タグ:寺社 ( 92 ) タグの人気記事

香取神宮

c0112559_08565164.jpg
香取神宮(かとりじんぐう)は関東地方を中心として全国にある香取神社の総本社で、茨城県の鹿島神宮や息栖神社とともに東国三社の一社だとか。また江戸時代以前には「伊勢神宮」、「鹿島神宮」と、この「香取神宮」の三社のみが「神宮」といわれた神社です。社伝では初代神武天皇十八年(紀元前642年ころ)とある歴史的な神社で、ご祭神は「経律主大神(ふつぬしのおおかみ)」です。

香取神宮
千葉県
千葉県香取市香取1697-1
撮影 : 2017.7.8
c0112559_09110475.jpg
c0112559_09112692.jpg
二の鳥居をくぐって参道の緩やかな坂を登ります。
c0112559_09134234.jpg
c0112559_09141494.jpg
森林浴をしているような気分です。
c0112559_09150659.jpg
c0112559_09152404.jpg
並んだ石灯籠は古いものから、比較的新しいものまで。
c0112559_09161518.jpg
c0112559_09163634.jpg
三の鳥居。
c0112559_09171685.jpg
そばに池があります。
c0112559_09175642.jpg
c0112559_09181605.jpg
総門(神門)。
c0112559_09190627.jpg
c0112559_09192614.jpg
c0112559_09194648.jpg
c0112559_09200649.jpg
c0112559_09202558.jpg
手水所で清めて・・・

楼門
c0112559_09212830.jpg
江戸中期、元禄時代造営の純和風の山門で、壁や柱は色鮮やかに映える、朱色。この象徴的な塗装を「丹塗り(にぬり)」というそうです。神宮のシンボル的な建造物で国の重要文化財に指定されています。

楼門
1700(元禄13)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09220624.jpg
楼上の額は東郷平八郎の筆だとか。
c0112559_09225741.jpg
門内にある随身像は俗に「左大臣・右大臣」といわれ、
c0112559_09232869.jpg
正面向かって右像は武内宿禰、左像は藤原鎌足と伝えられているそうです。
c0112559_09240649.jpg
c0112559_09242296.jpg
c0112559_09244171.jpg
c0112559_09250394.jpg
c0112559_09252535.jpg
c0112559_09254693.jpg
c0112559_09260651.jpg
拝殿の手前にもう一つ手水舎。
c0112559_09280883.jpg
祈祷殿
c0112559_09283870.jpg
祈祷殿は1700(元禄13)年の造営で、拝殿として造られ使用されていましたが、昭和の大修築に伴って南東に移築され、1984(昭和59)年にさらに西へ1.5メートルほど移動され、現在地にあるそうです。

祈祷殿
1940(昭和15)年
設計・施工 : 不明

拝殿
c0112559_09313117.jpg
拝殿は幣殿、神饌所とともには、昭和の大修築による造営です。背後にある本殿から幣殿、拝殿とつながった、権現造の形式をとっているます。拝殿正面に千鳥破風と軒唐破風を付け、軸部は黒漆塗り,組物や蟇股を極彩色として本殿の意匠と釣り合った体裁になっています。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

拝殿
1940(昭和15)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09322938.jpg
c0112559_09325245.jpg
c0112559_09331207.jpg
c0112559_09333187.jpg
c0112559_09334998.jpg
c0112559_09341069.jpg
c0112559_09343364.jpg
c0112559_09353437.jpg
右が幣殿、左は本殿です。幣殿は拝殿と同時期、昭和の大修築による造営で、国の登録有形文化財です。

本殿
c0112559_09364231.jpg
本殿は楼門と同時期の元禄時代の造営。三間社流造り、檜皮葺で壁や柱は黒漆塗り。黒を基調とした特徴的な外観で国の重要文化財の木造平屋建て。

本殿
1700(元禄13)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09371534.jpg
c0112559_09373600.jpg
c0112559_09384269.jpg
c0112559_09390322.jpg
c0112559_09392213.jpg
神庫
c0112559_09412785.jpg
神庫は明治末期の造営で、木造の校倉造り、香取市指定文化財です。

神庫
1909(明治42)年
香取市指定文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09421403.jpg

by gipsypapa | 2018-03-29 09:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

