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覚王山 日泰寺

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揚揮荘の北庭園から見えていた五重塔がある覚王山 日泰寺 (かくおうざん にったいじ) は超宗派の寺院です。タイ王国から寄贈された 真舎利(釈迦の遺骨)を安置するために、創建されそうです。

「覚王」とは、釈迦の別名で、「日泰」とは、日本とタイ王国を表していとか。地下鉄の最寄り駅「覚王山」はこの寺の名前からつけられたもの。伽藍はいくつかありますが、文化財の建物は非公開。山門やそこから見える伽藍の多くは新しい、鉄筋コンクリート造りです。

覚王山 日泰寺
詳細不明
愛知県名古屋市千種区法王町1-1
撮影 : 2020.2.5
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揚揮荘の北庭園から五重塔が見えていました。
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どの宗派にも属していない日本で唯一の超宗派の寺院であり、各宗派(現在19宗派が参加)の管長が、三年交代で住職を務めているそうです。
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山門 - 昭和61年建立。左右に円鍔勝三作の阿難・迦葉像が納められている。
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五重塔は平成9年建立で高さ30メートル。
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本堂は昭和59年に落成。設計は魚津常義、施工は竹中工務店だそうです。古そうな伽藍がないようで、昼飯抜きだったので急ぎ足で通過。以下はネットから借用しています。
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内部中央には明治33年に真舎利と共にタイ政府より贈られた釈迦金銅仏が本尊として安置されています。金銅釈迦如来像はタイ国宝だったそうです。
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礼拝殿。奥に見えるのが奉安塔だとか。
by gipsypapa | 2020-03-29 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

揚輝荘 豊彦稲荷

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伴華楼が建つ北側の高台から信長塀を出て庭園に向かうところに、豊彦稲荷(とよひこ-いなり)があります。昭和の初めに京都仙洞御所にあった御所稲荷(豊彦稲荷)を、松坂屋京都店が勧請したものという説があるそうですが、真偽はわかりません。

庭園に下りる参道には朱塗りの鳥居が林立し、北庭園の緑の中に鮮やか朱色が映える景観を作っています。

揚輝荘 豊彦稲荷
1927(昭和2)年
名古屋市千種区法王町2-5-12
撮影 : 2020.2.5
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見事な石段を下ると・・・、
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北庭園に出ます。
by gipsypapa | 2020-03-24 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

熱田神宮 南神池

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西門を入った参道の身が側に南神池(みなみしんいけ)があります。隣設する休憩所「お休み処 清め茶屋」を背景とした池泉回遊の日本庭園です。

熱田神宮 南神池
詳細不明
名古屋市熱田区神宮1-1-1
撮影 : 2020.2.5
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西門からの参道にある標識に従って右へ。
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清め茶屋。この裏側が南神池です。
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池を回遊。
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池は清め茶屋の前庭ですね。
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茶屋にテラスがありますが、柵で入れません。表から入らないと行けないようです。
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中に入らなかったので、これ以降は食べログの写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2020-03-18 08:15 | | Trackback | Comments(2)

熱田神宮 龍影閣と又兵衛

熱田神宮の広大な境内には多くの社殿がありますが、社殿には文化財登録されたものはありません。しかし、あまり知られてはいないようですが、社殿以外には2軒の国の登録有形文化財があります。まずは龍影閣(りょうえいかく)から。撮影 : 2020.2.5

龍影閣


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1878年(明治11年)に、名古屋市の大須にある総見寺の境内に建設された博物館(工芸博物館、のち名古屋博物館])の施設である品評所として建てられたものです。博覧会を視察した明治天皇の便殿としても使用された建物。 熱田神宮所有になったのは1968年(昭和43年)のことで、明治維新100年を記念して移築されたものです。国の登録有形文化財の木造2階建て。

熱田神宮 龍影閣
1878(明治11)年 / 1968(昭和43)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
名古屋市熱田区神宮1-1-1
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マップ片手にそれらしき建物が見つからず、うろうろしてやっと発見。狭い木立の中にありました。
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門扉が閉まっていて、他の方向から見ることが出来ません。隙間からしか撮るしかなく、アングルは限られてしまいます。
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実はネット情報ではこの裏側は勾玉苑(まがたまえん)といわれるところで、池泉回遊式庭園があるそうです。通常は結婚式で使われ、一般には非公開だとか。
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龍影閣は披露宴の宴会にも使われるようです。中を見なくてもいいので、もう少し色んな角度や近くから見せて欲しいです。

