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毛利氏庭園

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多々良山山麓に広がる毛利氏庭園は、敷地面積は約25411坪(84,000平方メートル)という広大な池水回遊式の庭園です。庭園の東には、これも大きなひょうたん池があり、ひょうたんの首元には石橋がかかっています。国の名勝です。

毛利氏庭園
旧毛利家本邸 庭園
1916(大正5)年
名勝
作庭 : 不明
山口県防府市多々良1-15-1
撮影 : 2019.10.14
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本館前には刈り込まれた松ノ木などの常緑樹が並んでいます。
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ひょうたん池に注ぐ滝口。
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急斜面にあって撮影しにくかったです。よって写真はネットから借用します。
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とにかく広い。
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ひょうたん池の一部。狭い方です。
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築山にある東屋。
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本館と背後の山を借景しています。
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ひょうたんの首元に架かる石橋。
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広い庭園を引き締める役目をしています。
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ひょうたん池。
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鯉が群生しているようです。
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いわゆる大名庭園でしょう。全体的に荒削りな印象。個人的にはもっと細やかに池や水の流れを強調したほうがいかと。



by gipsypapa | 2019-11-19 08:42 | | Trackback | Comments(0)

英雲荘(三田尻御茶屋)庭園

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「三田尻御茶屋」(英雲荘)は江戸時代初期、萩藩2代藩主・毛利綱広により造られた長州藩の公館、お屋敷。「萩往還関連遺跡三田尻御茶屋旧構内」として国指定史跡です。

座敷から眺められる回遊式庭園は江戸時代中期に造られたものを復元したものです。なぜか情報が限られています。ネット情報では池泉回遊式とあり、実際に池がある写真もありますが、池には水がありませんでした。昨年、工事が終わったばかりのようなので、このあと水を張るのかも知れません。

英雲荘(三田尻御茶屋)庭園
江戸時代中期 / 2018(平成30)年復元
作庭 : 不明 / 羽嶋松翠園(復元工事)
山口県防府市お茶屋町10-21
撮影 : 2019.10.14
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池泉だそうですが、今は枯れています。
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手水鉢と水琴窟です。
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踏み石に臼が使われていますね。
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ここも水はありません。
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ネットにある池に水を張った写真です。いずれも2018年の撮影。
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水はあった方がいいけど、どうなったのか?
次回は毛利家がここから移った本邸へ行きます。



by gipsypapa | 2019-11-17 08:19 | | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 補陀落の庭と湯屋方丈

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極楽浄土の庭を見下ろす西側にある補陀落(ふだらく)の庭。江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠により再興された「湯屋方丈」の前に広がる池泉鑑賞式庭園です。湯屋方丈の再建と共に作庭。現在の庭園は明治時代に改修されたものだそうです。

四天王寺 補陀落の庭
江戸初期 / 明治初期
作庭 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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見えているのは本坊です。極楽浄土の庭とともに本坊庭園といわれます。
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左端は極楽の池から見えていた本坊の張り出し部分。
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緩やかな築山に石組みと刈り込みの植栽の間を流れるせせらぎが美しい庭です。
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湯屋方丈(本坊方丈)は江戸時代初期に徳川秀忠によって再建された入母屋造本瓦葺きの建物で、清所とも呼ばれます。もともとは五智光院前にあったそうですが、2回移築されて現在地に建っています。国の重要文化財の木造平屋建て。

湯屋方丈
1617(元和3)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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湯屋方丈の北側。
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この辺は本殿につながる客殿です。
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湯屋方丈は時々一般公開されるようです。写真はネットから借用しています。
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ネットには補陀落の庭に砂紋が描かれたものがあります。一般公開か何かの催しのときに描かれるんでしょうか。見たい気もしますが、逆に砂紋があると今回のように、庭に近づけないわけで、それはそれでいいかな。



by gipsypapa | 2019-11-11 08:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 極楽の池