成田山新勝寺

c0112559_08430964.jpg
今日の宿泊地は成田です。成田といえば国際空港と新勝寺。ホテルにチェックインする前に新勝寺に立ち寄りました。成田山新勝寺は、真言宗智山派の寺で、同派の大本山のひとつです。

関東地方で多くの参詣人がお参りする有名な寺院で、家内安全、交通安全などを祈るそうです。本尊が不動明王なので、寺名は一般には「成田不動」あるいは単に「成田山」と呼ばれることが多いとか。

開基は平安時代中期という歴史あるお寺で、戦国時代の混乱の中で荒廃し、江戸時代までは寂れ寺となっていたそうですが、現在は初詣参拝客の数では明治神宮に次ぐ全国二位という賑わいを見せています。

成田山新勝寺
千葉県成田市成田1
撮影 : 2017.7.8
c0112559_08434483.jpg
総門
c0112559_08435952.jpg
参道から、この総門をくぐって境内に入ります。この日は丁度、祇園祭という大日如来の祭礼の日で、多くの若者で賑わっていました。見た目は古く見えますが、開基1070年記念事業として2006年(平成18年)に竣工したばかりです。総欅造り、高さ15m、桁行14.2m、梁行6.3mの山門。

総門
2006(平成18)年
設計 : 財団法人建築研究協会
施工 : 大林組、金剛組
江戸木彫刻 : 日本木彫連盟

仁王門
c0112559_08463226.jpg
出店が並ぶ境内を寺側に抜けると仁王門です。普段はここから登っていくようですが、この日は祭りのために閉鎖されていました。大本堂へ至る急な階段の途中に建つ、入母屋造の八脚門で、1830年(天保元年)の建立。国の重要文化財です。

仁王門
1830(天保元)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08474841.jpg
登って本堂前から門を見下ろしています。
c0112559_08482069.jpg
剣に龍が巻きついて剣を呑み込もうとしている倶梨伽羅剣(くりからけん)は不動明王の化身、倶梨伽羅不動明王を表わしています。

大本堂
c0112559_08490949.jpg
本尊の不動明王像を安置する寺の中心となる本堂ですが、新しい鉄筋コンクリート製なので、なんとなく存在感がありません。入母屋造り二重屋根の鉄筋コンクリート造り、間口95.4m、奥行59.9m、棟高32.6mという巨大な寺院。

大本堂
1968(昭和43)年
設計 : 吉田五十八研究室
施工 : 大林組
c0112559_08502089.jpg
三重塔
c0112559_08511545.jpg
大本堂の手前右手に建つ、鮮やかな朱色の塔。高さが25mある中規模の塔ですが、思ったより小さい感じでした。随所に金色を配した鮮やかな色使いで、彫刻も右たえがある、装飾性が豊かな意匠です。国の重要文化財の木造3層塔。

三重塔
1712(正徳2)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08515917.jpg
c0112559_08521972.jpg
解説書には「軒裏には垂木(軒を支える棒状の部材)を用いず、雲文を刻んだ板で軒を支える板軒とする。」とあります。
c0112559_08525482.jpg
c0112559_08531212.jpg
c0112559_08532651.jpg
c0112559_08550356.jpg
その横に二つの建造物が並んでいます。

鐘楼
c0112559_08561754.jpg
三重塔に近くにある鐘楼は光明堂と同じ元禄時代の建立。建物では、後に出てくる光明堂と共に 境内では一番古い建物です。

鐘楼
1701(元禄14)年
成田市指定文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08573775.jpg
c0112559_08580324.jpg
一切経堂
c0112559_08585399.jpg
鐘楼の隣にある一切経堂(いっさいきょうどう)。一切経が収められた輪蔵で、これも同時期に建立されたものです。板葺の宝形造で、棟には火焔宝珠がつき、正面には唐破風つきの向拝があります。

一切経堂
1722( 享保7)年 /1809(文化6)年再建
成田市指定文化財
設計・施工 : 桜井政信、小兵衛政重(棟梁)
c0112559_08593703.jpg
聖徳太子堂
c0112559_09002801.jpg
境内の一角に法隆寺の夢殿のような建物があります。聖徳太子は推古天皇の摂政。全国に数多くのお寺を作り仏教を広めた仏教興隆の祖です。

