タグ:教会 ( 121 ) タグの人気記事

聖ラファエル教会に再び

c0112559_07580094.jpg
ここも10年前に来ていて2回目。奈良ホテルから南側に下ったところにあるA・レーモンドゆかりのレーモンド設計事務所が設計した教会です。

奈良ホテルの付属教会として、結婚式などが行われています。鉄道建築協会推薦受賞を受賞した、煉瓦造り(一部木造)、平屋建て。

聖ラファエル教会
1997(平成9)年
設計 : レーモンド設計事務所
施工 : 不明
奈良市高畑町1096
撮影 : 2019.9.11
c0112559_07593410.jpg
手振れしています。奈良ホテルから、かなり急な階段を下ります。
c0112559_08003944.jpg
c0112559_08005713.jpg
新しい建物ですが、軽井沢の聖パウロカトリック教会を思い出します。
c0112559_08015975.jpg
10年前の写真を2枚。
c0112559_08023827.jpg
c0112559_08030269.jpg
内部の写真はネットから借用しています。
c0112559_08032775.jpg
c0112559_08033964.jpg

by gipsypapa | 2019-10-23 08:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

被昇天の聖母 カトリック宝塚教会

c0112559_08130281.jpg
宝塚を訪ねる際に、宝塚ホテルの近くに村野藤吾設計の教会があるのを知り、行ってみました。教会のHPでは「当時の田口芳五郎大司教(後の枢機卿)をはじめ、初代の主任司祭(野口秀吉神父)や信者たちの熱い思いを重く受け止め、“神の家” “祈りの家”にふさわしいようにと設計した。」とあります。“大洋を漂い続け、ようやく安住の地をみつけた”…と村野氏自身が語った、白鯨をイメージした聖堂だそうです。

村野藤吾(むらのとうご1891-1984)は、佐賀県唐津市生まれ。早稲田大学卒業後1929年に村野建築事務所を開設、日本のモダニズム建築を代表する斬新なデザインの数多くの作品があり、このブログでも数多くアップしています。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック宝塚教会
1966(昭和41)年
設計 : 村野藤吾
施工 : 不明
兵庫県宝塚市南口1-7-7
撮影 : 2018.12.20
c0112559_08134935.jpg
遠くから尖塔が見えます。これは鯨の尾の部分だとか。
c0112559_08153441.jpg
c0112559_08160417.jpg
緩やかな曲線で構成されたデザインで、やさしい造形。さすがに村野藤吾です。
c0112559_08171383.jpg
c0112559_08172944.jpg
聖堂見学は、そばの事務所に声をかけたら案内してくれます。毎日OKですが、土、日、ミサ中を除くそうです。
c0112559_08191831.jpg
c0112559_08193523.jpg
中にも案内してくれました。点灯前。
c0112559_08200663.jpg
照明をつけてもらったら、あとは自由に見て下さいということでした。
c0112559_08204508.jpg
c0112559_08211656.jpg
入り口側から徐々に幅が狭くなる三角形の聖堂で、柱がなく釣り天井です。
c0112559_08220945.jpg
椅子は信者によって張り替えてあるそうですが、すべて村野藤吾の設計です。
c0112559_08252725.jpg
奥が狭まるので、祭壇に視線が集中するようになります。
c0112559_08263723.jpg
c0112559_08270003.jpg
c0112559_08273398.jpg
c0112559_08275706.jpg
2階に張り出しがありここでもお祈りが出来ます。
c0112559_08283702.jpg
c0112559_08285441.jpg
c0112559_08290864.jpg
聖書にまつわる小さな像が壁に並んでいます。
c0112559_08293634.jpg
誰の作品か分かりませんでしたが、どれも優れものでした。
c0112559_08311829.jpg
c0112559_08314349.jpg
c0112559_08332707.jpg
c0112559_08334671.jpg
c0112559_08340473.jpg
張り出し部の2階に登る階段。この辺はネットの写真を借用しています。
c0112559_08345416.jpg
c0112559_08350942.jpg
c0112559_08352593.jpg
鯨の尻尾側から。

by gipsypapa | 2019-03-01 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

崎津カトリック教会

c0112559_08081326.jpg
﨑津は戦国時代の1569(永禄12)年にルイス・デ・アルメイダ神父によってキリスト教の布教が行われ、教会が建てられたところ。現在の崎津カトリック教会は集落の中心に位置し、信仰を受け継いでいます。

