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四天王寺から天王寺へ

四天王寺へ周辺の谷町筋を北からを南まであるきました。行き着いたのは阪和商店街と園地下にある地下鉄天王寺駅。途中、目を引いた建物などを紹介します。撮影 : 2019.9.20
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地下鉄の谷町線で降りたのは「四天王寺前夕陽ヶ丘駅」という思いっきり長い名前の駅。地上に出たら参道です。
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瓦が載ったウダツのある町家は「石田商店」。婦人服のトップファッションのお店ですよ。2階の外壁はタイル貼りです。昭和初期の築かな。

石田商店
大阪市天王寺区四天王寺1-8-10
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四天王寺を西側に出たところに鐘。
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四天王寺の南西の一角にある古い消防署。11年前も前を通りましたが、何も変っていないようでした。表側は国道25号線に、裏側は四天王寺の西大門の参道に面しています。鉄筋コンクリート造り、2階建て。

天王寺消防署元町出張所
旧南消防署元町出張所
1926(大正15)年以前
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-68
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これも再び前を通った釣鐘堂。大阪の四天王寺西大門を出て天王寺駅へ向かう途中に面白い建物があります。創業が明治33年の老舗の和菓子屋さんで、釣鐘まんじゅうで有名。近くを通ればついつい覗いてみたくなる、インパクトのある店です。

総本家釣鐘屋
1930(昭和5)年ころ
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区大道1-5-2
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前回はせんべいが美味しかったのですが、今回は目先を変えて饅頭にしました。
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これです。ネットの写真です。見て想像した通りの美味しい饅頭でした。
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通りの向こうに教会が見えています。新しそうだったので、わざわざ道を渡らず通過しました。プロテスタント系では日本キリスト教会に比べて、日本では少ないバプテスト教会です。私が通った中学がバプテストのミッションスクールでした。なじみはあるのですが、洗礼は受けていません。

日本バプテスト大阪教会
2013(平成28)年
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区茶臼山町1-17
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阪和商店街の前から地下街へ。
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ここから地下鉄に乗ります。
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次回から山口県へ。

by gipsypapa | 2019-11-13 08:13 | その他 | Trackback | Comments(2)

天王寺区の阪和商店街

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四天王寺からの帰りに谷町筋を地下鉄天王寺駅に向かいました。駅の近くの「都そば」で軽い昼食を食べたあと、横の路地に昭和レトロな商店街を見つけたので歩いてみました。

阪和商店街はJRや大阪メトロの天王寺駅の北側にある商店街で、南北の通路が1本と、そこから西へ向かって東西の通路が2本あります。天王寺は最近は300メートルの超高層ビル「あべのハルカス」や「あべのキューズモール」などのショッピングモールができた現代的な大都会ですが、この商店街はタイムスリップしたような一角でした。

阪和商店街
大阪市天王寺区堀越町15-17
撮影 : 2019.9.20
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1枚目の写真の中央が「都そば」。その両側の通路を北側から散策しました。商店街という名前ですが、普通の商店はほとんどシャッターが降りていて、居酒屋通りでした。
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「つるやII」のノレン。IIというからにはIもあるのか?やっぱりありました。
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昼間ですが暗い。手振れしていますが、公衆トイレもあります。ただ近づきがたい雰囲気でした。
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数少ない商店「ワタナベ」。2本の通りに面しているので、後でまた出てきます。
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南北の通りに突き当たりました。折り返し点です。
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南側の通り。こちらも居酒屋が多い。
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先ほどのワタナベ商店の南側。玩菓問屋という聞き慣れないタイトルですが、懐かしい駄菓子が並んでいました。玩菓(がんか)はおまけを付けた菓子や飲料のことだとか。
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これが「つるやI]ですね。
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ひときわ目を引く「種よし」。ド派手です。
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興味深かったので検索。これ以降の内部の写真はネットから借用しています。
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中もド派手。
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メニューには「お茶漬け割り焼酎」、「黄芽っこ」という聞き慣れないものと、何と「サソリ唐揚」!!
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オーダーしたら出てくるのはこれ。マヨネーズをつけてバリッ?
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南北の短い路地。
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大阪エリムキリスト教会が隣のビルにあるようです。
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一周してきました。自販機もなんとなくレトロ。
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再び表へ。大阪エリムキリスト教会が見えています。

by gipsypapa | 2019-11-12 08:40 | その他 | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 補陀落の庭と湯屋方丈

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極楽浄土の庭を見下ろす西側にある補陀落(ふだらく)の庭。江戸幕府第2代将軍・徳川秀忠により再興された「湯屋方丈」の前に広がる池泉鑑賞式庭園です。湯屋方丈の再建と共に作庭。現在の庭園は明治時代に改修されたものだそうです。

四天王寺 補陀落の庭
江戸初期 / 明治初期
作庭 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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見えているのは本坊です。極楽浄土の庭とともに本坊庭園といわれます。
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左端は極楽の池から見えていた本坊の張り出し部分。
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緩やかな築山に石組みと刈り込みの植栽の間を流れるせせらぎが美しい庭です。
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湯屋方丈(本坊方丈)は江戸時代初期に徳川秀忠によって再建された入母屋造本瓦葺きの建物で、清所とも呼ばれます。もともとは五智光院前にあったそうですが、2回移築されて現在地に建っています。国の重要文化財の木造平屋建て。

