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国定公園 秋吉台

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島根県の津和野町から再び山口県に戻りました。秋吉台(あきよしだい)は、山口県のほぼ中央に広がる日本最大のカルスト台地です。地表には無数の石灰岩柱がお墓のように並ぶ奇景が有名な観光スポットです。

石灰岩の節理や断層に沿って溶食が進んで溝が刻まれ、岩柱が林立している地形で、地下には秋芳洞だけでなく、大正洞、景清穴、中尾洞など、大小400を超える鍾乳洞があるそうです。

ネット情報では、約3億5千万年前の古生代石炭紀に、いくつもの海底火山が噴火し、海面近くの頂上に珊瑚礁が形成されたとか。これらの珊瑚礁群は秋吉台をはじめとし、帝釈台、阿哲台、平尾台など西南日本内帯のカルスト台地のもととなったとあります。国の特別天然記念物に指定されている国定公園です。

国定公園 秋吉台
特別天然記念物
山口県美祢市秋芳町秋吉台山
撮影 : 2018.2.26
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バスの車窓から。
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厚東川によって東西二つの台地に分けられ、東側地域が狭義の秋吉台(特別天然記念物、国定公園)だそうです。
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秋吉台カルスト展望台。
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2階展望部は円形で、360度の大パノラマを見ることができます。
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台湾の野柳地質公園と姉妹公園なんですね。奇岩が並ぶのには共通点がありますが、向こうは海の浸食で出来たものです。
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秋芳洞へ通じる土産物屋の通りにあるオブジェ。この地域に伝わる「禅師河童」の像です。
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色々な食事処や土産物屋が並んでいます。
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これから秋芳洞へ向かいます。



by gipsypapa | 2018-09-18 08:28 | | Trackback | Comments(1)

角島大橋と角島灯台

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角島(つのしま)は、山口県下関市豊北町大字角島の日本海(響灘)上にある島で、山口県の北西端にあり北長門海岸国定公園に含まれます。

角島大橋は2000(平成12)年に開通した橋で、1789メートルの長さがあり、離島へ架けられた一般道路橋としては群を抜く長さで沖縄県の古宇利大橋に次ぎ全国第2位だとか。周囲の景観に配慮した構造が自然景観保護の観点から評価され、2003年に「土木学会デザイン賞2003」の優秀賞を受賞しました。

エメラルドグリーンの海をまたぎ、景観と調和した雄姿は、西長門海岸地域随一の景勝地として、山口県の新たな観光スポットになっています。

角島大橋
2000(平成12)年
設計 : 八千代エンジニアリング
施工 : 大林組、オリエンタル建設
山口県下関市豊北町大字神田~角島
撮影 : 2018.2.26
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高台から。
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駐車場の近くにある貝の形のモニュメント。
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土産物屋が1軒。
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バスで橋を渡ります。
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この日は波があるので、エメラルドグリーンまでには行きません。
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途中にある小さな「鳩島」。
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角島に到着。水仙の島でした。

角島灯台
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角島灯台が見えてきました。1876(明治9)年に初点灯。高さは43mです。多くの灯台を設計した英国人、リチャード・ヘンリー・ブラントンによる、日本海側では初の洋式灯台です。プラトン設計の灯台や付帯設備は、このブログで旧鍋島燈台退息所旧江埼燈台退息所菅島灯台付属官舎犬吠埼灯台大瀬埼灯台を紹介済みです。

角島灯台
1876(明治9)年
下関市指定有形文化財
土木学会選奨土木遺産
設計 : R・H・ブラントン
施工 : 不明
山口県下関市豊北町大字角島2343-2
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残念ながらバスは一回りしただけで、下車して見ることが出来ませんでした。
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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条件がよければこんなに美しいエメラルドグリーンなのですね。


by gipsypapa | 2018-09-14 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

元乃隅稲成神社と龍宮の潮吹き

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ツアーの2日目です。この日は盛りだくさん。まずは日本海側に移動しました。元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)は、長門市油谷津黄にある神社です。

比較的新しく建立された神社で、地元の網元であった岡村斉の枕元に白狐が現れ「吾をこの地に鎮祭せよ。」というお告げがあったことを元に、太皷谷稲成神社(島根県津和野町)から分霊されたとのこと。

123基の朱色の鳥居が約100メートル並ぶ景観が印象的で、アメリカのニュース専門放送局CNNが平成27年3月に発表した「日本の最も美しい場所31選」に選ばれたことから注目されたらしいです。

