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松島の五大堂

お礼
6月18日に発生した震度6弱の大阪北部地震は我が家の近所が震源地でした。非常に強い揺れを感じましたが、幸い短い間だったことから、食器が割れたり、棚の物が落ちたりしただけで、怪我はなく家族全員は無事でした。ライフラインも問題ありません。複数の知人や親戚の方々から電話やメールを頂きました。この場を借りてお礼を申し上げます。家の中の片付けも終わりましたので、ブログを再開します。
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五大堂は日本三景の一つ松島の景観上で重要な建物で、海岸に近い小島に建っています。伝承によれば大同2年(807年)、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立したのが始まりとか。

その後、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建したときに仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王、南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置したため、五大堂と呼ばれるようになったそうです。離れた場場所にありますが、瑞巌寺に属する仏堂なので、山号はありません。

現在の堂は、慶長9年(1604年)、伊達政宗が瑞巌寺の再興に先立って再建しもの。東北地方最古の桃山建築といわれ、国の重要文化財に指定されています。木造平屋建て。

瑞巌寺五大堂
1604(慶長9)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
宮城県宮城郡松島町松島字町内111
撮影 : 2017.10.1
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小高い丘のような小島にあります。
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すかし橋。 五大堂のある小島に架けられた橋。橋げたの隙間から海が見え、五大堂へ行く際に足元を見て気を引き締めるために造られたそうです。
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堂の近くにあるもう一つのすかし橋。
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参道の途中から松島湾を見下ろしています。観光船が見えます。
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向こうに見える長い橋は福浦島とつながる福浦橋です。
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五大堂に到着。
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木鼻は龍でしょうか。
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4面の軒下に装飾彫刻が見えました。
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干支の彫刻です。十二支あるはずですが・・・
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十一支しかありません。「巳」を撮り忘れたようです。

by gipsypapa | 2018-06-20 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(6)

松島の天麟院

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天麟院は瑞巌寺から西へ歩くと円通院の次にある寺院。瑞巌寺の塔頭のひとつで、山号は瑞雲峰です。伊達政宗の正室・愛姫(めごひめ)との間に生まれた娘、五郎八姫(いろはひめ)の菩提寺で、 陽徳院、円通院と並んで松島の三霊廟に数えられているそうです。

瑞雲峰 天麟院
詳細不明
宮城県宮城郡松島町松島町内51
撮影 : 2017.10.1
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新しそうな本堂です。
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本堂の前に不思議な乗り物が止まっていました。「松島さかな市場」?生臭そうですが・
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足元に子供がいる観音像。
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子育水子地蔵尊の社があります。
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中には子供が好きそうな玩具などか供えられていました。
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by gipsypapa | 2018-06-17 09:46 | 建築 | Trackback | Comments(4)

松島の円通院

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円通院(えんつういん。旧字体:圓通院)は瑞巌寺の西隣にある臨済宗妙心寺派の寺院で、伊達政宗の孫にあたるる伊達光宗の菩提寺として、1647(正保4)年に瑞巌寺第100世洞水和尚により三慧殿(さんけいでん)が建立され開山されました。円通院は三慧殿や大悲亭(本堂)という歴史的な建造物以外にも、変化に富んだ庭園が見所でした。

白華山 圓通院
宮城県宮城郡松島町松島町内67
撮影 : 2017.10.1
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山門は開山と同時に建てられたと考えられいる、萱葺き一間一戸の薬医門です。本堂と共に松島町指定文化財。
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山門をくぐって奥へ。
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山門から境内に入ると左側に石庭「雲外天地の庭」があります。
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「天の庭」は松島湾に実在する七福神の島を仏の庭として表し、「地の庭」は命を意味した「三宝の庭」だとか。
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松島湾は白砂で、周囲の山々はコケで表し、「天」と「地」には天水橋が架っています。
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■三慧殿
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境内の一番奥にある三慧殿(さんけいでん)は別名御霊屋(おたまや)とも呼ばれています。建物は宝形造りで、周囲に高欄付の縁を巡らす、東北地方では数少ない 格式ある方三間霊屋の遺構です。霊屋建築としては宮城県下最古とされ、3世紀半もの間秘蔵とされたという、国の重要文化財です。木造平屋建て。

三慧殿
1647(正保4)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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よく見えませんが、三慧殿の厨子には、馬に跨った光宗像と慶長遣欧使節を率いた支倉常長が西洋から持ち帰ったバラや、フィレンツェを象徴する水仙、トランプの図柄などが描かれキリシタン文化の影響を受けています。江戸時代初期に海外との交流を図った伊達政宗の影響がここに残っているわけです。
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三慧殿から本堂方面へ戻る参道の左側に石窟が並んでいます。
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ネットではあまり取り上げられてはいませんが、興味深かったです。
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遠州の庭。中門をくぐると本堂の前に心字の池で構成された庭があります。
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この庭は伊達藩江戸屋敷にあった小堀遠州作の庭を移設したといわれているそうです。
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この前後の写真はネットにあったものを借用しています。
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三慧殿禅林 瞑想の庭。杉林の自然庭園です。
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バラの庭 「白華峰西洋の庭」。支倉常長がヨーロッパから持ち帰ったバラなどをモチーフにしたそうです。みのはしたので写真はネットから借用しました。

