タグ:寺社 ( 150 ) タグの人気記事

宗像大社辺津宮(その2)

c0112559_08090815.jpg
宗像大社辺津宮の本殿・拝殿を取り巻く境内を散策しました。拝殿の西側から出て「高宮への悠久の道」という細い坂道と石段を登りました。奥にある高宮祭場と第二宮、第三宮に参拝です。

古くから海上・交通安全の神として信仰されていて、現在は海上に限らず、道主貴の名のもとにあらゆる道、陸上・交通安全の神として信仰を集めています。境内は国の史跡に指定されています。

宗像大社辺津宮
ユネスコ世界遺産
史跡
福岡県宗像市田島2331
撮影 : 2018.11.20
c0112559_08112011.jpg
c0112559_08115524.jpg
c0112559_08121620.jpg
深い森の中。暗いので手振れしています。
c0112559_08131039.jpg
突き当たりに小さな社があり・・・
c0112559_08145915.jpg
左側に高宮祭場があります。辺津宮の古代祭祀遺構で、現在も春と秋の大祭などに庭上祭祀が行われています。
c0112559_08160565.jpg
宗像三女神の降臨地と伝えられ、沖ノ島と並び我が国の祈りの原形を今に伝える数少ない古代祭場です。パワースポットでした。
c0112559_08174743.jpg
高宮祭場から下ると、本殿(第一宮)の背後に第二宮と第三宮があります。
c0112559_08183310.jpg
現在の第二宮・第三宮の社殿は、1973(昭和48)年の伊勢神宮の式年遷宮のときに譲り受け移築されたものです。
c0112559_08231923.jpg
沖津宮分社第二宮は田心姫神(たごりひめのかみ)が御祭神です。
c0112559_08234781.jpg
c0112559_08243634.jpg
c0112559_08245972.jpg
沖津宮分社第三宮は湍津姫神(たぎつひめのかみ)を御祭神としています。
c0112559_08260956.jpg
c0112559_08263737.jpg
伊勢神宮内宮のご祭神の天照大御神は、宗像大社のご祭神・宗像三女神の御母神です。
c0112559_08272680.jpg
最後になりましたが、入り口の鳥居をくぐった先にある心字池。
c0112559_08280992.jpg
c0112559_08283238.jpg
c0112559_08285501.jpg
c0112559_08291496.jpg
c0112559_08293590.jpg
石造りの太鼓橋。
c0112559_08304906.jpg
境内手前で菊の展覧会があり、こんなものも。さすがに世界遺産とは違和感があります。せっかく神聖な気持ちになったのに、センス悪いな~。

by gipsypapa | 2019-02-14 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

宗像大社辺津宮(その1)

c0112559_08302121.jpg
ツアー2日目はまず、ユネスコの世界遺産の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」の一つの宗像大社辺津宮(むなかたたいしゃ へつみや)を参拝しました。

宗像大社は天照大御神の姫神様の宗像三女神を主祭神としてお祀る神社。福岡県の沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮とここ宗像市田島の辺津宮(総社)の三社の総称ですが、現在ではここの「辺津宮」のみを指すことが多いようです。

宗像三女神を祀る宗像大社信仰や、大宮司家宗像氏にまつわる史跡・文化財を対象とするもので、自然崇拝を元とする固有の信仰・祭祀が4世紀以来現代まで継承されている点などが評価され世界遺産に選ばれました。

古くから海上・交通安全の神として信仰されていて、現在は海上に限らず、道主貴の名のもとにあらゆる道、陸上・交通安全の神として信仰を集めています。境内は国の史跡に指定され、建物的には拝殿と本殿が国の重要文化財です。

