が港に最適だったのでしょう。
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この周辺に文化財の建物が並んでいるようです。
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日本一の天草四郎像を見る時間があるのなら、ここで下車したかったのが正直な気持ちです。
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中神島が見えています。
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いつかはゆっくり行ってみたいところです。


by gipsypapa | 2019-01-28 07:52 | | Trackback | Comments(0)

藍のあまくさ村「日本一大きな天草四郎像」

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最初のトイレ休憩は上天草市にある天草の観光スポット物産館『藍のあまくさ村』。天草五橋の一つ、一号橋を渡った上天草温泉郷にある天草の観光スポットで、日本一の天草四郎像が目印です。

藍のあまくさ村「日本一大きな天草四郎像」
1990(平成2)年
熊本県上天草市大矢野町登立910
撮影 : 2018.10.4
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「日本一大きな天草四郎像」は、高さ15m。
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ツアーなので土産物屋に時間を割くのが定番。
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とはいえ買うものもないので周りをうろうろ。
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小さな天草四郎もいます。
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何故わにがいるのかは不明です。


by gipsypapa | 2019-01-26 08:31 | | Trackback | Comments(2)

天草の松島展望台

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一夜明けました。潜伏キリシタン関連遺産は前日までに見てしまったので、この日は熊本県から福岡県を休憩しながら北へ向かい、最後はJR小倉駅から新幹線で変えるだけです。まずはホテルのすぐ近くにある松島展望台へ。上島の北部にあり、天草松島と天草五橋の絶景を楽しむことができるポイントですが、朝は小雨が降っていて、展望はよくありませんでした。

天草 松島展望台
熊本県上天草市松島町合津5886-2
撮影 : 2018.10.4
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小雨が降っていて薄暗い。
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天草パールラインに架かる天草5橋のうちの天草4号橋がなんとか見えています。
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ここより眺めがよさそうな円形に張り出した建物。「天空の船」というホテルです。
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こちらは土産物屋の「倖栄」。
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天気が良い日の眺めをネットから借用します。



by gipsypapa | 2019-01-25 08:12 | | Trackback | Comments(2)

天草の松島観光ホテル「岬亭」

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崎津集落のある天草の下島から北東に進んで上島の北の端に近い「松島観光ホテル 岬亭」が2泊目の宿でした。この一帯は松島という地名で、天草五橋に近く、森林に囲まれて建つ昔ながらの穏やかな温泉ホテルでした。

松島観光ホテル 岬亭
熊本県上天草市松島町合津4710
撮影 : 2018.10.3
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夕暮れの島原湾を左に見ながら北上。
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例の筋雲がまだ残っていました。
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よく手入れされた中庭がありました。
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洋館が2棟並んでいますが、何かは分かりませんでした。
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最後の夜。今回のツアーの夕食はよかったです。ビュッフェというかいわゆるバイキングは苦手なんです。


by gipsypapa | 2019-01-24 08:20 | 建築 | Trackback | Comments(0)

﨑津諏訪神社

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崎津集落の山側にある諏訪神社。大漁と海上安全祈願のため、1647(正保4)年に創建されたといわれる古い神社です。信濃国の上諏訪宮から分霊して現在地に鎮座したとか。境内には1685年銘の鳥居が現存するなど、当時の姿を今に残しています。

禁教時代、﨑津の潜伏キリシタンは、この神社の氏子になり、参拝の際には密かに「おらしょ」を唱えていました。1805年の「天草崩れ」では、潜伏キリシタンが所有していた信心具を差し出すように指定された場所で、取り調べを受けた信者はどちらへ参詣する際にも「あんめんりゆす」と唱えたそうです。

創建以来、﨑津集落の守り神として受け継がれ、日本の伝統宗教と潜伏キリシタンの共存という独特の文化的伝統を伝えている神社です。

﨑津諏訪神社
詳細 : 不明
世界文化資産
熊本県天草市河浦町崎津505
撮影 : 2018.10.3
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ちょっと変わった顔の狛犬です。
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江戸時代初期、1685(貞享2)年に建立された石鳥居の向こうには崎津教会が見えています。
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鳥居の右に見える住宅は旧木造教会があったところです。

by gipsypapa | 2019-01-23 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

崎津カトリック教会

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﨑津は戦国時代の1569(永禄12)年にルイス・デ・アルメイダ神父によってキリスト教の布教が行われ、教会が建てられたところ。現在の崎津カトリック教会は集落の中心に位置し、信仰を受け継いでいます。

江戸幕府による禁教の後、この地の潜伏キリシタンは島原天草の乱には加わらず信仰を続けました。1805(文化2)年に﨑津周辺で5,000人以上が摘発される「天草崩れ」が発生するなど、激しい弾圧を受けながらも240年間に渡って「潜伏キリシタン」として信仰を守ってきたそうです。

現在の教会堂は昭和初期のハルブ神父の時代に、鉄川与助が設計施工した会堂です。ハルブ神父の強い希望で、弾圧の象徴である踏み絵が行われた吉田庄屋役宅跡に建てられました。木造で、正面の尖塔部分は鉄筋コンクリート、内部は畳敷きで祭壇はかつて踏み絵が行われていた位置に当るとか。羊角湾の風景に溶け込み「海の天主堂」とも呼ばれています。木造+鉄筋コンクリート造り、平屋建て、尖塔付き。

崎津カトリック教会堂
1934(昭和9)年
世界文化遺産
設計・施工 : 鉄川与助
熊本県天草市河浦町崎津539
撮影 : 2018.10.3
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例の筋雲がさらに大きくなってついてきました。
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なぜか文化財には指定されていませんが、鉄川与助を代表するゴシック様式の天主堂です。
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玄関周り、尖塔の下部は鉄筋コンクリート造り。

