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柳谷観音 立願山楊谷寺 奥之院参道(その2)

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更に下ってきました。京都府指定名勝の浄土苑が見所の境内ですが「紫陽花の寺」といわれるように、斜面に紫陽花が植えられ、山全体が庭園のような雰囲気です。奥之院から下る途中の見所をもう少し。楊谷寺の最終回です。

柳谷観音 立願山楊谷寺
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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奥之院の背後にもあった眼力稲荷大明神がここにも。
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弁天堂です。淀殿弁財天とも。
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横に湧き水が流れ出る手水場。かつて淀城に住んでいた淀殿が毎日ここの水で顔を洗っていたという伝説があるとか。
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淀殿は豊臣秀吉の側室で母は織田信長の妹・市です。
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中陽門から本堂の横まで戻りました。
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最後に楊谷寺の名所の一つ、独鈷水(おこうずい)を見に行きます。地域によっては独鈷(どっこ)とも。
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庫裡の横の通路をくぐって。
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庫裡の左裏に石垣が迫った細い路地。
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独鈷水を見つけた空海の像もあります。日本全国で湧き水や温泉を発見していますね。
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この奥に独鈷水の水源。
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まだ祠ががあります。
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この石垣の前が水源。目のために飲ませてもらいました。
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これらの地蔵さんは阿弥陀堂近くの休憩所にありました。




by gipsypapa | 2019-09-06 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 楊谷寺 奥之院参道(その1)

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京都府指定名勝の浄土苑が見所の境内ですが、紫陽花の寺といわれるように、斜面に紫陽花が植えられ、山全体が庭園のような雰囲気です。

このような山の斜面に沿って、高低がある境内は京都西山三山(光明寺・楊谷寺・善峯寺)に共通した風景です。奥之院から参道を下る途中の見所を2回に分けてアップします。

柳谷観音 立願山楊谷寺
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17

最初の写真は、奥之院の本堂から石段を降りた参道。裏から来たので、普通とは反対の道順でした。
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奥之院の堂宇の横に小さな庭を発見。気づかないくらい小さな庭です。
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涼しげな自然のせせらぎ。
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向こうに見えているのは多宝塔。
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十三重石塔です。
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奥之院本堂の裏側にある「奥之院眼力稲荷」。右は愛染堂です。
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愛染堂には愛染明王が祀られ、男女和合・夫婦円満などにご利益があるとか。前にあるのは「あいりきさん」。石版を背負わされている天邪鬼ですが、小錦にしか見えません。
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と思ったら、ネットに反対側の写真があったので、借用します。顔は小錦じゃなかった。それにしても持ち物がご立派!
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奥之院前の石段を降りたところにある塔。
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不思議な形ですが、何でしょう?
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この小さな社は納骨堂と書いてあります。
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中を覗くと、向こうに石仏。
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社の横にも別の石仏。
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更に下って行くと、小さな池があります。
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モリアオガエルがいるようです。森青蛙と書くようですが、特に珍しくもないそうです。
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少し下がると紫陽花の道。植え替え中の表示。
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石垣と紫陽花。
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最盛期は過ぎていますが、まだ咲いています。
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もう少し下ります。続きは次回に。



by gipsypapa | 2019-09-05 08:10 | | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 楊谷寺(その5)奥之院

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境内の最も奥の高台にある奥之院。元禄時代に中御門天皇が造られたという観音様を祀っています。お堂は1912(大正元)年に建立された建物が、3年後に焼失したため、昭和初期に再建されたものです。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)奥之院
1930(昭和5)年再建
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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上書院の1階を出て右に進むと、裏側に小さな壷庭があり、その一角に水琴窟があります。
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これは石灯籠。
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これが水琴窟。いい音がしました。
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上書院の裏から奥之院へ続く回廊階段を上ります。
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両側はアジサイ庭園です。
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アジサイには遅いと思っていましたが、まだ咲いていました。
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回廊を抜けると奥之院。これは正面ですが、階段回廊を上ると、出るのは裏側です。
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本尊の左側にある二十八部衆。観音様の守護をする神だそうです。
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古そうな杉戸絵があります。
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象の木鼻。
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周辺は青モミジなどの緑一杯です。

by gipsypapa | 2019-09-04 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 立願山楊谷寺(その4)上書院

