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厳島神社末社豊国神社 五重塔

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千畳閣の隣に建つ五重塔は、室町時代中期の建立です。建築様式は「和様を基調とするが、四隅の軒の強い反り、柱の粽(ちまき)、尾垂木の先端を三角形状に削る点など、細部に禅宗様の要素がみられる。」とあります。禅宗様(ぜんしゅうよう)は唐様ともいわれ、当時の中国建築の様式を取り入れたものです。

総高29.3メートル(塔本体は27.6メートル)の鮮やかな朱塗りの五重塔。過去3回の改修が行われましたが、室町期の創建当初の姿を留めている数少ない建造物です。

ネット情報では、日本にある五重塔の数は現存するものの総数で「22基」と伝えられており、厳島神社の五重塔は22基の五重塔の内の7番目に古い歴史をもつそうで、国の重要文化財に指定されています。

豊国神社 五重塔
1407(応永14)年 / 1951(昭和36)年改修
重要文化財
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町1-1
撮影 : 2018.2.25
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向こうに見えるのは厳島神社多宝塔です。戦国時代の大永3年(1523)創建と伝えられます。国の重要文化財。

宮島の観光はこれで終わり。再びバスに乗って広島県へ移動します。

by gipsypapa | 2018-09-11 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

厳島神社末社豊国神社 千畳閣

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千畳閣(せんじょうかく)は嚴島神社末社豊国神社(とよくにじんじゃ)本殿の通称です。桃山時代の1587(天正15)年に、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のため毎月一度千部経を読誦するための大経堂をの建立を政僧として有名な安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)に命じたもの。

宮島では最も大きな建物で、畳857枚分の広さがあることから千畳閣と呼ばれてきました。秀吉の急死によって工事が中止されたため、御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成のままの状態で現在に至っています。

明治初年の神仏分離で本尊の釈迦如来座像は大願寺に遷され、嚴島神社の末社として豊臣秀吉霊神を祀る神社になりました。その後、大正7年(1918年)に宝山神社の祭神の加藤清正霊神を合祀しました。国の重要文化財に指定されています。

豊国神社本殿(千畳閣)
1587(天正15)年
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町1-1
撮影 : 2018.2.25
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最初の写真はウィキペディアから借用しています。これは厳島神社の参道から見たところ。
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厳島門前町を左折して路地を進むとトンネルの手前に
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石段があり、ここを登っていきます。
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大規模な経堂の割りに境内が狭いので全容を撮ることができません。
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参拝はここから。受付があり入館料は100円でした。
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方位盤が下がっていました。
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堂内には歌舞伎役者一行の名や川柳などが、いたるところに掲示されたりしています。
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これらは江戸時代に遺構らしく、当時はここが交流の場・納涼の場として人々に親しまれていたそうです。
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高台にあるのに吹きさらしです。
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造りかけで放置され、今まで誰も完成させようとは思わなかったわけです。
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主に江戸時代に掲げられたと思われる飾り物はいたるところに。
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豊国神社は豊臣秀吉公の死後に神として崇められるようになった際の神号(しんごう)「豊国大明神」に因んだものです。
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豊国神社はゆかりの各地にあります。徳川家康を祀る東照宮と同じ趣旨の神社ですね。
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宮島土産の大きなしゃもじ(杓文字)がいくつも飾ってありました。
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江戸時代に、近くにある光明院の僧、誓信が「厳島・弁財天」が手に持つ「琵琶(びわ)」と形状が似た「しゃもじ」を御山の神木で作り、それを宮島参拝のお土産として売り出すことを島民に薦めたことが始まりだとか
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厳島大明神の小さな社殿。
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千畳閣の名前の通りの空間。
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畳857枚分の広さだそうです。
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次は隣にある五重塔へ行きます。

by gipsypapa | 2018-09-10 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

亀居山 放光院大願寺

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厳島神社を出たところに山門が見えてきます。大願寺(だいがんじ)は高野山真言宗の寺院です。本尊は薬師如来で、山号は亀居山、院号は放光院。開基は不明で、鎌倉時代の建仁年間(1201~1203年)に了海(りょうかい)により再興されたと伝えられています。

大願寺は 室町時代は厳島神社の修理造営権を握っていて、建築に必要な鍛冶や番匠(大工)檜皮師などの職人団 を率いていたとかで、福岡の箱崎八幡宮や大分の宇佐八幡宮の修理造営もしたとか。幕末に勝海舟と桂小五郎が長州の乱終結の会談をしたのがこの大願寺でした。

現在、残っている建物は江戸時代、元禄時代に建立された山門と本堂のみです。当時はこの山門の周囲に多くの伽藍があったそうです。最初の写真はウィキペディアから借用しています。

