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太田市立大森小学校

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銀山ゾーンを龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)に向かう途中に古そうな小学校の校舎を発見。調べてみると戦後とはいえ、65年も前に建てられた大森小学校でした。開校したのは明治5年といいますから、まだ石見銀山が採鉱をやっていた頃。そのころはもっと児童数が多かったはずですが、今は十数名だとか。戦後に建てられた古い木造校舎が少人数で丁寧に使い続けているようです。木造平屋建て。

太田市立大森小学校
1954(昭和29年)
設計・施工 : 不明
島根県大田市大森町ニ32
撮影 : 2019.3.23
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黒い下見板張りの校舎に白い窓枠が美しい。
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裏側にもう1棟高い建物が見えます。講堂かもしれません。
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往きは雨でしたが、帰りは晴れました。
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赤い瓦の新しそうな校舎もいいですね。
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学校のHPに中の写真があったので、借用します。


by gipsypapa | 2019-05-21 08:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)

早稲田大学  坪内博士記念演劇博物館

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坪内博士記念演劇博物館は、小説家、評論家、翻訳家、劇作家だった英文学者の坪内逍遥(つぼうち しょうよう、1859 - 1935)の古稀と、彼の1909年(明治42年)から19年間の歳月をかけた『シェークスピヤ全集』全40巻の翻訳事業の完成を記念して、早稲田キャンパス内に設立されました。

演劇博物館は日本で唯一、演劇を専門的に扱う博物館として知られています。日本だけでなく、世界各国の演劇や映像の貴重な資料を揃えています。錦絵46,800枚、舞台写真400,000枚、図書255,000冊、チラシ・プログラムなどの演劇上演資料80,000点、衣装・人形・書簡・原稿などの博物資料159,000点など、およそ100万点にもおよぶ膨大なコレクションがあるとか。

建物は左右対称で、エリザベス朝時代、16世紀のイギリスの劇場「フォーチュン座」を模して設計されたそうです。中央のハーフティンバーが印象的で、キャンパスに異彩を放つ華やかな意匠の建物です。設計は會津八一記念博物館で紹介した今井兼次ら早稲田大学営繕課の建築家。新宿区有形文化財に指定された、鉄筋コンクリート造り3階建て、地下1階

早稲田大学5号館 坪内博士記念演劇博物館
1928(昭和3)年
設計 : 今井兼次、桐山均一、江口義雄(早稲田大学営繕課)
施工 : 上遠組
東京都新宿区西早稲田1-6-1
撮影 : 2018.9.24
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正面舞台にある張り出しは舞台になっていて、両側に入り口。両翼は桟敷席で、建物前の広場は一般席になるとか。
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演劇博物館は通称エンパク(enpaku)というそうです。HPがありました。
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舞台正面にはTotus Mundus Agit Histrionem “全世界は劇場なり”というラテン語が掲げられています。
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右の入り口から入ります。
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左右対称なので階段は両側に。
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廊下はエリザベス朝の雰囲気でした。
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数多くの興味深い展示がありますが、展示室内は撮影禁止です。
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唯一、室内の撮影OKだった逍遥記念室。
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この記念室はもとは貴賓室として作られ、逍遙の来館時に使用しました。
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室内は、エリザベス朝時代の意匠を取り入れ、天井には逍遙の干支に因んだ羊の装飾が施されています。
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漆喰彫刻、いわゆる「こて絵」ですね。
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坪内逍遥博士の像。これとその次はネットにあった写真です。
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皆様、よいお正月をお迎えください。

by gipsypapa | 2018-12-31 09:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

早稲田大学 総合案内所

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大隈講堂前の広場の一角、正門脇のカフェ&大学グッズ売り場の前にある総合案内所。元はこの一帯にあった大隈重信邸の守衛詰め所だった建物です。小さな明治時代の建物で、急勾配の屋根にハーフティバーの瀟洒なデザイン。木造平屋建て。