聖徳太子堂
1992(平成4)年
設計・施工 : 不明
c0112559_09005985.jpg
釈迦堂
c0112559_09015002.jpg
大本堂左手の広場に建つ入母屋造の仏堂で、江戸時代末期に建立されたもので旧本堂です。屋根正面にある大きな千鳥破風が印象的。国の重要文化財です。

釈迦堂
1858(安政5)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09023430.jpg
c0112559_09030510.jpg
c0112559_09033410.jpg
更に左手奥へ向かいます。
c0112559_09041561.jpg
いくつかある手水舎の一つです。

額堂
c0112559_09053615.jpg
大本堂左裏の階段を上った先にも二つの重要文化財が建っています。最初の額堂は入母屋造、全面吹き放し(建具や壁がない)の堂で、その名のとおり額に入った絵馬などを掲げるための建物です。国の重要文化財。

額堂
1851(文久元)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09073186.jpg
c0112559_09082675.jpg
吹き放しという珍しい形です。
c0112559_09090415.jpg
c0112559_09094554.jpg
7代目市川團十郎。調べたら、「化政期から天保にかけて活躍した江戸の歌舞伎役者。屋号は成田屋。」とありました。なるほど成田つながりですね。
c0112559_09104230.jpg
c0112559_09110284.jpg
開山堂
c0112559_09115041.jpg
こちらは比較的新しい建物。新勝寺開山の寛朝僧正を安置する堂です。

開山堂
1938(昭和13)年
設計・施工 : 不明
c0112559_09123414.jpg
光明堂
c0112559_09133075.jpg
額堂のさらに奥に建つ入母屋造の仏堂で、釈迦堂が本堂になる、その前の旧本堂でした。愛染明王・不動明王・大日如来が祀られています。元禄の本堂とも呼ばれている新勝寺最古のお堂の一つで、国の重要文化財です。

光明堂
1701(元禄14)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
装飾彫刻 : 嶋村圓哲
c0112559_09152546.jpg
彫物師嶋村圓哲は嶋村家の二代目で、左甚五朗の再来といわれた名人だったそうです。
c0112559_09162769.jpg
c0112559_09164671.jpg
c0112559_09170731.jpg
c0112559_09172699.jpg
平和大塔
c0112559_09191726.jpg
更に奥に建つのが平和大塔。多宝塔形の仏塔で外観は二重塔ですが内部は5階建てだとか。鉄筋コンクリート造り。

平和大塔
1984(昭和59)年
設計 : 建築研究協会
施工 : 大林組
c0112559_09200402.jpg
c0112559_09212705.jpg
大本堂のあるところから下りて来たとこに気になる建物がありますが、何か分かりませんでした。
c0112559_09221483.jpg
灯明台
c0112559_09230991.jpg
明治27年に建立された石造りの灯明台があります。火袋から上にあった宝珠や笠などが大正時代の関東大震災の際に崩落し、無くなったままだそうです。設計は佐立七次郎(1856-1922)、工部大学校造家学科(現東京大学工学部)の第一期生でジョサイア・コンドルに師事した日本近代建築家の一人です。

灯明台
1894(明治27)年
設計 : 佐立七次郎
施工 : 不明
by gipsypapa | 2018-03-24 09:23 | 建築 | Trackback | Comments(4)

尾山神社

c0112559_08421590.jpg
市内に1泊し、翌日は、昼前にチャックアウト。駅に向かう途中に立ち寄った最後の訪問地は尾山神社です。尾山神社は江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつで、加賀藩祖の前田利家と正室お松の方を祀る神社です。

有名な神門は、石造と木造の混構造による3層の楼閣門。1層目は木骨煉瓦造りに石貼りを施した3連のアーチになっています。2階・3階は木造漆喰塗りで、上に行くごとに細くなり、垂直ではなく竜宮城のようにカーブしていて、中国南方の寺院の門の作りを想起させます。

欄干、ガラスなど、細部にさまざまな意匠をちりばめ、和風建築に洋風や中華風の手法を混用した特異な外観で、他に類例を見ない貴重な建物です。棟梁・津田吉之助の設計施工で、国の重要文化財の石及び木造、3階建て。

