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妙心寺 桂春院(その1)清浄の庭と侘の庭

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妙心寺境内で、もう一箇所公開されている塔頭の桂春院(けいしゅんいん)は臨済宗の寺院。安土桃山時代末期(1598年)の創建です。なお、最初の写真はネットから借用しています。

庭園は江戸時代の作庭で、主に書院前庭、東庭、方丈南庭の三つに分かれていて、三様の趣きがあり、飛び石伝いにつながっています。以上の三つの庭のほかに清浄の庭という坪庭があり、変化に富んだ景観です。

また、書院の東北隅に、千利休の子である茶人・宗旦(そうたん)の門弟四天王の一人、藤村庸軒ゆかりの草庵風茶室「既白庵(きはくあん)」があるとか(非公開)。庭園は国の史跡・名勝に指定されています。

妙心寺 桂春院 庭園
江戸時代
史跡・名勝
作庭 : 不明
京都市右京区花園寺の中町11
撮影 : 2019.7.10
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桂春院の外塀。
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表門。方丈と同じく江戸時代初期の建立と思われ、京都府指定有形文化財です。
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玄関手前にもよく手入れされた庭があります。
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玄関で受付。拝観料は400円と良心的でした。
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よく庭園とかに広げてある大きな日傘でしょうか、古ぼけたものが玄関脇にありました。
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玄関から書院に向かう途中にある「清浄の庭」。
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見逃しそうな壺庭で、紀州の青石などの岩を並べて白砂で造った清流と、石組みで造った枯れ滝などを表しています。
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ネットから借用した写真を2枚。
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狭いながら石組みがいいですね。
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書院は1631(寛永8)年に長浜城から茶室とともに移築されたと伝わる建物で、京都府指定有形文化財。
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書院からの眺めが美しい侘(わび)の庭。
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書院から茶室、既白庵(きはくあん)に通じる露地庭です。既白庵は内部だけでなく、外観も非公開。
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梅軒門と猿戸によって内露地と外露地に分かれています。
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梅軒門の先は、3つめの外露地の庭「思惟の庭」へと繋がっています。
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書院の北側にあるという既白庵の写真がネットにあったので借用します。
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by gipsypapa | 2019-08-25 08:17 | | Trackback | Comments(0)

妙心寺 大心院

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大心院(だいしんいん)は妙心寺の塔頭寺院で、開基は細川政元、勧請開山が景川宗隆として創建。その後、天正年中に細川幽斎の尽力によって妙心寺内に移転して中興されたそうです。

1645(寛永21)年に建てられた本堂と玄関、江戸末期の1768(明和5)年建立の書院などを中心とした伽藍があります。また境内には「切石の庭」と「阿吽の庭」という枯山水の庭があり、一般公開されています。

妙心寺 大心院
江戸時代
設計・施工 : 不明
京都市右京区花園妙心寺町57
撮影 : 2019.7.10
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門を入ったら左側が玄関。正面に見えているのが本堂です。1645(寛永21)年の建立。
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玄関手前に古い井戸があります。
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本堂です。大広間なので、ネットでは方丈と書かれているのもあります。
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縁側の端に古ぼけた杉戸絵。
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本堂南庭の「切石の庭(きりいしのにわ)」です。苔地と白砂の州浜が左右に広がり、中央に花壇。今は何も見えませんが、牡丹が咲くそうです。手前に敷石の参道が通っています。作庭時期は昭和とわかっているので、このあと出てくる「阿吽の庭(あうんのにわ)と同じ中根金作の作庭かもと思いましたが、確認できませんでした。

切石の庭
昭和期
作庭 : 不明
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左端に見える建物は祖堂(そどう)。1666(寛文6)年の建立です。
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本堂の反対側には中庭。霧島ツツジの古木があります。
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向こうに見える建物は宿坊です。一般客も往復はがきで申し込めば、泊まれるとか。
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戸が開いている部屋がありました。
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東側にある書院まで来ました。1768(明和5)年建立。
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書院前の枯山水の庭は「阿吽の庭」です。築山の手前に苔地と白砂、奇岩で州浜を表現しています。合計で17個の石が並んでいるそうで、コンパクトながら変化のある枯山水庭園が楽しめます。作庭は退蔵院の余香苑で紹介した中根金作です。

