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慶沢園(その1)

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9月に四天王寺に行ったばかりですが、再び天王寺へ。そのときに時間がなく見れなかった慶沢園(けいたくえん)をお目当てに訪ねました。この日はこの後、お庭を訪ねて、御堂筋を北上しました。

慶沢園は天王寺公園内にある林泉回遊式日本庭園で、元は住友家第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造園したものです。命名は伏見宮貞愛親王だそうで、大正15年(1926)に、住友家から大阪市へ寄贈されました。

庭園の設計は明治・大正期の茶匠の木津聿斉(きづいっさい)で、施工者は植治(うえじ)こと第7代小川治兵衞で、このブログでも紹介した、平安神宮神苑、円山公園、無鄰菴など数々の庭園を手掛け、近代造園のスタイルを確立したと称えられる造園家です。

慶沢園
旧住友家本邸庭園
1919(大正7)年
大阪市指定文化財(名勝)
作庭 : 木津聿斉、七代目小川治兵衛(植治)
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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慶沢園手前にある門は旧黒田藩蔵屋敷長屋門。江戸時代中期に建てられた蔵屋敷の表門で、大阪府の有形文化財です。
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少し歩くと庭園入り口があります。入園料は150円でした。
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大きな池が主役の開放的な庭園です。
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園内に2箇所ある切り石橋の一つ。
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右岸から池を巡りました。トイレ前の蹲(つくばい)。
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絶景スポットの四阿(あずまや)です。
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その前にも蹲。
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ここからの眺めがいいので、数人か眺めていました。額縁で庭を撮影。慶沢園ではおなじみのアングルです。
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床に敷き詰めてあるのは那智黒石。三重県熊野市神川町で算出され、碁石の黒石や硯でおなじみの石です。
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もう一つの切り石橋がここにあります。
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これから左岸に向かいます。



by gipsypapa | 2019-12-24 09:16 | | Trackback | Comments(2)

松田屋ホテル庭園(その2)

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庭園は大正7年頃に第9代総理大臣を務めた山縣有朋(やまがた ありとも)の支援があって、7代目・小川治兵衛により作庭されました。大滝からの流れを中心とした流水回遊式庭園で、国の名勝地に登録されています。

松田屋ホテル庭園
江戸中期 / 1918(大正7)年ころ
名勝
作庭 : 7代目小川治兵衛(植冶)
山口市湯田温泉3-6-7
撮影 : 2019.10.15
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本館の端にある客室は離れのような位置にあり、独自の露地庭があります。
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庭から部屋を見ています。
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再び池水の庭へ。
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庭園内には色々なオブジェがありました。
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小さな神社も。
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これは足湯。宿泊客以外にも一般の庭園の見学もできるそうです。
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維新三傑が会見した東屋です。
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by gipsypapa | 2019-12-14 08:44 | | Trackback | Comments(2)

松田屋ホテル庭園(その1)

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江戸時代に築庭され、明治維新の志士たちも集ったという歴史ある日本庭園。その庭を囲むように書院・数寄屋風造りの本館と6階建ての新館が建っています。当初は枯山水の庭だったとか。

現在の庭園は大正7年頃に第9代総理大臣を務めた山縣有朋(やまがた ありとも)の支援があって、7代目・小川治兵衛により作庭されました。庭園は大滝からの流れを中心とした流水回遊式庭園で、国の名勝地に登録されています。

山縣は築庭が趣味であり、京都の近代庭園として有名な無鄰庵(むりんあん)や第二無鄰菴(がんこ高瀬川二条苑)が、山縣が施主となり、小川治兵衛とのコンビで作られています。

松田屋ホテル庭園
江戸中期 / 1918(大正7)年ころ
名勝
作庭 : 7代目小川治兵衛(植冶)
山口市湯田温泉3-6-7
撮影 : 2019.10.15
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新館から庭園への出口。
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白い小石を敷いた州浜。
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緑の芝生の半島のような張り出しが庭園中央部です。
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回遊しています。
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まず小滝。
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築山に上りました。
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最上部に水源があります。地下水なので温泉。暖かかったです。
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そこから流れ出ると大滝になります。
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おしどりが住みついているようです。
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by gipsypapa | 2019-12-13 08:36 | | Trackback | Comments(2)