亀居山 放光院大願寺
本堂、山門 : 元禄年間(1688―1704年)
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町3
撮影 : 2018.2.25
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山門。江戸時代にはこの山門の周りも塀でめぐらされていた大寺院だったとか。
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境内に池に囲まれた祠があります。
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弁財天の使いとされる厳島龍神が祀られています。
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九本松。明治時代に伊藤博文が何度も厳島を訪ね、その際に植えたそうです。ネットでは8本しかないとの書き込み。確かに。
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護摩堂。2006年に明治初頭の神仏分離令で損失した護摩堂を約140年ぶりに再建したもの。
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総白檀の厳島大仏(不動明王)が祀られています。
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元禄時代に建立された本堂。
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ここに祀られている厳島弁財天は、江ノ島、竹生島とともに日本三大弁財天といわれています。
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明治以降、全国の弁財天社の多くが厳島神社と名を改め、厳島神社を総本山としています。
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本堂前に鎮座。「なで仏」と書いてあります。
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by gipsypapa | 2018-09-09 08:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

嚴島神社

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宮島町の嚴島神社(いつくしまじんじゃ)は全国に約500社ある嚴島神社の総本社。ユネスコの世界文化遺産に登録されています。松島、天橋立とならぶ、日本三景の一つとして知られる景勝地です。トップ写真はウィキペディアから借用しています。

1400年の歴史を誇り、古代から、島そのものが自然崇拝の対象で、平安時代末期以降は厳島神社の影響力の強さや海上交通の拠点としての重要性からたびたび歴史の表舞台に登場しました。平家信仰で有名で、平清盛によって、現在の海上に建つ大規模な社殿が整備されました。社殿は寝殿造りを神社建築に応用したもので、。本殿・拝殿・回廊など6棟が国宝に、14棟が重要文化財に指定されています。

嚴島神社
平安時代 ~ 明治時代
ユネスコ世界文化遺産
国宝 / 重要文化財
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町1-1
撮影 : 2018.2.25
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門前町から参道を進むと石鳥居があります。1905(明治38)年に完成。山口県周防大島の石材が使われているとか。
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ツアーの集合写真を撮影するカメラマン。鹿と友達です。
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神社のシンボル大鳥居。沖合約200mに建っています。1875(明治8)年の再建で、平清盛から数えて8代目だとか。国の重要文化財。
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木造で両部鳥居(四脚鳥居)で、主柱は楠の自然木を用いています。海中に埋められているのではなく、鳥居自身の重さで海中の上に立っているそう。鳥居の上の部分(島木と笠木)には多数の頭大の石が敷き詰められており、強風にも耐えられる工夫がされているそうです。
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入り口手前に馬。もちろん本物ではありません。
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ツアーなので参拝料は払いませんでしたが、個人の場合は300円でした。
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摂社客神社祓殿で結婚式が行われていました。
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摂社客神社は、本社と同様に本殿・幣殿・拝殿・祓殿がありますが、規模は本社より小さい。

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一番古い社殿の一つで、鎌倉前期の1241(仁治2)年建立の国宝。
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東廻廊を通って本堂方面へ。後で出てくる西廻廊とともに桃山時代(1558-1615年)の国宝です。
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右に見えるのは先ほどの客神社。
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鏡池は伏流水の真水が湧き出ている所です。
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今は干潮ですが満潮時は海水で池になるそうです。
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中央の本社本殿です。1571(元亀2)に毛利元就によって改築されたもの。国宝。背後にあり見えないため、ネットから借用しています。
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拝殿は鎌倉前期の1241(仁治2)年建立の国宝。この奥に本殿と幣殿があるわけです。
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この辺は祓殿です。これも鎌倉前期の1241(仁治2)年建立の国宝。
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海側の高舞台。これも国宝ですが、現在の舞台は1546(天文15)年に、棚守房顕によって作られたものだとか。
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海側に突き出した平舞台。平安時代に設けられた国宝。
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西廻廊を通って西側へ。
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南側には摂社天神社本殿が見えます。室町後期の1556(弘治2)年建立の重要文化財。
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北側には国内で唯一の海に浮かぶ能舞台。
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現在の舞台と楽屋が建立されたのは藩主が浅野氏に代わった江戸時代の1680(延宝8)年です。国の重要文化財。
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反橋(そりばし)。重要な祭事に勅使がこの橋を渡って本社内に入ったことから勅使橋(ちょくしばし)とも呼ばれました。
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今は渡れません。
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by gipsypapa | 2018-09-07 09:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)

山陰山陽の旅ツアーで宮島(厳島)へ

2泊3日で山陰、山陽地方を巡るツアーに参加しました。新大阪から新幹線でJR福山まで移動、その後は観光バスで主に山口県と広島県を訪ねる旅です。個人的に山陽、山陰、特に山口県は通過することばかりで見てないところが多いのでした。まずは宮島に向かいました。ここも初めてです。