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極楽浄土の庭は池泉回遊式庭園。明治時代の整備時に浄土教における極楽浄土を願う「二河白道」(にがびゃくどう)の喩え話を表現した作庭がなされたそうです。昭和初期に再整備された現在の庭園は、湧水を利用した2つの池泉を「瑠璃光の池」と「極楽の池」、そして2つの小川を「水の河」「火の河」と称しています。

四天王寺 極楽浄土の庭
江戸初期 / 明治初期 / 1933(昭和8)年
作庭 : 木津聿斎宗泉 (昭和の補修)
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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極楽の池のほとりには11年前に訪ねた八角亭があり、庭園の風景を印象的なものにしています。
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明治36年に開催された内国勧業博覧会の木造パビリオンが四天王寺本坊庭園に移設されたもので、ルネッサンス風の八角洋風木造建築です。小奏楽堂というからには中で何かの演奏が行われたのでしょうか。

四天王寺八角亭
旧内国勧業博覧会小奏楽堂
1903(明治36)年 登
録有形文化財
設計 : 久留正道か
施工 : 大場安組
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全面に鮮やかな色ガラス。中には入れませんが、硝子越しに覗くことができます。
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極楽の池。向こうに見えている背が低い建物は払塵亭(ふつじんてい)という茶室。これも三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の設計のようです。
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池には組まれた阿弥陀三尊石。釈迦如来像を中心に左右に両脇侍(きょうじ)を配しています。
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白鷺でしょうか。11年前に撮った亀の池にもいました。さすがに代替わりしているでしょう。
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ネットの写真にも写っていますので、住み着いているのでしょう。
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向こうに見えているのは本坊の張り出し部で、新しいもの。
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極楽の池は蓮が有名らしいのですが、今年は何故か花が咲かなかったと、受付で聞きました。
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9月20日でしたが、まだ葉は枯れてないです。
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左手前の小さな建物は払塵亭。これも三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の設計です。
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払塵亭への伝い。
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残念ながら露地門が閉まっています。
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ネットに払塵亭の写真があったので、借用します。
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一心大神。弁財天の別名だそうです。
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西側を登って、最後の補陀落の庭へ。



by gipsypapa | 2019-11-10 08:22 | | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 茶室群

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極楽浄土の庭には全部で4棟の茶室があり、「瑠璃光の池」と「極楽の池」の間の東側に青龍亭、臨池亭と和松庵と呼ばれる3棟が並んでいます。

四天王寺 極楽浄土の庭 茶室群
1933(昭和8)年 / 昭和期
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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青龍亭。詳細は不明でした。
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臨池亭。1933(昭和8)年に三代目木津聿斎宗泉が極楽浄土の庭を補修作庭したときに建てた(どこからか移設したかも)茶室です。
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「水の河」が流れています。
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和松庵は、松下電器創業者、松下幸之助氏より寄進された茶室だそうです。
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「和」は聖徳太子の「十七条憲法」第一条の「和を以て貴しとなす」、「松」は松下幸之助氏を表しています。
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大阪城公園の「豊松庵」も松下氏に寄贈によるものなので、経営者として余裕が出てきた同時期、つまり1970(昭和45)年前後に建てられたのではないでしょうか。
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この日はこの茶室だけが営業中でした。いつも一般に公開して抹茶をいただけるようです。
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ネットにあった内部の写真を借用します。
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極楽の池の南にもう1棟の茶室「払塵亭」がありますが、それは次回に。



by gipsypapa | 2019-11-08 07:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 瑠璃光の池

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10年以上前に訪ねたことがある四天王寺に再び。目的は日本庭園です。前回はまだ庭にはほとんど興味がなく、近代洋風建築を追いかけていた時期なので、庭園内にある八角亭だけを見たのが実情でした。今回はじっくりお庭を拝見してきましたので、4回に分けてアップします。

