タグ:庭 ( 77 ) タグの人気記事

友泉亭公園(その3)

c0112559_08082697.jpg
友泉亭公園(ゆうせんていこうえん)は福岡藩第6代藩主・黒田継高(くろだ つぐたか)が江戸時代中期に別荘として建てた「友泉亭」とその周辺を、池泉廻遊式の日本庭園として整備したもの。

戦前には麻生家、安川家と並ぶ筑豊炭鉱王御三家の一つで、最大の算出量を誇った貝島家の貝島炭鉱創業者である貝島太助の三男、貝島健次の別荘として使われたところです。ネット情報では、貝島時代の1936(昭和11)年に庭園が完成したとあります。昭和56年に再整備して開園しました。福岡市指定名勝。

友泉亭公園
元黒田継高別荘 / 旧貝島健次別邸
1757(宝暦7)年 / 1936(昭和11)年 / 1956(昭和31)年
福岡市指定名勝
設計・施工・作庭 : 不明
福岡市城南区友泉亭1-46
撮影 : 2019.8.20
c0112559_08091502.jpg
c0112559_08093272.jpg
大広間を眺めながら回遊しました。
c0112559_08100737.jpg
c0112559_08102348.jpg
c0112559_08103916.jpg
c0112559_08110050.jpg
雪見灯篭越しの風景は撮影ポイントの一つ。
c0112559_08120400.jpg
c0112559_08122375.jpg
池の小島は蓬莱島です。
c0112559_08125347.jpg
c0112559_08131132.jpg
c0112559_08133842.jpg
橋は架かっていますが、通れませんでした。
c0112559_08140807.jpg
c0112559_08142538.jpg
池の中の飛び石と玉石敷きの州浜も印象的です。
c0112559_08145856.jpg
c0112559_08151421.jpg
c0112559_08153275.jpg
c0112559_08154945.jpg
c0112559_08160538.jpg
c0112559_08162146.jpg
c0112559_08163707.jpg
c0112559_08165197.jpg
池を一周しました。
c0112559_08172180.jpg
玄関先で出会った前撮りのカップルです。
c0112559_08175274.jpg
ネットから。写真提供:福岡市



by gipsypapa | 2019-09-19 08:20 | | Trackback | Comments(2)

友泉亭公園(その2)

c0112559_08015177.jpg
友泉亭公園(ゆうせんていこうえん)は福岡藩第6代藩主・黒田継高(くろだ つぐたか)が江戸時代中期に別荘として建てた「友泉亭」とその周辺を、池泉廻遊式の日本庭園として整備したもの。

戦前には麻生家、安川家と並ぶ筑豊炭鉱王御三家の一つで、最大の算出量を誇った貝島家の貝島炭鉱創業者である貝島太助の三男、貝島健次の別荘として使われたところです。ネット情報では、貝島時代の1936(昭和11)年に庭園が完成したとあります。昭和56年に再整備して開園しました。福岡市指定名勝。

友泉亭公園
元黒田継高別荘 / 旧貝島健次別邸
1757(宝暦7)年 / 1936(昭和11)年 / 1956(昭和31)年
福岡市指定名勝
設計・施工・作庭 : 不明
福岡市城南区友泉亭1-46
撮影 : 2019.8.20
c0112559_08025052.jpg
外に出てマップの右側にある築山の周辺から散策しました。
c0112559_08032510.jpg
c0112559_08034289.jpg
c0112559_08035812.jpg
「如水庵」は福岡藩祖の黒田如水にちなんだ茶室です。黒田如水は大河ドラマの軍師官兵衛ですね。
c0112559_08050521.jpg
c0112559_08052478.jpg
藤棚があり、
c0112559_08055332.jpg
小川の両側に荒々しい石組み。
c0112559_08062917.jpg
c0112559_08065854.jpg

この上が水源です。
c0112559_08071485.jpg
c0112559_08073085.jpg
池の手前に滝。この庭園の見所の一つです。
c0112559_08080508.jpg
c0112559_08082523.jpg
c0112559_08084455.jpg
流れをたどって池のほとりに出ました。
c0112559_08091875.jpg
c0112559_08093721.jpg
次回は池を一周します。
c0112559_08101472.jpg
ネットから。写真提供:福岡市



by gipsypapa | 2019-09-18 08:13 | | Trackback | Comments(0)