早稲田大学 総合案内所
旧大隈邸守衛詰所
1902(明治35)年
設計・施工 : 不明
東京都新宿区西早稲田1-6-1
撮影 : 2018.9.25
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ハーフティンバーの小さな小屋に・・・
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小さなベイウィンドウ。
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総合案内所となっていますが、閉まっています。
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近くにグッズ売り場とカフェがあるので、案内所の機能はそちらに移ったのでしょう。
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ショップの右側に大隈公園の入り口。この向こうに旧大隈邸があったようです。
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これ以降はネットにあった大隈公園の写真を借用します。
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完之荘。飛騨の山村にあった古屋を邸内に移築したもので、大隈重信が静かに過ごした離れのようなもの。
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小雨が降っていたこともあり、公園には入りませんでしたが、行けばよかった。


by gipsypapa | 2018-12-30 08:42 | 建築 | Trackback | Comments(0)

早稲田大学 大隈記念講堂

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早稲田キャンパスでは最も有名でシンボル的な大隈記念講堂です。講堂は、創立者である大隈重信に対する記念事業として計画され、同大建築学科の佐藤功一教授と佐藤武夫助教授が設計し、同教授の内藤多仲が構造を担当して、昭和2年10月15日に竣工しました。

ロマネスク様式を基調としてゴシック様式を加味した、日本の近代折衷主義建築の優品として、高い価値があり、かつ多くの建築家を育てた佐藤功一の代表作としても重要であるとして国の重要文化財に指定された、鉄骨鉄筋コンクリート造り、3階建、地下1階、時計塔付。

早稲田大学21号館 大隈記念講堂
1927(昭和2)年
東京都選定歴史的建造物
設計 : 佐藤功一、佐藤武夫 / 内藤多仲(早大営繕課)
施工 : 戸田組
東京都新宿区戸塚町1-104
撮影 : 2018.9.25
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佐藤 功一(さとう こういち、1878 - 1941)は早稲田大学建築学科で永く教鞭をとり、庁舎などの設計を手がけた建築家。
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このブログでも日比谷公会堂+市政会館、仙台市青葉区の西欧館鶴舞公園普選壇(御誓文記念壇) を紹介しています。
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地下室の明り取りのガラスブロック。
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当然ながら開いてませんでしたので、これ以降はネットにあった素晴らしい内部写真を借用します。
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by gipsypapa | 2018-12-29 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

早稲田大学 會津八一記念博物館

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會津八一記念博物館は早稲田大学文学部教授を務めた美術史家の會津八一(あいづやいち)を記念して、1998年(平成10年)に早稲田大学2号館(旧・図書館)内に設置されました。

東洋美術・近代美術・考古学を主要な対象領域として2万点超の作品・資料を収蔵しているそうです。 早稲田大学の図書館として建てられたもので、1925(大正14)年に完成した、現在早稲田大学で2番目に古い鉄筋コンクリート造り。

建築家、今井兼次(1895-1987)のデビュー作です。今井兼次は早稲田大学理工学部建築学科を卒業。母校の教授を長く勤め、その後建築作品とともに教育者として研究室から優れた建築家、研究者を多数輩出した人です。この後、アップする予定の早稲田大学坪内博士記念演劇博物館や、すでに紹介した日本二十六聖人殉教記念館唐津小笠原記念館などを設計しています。鉄筋コンクリート造り、一部鉄骨造り、2階建て地下1階。

早稲田大学2号館 會津八一記念博物館
早稲田大学旧図書館
1925(大正14)年
東京都選定歴史的建造物
設計 : 今井兼次(早大営繕課)、内藤多仲、桐山均一
施工 : 上遠組
東京都新宿区西早稲田1-6-1
撮影 : 2018.9.25
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このときは閉まっていて、通り過ぎただけでした。
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これ以降の写真はネットから借用します。
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by gipsypapa | 2018-12-28 08:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)

早稲田大学 早稲田キャンパス

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ライブの翌日はがんこの山野愛子邸でランチを予約しています。その前にホテルを早めにチェックアウトして早稲田大学に行くことにしました。