湯屋方丈
1617(元和3)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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湯屋方丈の北側。
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この辺は本殿につながる客殿です。
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湯屋方丈は時々一般公開されるようです。写真はネットから借用しています。
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ネットには補陀落の庭に砂紋が描かれたものがあります。一般公開か何かの催しのときに描かれるんでしょうか。見たい気もしますが、逆に砂紋があると今回のように、庭に近づけないわけで、それはそれでいいかな。



by gipsypapa | 2019-11-11 08:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 極楽の池

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極楽浄土の庭は池泉回遊式庭園。明治時代の整備時に浄土教における極楽浄土を願う「二河白道」(にがびゃくどう)の喩え話を表現した作庭がなされたそうです。昭和初期に再整備された現在の庭園は、湧水を利用した2つの池泉を「瑠璃光の池」と「極楽の池」、そして2つの小川を「水の河」「火の河」と称しています。

四天王寺 極楽浄土の庭
江戸初期 / 明治初期 / 1933(昭和8)年
作庭 : 木津聿斎宗泉 (昭和の補修)
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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極楽の池のほとりには11年前に訪ねた八角亭があり、庭園の風景を印象的なものにしています。
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明治36年に開催された内国勧業博覧会の木造パビリオンが四天王寺本坊庭園に移設されたもので、ルネッサンス風の八角洋風木造建築です。小奏楽堂というからには中で何かの演奏が行われたのでしょうか。

四天王寺八角亭
旧内国勧業博覧会小奏楽堂
1903(明治36)年 登
録有形文化財
設計 : 久留正道か
施工 : 大場安組
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全面に鮮やかな色ガラス。中には入れませんが、硝子越しに覗くことができます。
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極楽の池。向こうに見えている背が低い建物は払塵亭(ふつじんてい)という茶室。これも三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の設計のようです。
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池には組まれた阿弥陀三尊石。釈迦如来像を中心に左右に両脇侍(きょうじ)を配しています。
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白鷺でしょうか。11年前に撮った亀の池にもいました。さすがに代替わりしているでしょう。
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ネットの写真にも写っていますので、住み着いているのでしょう。
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向こうに見えているのは本坊の張り出し部で、新しいもの。
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極楽の池は蓮が有名らしいのですが、今年は何故か花が咲かなかったと、受付で聞きました。
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9月20日でしたが、まだ葉は枯れてないです。
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左手前の小さな建物は払塵亭。これも三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の設計です。
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払塵亭への伝い。
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残念ながら露地門が閉まっています。
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ネットに払塵亭の写真があったので、借用します。
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一心大神。弁財天の別名だそうです。
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西側を登って、最後の補陀落の庭へ。



by gipsypapa | 2019-11-10 08:22 | | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 茶室群

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極楽浄土の庭には全部で4棟の茶室があり、「瑠璃光の池」と「極楽の池」の間の東側に青龍亭、臨池亭と和松庵と呼ばれる3棟が並んでいます。

四天王寺 極楽浄土の庭 茶室群
1933(昭和8)年 / 昭和期
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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青龍亭。詳細は不明でした。
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臨池亭。1933(昭和8)年に三代目木津聿斎宗泉が極楽浄土の庭を補修作庭したときに建てた(どこからか移設したかも)茶室です。
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「水の河」が流れています。
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和松庵は、松下電器創業者、松下幸之助氏より寄進された茶室だそうです。
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「和」は聖徳太子の「十七条憲法」第一条の「和を以て貴しとなす」、「松」は松下幸之助氏を表しています。
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大阪城公園の「豊松庵」も松下氏に寄贈によるものなので、経営者として余裕が出てきた同時期、つまり1970(昭和45)年前後に建てられたのではないでしょうか。
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この日はこの茶室だけが営業中でした。いつも一般に公開して抹茶をいただけるようです。
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ネットにあった内部の写真を借用します。
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極楽の池の南にもう1棟の茶室「払塵亭」がありますが、それは次回に。



by gipsypapa | 2019-11-08 07:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

四天王寺本坊庭園 極楽浄土の庭 瑠璃光の池

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10年以上前に訪ねたことがある四天王寺に再び。目的は日本庭園です。前回はまだ庭にはほとんど興味がなく、近代洋風建築を追いかけていた時期なので、庭園内にある八角亭だけを見たのが実情でした。今回はじっくりお庭を拝見してきましたので、4回に分けてアップします。

ネット情報では、江戸時代初期に作られ、明治時代初期に改修整備されたという記述があちこちにあります。しかし庭の受付でもらったパンフレットには、造園されたのは1933(昭和8)年で、武者小路千家の茶匠木津家の三代目木津聿斎宗泉(きづいっさいそうせん1862~1939)の作庭だそうです。確実ではありませんが、いずれも根拠がある記述と思っつています。

