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水掛不動と法善寺横丁

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今回から大阪の繁華街をいくつかアップします。大阪のいわゆるミナミで昔から有名な水掛不動尊がある法善寺。山号は天龍山で、本尊は阿弥陀如来です。1637(寛永14)年に山城国宇治郡北山村より現在地に移り、琴雲の開山により建立されたとあります。現在のお堂は戦後に再建されたものです。

法善寺横丁は寺院の周辺を東西に伸びる2本の路地。もとは境内だったことから法善寺裏、法善寺露地などと呼ばれていたそうです。

天龍山 法善寺
詳細 : 不明
大阪市中央区難波1-2-16
撮影 : 2017.11.28
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1945(昭和20)年の大阪大空襲で六堂伽藍が焼失。お不動さんだけが残っていたとか。最初の2枚の写真は本堂です。ネットの写真を借用しています。
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私が通ったときは、水掛不動の前に山伏の衣装を着た人たちが祈っていました。
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偶然でしたが、毎月28日が縁日だそうです。
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いわゆる護摩供養ですね。
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ネットにあった水掛不動尊の写真。コケで覆われています。手前のカメに入った水をヒシャクで掛けるわけですが、上の方に掛けるのは結構難しいのでテクニックが必要です。
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法善寺横丁へ。昭和初期を舞台にした小説『夫婦善哉(織田作之助作)』や歌謡曲『法善寺横町(藤島桓夫の歌)』に登場して有名になり、この呼び名が定着しました。
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最近の夜の横丁はインバウンドの若者しかいないような奇妙な風景になっています。
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織田作之助の小説、「夫婦善哉」の名前のついたぜんざいの店。明治16年創業の人気有名店です。
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これ以下はネットの写真です。中は新しいかな。
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これが名物の「ぜんざい」。お椀が二つありますが、一人前です。
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東側から石畳の路地へ。唯一、参道らしい小路ですが飲食店が並んでします。「角力茶屋(すもうぢゃや)」は昔からある店ですが、最近閉店したようです。
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東西両端にある門の「法善寺横丁」の看板。西は藤山寛美の書です。「善」の上の横棒が1本たりません。芸人は1本足りないくらいが丁度良いとのシャレだそうです。
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東は3代目桂春団治の書です。
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法善寺横丁を西へ抜けると「こいさん通り」。


by gipsypapa | 2018-11-26 08:21 | | Trackback | Comments(0)

観心寺 恩賜講堂

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観心寺の西の端に大規模なスレート葺きの建物があります。恩賜講堂(おんしこうどう)と呼ばれ、昭和天皇即位大典のために京都御苑に建てられた大饗宴場の一部を移築改造したものです。

大典の終了後、饗宴場は3分割に解体され、大阪府内の関西大学とここ観心寺、奈良県の橿原神宮にそれぞれ移築されました。橿原神宮のものは平成10年の台風で大破し現存していません。関西大学に移築されたものが、今は千里寺本堂として使われている建物で、このブログでも紹介しています。内部は3分割されたので、当然ながら内部は千里寺本堂と同じ意匠です

。二重折上格天井に鮮やかな宝相華(ほうそうげ)という唐草模様の壮麗な天井絵が飾られています。近代宮殿建築を代表する建築物として国の重要文化財に指定されています。

観心寺 恩賜講堂
1928(昭和3)年 / 1930(昭和6)年移築
重要文化財
設計 : 宮内省内匠寮
移築設計 : 池田谷久吉
施工 : 不明
大阪府河内長野市寺元453
撮影 : 2018.5.28
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恩賜とは天皇家から授かった、という意味。
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昨年、2017(平成29)年に国の重要文化財に指定されたばかり。
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一方、千里寺本堂の方は登録有形文化財のままのようです。
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この外灯は千里寺にあるものと同じです。
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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恩賜講堂の内部は非公開ですが5月の楠公祭に合わせて開催される少年剣道大会などで見れるそうです。
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ブドウの房のようなシャンデリアも千里寺と同じ。
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こちらは以前アップした千里寺本堂の天井です。色や図柄が違いますね。
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恩賜講堂の手前に霊宝館という建物があり、各種の仏像などの文化財が展示されています。
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その1で紹介した建掛塔に模型。平屋建てで建てかけのままでしたが、完成したらこうなるようです。

by gipsypapa | 2018-11-15 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

檜尾山 観心寺(その2)