阿吽の庭
1965(昭和40)年
作庭 : 中根金作
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これ以降はネットの写真を借用します。
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by gipsypapa | 2019-08-23 08:08 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その4)余香苑

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。

境内にある最後は四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」です。 昭和の「小堀遠州」と称えられた中根金作(なかね きんさく)が作庭した美しい庭園です。

退蔵院 余香苑
1963(昭和41)年
京都府指定名勝
作庭 : 中根金作
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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陰陽の庭から西に進みと六角形をした東屋が見えてきます。
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音色の良い水琴窟でした。手前に立っている竹の筒を耳に当てて聴きます。
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その向こうには小さな売店。
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その西奥にあるのは大休庵。庭を一望できるお茶席です。
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お抹茶(瓢鮎菓子付)一服500円。売店で申し込むそうです。
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少し下がったところが庭園の絶景ポイント。
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大きな藤棚があります。
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咲いているときの写真はHPから借用しています。
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瓢箪池に水が流れ込む池泉回遊式庭園です。
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三段落ちの滝。
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遠くに鴨のつがいが来ていました。
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庫裡の前にある蹲(つくばい)です。



by gipsypapa | 2019-08-22 07:45 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その3)陰陽の庭

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。

境内には、史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」などがあります。陰陽の庭は砂の色が異なる2つの枯山水で構成され、陰の庭に8つ、陽の庭に7つ、合計15の石が配されています。

退蔵院 陰陽の庭
詳細 : 不明
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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方丈の南側の狭い露地を進みます。
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余香苑の石碑があり、右が入口です。
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露地門。
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欄間にナマズがいます。
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門の正面には紅しだれ桜。この左右に陰陽の庭があります。
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咲いている写真が退蔵院のHPにあったので借用します。
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門をくぐって右側にあるのが「陰の庭」です。
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薄黒い砂に深い砂紋のはずですが、光の加減でしょうか、あまり黒さを感じませんでした。
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HPにある写真はそれなりに黒いです。
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左側に広がるのは白砂敷きの枯山水「陽の庭」。苔島に2石を組み、刈り込み沿いに5石の石を配置しています。
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砂紋は「陰の庭」と比べると浅いようです。
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陰陽の庭は余香苑の中にあるので、次に出てくる池泉の庭と同じ、中根金作の作庭かとも思いますが、明確な記述は見つかりませんでした。
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「羅漢石」という立て札が立っています。
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余香苑の奥にある池泉の庭へ向かいます。



by gipsypapa | 2019-08-21 08:58 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その1)方丈

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40弱の塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。境内には、初期水墨画の代表作である国宝「瓢鮎図」(見ることができるのは模本)や史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」などがあります。

妙心寺 退蔵院
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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山門は江戸中期に建設された、当時は高貴な薬医にしか与えられなかった御屋敷門の形式「薬医門」で、京都府の有形文化財です。
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山門を入ると正面の庫裡に受付。境内マップにあるように、奥に方丈があるようです。
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庫裡の左側の露地を進みます。
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瓦も面白い。
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ナマズがいますが、この理由はすぐにわかりました。
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突き当たり。
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右が方丈の玄関「大玄関」です。唐破風造りの様式は、破風が横方向に直線になっていて、ちょうど袴の腰のようになっていることから「袴腰(はかまごし)造り」と呼ばれています。国の重要文化財。

大玄関
江戸時代初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
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玄関を入ると方丈です。応仁の乱後、桃山時代に再建されました。内部の襖絵は狩野光信の高弟であった狩野了慶の筆によるもので、桃山後期の優れた遺品といわれます。(内部は通常非公開)。これも国の重要文化財。

