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和倉温泉 少比古那神社

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渡月庵の裏手にある少比古那神社(すくなひこなじんじゃ)。大同年間(806年~810年)に裏手から温泉が湧き出たことを感謝して祀った湯の神、つまり和倉温泉の守り神です。石段を登ると小さな境内に拝殿と本殿、無病息災、家内安全、夫婦円満が叶うという夫婦神木があります。

少比古那神社
詳細 : 不明
石川県七尾市和倉町ヨ47
撮影 : 2017.6.6
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少名毘古那(スクナビコナ)は須久那美迦微、少彦名、少日子根などとも表記される日本神話の神です。
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裏手にある長く急な石段を上ると、かつての湯脈である「湯湧谷」へと続くそうですが、未確認。
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夫婦神木。檜(ひのき)と欅(けやき)のペアです。
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「湯湧谷」に温泉が湧き出たことが和倉温泉の始まりだそうです。
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しかし、永承年間(1046~1053)年に起こった地震による地殻変動で湯脈が海の沖合に移動。
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現在は祠のみが、この裏の近くに移転されて残っています。
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by gipsypapa | 2018-02-24 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(1)

利尻島の「北のいつくしま弁天宮」

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「北のいつくしま弁天宮」は、嵐で岩に打ち砕かれそうになった弁財船を弁天様が救い、そのご加護に感謝した海の男たちが建てたといういわれのあるお宮です。社は「龍神の岩」の上に建てられ、海に突き出した形で祀られています。

北のいつくしま弁天宮
北海道利尻郡利尻町久連
撮影 : 2017.5.16
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バスの車窓から。社が立っているのが龍神の岩。
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弁天様が助けた弁財船とは中世末期から明治にかけて日本での国内海運に広く使われた大型木造帆船だそうです。
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この周辺の岩も利尻山が噴火したときの溶岩が流れ出たときにできたものです。
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向こうに見えるのは、次に訪ねる沓形岬灯台です。

by gipsypapa | 2018-01-28 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

太魯閣峡谷(タロコきょうこく)

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ツアー4日目は朝から、花蓮で最も有名な観光地の太魯閣(タロコ)峡谷へ。花蓮は大理石の産地です。太魯閣渓谷は山部を流れる立霧渓が大理石を侵食して形成された渓谷で、この一帯は太魯閣国立公園になっています。渓谷沿いを通る東西横貫公路から、断崖や岩、渓流、滝など、変化に富んだ、荒々しい風景を眺めることができます。

太魯閣峡谷
花蓮縣秀林郷
撮影 : 2017.4.19
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トンネルの手前には白い大理石で作られた砂卡礑大橋。
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橋の欄干には大理石を彫った獅子象が並んでいます。
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総勢100頭いるそうです。
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同じものは一つもありません。それぞれ違った表情をしています。
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その橋の袂から階段を下ると砂卡礑(シャカーダン)歩道。ここを歩きました。
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橋の欄干は大理石でしたが、橋脚は赤い鉄橋なんですね。
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対岸の大理石の壁。
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この歩道は日本統治時代、水力発電所建設の資材運搬用に造られたものだとか。
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歩道は全長約4.5Kmあるそうですが、とても制限時間内には戻れないので、途中から引き返しました。
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砂卡礑歩道からバスで砂卡礑渓谷沿いを下流へ進んでいます。
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長春橋も真っ赤です。
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東西横貫公路は人力で絶壁や断崖を削り、トンネルを掘って作ったそうです。
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崖の上に見えるのは長春祠と長春滝。東西横貫公路の難工事で命を落とした212名を祭る祠だそうです。

長春祠
1958年
花蓮県秀林郷富世村291号
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歩いて登るしかないようですが、ちょっと見たかったところです。

by gipsypapa | 2018-01-17 07:24 | | Trackback | Comments(2)

蓮池潭 龍虎塔


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高雄の観光名所の一つ、蓮池潭(れんちたん)。清朝時代の1686年に孔子廟を建立する際に、池に蓮を植えたため、「蓮池潭」と呼ばれるようになったそうです。