早稲田大学 早稲田キャンパス
東京都新宿区西早稲田1-6-1
撮影 : 2018.9.25
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キャンパスの中央にある大隈重信の銅像。
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大隈重信は佐賀藩士、つまり武士の生まれで、後に政治家として参議兼大蔵卿、外務大臣、農商務大臣、から内閣総理大臣、貴族院議員などを歴任。早稲田大学の創設者です。
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昭和初期かなと思う校舎がいくつかありますが、有名な建物は少なくよく分かりません。
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総長高田先生像。大隈内閣の文部大臣だった高田早苗という人です。
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これはネット情報がありました。6号館で昭和10年の建造。
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有名な早稲田の校歌の碑。「都の西北、早稲田の森に~」
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早稲田大学図書館は大学と同じ1882年に創立された図書館。現在の中央図書館の建物は1991年に大学100周年記念事業の一環として安部球場跡地に建設されたものです。
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大学には中央図書館、本庄分館、4つのキャンパス図書館に加え、各学部、研究科や施設に設置されている学生や教員向けの読書室、図書室、資料室まであわせると30を超える施設が存在。これらの図書館には合わせて508万冊の本が所蔵されているそうです。
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by gipsypapa | 2018-12-27 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

萩・明倫学舎

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「萩・明倫学舎」は、かつて明倫小学校の校舎として使われていた木造校舎を改修整備して誕生した観光スポットです。旧明倫小学校は明倫館(めいりんかん)の跡地に建っています。明倫小学校の木造校舎は2014(平成26)年まで使用され、2017(平成29)年に敷地一帯が明治維新150年記念事業として設置された萩市の観光拠点施設「萩・明倫学舎」となっています。

旧明倫小学校は鴟尾(しび)を載せた本館棟をはじめとする4棟の木造校舎が並んでいます。隣接する史跡有備館に合わせた意匠で,外壁は1階部分は押しぶち下見板張り,2階部分は白漆喰塗り。屋根のフランス瓦や連続する窓の意匠が特徴的です。木造学校建築の好例として国の登録有形文化財に指定された、木造2階建て。

萩・明倫学舎
旧明倫小学校本館
1935(昭和10)年
史跡
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
山口県萩市江向602
撮影 : 2018.2.27
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明倫館は、長州藩の藩校で、水戸藩の弘道館、岡山藩の閑谷黌と並び、日本三大学府の一つといわれました。創建以来、藩の人材育成の中枢を担い、多くの人材を輩出されたそうです。
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南門です。閉まっていました。
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車寄せの玄関があるのは登録有形文化財の本館。
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案内の都合により本館の次にある2号館から見学。
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2号館には「明治日本の産業革命遺産」を紹介する「世界遺産ビジターセンター」と幕末維新期の歴史・科学技術史の貴重な実物資料を展示する「幕末ミュージアム」があります。
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2階の廊下から見えるのは3号館。
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3号館とその向こうの4号館は使われていません。
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幕末から明治維新にかけて使われた近代化遺産が展示されています。
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貴重なもののコレクションが多く、個人的に興味深かったです。
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明治維新前後の武器や兵器類の収集も見事です。
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長州五傑(ちょうしゅうごけつ)は、江戸時代末期(幕末)の1863年に長州藩から清国経由でヨーロッパに派遣され、主にロンドン大学ユニヴァーシティ・カレッジなどに留学した、井上聞多(馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(博文)、野村弥吉(井上勝)の5名の長州藩士を指します。
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3号館の1階部分です。
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本館へ移動。
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特別な展示品はなく、登録有形文化財である本館の特徴的な建築構造を紹介が紹介されています。
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先ほどまでいた二号館。
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天井裏の屋根支持構造を見ることが出来ます。
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両端に載っているのが鴟尾(しび)。「 屋根の大棟の両端を飾るもので,沓形 (くつがた) ともいう。」だとか。
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by gipsypapa | 2018-09-26 09:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松下村塾

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松下村塾(しょうかそんじゅく)は、萩市の松陰神社の境内に現存する江戸時代末期にあった私塾です。吉田松陰が指導した塾で、短い時期の塾生の中から、幕末より明治期の日本を主導した人材を多く輩出したことで知られています。

