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修禅寺へ再び

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来るたびにお参りして、すでにこのブログでも何度かアップした修禅寺へ再び。町の名前の由来ですが、お寺は修禅寺、町名は修善寺です。

807(大同2)年に空海が創建したと伝えられ、以来、長く真言宗に属していましたが、臨済宗に改宗した後、北条早雲の時代に曹洞宗の寺院として再興させ、現在に至っています。現在の本堂は1883年(明治16年)に再建したものです。

福地山 修禅寺
1883(明治16)年
設計・施工 : 不明
静岡県伊豆市修善寺964
撮影 : 2019.12.15
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何度も来たのに知らなかったのですが、本堂の裏側に池泉回遊式の庭があるのです。よさそうな庭園ですが、今回も見ることはできませんでした。
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秋の特別公開が11月21日~12月2日まで開催されたとか。
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2ヶ月前に知り菊屋の予約を取ろうとしましたが、空き室は無しでした。
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「だるま石」。5年前に見たときに比べると、くすんだ色になって貫禄がつきました。その代わり目立ちません。
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向こうに見えている回廊の後に庭園があるようです。
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もう訪ねることはないかも知れません。写真はネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2020-01-27 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(0)

補陀洛山 常稱寺

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総持寺から南に下り、阪急電車の総持寺駅脇のガードをくぐると、すぐ東側に常稱寺(じょうしょうじ)があります。常稱寺は浄土真宗本願寺派の寺院で、山号は総持寺と同じ補陀洛山(ふだらくせん)です。

創建は室町時代の文明7 年(1475 )と伝わる古刹ですが、総持寺とは僧侶の交流があったとかで、強い関係があるそうです。本堂は元禄13 年(1700 )建立で、宝暦12年(1762)に改築されたものです。ただし屋根は、平成7年(1995年)の阪神淡路大震災で被害を受け、葺替えを行ったとか。

本堂脇にある庫裡は専用の梯子に宝暦14年(1764)の墨書みつかったそうで、本堂の改築のころに建てられたようです。本堂の前に小さな庭園があります。この庭かどうかは定かではありませんが、ネット情報では学術調査などで、書院の西に枯山水庭の遺構が確認されたとあります。

また寺伝では「高槻市富田の普門寺及び紅屋(酒造家)の庭園を造った同じ庭師の作と伝えてられているが、確証はない」とも。そうであれば、作庭者は小堀遠州の高弟だった玉淵坊日首(ぎょくえんのぼうにっしゅ)で、江戸時代初期の造営ということになります。

補陀洛山 常稱寺
1700(元禄13)年 / 1762(宝暦12)年改築
設計・施工・作庭 : 不明
大阪府茨木市中総持寺町6-31
撮影 : 2019.12.5
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山門は東側にあり、細長い参道の奥にあるのですが、参道入り口の格子戸が閉まっています。
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境内から見た山門。閉まっています。
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現在の入り口は北側にありますが、ちょっと見ただけでは奥に寺院があるとは思わないでしょう。
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江戸中期建立の本堂。
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本堂の裏側は境内を出たところから金網越しに見えます。
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庫裡も江戸中期の築。
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庫裡手前にあるのはソテツの木でしょうか。
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12月初旬ですが、まだ紅葉は残っていました。
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本堂の右手前にある小さな庭。
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学術調査で枯山水の遺構と確認された庭があるとかですが、実際は水溜りのような池があります。
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他にそれらしいものはなく、「書院の西に発見された枯山水」という、書院と呼ばれるような建物もありません。
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ということで、その遺稿かどうかはわかりませんでした。
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次回からは静岡県です。



by gipsypapa | 2020-01-23 08:56 | 建築 | Trackback | Comments(2)

秋の総持寺庭園

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12月の初旬。紅葉を求めて近所を散策しました。少し紅葉には遅すぎだったかも知れません。この日はもう一つの目的地があったのですが、個人的にはおなじみで、何度かアップした総持寺(そうじじ)を経由しました。秋になった庭園を見たかったこともあります。

