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日月潭文武廟

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台中市から南東へ向かい山を登っていくと日月潭という湖があります。その日月潭を見下ろす高台にある「文武廟」へ行きました。

ネット情報では「日本統治時代に、台湾総督だった明石元二郎と高木友枝が率いる台湾電力株式会社が水力発電所を建設するため、台湾で最も長い川である濁水渓から地下導水路で水を引く計画を立案。途中資金不足や関東大震災による影響などで計画は中断しましたが、1928年に松木幹一郎が台湾電力社長に就任したことにより計画が再開され、1934年6月にダム湖と発電所が竣工した。」とあります。現在、この「大観水力発電所」の発電量は台湾の水力発電全体の半分以上を占めているそうです。

それ以前、この日月潭湖畔には二つ廟がありましが、発電所計画によって湖面が上昇したため廟は元の場所から移動することになり、その際に二つの廟を一つにして、この「文武廟」を新しく建てらたそうです。

日月潭文武廟
1938(昭和13)年
設計・施工 : 不明
南投県魚池郷日月村中山路63號
撮影 : 2017.4.17
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「文武廟」と書かれた大きな「山門」をくぐると・・・
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大きな二頭の赤い獅子!狛犬。
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台湾の廟だとこれは「石獅」とよばれる獅子で、高さが6mあるそうです。
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赤や金色の派手な色使いや・・・
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反り返ったオレンジ色の屋根はあくまでも中華風。
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堂内の円形の天蓋も色鮮やかです。
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さらに上段にも廓があります。
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屋上展望台まで登りました。
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展望台から見ると裏にも門があります。
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日月潭を眼下に望む絶景スポットでした。
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バスの窓越しに撮った日月潭の湖面です。

by gipsypapa | 2018-01-05 09:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

台中の宝覚寺

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台湾はこれが3回目。4泊5日で台湾島を一周りするツアーに参加しました。午前中に関空を発って、台北(桃園)空港へ。そこから台中までバスで移動。早めに到着したために、翌日の朝一番に予定されていた、宝覚寺をその日の夕方に訪問しました。

宝覚寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、正式には寶覺禅寺といい、台湾が日本統治時代であった時に建立されたとか。日本人ツアー客が台中を訪れたら、必ず訪ねる寺院です。木造平屋建て。

寶覺禅寺(宝覚寺)
1927(昭和2)年
設計・施工 : 不明
臺中市北區健行路140 號
撮影 : 2017.4.16
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本堂は木造ですが、老朽化したため、覆いかぶさるように外側に大きな石造りの本堂部分(大雄寶殿)が増築されました。
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本堂の前に一対の白い象が向かいあっています。狛象?
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白い象はお釈迦様の化身だそうです。
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本堂に入りました。
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本堂の右手に進むと、小さな白い弥勒様が横たわっています。体をなでると金運や開運のご利益があるとかで、ツルツルになっていました。
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さらに奥に進むと巨大な金色の布袋様。布袋様は弥勒仏の化身だったらしく、台湾では「弥勒仏像」と呼ばれているそうです。
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宝覚寺が台中の観光地として有名なのは、この黄金の布袋様のおかげです。
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本堂の左側には小さな祠。
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敷地の一角にある日本人墓地です。日本統治時代に台湾で亡くなられた日本人の共同墓地で、弔われているのは1万4000名といわれているそうです。

by gipsypapa | 2018-01-04 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(0)

久保市乙剣宮

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暗がり坂を上ったところに神社があります。久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)で創建年代は平安時代の初めといわれているそうです。中世には門前に北加賀地方の中心的市場が立ち、ここから金沢のまちが形作られていったことから、金沢の「市場発祥の地」、「まち発祥の地」として、特に「商売繁盛・発展の神様」として広く崇敬されているそうです。現在の社の築年は分かりませんでした。木造平屋建て。

久保市乙剣宮
詳細不明
金沢市下新町6-21
撮影 : 2017.3.8
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明治の文豪・泉鏡花は、この神社の前の民家で生まれたので、境内が子供時代の遊び場だったそうです。

by gipsypapa | 2017-12-26 08:13 | 建築 | Trackback | Comments(0)