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境内には京都府指定文化財の本堂や山門、庫裏、本堂などがあり、また江戸時代中期の作庭で京都府指定名勝の浄土苑があります。書院から上った山の斜面に建つ上書院。書院より新しい明治後期の築です。この日は月一回の縁日で特別公開されています。木造2階建て。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)上書院
明治時代後期
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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書院の縁側から屋根付きの階段を上ります。
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浄土苑の眺めは、前回の書院からが第一層、上書院の1階からが第二層になります。
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総ヒノキ造りの部屋です。
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引き出しがある階段で2階へ。
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書院から上った階段の屋根が見えています。
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2階書院の違い棚。
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ここからの浄土苑の眺めが第三層。
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新緑も美しいですが、紅葉の季節は見事でしょう。
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とはいえ、そのころは紅葉を見るというより、人を見に来たようになりそうです。
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浄土苑が眼下に。
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映画『日本のいちばん長い日』のロケ地として使用されたことがきっかけで、一般公開するようになったとか。
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書院の屋根が見えています。



by gipsypapa | 2019-09-03 07:51 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 楊谷寺(その3)書院と浄土苑

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楊谷寺境内には江戸時代中期の作庭で京都府指定名勝の浄土苑があります。浄土苑は本堂と書院の間に築かれた庭で、山の急斜面を巧みに利用した造りで、書院に座って眺める鑑賞式の庭園です。

庭園に配置された巨石群は菩薩に見立てられていて、十三仏(阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩、不動明王など)や目菩薩、受菩薩などが安置されています。山の斜面に三層に分けて造形された景色は類まれなる眺望とされ、重森美玲の『古都百庭』にも 選ばれたそうです。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)浄土苑
江戸時代中期
京都府指定名勝
作庭 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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本堂の中を抜けて、庫裡の裏側にある書院へ向かいます。見えているのは本堂です。
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本堂側、浄土苑の端です。
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書院が見えています。書院も京都府指定文化財です。
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十三仏を表現する石の配置図ですが、実際に庭を見たら、意識しません。
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書院では写経か何かが行われていました。
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月替わりで秘宝を特別公開していく企画「柳谷観音寺宝展」。この7月は江戸時代中期に活躍し、東京国立博物館や京都国立博物館などにも収蔵されている作品を残した、呉春(ごしゅん 1752 - 1811年)の『蓬莱山図』が展示されていました。
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書院の二面に広がる美しい庭。
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小さな岩島に石橋。
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急斜面の山が目の前に迫っています。
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左の高みに見えるのが、この日に特別公開されている上書院です。
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庭を眺めながら階段を上っていきます。
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これはネットから借用した写真です。



by gipsypapa | 2019-09-02 07:50 | | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 楊谷寺(その2)本堂と伽藍

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京都西山三山(楊谷寺、善峯寺、光明寺)の一つ、楊谷寺(ようこくじ)。西山浄土宗の寺院で、通称は柳谷観音(やなぎだにかんのん)。山号は立願山です。独鈷水(おこうずい)の寺として、また近年は「紫陽花の寺」としても知られています。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)本堂
江戸時代前期
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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本堂は江戸前期建立の京都府登録有形文化財。
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履物を履いたまま堂内へ上がることができました。
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左側に畳敷きの一角があり、履物を脱ぎ、奥へ進むとお目当ての書院と浄土苑です。それは次回に。
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本堂を囲む、そのほかの建造物を見ます。本堂右側から。
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白い方形屋根は経蔵です。詳細はわかりませんでした。
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経堂の前に建つのは護摩堂。これも詳細不明ですが、双方ともに新しそう。
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その右側は地蔵堂。江戸時代中期の建立です。
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地蔵堂から阿弥陀堂へつながる屋根付きの渡り廊下。これも同時期のものでしょう。
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阿弥陀堂も江戸時代中期の建立。
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阿弥陀堂の右側面は坂。
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変なところに蹲(つくばい)があります。多分、その坂が、後に出てくる奥之院の参道入り口になるから。
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坂の途中、阿弥陀堂の裏側は大きな石組みの石垣です。
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坂のその上にあるのは寺寶庫。昭和5年再建だとか。
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本堂の左側に建つのは庫裏。奥に書院がつながっています。江戸時代中期に建立された京都府登録有形文化財。
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ここは庭園の「浄土苑」を見るために後で中に入ります。納経帳の記帳待ちが数人。
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楊谷寺には、色々な押印や押し花がきれいな記帳法があって、人気のようでした。
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by gipsypapa | 2019-09-01 10:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