京都の円山公園

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平安神宮神苑から円山公園へ移動。同じ七代目小川治兵衛が作庭したと知り訪ねました。何回か来たことがありますが、今回は視点を変えて散策です。

円山公園は八坂神社、知恩院に隣接し、「祇園枝垂桜」に代表される桜の名所で、明治維新までは八坂神社や慈円山安養寺、長楽寺、雙林寺の境内の一部だったとか。明治初年の廃仏毀釈の一環として、土地が政府に没収され、1886年(明治19年)に総面積約9万平方メートルの公園が設けられ、1887年(明治20年)には京都市へ移管され京都市初の都市公園となったそうです。

園地計画を取りまとめたのは、かの武田五一。歓楽街だった建物が火災で焼失したあと1912年(大正元年)に七代目小川治兵衛(植治)により池泉回遊式の日本庭園が作庭され、現在の形となりました。国の名勝に指定されています。

円山公園
1886(明治19)年開園 / 1912(大正元)年作庭
名勝
公園計画 : 武田五一
作庭:七代目小川治兵衛(植治)
京都市東山区円山町463
撮影 : 2019.4.30
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知恩院の南側にあります。知恩院南門をくぐると円山公園です。
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平安神宮周辺では少なかった観光客は、ここでは多く見かけました。
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平安神宮神苑で見た石材がここにも。豊臣秀吉が1589(天正17)年に造営した五条大橋と三条大橋の橋脚等に使われていた石材。
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何かの工事中なのか、水不足なのか、水が流れていません。
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ロープが張られているので、工事かな。

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この奥に滝があるはずですが、水が止まっています。
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少し東側に向かって登ってみましたが、何もありません。
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Uターンして南側へ。境内に京料理の店があります。「いそべ本店」です。

いそべ本店
京都市東山区円山公園
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かなりの高級京料理で敷居が高いはずですが、17:00過ぎで満席。連休のせいでしょうか。
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これ以降は食べログから借用しています。
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坂本竜馬と中岡慎太郎の像。祇園の一角。幕末の舞台ですね。
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西側に下ってきました。ひょうたん池です。
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向こうに見える洋館は長楽館。
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植治の石の配置です。
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池の西側にラジオ塔が立っています。昔はこの前でラジオ体操とかしていたんでしょうね。
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見ることができなかった滝の写真をネットから借用します。
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by gipsypapa | 2019-06-17 08:26 | | Trackback | Comments(2)

平安神宮(その5)東神苑

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神苑は平安神宮の大極殿背後の周囲三方に配された南神苑、西神苑、中神苑、東神苑で構成される池泉回遊式の近代日本庭園。面積は33,000平方メートルと広大です。作庭は小川治兵衛(植治)。国の名勝に指定されています。

東神苑は中神苑や西神苑よりもかなり遅く、1916(大正5)年に作庭されたものです。神苑では最も大きな栖鳳池(せいほういけ)の廻りから尚美館(貴賓館)を望む風景と、中央に架かる橋殿、泰平閣がらの展望が美しい庭園でした。

平安神宮 東神苑
1916(大正5)年
名勝
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
京都市左京区岡崎成勝寺町10
撮影 : 2019.4.30
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尚美館(貴賓館)が最も美しく見える庭です。尚美館の詳細は次回に。
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栖鳳池中央に渡された橋殿は正式には「泰平閣」。橋殿の中央には楼閣が立ち、その屋根上に青銅の鳳凰がいます。尚美館と同様に京都御所にあった京都博覧会の建物を移築したものです。

泰平閣(橋殿)
1913(大正2)年
設計・施工 : 不明
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鳳凰の写真はネットから借用しています。コンデジではこれだけの望遠は無理です。
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栖鳳池の東に見えるのは平安神宮会館です。
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石橋が架かっていて、平安神宮会館へ行けそうですが通行止め。
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この矢印も通行止めでした。行けるのは結婚式のときだけでしょう。



by gipsypapa | 2019-06-15 08:22 | | Trackback | Comments(2)

平安神宮(その4)中神苑

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神苑は平安神宮の大極殿背後の周囲三方に配された南神苑、西神苑、中神苑、東神苑で構成される池泉回遊式の近代日本庭園。面積は33,000平方メートルと広大です。作庭は小川治兵衛(植治)。国の名勝に指定されています。