総持寺は大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺院。山号は補陀洛山 (ふだらくせん)で本尊は千手観音。西国三十三所第22番札所です。美しい庭園は比較的近年に完成したと思われる池泉回遊の庭。石を適所に配した見所が多い設計です。境内には、ほかにも、小ぶりですが巨石を使った枯山水の庭もあります。

補陀洛山 総持寺庭園
詳細不明
大阪府茨木市総持寺1-6-1
撮影 : 2019.12.5
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裏門を入ると左手にある石庭。
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本堂側へ。
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池泉の庭。落葉樹が少ないので、色づいているのはこの周辺だけ。
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夏にはなかった何種類かの花の苗が植えてありました。
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結論として、秋には特に特別感はないです。この庭は桜の季節が一番でしょうか。アーモンドの花もきれいに咲きます。



by gipsypapa | 2020-01-22 08:53 | | Trackback | Comments(2)

高槻市 小寺池の八幡神社

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先にアップした小寺池の南畔に小さな神社を見つけました。多分、地元でもほとんど知られてない神社です。御祭神などの詳細はわかりませんが、昭和時代に再建されたものだとか。

八幡神社
1982(昭和57)年
設計・施工 : 不明
大阪府高槻市西五百住町3-16
撮影 : 2019.11.26 & 2020.1.13
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小寺池の反対側から見た神社。コンデジの写真を切り抜いたので、ボケています。
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小さな社。格子の隙間から中を見ることができます。
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なにやら丸い鏡が祀ってあるようです。
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この彫刻は虎?猫じゃないですよね。
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この一角だけ大きな木が立っていて、
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更に大きな木の切り株。落雷でも受けたのでしょうか。昭和に再建されたというからには、古い神社があったのでしょうね。
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高台になっているので小寺池が見渡せる神社です。

by gipsypapa | 2020-01-21 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

富田御坊 本照寺庭園

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普門寺を訪ねたついでに、昔は普門寺城といわれた広大なエリアを訪ねました。既にこのブログでアップしたことがある本照寺(ほんしょうじ)は浄土真宗本願寺派の仏教寺院で、富田御坊(とんだごぼう)ともいわれています。

この日、普門寺でお話を伺い、本照寺は室町時代以前は普門寺のいわゆる塔頭(たっちゅう)だったと聞きました。また秀吉の中国大返しのときに普門寺で落ち合った秀吉の軍が山崎の戦い前夜にここに本陣を張ったといわれています。

江戸時代になってからは周囲に寺内町を形成し、現在もその町並みをとどめている地域です。本堂は1798(寛政10)年の築で、山門、東門、鐘楼とともに市の有形文化財に登録されています。

以前にアップしたときも、一部紹介していますが、最近参考にしている藤井里江さんの「続大阪の庭」という論文(pdf)に取り上げられていたので、この日はじっくり見てきました。「日本庭園鑑賞便覧」によると大正時代に作庭の枯山水となっていますが、今の庭園は池泉になっています。

富田御坊 本照寺庭園
昭和期か
作庭 : 不明
大阪府高槻市富田町4-4-27
撮影 : 2019.11.12 & 2020.1.15
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東側の脇門から入るとすぐ、庭は本堂の手前にあります。
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睡蓮が浮かぶ池泉の庭。
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八本足の構造物は何でしょう。いずれにしろそんなに古い庭ではなく、昭和の造園ではないでしょうか。
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形から見て、いわゆる心字池のようです。
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小さな池ですが、回遊式になっています。
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昨日も近くを通ったので立ち寄りました。落ち葉が多くなっています。
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再び去年11月中旬の写真です。
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普門寺にあった伽羅双樹の木がここにも。こちらの方が大きいので、樹齢数百年かも。
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山門に向かうところの手水所。
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山門は南側です。

by gipsypapa | 2020-01-16 08:23 | | Trackback | Comments(2)

高槻市の三輪神社(その2)

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元は先にアップした普門寺の鎮守だった三輪神社。富田村の産土神(うぶすながみ)といわれます。富田は江戸時代の初めから酒造りが盛んだった町で、24軒もの造り酒屋があったといい、三輪神社は今も酒の神様を祀る神社として参拝者が多く訪れるところです。