方丈
1602(慶長7)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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方丈の南側の前庭。蓮の鉢植えが並んでいます。この庭も後で出てくる「元信の庭」との関係はわかりませんでした。
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江戸時代には宮本武蔵もここに居して修行したとか。
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縁側に国宝に指定されている『瓢鮎図(ひょうねんず)』のレプリカが置いてあります。この絵は山水画の始祖といわれている如拙が、足利義持の命により心血注いで描き、現存する彼の作品の中で最高傑作といわれています。ガラスのある額に入っているので、うまく撮影できませんでした。ネットの写真を借用します。
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ただでさえ捕まえにくいナマズを、瓢箪で捕まえようとしている絵です。
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縁側の両端にある杉戸絵。襖絵と共に桃山時代から江戸時代初期の画家、狩野了慶の作だそうです。
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方丈は普段は入ることができませんが、期間限定で公開されるそうです。これ以降の写真はネットから借用しました。
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襖絵は狩野了慶松の図。
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次回から3つの庭園をアップします。

by gipsypapa | 2019-08-19 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

正法山 妙心寺

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JR花園駅近くには、法金剛寺の他に妙心寺(みょうしんじ)という大寺院があります。近いところなので、ここも参拝しました。

妙心寺は臨済宗妙心寺派大本山の寺院で、山号は正法山、本尊は釈迦如来です。開基は花園天皇で、開山は1342(暦応5/康永元)年で、関山慧玄(無相大師)によるそうです。寺紋は花園紋(妙心寺八つ藤)。

境内には多くの建造物と37の山内塔頭あるのでで、とても見切れるものではありませんが、できるだけアップします。建造物のうち13棟が国の重要文化財に指定されています。

正法山 妙心寺
安土・桃山時代 / 江戸時代初期
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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南総門。現在の正門ですが、詳細はわかりませんでした。
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向かって左側にある閉まっている門は勅使門。 慶長15年(1610年)建立。山門、放生池など伽藍の正面に位置し、勅使や住持が普山する際に用いられる門です。国の重要文化財。
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境内は妙心寺の伽藍が北に向かって、ほぼ直線に並び、周囲を多くの塔頭が囲みます。
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勅使門の北側、三門との間にある放生池(ほうじょういけ)。正方形の形をした池の中央に石橋が架かっています。
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参拝者が山門を入ってすぐのところに池があるのは和みます。
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向こうが勅使門。
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放生池の北側正面にある三門。 慶長4年(1599年)建立の五間三戸(正面の柱間 5間のうち中央 3間が通路)の二重門( 2階建門)です。国の重要文化財。
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三門の右側にある浴室は明暦2年(1656年)の建立。元は太嶺院の密宗によって明智光秀の菩提を弔うために建立されたため「明智風呂」の別名があるそうです。国の重要文化財。
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三門の左側の鐘楼。旧鐘楼は元禄9年(1696年)に建立されたもので、重要文化財に指定されていましが、昭和37年に放火により焼失。
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現在のものは春日局が信行寺に寄進した鐘楼を移築したものだとか。
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三門の北側に建つ仏殿は、他の諸堂より新しい、文政10年(1827年)建立の、入母屋造、一重裳階付きで、国の重要文化財。
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本尊は天正年間の釈迦如来で、脇侍は魔訶迦葉と阿難尊者。
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そのさらに北側には法堂。 明暦2年(1656年)の建立。入母屋造、一重裳階付き。これも国の重要文化財。
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天井に狩野探幽の雲竜図が描かれていそうですが、今回は内部は見ていません。
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仏殿と法堂をつなぐ屋根付き渡り廊下。
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廊下の前後に彫刻がありますが、仏殿と法堂のどっちのものか忘れました。
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三門から仏殿、法堂と南部区一直線に並んでいましたが、その北側の大方丈(おおほうじょう)は東にずれて建っています。 承応3年(1654年)の建立の入母屋造、檜皮葺。南側 3室には狩野探幽、北側 3室は狩野洞雲の筆になる障壁画があるそうです。入母屋造、檜皮葺きの国の重要文化財。
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これと襖絵の写真はネットから借用しています。
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大方丈の東に並び建つ小方丈。大方丈より古い 慶長8年(1603年)に玉鳳院御殿として建立されたが、明暦2年(1656年)に移築されたものです。国の重要文化財および名勝に指定されています。
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非公開で開門されていましたが、門から庭のを覗くことができました。

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見えたのは一部ですが、さすがに名勝。美しい庭のようです。
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広い境内の北の端、北門は 慶長15年(1610年)の建立で、北総門とも言われます。薬医門で、国の重要文化財。

次回から塔頭(たっちゅう)をいくつかアップします。

by gipsypapa | 2019-08-18 07:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