宗像大社辺津宮
安土桃山時代
ユネスコ世界遺産
史跡
福岡県宗像市田島2331
撮影 : 2018.11.20
c0112559_08343064.jpg
c0112559_08345278.jpg
北から沖ノ島の沖津宮、筑前大島の中津宮と宗像市田島の辺津宮が一直線に並んでいます。
c0112559_08353515.jpg
車に装着する交通安全のお守りは宗像大社が発祥です。
c0112559_08363000.jpg
手水舎。
c0112559_08365970.jpg
その向かいにある社。
c0112559_08373174.jpg
青銅の狛犬です。
c0112559_08380928.jpg
c0112559_08383967.jpg
明治17年の刻印がありますが、これは修復した年。最初に作られたのは1822(文政7)年だそうです。
c0112559_08395607.jpg
十六菊花のご紋がある神門は大正期に再建されたもの。
c0112559_08403598.jpg
c0112559_08405062.jpg
天照大神がここに祀ってある宗像三女神の御母神なので、天皇家につながる神社だからでしょう。
c0112559_08421424.jpg
c0112559_08423163.jpg
拝殿
c0112559_08430207.jpg
正面に見えるのはは切妻入造りに柿葺き(こけらぶき)屋根根の拝殿で、宗像宮の額がかかっています。安土桃山時代の1590(天正18)年に、筑前領主だった小早川隆景によって建立されたものです。国の重要文化財。

宗像大社辺津宮拝殿
1590(天正18)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08443109.jpg
c0112559_08441120.jpg
c0112559_08451877.jpg
c0112559_08454119.jpg
c0112559_08463195.jpg
c0112559_08465259.jpg
本殿
c0112559_08474446.jpg
拝殿の裏に本殿があります。宗像大社辺津宮の第一宮で、日本神話に登場する女神、杵島姫命(いちきしまひめ)が御祭神です。拝殿より12年前に、大宮司・宗像氏貞が中津宮の本殿を参考にして建立したといわれています。 柿葺(こけらぶき)の流麗な屋根に五間社流造(ごけんしゃながれづくり)の建物で、安土桃山時代初期の特色をよく表しているとして国の重要文化財に指定されています。

宗像大社辺津宮本殿
1578(天正6)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08482581.jpg
c0112559_08484504.jpg
c0112559_08490340.jpg
c0112559_08492227.jpg
拝殿の左にある儀式殿は東京の靖国神社から移設されたものだとか。
c0112559_08500837.jpg


c0112559_08503019.jpg

c0112559_08510094.jpg
本堂を取り巻く末社群。これは絵馬堂です。
c0112559_08522655.jpg
c0112559_08524385.jpg
江戸時代初期の建立で、神郡宗像にあった神社群を筑前福岡第3代藩主の黒田光之がまとめて寄進したもの。
c0112559_08532118.jpg
c0112559_09002055.jpg
本殿の外周りに121社あるそうです。

by gipsypapa | 2019-02-13 09:01 | 建築 | Trackback | Comments(0)

秋月城下町(その2)

c0112559_08284414.jpg
秋月は近世になって黒田氏が12代と城下町としての歴史は大変古く、現在の街並みは黒田氏によってつくられました。NHK大河ドラマ「軍師神官兵衛」こと黒田官兵衛ゆかりの城下町です。今回は町の南端にある秋月城跡へ。

黒田官兵衛は通称で本名は孝高だとか。秀吉の参謀として活躍した武士で、晩年は黒田如水(くろだ じょすい)として広く知られています。関が原の戦い以降に長男の黒田長政が今の福岡市に黒田藩をの藩主となり、黒田五十二万石を拝領しました。ちなみに福岡という地名は黒田家の出身地の備前福岡(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)からきています。

秋月は町全体が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。町割り、屋敷割り、道路網と水路網、城館跡、武家屋敷、町屋の城下町の様子が周辺の自然景観、田園景観と調和て歴史的なたたずまいを残しています。

秋月城下町
福岡県朝倉市秋月野鳥663
撮影 : 2018.11.19
c0112559_08302288.jpg
c0112559_08314262.jpg
瓦坂
c0112559_08321668.jpg
瓦坂はかつて秋月城の前面のお堀に造られた大手門(表門)に続く坂道で、当時はこの奥に 黒門 がありましたが、現在は黒門は移築され少し離れた所にあります。
c0112559_08341756.jpg
これはネットの写真を借用します・
c0112559_08353186.jpg
その向こうにもう一つの坂。
c0112559_08365403.jpg
こちらは石段です。登ったところにあるのは長屋門。

長屋門
c0112559_08382510.jpg
長屋門は奥御殿へ行くる門で、唯一城内の元の位置に残っています。嘉永3年(1850)に建てられたそうです。

秋月城長屋門
江戸時代後期
福岡県指定有形文化財
c0112559_08392883.jpg
城跡には何もありません。
c0112559_08400590.jpg
春は桜がきれいでしょう。