宮島は広島湾に浮かぶ小さな島で、日本三景の一つです。森林や古い神社仏閣で有名な観光地。一般には宮島の方が知られていますが、正式には厳島(いつくしま)です。
撮影 : 2018.2.25
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宮島へはフェリーで行く必要があります。JRと広電(路面電車)の宮島口駅の近くの宮島口フェリー乗り場から発着しています。
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ツアーなので払いませんでしたが料金は片道大人170円です。
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早くももみじ饅頭の店。これからあちこちで見ることになります。
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出航です。
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宮島が見えてきました。所要時間は10分。
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宮島フェリーターミナルへ到着。
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厳島神社へ向かう途中の道路に鹿が寝そべっていました。
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厳島門前町。土産物屋が並んでいます。
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さらに進むと両側に店が並び商店街のよう。
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宮島土産は杓文字(しゃもじ)と・・・
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これ。元祖だそうです。本当?
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「だいこん屋」という土産物屋の2階がツアー客の昼食場所です。
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この大広間で昼食。写真はネットから借用しています。
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ツアーのパンフでは「かき御膳」。その名前に期待していたのに・・・・何~!かきフライかい!!!
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観光の後は1階で再集合です。店内に鯉の写真が並んでいます。
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坪庭があり鯉が泳いでいます。なるほど。
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商店街を抜け、「もみじ饅頭」を背にして厳島神社へ向かいます。

by gipsypapa | 2018-09-05 09:04 | | Trackback | Comments(2)

光明山 法然寺

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万徳寺の東隣に法然寺があります。「しおまち商店街」の登阪さんに、画家の平山郁夫氏の菩提寺と伺っていた浄土宗の寺院です。開基は江戸時代初期の1607(慶長12)年、一道上人によるとか。見事な石垣の間の石段を登り三門を入ると、地蔵堂、鐘堂、本堂があり、本道の東に庫裏がつながっています。本堂と庫裏は当初からのもので、400年以上前に建立されたわけです。

光明山 法然寺
慶長年間(本堂・庫裏)
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田44
撮影 : 2017.02.14
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山門はいわゆる薬医門です。
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西側に万徳寺が見えます。一旦下がってから、上ってきましたが、同じ高さに建ち、間に墓地があります。
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本堂です。
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外観では400年以上前のものとは思えませんが、中に入ったら、やはり古いことがわかります。
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本堂の西側に建ち、花頭窓が左右にあるのは大師堂。熊谷直実による法然上人の像があるとか。これも古そうです。
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手前は鐘楼。
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写真を撮っていると、庫裏の玄関近くで女性に声をかけられました。
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住職さんが、最近お亡くなりになったようで、一人でお寺を守っていらっしゃるようでした。施主というんでしょうか。話をしている間に、お友達が私の家の近所にいらっしゃって、我が家の近くに何度か行ったことがあるとかで、話が弾んだのです。
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見て欲しいものがあるそう、中へ入れてもらうことに。
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入るとすぐ右に巨大な一枚板の書があり、これかなと思ったら違いました。
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正面のガラス戸が閉まっていたので気づきませんでした。
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暗かったけど、本堂を見せてもらいました。
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内部の柱や鴨居などを見ると、さすがに古さがわかります。
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庫裏から施主の方が来られて、見てほしいのはこれ、とガラス窓を開けると・・・
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中庭があり、こんもりとした木が真ん中にあります。
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これ、樹齢400年とも言われるツツジです。6月初めに満開して見事らしいです。
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平山郁夫氏の小さな絵があります。
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一つは自筆、もう一つはリトグラフと伺いましたが、どっちがどっちか忘れました。
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思いがけなく庫裏の中も案内していただきました。庫裏の最初の部屋。
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中間の部屋。
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奥が床の間です。巨大な一枚板の見事なテーブルがあります。
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虎のカーペットにびっくり。
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見事な襖絵なので、じっくり見せてもらいました。
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画家の名前も伺ったのですが、忘れてしまいました。(恥)
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昭和の画家であるのは間違いないです。
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ストリートビューです。

by gipsypapa | 2017-10-25 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(5)

法恩山 万徳寺

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生口神社をさらに下ると浄土真宗本願寺派の寺院、万徳寺があります。掲示板によると、1521年の開創で、当初は臨済宗仏通寺派の十王堂だったとか。1597年に十王堂を中興し、臨済宗から浄土真宗に改宗したとあります。最初の写真は向こうから客殿、本堂、鐘楼です。