江戸幕府による禁教の後、この地の潜伏キリシタンは島原天草の乱には加わらず信仰を続けました。1805(文化2)年に﨑津周辺で5,000人以上が摘発される「天草崩れ」が発生するなど、激しい弾圧を受けながらも240年間に渡って「潜伏キリシタン」として信仰を守ってきたそうです。

現在の教会堂は昭和初期のハルブ神父の時代に、鉄川与助が設計施工した会堂です。ハルブ神父の強い希望で、弾圧の象徴である踏み絵が行われた吉田庄屋役宅跡に建てられました。木造で、正面の尖塔部分は鉄筋コンクリート、内部は畳敷きで祭壇はかつて踏み絵が行われていた位置に当るとか。羊角湾の風景に溶け込み「海の天主堂」とも呼ばれています。木造+鉄筋コンクリート造り、平屋建て、尖塔付き。

崎津カトリック教会堂
1934(昭和9)年
世界文化遺産
設計・施工 : 鉄川与助
熊本県天草市河浦町崎津539
撮影 : 2018.10.3
c0112559_08085738.jpg
c0112559_08091494.jpg
例の筋雲がさらに大きくなってついてきました。
c0112559_08094821.jpg
c0112559_08100824.jpg
c0112559_08102808.jpg
なぜか文化財には指定されていませんが、鉄川与助を代表するゴシック様式の天主堂です。
c0112559_08114585.jpg
c0112559_08123463.jpg
玄関周り、尖塔の下部は鉄筋コンクリート造り。

c0112559_08125465.jpg
会堂部分は木造。

c0112559_08131315.jpg
c0112559_08133425.jpg
ルルドがあります。
c0112559_08140877.jpg
隣には勝海舟が泊まった家が残っています、
c0112559_08144159.jpg
ハルブ神父の石碑とその向こうに見える洋館。
c0112559_08151380.jpg
神父館のように見えました。
c0112559_08155386.jpg
集落の細い路地の奥にに建っています。
c0112559_08162540.jpg
内部写真はネットから。畳敷きの教会堂です。
c0112559_08165457.jpg
c0112559_08171074.jpg
ネットから。「海の天主堂」ですね。

by gipsypapa | 2019-01-22 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大浦天主堂と関連施設

c0112559_08194942.jpg
9年前の2009年5月に訪問し、アップした大浦天主堂。久しぶりです。江戸末期に建てられたゴシック風の日本最古の教会で、長崎では最も有名な建物の一つ。知る限り日本で唯一国宝に指定されている洋風建築です。

在留外人のための教会として建てられ日本26聖殉教者天主堂と呼ばれました。豊臣秀吉によって処刑された、ペドロ神父、パウロ三木ら26人の殉教者を顕彰したもので、大浦天主堂という名称は、地名を付ける日本の習慣に従った通称です。

フランス人宣教師ジラール(プリュダンス・セラファン=バルテルミ・ジラール)、プチジャン(ベルナール・タデー・プティジャン)両神父の設計図をもとに、プチジャン神父の指導により、天草出身の棟梁・小山秀之進が施工しました。

当初は木造の天主堂でしたが、明治8年に改修・増築を行い、外壁を煉瓦構造にするとともに、間口を左右に広げ、奥行きも深くして当初の2倍の大きさに拡張。典型的なゴシック建築様式になりました。現在の天主堂は原子爆弾の被害を受けたため、戦後日本政府の援助により、5年をかけて修復したものです。

