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中尊寺の伽藍(その2)

中尊寺の最後です。月見坂と呼ばれる参道を登った丘の上に諸堂が点在しています。

開山 中尊寺
岩手県西磐井郡平泉町平泉字衣関202地内
撮影 : 2017.10.1

鐘楼
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中尊寺の鐘楼には、1343(康永2)年に、金色堂別当頼栄の発願によって鋳造された盤渉調(ばんしきちょう)の梵鐘が納められているそうですが、建物の建立年代はわかりませんでした。鐘の損傷があり、今は鐘を撞くことはありません。 

鐘楼
詳細不明
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大日堂
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大日堂は大日如来を本尊として祀っています。中央に金色の「金剛界大日如来像」が安置されています。

大日堂
詳細不明
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大日如来像のしゃしっはネットから借用しています。

峯薬師堂
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中尊寺本堂の横にある、目にご利益があるとされるお堂です。御本尊は薬師如来像、お堂は昭和57年に改築されました。

峯薬師堂
1982(昭和57)年
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写真はネットから借用しました。
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弁慶堂
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弁慶堂は中尊寺の参道沿いの小高いところにある建物です。案内板では「この堂は通称弁慶堂という文政9年(1826)の再建である。藤原時代五方鎮守のため火伏の神として本尊勝軍地蔵菩薩を祀り愛宕宮と称した傍らに義経公と弁慶の木像を安置す。弁慶像は文治5年(1189)4月高館落城と共に主君のため最期まで奮戦し衣川中の瀬に立往生悲憤の姿なり更に宝物を陳列国宝の磬及安宅の関勧進帳に義経主従が背負った笈がある代表的鎌倉彫である。」とあります。

弁慶堂
旧愛宕堂
1826(文政9)年
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これ以降はネットの写真を借用しています。
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中尊寺を出て、ツアーバスは宮城県に向かいます。

by gipsypapa | 2018-06-12 09:52 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中尊寺の伽藍(その1)

中尊寺には月見坂と呼ばれる参道を登った丘の上に諸堂が点在しています。それらを2回に分けて紹介します。

開山 中尊寺
岩手県西磐井郡平泉町平泉字衣関202地内
撮影 : 2017.10.1

弁財天堂
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弁財天堂は金色堂の階段を下った向い側に位置しています。水の女神といわれる弁財天を祀っている社にふさわしく、池で囲まれた小島の上に建ち、湿気を防ぐ高床式です。江戸時代中期の再建の寄棟、茅葺き。外壁は真壁造り板張りで高床式の高欄付きです。

弁財天堂
1716(正徳6)年
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内部写真がネットにありましたので借用しています。
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讃衡蔵
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讃衡蔵(さんこうぞう)は 中尊寺ほか山内寺院の文化財を収蔵し展示する施設です。もと本坊にあった本尊の木造阿弥陀如来坐像、峯薬師堂にあった木造薬師如来坐像、閼伽堂にあった木造薬師如来坐像の3体の重要文化財をはじめ、多くの文化財を収蔵展示しています。

讃衡蔵
2000(平成12)年
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内部は撮影禁止でしたが、ネットに重文3像の写真がありました。

阿弥陀堂
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弁才天堂の隣、木々の中に建っています。これも江戸時代中期の再建で、本尊は阿弥陀如来。蔵王権現を合祀し、歓喜天(秘仏)や大黒天も安置されているそうです。

阿弥陀堂
1715(正徳5)年
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釈迦堂
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これも江戸時代中期の建立で、平安末期作といわれている本尊釈迦三尊像を安置しているそうです。経年のため、痛みが進んでいるとかで、扉は閉まっていました。

釈迦堂
1719(享保4)年
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次回は残りをアップします。
by gipsypapa | 2018-06-11 10:08 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大長寿院 西谷坊

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大長寿院は中尊寺の塔頭(たっちゅう)の一つで、西谷坊とも呼ばれています。平安時代の850(嘉祥3)年に円仁の孫弟子釈円教が創建したとも、藤原清衡が1107(嘉承2)年に創建した阿弥陀堂が始まりとかの記事があり、どちらが正解かは分かりませんでした。

現在の本堂は、1863年(文久3年)の再建だそうです。なお、この西谷坊はなんと「はりきゅう治療室」を営業しているらしいです。木造平屋建て。

大長寿院 西谷坊
1863(文久3)年
設計・施工 : 不明
岩手県西磐井郡平泉町平泉字衣関82
撮影 : 2017.10.1
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雰囲気のある山門。

by gipsypapa | 2018-06-10 09:03 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中尊寺 経蔵

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金色堂の近くにある経蔵。中尊寺経(国宝)を納めるために建立された堂で鎌倉時代末期の建物ですが、一部には平安時代の古材が使用されているそうです。国の重要文化財の木造平屋建て。

経蔵
1122(保安3)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
撮影 : 2017.10.1
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黄金の「獅子に乗った文殊菩薩像」が見えます。
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レプリカでしょう。本物は讃衡蔵に移されたようです。
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by gipsypapa | 2018-06-08 09:03 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中尊寺 白山神社能舞台

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中尊寺境内の北側にある白山神社は中尊寺の鎮守の一つです。神社の拝殿の手前にある白山神社能舞台は,江戸時代末期の嘉永年代に焼失したため、伊達藩主、伊達慶邦公によって寄進、再建したもの。

東西に長い入母屋造りで茅葺き。西側は舞台,東半分は楽屋になっています。正統かつ本格的な規模と形式の舞台とだけではなく、様々な舞台付属の要素を完備していて、近世能舞台遺構としては東日本唯一だとか。日本の芸能史上貴重な遺構として、国の重要文化財に指定されている、木造平屋建て。