中神苑は蒼龍池(そうりゅういけ)を中心にした庭園です。臥龍橋(がりゅうきょう)という、天正年間に豊臣秀吉が造営した三条大橋と五条大橋の橋脚の石材を使った飛び石があります。植治らしさを感じる池泉回遊式の庭園です。

平安神宮 中神苑
1895(明治28)年
名勝
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
京都市左京区岡崎成勝寺町10
撮影 : 2019.4.30
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中神苑の中央は蒼龍池。
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花菖蒲。西神苑ではまったく咲いていませんでしたが、ここ蒼龍池は日当たりが良いためか、咲き始めでした。
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花菖蒲と言いましたが、杜若(かきつばた)やアヤメと区別がつきません。
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蒼龍池の北側から池の東の五重層塔が建つ珊瑚島にかけて臥龍橋(がりゅうきょう)という飛び石が並んでいます。
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豊臣秀吉が1589(天正17)年に造営した五条大橋と三条大橋の橋脚等に使われていた石材。直径約70cmです。
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実はこの後に訪ねた同じ七代目小川治兵衛作庭の円山公園でも同じものがありました。植冶が好んだ材料のようです。
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大島にある蒼龍楼という四阿(あずまや)。
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地主社は神社や寺院が建立される際に、その土地の地主神を祀るために建立された神社のことです。
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東神苑へ向かいます。蒼龍池へは東神苑の栖鳳池から水が流れてきます。
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せせらぎの小石は無造作に見えますが、植冶が意図した配置でしょうか。



by gipsypapa | 2019-06-14 08:29 | | Trackback | Comments(2)

平安神宮(その3)西神苑

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神苑は平安神宮の大極殿背後の周囲三方に配された南神苑、西神苑、中神苑、東神苑で構成される池泉回遊式の近代日本庭園。面積は33,000平方メートルと広大です。作庭は小川治兵衛(植治)。国の名勝に指定されています。

西神苑には白虎池と四阿(あずまや)があり 6月には池畔に200種2000株の花菖蒲が咲くそうです。

平安神宮 西神苑
1895(明治28)年
名勝
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
京都市左京区岡崎成勝寺町10
撮影 : 2019.4.30
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白虎池と四阿。
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花菖蒲、睡蓮の白虎池。
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この庭は花菖蒲が見ものですが、咲くには1ヶ月以上早すぎました。
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茶席「澄心亭(ちょうしんてい)」がありますが、柵で近づけませんでした。ネットにあった写真を借用します。定期的に茶会が開かれているようです。
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平安神宮の北の端、本殿の裏側の細道を中神苑に向かいます。
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中神苑から流れる水を白虎池に流すせせらぎ。
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by gipsypapa | 2019-06-13 08:26 | | Trackback | Comments(2)

平安神宮(その2)南神苑

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平安神宮の神苑は、平安神宮の大極殿背後の周囲三方に造園された、南神苑、西神苑、中神苑、東神苑で構成される池泉回遊式の近代日本庭園。面積は33,000平方メートルと広大です。作庭は小川治兵衛(植治)。国の名勝に指定されています。

1895(明治28)年に、平安遷都千百年祭が開催されるときに創建されることになった平安神宮の社殿一帯の風致保存のために、神苑造営が企画されました。南神苑は平安の苑と言われ、 仙台市長が苗木寄贈した八重紅枝垂桜の名所です。

平安神宮 南神苑(平安の苑)
1895(明治28)年
名勝
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
京都市左京区岡崎成勝寺町10
撮影 : 2019.4.30
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白虎楼の北側に神苑入り口があります。入園料は600円でした、
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このエリアで主役の八重紅枝垂桜は当然ながら季節はずれです。
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ネットに満開の写真がありますので借用します。
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神苑が造営された年に運航開始した電車が展示されています。
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京都電気鉄道という会社の路面電車で、日本最古の電車だとか。
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京都電気鉄道はその後は京都市に買収されたそうです。
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藤の花も季節はずれです。
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池がなく、枝垂桜も咲いていないので、四つの神苑の中で、最も地味な庭でした。



by gipsypapa | 2019-06-12 08:35 | | Trackback | Comments(2)

