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大浦天主堂と関連施設

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9年前の2009年5月に訪問し、アップした大浦天主堂。久しぶりです。江戸末期に建てられたゴシック風の日本最古の教会で、長崎では最も有名な建物の一つ。知る限り日本で唯一国宝に指定されている洋風建築です。

在留外人のための教会として建てられ日本26聖殉教者天主堂と呼ばれました。豊臣秀吉によって処刑された、ペドロ神父、パウロ三木ら26人の殉教者を顕彰したもので、大浦天主堂という名称は、地名を付ける日本の習慣に従った通称です。

フランス人宣教師ジラール(プリュダンス・セラファン=バルテルミ・ジラール)、プチジャン(ベルナール・タデー・プティジャン)両神父の設計図をもとに、プチジャン神父の指導により、天草出身の棟梁・小山秀之進が施工しました。

当初は木造の天主堂でしたが、明治8年に改修・増築を行い、外壁を煉瓦構造にするとともに、間口を左右に広げ、奥行きも深くして当初の2倍の大きさに拡張。典型的なゴシック建築様式になりました。現在の天主堂は原子爆弾の被害を受けたため、戦後日本政府の援助により、5年をかけて修復したものです。

ヴォールト天井や尖頭式アーチ形の窓をもつ本格的な洋風建築で,我が国の工匠が洋風建築を手がけた最初期の貴重なものとして、国宝に指定された、煉瓦造り+木造の五廊式教会堂。

大浦天主堂
1865(元治2)年 / 1875(明治8)年 改造
世界遺産
設計 : ジラール神父、プティジャン神父
施工 : プティジャン神父(指導)、小山秀之進(棟梁)、日本人大工
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2018.10.3
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⑦大浦天主堂と関連施設
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ファサードが真っ白になっています。壁を塗り替えたようです。
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教会堂へ登る石段の踊り場の横に小さな公園があります。
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左は教王ヨハネ・パウロ2世、右はプチジャン司教の像。
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建築当時の写真がネットにあります。形がかなり違いますね。





世界遺産になった大浦天主堂と関連施設の関連施設は博物館になっている2棟が含まれています。

旧羅典神学校
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大浦天主堂に向って右側に隣接している建物。プチジャン神父が日本人聖職者育成の目的に設立した旧羅典(ラテン)神学校です。神学校の校舎兼宿舎として使用されました。

骨組が木造で壁に煉瓦を積んだ、木骨煉瓦造り。外開きの鎧戸がついた窓や階段など西欧建築技術が随所に取り入れられていますが、全体的には部屋割りはいたってシンプル。和風の土蔵のような雰囲気もあります。

設計と施工監督は敷地内に建つ旧長崎教区大司教館と同じく、フランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父。現在はキリシタン資料室として一般開放されています。国の重要文化財に指定された、木骨煉瓦造り、3階(屋根裏部屋付き)建て。

旧羅典神学校
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : ド・ロ神父
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旧長崎教区大司教館
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旧羅典神学校の下に切妻の煉瓦壁の建物があります。大正初期に建てられた司教館でした。前回訪ねてときは長崎コレジオといわれるカトリックの司祭を目指す学生が学ぶ神学校にでした。

大型の建物で、北側は煉瓦造りの切妻屋根ですが、南側は和瓦の寄せ棟。北側からは四階建てに見えますが、大浦天主堂に上る階段の手前で東側の側面を見ると二階建てのベランダとバルコニーを持つコロニアル風。傾斜地に建てられたために、何階建てと言い切れない、不思議な形状をしています。

フランス人のマルク・マリー・ド・ロ(Marc Marie de Rotz, 1840 - 1914)神父と鉄川与助の共同設計といわれています。ド・ロ神父は布教活動とともに、出津教会、大野教会、旧羅典神学校などの建築も手掛けた人ですが、この司教館の工事中に事故で亡くなったため、この建物が神父の遺作になりました。鉄川与助(1879 - 1976)は、長崎県を中心に数多くのカトリックの教会堂建築を手がけた棟梁であり建築家です。

旧長崎教区大司教館
1915(大正4)年
長崎県有形文化財
設計 : ド・ロ神父+鉄川与助
施工 : 鉄川与助
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右側の切妻、煉瓦の建物が旧大司教館です。

by gipsypapa | 2019-01-15 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック出津教会堂

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」2番目の訪問地は大野教会堂と同じ西彼杵半島の西岸にある外海(そとめ)地区の出津(しづ)教会。

