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名古屋駅で昼食

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今回は1泊2日の小旅行。京都から新幹線で35分と思ったより近いのです。日帰りも十分可能な距離です。往きと帰りともに昼食は駅構内でした。最初の名古屋駅の写真はネットから借用しました。

JR名古屋駅
名古屋市中村区名駅1--1-4
撮影 : 2020..2.4 & 5
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駅の東側。有名な大名古屋ビルジング。駅前のランドマークです。金融機関や三菱グループが入居しています。地上344階建て、地下4階。

大名古屋ビルジング
2015(平成27)年
設計 : 三菱地所設計
施工 : 清水建設
名古屋市中村区名駅3-28-12
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ウィキペディアの写真。テラスガーデンがありますね。機会があれば行ってみようかな。
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その南側の低層ビルは名古屋ビル。商業ゾーンとオフィスゾーンがある複合ビルです。背後の高層ビルはミッドランドスクエア。2006年に竣工した47階建て地下2階の高層です。

名古屋ビルディング
2009(平成21)年
設計 : 日建設計
施工 : 清水建設
名古屋市中村区名駅4-6-17
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往きも帰りもランチは駅の食堂街でした。初日はコンコースにある「驛釜きしめん」。
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少し早めの時間だったので、軽く醤油にしましたが、やはり名古屋名物の味噌にすべきだったかも。
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内部写真は食べログから。座ったのはこの一角。カウンターもあり、実際はもっと多くのお客さんがいました。
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2日目は遅めの時間。コンコースの地下1階の「キッチンなごや」へ。
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内部と味噌カツの写真は食べログから。
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今度はお腹がすいていたので、がっつり「味噌ロースカツ定食」にしました。JR系のカードを提示すると中ジョッキが無料サービスでした。
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新幹線で帰ります。次回から再び大阪です。




by gipsypapa | 2020-03-30 08:19 | | Trackback | Comments(2)

覚王山 日泰寺

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揚揮荘の北庭園から見えていた五重塔がある覚王山 日泰寺 (かくおうざん にったいじ) は超宗派の寺院です。タイ王国から寄贈された 真舎利(釈迦の遺骨)を安置するために、創建されそうです。

「覚王」とは、釈迦の別名で、「日泰」とは、日本とタイ王国を表していとか。地下鉄の最寄り駅「覚王山」はこの寺の名前からつけられたもの。伽藍はいくつかありますが、文化財の建物は非公開。山門やそこから見える伽藍の多くは新しい、鉄筋コンクリート造りです。

覚王山 日泰寺
詳細不明
愛知県名古屋市千種区法王町1-1
撮影 : 2020.2.5
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揚揮荘の北庭園から五重塔が見えていました。
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どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院であり、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めているそうです。
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山門 - 昭和61年建立。左右に円鍔勝三作の阿難・迦葉像が納められている。
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五重塔は平成9年建立で高さ30メートル。
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本堂は昭和59年に落成。設計は魚津常義、施工は竹中工務店だそうです。古そうな伽藍がないようで、昼飯抜きだったので急ぎ足で通過。以下はネットから借用しています。
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内部中央には明治33年に真舎利と共にタイ政府より贈られた釈迦金銅仏が本尊として安置されています。金銅釈迦如来像はタイ国宝だったそうです。
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礼拝殿。奥に見えるのが奉安塔だとか。
by gipsypapa | 2020-03-29 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 三賞亭

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これも10年前にアップした三賞亭(さんしょうてい)。、松坂屋初代社長の伊藤次郎左衞門祐民(すけたみ)氏が揚輝荘を造るときに、茶屋町の自邸にあった茶室を移築改修したもので、揚輝荘では最初の建物だそうです。

池に面していて、座敷から障子戸を開けると、全面に池と白雲橋の眺めが目に入るようになっています。床脇にある大きな障子のある丸窓も、池の眺めを意識したものでしょう。壁は砂壁塗り、天井は杉柾板。現在も茶会が開かれるようです。名古屋市登録有形文化財の木造平屋建て。

揚輝荘 三賞亭
1918(大正7)年移設
名古屋市登録有形文化財
設計・施工 : 不明
名古屋市千種区法王町2-5-21
撮影 : 2020.2.5
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池の南側の畔に建ち、様々な角度からの眺めがよい茶室です。
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戸口が開いているので内部を見ることが出来ます。
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丸窓が印象的です。
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よく地元の茶会が催されているそうです。
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by gipsypapa | 2020-03-27 08:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 白雲橋

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10年前に一度アップした白雲橋(はくうんきょう)。北庭園の池に掛かる白雲橋は修学院離宮の千歳橋(ちとせばし)を模したという、大型の特徴的な亭橋(屋根のある橋)で、北庭園のシンボルになっています。

橋は両側にある切石の石垣に架けられ、屋根は緑袖和瓦葺き。龍の天井絵、手彫りの白木擬宝珠などに趣向が凝らされています。名古屋市有形文化財の木造橋。

揚輝荘 白雲橋
1918(大正7)年
名古屋市有形文化財
設計・施工 :不明
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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普段は渡れませんが、この日は水曜日のガイドの日なので、上がることが出来ました。
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白木の擬宝珠は手彫りです。
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龍の天井絵はビニールシートで保護されていて、うまく撮れませんでした。
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by gipsypapa | 2020-03-26 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 北庭園