その湖の中に建てられた龍虎塔は、西側の陸地にある慈済宮の一部で、開運の神として親しまれています。龍と虎が大きな口を開けている二つの塔が並び立っ印象的な建物です。龍と虎の塔はどちらも7層建てで、仏家の七級浮屠を表現しているとか。高雄へ来たら、ほとんどの人が、まずはここに来る人気スポットで。

蓮池潭 龍虎塔
1974(昭和49)年
設計・施工 : 不明
高雄市蓮潭路9号
撮影 : 2017.4.17
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駐車場から湖の南側を歩いていきます。
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湖には龍虎塔だけでなく、いくつかの湖上の廟があります。
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見えてきました。
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蓮池潭の名のとおり蓮が各所に自生。
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入口は龍側。
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空洞を通って中へ入ります。[#IMAGE|c0112559_08235018.jp

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やはり中もカラフル。
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螺旋階段を登ります。
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各階はバルコニーのようになっていて、湖を見渡すことができます。
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虎から出ます。

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蓮池潭のすぐ前にある「慈済宮」。こちらが本宮です。保生大帝(医療の神様)を祀る道教寺院で、1719年に創建され、1960年に現在地に移転されたとか。
高雄市左營區蓮潭路9號

by gipsypapa | 2018-01-10 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日月潭文武廟

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台中市から南東へ向かい山を登っていくと日月潭という湖があります。その日月潭を見下ろす高台にある「文武廟」へ行きました。

ネット情報では「日本統治時代に、台湾総督だった明石元二郎と高木友枝が率いる台湾電力株式会社が水力発電所を建設するため、台湾で最も長い川である濁水渓から地下導水路で水を引く計画を立案。途中資金不足や関東大震災による影響などで計画は中断しましたが、1928年に松木幹一郎が台湾電力社長に就任したことにより計画が再開され、1934年6月にダム湖と発電所が竣工した。」とあります。現在、この「大観水力発電所」の発電量は台湾の水力発電全体の半分以上を占めているそうです。

それ以前、この日月潭湖畔には二つ廟がありましが、発電所計画によって湖面が上昇したため廟は元の場所から移動することになり、その際に二つの廟を一つにして、この「文武廟」を新しく建てらたそうです。

日月潭文武廟
1938(昭和13)年
設計・施工 : 不明
南投県魚池郷日月村中山路63號
撮影 : 2017.4.17
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「文武廟」と書かれた大きな「山門」をくぐると・・・
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大きな二頭の赤い獅子!狛犬。
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台湾の廟だとこれは「石獅」とよばれる獅子で、高さが6mあるそうです。
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赤や金色の派手な色使いや・・・
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反り返ったオレンジ色の屋根はあくまでも中華風。
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堂内の円形の天蓋も色鮮やかです。
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さらに上段にも廓があります。
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屋上展望台まで登りました。
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展望台から見ると裏にも門があります。
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日月潭を眼下に望む絶景スポットでした。
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バスの窓越しに撮った日月潭の湖面です。

by gipsypapa | 2018-01-05 09:36 | 建築 | Trackback | Comments(2)

台中の宝覚寺

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台湾はこれが3回目。4泊5日で台湾島を一周りするツアーに参加しました。午前中に関空を発って、台北(桃園)空港へ。そこから台中までバスで移動。早めに到着したために、翌日の朝一番に予定されていた、宝覚寺をその日の夕方に訪問しました。

宝覚寺は臨済宗妙心寺派の寺院で、正式には寶覺禅寺といい、台湾が日本統治時代であった時に建立されたとか。日本人ツアー客が台中を訪れたら、必ず訪ねる寺院です。木造平屋建て。