黒門
c0112559_08404868.jpg
黒門は明治13年(1880)に移築され、現在は秋月黒田藩祖である黒田長興を祀る垂裕神社の参道にありますが、本来は秋月城の大手門として、城の前面堀割にある瓦坂の奥、右側に建っていたものです。

形式的には江戸初期のものとされますが、中世秋月氏の本城「古処山城」の搦手門(からめてもん)であったという伝承も残っています。秋月観光のシンボルで、周辺は楓の木が多く、周辺は紅葉の名所として有名です。

秋月城本門(黒門)
江戸時代前期
福岡県指定有形文化財
c0112559_08420633.jpg
黒門は現在は垂祐神社の山門をかねています。

垂裕神社(すいようじんじゃ)
c0112559_08441109.jpg
幕末の安政6年(1859年)に秋月藩第10代藩主黒田長元が初代藩主長興の200周忌を迎える際に、その功績を記念するため秋月八幡宮宮司宮永保親に命じて京都の吉田家に神号授与を申請。吉田家より『垂裕明神』の神号を与えられ、神霊を八幡宮相殿に祀ったのが始まりでとあります。現在の社殿は明治初期に旧秋月藩士たちによって建てられました。

垂裕神社
1875(明治8)年
c0112559_08451464.jpg
c0112559_08454431.jpg
石段を登ります。
c0112559_08463689.jpg
c0112559_08465723.jpg
上がった床rにはもう一つ鳥居。
c0112559_08475610.jpg
拝殿と・・・
c0112559_08483502.jpg
c0112559_08490410.jpg
c0112559_08492229.jpg
本殿。
c0112559_08500651.jpg
c0112559_08502680.jpg
古処庵(こしょあん)
c0112559_08513547.jpg
黒門のそばに看板がある古処庵。店舗は一段下がった杉の馬場通りにある食事処です。入りませんでしたが、民芸風の内観だそうです。

古処庵
福岡県朝倉市秋月野鳥667-9
c0112559_08522726.jpg
c0112559_08525512.jpg
c0112559_08531886.jpg
これ以降はネットの写真を借用しています。
c0112559_08535509.jpg
c0112559_08541910.jpg



by gipsypapa | 2019-02-11 09:02 | | Trackback | Comments(2)

小松山 大興善寺(その2)

c0112559_08091030.jpg
大興善寺(だいこうぜんじ)の庭園は大正年間より本堂の裏山に造成されました。5万本のツツジが植栽されているつつじ園があり、「つつじ寺」といわれます。春の開花時期には観光客で賑わうそうでうが、このときは季節はずれ。もう一つの景観である紅葉が見ごろでした。

小松山 大興善寺
江戸時代初期
設計・施工 : 不明
佐賀県三養基郡基山町園部3628
撮影 : 2018.11.19
c0112559_08141762.jpg
c0112559_08143999.jpg
c0112559_08151106.jpg
c0112559_08160755.jpg
本堂の脇を抜けて裏山へ。
c0112559_08170482.jpg
本堂の茅葺屋根が見えます。
c0112559_08180298.jpg
紅葉を見ながらさらに上へ。
c0112559_08183983.jpg
中腹の高台に到着。
c0112559_08191753.jpg
c0112559_08205296.jpg
小さな滝と池のある石庭。中根金作の作庭だそうです。中根金作については後ほど。
c0112559_08212053.jpg
c0112559_08220173.jpg
c0112559_08223467.jpg
c0112559_08225736.jpg
庭園の隅に茶店がありました。
c0112559_08234879.jpg
c0112559_08240913.jpg
c0112559_08242930.jpg
この周辺には多くのツツジが植栽されています。
c0112559_08251368.jpg
さらに少し登って・・・
c0112559_08260523.jpg
c0112559_08262716.jpg
Uターン。
c0112559_08270120.jpg
c0112559_08272194.jpg
本堂から脇の出口に近いところには茅葺きの庫裏があります。
c0112559_08283177.jpg
中腹にあった庭と同じく、庫裏庭園は中根金作(なかね きんさく1917 - 1995)の作庭です。
c0112559_08295461.jpg
中根金作は、造園家、作庭家で「昭和の小堀遠州」といわれたそうです。
c0112559_08311207.jpg
手前にある石組みのある池も中根金作の作庭。
c0112559_08314765.jpg
そういえば有名な足立美術館庭園も彼の作庭ですね。
c0112559_08330745.jpg
お寺を出た畑に柿がびっしりなっていました。
c0112559_08335368.jpg
c0112559_08341410.jpg
農道に咲いていた花。例の如く、花の名前にはオンチです。
c0112559_08354515.jpg
ツツジの季節の写真をネットから借用します。



by gipsypapa | 2019-02-07 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(2)