友泉亭公園(その1)

c0112559_07494490.jpg
松風園を訪ねた次の日も公園を巡りました。友泉亭公園(ゆうせんていこうえん)は福岡藩第6代藩主・黒田継高(くろだ つぐたか)が江戸時代中期に別荘として建てた「友泉亭」とその周辺を、池泉廻遊式の日本庭園として整備したもの。

戦前には麻生家、安川家と並ぶ筑豊炭鉱王御三家の一つで、最大の算出量を誇った貝島家の貝島炭鉱創業者である貝島太助の三男、貝島健次の別荘として使われたところです。ネット情報では、貝島時代の1936(昭和11)年に庭園が完成したとあります。昭和56年に再整備して開園しました。福岡市指定名勝。

友泉亭公園
元黒田継高別荘 / 旧貝島健次別邸
1757(宝暦7)年 / 1936(昭和11)年 / 1956(昭和31)年
福岡市指定名勝
設計・施工・作庭 : 不明
福岡市城南区友泉亭1-46
撮影 : 2019.8.20
c0112559_07502746.jpg
c0112559_07504658.jpg
入り口です。この裏に受付があります。入園料は200円でした。
c0112559_07512940.jpg
c0112559_07514521.jpg
長いアプローチを進みます。
c0112559_07521670.jpg
左が玄関。
c0112559_07564226.jpg
「友泉亭」の揮毫は戦前に首相だった広田弘毅の筆だとか。私の通った高校の先輩です。東京裁判で有罪となり死刑になりました。城山三郎の『落日燃ゆ』の主人公です。その孫が高校時代の同窓生でした。
c0112559_07570344.jpg
玄関から左に進むと、大広間。
c0112559_07573943.jpg
池に面した17畳半の書院造りです。
c0112559_07581002.jpg
個人的な話ですが、私の祖父は貝島炭鉱の社長の執事だったので、この別邸に何度か来たかも知れません。
c0112559_07592558.jpg
今となっては、知る人もなく確認できません。
c0112559_08000306.jpg
大広間からの池の眺めが素晴らしい。
c0112559_08004136.jpg
c0112559_08005721.jpg
c0112559_08011306.jpg
c0112559_08012888.jpg
c0112559_08014448.jpg
池泉を一回りした後、再び大広間へ戻りました。
c0112559_08021511.jpg
c0112559_08022974.jpg
c0112559_08024359.jpg
さすがに暑かったので、頂いたのは冷抹茶。
c0112559_08033455.jpg
張り出しは月見台です。
c0112559_08041508.jpg
c0112559_08043463.jpg
月見台から。
c0112559_08050252.jpg
c0112559_08052208.jpg
大広間の隣の章山庵。8畳の茶室です。章山は黒田継高の法名だとか。
c0112559_08060183.jpg
c0112559_08061847.jpg
c0112559_08063495.jpg
次回は外に出て庭を散策します。
c0112559_08070636.jpg
ネットから。写真提供:福岡市



by gipsypapa | 2019-09-17 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(0)

福岡市文化交流公園 松風園(その2)

c0112559_08120251.jpg
松風園は、かつて福岡を代表するデパートだった「福岡玉屋」創業者の田中丸善八の邸宅「松風荘」と茶室「松風庵」の跡地に2007年にオープンした公園で、建てられた当時の日本庭園や茶室がそのまま残されています。庭に下りて散策しました。