又兵衛

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もう一つの文化財は又兵衛という勾玉苑にある茶席。もとは岐阜県北部の有名な白川郷にあった合掌造りの民家です。坂上又兵衛という豪農の家だったとか。その後、実業家の「神野金之助」が自らの家宅として名古屋市昭和区に移築し、最終的には熱田神宮に寄贈したそうです。

熱田神宮 又兵衛
江戸中期 / 1957(昭和32)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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植垣であまり見えないし、この地域には入れません。、
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仕方なくこれ以降の写真はネットから借用します。
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勾玉苑の池泉庭の写真がネットにありました。
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未確認ですが、どうも、前回アップした休憩所のような建物に入れば、池を見ることが出来たような気がします。



by gipsypapa | 2020-03-17 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(0)

熱田神宮

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名古屋市は過去に何度も訪れましたが、まだ行っていなかった熱田神宮(あつたじんぐう)を参拝することにしました。

熱田神宮は、日本神話に登場する三種の神器の一つ、草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を祀っています。神社の説明では、日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の帰路、尾張の御女だった宮簀媛命(みやすひめのみこと)をお妃とされ、剣を今の名古屋市緑区大高町火上山(ひかみやま)に置いてきてしまい、三重県亀山市で亡くなられたことで宮簀媛命が嘆き、ここ熱田の地に神剣を祀ったのが始まりだと言われています。

広大な境内には多くの社殿がありますが、古いものは本宮で、1893(明治26年)に造営された社殿を元とし、現在までに数度にわたり改修を受けたものだそうで、有名な神社ですが、社殿に文化財登録されたののはありません。

熱田神宮
詳細不明
名古屋市熱田区神宮1-1-1
撮影 : 2020.2.5
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地下鉄の神宮西駅で降りると神社の北側に出ます。
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海内に入る前に車払いに入り口。車は入れても人はダメみたいです。
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境内の南北のほぼ中間にある西門から。
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見事な大楠。
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参道に熱田神宮の歴史を伝える壁画が並んでいます。
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参道の左側にある建物。このときは何かわかりませんでしたが、休憩所かもしれません。ここを訪ねなかったのを後から後悔しました。
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この変わった塀は信長塀。織田信長が熱田神宮で祈願し、桶狭間の戦いで今川義元を破った後に寄進した築地塀。土と石灰を油で練り固め、瓦を積み重ねて、上部は桟瓦葺きです。この塀はこの後、別のところでも見ました。
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本宮前の広場の右側にある授与所。
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左側は式場の熱田神宮会館。
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本宮の拝殿です。
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遠くに本殿が見えます。
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授与所の東側は神楽殿。
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こちらは斉館・勅使館。
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玄関前に小さな石庭があります。
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神楽殿にも。
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神楽殿の東面に笹かまぼこを串に刺したような不思議な石が並んでいます。何でしょう?
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東側にある末社の龍神社。
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御田神社。社殿に建物の文化財がないといいましたが、社殿以外にはあります。それは次回に。
by gipsypapa | 2020-03-16 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

熱田神宮末社 鈴之御前社

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宿泊したホテルの傍にある鈴之御前社(れいのみまえしゃ)は熱田神宮の境外末社で、祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)。天照大神(あまてらすおおみかみ)が天の岩屋に隠れた際、その前で踊り、大神を誘い出した女神です。

地元では俗に「鈴の宮(れいのみや)」と呼ばれ、かつては精進川という川がこの宮のそばを流れていて、東海道を往来する旅人が熱田に参拝する時はこの社で鈴のお祓いを受けて身を清めてから参拝する事になっていたとか。戦後、旧東海道に面した現在地に遷座しました。

熱田神宮末社 鈴之御前社
詳細不明
愛知県名古屋市熱田区伝馬2
撮影 : 2020.2.5
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小さいながら天皇家ゆかりの神社の形式です。
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祭神が女神なので、屋根の千木(ちぎ)の先が平たくなっています。
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脇にある小さな社に二匹の猫が日向ぼっこ。
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この日も2月初旬にしては暖かでした。
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地下鉄伝馬町駅に向かっています。
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古そうな町家が歯科医院の看板になっています。
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地下鉄で一駅北の神宮西駅へ。
by gipsypapa | 2020-03-15 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(0)