境内には本殿、合の間、拝殿で構成される社殿以外にも絵馬所、末社春日社、灯籠、狛犬など江戸時代の建物や石造物が多く残っています。

三輪神社
江戸時代
設計・施工 : 不明
高槻市有形文化財
大阪府高槻市富田町4-14-14
撮影 : 2019.11.12 & 26
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本堂の南に小さな祠、春日社は高槻市の有形文化財です。
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北側には絵馬所。これも市の有形文化財。
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酒の神様なので酒樽が並んでいます。
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右から「國之長」は寿酒造。清鶴は地元。長龍は奈良で、勧請したといわれる大和国三輪山の大神神社とのつながりかと。
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古ぼけた絵馬。
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絵馬所の背後にあるのは天神社・八幡神社。
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柵から中へは入れませんが、小さな苔庭があります。
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鳥居の近くには稲荷神社と石灯籠。これらの石灯籠は古いものが多かったです。
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寛延4年と刻まれています。1751年。
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宝永5年は1708年。
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天保9年は1838年。幕末です。
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朽ちて読めません。
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これ以降は平成の灯籠です。デザインが濃密になっていますね。
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by gipsypapa | 2020-01-15 08:43 | 建築 | Trackback | Comments(0)

高槻市の三輪神社(その1)

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三輪神社は先にアップした普門寺のすぐ傍にあり、かつては普門寺の鎮守だった神社。大己貴命(おおなむちのみこと)を祀り、大和国三輪山に鎮座する大神(おおみわ)神社から勧請したと伝わっています。

資料や棟札から、寛永16年(1639)に普門寺の龍渓禅師により再興され、寛延2年(1749)に社殿が修復されたことがわかっています。

富田は、江戸時代の初めから酒造りが盛んだった町で、24軒もの造り酒屋があったといい、三輪神社は今も酒の神様を祀る神社として参拝者が多く訪れるところです。なお、江戸時代から続く造り酒屋は寿酒造清鶴酒造の2軒のみになっています。

境内には本殿、合の間、拝殿で構成される社殿や絵馬所、末社春日社、灯籠、狛犬など江戸時代の建物や石造物が多く残っています。

三輪神社社殿
江戸時代
高槻市有形文化財
設計・施工 : 不明
大阪府高槻市富田町4-14-14
撮影 : 2019.11.12 & 26
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東側が今の表門。ここから入り右へ。
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石鳥居の正面は拝殿。御祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)。地元では、大黒さんの愛称で親しまれています。
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懸魚がネットで覆われています。
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狛犬も江戸時代のもの。
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屋根に鳩がとまっています。時間帯によってはすごいことに。これは後で。
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一番背後にある本殿の側面。板が張ってあります。
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南側には社殿に向かって横から入る参道。こちらの方が参道らしい佇まいです。
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11月の下旬で、少し紅葉しています。
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拝殿の東側には柵で囲われた広場があります。
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庭のようですが、何もありません。
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これは今年の初詣のときに撮った写真。鳩が多い神社です。
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社殿の裏側。普門寺の参道から入るとここに出ます。
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摂津名所図会に掲載された三輪神社。江戸中期の境内です。左上、つまり普門寺側に表門がありますが、今はありません。

by gipsypapa | 2020-01-14 08:41 | 建築 | Trackback | Comments(2)

普門寺「観音補陀落山の庭」

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。普門寺(ふもんじ)は、大阪府高槻市富田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。

江戸時代初期に作られ、国の名勝に指定された枯山水の観音補陀落山の庭は、正保年代(1645 - 1648)年ころの寺観整備のときに作られたもの。作庭者は小堀遠州の高弟だった玉淵坊日首(ぎょくえんのぼうにっしゅ)です。ちなみにこの庭園が1981(昭和56)年に国の名勝に指定され、その後の2000(平成12)年に境内のほぼ全域が国の名勝に追加指定されたそうです。