ヴォールト天井や尖頭式アーチ形の窓をもつ本格的な洋風建築で,我が国の工匠が洋風建築を手がけた最初期の貴重なものとして、国宝に指定された、煉瓦造り+木造の五廊式教会堂。

大浦天主堂
1865(元治2)年 / 1875(明治8)年 改造
世界遺産
設計 : ジラール神父、プティジャン神父
施工 : プティジャン神父(指導)、小山秀之進(棟梁)、日本人大工
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2018.10.3
c0112559_08215032.jpg
⑦大浦天主堂と関連施設
c0112559_08222217.jpg
ファサードが真っ白になっています。壁を塗り替えたようです。
c0112559_08230358.jpg
教会堂へ登る石段の踊り場の横に小さな公園があります。
c0112559_08233980.jpg

c0112559_08235820.jpg
左は教王ヨハネ・パウロ2世、右はプチジャン司教の像。
c0112559_08254553.jpg

c0112559_08260386.jpg

c0112559_08262469.jpg

c0112559_08264181.jpg
c0112559_08270095.jpg
c0112559_08271686.jpg
c0112559_08273583.jpg
c0112559_08275639.jpg
建築当時の写真がネットにあります。形がかなり違いますね。





世界遺産になった大浦天主堂と関連施設の関連施設は博物館になっている2棟が含まれています。

旧羅典神学校
c0112559_08292678.jpg
大浦天主堂に向って右側に隣接している建物。プチジャン神父が日本人聖職者育成の目的に設立した旧羅典(ラテン)神学校です。神学校の校舎兼宿舎として使用されました。

骨組が木造で壁に煉瓦を積んだ、木骨煉瓦造り。外開きの鎧戸がついた窓や階段など西欧建築技術が随所に取り入れられていますが、全体的には部屋割りはいたってシンプル。和風の土蔵のような雰囲気もあります。

設計と施工監督は敷地内に建つ旧長崎教区大司教館と同じく、フランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父。現在はキリシタン資料室として一般開放されています。国の重要文化財に指定された、木骨煉瓦造り、3階(屋根裏部屋付き)建て。

旧羅典神学校
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : ド・ロ神父
c0112559_08305486.jpg
c0112559_08311144.jpg
c0112559_08313370.jpg
c0112559_08315146.jpg
c0112559_08320712.jpg
c0112559_08322488.jpg
旧長崎教区大司教館
c0112559_08331943.jpg
旧羅典神学校の下に切妻の煉瓦壁の建物があります。大正初期に建てられた司教館でした。前回訪ねてときは長崎コレジオといわれるカトリックの司祭を目指す学生が学ぶ神学校にでした。

大型の建物で、北側は煉瓦造りの切妻屋根ですが、南側は和瓦の寄せ棟。北側からは四階建てに見えますが、大浦天主堂に上る階段の手前で東側の側面を見ると二階建てのベランダとバルコニーを持つコロニアル風。傾斜地に建てられたために、何階建てと言い切れない、不思議な形状をしています。

フランス人のマルク・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz, 1840 - 1914)神父と鉄川与助の共同設計といわれています。ド・ロ神父は布教活動とともに、出津教会、大野教会、旧羅典神学校などの建築も手掛けた人ですが、この司教館の工事中に事故で亡くなったため、この建物が神父の遺作になりました。鉄川与助(1879 - 1976)は、長崎県を中心に数多くのカトリックの教会堂建築を手がけた棟梁であり建築家です。

旧長崎教区大司教館
1915(大正4)年
長崎県有形文化財
設計 : ド・ロ神父+鉄川与助
施工 : 鉄川与助
c0112559_08342307.jpg
右側の切妻、煉瓦の建物が旧大司教館です。

by gipsypapa | 2019-01-15 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック出津教会堂

c0112559_10175495.jpg
「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」2番目の訪問地は大野教会堂と同じ西彼杵半島の西岸にある外海(そとめ)地区の出津(しづ)教会。