尾山神社神門
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : 津田吉之助
石川県金沢市尾山町11-1
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08432817.jpg
c0112559_08440252.jpg
c0112559_08442008.jpg
c0112559_08444466.jpg
c0112559_08450182.jpg
c0112559_08452894.jpg
洋風の石貼りの門の中には、日本らしい装飾彫刻。
c0112559_08464185.jpg
c0112559_08470233.jpg
c0112559_08472007.jpg
c0112559_08473809.jpg
c0112559_08480079.jpg
c0112559_08482410.jpg
c0112559_08484379.jpg
避雷針が立っています。
c0112559_08492004.jpg
c0112559_08493975.jpg
夜景はネットにあった写真を借用しています。
c0112559_08501605.jpg
他にも見所がありました。境内のマップです。1.本殿 2.拝殿 3.神門 4.利家公像 5.お松の方像 6.授与所 7.金谷神社 8.東神門 9.神苑
c0112559_08505508.jpg
c0112559_08511968.jpg
拝殿は入母屋造屋根瓦葺き。
c0112559_08520769.jpg
c0112559_08523443.jpg
金沢城金谷出丸にあった旧金谷御殿から移築したそうです。
c0112559_08531549.jpg
c0112559_08533476.jpg
c0112559_08540184.jpg
HPにある内部の写真です。
c0112559_08543768.jpg
c0112559_08545908.jpg
c0112559_08552760.jpg
c0112559_08572167.jpg
拝殿の後方右側には煉瓦塀の玉垣。
c0112559_08581312.jpg
剣梅鉢のご紋すかしが入っています。建造年は分かりませんでしたが、金沢で最初に煉瓦を使ったらしいです。
c0112559_09002133.jpg
奥まった塀の向こうにあるのが本殿です。
c0112559_09011923.jpg
見にくいのですが、古式に則った三間社流造だそうで、簡素ながらも神厳に満ちた社殿です。
c0112559_09014061.jpg
金谷神社。
c0112559_09024844.jpg
2代藩主前田利長公をはじめ3代から17代までの藩主、当主と正室(夫人)をお祀りしています。
c0112559_09033578.jpg
c0112559_09035888.jpg
c0112559_09042374.jpg
c0112559_09044619.jpg
c0112559_09050830.jpg
c0112559_09053110.jpg
東神門は旧金沢城の二の丸の唐門だったもので、明治3年以来、旧卯辰山招魂社前にあったものを、昭和38年に当社境内地に移築したとか。桃山風御殿建築の様式を偲ぶ貴重な建造物として国の登録有形文化財に指定されたいます。

東神門
江戸中期 / 1963(昭和38)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09074425.jpg
c0112559_09080930.jpg
金沢城は何度かの火災で、ほとんどの建造物が焼失しましたが、この門が難をのがれました。
c0112559_09082771.jpg
難をのがれたのは、この二匹の竜が水を呼んだためと伝えられています。
c0112559_09101525.jpg
利家公像。織田信長に仕え、槍の名手だったため、「槍の又左」の異名をもっていたそうです。
c0112559_09112384.jpg
お松の方像。前田利家の正室で、学問や武芸をたしなむ才能豊かな女性であったと伝えられています。
c0112559_09121799.jpg
神苑は旧金谷御殿の庭園で、古代舞楽の楽器を模した地泉廻遊式の名園で石川県指定名勝です。
c0112559_09131307.jpg
c0112559_09134021.jpg
c0112559_09140259.jpg
これ以降はネットの写真を借用しています。
c0112559_09144134.jpg
c0112559_09150030.jpg
七尾、和倉温泉から金沢を訪ねた石川県編はこれで終わりです。

by gipsypapa | 2018-03-20 09:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

金澤神社

c0112559_08361804.jpg
金沢神社は菅原道真を主祭神とする神社。菅原道真は前田家の祖先とされ、江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつです。12代藩主前田斉広が建てた竹沢御殿の鎮守社とされて竹沢御殿御鎮守天満宮といわれましたが、明治9年(1876年)に金沢神社に改称されたそうです。