出口御坊 光善寺

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大阪と京炉の中間で、淀川の南東側にある出口御坊 光善寺(でぐちごぼう こうぜんじ)は蓮如上人によって開かれて550年の由緒ある寺院です。真宗大谷派で山号は淵埋山(えんまいざん)。

出口というのは、このお寺の寺内町です。本堂は江戸中期建立の歴史的建造物で、つい最近、境内の諸堂とともに改修されたそうです。

淵埋山 出口御坊 光善寺
1782(天明2)年再建上棟
設計・施工 : 不明
大阪府枚方市出口2-8-13
撮影 : 2020.1.28
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京阪電車の光善寺駅から西に進むとこの道標があります。「右 光善寺 左 大阪」という刻印。
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山門は最も古い江戸初期、寛永年間に建立されたと思われる四脚門。
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手前が脇門で向こうの2階建ては太鼓楼です。
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脇門も山門と同時期のものと思われる薬医門。最近の改修で戸が新しくなっています。
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いずれの門も閉まっていて、案内に従って北側から入ります。本堂の手前にある建物。古いと思いますが名前はわかりません。
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本堂。江戸中期の建立で、最近、改修と瓦の葺き替えが行われたようです。
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蓮如上人の像。現在の本願寺教団の礎を築いたことから、「本願寺中興の祖」と呼ばれる人。大坂石山(今の大阪城)の地が居所でした。
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山門を内側から。
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本堂脇に枯山水の小さな庭。
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ここを訪ねたのは石山丈山作庭の池泉の庭があると知ったからで、これではありません。
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走谷堂山古墳から出土した石棺だとか。
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脇門の東側にある太鼓楼1784(天明7)年の建立で、貴重な2階建て。花頭窓や木連格子は寛政年間の様式を伝えているとか。
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鐘楼。古そうですが詳細不明です。
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入って右奥にもう一つの建物。居住区のようで、いわゆる庫裡かも。
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結局、お目当て池泉の庭や書院がどこにあるのかわかりませんでした。HPのコピーです。
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このHPだけでなく枚方市の案内にも庭や書院のことが書いてあるので、もう少し現場での案内が必要でしょう。
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グーグルの航空写真。左側の森の中にあるのでしょうが、色々裏に廻ろうとしましたが、行けませんでした。どれかの堂宇の中を通らないと行けないようで、残念。

しばらく大阪府が続いたので、次回から名古屋に移動します。



by gipsypapa | 2020-03-03 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(0)

池光山 清蓮寺

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散歩コースの一つにある浄土宗の寺院、清蓮寺(せいれんじ)です。もともとあった念仏堂が地震で破壊されたため、天正12年(1584年)に富田酒の蔵元、紺屋の清水利重(法名休意)が再建し、開山に顕誉良閑を大山崎の大念寺から迎えたとか。

樹齢推定300年以上の「黒松」があり、江戸中期の漢詩人、入江若水の墓があるそうです。ネット情報では、現在の本堂などの建造物は元禄7年(1694)に造営されたとありました。

池光山 清蓮寺
1694(元禄7)年
設計・施工 : 不明
大阪府高槻市富田町4丁目1-4
撮影 : 2020.1.15
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阪急の富田駅から南下する道路に現在の東向きの門があります。何度も前を通って、開いているのを見たことがありません。
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玄関の引き戸に隙間があるので、コンデジのレンズを突っ込んで撮影。向こうに黒松があります。
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南に廻ると石段の先にもう一つの門。こちらが本来の山門でしょう。
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古そうなので、元禄年間の造営ですね。
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石段の脇に細い路地。
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塀の向こうに鐘楼が見えます。
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この塀も当時のままでしょう。
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道路側から。塀は新しいです。巨大な建物が見えていますが、和風の住宅のように見えますね。ネット情報では「老松が枝をはる閑静な境内には、元禄7年(1694)に造営された本堂をはじめ、庫裏や書院、鐘楼、表門などが現存します。」とあり、見えているのが何かわかりませんが、他にも古い伽藍があるようです。
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ネットにあった黒松の写真を借用しています。門が開くこともあるんですね。

by gipsypapa | 2020-02-13 08:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