2016(平成28)年の産経ニュースでは「平成25年に年間2万人だった参拝客は、26年に3万人、CNNで取り上げられた27年は7万5千人、そして今年は30万人まで伸びる見通しだ。」とあり、近年はこの地域のツアーでは必ず訪れる、山口県有数の観光スポットになりました。

元乃隅稲成神社
1955(昭和30)年
山口県長門市油谷津黄498
撮影 : 2018.2.26
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駐車場は神社本殿の近くの高台にあります。
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日本には約4万社の「稲荷神社」がありますが、「稲成」という漢字が使われているのは少ないそうです。
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太皷谷稲成神社から分霊されたため、ここは「稲成」です。
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一旦下りて、下側から登ることにしました。
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大きな鳥居をくぐります。
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昭和62年から10年間かけて奉納されたそうです。
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既に隙間なく立っています。これ以上は無理。
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全部の鳥居に奉納者の名前が書かれています。
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海際は切り立った崖です。右上に本殿の鳥居が見えます。
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高台の本殿前に到着。
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神社高台に建つ大鳥居の上には賽銭箱があり、下から賽銭箱にお金を投げ入れると願いが叶うとか。
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近くにある小さな祠。
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神社の下から海を見下ろした先に「津黄龍宮の潮吹き」があります。
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断崖下の海蝕洞に荒波が打ち付け、海水が中の空気と一緒に吹き上がる現象が見られる場所。
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肉眼では何度か見ることが出来ましたが、撮影には失敗この方向からは無理でした。
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ということで、これ以下はネットの写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2018-09-13 07:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長門湯本温泉に1泊

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宮島を観光した後は広島県を西へ向かい、山口県へ。さらに北上して日本海側へ向かうバスの長旅でした。この日の宿は長門湯本温泉 山村別館でした。湯本温泉は音信川(おとずれがわ)沿いに広がる温泉街で、大規模な温泉旅館が林立し、山口市の湯田温泉と並ぶ、山口県での団体観光客の主要な宿泊地になっています。

長門湯本温泉 山村別館
山口県長門市深川湯本字川尻533-1
撮影 : 2018.2.15 & 16
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ここが宿泊地だった主な理由は、翌朝訪れる元乃隅稲成神社から14kmと近いため。
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夕食はアワビの踊り焼き付き和会席。満足でした。
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長門湯本温泉といえば安部首相がロシアのプーチン大統領を招待した大谷山荘で有名。
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残念ながら知らずに通り過ぎたようで、見逃してしまいましたた。ということで、これ以降はネットの写真を借用します。

長門湯本温泉 大谷山荘
山口県長門市深川湯本2208
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さすが超高級旅館です。

by gipsypapa | 2018-09-12 08:46 | | Trackback | Comments(2)

下関市唐戸地区の観光

門司港に渡る前に、せっかくですから、建物巡りをお休みして、下関の唐戸周辺の観光スポットを紹介します。

撮影 : 2008.5.1-5.2
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 「赤間神宮」
 関門海峡を見下ろす高台にある赤間神宮は観光の名所。壇ノ浦の戦で幼くして亡くなった安徳天皇を祀る神社。平家一門を祀る塚があることでも有名で、「耳なし芳一」の舞台にもなっています。
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 赤間神宮の石段を下って、山陽道を渡った、海側の波打ち際に石灯篭が立っています。
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 平家の大将、平知盛が背負って幼帝安徳天皇のお供をして入水したことにちなむ海峡守護の「碇」。もちろん碇は現代のものです。
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 同じ場所から左に関門橋が見えます。
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 「唐戸市場」
 海産物の卸売市場として有名。朝早く出かけると新鮮な魚を安く買うことができます。市場内に寿司屋さんがあるとのことで、昼食時に出かけましたが、何軒かあるお店は店の外まで長い行列。ゴールデンウィーク中とはいえ、すごい人出。人気のスポットなのです。
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 待つのは嫌いなので、西側のカモンワーフという、土産物や飲食店街が入っているモールへ移動。ここもかなりの人が列を作っていましたが、大きな回転寿司の店へ。回転寿司なので回転がよく(笑)、しばらく待ったら席に着くことができました。魚介類はさすがに新鮮でおいしかったです。
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 下関といえばフグ。ここでは「ふぐ」は「ふく」つまり幸福の「ふく」なのです。
 まずは、ふくの料理旅館・春帆楼にある「ふくの像」
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 関門海峡を少し見下ろす亀山八幡宮の境内には巨大な「ふくの像」。八幡宮を見上げる山陽道からは「世界一のふくの像 下関ふく連盟」と書いた大きな横断幕が見えて像とともに笑ってしまいそう。しかし「ふくの像」は食べられるふくの供養のために造られたもので、人間の勝手な「業」ですね。
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 マンホールも御覧のように。下関はやっぱり「ふくの街」を実感。
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 ということで、夕食はふくしかない。カモンワーフのふく料理店でミニ会席。ひれ酒も飲んだし、安くて満足しました。
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 今回、唯一の建物紹介。
 関門海峡・ウォーター フロントの一環として、6年前に誕生した商業施設「下関カモンワーフ」のある唐戸地区は下関の主要観光地になっています。その前の船着き場のある湾(「あるかぽーと」というらしいです)の防波堤に建つ灯台。
 赤は下関外浜町防波堤灯台 1913(大正2)年 / 2000(平成12)年改築。
白は下関市あるかぽーと東防波堤灯台(下関外浜町西防波堤)で、こちらは最近設置されたものです。
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 カモンワーフの夕暮れ。
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 湾の向こうに見えるのは、しものせき水族館「海響館」。
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  一夜明けて、この関門連絡船で門司へ。1時間に3便あるので思ったより便利。運賃は390円でした。所要時間はなんと5分とすぐです。