災難除けの神である白蛇竜神や交通安全の神である琴平大神、商売繁盛の神である白阿紫稲荷大明神も合わせて祀り、歴代の藩主が兼六園を散策する際に藩内の繁栄と平和を祈願したとか。拝殿は入母屋造りで、国の登録有形文化財です。また拝殿の背後には同じく登録有形文化財の本殿があるそうですが、そこへは行けませんでした。

金沢神社拝殿
江戸後期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1-3
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08373546.jpg
c0112559_08375638.jpg
c0112559_08381970.jpg
c0112559_08383656.jpg
c0112559_08385598.jpg
c0112559_08391737.jpg
c0112559_08393815.jpg
c0112559_08395443.jpg
c0112559_08402903.jpg
c0112559_08405066.jpg
c0112559_08411462.jpg
c0112559_08413773.jpg
c0112559_08421824.jpg
c0112559_08425723.jpg
c0112559_08431596.jpg
c0112559_08433284.jpg
これ以降の写真はネットから借用しました。
c0112559_08440672.jpg
白蛇龍神。
c0112559_08444228.jpg
本殿は拝殿の後ろにあります。境内からは近づけませんが、ストリートビューには少し見えています。
c0112559_08451449.jpg

by gipsypapa | 2018-03-15 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(0)

和倉温泉 信行寺の清涼閣

c0112559_08180317.jpg
青林寺の近くに真宗大谷派の信行寺があります。本堂は昭和48年に再建されたもので鉄筋コンクリート造りです。

渓雲山 信行寺
1978(昭和43)年
設計・施工 : 不明
石川県七尾市和倉町ソ11−1
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08184799.jpg
c0112559_08190789.jpg
c0112559_08192425.jpg
c0112559_08194832.jpg
青林寺にあった明治42年の皇太子(後の大正天皇)の行啓にあわせて建てられた御便殿のうち、随行員の控室だった供奉殿をここにで移築したものです。ネットでは「清涼閣」とも呼ばれているようです。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

信行寺書院
旧和倉御便殿供奉殿
1909(明治42)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_08212789.jpg
訪ねたときは御便殿供奉殿のことを知らなかったので、建物に近づいていせん。ストリートビューで横から。民家の向こうに屋根が見えます。
c0112559_08241453.jpg
これと次の写真は文化庁の文化遺産オンラインから。
c0112559_08244988.jpg
c0112559_08250384.jpg
こちらはネットにあった写真を借用しています。青林寺に移築された本殿部分とは廊下を介して接続していたそうです。

by gipsypapa | 2018-03-01 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(0)

和倉温泉 青林寺の御便殿

c0112559_08533938.jpg
和倉温泉の山側にある曹洞宗の青林寺。解説書によると同じ能登半島の石川県羽咋市にある永光寺の末寺で、明治25年(1892)に永光寺において後醍醐天皇600回忌大法要が修された際の記念事業として、510世孤峰白巖大和尚によって永光寺別院として開創されたとか。その後寺号を青林寺と改称し、現在に至っています。

白巖山 青林寺本堂
1892(明治25)年か
設計・施工 : 不明
石川県七尾市和倉町レ−61
撮影 : 2017.6. 6
c0112559_08542100.jpg
c0112559_08544045.jpg
石段を登ります。
c0112559_08550892.jpg
小さな山門も古そう。
c0112559_08555844.jpg
c0112559_08561615.jpg
c0112559_08563572.jpg
c0112559_08565716.jpg
c0112559_08571881.jpg
本堂は一番奥です。
c0112559_08575363.jpg
c0112559_08581635.jpg
左側には鐘楼。
c0112559_08584887.jpg
c0112559_08590514.jpg
本堂を覗くと・・・
c0112559_08593573.jpg
びんずる(賓頭盧)様らしいです。釈迦の弟子の1人とか。
c0112559_09002057.jpg
本堂右側にレトロな建物を発見。御便殿(ごべんでん)でした。明治42年の皇太子(後の大正天皇)の行啓にあわせて建てられた御便殿のうち、御座所を含む本殿部分をここにで移築したものでした。御便殿とは皇族の行在所(休憩所)です。御座所の折上格天井など随所に精緻な技巧が使われ便殿建築の希少な遺例として、国の登録有形文化財に指定された、木造平屋建て。