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揚輝荘の北庭園は京都の名庭園『修学院離宮』の影響を受けたといわれる池泉回遊式庭園で紅葉の名所になっています。池の畔に建つ、白雲橋や茶室・三賞亭という和風建築が庭園に変化と彩りを加えています。

揚輝荘 北庭園
1918(大正7)年
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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池にの中心は中の島。向こうに見える建物の左側は白雲橋で、右が三賞亭です。これらは次回から。
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橋の手すりや柵は南園の聴松閣のテラスで見た木に似せたコンクリート製。この庭も竹中工務店が関わった可能性が高いと思います。
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中の島に中央には大きな雪見灯篭。
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日泰寺の五重塔が借景のようになっていますが、実はこの庭園よりずいぶん後に建てられたものです。
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by gipsypapa | 2020-03-25 07:55 | | Trackback | Comments(0)

揚輝荘 豊彦稲荷

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伴華楼が建つ北側の高台から信長塀を出て庭園に向かうところに、豊彦稲荷(とよひこ-いなり)があります。昭和の初めに京都仙洞御所にあった御所稲荷(豊彦稲荷)を、松坂屋京都店が勧請したものという説があるそうですが、真偽はわかりません。

庭園に下りる参道には朱塗りの鳥居が林立し、北庭園の緑の中に鮮やか朱色が映える景観を作っています。

揚輝荘 豊彦稲荷
1927(昭和2)年
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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見事な石段を下ると・・・、
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北庭園に出ます。
by gipsypapa | 2020-03-24 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 伴華楼(その2)

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伴華楼の一階は洋室が並び2階は一部が洋室になっていて、それに和室が続く構造。内装は木口の寄木細工の市松模様床など随所に木材を使用しながら、漆喰の梁に古典様式も取り入れた格調高く、高級感のある造りです。

10年前は一階のテラスから眺めるだけでしたが、この日は水曜日。ガイドの案内で内部も見ることが出来ました。

揚輝荘 伴華楼
旧伊藤次郎左衞門祐民別荘
1929(昭和4)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 鈴木禎次
施工 : 竹中工務店
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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二階へ上がると最初は洋室の小部屋です。
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二階へ上がると最初は洋室の小部屋です。
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聴松閣でも見た瓦を埋め込んだ暖炉。
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庭園を見下ろす南側に廊下。
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上質な純和風建築です。
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徳川園にあった住宅を移設したそうですが、1階の洋館とどうやって組み合わせたのか。
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日が当たると市松模様が廊下に現れるようになっています。
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by gipsypapa | 2020-03-23 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(6)

揚輝荘 伴華楼(その1)

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揚輝荘の北園は10年前に訪ねたときも無料で一般開放されていました。ここの見どころは伴華楼(ばんがろう)。尾張徳川家から移築した茶室のある和室に洋間が増築され、「バンガロー」をもじって伴華楼と呼ばれました。

明治33年(1900)竣工の尾張徳川家名古屋別邸(現在の徳川園)の一部を移築、その際に洋館と地階を増築したそうです。洋室部分は建物腰部に別荘らしさを強調するような石積みを多用し、洋室2階にスレート張りにも見える椹(サワラ)板のうろこ壁を見せ、市松模様の煙突を切妻面の中央に配して、もとの和室と調和させながらも、モダンな印象を与えています。

設計はすでにこのブログで、いくつかの作品を紹介した、名古屋の近代建築の巨匠、鈴木禎次。名古屋市登録有形文化財の木造地上3階、地下1階建て。

揚輝荘 伴華楼
旧伊藤次郎左衞門祐民別荘
1929(昭和4)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 鈴木禎次
施工 : 竹中工務店
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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五色の玉石を使ったパーゴラ。住宅の軒先や庭に設ける、つる性の植物を絡ませる木材などで組んだ棚のこととか。
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洋館部にある市松模様の煙突が特徴です。
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徳川家名古屋別邸の名残を残す2階の和館。
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一階はテラスです。
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ここでも五色の玉石。石の使い方が山小屋風で名前の通りバンガローです。
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うろこ壁は椹(サワラ)板だそうです。
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住宅部分から庭園へ出るところに「信長塀」。熱田神宮で見たものと同じ造り。
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塀の外から印象的な洋風の妻面を見ています。
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by gipsypapa | 2020-03-22 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(0)

揚輝荘南園 聴松閣(その2)

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揚輝荘の聴松閣(ちょうしょうかく)は昭和12年に新築された迎賓館で、和風の屋根にハーフティンバー様式の外観。石積み柱の玄関ポーチや自然木を真壁風にあしらった外壁など、多様な意匠や様式を取り入れた山荘風の建物です。近年公開された内部を巡ります。