 では、次回から対岸の門司をやります。
by gipsypapa | 2008-09-10 13:47 | | Trackback | Comments(4)

旧下関国鉄ビル(旧山陽ホテル)

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 下関シリーズの最後になります。ここも廃墟化の心配がある建物。

 戦前、朝鮮半島の釜山と下関を結んだ関釜連絡船や鉄道の旧下関駅を乗り降りする人達の宿泊施設として利用されていた山陽ホテル。明治時代にあった木造2階建が1922年(大正11年)に焼失、その後再建されたのがこの建物です。皇族や政府高官が利用したという、西日本でもひときわ格調の高いホテルであったということです。

 1942(昭和17)年、関門鉄道トンネルが開通してホテルの前にあった下関駅が西の竹崎町へ移ったことや、太平洋戦争の戦況が悪化し、大陸渡航者も減少したことの影響を受けて、ホテルとしての営業を停止。その後、建物は貸事務所に改造され、名を下関国鉄ビルになりました。

 設計は辰野葛西建築事務所。外観は煉瓦タイル貼りで、セセッションを基調とした近代的な設計です。鉄道会社らしい鉄骨装飾を持つ、車寄せ上屋が面白い。鉄筋コンクリート造り3階建て、地下1階。

旧下関国鉄ビル
旧山陽ホテル 1923(大正12)年
設計 : 辰野葛西建築事務所
施工 : 不明
下関市細江町3-2-7
撮影 : 2008.5.2
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 大型のビルですが、すでに古典主義ではなく近代的で、あまり特徴はありません。辰野葛西建築事務所の設計ですが、辰野金吾は1919年に他界してこの建築には関与していません。
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 1階にはアーチ窓が並びます。煉瓦積みのようなアーチ周りの仕上げ。
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 目を引く鉄骨の車寄せ上屋。しかし鉄骨は錆びています。
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 中はここも空き家です。ネットの記事↓
2003年の耐震検査で老朽化による危険が指摘され、翌年に店子の広成建設山口支店が退去して、以降は空き家になっている。地元自治会や文化団体などが「旧山陽ホテル保存推進会」を結成して保存を呼びかけ、当面の解体撤去は免れたが、下関市は財政事情が厳しいとして保存活用には及び腰だ。
 ここも存続が危ぶまれます。
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by gipsypapa | 2008-09-09 15:51 | 建築 | Trackback | Comments(8)

下関市庁舎第一別館

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 唐戸西之端町大通を旧ロダン美容室から元商工会議所のあった空き地を挟んで西に移動したところにある、大正時代の電話局舎。当時の逓信省営繕課には分離派で有名な山田守らがいて、この建物も装飾性と機能性を追求した「分離派」と呼ばれる建築様式です。