五位山 法金剛院(その2)庭園

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法金剛院(ほうこんごういん)は、京都市右京区花園にある律宗の寺院で、山号は五位山、本尊は阿弥陀如来です。「蓮の寺」とも呼ばれ「関西花の寺25ヶ所」の第13番です。

境内は平安時代末期の浄土式庭園が広がっていて、その一隅にある「青女の瀧(せいじょのたき)」は日本最古の人工滝とされ、庭園は待賢門院の発願により林賢と静意の作といわれ、国の特別名勝に指定されています。

法金剛院 庭園
平安時代 / 1970(昭和45)年復元
特別名勝
作庭 : 林賢、徳大寺静意
京都市右京区花園扇野町49
撮影 : 2019.7.10
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蓮の寺ですが、あらかじめ見た本の写真から、このマップのような庭に適度の間隔で咲いているのかと思っていました。
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実際には、苑池の水面や鶴島はまったく見えないくらい蓮が生い茂っていました。
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7月の初旬。「蓮開花」と看板にありましたが、少し早すぎたようです。
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池の蓮はまだほとんど咲いていません。
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咲いているのは鉢植えの蓮。
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とはいえ、蓮の花の開花はせいぜい4日間だとか。
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せせらぎの上流へ。
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池の北側に巨岩を二段に組み上げたた「青女の滝」があり、庭園のアクセントになっています。
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「京の庭を訪ねて」という優れもののHPにある解説文を引用します。
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「作庭にたずさわり、大石を組んだ滝石組を作ったのは作庭の名手として名高かった林賢(りんけん)で、滝石組の出来栄えの素晴らしさは、人の手によるものとは思われないと絶賛され、そのことを名誉に思った林賢が歌を書き記したことが当時の日記等に残されています。

しかし、待賢門院はさらに「5、6尺」滝石組を高く築くように命じ、3年後の長承2年(1133年)、やはり作庭の名手として名高かった仁和寺の僧侶、徳大寺静意(じょうい)の手によってさらに高く組み直されました。」
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池を一周しました。
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これ以降はネットの写真を借用しています。冬の風景はこういう感じみたいです。まったく景色が違います。
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調べると、蓮って毎年、鉢で育てたものを池に植えるとか。面倒ですね。知りませんでした。



by gipsypapa | 2019-08-16 08:44 | | Trackback | Comments(2)

五位山 法金剛院(その1)伽藍

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暑くなる前の京都巡り。京都駅でJR嵯峨野線に乗り換えて、花園駅へ。この日は法金剛院(ほうこんごういん)と妙心寺を参拝する予定です。

法金剛院は律宗の寺院で、山号は五位山、本尊は阿弥陀如来です。平安時代の1130(大治5)年に鳥羽天皇の中宮だった待賢門院(たいけんもんいん)の発願によって、開かれたといわれています。もともと、この地には平安初期の貴族、清原夏野の山荘があり、夏野の死後に山荘に寺を建てたそうです。

いくつかの伽藍があり、本堂と経蔵などは江戸初期、1618(元和4)年の再建です。境内は平安時代末期の浄土式庭園が広がっていて、その一隅にある「青女の瀧(せいじょのたき)」は日本最古の人工滝とされ、国の特別名勝に指定されています。 「蓮の寺」として知られ「関西花の寺25ヶ所」の第13番です。

法金剛院
京都市右京区花園扇野町49
撮影 : 2019.7.10
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JR嵯峨野線の花園駅から線路沿いに歩いてすぐ、山門があります。「観蓮会」の看板。
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蓮開花の看板も。
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表門を入るとすぐ左に鐘楼。
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正面にある白い建物。コンクリート造りに見え、経蔵と思われます。
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経蔵の屋根瓦が面白いので、いくつか。
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更に中門があり、ここをくぐったら、左手の庫裡の一角が受付です。
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庭園に入ると左にあるのがマップで「礼堂」となっている伽藍。これが本堂と思われます。江戸時代初期の1618(元和4)年再建でしょう。

礼堂
1618(元和4)年
設計・施工 : 不明
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こちらは釣堂。礼堂は開放されていませんが、ここは中に入ることができました。書院風の建物ですが、築年など詳細はわかりません。