揚輝荘
聴松閣旧伊藤次郎左衞門祐民別荘
1937(昭和12)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 小林 三造(竹中工務店)
施工 : 竹中工務店
名古屋市千種区法王町2-15
撮影 : 2020.2.5
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1階から。入館料は300円でした。ちなみにこの次に訪ねる北園は無料です。
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突き当たりは食堂。
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その一角にあるベイウィンドウのサンルーム。
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暖炉の周りの壁には寺院などの古代瓦を埋め込んでいます。
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松坂屋の前身「いとう呉服店」の商標ロゴを模した透かし彫り。
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2階へ。
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玄関ポーチの上の張り出し。
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張り出しは書斎です。天井は舟底天井で、
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床は市松模様です。市松模様には伊藤祐民の思い入れがあったようで、北園の伴華楼でも見ました。
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広い廊下ホール。
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応接室。丸窓やソファーは一等船室をイメージしたもの。松坂屋初代社長の伊藤祐民が影響を受けた、インドやヨーロッパへの旅の思い出か。
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来客用の寝室B.中国風の装飾です。
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最後に行ったのは地下階。見所が多いところです。
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地階ホールには壁にインドのアジャンタ石窟の壁画を模した絵が一杯。
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釈迦誕生のシーンを書いたものだとか。
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1938年にインド人留学生が描いたそうです。
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地下階の更に下に下りる階段。北園まで繋がる全長170mの地下トンネルがあったわけです。今は途中にマンションが建って行き止まりになっています。
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奥に舞踏場だった広間があります。
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東には半円形舞台も。右の小さい扉は切戸口と言うもので、能や狂言で使われる、演者が背をかがめて登場するそうです。
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窓際にはソファ。
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地下での舞踏会。秘密めいていますね。
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暖炉の上にはカンボジアのアンコールワットの踊り子のレリーフ。こて絵でしょう。
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暖炉の左に目的不明の小部屋があり、タイル張りの中央にインドの女神像があります。
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ソファの上のガラス窓はガラス彫刻でヒマラヤ連峰を描いているとか。
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窓を開けたら、向こうの壁にもタイル貼り。



by gipsypapa | 2020-03-20 09:01 | 建築 | Trackback | Comments(0)

揚輝荘南園 聴松閣(その1)

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10年前に一度訪ねた揚輝荘(ようきそう)にまた来ました。前回はまだ、公開されてうなかった聴松閣(ちょうしょうかく)が公開され、内部にも入れるというので、見たかったのです。

揚輝荘は日泰寺の参道東の丘陵地に、大正から昭和初期に開発された広大な別荘地でした。元々は松坂屋初代社長の伊藤次郎左衞門祐民(すけたみ)氏の別荘として、約1万坪の敷地に、修学院離宮を参考にした池泉回遊式庭園や洋風の伴華楼・聴松閣、日本庭園には茶室をはじめ多数の日本建築や、テニスコート・温室・弓道場など30棟を超える建造物があったといわれています。

近年、敷地の大部分が開発され、マンション群が建てられるなど、庭園は南北に分断されましたが、数棟の貴重な建物と庭園が残っています。

敷地南側にある聴松閣(ちょうしょうかく)は昭和12年に新築された迎賓館で、和風の屋根にハーフティンバー様式の外観。石積み柱の玄関ポーチや自然木を真壁風にあしらった外壁など、多様な意匠や様式を取り入れた山荘風の建物です。設計は竹中工務店の小林三造。多くの住宅作品を手がけ、伝統的な和風意匠を近代的な機能、工法、デザインを取り込み、西本願寺大谷本廟守真所や白鶴美術館など公共的建造物も設計したことで知られています。名古屋市登録有形文化財の木造地上3階、地下1階建て。

揚輝荘 聴松閣
旧伊藤次郎左衞門祐民別荘
1937(昭和12)年
名古屋市登録有形文化財
設計 : 小林 三造(竹中工務店)
施工 : 竹中工務店
名古屋市千種区法王町2-15
撮影 : 2020.2.5
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ここが南園入り口。10年前とは違って塀があります。
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ハーフチンバーの外壁など山荘風の外観をした迎賓館で、昭和12年に建築されました。
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玄関ポーチの上にも部屋がある大型の住宅。赤いベンガラ色の壁が印象的です。
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その前には半円形の池。
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虎がいます。
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伊藤祐民が中国で購入した、南北朝時代の石像だとか。
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たまたま、この日の水曜日はガイドのある日で、裏側にも行くことが出来ました。
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山小屋風の石貼りの煙突。軽井沢などの別荘地でよく見ますが、この都会にはないですね。
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テラスも石造りで、柵は木に似せたコンクリート。
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西に隣接する座敷棟。大正8年に矢場町五ノ切にあった屋敷を移築したそうです。
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ベンガラ色の土壁と杉皮張りの腰壁の和モダンな外観です。
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内部は現在非公開ですが、将来的には公開するそうです。

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普段は見ることが出来ない南庭園。
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下に降りて撮りたかったのですが、ガイドつきの団体行動なので、断念。
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玄関に戻りました。入り口手前の床にはガラスブロック。ということは地下室があるわけです。
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内部は次回に。



by gipsypapa | 2020-03-19 08:02 | 建築 | Trackback | Comments(0)