金堂や建掛塔のほかにも見るべき伽藍がいくつかあります。伽藍の建立は実恵(じちえ)という空海の十大弟子の一人です。観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られています。奥河内の観光地の一つで、大阪みどりの百選に選定されているほか、関西花の寺二十五番霊場、 仏塔古寺十三番霊場、新西国客番霊場、 神仏霊場大阪十五番、 役行者霊蹟札所にも数えられている古刹です。

檜尾山 観心寺
開基 : 平安時代
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28

●鎮守社拝殿
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金堂へ向かう参道の左側にあるのは、境内図では拝殿になっています。位置的に金堂の拝殿ではなく、北側にある鎮守社・鎮守堂とも呼ばれる訶梨帝母天堂(かんしんじかりていもてんどう)の拝殿です。大阪府有形文化財。

鎮守社拝殿
1732(延享元)年
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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訶梨帝母天堂との間に小さな池があり、太鼓橋が架かっています。
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●訶梨帝母天堂(重要文化財)
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拝殿の北側ちいさな祠があります。鎮守社・鎮守堂も呼ばれ、訶梨帝母天(かんしんじかりていもてん)を鎮守として祀っています。訶梨帝母は鬼子母神のことだとか。今のお堂は室町時代後期に建てられ、江戸時代初期に豊臣秀頼の命により修理が行われたこたもの。構造は春日造り。正面には軒唐破風があります。国の重要文化財。

訶梨帝母天堂
1549(天文18)年 / 1614(慶長19)年改修
設計・施工 : 不明
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●阿弥陀堂
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阿弥陀如来以外にも普賢菩薩・不動明王を祀っています。詳細不明です。
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オレンジ色の僧衣を着たお坊さんがずっとお祈りを続けていました。
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お祈り中だったので、見れなかった普賢菩薩の写真をネットから借用しています。象に乗っていますね。
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扉には菊のご紋があります。

●御影堂(みえいどう)
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金堂から山側へ石段を登ったところにある御影堂。大阪府有形文化財。

御影堂
江戸中期
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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●行者堂
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観心寺の前身、雲心寺寺院を開創した役小角を祀っています。
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●本願堂(開山堂)
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観心寺の実質的な開基者の道興大師こと実恵(じちえ)祀っています。

本願堂(開山堂)
1646(正保3)年
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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●道興大師御廟
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本願堂(開山堂)の裏に実恵の霊をまつる建物がありますが、近づけません。
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●御首塚
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湊川で討死した正成の首級を足利尊氏がこのお寺に届けたと伝わっています。毎年5月楠公供養祭が行われているそうです。

●鐘楼

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石垣の台の上に建つ鐘楼。古そうですが詳細はわかりません。
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●倉庫
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かなり近代的な建物。倉庫のようです。
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●牛滝堂(うしたきどう)
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金堂の西、少し下ったところにあり、牛馬の安全を祈っています。
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by gipsypapa | 2018-11-14 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

檜尾山 観心寺(その1)

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旧槇本本院庫裏を出て少し南にお目当ての観心寺がありました。観心寺は高野山真言宗の寺院で、山号は檜尾山で、本尊は如意輪観音。飛鳥時代の大宝元年(701年)に役小角(えん の おづの)によって開かれ、初めは雲心寺とよばれていました。

平安時代の初めに弘法大師空海が来訪して観心寺に改称したそうです。伽藍建立は実恵(じちえ)という空海の十大弟子の一人です。天長4年(827年)より 造営工事に着手したとあります。南北朝時代には後醍醐天皇の信任により、建武新政後(1334年頃)、楠木正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出され、 現在の金堂ができたとか。

観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られています。奥河内の観光地の一つで、大阪みどりの百選に選定されているほか、関西花の寺二十五番霊場、 仏塔古寺十三番霊場、新西国客番霊場、 神仏霊場大阪十五番、 役行者霊蹟札所にも数えられている古刹です。

檜尾山 観心寺
開基 : 平安時代
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28
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境内の手前に楠正成の像があります。

山門
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こじんまりした山門。正式には大門というようです。大阪府有形文化財。

山門(大門)
江戸時代中期
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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入山料は300円でした。
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「遺跡本山」の額。真言宗の寺の位だそうです。