この教会堂もフランス人宣教師マルク・マリー・ド・ロ、通称ド・ロ神父によって建設されたもので、明治15年に献堂式が行われ、正面および背面の増築を経て明治42年に現在の姿となりました。

出津教会堂は明治前期に建設された希少な初期教会堂の一つで、後世の増築も、同一の設計者によって均整を保った拡充が図られており、高い価値が認められ、国の重要文化財に指定されています。煉瓦造りおよび木造、正面と背面に塔屋付。

カトリック出津教会堂
1882(明治15)年 / 1909(明治42)年増築
世界遺産
重要文化財
設計・施工 : マルク・マリー・ド・ロ(ド・ロ神父)
長崎市西出津町2633
撮影 : 2018.10.2
c0112559_10183338.jpg
⑨出津教会と関連施設
c0112559_10191133.jpg
c0112559_10192644.jpg
c0112559_10194317.jpg
c0112559_10195907.jpg
c0112559_10204587.jpg
c0112559_10210507.jpg
c0112559_10215432.jpg
c0112559_10223060.jpg
c0112559_10225632.jpg
c0112559_10231776.jpg
c0112559_10233508.jpg
c0112559_10235134.jpg
c0112559_10241454.jpg
c0112559_10243198.jpg
c0112559_10244629.jpg
左がド・ロ神父。右の像はパウロ・中村近蔵は翁。ド・ロ神父を始めとする歴代の神父の片腕となり、教徒の宗教、教育、教会の運営に尽力された人物とのこと。
c0112559_10251710.jpg
「ドロー神父」になっています。
c0112559_10254508.jpg
c0112559_10255912.jpg
c0112559_10261646.jpg
内部写真はネットから借用しています。

c0112559_10275254.jpg
c0112559_10280944.jpg
c0112559_10282617.jpg
c0112559_10284305.jpg
行けませんでしたが、バスの車窓から旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)が見えました。

c0112559_10325401.jpg
行かなかったので、これ以降の写真はネットから借用しています。旧出津救助院はド・ロ神父の人類愛によって設立された授産活動の場で、現在の長崎市西出津町出津文化村エリアにあります。施設はいくつかの資産で構成され、保存・修復を経ながら現在も残っています。
c0112559_10344480.jpg
ド・ロ塀(国指定重要文化財)
c0112559_10351703.jpg
授産場(国指定重要文化財)
c0112559_10354602.jpg
授産場1階炊事場
c0112559_10361550.jpg
授産場2階祈りの場
c0112559_10364764.jpg
マカロニ工場(国指定重要文化財)
c0112559_10372724.jpg
製粉工場(長崎県指定史跡)
c0112559_10380081.jpg
薬局(長崎県指定史跡)
c0112559_10383879.jpg
旧出津救助院の向かいのド・ロ様記念館(国指定重要文化財)は、旧鰯網工場を改装して建設されました。

by gipsypapa | 2019-01-12 10:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック大野教会堂

c0112559_08020880.jpg
最初の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」訪問地は外海(そとめ)地区にある大野教会堂。大野教会堂は、大浦天主堂からこの地区の主任司祭として赴任したフランス人マルク・マリ・ド・ロ神父が明治26年(1893年)に建設した小規模な巡回教会です。

建物は北側の会堂部と南側の司祭室部からなっています。教会堂部周りの 3面は当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な「ド・ロ壁」と呼ばれる壁体を築き、その上に洋式のキングポスト(真束)をもつ木造小屋組を架ける。側面の窓は上部を半円アーチ形の煉瓦造り。石造及び木造平屋建ての国の重要文化財。