釣堂
詳細 : 不明
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大広間には蓮の花の写真が張ってあります。
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ネットにあった待賢門院。鳥羽天皇の中宮で、この法金剛院の建立を発願しました。
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by gipsypapa | 2019-08-15 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長岡天満宮 錦景園

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本殿への参道の途中にある弁天池の周辺は、「紅葉庭園 錦景園(きんけいえん)」として近年整備された池泉回遊式の神苑で、本殿との高低差を利用した造り。こじんまりとしていますが、紅葉の名所になっています。

長岡天満宮 錦景園
2007(平成19)年
作庭 : 不明
京都府長岡京市天神2-15-13
撮影 : 2019.7.8
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天満宮の参道に入り口がありますが、とても庭園があるとは思えない造りです。
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四阿(あずまや)があって腰掛けて眺めることができますが、四阿自体に風情は感じませんね。
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この庭にも「菅公御歌」の石碑。
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背景の建物は本殿前の休憩所になっている絵馬殿の後ろ側です。
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一枚岩の石橋。この庭園の中心です。
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石橋は自由に渡ることができます。
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庭の一角にある笠松地蔵。
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紅葉の写真はネットから借用しました。



by gipsypapa | 2019-08-14 08:46 | | Trackback | Comments(2)

長岡天満宮

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自宅から近いことから、初詣を含めて、何度か参拝した長岡天満宮を久しぶりに訪ねました。長岡天満宮は、京都府長岡京市に鎮座する神社(天満宮)。市民からは「天神さん」と呼ばれ親しまれています。

今の神社のある周辺は平安時代は菅原道真の所領だったといわれています。道真が大宰府へ左遷された時に、長岡に立ち寄り、「我が魂長くこの地にとどまるべし」と名残を惜しんだところです。

左遷の際、道真に付き従ったのが、菅原氏の一族とされる中小路宗則で、宗則は高槻まで同船し、帰り際に、道真から道真自作の木像と念持仏を託され持ち帰り、道真の死後に、その木像を祀ったのが長岡天満宮の創立といわれるそうです。

現在の本殿は昭和16年に京都の平安神宮にあった社殿を移築したもので、正面の朱塗りの拝殿は「菅公御神忌1100年大萬燈祭」を奉賛して、平成10年に既存の拝殿を増改築したものです。そのほかに社務所や神饌所など10棟が長岡京市指定文化財です。

長岡天満宮 本殿
1895(明治28)年 / 1941(昭和16)年移築
設計 : 伊藤忠太
施工 : 不明
長岡京市天神2-15-13
撮影 : 2011.1.2 & 2019.7.8
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各所で見かけた「菅公御歌」の石碑。
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参道手前に2軒、飲食店があります。マップ上に「茶店」と表示されているもので、これはカフェ「花の木」。

FUruits CAFE 花の木
京都府長岡京市天神 2-15-13
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この日はお休みでした。内部写真は食べログから借用しています。
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隣に「開田茶屋 龍八」というのもあり、実はここでお昼に蕎麦で一杯をもくろんでいましたが、ここも休業。残念。
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錦水亭の近くから右折すると、本参道。
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ここにも「菅公御歌」の石碑。
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手水舎は長岡京市指定文化財です。
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天満宮なので臥牛がいます。
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これは8年前の写真。注意書きがあります。現在の像は。もろくなっていたのを作り変えたようです。
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狛犬ですが、「阿」は木に覆われています。
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平成10年に増改築された拝殿。
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お宮参りの一組です。和みました。
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拝殿の背後に伊藤忠太設計の本殿があるわけですが、例に漏れずほとんど見えません。
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これは神楽殿。
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右側に長岡稲荷大明神へ続く参道があります。
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長岡稲荷大明神には八幡宮神社と春日大明神の本殿があり、 長岡京市指定文化財。
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再び下ってきました。菅原道真の大宰府左遷に同行した、中小路家の像。
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マップに載っていない建物。神輿庫と思われます。
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長岡京市指定文化財の社務所。大正時代の築です。
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この日見かけた参拝客は一組のお宮参りと、他に2~3人だけでした。
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初詣は参拝客の長い行列になります。これは8年前の写真です。

by gipsypapa | 2019-08-13 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(0)