青林寺客殿
旧和倉御便殿本殿
1909(明治42)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
c0112559_09021006.jpg
c0112559_09024205.jpg
c0112559_09032537.jpg
改修工事中かもしれません。
c0112559_09040464.jpg
隣に2階建てがあり、中でつながっているようです。これも庫裏でしょうが、御便殿ではないようです。
c0112559_09051336.jpg
c0112559_09053567.jpg
c0112559_09055544.jpg
c0112559_09061402.jpg
c0112559_09063012.jpg
境内では誰にも合わなかったので、分からなかったのですが、運がよければ中も見学できるそうです。ということで中の写真はネットから借用しています。
c0112559_09070511.jpg
見事な折り上げ格天井ですね。
c0112559_09082074.jpg
c0112559_09085435.jpg
c0112559_09091780.jpg
c0112559_09093621.jpg
御便殿のもう一部である清涼閣は近所の信行寺に移設されました。それは次回に。

by gipsypapa | 2018-02-28 09:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

和倉温泉 少比古那神社

c0112559_08094713.jpg
渡月庵の裏手にある少比古那神社(すくなひこなじんじゃ)。大同年間(806年~810年)に裏手から温泉が湧き出たことを感謝して祀った湯の神、つまり和倉温泉の守り神です。石段を登ると小さな境内に拝殿と本殿、無病息災、家内安全、夫婦円満が叶うという夫婦神木があります。

少比古那神社
詳細 : 不明
石川県七尾市和倉町ヨ47
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08102497.jpg
少名毘古那(スクナビコナ)は須久那美迦微、少彦名、少日子根などとも表記される日本神話の神です。
c0112559_08112869.jpg
裏手にある長く急な石段を上ると、かつての湯脈である「湯湧谷」へと続くそうですが、未確認。
c0112559_08121087.jpg
c0112559_08122987.jpg
夫婦神木。檜(ひのき)と欅(けやき)のペアです。
c0112559_08130160.jpg
「湯湧谷」に温泉が湧き出たことが和倉温泉の始まりだそうです。
c0112559_08133168.jpg
しかし、永承年間(1046~1053)年に起こった地震による地殻変動で湯脈が海の沖合に移動。
c0112559_08142657.jpg
現在は祠のみが、この裏の近くに移転されて残っています。
c0112559_08151294.jpg

by gipsypapa | 2018-02-24 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

利尻島の「北のいつくしま弁天宮」

c0112559_08410151.jpg
「北のいつくしま弁天宮」は、嵐で岩に打ち砕かれそうになった弁財船を弁天様が救い、そのご加護に感謝した海の男たちが建てたといういわれのあるお宮です。社は「龍神の岩」の上に建てられ、海に突き出した形で祀られています。

北のいつくしま弁天宮
北海道利尻郡利尻町久連
撮影 : 2017.5.16
c0112559_08413654.jpg
バスの車窓から。社が立っているのが龍神の岩。
c0112559_08421717.jpg
弁天様が助けた弁財船とは中世末期から明治にかけて日本での国内海運に広く使われた大型木造帆船だそうです。
c0112559_08431029.jpg
c0112559_08432886.jpg
この周辺の岩も利尻山が噴火したときの溶岩が流れ出たときにできたものです。
c0112559_08445940.jpg
c0112559_08451485.jpg
c0112559_08453161.jpg
向こうに見えるのは、次に訪ねる沓形岬灯台です。

by gipsypapa | 2018-01-28 08:46 | 建築 | Trackback | Comments(2)

太魯閣峡谷(タロコきょうこく)

c0112559_07090892.jpg
ツアー4日目は朝から、花蓮で最も有名な観光地の太魯閣(タロコ)峡谷へ。花蓮は大理石の産地です。太魯閣渓谷は山部を流れる立霧渓が大理石を侵食して形成された渓谷で、この一帯は太魯閣国立公園になっています。渓谷沿いを通る東西横貫公路から、断崖や岩、渓流、滝など、変化に富んだ、荒々しい風景を眺めることができます。