清見寺 大方丈と書院の内覧

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清見寺(せいけんじ)は、鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。その頃には徳川家康は今川氏の人質として、この寺の住職、太原雪斎に師事し、当寺で勉強していたそうです。方丈の北側にある国の名勝庭園を見るために、方丈と書院に入りました。

巨鼇山 清見寺
江戸初期
設計・施工 : 不明
静岡市清水区興津清見寺町418-1
撮影 : 2019.12.16
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ここで鐘を鳴らして来訪を告げるシステムです。拝観料は300円でした。
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前回アップした2階に上がる階段が玄関脇にあります。
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大方丈へ。
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書院の裏庭。
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大方丈は文政8年(1825)に改築されたもの。
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内陣には十一面観世音菩薩の坐像が安置されています。
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外から眺めた唐破風造りの大玄関を中から。
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天井板は清見関(この周辺にあった東海道の関所)の古材を使用していて、戦いでの血痕が付いた建物の床板・縁板を、供養のため天井に張り替える血天井といわれるものだそうですが、暗くて何も見えませんでした。
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大方丈から仏殿へは渡り廊下でつながっています。
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西の間の奥には徳川家康「手習いの間」の遺搆を保存しているそうです。
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大方丈の中庭をはさんだ北東部にある書院です。
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慶応3年(1876年)に建築された、比較的新しい建物です。この北側に名勝庭園がありますが、それは次回に。
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天皇陛下がご宿泊された玉座の間。
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by gipsypapa | 2020-02-07 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

巨鼇山 清見寺

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沼津から清水港の途中にある清見寺(せいけんじ)は、静岡市清水区にある臨済宗妙心寺派の寺院で山号は巨鼇山(こごうさん)。寺伝では奈良時代の創建とか。鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。その頃には徳川家康は今川氏の人質として、この寺の住職、太原雪斎に師事し、当寺で勉強していたそうです

。江戸時代には徳川氏の庇護を受けたほか、東海道の清見関があった交通の要所でした。また駿河湾を望む風光明媚な高台にあり、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われ、国の史跡に指定され、また庭園も国の名勝に指定されています。

巨鼇山 清見寺
江戸初期
設計・施工 : 不明
静岡市清水区興津清見寺町418-1
撮影 : 2019.12.16
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寺の境内を東海道本線の線路が横切っています。線路の手前にある総門。総門に掲げられている『東海名區』の扁額は、朝鮮人の錦谷居士筆によるものだそうです。
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今の境内の入り口の山門は線路を弧線橋を渡った高台にあります。
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慶安4年(1651年)に建築されたもの。
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山門の設計は左甚五郎の弟子で、釘を一本も使ってないのが、この山門の特徴だそうです。
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仏殿は天保13年(1842年)の再建。正面には釈迦如来の坐像、両脇に迦葉、阿難の両尊者の像が安置されているとか。
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咸臨丸(かんりんまる)記念碑。清見寺のHPでは「明治維新の際、清水港に於いて咸臨丸が明治政府の軍艦に砲撃され、20余名は格闘したが殺され官軍に海に投げ込まれた。その霊をあわれみ明治20年榎本武揚らが清見寺において4月17日、記念碑の除幕と法要を営んだ。」とあります。
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大玄関は唐破風造りで、元和2年(1616年)に徳川家康の3女正清院の寄進で建立されました。
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仏殿の東に建つのは大方丈。文政8年(1825)に改築され、内陣には十一面観世音菩薩の坐像が安置されています。
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石畳が美しい境内です。
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鐘楼。文久3年(1863年)の改築です。麓鐘は正和3年(1314年)の鋳造です。
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大方丈の入り口は、直角につながる2階建ての建物にあります。この部分の名称はわかりませんでした。いわゆる庫裡かもしれません。
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2階に上がることができました。法事が終わった後のようです。
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2階からの眺め。大方丈が見えています。
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鐘楼が眼下に。部屋の蛍光灯がガラスに写ってしまいました。
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ネットにあった電車が通過する写真を借用しています。

by gipsypapa | 2020-02-06 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(0)