後村上天皇御旧跡(旧惣持院跡)
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山門をくぐって石段を上がると、右側に「後村上天皇御旧跡」と庭園が広がっています。後村上天皇が南北朝時代の1359(正平14)年から約10ヶ月間、塔頭(たっちゅう)の惣持院を行在所(あんざいしょ)として日本の政治を執り行っていた場所の遺跡です。

後村上天皇御旧跡
旧惣持院跡
南北朝時代
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これはネットから借用した写真。濠に囲まれた石垣の島のようなところに惣持院があったわけです。
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左側にあるのは中院。
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門の奥には楠公学問所。南北朝時代の武将である楠木正成が幼少時に学んだ所です。
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金堂(国宝)
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さらに階段を上がると正面に金堂が見えてきます。南北朝時代の正平年間(1346年 - 1370年)の建立の入母屋造り。朱塗りの柱に白い漆喰壁の外観は和様の要素ですが、扉は禅宗様の桟唐戸を用いるなど、和様と禅宗様の要素が混淆した折衷様仏堂の代表例として国宝に指定されています。

金堂
正平年間(1346年 - 1370年)
設計・施工 : 不明
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金堂ですが、色は金色じゃありません。
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1984(昭和59)年に大改修されたそうです。
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弘法大師空海がお参りした礼拝石。
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この扉は桟唐戸というそうです。縦横に桟を組んで薄板をはめたもの。色が鮮やか。
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お参りは手前の外陣から。
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金堂内陣。見えているのは四天王像。その奥に本尊の如意輪観音菩薩座像(国宝)、不動明王(重文)、愛染明王(重文)が祀られていますが、秘仏のため厨子は閉じられています。
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建掛塔(重要文化財)
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金堂のそばにある建掛塔(たてかけとう)。楠木正成が建武の新政の成功を祈願して三重塔の建立を発願したが、湊川で討死のため、未完に終わったために三重塔の最下段だけが残りっています。国宝の金堂とともに伽藍の一環をなす貴重な遺構であるとして国の重要文化財に指定されています。

建掛塔
1502(文亀2)年
設計・施工 : 不明
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そのほかにも歴史ある建造物がたくさんあります。それは次回に。

by gipsypapa | 2018-11-13 09:08 | 建築 | Trackback | Comments(0)

観心寺 創作精進料理「KU-RI」

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河内長野駅前からバスに乗り観心寺で下車。道なりに南へ進んだところに山門がありました。境内に入って分かったのですが、ここは観心寺の子院、槙本院(まきもといん)の庫裏でした。

槙本院の台所として江戸時代初期の寛永年間、約400年前に建てられました。何度か改修されていますが、ほぼ当時の姿を残しているそうです。庫裏に続いている建物は書院といい、国の重要文化財に指定されています。また、中門と書院奥の持仏堂も約400年前の正保4年に建てられた大阪府指定文化財です。

現在、槙本院の建物のうち、庫裏がリノベーションされて、観心寺 創作精進料理 「 KU-RI 」になっています。地元の野菜や観心寺名物の「北斗の塩」を使った洋風のカフェ的な雰囲気で評判になっているようです。大阪府有形文化財の木造平屋建て。

観心寺 創作精進料理「KU-RI」
旧槇本本院庫裏
江戸時代初期(寛永年間)
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28
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観心寺のバス停。そのときは知りませんでしたが、遠くに見えている主面中央が槙本院でした。
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向かって左側にある脇門は閉まっています。
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ここが観心寺の門かと思って中に入ったのですが、違いました。
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よく見たらKURIの看板があり、観心寺は右に行けの矢印も。
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正面に見えるのが庫裏。
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中門は江戸時代初期の寛永年間の建立で大阪府有形文化財。
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玄関を覗いてみました。予約制なのでお迎えはありません。奥の方から楽しそうな声。流行っているようです。
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庫裏の玄関が行き止まりでこれ以上見るところはありません。そのまま引き返して矢印に従って石塀沿いに観心寺に向かいます。
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裏から庫裏が見えます。奥に見えるのが国の重要文化財の書院のようです。
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これ以降はネットやHPの写真を借用しています。中庭がありますね。
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書院の内部。
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KU-RIのHPの華やかな写真です。
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さすがにプロの写真は違いますね。
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KU-RIで使われているという北斗の塩。観心寺で特別に御祈祷したものだそう。原料は沖縄産みたいです。観心寺で売っています。