小松山 大興善寺(その1)

c0112559_08035857.jpg
ツアー初日の2ヶ所目は佐賀県の基山町(きやまちょう)に移動して大興善寺(だいこうぜんじ)へ。大興善寺は天台宗の寺院で、別格本山。山号は小松山です。 寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基により創建されたとか。平安時代に円仁(慈覚大師)により中興されたとの伝承があります。

享禄年間の兵火(1530年ころ)によって堂塔は焼失しましたが、天文11年に領主の筑紫惟門が本堂を再建し、江戸時代に入り基山が対馬藩領となると領主の宗氏により堂宇の整備がなされ、寺領を寄進したとあるそうです。

庭園が有名で、本堂の裏山に5万本のツツジが植栽されているつつじ園があり、「つつじ寺」の別称があり、また紅葉の名所でもあります。

小松山 大興善寺
江戸時代初期
設計・施工 : 不明
佐賀県三養基郡基山町園部3628
撮影 : 2018.11.19
c0112559_08133559.jpg
127段の石段を登ります。左右のツツジが美しいそうですが、この時期は季節はずれ。
c0112559_08143316.jpg
c0112559_08145385.jpg
古そうな仁王門。
c0112559_08154242.jpg
昭和41年に大興善寺の旧参道から現在の場所に移設されたそうです。
c0112559_08162276.jpg
c0112559_08182028.jpg
c0112559_08184405.jpg
c0112559_08191159.jpg
c0112559_08193801.jpg
本堂は珍しい茅葺屋根。
c0112559_08234056.jpg
江戸時代初期の1624(元和10)年に対馬府中藩主「宗義成」公の発願により再建されたものです。
c0112559_08204560.jpg
扁額には『大悲閣』九十六世玄祐」と書いてあります。
c0112559_08225115.jpg
c0112559_08244891.jpg
c0112559_08243197.jpg
c0112559_08251594.jpg
本堂の脇にある薬師堂。

c0112559_08263363.jpg
c0112559_08265603.jpg
c0112559_08271485.jpg
c0112559_08275601.jpg
HPの写真です。薬師如来と・・・
c0112559_08283500.jpg
脇仏の日光菩薩・月光菩薩・十二神将。
c0112559_08291177.jpg
c0112559_08293330.jpg
こちらは熊野神社です。木花開耶姫(コノハヤサクヤビメ)を祀っています。
c0112559_08303940.jpg
c0112559_08310173.jpg
c0112559_08331917.jpg

c0112559_08334348.jpg


by gipsypapa | 2019-02-06 08:40 | 建築 | Trackback | Comments(2)

雷山千如寺大悲王院(その2)

c0112559_08120365.jpg
このツアーは紅葉を巡る旅。千如寺には福岡県指定天然記念物である樹齢約400年といわれる大カエデがあるなど、紅葉の名所として有名です。それ以外にも、あまり知られていない室町時代に作庭された「心字庭園」があり印象的な景観でした。最初の写真はネットから借用しています。

雷山千如寺大悲王院
福岡県糸島市雷山626
撮影 : 2018.11.19
c0112559_08124578.jpg
c0112559_08132199.jpg
客殿の前庭は小さな枯山水。左手前が本殿、その右に直交しているのが客殿です。
c0112559_08141264.jpg
左から客殿、宝物殿、庫裏。
c0112559_08145278.jpg
古そうな唐門が前庭の一角の変な位置にあります。
c0112559_08154779.jpg
c0112559_08162569.jpg
前庭の一角にある樹齢400年の大カエデ。福岡県指定天然記念物です。
c0112559_08171245.jpg
落葉で地面が真っ赤。



c0112559_08182103.jpg
本堂と客殿の背後にあるのは「心字庭園」。
c0112559_08193173.jpg
c0112559_08202522.jpg
室町時代の作庭だそうです。
c0112559_08211466.jpg
右に見えるのは方丈。