カトリック大野教会堂
1893(明治26)年 / 2004(平成16)年解体修理
世界遺産
重要文化財
設計 : マルク・マリ・ド・ロ神父(ド・ロ神父)
施工 : ド・ロ神父、信者たち
長崎市下大野町2624
撮影 : 2018.10.2
c0112559_08032562.jpg
⑩大野教会堂
c0112559_08035599.jpg
駐車場からかなり遠くてきつい山道を登っていきます。
c0112559_08042688.jpg
c0112559_08044505.jpg
左が会堂部。右の屋根が低い方が司祭室部です。
c0112559_08053268.jpg
c0112559_08055392.jpg
c0112559_08061335.jpg
c0112559_08063635.jpg
c0112559_08065528.jpg
ド・ロ壁。当時、日本には石造りの建築技術がありませんでした。
c0112559_08073617.jpg
農業から医療、土木建築、工業などの広範な分野に渡る技術を伝えた人でした。
c0112559_08081488.jpg
司祭室側。
c0112559_08084675.jpg
窓から内部が見えます。
c0112559_08094229.jpg
c0112559_08100487.jpg
c0112559_08104038.jpg
c0112559_08112412.jpg
これはネットにあった写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-01-11 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック伊勢教会

c0112559_09104921.jpg
雨が降っていたので境内が広すぎる外宮の参拝は今回パス。東へ歩いて神宮の博物館を目指しました。途中に十字架を発見。伊勢市役所の正面にあるカトリック伊勢教会です。様式主義が多いカトリック教会としては、珍しい現代建築です。設計者などの建物データは見つかりませんでした。

カトリック伊勢教会
詳細 : 不明
三重県伊勢市岡本1-2-1
撮影 : 2018.4.17
c0112559_09124159.jpg
手前にある十字架を通りに向けて掲げた木造平屋建ての奥にモダンな鐘楼とマリア像が見えます。
c0112559_09130682.jpg
c0112559_09133509.jpg
雨で薄暗いです。
c0112559_09142062.jpg
c0112559_09144141.jpg
ということで、これ以降は教会のネットにあった写真を借用しています。
c0112559_09155212.jpg
「伊勢百景」というHPなどにあった天気が良い日の画像。
c0112559_09175985.jpg
敷地の左側に建つ伝道館。これは古そうです。「伊勢百景」では元は聖堂だったとか。
c0112559_09190593.jpg
c0112559_09191810.jpg
c0112559_09194169.jpg
今の聖堂は現代建築。一見しただけでは教会には見えません。
c0112559_09201296.jpg
c0112559_09202973.jpg
教会のHPから聖堂の内部。モダンで明るい会堂です。
c0112559_09213553.jpg
c0112559_09221818.jpg
名のある建築家が設計したと思いますが、データはみつかりませんでした。
c0112559_09225695.jpg
縦長窓の中央にガラス絵があります。
c0112559_09240426.jpg
「十字架の道行き」といわれる色ガラス。
c0112559_09244270.jpg
内部写真でも見えますが、ガラス窓ごとの真ん中にあるようです。
c0112559_09264256.jpg
c0112559_09265696.jpg
c0112559_09271345.jpg

by gipsypapa | 2018-11-03 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本基督教団田辺教会

c0112559_08011382.jpg
これも5年前の積み残しです。教会堂は赤い屋根に純白のモルタル仕上げの壁に半円アーチ窓が並ぶなど、典型的なプロテスタント教会の意匠になっていますが、古くはなさそうです。木造平屋建て。

日本基督教団田辺教会
詳細 : 不明
和歌山県田辺市上屋敷1-5-10
撮影 : 2013.11.27
c0112559_08014764.jpg
c0112559_08020377.jpg
c0112559_08021907.jpg
c0112559_08023244.jpg
c0112559_08024520.jpg
c0112559_08025724.jpg
これで和歌山編を終わり、次回から伊勢市です。

by gipsypapa | 2018-10-25 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(0)