福岡市文化交流公園 松風園
旧田中丸善八邸松風荘 / 松風庵
昭和初期
設計・施工 : 笛吹嘉一郎
福岡市中央区平尾3-28
撮影 : 2019.8.19
c0112559_08123595.jpg
ホールに戻って庭に出ます。
c0112559_08131149.jpg
c0112559_08134819.jpg
真ん中の石を富士山に見立てた野点広場。
c0112559_08141602.jpg
c0112559_08145330.jpg
野点広場。もう少しよいネイミングがありそうですが。
c0112559_08154394.jpg
松風庵の広間を望んでいます。
c0112559_08161432.jpg
c0112559_08163342.jpg
c0112559_08165219.jpg
c0112559_08170970.jpg
c0112559_08172781.jpg
c0112559_08174378.jpg
この向こうが茶庭。いわゆる露地庭です。
c0112559_08183560.jpg
c0112559_08185102.jpg
織部灯篭があります。
c0112559_08193078.jpg
c0112559_08194640.jpg
松風庵の小間。
c0112559_08201644.jpg
c0112559_08203369.jpg
c0112559_08205149.jpg
東の端にある腰掛け待合と・・・
c0112559_08213037.jpg
四阿(あずまや)です。
c0112559_08222514.jpg
c0112559_08224481.jpg
c0112559_08230498.jpg
野点広場に戻ったら、撮影隊がいました。
c0112559_08234454.jpg
結婚式披露宴の前撮りでしょう。実はこの翌日も別の庭でも前撮りの一行を見ました。
c0112559_08242388.jpg
きれいな新婦でした。お幸せに。
c0112559_08251116.jpg
ネットから。写真提供:福岡市。




by gipsypapa | 2019-09-14 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市文化交流公園 松風園(その1)

c0112559_08433442.jpg
松風園(しょうふうえん)は、かつて福岡を代表するデパートだった「福岡玉屋」創業者の田中丸善八の邸宅と茶室「松風荘」の跡地に、2007年にオープンした公園で、当時の日本庭園や茶室がそのまま活かされています。

松風園は茶室「松風庵」に和室(広間、小間)、本館の「松風荘」に和室(8畳)2間があります。京都の著名な数寄屋大工の笛吹嘉一郎によって建てられたそうです。

周囲は露地と野点広場、四阿(あずまや)が見所。庭園はツツジの植栽や大カエデなど、緑一杯の枯山水です。福岡市が整備して管理しています。

福岡市文化交流公園 松風園
旧田中丸善八邸松風荘 / 松風庵
昭和初期
設計・施工 : 笛吹嘉一郎
福岡市中央区平尾3-28
撮影 : 2019.8.19
c0112559_08443992.jpg
石垣の横にある入り口です。
c0112559_08453154.jpg
c0112559_08454708.jpg
石段を上りますが、入り口のすぐ横にエレベーターもありました。
c0112559_08464107.jpg
上りきった正面が受付。
c0112559_08471634.jpg
c0112559_08473135.jpg
入ったところがホールと呼ばれるところで、ここから庭園の野点広場を俯瞰できます。また庭に出るのもここから。
c0112559_08481139.jpg
c0112559_08484109.jpg
c0112559_08485823.jpg
c0112559_08491424.jpg
c0112559_08493653.jpg
c0112559_08495879.jpg
福岡市は生まれ育ったところ。今は様変わりしましたが玉屋デパートは中心地の一つの中洲川端にあった老舗百貨店。
c0112559_08510289.jpg
子供の頃の福岡には、大丸、岩田屋、玉屋という3大デパートと、井筒屋と渕上百貨店がありました。
c0112559_08530330.jpg
今も大丸、岩田屋は場所と形を変えてありますが、玉屋、井筒屋と渕上は市内にはありません。その代わり三越と阪急が進出しています。
c0112559_08534111.jpg
個人的ですが、実は松風園の住人、玉屋の社長だった田中丸氏の孫が中学校の同級生でした。
c0112559_08541317.jpg
ホールから靴を脱いで中へ。
c0112559_08544027.jpg
c0112559_08545193.jpg
茶室でよく見る下地窓。
c0112559_08551507.jpg
c0112559_08554015.jpg
庭を俯瞰できる松風庵の広間。
c0112559_08560648.jpg
c0112559_08562359.jpg
c0112559_08563856.jpg
c0112559_08565418.jpg
大カエデの緑が美しい。
c0112559_08572554.jpg
「イロハモミジ」といわれ、樹齢100余年だとか。
c0112559_08575839.jpg
c0112559_08581551.jpg
c0112559_08582944.jpg
次回は外に出て、庭を散策します。



by gipsypapa | 2019-09-13 09:02 | | Trackback | Comments(2)