寶覺禅寺(宝覚寺)
1927(昭和2)年
設計・施工 : 不明
臺中市北區健行路140 號
撮影 : 2017.4.16
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本堂は木造ですが、老朽化したため、覆いかぶさるように外側に大きな石造りの本堂部分(大雄寶殿)が増築されました。
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本堂の前に一対の白い象が向かいあっています。狛象?
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白い象はお釈迦様の化身だそうです。
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本堂に入りました。
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本堂の右手に進むと、小さな白い弥勒様が横たわっています。体をなでると金運や開運のご利益があるとかで、ツルツルになっていました。
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さらに奥に進むと巨大な金色の布袋様。布袋様は弥勒仏の化身だったらしく、台湾では「弥勒仏像」と呼ばれているそうです。
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宝覚寺が台中の観光地として有名なのは、この黄金の布袋様のおかげです。
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本堂の左側には小さな祠。
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敷地の一角にある日本人墓地です。日本統治時代に台湾で亡くなられた日本人の共同墓地で、弔われているのは1万4000名といわれているそうです。

by gipsypapa | 2018-01-04 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(0)

久保市乙剣宮

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暗がり坂を上ったところに神社があります。久保市乙剣宮(くぼいちおとつるぎぐう)で創建年代は平安時代の初めといわれているそうです。中世には門前に北加賀地方の中心的市場が立ち、ここから金沢のまちが形作られていったことから、金沢の「市場発祥の地」、「まち発祥の地」として、特に「商売繁盛・発展の神様」として広く崇敬されているそうです。現在の社の築年は分かりませんでした。木造平屋建て。

久保市乙剣宮
詳細不明
金沢市下新町6-21
撮影 : 2017.3.8
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明治の文豪・泉鏡花は、この神社の前の民家で生まれたので、境内が子供時代の遊び場だったそうです。

by gipsypapa | 2017-12-26 08:13 | 建築 | Trackback | Comments(0)

藤島山 円長寺

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ひがし茶屋街シリーズの最後です。1586(天正14)年に創建され1596(慶長元)年に現在地に移転し建立されたそうです。加賀藩の三代目藩主だった前田利常が鷹狩などでの休憩所として利用した円長寺です。今も前田利常公の位牌が置かれているとか。木造平屋建て。

藤島山 円長寺
1865(慶応元)年(御輪堂)
設計・施工 : 不明
金沢市東山1-4-40
撮影 : 2017.3.8
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本堂の築年は分かりませんでした。
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白となまこ壁の蔵のような建物があります。御輪堂で、1865(慶応元)年に建立されたものです。
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時代的には「ひがし茶屋街」が町割りされて、しばらくしてから建てられたわけです。

by gipsypapa | 2017-12-23 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

吉祥山 永平寺

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えちぜん鉄道の永平寺口から路線バスに乗って永平寺(えいへいじ)に行って見ました。一度は行ってみたかった寺院で、總持寺と並ぶ日本曹洞宗の中心寺院(大本山)で1244(寛元2)年に道元によって開かれました。本尊は釈迦如来、弥勒仏、阿弥陀如来の三世仏です。