by gipsypapa | 2018-11-12 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

皇大神宮別宮 倭姫宮

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神宮の博物館の敷地の西側に倭姫宮(やまとひめのみや)があります。伊勢神宮内宮(皇大神宮)の別宮です。 伊勢神宮には、内宮と外宮の他に荒祭宮、多賀宮、月讀宮、土宮、月夜見宮、瀧原宮、伊雑宮、風日祈宮、風宮など14の別宮があるそうですが、そのうち創建が明確なはこの倭姫宮のみで、1923年(大正12年)もっとも新しい神社。祭神は、日本神話で第11代垂仁天皇(すいにんてんのう)の第四皇女と伝えられる倭姫命です。

皇大神宮別宮 倭姫宮
1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
三重県伊勢市楠部町5
撮影 : 2018.4.17
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徴古館側、つまり東側から参道へ。
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参道に神札授与所があります。神職が参拝時間内に常駐する宿衛屋(しゅくえいや)です。御朱印はここで。
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まだ雨が降っています。
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突き当たりに手水所。
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右折したら社殿があります。
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社殿は伊勢神宮の内宮に準じたそうで、内削ぎの千木と、偶数の6本の鰹木を持つ神明造り萱葺きです。
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これ以降はネットの写真を借用しています。表参道口です。
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表参道は南側の丘の下にあるようで、石段があります。
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天気がよければこんな風景。
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by gipsypapa | 2018-11-08 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

伊勢市の箕曲中松原神社(みのなかまつばらじんじゃ)

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宇治山田駅から西に伊勢神宮外宮方面に進むとすぐのところにある箕曲中松原神社(みのなかまつばらじんじゃ)。創祀年代は分かっていませんが、古くから大歳神(おおとしのかみ)を祀っていたとされ、少なくとも平安期には既に存在していたと考えられている古い神社です。古くは「大歳社」「中松原社」「美野社」などと呼ばれていたそうです。

箕曲中松原神社
詳細 : 不明
三重県伊勢市岩渕1-14-25
撮影 : 2018.4.17
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仮設小屋のような手水舎。
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本殿です。
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境内には伊勢豊受稲荷神社(いせとようけいなりじんじゃ)もあります。
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社務所らしき建物に猫が座っていました。
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何の説明もない由来不明の岩。
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境内の中央に板塀に囲われた大楠があります。
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神社の神木で樹齢は推定800年です。
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by gipsypapa | 2018-10-29 08:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

田辺市の鬪雞神社

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これまで和歌山をアップしてきたので、5年前の積み残しをやります。和歌山といっても和歌山市ではなく田辺市です。まずは鬪雞神社。訪ねたときから重要文化財の社殿なのは知っていましたが、当時は和風建築は取り上げていなかったので、積み残しになっていました。

鬪雞神社(とうけいじんじゃ)は,熊野参詣道の大辺路沿いにある神社で,元暦元年(1184)に紅白の鶏を闘わせて源平合戦を占った故事から、かつては「鶏合権現」といわれ、地元では権現さんとして親しまれています。

社殿群は東より西へ西殿、本殿、上殿、下殿、八百萬殿の6棟が横一列に並ぶ構成になっています。その社殿形式や配置は熊野本宮の伝統形式をよく伝えていて、紀南地方における近世社寺建築の展開を理解する上で,高い価値を有しているとして、6棟が国の重要文化財に指定されています。また鬪雞神社は、2016年10月に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました。

鬪雞神社
江戸中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県田辺市東陽1-11
撮影 : 2013.11.27
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本殿は1661(寛文元)年建立の重要文化財。
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拝殿。詳細不明です。先ほどの本殿は柵の向こう側にあって、近づけませんでした。参拝はここから。
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湛増と弁慶の像。弁慶は知る人ぞ知る、ここ田辺の人。湛増・弁慶の父子が鶏合せで源平合戦を占ったとか。
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ウィキペディアの写真です。手前から中御殿1748(延享5)年・上御殿江戸時代前期・本殿1661(寛文元)年・西御殿1737(元文2)年。
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手前から中御殿1748(延享5)年・下御殿江戸時代・1748(延享5)年・八百萬殿1748(延享5)年。
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ネットにあった闘鶏の像。これは気づきませんでした。
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文化遺産オンラインの本堂の写真。

by gipsypapa | 2018-10-24 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

粉河の十禅律院

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十禅律院(じゅうぜんりついん)は粉河寺の本堂から北東に進んだところに建つ天台宗安楽律院派の仏教寺院。本尊は阿弥陀如来です。元来は平安時代の正暦元年(990年)石崇上人によって創建された、粉河寺の塔頭(たっちゅう)十禅院でした。