藤島山 円長寺

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ひがし茶屋街シリーズの最後です。1586(天正14)年に創建され1596(慶長元)年に現在地に移転し建立されたそうです。加賀藩の三代目藩主だった前田利常が鷹狩などでの休憩所として利用した円長寺です。今も前田利常公の位牌が置かれているとか。木造平屋建て。

藤島山 円長寺
1865(慶応元)年(御輪堂)
設計・施工 : 不明
金沢市東山1-4-40
撮影 : 2017.3.8
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本堂の築年は分かりませんでした。
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白となまこ壁の蔵のような建物があります。御輪堂で、1865(慶応元)年に建立されたものです。
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時代的には「ひがし茶屋街」が町割りされて、しばらくしてから建てられたわけです。

by gipsypapa | 2017-12-23 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

吉祥山 永平寺

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えちぜん鉄道の永平寺口から路線バスに乗って永平寺(えいへいじ)に行って見ました。一度は行ってみたかった寺院で、總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)で1244(寛元2)年に道元によって開かれました。本尊は釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来の三世仏です。

山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、承陽殿、.鐘楼堂、.祠堂殿など数多くの見ごたえある伽藍がありますが、いずれも文化財指定を受けていないのは謎です。

吉祥山 永平寺
福井県吉田郡永平寺町志比5-15
撮影 : 2017.3.6
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バス停から参道を数分歩きます。両側には食べ物屋と土産物屋が並んでいました。
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境内の参道。
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永平寺の参観は少し変わっています。境内を散策することはできません。屋内に入って回廊を巡る方式でした。
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勅使門(ちょくしもん) - 天保10年(1839年)の建築。別名は唐門(からもん)です。階段下にロープが張られていて、近づけません。
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この左側、階段を上がったところが入り口です。
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参観料は500円でした。
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傘松閣(さんしょうかく) - 昭和5年(1930年)の建築。驚くほど広大な大広間。222畳敷きだそうです。
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新しい建物ですが、建築的には最も意匠を凝らしていて、一番印象に残ったところでした。
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格式高い折上げ格天井。
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230枚ある花鳥の天井画は小室翠雲らの尽力により製作されたとか。
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荒木十畝、伊東深水、鴨下晁湖、川合玉堂、島田墨仙、野田九浦、益田玉城、水上泰生、山田敬中、山本昇雲など計144名の画家によって描かれたそうです。
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山門 - 寛延2年(1749年)の築で、永平寺最古の建造物。
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けやき造りの重層の門で、階上には釈迦如来像、五百羅漢像などが安置されているそうです。
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色鮮やかな仁王像が四体あります。
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東西南北を守る神様を、それぞれ色を変えて表しています。
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山門の2階に上がる階段。重層の門はいくつか見ましたが、階段が廊下にあるのは初めてです。
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僧堂 - 明治35年(1902年)の築で、坐禅修行のための建物。
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法堂から見下ろした一文字廊と仏殿。
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回廊を通って参拝するわけですが、傾斜地に建っているので、階段廊下が両側にあるのです。
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仏殿 - 明治35年(1902年)の建築と・・・
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最も高い位置に建つ法堂(はっとう) - 天保14年(1843年)の築。
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内部写真は仏殿と法堂のどちらを撮影したか分からなくなりました。
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承陽殿 - 明治14年(1881年)の築。
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開山道元の廟で、道元以下第5世までの住職の像を安置しているとか。
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承陽門。承陽殿と同時の築と思われます。
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大庫院 - 昭和5年(1930年)の築。地上3階地下1階の近代木造建築で、台所兼事務所だそうです。
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全国各地の信徒やその家族たちの、何千にもおよぶ位牌・遺骨が安置されている祠堂殿。
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巨大なすりこぎ棒。
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壁に掲げられているのは長さ18メートル、重さ250キロの大数珠。
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大晦日の除夜の鐘で有名な永平寺の鐘楼堂。
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中雀門(ちゅうじゃくもん)は1852(嘉永5年)に建てられた門です。

by gipsypapa | 2017-10-30 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

光明山 法然寺

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万徳寺の東隣に法然寺があります。「しおまち商店街」の登阪さんに、画家の平山郁夫氏の菩提寺と伺っていた浄土宗の寺院です。開基は江戸時代初期の1607(慶長12)年、一道上人によるとか。見事な石垣の間の石段を登り三門を入ると、地蔵堂、鐘堂、本堂があり、本道の東に庫裏がつながっています。本堂と庫裏は当初からのもので、400年以上前に建立されたわけです。