福岡市のS家住宅

c0112559_06591227.jpg
今日から福岡編。まずは実家です。毎年、正月過ぎとお盆に帰省するのですが、今年は色々あってお盆だけにしました。しかしながら台風10号のために、予定していた日は新幹線が全面運休になり、ずらして帰ることに。そのため、今回はお盆の行事がなく、ゆっくり外出することができたのは幸運でした。

今年は新緑の季節になってから、庭を見に行く機会が増えました。その続きで、福岡でもいくつか見に行くつもりです。その前に、一応、我が実家にも小さな枯山水の庭があるので、アップします。この庭は私の祖父が昭和初期に家屋を建てたときに作ったものです。

S家住宅
1934(昭和9)年
設計 : 自家設計+大工棟梁
施工 : 大工棟梁
福岡市西区
撮影 : 2019.8.19&20
c0112559_07033861.jpg
アプローチのイヌマキ(犬槇)の生垣は鹿児島県の知覧武家屋敷で見たのと同じ。西日本では一般的です。
c0112559_07041438.jpg
玄関の前庭。
c0112559_07044986.jpg
竹垣の向こうに本庭があります。この竹垣はフェイクです。
c0112559_07051829.jpg
露地庭の飛び石。雑草を抜かないといけませんね。
c0112559_07082698.jpg
c0112559_07054996.jpg
c0112559_07091608.jpg
c0112559_07093582.jpg
c0112559_07095233.jpg
応接間の南側の枯山水の庭。祖父の時代に造園したものです。誰に頼んで造ったのか、今となってはわかりません。
c0112559_07102555.jpg
c0112559_07104268.jpg
c0112559_07105759.jpg
c0112559_07111257.jpg
c0112559_07112756.jpg
c0112559_07114485.jpg
c0112559_07120019.jpg
枯れ池側から。
c0112559_07123494.jpg
c0112559_07125322.jpg
屋内の写真は最近は撮ったことがなく、10年以上前のものです。一応、書院造り。
c0112559_07132481.jpg
c0112559_07133795.jpg
c0112559_07134930.jpg
c0112559_07140641.jpg
c0112559_07142430.jpg
波打ちガラス。何枚かは割れて、今のガラスに変っていますが、ほとんどは昔のまま。
c0112559_07163072.jpg
c0112559_07153114.jpg
枯山水の庭と反対の北側はまるで熱帯雨林。子供のころからありますが、ここまで繁殖してなかったような。
c0112559_07172566.jpg
c0112559_07180086.jpg
バショウ(芭蕉)です。ジャパニーズ バナナといわれますがバナナではありません。
c0112559_07182928.jpg
実がなっていますが、食べられません。
c0112559_07191905.jpg
この後、気になっていた福岡市内の庭園巡りをします。



by gipsypapa | 2019-09-10 07:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高槻城跡公園(その2)

c0112559_08575932.jpg
高槻城(たかつきじょう)の跡地に再現された石垣の前に広がる日本庭園。周辺には歴史民俗資料館などがあり、市民の森として親しまれています。前回アップした池泉回遊式の庭の周りに、いくつかの見所があり、枯山水の庭もあります。

高槻城跡公園
1956(昭和31)年
作庭 : 不明
大阪府高槻市城内町3
撮影 : 2019.8.8
c0112559_08583892.jpg
池の南に進むと石を配した枯山水の庭があります。
c0112559_08591438.jpg
玉石敷きで川を模っている枯流れ。井戸が上流にあるそうなので、もしかしたら、水が流れるときもあるかも。
c0112559_08595107.jpg
c0112559_09001131.jpg
枯山水の庭は池の東西と南側を取り巻くようになっています。
c0112559_09004576.jpg
c0112559_09010228.jpg
これと次の写真は、今年の正月に撮ったものです。
c0112559_09013406.jpg
冬は緑が少ないです。
c0112559_09022041.jpg
池の北側に立つのは、戦国時代末期に城主だった高山右近の像。キリシタン大名で最後はルソン島に流されました。
c0112559_09030038.jpg
北側の入り口近くにある旧工兵第四聯隊兵営跡の正門門柱と・・・
c0112559_09033861.jpg
歩哨舎。これらは以前アップしましたが、なにも変わっていませんでした。
c0112559_09044291.jpg
c0112559_09045980.jpg
c0112559_09051407.jpg
前を通り過ぎるだけで、まだ入ったことがない歴史民俗資料館。