 外壁はモルタル階段仕上げ、フルーティング(縦溝彫り)のある円柱、3階の半円アーチ窓、階段室最上部の放物線のアーチが印象的な大正後期近代建築の名作。

 9年前に一時解体が決まっていたそうですが、市民の熱心な要望活動が実を結んで保存が決定。「今後の再活用が検討されている。」らしいのですが、現実には、建物右半分はネットが張ってあり、中は空き家の状態でした。下関市指定有形文化財に指定され、建物名が下関市庁舎第一別館となっていますので、市の資産になっているのでしょう。鉄筋コンクリート造と煉瓦造の3階建て。

下関市庁舎第一別館
旧下関郵便局電話課分室 1923(大正12)年
下関市指定有形文化財
設計 : 逓信省営繕課
施工 : 不明
下関市田中町5-7
撮影 : 2008.5.1
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 フルーティングの円柱が並び、シンメトリーではなく3階部分を西の端に置いた設計。古典主義とは明らかに違います。タイルで縁取りをした3階の半円アーチが印象的。
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 円柱の近接写真と木枠の窓。窓は傷みが目立ちました。
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 西側に田中川という小川が流れています。川越しに西面を見ると階段室があり、最上部は不思議な形のパラボラアーチ。
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 北側の裏へまわって階段室を。
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 ガラス越しに中を見たら、やはりもぬけの殻です。
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 今後はどうなるのか。地方自治体の財政問題がクローズアップされている折、活用のための改修費を予算化するのも大変でしょう。保存が決まってもうすぐ10年。見通しは明るいとは言えない気がします。
by gipsypapa | 2008-09-08 13:53 | 建築 | Trackback | Comments(4)

下関の旧ロダン美容室

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 今回の下関で期待していた建物の一つ。唐戸西之端町大通は、かつてのメインストリートだったところで、西側に商業会議所と旧下関郵便局電話課分室が立ち並んでいましたが、今は商工会議所は解体撤去されて、空地になっていました。このこじんまりした建物は、ネットで調べると、元はリード商会、ウール商会や貝島クラブだったとか色々な情報がありますが、よくわかりませんので、最も多かった宮崎商館を採用します。

 宮崎商館は石炭輸出業の商社の事務所でした。建物は明治後期の煉瓦造りで、赤煉瓦と白い石の組合せが旧英国領事館に似ています。領事館の完成(1906年)翌年の建設ですから、意匠的に影響を受けたようです。出かける前に調べた時は今も「ロダン美容室」として使われているとありましたが、実際には空き家になっていました。旧を頭につけなければなりません。

 時代を感じる少し色あせた煉瓦の色。1階中央のアーチ型エントランス、2階には旧英国領事館に似た5つのアーチが連なるバルコニーが特徴の煉瓦造り2階建て。

 追記 : コメントを頂いていたのに忘れていました。現在、この建物は吉田メディカルクリニックとして使われています。院長さんの奥様からコメントを頂きました。(2014.3.9)

旧ロダン美容室
旧宮崎商館 1907(明治40)年
設計・施工 : 不明
下関市田中町4-10
撮影 : 2008.5.1
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色褪せていい感じになったレンガと木の出窓の枠。
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 今はなき商工会議所の跡地から見た西側の側面。
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個人的に一番気に入った、正面右側の隣のビルとの間のレトロな通路。鉄製のアーケードや門扉が錆びています。右隣のビルは新しいビルになっていますが、壁だけは残したようで、この不思議な空間が今もあります。
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エントランスと天井のレトロな照明器具。美容室は別に店を閉めたわけではないようで、移転案内の張り紙がありました。唐戸の交差点近くへ移ったとか。ここの立地の問題か、古い建物が使いにくかったのか。
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 窓越しに中をのぞくと・・・もぬけの殻。
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実は下関には、この後紹介するように、現在使用されてない、廃墟化の恐れのある建物があります。山口銀行旧本店はなんとか、維持されているのですが、この価値のある煉瓦建築のこの後の利用計画はあるのでしょうか。何とか廃墟化しないよう祈りたいものです。
by gipsypapa | 2008-09-07 12:18 | 建築 | Trackback | Comments(5)

山口銀行旧本店

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 ろうきん下関支店(旧不動貯蓄銀行下関支店)のある旧銀行街の通りを西の端まで行くと、少し大型の銀行建築があります。当初、三井銀行下関支店として建てられた後、百十銀行本店、山口銀行本店、同観音崎支店を経て、現在は山口銀行旧本店として一般開放されています。(無料)

 正面の外壁は御影石。イオニア式とコリント式を組み合わせた柱頭をもつピラスター(付け柱)、正面窓上部の午頭彫刻、頂部に櫛型のペディメント(妻飾り)、軒上の飾り壷など、古典主義建築そのもの。内部は2層吹き抜けの営業室の周囲に歩廊を巡らせた典型的な銀行建築です。