柳谷観音 楊谷寺(その1)参道から表門へ

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京都西山三山(楊谷寺、善峯寺、光明寺)の最後は楊谷寺(ようこくじ)です。西山浄土宗の寺院で、通称は柳谷観音(やなぎだにかんのん)。山号は立願山です。

独鈷水(おこうずい)の寺として、また近年は「紫陽花の寺」としても知られています。寺伝では清水寺の開祖延鎮が大同元年(806年)に開山したとされ、延鎮が夢告によりこの地で十一面千手千眼観世音菩薩像を感得し、堂を建て安置したのが始まりとされるそうです。その後に延鎮が清水寺に帰った後には、空海が度々、ここで修行をしたとか。

境内には京都府指定文化財の本堂や山門、庫裏、本堂などがあり、また江戸時代中期の作庭で京都府指定名勝の浄土苑があります。境内全体が山の斜面に広がり、見所が多いので、数回に分けてアップします。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)
江戸時代
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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この日、17日は月に1度の縁日です。この日だけ、後に紹介する上書院が特別公開されるので、訪ねることに。
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縁日なので、参道にいくつか出店がありました。
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参道に茶楼玉屋というよさそうな店があります。
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その奥には陽光桜苑。今年4月1日に開園したばかりだそうです。
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城のような石垣。
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表門は江戸時代中期に建立された四脚門で、門柱の前後に控柱を二本ずつ立てた四本の脚で支えています。従来は天皇や皇族、またはその使者のみ開門する、勅使門でしたが、今は誰もがここから入るようになっています。京都府登録有形文化財。
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門に上部に方位盤。磁石です。
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両脇には風神と・・・
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雷神。
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手水舎は「瀧の口」という名前です。
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普通の龍の吐水と思っていたら・・・・・
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手水鉢の下に面白いものを発見。
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四隅を支えているのは餓鬼でしょうか。
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次は本堂へ。


by gipsypapa | 2019-08-30 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その3)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。

それらを3回に分けてアップしてきましたが、これが最後です。なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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春光院 – 堀尾吉晴が創建。重要文化財の南蛮寺(なんばんじ)の鐘と狩野永岳の方丈襖絵を所有。龍泉派に属する。
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大通院 – 開基一柳直末が創建。開山は妙心寺58世南化玄興で、天正14年(1586年)に建立されている。山内一豊夫妻霊屋がある。東海派に属する。
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大龍院 – 中村一忠が慶長11年(1606年)に妙心寺80世鉄山宗鈍を開祖として創建した。霊雲派に属する。
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玉龍院 – 生駒一正が慶長3年(1589年)に妙心寺99世大川紹潙を開祖として創建。龍泉派に属する。
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通玄院 - 開基寺西信之、開山は妙心寺219世虚櫺了廓。かつては即心院と称していた。創建年代は諸説ある。明治11年(1878年)、水月院を合併している。龍泉派に属する。
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霊雲院 – 妙心寺 4派のうち霊雲派の本庵。妙心寺25世大休宗休が師の特芳禅傑を勧請開山として大永6年(1526年)に創建した。国の重要文化財後奈良天皇宸翰円満本光国師号勅書、狩野元信筆の琴棋書画図を有し、天文12年(1543年)に建立されたと伝わる書院も重要文化財となっている。相国寺慈雲庵の子建和尚による作庭と伝えられる枯山水庭園は「霊雲院庭園」として名勝・史跡に指定されている。
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門から少しだけ前庭が見えます。
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ネットにあった国の名勝の庭園の写真を2枚。
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聖沢院 – 妙心寺 4派のうち聖澤派の本庵。妙心寺18世天蔭徳樹が師の東陽英朝を勧請開山として、帰依していた土岐政房や細川氏の援助により大永3年(1523年)に創建した。一旦寺勢は衰えるものの、早川長政の援助を得て庸山景庸が文禄3年(1594年)に再興した。本堂、書院、庫裏および表門が1999年(平成11年)に京都府の文化財に指定されている。国の重要文化財摩利支天画像のほか、片山尚影の十牛図や獅子図、狩野典信の麒麟図や竹林七賢図を所蔵する。
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どの塔頭の屋根を撮ったか、今となってはわかりませんが、いくつかアップします。
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by gipsypapa | 2019-08-29 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その2)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。