この教会堂もフランス人宣教師マルク・マリー・ド・ロ、通称ド・ロ神父によって建設されたもので、明治15年に献堂式が行われ、正面および背面の増築を経て明治42年に現在の姿となりました。

出津教会堂は明治前期に建設された希少な初期教会堂の一つで、後世の増築も、同一の設計者によって均整を保った拡充が図られており、高い価値が認められ、国の重要文化財に指定されています。煉瓦造りおよび木造、正面と背面に塔屋付。

カトリック出津教会堂
1882(明治15)年 / 1909(明治42)年増築
世界遺産
重要文化財
設計・施工 : マルク・マリー・ド・ロ(ド・ロ神父)
長崎市西出津町2633
撮影 : 2018.10.2
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⑨出津教会と関連施設
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左がド・ロ神父。右の像はパウロ・中村近蔵は翁。ド・ロ神父を始めとする歴代の神父の片腕となり、教徒の宗教、教育、教会の運営に尽力された人物とのこと。
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「ドロー神父」になっています。
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内部写真はネットから借用しています。

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行けませんでしたが、バスの車窓から旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)が見えました。

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行かなかったので、これ以降の写真はネットから借用しています。旧出津救助院はド・ロ神父の人類愛によって設立された授産活動の場で、現在の長崎市西出津町出津文化村エリアにあります。施設はいくつかの資産で構成され、保存・修復を経ながら現在も残っています。
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ド・ロ塀(国指定重要文化財)
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授産場(国指定重要文化財)
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授産場1階炊事場
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授産場2階祈りの場
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マカロニ工場(国指定重要文化財)
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製粉工場(長崎県指定史跡)
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薬局(長崎県指定史跡)
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旧出津救助院の向かいのド・ロ様記念館(国指定重要文化財)は、旧鰯網工場を改装して建設されました。

by gipsypapa | 2019-01-12 10:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック大野教会堂

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最初の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」訪問地は外海(そとめ)地区にある大野教会堂。大野教会堂は、大浦天主堂からこの地区の主任司祭として赴任したフランス人マルク・マリ・ド・ロ神父が明治26年(1893年)に建設した小規模な巡回教会です。

建物は北側の会堂部と南側の司祭室部からなっています。教会堂部周りの 3面は当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な「ド・ロ壁」と呼ばれる壁体を築き、その上に洋式のキングポスト(真束)をもつ木造小屋組を架ける。側面の窓は上部を半円アーチ形の煉瓦造り。石造及び木造平屋建ての国の重要文化財。

カトリック大野教会堂
1893(明治26)年 / 2004(平成16)年解体修理
世界遺産
重要文化財
設計 : マルク・マリ・ド・ロ神父(ド・ロ神父)
施工 : ド・ロ神父、信者たち
長崎市下大野町2624
撮影 : 2018.10.2
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⑩大野教会堂
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駐車場からかなり遠くてきつい山道を登っていきます。
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左が会堂部。右の屋根が低い方が司祭室部です。
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ド・ロ壁。当時、日本には石造りの建築技術がありませんでした。
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農業から医療、土木建築、工業などの広範な分野に渡る技術を伝えた人でした。
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司祭室側。
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窓から内部が見えます。
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これはネットにあった写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-01-11 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック伊勢教会

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雨が降っていたので境内が広すぎる外宮の参拝は今回パス。東へ歩いて神宮の博物館を目指しました。途中に十字架を発見。伊勢市役所の正面にあるカトリック伊勢教会です。様式主義が多いカトリック教会としては、珍しい現代建築です。設計者などの建物データは見つかりませんでした。

カトリック伊勢教会
詳細 : 不明
三重県伊勢市岡本1-2-1
撮影 : 2018.4.17
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手前にある十字架を通りに向けて掲げた木造平屋建ての奥にモダンな鐘楼とマリア像が見えます。
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雨で薄暗いです。
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ということで、これ以降は教会のネットにあった写真を借用しています。
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「伊勢百景」というHPなどにあった天気が良い日の画像。
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敷地の左側に建つ伝道館。これは古そうです。「伊勢百景」では元は聖堂だったとか。
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今の聖堂は現代建築。一見しただけでは教会には見えません。
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教会のHPから聖堂の内部。モダンで明るい会堂です。
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名のある建築家が設計したと思いますが、データはみつかりませんでした。
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縦長窓の中央にガラス絵があります。
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「十字架の道行き」といわれる色ガラス。
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内部写真でも見えますが、ガラス窓ごとの真ん中にあるようです。
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by gipsypapa | 2018-11-03 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本基督教団田辺教会