■大悲亭(本堂)
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本堂の大悲亭は光宗公の江戸納涼の亭として使われていた建物を移築したもので、寺院としては寄棟造りの萱葺き屋根が珍しいのですが、禅寺らしい落ち着いた雰囲気といえます。松島町指定文化財の木造平屋建て。

大悲亭(本堂)
1647(正保4)年
松島町指定文化財
設計・施工 : 不明
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本堂の横に瓦葺きの建物があります。詳細は不明ですが、ここで数珠作りが体験できるようです。

by gipsypapa | 2018-06-15 08:57 | 建築 | Trackback | Comments(4)

松島の青龍山 瑞巌寺

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ツアー3日目は中尊寺を出て、午前中に日本三景のひとつ宮城県の松島へ到着しました。2011(平成23)年の東日本大震災の津波で、東北の太平洋岸は甚大な被害を被りましたが、ここ松島町は奥まった湾で手前に多くの小島がるため、被害が少なかった地域です。このツアーでは唯一、昼食がない日で、自由時間も長めだったので、お昼を済ませて、周辺の見所を回りました。

まずは民謡「斎太郎節(さいたらぶし)」で歌われる瑞巌寺へ。瑞巌寺の山号を含めた詳名は松島青龍山瑞巌円福禅寺(しょうとうせいりゅうざん ずいがんえんぷくぜんじ)。平安時代の創建で、宗派と寺号は天台宗延福寺、臨済宗建長寺派円福寺、現在の臨済宗妙心寺派瑞巌寺と変遷したとか。

現在ある建物は、1609(慶長14)年に伊達政宗公が造営したもの。桃山様式の粋をつくし、5年の歳月をかけて完成させたものです。ネット情報では、建築にあたって、諸国から名工130人を集めたほか、建材も熊野山中から取り寄せるなど、奥州の覇者としての意気込みが伝わります。造営の縄張には政宗自ら縄頭を執ったとか。

青龍山 瑞巌寺(松島青龍山瑞巌円福禅寺)
宮城県宮城郡松島町松島町内91
撮影 : 2017.10.1
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町並みから北に向かい参道へ。
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料金所の手前に立つ延命地蔵。古くないように見えますが、説明板では1863(文久3)年の鋳造です。
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両脇に鬱蒼とした杉木立が続く参道を進むと・・・・
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総門があります。本堂などと同時期に伊達政宗によって建立された薬医門。
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■本堂(方丈)
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桃山時代建立の書院造りで東・南・西三方に上縁・下縁を巡らした入母屋造本瓦葺き。中孔雀の間、仏間、上段の間、上々段の間など10室の部屋で構成されています。京都・根来の大工衆が技を競ったそうです。国宝に指定されている木造平屋建て。

本堂(方丈)
1909(慶長14)年ころ
国宝
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この辺で気づきましたが堂内は撮影禁止でした。
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あまり大きくない庭があります。
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■庫裡
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本堂の横にある庫裡へ。本堂と同時期の建立です。庫裡(庫裏)は禅宗寺院の社務所や台所。切妻造りの本瓦葺きで、屋根には入母屋造りの煙出しを載せ、唐草の透かし彫り等名工の腕が冴えた庫裡の傑作といわれています。国宝の木造平屋建て。

庫裡(非公開)
1909(慶長14)年ころ
国宝
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正面妻には桃山風の唐草装飾があります。
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非公開ですが玄関の控えの間だけ見ることが出来ました。
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宝物館に平安時代、創建時の鬼瓦が展示されています。
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内部が撮影禁止のためでしょう、参道になかで見た色々な部屋の襖絵の写真が並んでいました。
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ところが検索していたら「旅ぐるたび」というHPに一部ですが内部の写真を発見。以下に借用します。室中孔雀の間です。
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文王の間。
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上々段の間。
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欄間の彫刻。
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瑞巌寺を出る途中、参道に供養塔が納められている岩窟「法身窟」があります。
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by gipsypapa | 2018-06-14 09:17 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石巻市の建物

 しばらく続けた宮城県のシリーズは今日で終わります。最後に市街を歩いていて気になった建物をまとめてアップします。
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 大きな半円アーチが目を引きました。コンクリート造りにタイル貼り。新しい建物かもしれません。

阿部新一郎事務所
築年 : 不明
設計・施工 : 不明
石巻市中央1丁目4-1
撮影 : 2009.5.3
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 石巻小学校。運動場の向こうに見えるのは昭和11年築の体育館と思われます。妻面に見える大小半円アーチ窓が歴史を感じさせます。もう少し近づきたかったのですが、回り道になるので断念。この時はかなり足が疲れていました。