c0112559_08335350.jpg

c0112559_08215050.jpg
c0112559_08231365.jpg
c0112559_08241371.jpg
c0112559_08265223.jpg
c0112559_08272387.jpg
c0112559_08280072.jpg
c0112559_08285268.jpg
開山堂の横には五百羅漢像がありました。
c0112559_08295966.jpg
c0112559_08301909.jpg


by gipsypapa | 2019-02-05 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

雷山千如寺大悲王院(その1)

c0112559_07541043.jpg
「錦秋の九州 九年庵一般公開と世界遺産 宗像大社・5つの紅葉ハイライト」というツアーに参加しました。2日間で福岡県と佐賀県の紅葉の名所を巡りました。最初は千如寺です。

雷山千如寺大悲王院(らいざんせんにょじだいひおういん)は、福岡県糸島市にある真言宗大覚寺派の寺院で山号は雷山。本尊は千手観音です。開山は178(成務天皇48)年と古く、インドから渡来した清賀(せいが)上人によるといわれています。江戸中期の宝暦2年に福岡藩主・黒田継高が大悲王院を建立しました。

境内には、福岡県指定天然記念物である樹齢約400年といわれる大カエデがあるなど、紅葉の名所として有名です。2回に分けてアップします。まずはいくつかある伽藍の紹介から。

雷山千如寺大悲王院
1752(宝暦2)年以降
設計・施工 : 不明
福岡県糸島市雷山626
撮影 : 2018.11.19
c0112559_07561910.jpg
千如寺は福岡市中心街から車で約50分、糸島市の雷山の中腹にあります。
c0112559_07565679.jpg
実家から距離はそんなに離れていない場所ですが、知っていたのは名前だけで、来たのは初めてでした。
c0112559_07583064.jpg
c0112559_07585938.jpg
c0112559_07591706.jpg
石段を登ったところにある観音堂。ツアー客はこの石段ではなく、庫裏から入って廻廊を登りました。
c0112559_08003971.jpg
c0112559_08010129.jpg
江戸中期の建立だと思いますが、情報が見つかりませんでした。堂内は撮影禁止でしたので、内部写真はネットの写真を借用しています。
c0112559_08012033.jpg
国の重要文化財に指定された木造の十一面千手千眼観音立像。鎌倉時代の作です。
c0112559_08025338.jpg
c0112559_08032110.jpg
観音像の横に「帝釈天」や「大梵天(だいぼんてん)」など二十八部衆の仏像が並んでいます。
c0112559_08040273.jpg
c0112559_08045624.jpg
周囲には装飾彫刻。
c0112559_08052629.jpg
c0112559_08072450.jpg
c0112559_08074519.jpg
c0112559_08080576.jpg
観音堂を抜けさらに上へ。
c0112559_08084685.jpg
c0112559_08090883.jpg
高いところにあるのが開山堂。このお堂は新しそうでした。
c0112559_08102758.jpg
屋根付きの階段を登ります。
c0112559_08110242.jpg
c0112559_08113018.jpg
「木造清賀上人座像」も国指定の重要文化財で、鎌倉時代の作品です。
c0112559_08130201.jpg
この写真はネットから借用。
c0112559_08133444.jpg
他にも興味深いものがありました。
c0112559_08142361.jpg
c0112559_08144165.jpg
c0112559_08150422.jpg
Uターンして下に下ります。
c0112559_08155065.jpg
庫裏。
c0112559_08162630.jpg
c0112559_08193462.jpg
こちらが本堂。これも建立年代などは不明です。
c0112559_08200195.jpg
c0112559_08215398.jpg
c0112559_08221740.jpg
仁王門があります。京都醍醐寺仁王門を模したとか。これも新しいようです。
c0112559_08230878.jpg
仁王門の左右には金剛力士像。
c0112559_08235204.jpg
c0112559_08241343.jpg
境内の南端にある聖天堂。この建物には装飾彫刻があって古そうですが、これも詳細不明でした。
c0112559_08253165.jpg
c0112559_08255706.jpg
c0112559_08261883.jpg
c0112559_08264143.jpg
千如寺の見所は紅葉と庭園でした。次回にアップします。


by gipsypapa | 2019-02-04 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

﨑津諏訪神社

c0112559_08062000.jpg
崎津集落の山側にある諏訪神社。大漁と海上安全祈願のため、1647(正保4)年に創建されたといわれる古い神社です。信濃国の上諏訪宮から分霊して現在地に鎮座したとか。境内には1685年銘の鳥居が現存するなど、当時の姿を今に残しています。