太魯閣峡谷
花蓮縣秀林郷
撮影 : 2017.4.19
c0112559_07083313.jpg
トンネルの手前には白い大理石で作られた砂卡礑大橋。
c0112559_07094374.jpg
c0112559_07102039.jpg
橋の欄干には大理石を彫った獅子象が並んでいます。
c0112559_07120393.jpg
総勢100頭いるそうです。
c0112559_07121771.jpg
同じものは一つもありません。それぞれ違った表情をしています。
c0112559_07132287.jpg
c0112559_07133991.jpg
c0112559_07135766.jpg
c0112559_07141416.jpg
その橋の袂から階段を下ると砂卡礑(シャカーダン)歩道。ここを歩きました。
c0112559_07151837.jpg
橋の欄干は大理石でしたが、橋脚は赤い鉄橋なんですね。
c0112559_07155469.jpg
c0112559_07162281.jpg
c0112559_07164711.jpg
対岸の大理石の壁。
c0112559_07172792.jpg
この歩道は日本統治時代、水力発電所建設の資材運搬用に造られたものだとか。
c0112559_07175357.jpg
歩道は全長約4.5Kmあるそうですが、とても制限時間内には戻れないので、途中から引き返しました。
c0112559_07194176.jpg
砂卡礑歩道からバスで砂卡礑渓谷沿いを下流へ進んでいます。
c0112559_07214459.jpg
長春橋も真っ赤です。
c0112559_07221240.jpg
c0112559_07243476.jpg
東西横貫公路は人力で絶壁や断崖を削り、トンネルを掘って作ったそうです。
c0112559_07225390.jpg
崖の上に見えるのは長春祠と長春滝。東西横貫公路の難工事で命を落とした212名を祭る祠だそうです。

長春祠
1958年
花蓮県秀林郷富世村291号
c0112559_07233690.jpg
歩いて登るしかないようですが、ちょっと見たかったところです。

by gipsypapa | 2018-01-17 07:24 | | Trackback | Comments(2)

蓮池潭 龍虎塔


c0112559_08162420.jpg
高雄の観光名所の一つ、蓮池潭(れんちたん)。清朝時代の1686年に孔子廟を建立する際に、池に蓮を植えたため、「蓮池潭」と呼ばれるようになったそうです。

その湖の中に建てられた龍虎塔は、西側の陸地にある慈済宮の一部で、開運の神として親しまれています。龍と虎が大きな口を開けている二つの塔が並び立っ印象的な建物です。龍と虎の塔はどちらも7層建てで、仏家の七級浮屠を表現しているとか。高雄へ来たら、ほとんどの人が、まずはここに来る人気スポットで。

蓮池潭 龍虎塔
1974(昭和49)年
設計・施工 : 不明
高雄市蓮潭路9号
撮影 : 2017.4.17
c0112559_08174558.jpg
駐車場から湖の南側を歩いていきます。
c0112559_08185460.jpg
湖には龍虎塔だけでなく、いくつかの湖上の廟があります。
c0112559_08191769.jpg
見えてきました。
c0112559_08194597.jpg
蓮池潭の名のとおり蓮が各所に自生。
c0112559_08210588.jpg
c0112559_08212721.jpg
c0112559_08220626.jpg
c0112559_08222450.jpg
入口は龍側。
c0112559_08231044.jpg
空洞を通って中へ入ります。[#IMAGE|c0112559_08235018.jp

c0112559_08235018.jpg
c0112559_08241036.jpg
c0112559_08242605.jpg
やはり中もカラフル。
c0112559_08250067.jpg
c0112559_08252021.jpg
c0112559_08253844.jpg
c0112559_08260289.jpg
螺旋階段を登ります。
c0112559_08265539.jpg
各階はバルコニーのようになっていて、湖を見渡すことができます。
c0112559_08274304.jpg
c0112559_08280322.jpg
c0112559_08282347.jpg
c0112559_08314831.jpg
虎から出ます。

c0112559_08323982.jpg
c0112559_08330484.jpg
c0112559_08332534.jpg
c0112559_08335659.jpg
蓮池潭のすぐ前にある「慈済宮」。こちらが本宮です。保生大帝(医療の神様)を祀る道教寺院で、1719年に創建され、1960年に現在地に移転されたとか。
高雄市左營區蓮潭路9號

by gipsypapa | 2018-01-10 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)