津和野カトリック教会

c0112559_08102898.jpg
津和野町役場の向かい側には、武家屋敷のなまこ壁が並ぶ殿町の景観の中では異彩を放つ津和野カトリック教会があります。長崎浦上のキリシタン信徒の殉教地として知られる津和野にヴィリオン神父によって明治中期に創設された教会で,現在の建物は昭和初期の再建です。

津和野町観光協会の記事では「ドイツ人シェーファー神父が建てた教会」とありますが、神父が設計したのか、単に再建の指揮を執ったのかはわかりません。さらに別のサイトではドイツ人ヴェケレー神父というのもいくつかあり、これも確認できませんでした。また再建年も昭和4年と6年の二つの記述があります。ここでは文化庁の文化遺産オンラインにある昭和4年とします。

カトリック教会らしい尖塔単塔式の重厚なゴシック建築ですが、礼拝堂内部は畳敷きに色鮮やかなステンドグラスの組み合わせが印象的です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

津和野カトリック教会堂
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
島根県鹿足郡津和野町後田66
撮影 : 2018.2.26
c0112559_08171606.jpg
c0112559_08174600.jpg
c0112559_08180835.jpg
なまこ壁の向こうに尖塔が立つ不思議な風景。
c0112559_08185927.jpg
c0112559_08191976.jpg
石造りのように見え、ネット上にそういう記述もありましたが、文化遺産オンラインでは木造平屋建てです。
c0112559_08201512.jpg
木造にモルタル仕上げして、石貼り風に見せているのでしょう。
c0112559_08205185.jpg
c0112559_08211299.jpg
玄関口から堂内を覗くことが出来ました。
c0112559_08214412.jpg
実際、内部を見ると窓のところの壁が薄いので石造りではないです。
c0112559_08223348.jpg
ツアーの案内が次に向かったので、中に入ることが出来ませんでした。
c0112559_08231953.jpg
幼稚園が併設されています。
c0112559_08235651.jpg
c0112559_08243694.jpg
帰りにも通りかかりましたが時間がなくこれ以上見れませんでした。ということでこれ以降はネットから。
c0112559_08251956.jpg
c0112559_08253906.jpg
c0112559_08255805.jpg
c0112559_08261700.jpg
c0112559_08263733.jpg
聖堂の右奥に神父館があります。内部は1階に事務室や応接室、食堂、2階に居室三室などがあるとか。昭和2年に建てられた木造2階建てで、地方における教会施設の一例として国の登録有形文化財に指定されています。

津和野カトリック教会 神父館
1917(昭和2)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08273633.jpg

by gipsypapa | 2018-09-17 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本キリスト教団 須坂教会

c0112559_08144668.jpg
須坂市の銀座通りにある「須坂教会」はダニエル・ノルマンの指導により献堂された教会堂だそうです。1892年にカナダのメソジスト教会に所属するJ・Gダンロップが長野に「長野教会」を設立した際に、須坂地域の伝道に当たったのが「須坂教会」設立者のダニエル・ノルマンでした。

D.ノルマン氏は「ヴォーリズを訪ねて」のブログで軽井沢教会軽井沢ユニオン教会で紹介したように、軽井沢でも活躍した宣教師です。まだ訪ねていませんが、長野市には旧ダニエル・ノルマン邸が残っているとか。つまり長野県のかなり広い範囲で宣教活動を行っていたのですね。

濃い茶色の下見板の腰部の上部は淡い色のスタッコ壁。縦長の尖塔アーチ窓を並べ、右にある玄関上に十字架を載せた鐘楼を配した、いかにもプロテスタント系教会らしい、簡潔で瀟洒な建物です。木造平屋建て。

日本キリスト教団 須坂教会堂
1993(昭和8)年
設計・施工 : 不明
長野県須坂市 大字須坂東横町405
撮影 : 2017.12.15
c0112559_08165498.jpg
c0112559_08175130.jpg
c0112559_08181246.jpg
c0112559_08183281.jpg
c0112559_08184833.jpg
会堂内部の写真は教会のHPから借用しています。

by gipsypapa | 2018-08-20 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)