光明山 法然寺
慶長年間(本堂・庫裏)
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田44
撮影 : 2017.02.14
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山門はいわゆる薬医門です。
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西側に万徳寺が見えます。一旦下がってから、上ってきましたが、同じ高さに建ち、間に墓地があります。
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本堂です。
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外観では400年以上前のものとは思えませんが、中に入ったら、やはり古いことがわかります。
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本堂の西側に建ち、花頭窓が左右にあるのは大師堂。熊谷直実による法然上人の像があるとか。これも古そうです。
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手前は鐘楼。
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写真を撮っていると、庫裏の玄関近くで女性に声をかけられました。
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住職さんが、最近お亡くなりになったようで、一人でお寺を守っていらっしゃるようでした。施主というんでしょうか。話をしている間に、お友達が私の家の近所にいらっしゃって、我が家の近くに何度か行ったことがあるとかで、話が弾んだのです。
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見て欲しいものがあるそう、中へ入れてもらうことに。
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入るとすぐ右に巨大な一枚板の書があり、これかなと思ったら違いました。
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正面のガラス戸が閉まっていたので気づきませんでした。
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暗かったけど、本堂を見せてもらいました。
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内部の柱や鴨居などを見ると、さすがに古さがわかります。
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庫裏から施主の方が来られて、見てほしいのはこれ、とガラス窓を開けると・・・
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中庭があり、こんもりとした木が真ん中にあります。
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これ、樹齢400年とも言われるツツジです。6月初めに満開して見事らしいです。
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平山郁夫氏の小さな絵があります。
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一つは自筆、もう一つはリトグラフと伺いましたが、どっちがどっちか忘れました。
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思いがけなく庫裏の中も案内していただきました。庫裏の最初の部屋。
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中間の部屋。
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奥が床の間です。巨大な一枚板の見事なテーブルがあります。
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虎のカーペットにびっくり。
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見事な襖絵なので、じっくり見せてもらいました。
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画家の名前も伺ったのですが、忘れてしまいました。(恥)
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昭和の画家であるのは間違いないです。
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ストリートビューです。

by gipsypapa | 2017-10-25 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

法恩山 万徳寺

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生口神社をさらに下ると浄土真宗本願寺派の寺院、万徳寺があります。掲示板によると、1521年の開創で、当初は臨済宗仏通寺派の十王堂だったとか。1597年に十王堂を中興し、臨済宗から浄土真宗に改宗したとあります。最初の写真は向こうから客殿、本堂、鐘楼です。

法恩山 万徳寺
本堂 1854(安政元)年
鐘楼 1745(延享2)年
山門 1901(明治34)年
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田50
撮影 : 2017.02.14
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客殿。築年のデータが見当たらないので、新しいと思われます。
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本堂はけやき造りで、江戸末期の安政元年に再建された建物です。
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鐘楼はさらに古く150年以上前の江戸時代中期に建立。
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山門(三門)は明治後期創建の総けやき造り四脚門で、彫刻は一華園永治という尾道の彫工によるものだそうです。
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山門を下ると神社があります。
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神社の名前が見当たりませんでした。万徳寺のいわゆる、鎮守社でしょうか。
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鳥居には文化8年正月吉日の刻印。1825年、江戸時代末期です。
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by gipsypapa | 2017-10-24 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

瀬戸田の生口神社

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向上寺から坂を下ると、斜面に建つ生口神社(いぐちじんじゃ)の小さな本殿があります。須佐之男神(すさのおのかみ)と櫛稲田比売命(くしなだひめのみこと)がご祭神です。ネット情報では、古い史誌には生口島総鎮守祇園社とあり、永禄十二年(1569)に祇園社が勧請されたとか。生口神社と改称したのは明治2年です。現在の社屋も古そうですが、詳細は分かりませんでした。