法恩山 万徳寺
本堂 1854(安政元)年
鐘楼 1745(延享2)年
山門 1901(明治34)年
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田50
撮影 : 2017.02.14
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客殿。築年のデータが見当たらないので、新しいと思われます。
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本堂はけやき造りで、江戸末期の安政元年に再建された建物です。
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鐘楼はさらに古く150年以上前の江戸時代中期に建立。
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山門(三門)は明治後期創建の総けやき造り四脚門で、彫刻は一華園永治という尾道の彫工によるものだそうです。
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山門を下ると神社があります。
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神社の名前が見当たりませんでした。万徳寺のいわゆる、鎮守社でしょうか。
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鳥居には文化8年正月吉日の刻印。1825年、江戸時代末期です。
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by gipsypapa | 2017-10-24 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瀬戸田の生口神社

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向上寺から坂を下ると、斜面に建つ生口神社(いぐちじんじゃ)の小さな本殿があります。須佐之男神(すさのおのかみ)と櫛稲田比売命(くしなだひめのみこと)がご祭神です。ネット情報では、古い史誌には生口島総鎮守祇園社とあり、永禄十二年(1569)に祇園社が勧請されたとか。生口神社と改称したのは明治2年です。現在の社屋も古そうですが、詳細は分かりませんでした。

生口神社
詳細不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田160
撮影 : 2017.02.14
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向上寺から石段を下ると・・・
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すぐに小さな社が見えてきます。
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斜面に建つので、階段廊下で拝殿と本殿がつながるユニークな形です。
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一段下に拝殿があります。
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石灯篭には・・・
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慶応三年の刻印。
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玉乗り狛獅子は新しそうです。
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by gipsypapa | 2017-10-23 09:04 | 建築 | Trackback | Comments(0)

潮音山 口上寺

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瀬戸田の二日目は、北側の寺社を回りました。まず最初は、生口島にある唯一の国宝建造物です。室町時代中期の永享4年、つまり585年前に建立された貴重な遺構。和と唐の混合様式で、朱色などの極彩色が鮮やか。禅宗寺院の塔婆として貴重な遺構であり、室町初期の建造物でも美しく優れているものの一つといわれています。国宝の三間三重塔婆。

潮音山 口上寺三重塔
1432( 永享4)年
国宝
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田57
撮影 : 2017.02.14
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最初に口上寺のある一番高いところまで登り、下りながら寺社を巡る行程です。
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「しおまち商店街」は山間の谷間みたいなもの。向こう側に耕三寺の伽藍群と・・・
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未来心の丘が向こう側に見えています。
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上りついた高台の下に三重塔が見えました。
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高さは19メートルだとか。
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585年前の建立。そこまで古いように見えないのは、鮮やかな彩色がよく維持されているからでしょうか。
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瓦は当然ながら新しいです。
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さらに下ってきました。
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下がったところに口上寺の新しい本堂があります。
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この掲示板を見ると本堂が再建されたのは、2003(平成5)年か。
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この角度からも三重塔が見えています。
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本堂から下がったところにある小さな社。鎮守社かもしれません。
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また下がったところに小さな山門があります。
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古そうですが、詳細は分かりません。
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山門をくぐると左に鳥居と石積みがあります。鳥居は先ほどの鎮守社のものでしょう。
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逆に下ってきたわけですが、ここを上っていくのが本来の参道みたいです。

by gipsypapa | 2017-10-22 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(0)

しおまち商店街 汐待亭

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登阪呉服店のオーナーから、この先に古い民家で郵便局だった建物があると聞いていましたが、初日は閉まっていました。翌日は北側の山にある寺社をいくつか散策して、帰りに、ここで一休みすることにしました。自転車カフェ&バー「汐待亭(しおまちてい)」は、江戸時代に庄屋、その後料亭や旅館として使われ、近年は郵便局だった建物です。

現在、生口島は「しまなみ街道」からのサイクリングが盛んなところで、自転車カフェ&バーという名前になっています。 11時~16時はランチとカフェタイム、19時からはバーになります。また、自転車整備士による整備やスポーツ自転車やパーツの販売、レンタサイクルもやっているそうです。町家造りの木造2階建て。

自転車カフェ&バー 汐待亭
江戸末期 / 1870(明治3)年 改修
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田425
撮影 : 2017.02.14
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昨日は午後4時過ぎだったので閉まっていたのでした。今日は開いています。
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町家なので入ったら吹き抜け。背後に天井が低い2階があるようです。近代まで郵便局の窓口だったところです。
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お茶をいただきながら、お店の若い奥さまに色々教えてもらいました。
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何代か前のおばあ様が、この庄屋の家に嫁いで来たときに乗ってきたという、籠が天井に飾ってあります。
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カフェやバーになるのは、奥のお座敷。
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江戸末期に建てられ、明治3年に改修したという軒札が残っているそうです。
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音楽ライブイベントも開催するとかで、楽器が置いてあります。琴も。
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欄間やガラス戸の意匠は上質です。
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当時、地元の名士だったことを思わせます。
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by gipsypapa | 2017-10-21 08:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)