白山神社能舞台
1853(嘉永6)年
設計・施工 : 不明
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関173
撮影 : 2017.10.1
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中尊寺境内の北の奥にあります。赤い鳥居も能舞台とともに伊達藩主から寄進されたものです。
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能舞台のさらに奥にある拝殿は新しいのでしょうか。データが見つかりません。
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それなりに古そうに見えます。
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大型の能舞台。中尊寺では「能楽堂」と呼ぶようです。
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吹きさらしで何の保護もされていません。
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確かに野外能楽堂なんですが。
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舞台背景の松の絵が色あせています。これでいいのでしょうか、心配になります。
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by gipsypapa | 2018-06-07 09:24 | 建築 | Trackback | Comments(4)

中尊寺金色堂

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中尊寺といえば最も有名なのが金色堂(こんじきどう)でしょう。平安時代後期建立の仏堂いわゆる阿弥陀堂です。宇治の平等院鳳凰堂と共に藤原氏ゆかりの浄土教建築の代表例であり、当時の技術を集約した名建築として国宝に指定されています。

岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
撮影 : 2017.10.1

中尊寺金色堂新覆堂
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見えてきたのは金色堂を保護するための囲んでいる覆堂です。昭和39年に建てられた鉄筋コンクリート造りで現代の寺院建築を多く手がけている大岡實建築研究所の設計です。

中尊寺金色堂新覆堂
1964(昭和39)年
設計 : 大岡實建築研究所、松浦弘二(助手)、山下設計(構造)
施工 : 松井建設
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これ以降の2枚は大岡實建築研究所のHPにあった写真を借用しています。
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中尊寺金色堂
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覆堂の中に納まっている金色堂は平安時代に建立された堂です。その名のとおり内外が絢爛豪華な総金箔張りで、扉、壁、軒から縁や床面に至るまで漆塗りの上に金箔を貼って仕上げられ、美しい螺鈿細工が散りばめられています。堂内には藤原四代のミイラと副葬品が納められています。国宝に指定された木造平屋建て。

中尊寺金色堂
1124(天治元)年
国宝
設計・施工 : 不明
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覆堂内部は撮影禁止です。禁止といいながらネットに写真があるのですね。金色堂の写真はすべてネットから借用しました。
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この辺は絵葉書みたいです。


中尊寺金色堂旧覆堂
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新覆堂が出来るまでの約500年間、金色堂を風雨から守ってきた堂で、金色堂自体は1964年に100メートルほど北西の現在地にある新覆堂の中に移築されました。国の重要文化財の木造平屋建て。

中尊寺金色堂旧覆堂
室町時代中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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覆堂(ふくどう)は、貴重な文化財や史跡等を風雨から保護するために、それらを覆うように建設された簡易な建築物です。
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鞘堂(さやどう)、覆屋(おおいや)とも呼ばれます。
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文化財を保護するための覆堂自体が文化財になった数少ない例です。
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ネットに図面がありました。
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金色堂が内蔵されています。

by gipsypapa | 2018-06-06 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(3)

開山 中尊寺

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ツアー3日目の午前中に中尊寺へ到着。中尊寺は950(嘉祥3)年に、比叡山延暦寺の高僧慈覚大師円仁(じかくだいしえんにん)によって開かれた天台宗の寺院。 その後、12世紀の初めに奥州藤原氏の初代清衡公によって大規模な堂塔の造営が行われました。

奥州藤原氏三代ゆかりの寺として有名で、3000点以上の国宝や重要文化財など平安時代の美術、工芸、建築の文化財があります。境内は「中尊寺境内」として国の特別史跡に指定されているほか2011(平成23)には「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」の構成資産の一つとして世界遺産に登録されました。

開山 中尊寺
世界遺産
史跡名勝天然記念物
岩手県西磐井郡平泉町平泉衣関202
撮影 : 2017.10.1
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月見坂と呼ばれる緩やかな参道を登った丘の上に諸堂が点在しています。
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ここ平泉は奥州藤原氏が二度にわたり源義経をかくまっています。
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義経・弁慶終焉の地としても知られていますね。
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松尾芭蕉は平泉で「夏草や 兵どもが 夢の跡」と「五月雨の 降り残してや 光堂」の2句を残したそうです。
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本堂
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月見坂を登った右手の中尊寺本坊内に本堂があります。明治末期の建立です。本尊は丈六釈迦如来坐像。

本堂
1909(明治42)年
設計・施工 : 不明
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表門はいわゆる山門です。一関藩主「伊達兵部宗勝」の居城であった一関城から1659(万治2)年に移築されたそうです。
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普通の寺院の山門と形が違うのは、武家屋敷の薬医門だから。
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本堂は中尊寺にある他の建物より新しい明治末期の建立。
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境内には他にも見所が一杯ですが、それらは徐々に。

by gipsypapa | 2018-06-05 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(4)

雫石高倉温泉に1泊

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角館からさらに北へ。相変わらず低い雲。
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夕暮れに岩手県に入りました。
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この日の宿は雫石高倉温泉にあるプリンスホテルです。

雫石プリンスホテル
岩手県岩手郡雫石町高倉温泉
撮影 : 2017.9.30 & 10.1
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ホテルは高倉山の麓の高台にあります。
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東北なのに西武ライオンズのポスターが貼ってありました。プリンスホテルはまだ関係があるんでしょうかね。個人的にライオンズファンなのでうれしいのですが「鋼鉄の中継ぎ陣」?Lの生命線なのは間違いないですが、実際はそこが長年のウィークポイントなのです。
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翌朝は濃い霧の中を出発。
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近くにゴルフ場やスキー場があるそうです。
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中尊寺に向かっています。

by gipsypapa | 2018-06-04 08:44 | | Trackback(1) | Comments(6)