江戸時代後期に紀州藩10代藩主の徳川治宝(とくがわ はるとみ 1771-1853)が天台宗の寺院に改宗して、十禅律院として創建したそうです。

十禅律院
江戸末期(文政年間)
和歌山県指定有形文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県紀の川市粉河2849
撮影 : 2018.3.27
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粉河寺の東側を歩いていて、一風変わった門を発見したので、行ってみることに。
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築地門。いわゆる竜宮造り門で、 1825(文政8)年建立です。 和歌山県指定有形文化財。
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「宝鐸墜」の題字は徳川治宝直筆だそう。読み方がわかりません。後に東大寺の覚峯が建立した宝鐸院の堂塔を飾る宝鐸を地中に発見した場所らしいです。
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ここでも桜が満開。
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本堂前の庭園。面白い形に剪定されています。
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本堂は 1829(文政12)年建立の総欅造りで屋根は入母屋造り。和歌山県指定有形文化財です。
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「薦福殿」の題字は徳川治宝直筆。「せんふくでん」?
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本堂の両側の腰には透かし彫りがあります。
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隣にあるのは護摩堂です。宝形造りで 1818(文政元)年建立の和歌山県指定有形文化財。
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宝珠は粉河の鋳物師、峰屋正勝の作だそうです。
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築地門と本堂の間に庫裏があります。江戸後期に立てられた和歌山県有形文化財。
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拝観入口の看板があったので、何の気なしに入ることに。
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拝観料は200円でした。
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着座の間。徳川治宝が座った座敷です。
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掛け軸の「薦福殿」も徳川治宝直筆。
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庫裏ですが、徳川家の別邸みたいなものだったのでしょうね。
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座敷を見たあとは通路を通って本堂へ。
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徳川なので三つ葉葵。
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通路の釣鐘が下がっているところは花頭丸といい、通路の屋根から突き出ています。これは後で。
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本堂中央の須弥壇には本尊の阿弥陀三尊。
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再び庫裏へ戻って、庭が一望できる縁側へ。
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洗心庭という座視式日本庭園で枯山水の庭。
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左に本堂と釣鐘があった花頭丸が見えます。
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和歌山県と大阪府の境にある和泉山脈の山々を借景しているそうですが、今は手前に竹やぶが茂ってほとんど見えません。
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庫裏に入らないと見ることが出来ない美しい日本庭園でした。危なく見逃すところでした。
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庭から見た庫裏。ネットの写真を借用しています。
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動画で案内しておられる女性は、私たちが訪ねたときと同じ。寺の成り立ちから、檀家がないそうで、建物や庭園の維持管理が大変らしいです。このまま引き継いでいって欲しい素晴らしいお寺でした。

by gipsypapa | 2018-10-22 09:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

粉河産土神社

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本堂のさらに上にある粉河産土神社(うぶすなじんじゃ)。粉河寺の鎮守社であり1200年を超える縁起を誇る古社で、「たのもしの宮」と呼ばれています。

粉河産土神社本殿
江戸中期
紀の川市指定文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県紀の川市粉河2788
撮影 : 2018.3.27
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本殿は第一殿と第二殿と同寸法 同形式で並列になっているそうですが、手前の第二殿しか見えません。
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鮮やかな色使いの春日造りの社殿です。
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本殿は江戸中期の建立で紀の川市指定文化財。
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境内には他にもいくつかの社殿が並んでいます。まず、天福神社。
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護国神社
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永代神社は五社を祀っています。
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粉河白山神社。明治39年に白山比咩神社より勧進。
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粉河稲荷神社。稲荷神社は全国共通でいろ鮮やかです。
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そしてお狐。
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カエルの親子は珍しい。
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狛カエル?カエルより小さい牛もいますが・・・
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なぜか孔雀がいました。

by gipsypapa | 2018-10-21 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)