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これも5年前の積み残しです。教会堂は赤い屋根に純白のモルタル仕上げの壁に半円アーチ窓が並ぶなど、典型的なプロテスタント教会の意匠になっていますが、古くはなさそうです。木造平屋建て。

日本基督教団田辺教会
詳細 : 不明
和歌山県田辺市上屋敷1-5-10
撮影 : 2013.11.27
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これで和歌山編を終わり、次回から伊勢市です。

by gipsypapa | 2018-10-25 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(0)

津和野カトリック教会

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津和野町役場の向かい側には、武家屋敷のなまこ壁が並ぶ殿町の景観の中では異彩を放つ津和野カトリック教会があります。長崎浦上のキリシタン信徒の殉教地として知られる津和野にヴィリオン神父によって明治中期に創設された教会で,現在の建物は昭和初期の再建です。

津和野町観光協会の記事では「ドイツ人シェーファー神父が建てた教会」とありますが、神父が設計したのか、単に再建の指揮を執ったのかはわかりません。さらに別のサイトではドイツ人ヴェケレー神父というのもいくつかあり、これも確認できませんでした。また再建年も昭和4年と6年の二つの記述があります。ここでは文化庁の文化遺産オンラインにある昭和4年とします。

カトリック教会らしい尖塔単塔式の重厚なゴシック建築ですが、礼拝堂内部は畳敷きに色鮮やかなステンドグラスの組み合わせが印象的です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

津和野カトリック教会堂
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
島根県鹿足郡津和野町後田66
撮影 : 2018.2.26
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なまこ壁の向こうに尖塔が立つ不思議な風景。
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石造りのように見え、ネット上にそういう記述もありましたが、文化遺産オンラインでは木造平屋建てです。
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木造にモルタル仕上げして、石貼り風に見せているのでしょう。
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玄関口から堂内を覗くことが出来ました。
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実際、内部を見ると窓のところの壁が薄いので石造りではないです。
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ツアーの案内が次に向かったので、中に入ることが出来ませんでした。
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幼稚園が併設されています。
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帰りにも通りかかりましたが時間がなくこれ以上見れませんでした。ということでこれ以降はネットから。
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聖堂の右奥に神父館があります。内部は1階に事務室や応接室、食堂、2階に居室三室などがあるとか。昭和2年に建てられた木造2階建てで、地方における教会施設の一例として国の登録有形文化財に指定されています。

津和野カトリック教会 神父館
1917(昭和2)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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by gipsypapa | 2018-09-17 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本キリスト教団 須坂教会

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須坂市の銀座通りにある「須坂教会」はダニエル・ノルマンの指導により献堂された教会堂だそうです。1892年にカナダのメソジスト教会に所属するJ・Gダンロップが長野に「長野教会」を設立した際に、須坂地域の伝道に当たったのが「須坂教会」設立者のダニエル・ノルマンでした。

D.ノルマン氏は「ヴォーリズを訪ねて」のブログで軽井沢教会軽井沢ユニオン教会で紹介したように、軽井沢でも活躍した宣教師です。まだ訪ねていませんが、長野市には旧ダニエル・ノルマン邸が残っているとか。つまり長野県のかなり広い範囲で宣教活動を行っていたのですね。

濃い茶色の下見板の腰部の上部は淡い色のスタッコ壁。縦長の尖塔アーチ窓を並べ、右にある玄関上に十字架を載せた鐘楼を配した、いかにもプロテスタント系教会らしい、簡潔で瀟洒な建物です。木造平屋建て。

日本キリスト教団 須坂教会堂
1993(昭和8)年
設計・施工 : 不明
長野県須坂市 大字須坂東横町405
撮影 : 2017.12.15
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会堂内部の写真は教会のHPから借用しています。

by gipsypapa | 2018-08-20 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松本聖十字教会

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今日からは一度は行きたいと思っていた長野県の松本市です。1泊2日の短い旅でしたが、色々探索することができました。大阪はもう暑い日が続いていましたが、松本は海抜600m弱なので、涼しく、また町並みも美しく清潔感があり、住み安そうな町でした。

JR松本駅から開智学校を目指して歩く途中に松本聖十字教会があります。1910(明治43)年竣工の教会建築で、1957(昭和32)年に一部増築したもののほぼ創建時のままだそうです。ゴシック・ロマネスクの折衷様式といわれるもので、聖公会のシンボルである、丸に十字架を載せた緑の尖塔がある鐘楼が印象的です。木造平屋建て。