それらを3回に分けてアップしています。なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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長慶院 - 豊臣秀吉の正室である北政所の姉妹長慶院(木下家定娘)が慶長5年(1600年)に創建。開山は妙心寺71世東漸宗震。明治11年(1878年)に相楽郡の妙法寺と合併して妙法寺を名乗っていたが、明治38年(1905年)旧称に復した。聖澤派に属する。
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お茶と食事ができるようです。庭もよさそうですが、時間がなく断念。

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雲祥院 - 開基千坂景親(宗策居士)、開山海山元珠。 「亀仙庵」(千坂景親の法名「鶴齢院殿亀仙宗策居士」からの由来)として慶長3年(1598年)創建。 その後、方広寺鐘銘事件で祥雲寺にいた海山元珠が徳川家康の思惑に沿わない見解を述べたため、家康から祥雲寺が没収されるに至ったが、その際に海山元珠は師の 南化玄興と豊臣秀吉遺児豊臣鶴松(棄君)の木像を背負って妙心寺に帰ったと伝えられている。 その後、自坊「亀仙庵」を祥雲寺の名を逆さにした「雲祥院」と改名した。明治11年(1878年)に熊谷半次創建の瓊林院と合併している。東海派に属する。
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光国院 - 開基松平忠隆、開山梁南禅棟。元和6年(1620年)創建。松平忠明創建の実相院を明治11年(1878年)に合併している。龍泉派に属する。
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隣華院 – 脇坂安治が創建。長谷川等伯筆方丈襖絵「水墨山水図」(国の重要文化財)、狩野永岳筆襖絵を所有。東海派に属する。
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天球院 – 寛永8年(1631年)池田輝政の妹天久院が創建。狩野山楽・山雪らが描いた方丈障壁画152面あまりが重要文化財。東海派に属する。
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金牛院 - 環陵を開祖として慶安3年(1650年)創建。東海派に属する。
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智勝院 – 稲葉貞通が創建。開祖は単伝士印。慶長2年(1597年)創建。絹本著色稲葉一鉄像を所蔵する。東海派に属する。
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麟祥院 – 春日局開基の菩提寺。開山は碧翁愚完(鍋島勝茂の子)で、寛永10年ないし同11年に建立された。創建当初は現在の花園高校の位置に敷地があったが、明治30年(1897年)に現在地へと移っている。春日局の父斎藤利三と親交が深かった海北友雪筆による方丈襖絵(西湖図、雲龍図、瀟湘八景図)を所有。元和年間に後水尾天皇より拝領した釣殿が春日局の霊屋として境内にあり、小堀遠州によるものと伝わる同木像がある。東海派に属する。
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by gipsypapa | 2019-08-28 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その1)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。それらを3回に分けてアップします。

なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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龍泉庵 – 妙心寺四派のうち龍泉派の本庵。妙心寺10世景川宗隆が文明13年(1481年)に創建した。国の重要文化財、長谷川等伯筆「枯木猿猴図」所蔵(実物は京都国立博物館に寄託)。本堂、庫裏、書院、鐘楼及び表門が京都府の文化財に指定されている。
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天授院 - 妙心寺 2祖、授翁宗弼により康暦2年(1340年)に創建される。国の重要文化財、法華経譬喩品を所蔵する。
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雑華院 - 開基牧村利貞が弟で妙心寺79世一宙東黙を開祖として天正11年(1583年)に創建した。東海派に属する。
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微妙殿 - 昭和40年代に新しく建てられた微妙殿。妙心寺二世微妙大師の遠諱記念事業で建立。
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塔頭めぐりの路地は数箇所の曲がり角があります。
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海福院 – 福島正則開基。夬室智文開祖。公家町尻家(福島正則縁者)菩提寺。東海派に属する。
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蟠桃院 – 前田玄以が創建。伊達政宗が大檀越に加わり伊達家菩提寺となる。東海派に属する。
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養徳院 - 開基は石川光重、開山はその兄弟で妙心寺67世の功沢宗勲。天正11年(1583年)創建。蘭叔玄秀による酒茶論の軸、曽我直庵筆の鷹図、鑑真伝来と伝わる鉄鉢を所蔵する。東海派に属する。
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大雄院 - 開基は石川光忠、開山は慧南慧譲。石川氏の菩提寺として慶長8年(1603年)創建。現在の方丈は享保2年に改築されたものである。柴田是真筆による郭子儀図を含む襖絵を所蔵する。東海派に属する。
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by gipsypapa | 2019-08-27 08:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)