玉淵坊は京都の妙蓮寺の僧で、妙蓮寺の十六羅漢石庭をはじめとして、知恩院方丈庭園、慈照寺庭園などを作庭し、桂離宮の造営にも参画したと伝えられているそうです。普門寺の庭は京都の桂離宮「天の橋立」と同時期に作成されたと考えられていて、桂離宮の造園の習作だったのかもという説明を受けました。

慈雲山 普門寺「観音補陀落山の庭」
江戸初期
名勝
作庭 : 玉淵坊日首
高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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境内の北の端にあります。方丈の縁側から。
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奥の北側が少し高くなっていて、低い南側は水面、やや小高い方を岸か島にみたてた枯池泉です。
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奥に石橋があり。要所に石組みを配置しています。
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当初は北側にある阿武山を借景にしていたそうですが、植栽で見えません。
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とはいえ、木がなくても北側にはビルがいくつも建っているので見えないでしょう。
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植栽で隠れていますが、中世普門寺城の遺構とみられる土塁。これも国の名勝の対象です。
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by gipsypapa | 2020-01-12 08:46 | | Trackback | Comments(2)

普門寺 方丈西庭「心字の庭」

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。普門寺(ふもんじ)は、大阪府高槻市富田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。 方丈の前と横には昭和期に作庭された枯山水の方丈庭園と心字の庭があります。これらの作庭は昭和の作庭家・造園史家の森蘊(もり おさむ、1905 - 1988)。

方丈の西側にはサツキを幾何学的に刈り込んだ植栽と、玉石を敷いた心字の池がある近代的な枯山水の庭です。

慈雲山 普門寺方丈西庭「心字の庭」
昭和期
名勝
作庭 : 森蘊高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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方丈の西面。
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方丈から西を見ています。正面は瑠璃殿。2019(平成7)年に新築された室町様式のお堂。左が現在の庫裡と思われます。
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方丈西側、北へ延びる幾何学的に刈り込まれた路。
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これが心字の庭です。
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向こうに建つのが庫裡と思われる建物です。
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境内の西の端。瑠璃殿は島根県の一畑薬師を勧進した目の薬師如来を祀っています。
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そこから北側に向かうと墓地があります。
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戦国中期に室町幕府の管領としてこの寺に滞在し、三好氏との戦いに敗れ、ここ普門寺城に幽閉された後、50歳で没した細川晴元の墓です。
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心字の庭の北側。この向こう側に観音補陀落山の庭があります。




by gipsypapa | 2020-01-11 10:20 | | Trackback | Comments(2)

普門寺 方丈庭園

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。方丈の前と横には昭和期に作庭された枯山水の方丈庭園と心字の庭があります。

これらの作庭は昭和の作庭家・造園史家の森蘊(もり おさむ、1905 - 1988)。森蘊は古庭園を文献研究や発掘、測量を行って研究した人で、このブログで紹介した奈良の旧大乗院跡庭園も手がけている人です。

方丈には前後に庭があり、白砂の前庭はパンフレットにある「三尊石七福神五菩薩写経堂南庭」じゃないかと思われます。まずは方丈の南北に庭から。

慈雲山 普門寺方丈庭園
昭和期
名勝
作庭 : 森蘊
高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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方丈の南にある枯山水の石庭。奥行きが狭めで細長い庭です。
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「三尊石七福神五菩薩写経堂南庭」のうち、三尊石は中央に鎮座しているのでよく分かりますが・・・
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七福神と五菩薩はどれがどれかわかりません。
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沙羅双樹のある庭です。写真の奥の方にあります。全国の庭を数多く網羅した「おにわさん」という優れもののHPでは「沙羅双樹のある庭」と紹介されています。ただ、らったパンフレットにはその呼び名は見当たりません。
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これです。小さい木ですが、樹齢150~200年だとか。
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開花時期は6月中旬から下旬です。写真はネットから借用します。
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方丈の北側も細長い庭があります。松と石組みを主体としたシンプルな庭。
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塀に囲まれた長方形の苔庭です。
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この庭も森蘊の作庭かとは思いますが、未確認です。



by gipsypapa | 2020-01-10 07:53 | | Trackback | Comments(2)