 辰野金吾の下で学び、銀行建築の設計に多く関わった長野宇平治の設計。奈良県庁舎などの和風意匠や日本銀行をはじめとした銀行建築における古典主義系のデザイン建築で知られています。山口県指定有形文化財の鉄筋コンクリート(一部煉瓦造)2階建。

山口銀行旧本店
旧三井銀行下関支店 1920(大正9)年
山口県指定有形文化財
設計 : 長野宇平治
施工 : 竹中工務店
下関市観音崎町10-6
撮影 : 2008.5.1
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 柱は強度材ではなく溝掘りのある付け柱。柱頭は渦巻状のイオニア式とアカンサスの葉飾り、コリント式を組み合わせたものでコンポジット式というそうです。緩やかなアーチ窓の上部に牛がいます。
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 一般開放されているのを知りませんでした。あらかじめ調べたネット情報では「空家同然の建物となり放置されている」と書いてあったのです。近づいてみると予期せぬことに中央の玄関扉が開いていたので、中に。
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 玄関を通ったら風除室があり左右にドアがある形は、辰野金吾の京都文化博物館・別館(旧・日本銀行京都支店)と同じです。
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 吹き抜けの営業室に窓口が並んだ姿や2階に歩廊を巡らしたのも京都文化博物館・別館と同じ、典型的な銀行のスタイル。もぬけの殻の営業室の高い天井。しばらく中を見ていると別の見学のグループがあって、案内人がいらっしゃいました。元山口銀行にお勤めだったとか。私たちも合流。
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 銀行ですから金庫がありますが、扉はあまり厚くはありません。
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 欅造りの階段は複雑な曲線を描くワニス塗の手摺りに特徴があり非常に珍しいものとの説明を受けました。当時の絨毯と共に残っています。
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 階段を上って2階歩廊へ。2階には山口銀行創立当時、頭取室、頭取応接室、人事部として使われていた小部屋がならんでいました。この歩廊を回って頭取が行内を見張っていたのかも。
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 2階から見た亀甲タイル張りのロビーの床。
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 屋上へ上がる途中に屋根裏も見せてもらいました。一部煉瓦造りというのを、ここにきて納得。
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 さらに小さな階段を上って屋上へ。
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 石の飾り壺。クラーテールという渦巻形把手の形をした古代ギリシャ時代の器形装飾とか。
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 同じく石材を使ったパラペットと瓶子型のバラスター。関門海峡を見下ろす眺めがいいですね。
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 ホームページを見ると株式会社山口銀行旧本店となっています。会社組織として維持管理されているのでしょうか。私が訪ねた時は二組だけの見学者でしたが、ぜひこのまま続けてほしいものです。
by gipsypapa | 2008-09-05 14:52 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)

春帆楼(日清講和記念館)

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 明治4年創業のふく料理公許第一号の老舗割烹旅館・春帆楼(しゅんぱんろう)。その敷地の中に日清講和記念館があります。明治28年(1895)に日清戦争の講和会議が開かれ、清国の李鴻章と日本の伊藤博文の間で日清講和条約が締結されました。それにちなんで昭和12年に建てられた記念館。

 内部は当時の講和会議の部屋が再現してあり、会議で使用された椅子やテーブル・硯などの調度品や貴重な資料が公開されています。特に椅子は、浜離宮の調度品が下賜されたもの。純和風数寄屋造り平屋建て。

春帆楼(日清講和記念館)
日清講和記念館 1937(昭和12)年
設計・施工 : 不明
下関市阿弥陀寺町4-2
撮影 : 2008.5.2
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 由来はこれを読んでください。
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 敷地内にある漢文の碑。何が書いてあるのかさっぱり・・・
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 春帆楼図。昭和12年、和田三造、稗田研二、木下茂作の油絵。
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 中央にガラス張りの会議室が再現されてあり、周りからガラス越しに中の様子をみるようになっています。
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会議の部屋。卓上に硯箱が置いてあるのが見えますが、近寄れません。確かに椅子は高級そう。
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 建物というより、内装と調度品が見どころ。
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 春帆楼の門にあるガス燈。
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 春帆楼の本館は昭和60年に建て替えられて、現代的な建物でした。
by gipsypapa | 2008-09-04 15:40 | 建築 | Trackback(1) | Comments(2)