禁教時代、﨑津の潜伏キリシタンは、この神社の氏子になり、参拝の際には密かに「おらしょ」を唱えていました。1805年の「天草崩れ」では、潜伏キリシタンが所有していた信心具を差し出すように指定された場所で、取り調べを受けた信者はどちらへ参詣する際にも「あんめんりゆす」と唱えたそうです。

創建以来、﨑津集落の守り神として受け継がれ、日本の伝統宗教と潜伏キリシタンの共存という独特の文化的伝統を伝えている神社です。

﨑津諏訪神社
詳細 : 不明
世界文化資産
熊本県天草市河浦町崎津505
撮影 : 2018.10.3
c0112559_08065414.jpg
c0112559_08072272.jpg
c0112559_08074665.jpg
ちょっと変わった顔の狛犬です。
c0112559_08085745.jpg
c0112559_08092240.jpg
c0112559_08094788.jpg
c0112559_08100756.jpg
c0112559_08102764.jpg
c0112559_08104705.jpg
c0112559_08110668.jpg
江戸時代初期、1685(貞享2)年に建立された石鳥居の向こうには崎津教会が見えています。
c0112559_08114361.jpg
c0112559_08120099.jpg
鳥居の右に見える住宅は旧木造教会があったところです。

by gipsypapa | 2019-01-23 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

早稲田大学の周辺を歩く

c0112559_09393726.jpg
早稲田キャンパスへの往復は東京メトロ早稲田駅でした。往き帰りに初めて見る周辺の風景を撮影しました。四つ角のそばにある馬場下交番。
撮影 : 2018.9.25
c0112559_09402245.jpg
穴八幡宮
東京都新宿区西早稲田2-1-11

穴八幡宮(あなはちまんぐう)は市街地に鎮座している神社。蟲封じのほか、商売繁盛や出世、開運に利益があるとされていまう。行きませんでしたが、1945(昭和20)年の東京大空襲で、建物の多くを焼失。 現在の社殿は平成になってから再建されたそうです。
c0112559_09410004.jpg
松竹山 龍泉院
東京都新宿区西早稲田1-1-12

反対側は穴八幡宮の道路を隔てて反対側にある龍泉院。日賢上人が開山となり創建した真言宗智山派寺院。豊島八十八ヶ所霊場3番、山の手三十三観音霊場15番札所となっています。
c0112559_09412183.jpg
c0112559_09420565.jpg
萬年山 法輪寺
東京都新宿区西早稲田1-1-15

法輪寺は1606(慶長11)年に大本山北山重須本門寺第十二世日賢上人にて開創。1634(寛永11)年に江戸城総構の大工事のため現在の早稲田に移転したとか。
c0112559_09424281.jpg

by gipsypapa | 2019-01-05 09:43 | | Trackback | Comments(2)

慈雲山大悲院 観音寺

c0112559_08215067.jpg
早稲田キャンパスの一角に面白い寺院を見つけました。早稲田関連の建物に囲まれた道路沿いにあります。一見したらモダンな住宅かと思うような、鮮やかな色使いと打ちっぱなしコンクリートの外観。入り口の石柱がなければお寺とは思いません。

真言宗豊山派寺院の寺院で賢栄和尚が開山となり寛文13年(1682年)創建したそうです。設計は早稲田大学創造理工学部建築学科教授だった石山修武(いしやま おさむ、1944 - )で、このブログでも伊豆の長八美術館を取り上げています。

慈雲山大悲院 観音寺
1996(平成8)年
設計 : 石山修武
施工 : 不明
東京都新宿区西早稲田1-7-1
撮影 : 2018.9.25
c0112559_08241810.jpg
モダンな住宅と思いましたが、入り口に石柱。お寺でした。
c0112559_08271879.jpg
御府内八十八ヶ所霊場52番、豊島八十八ヶ所霊場52番、山の手三十三観音霊場14番札所となっています。
c0112559_08275715.jpg
c0112559_08281492.jpg
c0112559_08284496.jpg
c0112559_08291503.jpg
c0112559_08293134.jpg
c0112559_08295050.jpg

by gipsypapa | 2019-01-04 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(0)