石巻小学校体育館
旧石巻小学校講堂 1936(昭和11)年
設計・施工 :不明
石巻市泉町1-1-2
撮影 : 2009.5.3
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水道坂にあるカトリックの教会付属の幼稚園。これもかなり新しいと思います。日本のカトリック教会系では少ないスパニッシュ様式。

石巻カトリック幼稚園
築年 : 不明
設計 : エムアイティ建築研究所
施工 : 不明
石巻市泉町3-2-17
撮影 : 2009.5.3

 次は九州に行こうと思いましたが、その前にしばらく不義理をしている関西を経由してからにします。
by gipsypapa | 2009-10-04 21:45 | 建築 | Trackback | Comments(0)

石巻地方広域水道企業団 水道資料館

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 大街道浄水場のポンプ室から西に移動した一角に水道資料館があります。典型的なマンサード(腰折れ)屋根のスレート葺き木造建築で、水道施設の建設工事の現場事務所として使用されていた建物だそうです。1979(昭和54)年に内部を展示室に改造し一般公開されました。私が訪れた日は休日なので当然閉まっていましたが、平日に開いているかどうかは不明です。木造平屋建て。

石巻地方広域水道企業団 水道資料館 
旧現場管理事務所 1929(昭和4)年
設計・施工 : 不明
石巻市双葉町4-26
撮影 : 2009.5.3
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資料館の隣にもアーチ窓の並ぶコンクリート造り2階建て建物がありますが、これはかなり最近の建物のようです。
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 さすがは東北地方。5月の初旬でしたが、まだ桜が咲いていました。
by gipsypapa | 2009-10-03 15:42 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大街道浄水場 ポンプ室

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 石巻の山手に向かうと水道坂と呼ばれる長い真っ直ぐな急坂があります。その脇にある大街道浄水場の一角に、昭和初期に建てられた切妻屋根のポンプ室が今も稼働しています。大きな半円アーチ窓が並び、屋根には小さなドーマーウィンドウ。全国各地にはデザイン的に優れた水道施設が多く残っていますが、これもその一つ。鉄筋コンクリート造り、平屋建て。

石巻広域水道企業団 大街道浄水場 ポンプ室 1930(昭和5)年
設計・施工 : 不明
石巻市双葉町4-26
撮影 : 2009.5.3
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by gipsypapa | 2009-10-02 11:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

日本基督教団石巻山城町教会

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 切妻屋根の礼拝堂とゴシック風パラペットの玄関兼鐘楼(?)のある下見板張りの小さな教会。調べると大正期の築とありましたが、見たところ新しいので最近改修されたようです。木造平屋建て(鐘楼は2階建)。

日本基督教団石巻山城町教会 1923(大正12)年
設計・施工 : 不明
石巻市泉町1-2-5
撮影 : 2009.5.3
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by gipsypapa | 2009-10-01 13:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石巻の中村屋旅館

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 石巻を散策していて見つけた旅館。正面から見たらそれほどではありませんが、奥行きのある和風建築です。側面はドイツ壁のような仕上げで洋風の印象もあります。調べると楽天トラベルに情報があって、「三陸の新鮮な海の幸を大正ロマン漂う当館で是非ご堪能下さい」といううたい文句。大正期の建物の可能性があります。木造2階建て。

中村屋旅館
大正期?
設計・施工 : 不明
石巻市中央1-11-1
撮影 : 2009.5.3
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by gipsypapa | 2009-09-30 10:34 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧石巻ハリストス正教会教会堂

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 北上川の中州にある教会堂。明治初期に石巻市千石町に建てられたもので、現存する日本最古級の木造教会堂建築といわれています。ただし、建物は1978(昭和53)年の宮城県沖地震で被災したため、旧教会堂の築後100年経って、現在地に移設して復元されました。木造でありながら、当時の教会建築としては珍しい漆喰塗の外壁。ビザンチン式と日本古来の建築が融合された和洋折衷です。現在無料で一般開放されています。石巻市指定有形文化財の木造2階建て。

旧石巻ハリストス正教会教会堂 
(聖使徒イオアン会堂)
1880(明治13)年/ 1980(昭和55)年移築・復元
石巻市有形文化財
設計・施工 : 不明
石巻市中瀬3-18
撮影 : 2009.5.3
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 教会堂を上から見ると十字架の形。
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 八角形を2分割したような玄関ポーチをはいると・・・
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 1階は畳敷きの集会室。右奥に急勾配の階段が見えます。
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 どう見ても老人には辛い、急な階段を上ると、ここが絨毯敷きの会堂。
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 会堂の奥は聖所と至聖所になっていて、間にイコノスタス(聖障)という障壁があり、そこには種々のイコン画が飾られています。
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 イコノスタスの中央は天門、左右に南門、北門という入口。天門の上部には、ロシア風のアーチがあり、そのすぐ下の板欄間に葡萄唐草の彫りものがあります。
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 イコノスタスの裏側にある至聖所にも入ることができます。
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by gipsypapa | 2009-09-29 10:51 | 建築 | Trackback | Comments(5)