生口神社
詳細不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田160
撮影 : 2017.02.14
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向上寺から石段を下ると・・・
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すぐに小さな社が見えてきます。
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斜面に建つので、階段廊下で拝殿と本殿がつながるユニークな形です。
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一段下に拝殿があります。
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石灯篭には・・・
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慶応三年の刻印。
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玉乗り狛獅子は新しそうです。
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by gipsypapa | 2017-10-23 09:04 | 建築 | Trackback | Comments(0)

潮音山 口上寺

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瀬戸田の二日目は、北側の寺社を回りました。まず最初は、生口島にある唯一の国宝建造物です。室町時代中期の永享4年、つまり585年前に建立された貴重な遺構。和と唐の混合様式で、朱色などの極彩色が鮮やか。禅宗寺院の塔婆として貴重な遺構であり、室町初期の建造物でも美しく優れているものの一つといわれています。国宝の三間三重塔婆。

潮音山 口上寺三重塔
1432( 永享4)年
国宝
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田57
撮影 : 2017.02.14
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最初に口上寺のある一番高いところまで登り、下りながら寺社を巡る行程です。
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「しおまち商店街」は山間の谷間みたいなもの。向こう側に耕三寺の伽藍群と・・・
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未来心の丘が向こう側に見えています。
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上りついた高台の下に三重塔が見えました。
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高さは19メートルだとか。
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585年前の建立。そこまで古いように見えないのは、鮮やかな彩色がよく維持されているからでしょうか。
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瓦は当然ながら新しいです。
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さらに下ってきました。
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下がったところに口上寺の新しい本堂があります。
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この掲示板を見ると本堂が再建されたのは、2003(平成5)年か。
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この角度からも三重塔が見えています。
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本堂から下がったところにある小さな社。鎮守社かもしれません。
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また下がったところに小さな山門があります。
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古そうですが、詳細は分かりません。
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山門をくぐると左に鳥居と石積みがあります。鳥居は先ほどの鎮守社のものでしょう。
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逆に下ってきたわけですが、ここを上っていくのが本来の参道みたいです。

by gipsypapa | 2017-10-22 09:29 | 建築 | Trackback | Comments(0)

耕三寺 千仏洞地獄峡

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耕三寺本堂の西側の至心殿横に千仏洞という洞窟の入り口があります。地下約15m、全長350mの地下霊場になっていて仏教世界の「地獄観」と「極楽観」を表現しているそうです。

内部は富士山と浅間山から運んだ溶岩を鉄筋コンクリートで固めて岩組としています。中間の3ヶ所には高さ約10m広さ数10平方メートルの洞室があり、千体におよぶ石造りの仏像を安置。洞内には滝が流れていたり、隧道に地獄、極楽絵の額を数十面を掲示したりしており、時間を忘れさせます。

耕三寺 千仏洞地獄峡
1965(昭和39)年
尾道市瀬戸田町瀬戸田553-2
撮影 : 2017.02.13
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岩のトンネルです。
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荒削りな仏像があります。
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トンネルは下り坂。
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閻魔大王の居室があります。
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さらに下ります。
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この辺から地獄絵が延々と続きます。
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立体感があるので、「こて絵」でしょう。
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個人的にこの手の絵は好きなのですが、多すぎるので、何枚か省略しました。
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源信僧都の往生要集を絵にしているとか。
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源信僧都は「母からの手紙」で有名だそうですが、知りませんでした。
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この辺からムードが一変。極楽絵でしょうか。
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これらもこて絵でしょうが、画家は地獄絵とは違うようです。
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さらにトンネルを下ると・・・
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地下の広場に出ます。
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このような洞室が三つあり、複雑な空間構成です。
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この辺が地下15メートルでしょう。滝が流れ込む池。
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ここにきて千仏洞の名前の由来を実感。
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いくつあるのか、数え切れない仏像群。
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出口です。
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ここから出ると救世観音大尊像のそば。ほぼ本堂の下を横切ったわけです。


by gipsypapa | 2017-10-12 09:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)