ネット情報では、江戸時代初期に作られ、明治時代初期に改修整備されたという記述があちこちにあります。しかし庭の受付でもらったパンフレットには、造園されたのは1933(昭和8)年で、武者小路千家の茶匠木津家の三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の作庭だそうです。確実ではありませんが、いずれも根拠がある記述と思っつています。

極楽浄土の庭は池泉回遊式庭園。明治時代の整備時に浄土教における極楽浄土を願う「二河白道」(にがびゃくどう)の喩え話を表現した作庭がなされたそうです。現在の庭園では湧水を利用した2つの池泉を「瑠璃光の池」と「極楽の池」、そして2つの小川を「水の河」「火の河」と称しています。

四天王寺 極楽浄土の庭 瑠璃光の池
江戸初期 / 明治初期 / 1933(昭和8)年
作庭 : 木津聿斎宗泉 (昭和の補修)
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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北門近くの五智光院前の広場に受付があります。入園料は300円でした。
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庭に入る前にある客殿の前庭。
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客殿と五智光院をつなぐ渡り廊下の下をくぐって庭へ。
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白砂の廻遊路を「白道」というそうです。
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庭に入って左手にある釈迦の滝。
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滝からの流れは「火の河」と名づけられています。
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流れの行き先は「瑠璃光の池」。
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東の築山側を歩いています。
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荒陵稲荷の石碑。
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小さな社です。
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一廻りして西側に来ました。
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東の築山から流れ出る「薬師の滝」。
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三段の滝石組です。
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西側の流れは「水の河」。下流の「極楽の池」へ向かっています。


by gipsypapa | 2019-11-07 08:33 | | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 豊國神社秀石庭

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大阪城公園内にある豊國神社(ほうこくじんじゃ)は豊臣秀吉を顕彰する神社で、京都市東山区に鎮座する豊国神社の大阪別社として1879年(明治12年)創建されました。境内には重森三玲作の枯山水庭園の石庭「秀石庭(しゅうせきてい)」があります。

秀吉の「秀」と大坂城の建つ地にあった石山本願寺の「石」から一字ずつとって名づけられたとか。 重森三玲によれば、「かつて大阪城の地が石山の地であったことから、豪快な石組本意の作庭による蓬莱式の庭をテーマとし、豊国神社のご祭神が豊臣秀吉であることから、豊公説話に有名な千成瓢箪を地模様としてモダンな現代新感覚に生かすこともテーマとしている。」そうです。

大阪城公園 豊國神社秀石庭
1972年(昭和47年)
作庭 : 重森三玲
大阪市中央区大阪城2-1
撮影 : 2019.9.19
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第一の鳥居を通ったら右側にある参集殿。結婚式などに使われるそうです。
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秀吉の銅像。
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拝殿。目指す秀石庭はこの右奥にあります。
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場所を示す表示がまったくないので、分かりにくかったです。
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あまり手を掛けられていない感じでした。この解説板も赤さびて読みにくい。
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観賞用石舞台に千成瓢箪。
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四方が土塀で囲まれているので、塀の上から撮っています。
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北側はそれなりに壁越しに眺められましたが、西側は荒地になっていて、アプローチが難しかったです。
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グーグルの航空写真。現地ではわかりませんでしたが、強烈な千成瓢箪ですね。さすが重森三玲さん。

by gipsypapa | 2019-11-02 19:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 日本庭園

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大阪城本丸に池泉回遊式の日本庭園があります。1931年(昭和6年)の天守閣復興にあわせ、明治時代に和歌山城二の丸から移築され、当時東側に建っていた紀州御殿の庭園として整備された純日本式庭園です。

京都二条離宮の名園にヒントを得て、御殿建築にふさわしいように築いた庭園といわれています。中央の池は面積300坪の鶴翼形で、背景に築山があり、池の南側からは、天守を借景した庭園の全貌が見えるように工夫されています。