がんこ京都亀岡楽々荘(その2)

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書院造りの和館は田中源太郎が迎賓館として使っていた建物です。平屋建てで、屋根は庇屋根を廻して二重になっています。当初は主人室、夫人室として使用されていたとかで、二つの室内意匠を変えています。床の間の違い棚は2段と3段の変化に富んだ意匠で、使われている材料も良質。高い技術と技能が駆使された近代和風建築として国の登録有形文化財に指定された、木造平屋建て。

がんこ京都亀岡楽々荘日本館
元保津川観光ホテル楽々荘日本館
旧田中源太郎邸日本館
1898(明治31)年ころ
設計・施工 : 清水組か
京都府亀岡市北町44
撮影 : 2018.6.15
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ここも中を案内してもらいました。
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洋館と和館の前に広がる650坪の枯池泉回遊式庭園は七代目小川治兵衛(植治)の作庭で、安土桃山時代の石燈籠や鉄製井筒などが亀山城から移設されています。庭園は京都府登録の名勝です。

がんこ京都亀岡楽々荘庭園
元保津川観光ホテル楽々荘庭園
旧田中源太郎邸庭園
1898(明治31)年ころ
京都府登録文化財(名勝)
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
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庭は広く大きな池があるようですが、奥には行けませんでした。
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この写真はネットから借用しています。ホテル時代の撮影と思われます。


次回は楽々荘洋館です。

by gipsypapa | 2018-11-30 08:50 | | Trackback | Comments(2)

長浜慶雲館

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慶雲館(けいうんかん)明治20年に、明治天皇皇后の行在所として、地元の実業家、浅見又蔵が資材を投じて建てた和風建築です。命名は、同行していた初代内閣総理大臣の伊藤博文だそうです。

地元の宮大工の平山久左衛門が施工したり総檜造りの書院風建築の本館や茶室などがあります。その後、市に寄付され、長浜の迎賓館として使われてきました。

明治45年に造営された庭園は、このブログでも数多く取り上げた七代目小川治兵衛(屋号 植治)によるもので、国の名勝に指定されています。木造2階建て。

長浜慶雲館本館
旧長浜迎賓館
1887(明治20)年
史跡名勝天然記念物
設計・施工 : 平山久左衛門
作庭 : 7代目小川治兵衛(植治)
滋賀県長浜市港町2-5
撮影 : 2016.11.18
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門を入ると前庭です。
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大灯篭があります。
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中にも門。
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玄関前庭から中門を振り返ります。中庭は巨石と松を配置しています。
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慶雲館には多く巨石がありますが、ほとんど大津市(旧志賀町)から琵琶湖上を船で運ばれたと伝えられています。
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ここまでは自由に見ることができます。建物内部の見学は300円。
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まず2階から。
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明治19年(1886年)秋、明治天皇皇后両陛下が翌年京都行幸啓の帰路に大津から船を利用し、長浜に上陸されるとの報が入ってから、3ヶ月余りの突貫工事だったそうです。
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梅の花型の電灯。本館2階の照明器具は、明治時代に作られたとは思えないハイカラなデザインで、文明開化の香りがしますね。。
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鶴の襖絵や欄間など、建設当初のものが残っているそうです。
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なかなかの優れものと思いますが、誰が描いたかは分かりませんでした。
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2階には両陛下をお迎えする為に設けられた「玉座の間」があります。天皇皇后両陛下は同日の13時前に長浜に到着され、慶雲館で休憩し13時45分の列車で名古屋へ向かわれたとか。う~む、たった45分のご休憩のために・・・。
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1階は大広間。
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本庭は1912(明治45年)に 小川治兵衛により作庭された広大な池泉回遊式庭園です。
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ただし、池に水はありません。
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縁側から庭に下りて散策できるのが、うれしい。
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この写真はウィキペディアから借用しました。
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この写真はHPから。天皇や皇室方の行啓のための行在所は、日本各地だけでなく、台湾に今でもいくつか残っていますが、いずれも急ごしらえされた割には、素晴らしいものです。

by gipsypapa | 2017-08-05 08:24 | | Trackback | Comments(2)