次回から帰省のため福岡市へ。その後、再び大阪に戻ります。



by gipsypapa | 2019-09-09 09:07 | | Trackback | Comments(2)

高槻城跡公園(その1)

c0112559_12432739.jpg
高槻城(たかつきじょう)の跡地には、再現された石垣の前に広がる池泉回遊式の日本庭園があります。周辺には歴史民俗資料館などがあり、市民の憩いの場として親しまれています。

高槻城は、室町時代は入江氏の居城でしたが、織田信長に滅ぼされ、その後は和田惟政、次いで高山右近が城主となった城です。本格的な城塞が築かれたのは、天正元年(1573年)から。高山右近が町屋を城内に取り込んで堅固な城郭を築いたそうです。

その後、江戸時代初期の慶安 2(1649)年に永井直清が入城し、以後 13 代、幕末まで高槻藩 3 万 6 千石の譜代大名を勤めた、永井家の居城として受け継がれました。

しかし、大政奉還の後、明治7年(1874年)に廃城となり、そのときに石垣や木材は解体され、東海道線の敷設に使われたとか。現在の城跡公園は昭和和30年代に、市によって造成されたました。大阪府指定史跡。

高槻城跡公園
1956(昭和31)年
作庭 : 不明
大阪府高槻市城内町3
撮影 : 2019.8.8
c0112559_12441150.jpg
この日は猛暑日でしたが、ついでがあったので、阪急の高槻市駅へ。遠回りして、ここを訪ねました。しかし暑い。
c0112559_12444930.jpg
公園の北から入ると、かつて高槻城の本丸が建っていた場所に来ます。二の丸があった周辺が、城跡公園です。
c0112559_12454269.jpg
昭和時代に造られた日本庭園風の公園です。
c0112559_12461959.jpg
橋を中心とした池泉回遊の庭。
c0112559_12470425.jpg
c0112559_12473340.jpg
近場なので、何度も訪れていますが、真夏は初めて。
c0112559_12482189.jpg
c0112559_12484149.jpg
これだけ暑いとさすがに、人影は高台に少しの間、高校生の数人がいただけ。
c0112559_12491723.jpg
c0112559_12494274.jpg
ここが水源。周囲に山や川がないのでポンプで循環されているのでしょう。
c0112559_12572353.jpg
c0112559_12503297.jpg
c0112559_12505268.jpg
c0112559_12511433.jpg
c0112559_12513448.jpg
c0112559_12515178.jpg
池の周りを一周しました。
c0112559_12552735.jpg
これ以降の写真2枚は、今年の正月に初詣のときに立ち寄って撮ったもの。
c0112559_12561348.jpg
c0112559_12563032.jpg
やはり冬は寒々しい感じです。



by gipsypapa | 2019-09-08 13:01 | | Trackback | Comments(0)

柳谷観音 楊谷寺 奥之院参道(その1)

c0112559_07423200.jpg
京都府指定名勝の浄土苑が見所の境内ですが、紫陽花の寺といわれるように、斜面に紫陽花が植えられ、山全体が庭園のような雰囲気です。