建物は木造瓦葺き平屋建ての小舎で、当初からあった八畳と、十畳半の部分があります。十畳半は塾生が増えて手狭になったため、後から塾生の中谷正亮が設計し、松陰と塾生の共同作業で増築したものだとか。1889(明治22)年に境二郎が往時の塾舎の保存を提案。品川弥二郎、山田顕義らが賛同して寄付金を募り、塾舎を屋根の漆喰塗りや壁の塗り直しなど補修を行ったそうです。国の史跡に指定された木造平屋建て。

松下村塾
江戸後期 / 1889(明治22)年補修
史跡
設計 : 中谷正亮(増築)
施工 : 松陰、塾生(増築)
山口県萩市椿東1537
撮影 : 2018.2.27
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by gipsypapa | 2018-09-23 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川四高記念文化交流館

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昼過ぎに金沢に到着。この年、金沢には3月にも行ったので2回目の訪問です。昼食を済ませて、ホテルのチェックイン前に兼六園周辺を散策しました。まずは石川四高記念文化交流館へ。

明治24年に建てられた旧第四高等中学校だった建物です。その後も旧制第四高高等学校を経て、金沢大学理学部、金沢地方裁判所、石川県立郷土資料館として使用されました。現在は文部科学省の所有で、石川県が文化庁から使用許可を受けた文化施設になっています。正面に向かって左側が無料の四高記念館、右側は有料の石川近代文学館です。

設計は文部省営繕の山口半六と久留正道(くる・まさみち)。単純な形状の煉瓦造ですが、初期の公立学校として貴重であることから国の重要文化財に指定されています。国の重要文化財の煉瓦造り、2階建て。

石川四高記念文化交流館
旧第四高等中学校本館
1891(明治24)年
重要文化財
設計 : 山口半六・久留正道
施工 : 真柄組
石川県金沢市広坂2-2-5
撮影 : 2017.6.6
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山口半六(1858 - 1900)は文部省在籍時に多くの学校建築を手がけた建築家。
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旧第五高等中学校本館、第三高等中学校寄宿舎、食堂(現・京都大学吉田寮)、旧東京音楽学校奏楽堂、兵庫県庁舎など公共施設を多く手がけています。
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いわゆる門衛舎です。
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久留正道(1855-1914)は山口半六の文部省の後輩で、明治後期から学校建築を数多く手がけた建築家。
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大阪市立愛珠幼稚園、国際子ども図書館、京都大学学生部留学課留学生センター、京都大学本部構内正門などを設計しています。
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中に入らなかったので、内部写真はネットから借用します。
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by gipsypapa | 2018-03-08 08:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

長浜旧開知学校

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先日、松本市の旧開智学校をアップしたばかりです。こちらは長浜旧開知学校。「開智」と「開知」、微妙に字が違う理由はわかりませんが、いずれも明治初めに開校した学校施設なのは同じです。

明治7年(1874)に町民の寄付によって神戸町(現在の元浜町の一部)に建てられました。現在の長浜小学校の前身だったそうですが、建造以降は幼稚園、高等女学校などに使われ、昭和12(1937)年に現在地に移築。その後は色々な目的に使われましたが、近年改修し、現在は地元の会議室や展示場になっています。

なお、地図上では尾張屋ビルになっているようです。松本旧開智学校を小ぶりにしたような外観ですがこちらは3階建て。同様に八角塔屋を載せた、外装モルタル塗り,腰石積、隅石付の擬洋風建築です。ちなみに松本開智学校は明治9年、つまり2年後の築なので、この長浜開知学校の方が古いのです。国の登録有形文化財の木造3階建て、塔屋付き。

長浜旧開知学校
1874(明治7)年 / 1937(昭和12)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
滋賀県長浜市元浜町2-3
撮影 : 2016.11.18
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隅石です。
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2階、3階に上るのは階段です。当たり前ですが。
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3階の会議室。
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3階から八角塔屋には、螺旋階段で登ることができます。
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棟札がありました。昭和12年。移築したときのものですね。
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八角塔屋から市内を見渡すことができます。
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塔屋からの眺め。北側に、一風変わったビルがあります。その左には北国街道が南北に通っています。
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松本旧開智学校に比べると、ずいぶん小型ですが、貴重な文化遺産なのは同じです。民間の建物になっているようですが、市がもっと関与したほうがよさそうです。

by gipsypapa | 2017-07-31 07:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)