松本聖十字教会
1910(明治43)年/1957(昭和32)年 増築
設計・施工 : 不明
長野県松本市開智1-6-25
撮影 : 2016.7.11
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明治43年築にしては新しく見えます。
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1957(昭和32)年の増築時か、2015(平成27)年にハシバテクノスの施工により耐震補強が行われたそうなので、そのいずれかのときに手が加えられたのかもしれません。
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以下はネットにあった内部の写真です。
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トラス組に特徴があります。

by gipsypapa | 2017-07-01 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本基督教団 別府不老町教会


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別府のホテルは亀の井ホテルでした。有名な温泉のあるホテルですが、建物的には見るべきものはありません。早めに到着したので、周辺の散策をしていたら、ちょっと古そうな別府不老町(ふろうちょう)教会を見つけました。

見ただけでは古いのか新しいのかわかりませんでしたが、別府不老町教会のHPによると、「1911年創立の教会は”不老町”という昔の地名を今に残す、界隈では貴重な存在である。礼拝堂も、およそ90年とも言われる長い歴史を、今は”駅前町”と地名を変えたその界隈に立ち続けてきた。」とあります。90年前ということは、昭和初期に建てられた教会です。木造平屋建て。

日本基督教団 別府不老町教会
昭和初期
設計・施工 : 不明
大分県別府市駅前町2−11
撮影 : 2016.3.15
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ネット情報では、この写真を撮影した一ヵ月後に起こった熊本地震によって、礼拝堂が被害を受け、壁や天井に20カ所以上のヒビが入り、特に天井は崩落のおそれがあるとあります。
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時間とお金がかかるでしょうが、ぜひ修復して欲しいものです。
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教会のHPを見ていたら、現在の礼拝堂内部と・・
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戦前の写真がありました。戦前の祭壇は3芯アーチですが、現在は角ばった台形です。少なくとも、内部は戦後に改造されているようです。
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HPにはヴォーリズ夫妻の写真がありました。戦後の児童養護施設「栄光園」の設立に関ったみたいです。ヴォーリズの作品リストを見ましたが、それらしいのは見当たらず、建築家としての関与ではなさそうです。
by gipsypapa | 2017-06-17 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

車窓から見た五島列島の教会


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五島列島へのキリスト教伝来は、フランシスコ・ザビエルから17年後(1566年)といわれています。近代的な教会が建てられたのは明治初期からですが、歴史的にキリスト教の信仰が厚いところであり、現在も多くの教会があります。↑の写真は「五島の島たび」というHPから借用しました。
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北部、中通島(上五島)周辺。
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南部、福江島(下五島)周辺。

これまで下車して見た教会が、いかに本の一部であるかがわかります。気持ちとしては、少なくとも歴史のある教会は全部見たいのですが、ツアーなので、行きたいところはバス任せです。いくつかの教会はバスの中から眺めるだけで通過しました。そのいくつかをネット写真を借用しながら紹介します。これ以上見たければ、個人的に訪ねるしかありませんが、どう見ても不便そうです。

カトリック水の浦教会
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福江島(下五島)にあるカトリック水の浦教会。ここは鉄川与助の作品なので、下車して見たかった教会です。現存する我が国の木造教会堂としては最大規模のもので、設計者鉄川与助にとってリヴ・ヴォールト天井の教会堂の最後の遺構です。横板張り、重層屋根構成瓦葺きの建物で、会堂内部は三廊式の比較的安定感のある印象です。木造平屋建て。

カトリック水の浦教会
1938(昭和13)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県五島市 岐宿町岐宿1644
撮影 : 2015.11.3
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バスから見えるのはここまでがやっとです。以下の写真はネットから借用しました。
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カトリック跡次教会
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国道からすぐの山手の緑のに映える白い外壁が美しい教会。創建は1914(大正3)年と古い教会ですが、現在の聖堂は最近建替えられたものです。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

カトリック跡次教会
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
長崎県南松浦郡新上五島町跡次
撮影 : 2015.11.3
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以下はネットから。
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カトリック冷水教会
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冷水(ひやみず)教会は明治時代に建てられた素朴な木造で、丸尾郷出身の鉄川与助(てるかわ よすけ)が棟梁となって初めて手掛けた教会。内部構造は三廊式のリブ・ヴォールト(こうもり)天井です。木造平屋建て。

カトリック冷水教会
1907(明治40)年
設計・施工 : 鉄川与助
長崎県南松浦郡新上五島町網上郷623-2
撮影 : 2015.11.3
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遠景だし、バスも止まらず通過して今いました。以下はネットにあった写真です。
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by gipsypapa | 2017-04-12 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)