このような山の斜面に沿って、高低がある境内は京都西山三山(光明寺・楊谷寺・善峯寺)に共通した風景です。奥之院から参道を下る途中の見所を2回に分けてアップします。

柳谷観音 立願山楊谷寺
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17

最初の写真は、奥之院の本堂から石段を降りた参道。裏から来たので、普通とは反対の道順でした。
c0112559_07501934.jpg
c0112559_07503697.jpg
奥之院の堂宇の横に小さな庭を発見。気づかないくらい小さな庭です。
c0112559_07510878.jpg
c0112559_07512383.jpg
涼しげな自然のせせらぎ。
c0112559_07515560.jpg
c0112559_07521014.jpg
向こうに見えているのは多宝塔。
c0112559_07524527.jpg
十三重石塔です。
c0112559_07543656.jpg
奥之院本堂の裏側にある「奥之院眼力稲荷」。右は愛染堂です。
c0112559_07553286.jpg
愛染堂には愛染明王が祀られ、男女和合・夫婦円満などにご利益があるとか。前にあるのは「あいりきさん」。石版を背負わされている天邪鬼ですが、小錦にしか見えません。
c0112559_07560623.jpg
と思ったら、ネットに反対側の写真があったので、借用します。顔は小錦じゃなかった。それにしても持ち物がご立派!
c0112559_07571583.jpg
奥之院前の石段を降りたところにある塔。
c0112559_07574998.jpg
不思議な形ですが、何でしょう?
c0112559_07583633.jpg
この小さな社は納骨堂と書いてあります。
c0112559_07590416.jpg
中を覗くと、向こうに石仏。
c0112559_08001094.jpg
社の横にも別の石仏。
c0112559_08004289.jpg
更に下って行くと、小さな池があります。
c0112559_08013237.jpg
モリアオガエルがいるようです。森青蛙と書くようですが、特に珍しくもないそうです。
c0112559_08021344.jpg
c0112559_08022961.jpg
c0112559_08024430.jpg
c0112559_08025936.jpg
c0112559_08031401.jpg
少し下がると紫陽花の道。植え替え中の表示。
c0112559_08035289.jpg
c0112559_08041298.jpg
石垣と紫陽花。
c0112559_08044947.jpg
c0112559_08051105.jpg
最盛期は過ぎていますが、まだ咲いています。
c0112559_08054211.jpg
c0112559_08055736.jpg
c0112559_08061662.jpg
c0112559_08063466.jpg
c0112559_08065642.jpg
c0112559_08071735.jpg
もう少し下ります。続きは次回に。



by gipsypapa | 2019-09-05 08:10 | | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 立願山楊谷寺(その4)上書院

c0112559_07365546.jpg
境内には京都府指定文化財の本堂や山門、庫裏、本堂などがあり、また江戸時代中期の作庭で京都府指定名勝の浄土苑があります。書院から上った山の斜面に建つ上書院。書院より新しい明治後期の築です。この日は月一回の縁日で特別公開されています。木造2階建て。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)上書院
明治時代後期
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
c0112559_07373361.jpg
書院の縁側から屋根付きの階段を上ります。
c0112559_07381616.jpg
c0112559_07383489.jpg
浄土苑の眺めは、前回の書院からが第一層、上書院の1階からが第二層になります。
c0112559_07391307.jpg
総ヒノキ造りの部屋です。
c0112559_07393888.jpg
c0112559_07395155.jpg
c0112559_07400904.jpg
c0112559_07402316.jpg
c0112559_07403958.jpg
c0112559_07405556.jpg
c0112559_07411003.jpg
引き出しがある階段で2階へ。
c0112559_07432636.jpg
書院から上った階段の屋根が見えています。
c0112559_07441174.jpg
2階書院の違い棚。
c0112559_07444575.jpg
ここからの浄土苑の眺めが第三層。
c0112559_07452042.jpg
c0112559_07453855.jpg
新緑も美しいですが、紅葉の季節は見事でしょう。
c0112559_07462002.jpg
とはいえ、そのころは紅葉を見るというより、人を見に来たようになりそうです。
c0112559_07465831.jpg
c0112559_07471889.jpg
浄土苑が眼下に。
c0112559_07475284.jpg
c0112559_07481069.jpg
映画『日本のいちばん長い日』のロケ地として使用されたことがきっかけで、一般公開するようになったとか。
c0112559_07491349.jpg
書院の屋根が見えています。



by gipsypapa | 2019-09-03 07:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)