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会堂部分は木造。

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ルルドがあります。
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隣には勝海舟が泊まった家が残っています、
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ハルブ神父の石碑とその向こうに見える洋館。
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神父館のように見えました。
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集落の細い路地の奥にに建っています。
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内部写真はネットから。畳敷きの教会堂です。
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ネットから。「海の天主堂」ですね。

by gipsypapa | 2019-01-22 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

天草の﨑津集落

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天草の﨑津は、1569(永禄12)年に、イエズス会修道士アルメイダによって布教が開始され、ほとんどの村人がキリスト教徒になったそうです。江戸幕府の禁教令によって宣教師やキリシタンに対する弾圧が激しくなるなかでも密かに信仰を継承しつづけ、明治時代にキリスト教が解禁されるまでの間、日本独特のキリスト教信仰を育んだ歴史を象徴する集落です。

こうした、日本独特のキリスト教信仰を育んだ集落や史跡は、世界中に類を見ない資産であると評価され、昨年。2018(平成30)年に世界文化遺産への登録が決定しました。

﨑津集落
世界文化遺産
熊本県天草市河浦町崎津
撮影 : 2018.10.3
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⑤天草の崎津集落
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集落と崎津教会の尖塔が見えてきました。
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広い駐車場と休憩所があります。ここでバスを降りて集落へ向かいます。
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お目当ての崎津教会への往き帰りに集落を散策しました。
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見えているのは羊角湾(ようかくわん)です。
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「杉ようかん」の看板があるお休み処。
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琉球由来だとか。
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南風屋(はいや)が作っているそうです。写真はネットから借用しました。
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「きんつ市場」の看板。マリア像の見える漁協直売場とか。
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行かなかったのでネットの写真を借用します。
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これもネットから。海上マリア像です。教信者などによって1974(昭和49)に建てられ、付近を行き来する漁船の運航の安全と豊漁を見守っています。
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道端には普通に地蔵さんがあます。
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後にアップする予定の諏訪神社の石段手前に煉瓦造りの門と真っ白なマリア像がありました。
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このマリア像が立つ日本家屋は「木造崎津教会跡」で、現在の崎津教会が建つ前の教会でした。
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ネット情報では、古くから神父様1人、シスター1人。保育園のような役割もはたしていたとか。
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当時の写真がネットにありました。
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下田珈琲。閉まっていました。今後は世界遺産指定で観光客が増えるでしょうから、将来は明るい?
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羊角水産。このときは「羊角」は苗字と思って、なんと読むんだろうと撮影。後で目の前の湾の名前と判明。
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これもネットの写真です。


by gipsypapa | 2019-01-21 08:43 | | Trackback | Comments(2)

天草の十三仏公園

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草の下島の西海岸を南下。十三仏公園(じゅうさんぶつこうえん)でトイレ休憩でした。北に妙見ヶ浦(みょうけんがうら)を望む景勝ポイントです。公園の名前は、近くに十三仏堂というお堂があり、室町時代に普及した十三仏供養に由来していまるそうです。

十三仏公園
熊本県天草市天草町高浜北
撮影 : 2018.10.3
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南に白鶴浜海水浴場.。
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北には妙見ヶ浦。奇岩、洞門が連なる国指定の名勝・天然記念物です。
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妙見ヶ浦の近影はネットから借用しています。
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フェリーで見た筋雲が大きくなって空一杯に広がっています。
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偶然ですが美しい景観を見ることが出来ました。
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十三仏公園からさらに南に進んだところに白い教会が見えます。大江教会です。キリスト教解禁後、天草で最も早く造られた教会で、現在の建物は昭和8年(1933年)天草への伝道に生涯を捧げたフランス人宣教師ガルニエ神父が地元信者と協力して建立したものです。

大江教会
1933(昭和8)年
設計・施工 : ガルニエ神父
熊本県天草市天草町大江1782
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今から訪ねる崎津教会が世界遺産の候補になる前は、この教会はツアーの定番だったそうです。
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行かなかったのでネットの写真を借用しています。丘の上に建つ白亜のロマネスク様式の教会です。


by gipsypapa | 2019-01-19 08:52 | | Trackback | Comments(2)

口之津から鬼池へ

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原城跡を見た後、口之津港へ来ました。これからフェリーで天草に、つまり長崎県から熊本県へ向かいます。
撮影 : 2018.10.3
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島鉄フェリーは島原半島南端の口之津港から天草の鬼池港を結ぶフェリーです。「フェリーくちのつ」「フェリーあまくさ」の 2隻で運航しています。

口之津港フェリーターミナル
長崎県南島原市口之津町丙4134-71
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バスのまま乗り込みます。船室はゆったりしていました。
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天気が良いのでデッキの方が気持ちがいい。
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所要時間は30分です。
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晴れ渡った空に筋状の雲。この珍しい形の雲は、この後ずっと見ることになりました。
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鬼池港へ到着。ここは熊本県。天草の下島(しもしま)です。

鬼池港フェリーターミナル
熊本県天草市五和町鬼池5087
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早速、天草四郎はお出迎え。このあともあちこちで見ることに。
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天草の下島の西海岸を南下。
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妙見ヶ裏を通過して・・・
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十三仏公園へ向かいます。ところでバスの中で案内があった「島原の子守唄」。悲しく暗い印象です。



鬼(おん)の池ン久助(きゅうすけ)どんの連れんこらるバイ

久助どんはからゆきさん(島原地方から外国へ売られていった女性たちの総称)を買いつける、いわゆる女衒(ぜげん)だったとは、知りませんでした。それにしても天草から島原まで船で渡って、そんなことをしていたのか。

by gipsypapa | 2019-01-18 08:10 | | Trackback | Comments(2)