大阪城公園 日本庭園
1931(昭和6)年
作庭 : 不明
大阪市中央区大阪城3-11
撮影 : 2019.9.19
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天守側から、その西側にある日本庭園へ。
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池の西側は築山です。
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北側へ移動。
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築山にある水源の滝口。
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築山の頂上付近。ここにもラジオ塔がありました。
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池の南側は雪見灯篭とその背景に天守をおさめるインスタ映えポイント。
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観光客が集まっていて、写真を撮るのも順番待ちでした。
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by gipsypapa | 2019-11-01 08:32 | | Trackback | Comments(2)

旧大乗院跡庭園

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奈良ホテルの南側に室町時代からある庭園があります。「旧大乗院庭園」(きゅうだいじょういんていえん)は慈照寺(銀閣寺)の庭園も手掛けたとされる善阿弥(ぜんあみ 1386-1482?)により作庭されたと伝わる池泉回遊式庭園です。

大乗院は平安時代後期に創建。法相宗の大本山の寺院である興福寺の門跡寺院でしたが、明治時代の廃仏毀釈で廃寺となりました。当時の建物は消滅し、敷地内には奈良ホテルが建設されましたが、その庭園の大部分は残っています。

平成年代になって、江戸時代末期の絵図『大乗院四季真景図』を基に復元工事が開始され、2010(平成22)年に一般公開されました。国の名勝に指定されています。

旧大乗院跡庭園
室町時代 / 2010(平成22)年復元
名勝
作庭 : 善阿弥
奈良市高畑町1083-1
撮影 : 2019.9.11
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庭園の入り口は、奈良ホテルからは池を挟んだ南側の庭園文化館にあります。
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2階建ての近代和風建築です。
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文化館の窓から庭園を見ています。
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建物を出ると目の前にある三つ島。
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百日紅(さるすべり)の花の季節です。
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これから池を巡ります。
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この庭園が変っているのは、通路や飛び石がないので、芝生を踏みながら歩くこと。
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崩れそうな土塀。
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松が植えてあるのは天神島。
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北側の景観。奈良ホテルの望楼が借景になっています。
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聖ラファエル教会も見えています。
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庭園のランドマークの反り橋は、つい最近に架け替えられたそうです。
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橋の向こう側は中島。
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庭園文化館の2階から。
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高台にある奈良ホテル前のアプローチから庭園が見えています。


by gipsypapa | 2019-10-24 08:16 | | Trackback | Comments(2)

依水園(その3)後園

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奈良名所の東大寺と興福寺の間にある国の名勝「依水園(いすいえん)」。江戸時代前期に作庭された「前園」と明治時代の「後園」という二つの池を中心とした庭園です。昭和33年に一般公開されました。

後園は明治時代に呉服を扱う実業家だった関藤次郎(せきとうじろう)が築いた築山式の池泉回遊式庭園で、作庭は裏千家十二世の又妙斎宗室(ゆうみょうさい)。若草山や春日山、東大寺南大門の屋根が借景となり、あたかも若草山の芝生が園内まで続くかのように中の島と築山は芝生でおおわれています。

依水園 後園
明治時代後期
名勝
作庭 : 又妙斎宗室
奈良市水門町74
撮影 : 2019.9.11
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関藤次郎は、明治30年代からここを別邸として庭園や建物を増築、依水園と命名し、多くの文化人との交流の場にしたそうです。
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氷心亭の前から後園の池を眺めています。築山式の池泉回遊式。
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正面に見える若草山と東大寺南大門の屋根を借景にした雄大な景観です。
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柳生堂が見えています。
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沢渡り。池を渡るために打ち込まれた飛び石を「沢飛石」というとか。
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後園で最も印象に残る風景の一つでした。
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池を廻っています。氷心亭とは対岸になる東の築山側へ。
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水車小屋があります。
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水車小屋の横に滝口。吉城園と同じ大和川支流の吉城川を水源にしています。
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by gipsypapa | 2019-10-21 08:30 | | Trackback | Comments(2)