山門、仏殿、法堂、僧堂、大庫院、承陽殿、.鐘楼堂、.祠堂殿など数多くの見ごたえある伽藍がありますが、いずれも文化財指定を受けていないのは謎です。

吉祥山 永平寺
福井県吉田郡永平寺町志比5-15
撮影 : 2017.3.6
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バス停から参道を数分歩きます。両側には食べ物屋と土産物屋が並んでいました。
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境内の参道。
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永平寺の参観は少し変わっています。境内を散策することはできません。屋内に入って回廊を巡る方式でした。
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勅使門(ちょくしもん) - 天保10年(1839年)の建築。別名は唐門(からもん)です。階段下にロープが張られていて、近づけません。
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この左側、階段を上がったところが入り口です。
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参観料は500円でした。
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傘松閣(さんしょうかく) - 昭和5年(1930年)の建築。驚くほど広大な大広間。222畳敷きだそうです。
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新しい建物ですが、建築的には最も意匠を凝らしていて、一番印象に残ったところでした。
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格式高い折上げ格天井。
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230枚ある花鳥の天井画は小室翠雲らの尽力により製作されたとか。
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荒木十畝、伊東深水、鴨下晁湖、川合玉堂、島田墨仙、野田九浦、益田玉城、水上泰生、山田敬中、山本昇雲など計144名の画家によって描かれたそうです。
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山門 - 寛延2年(1749年)の築で、永平寺最古の建造物。
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けやき造りの重層の門で、階上には釈迦如来像、五百羅漢像などが安置されているそうです。
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色鮮やかな仁王像が四体あります。
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東西南北を守る神様を、それぞれ色を変えて表しています。
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山門の2階に上がる階段。重層の門はいくつか見ましたが、階段が廊下にあるのは初めてです。
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僧堂 - 明治35年(1902年)の築で、坐禅修行のための建物。
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法堂から見下ろした一文字廊と仏殿。
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回廊を通って参拝するわけですが、傾斜地に建っているので、階段廊下が両側にあるのです。
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仏殿 - 明治35年(1902年)の建築と・・・
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最も高い位置に建つ法堂(はっとう) - 天保14年(1843年)の築。
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内部写真は仏殿と法堂のどちらを撮影したか分からなくなりました。
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承陽殿 - 明治14年(1881年)の築。
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開山道元の廟で、道元以下第5世までの住職の像を安置しているとか。
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承陽門。承陽殿と同時の築と思われます。
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大庫院 - 昭和5年(1930年)の築。地上3階地下1階の近代木造建築で、台所兼事務所だそうです。
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全国各地の信徒やその家族たちの、何千にもおよぶ位牌・遺骨が安置されている祠堂殿。
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巨大なすりこぎ棒。
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壁に掲げられているのは長さ18メートル、重さ250キロの大数珠。
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大晦日の除夜の鐘で有名な永平寺の鐘楼堂。
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中雀門(ちゅうじゃくもん)は1852(嘉永5年)に建てられた門です。

by gipsypapa | 2017-10-30 08:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

光明山 法然寺

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万徳寺の東隣に法然寺があります。「しおまち商店街」の登阪さんに、画家の平山郁夫氏の菩提寺と伺っていた浄土宗の寺院です。開基は江戸時代初期の1607(慶長12)年、一道上人によるとか。見事な石垣の間の石段を登り三門を入ると、地蔵堂、鐘堂、本堂があり、本道の東に庫裏がつながっています。本堂と庫裏は当初からのもので、400年以上前に建立されたわけです。

光明山 法然寺
慶長年間(本堂・庫裏)
設計・施工 : 不明
尾道市瀬戸田町瀬戸田44
撮影 : 2017.02.14
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山門はいわゆる薬医門です。
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西側に万徳寺が見えます。一旦下がってから、上ってきましたが、同じ高さに建ち、間に墓地があります。
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本堂です。
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外観では400年以上前のものとは思えませんが、中に入ったら、やはり古いことがわかります。
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本堂の西側に建ち、花頭窓が左右にあるのは大師堂。熊谷直実による法然上人の像があるとか。これも古そうです。
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手前は鐘楼。
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写真を撮っていると、庫裏の玄関近くで女性に声をかけられました。
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住職さんが、最近お亡くなりになったようで、一人でお寺を守っていらっしゃるようでした。施主というんでしょうか。話をしている間に、お友達が私の家の近所にいらっしゃって、我が家の近くに何度か行ったことがあるとかで、話が弾んだのです。
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見て欲しいものがあるそう、中へ入れてもらうことに。
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入るとすぐ右に巨大な一枚板の書があり、これかなと思ったら違いました。
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正面のガラス戸が閉まっていたので気づきませんでした。
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暗かったけど、本堂を見せてもらいました。
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内部の柱や鴨居などを見ると、さすがに古さがわかります。
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庫裏から施主の方が来られて、見てほしいのはこれ、とガラス窓を開けると・・・
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中庭があり、こんもりとした木が真ん中にあります。
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これ、樹齢400年とも言われるツツジです。6月初めに満開して見事らしいです。
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平山郁夫氏の小さな絵があります。
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一つは自筆、もう一つはリトグラフと伺いましたが、どっちがどっちか忘れました。
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思いがけなく庫裏の中も案内していただきました。庫裏の最初の部屋。
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中間の部屋。
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奥が床の間です。巨大な一枚板の見事なテーブルがあります。
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虎のカーペットにびっくり。
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見事な襖絵なので、じっくり見せてもらいました。
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画家の名前も伺ったのですが、忘れてしまいました。(恥)
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昭和の画家であるのは間違いないです。
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ストリートビューです。

by gipsypapa | 2017-10-25 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)