極楽浄土の庭は池泉回遊式庭園。明治時代の整備時に浄土教における極楽浄土を願う「二河白道」(にがびゃくどう)の喩え話を表現した作庭がなされたそうです。現在の庭園では湧水を利用した2つの池泉を「瑠璃光の池」と「極楽の池」、そして2つの小川を「水の河」「火の河」と称しています。

四天王寺 極楽浄土の庭 瑠璃光の池
江戸初期 / 明治初期 / 1933(昭和8)年
作庭 : 木津聿斎宗泉 (昭和の補修)
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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北門近くの五智光院前の広場に受付があります。入園料は300円でした。
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庭に入る前にある客殿の前庭。
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客殿と五智光院をつなぐ渡り廊下の下をくぐって庭へ。
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白砂の廻遊路を「白道」というそうです。
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庭に入って左手にある釈迦の滝。
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滝からの流れは「火の河」と名づけられています。
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流れの行き先は「瑠璃光の池」。
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東の築山側を歩いています。
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荒陵稲荷の石碑。
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小さな社です。
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一廻りして西側に来ました。
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東の築山から流れ出る「薬師の滝」。
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三段の滝石組です。
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西側の流れは「水の河」。下流の「極楽の池」へ向かっています。


by gipsypapa | 2019-11-07 08:33 | | Trackback | Comments(2)

荒陵山 四天王寺の伽藍(その2)

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四天王寺(してんのうじ)は、大阪市天王寺区四天王寺にある寺院。聖徳太子が建立した、日本仏法最初の官寺。「四天王寺旧境内」として国指定史跡です。区の名前や駅名の「天王寺」の由来はこの寺名からきています。今回は中央伽藍の周囲の建造物を巡ります。撮影 : 2019.9.20
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地下鉄の「四天王寺前夕陽ヶ丘」で降りて北側の中ノ門から入りました。
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本坊です。この向こうにお目当ての庭園があります。それは次回以降に。
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本坊前にある国の重要文化財の五智光院(ごちこういん)。入母屋造りで江戸初期に徳川秀忠によって再建されたとか。元は西大門付近にあったものを明治34年に、本坊内の現位置に移築したもの。

四天王寺 五智光院
1623(元和9)年 / 1901(明治34)年移築
重要文化財
設計・施工 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
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装飾彫刻があります。
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敷地の南西端にある阿弥陀堂。念仏堂ともいわれます。これ以降の伽藍はかなり新しそうです。
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三面大黒天。
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大黒天、毘沙門天、弁才天の三つ顔を持つ本尊を祀っています。
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敷地の北側。明治39年に建設された英霊堂。
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これ以降は中ノ門から入ったところにいくつかある塔頭。まずは「中の院」。
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吉祥院。
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最後は静尊院です。
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次回から庭園へ行きます。

by gipsypapa | 2019-11-06 08:06 | 建築 | Trackback | Comments(2)

荒陵山 四天王寺の伽藍(その1)

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久しぶりに四天王寺に行きました。調べたら前回行ったのは11年前でした。お目当ては庭園ですが、まずは伽藍群から。回廊とそれに囲まれた中心伽藍です。

四天王寺(してんのうじ)は、大阪市天王寺区四天王寺にある寺院。聖徳太子が建立した、日本仏法最初の官寺。「四天王寺旧境内」として国指定史跡です。区の名前や駅名の「天王寺」の由来はこの寺名からきています。

昭和20年の大阪大空襲で国宝の東大門が、他の伽藍とともに焼失。7代目五重塔はわずか6年ほどの命だったとか。今ある中心伽藍は昭和38年(1963年)に完成したもので、飛鳥建築の様式を再現した鉄筋コンクリート造り。設計は日本の建築史家で、この四天王寺伽藍復元でBCS建築賞受賞した藤島 亥治郎(ふじしま がいじろう、1899 - 2002)です。

荒陵山 四天王寺
1963(昭和38)年
史跡
設計 : 藤島亥治郎
施工 : 不明
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
撮影 : 2019.9.20
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南大門。さらに後の昭和60年再建されたもの。
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南大門から仁王門を。
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南大門をくぐると右にある南鐘堂。正式には鯨鐘楼といわれる太子引導鐘堂です。
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中門。通称仁王門です。
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派手な色使いの仁王像。
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回廊で囲まれた広場の中央にある五重塔と金堂。
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南から北へ中門(仁王門)、五重塔、金堂、講堂を一直線に配置されています。見えているのは講堂です。
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中門の左右から出た回廊が講堂の左右に達する「四天王寺式伽藍配置」を踏襲しているそうです。
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これから回廊の北側。北鐘堂は正式には黄鐘楼といい、北の引導鐘(ひとつ鐘)鐘つき堂とも呼ばれます。
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この日はたまたま骨董市をやっていました。
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国の重要文化財の六時堂。1811(文化8)年)建立で、戦火を逃れた数少ない伽藍です。
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六時堂の前にある池は大寺池、通称「亀の池}といい、石橋が架かっていて、その上に石舞台があります。
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石舞台は江戸初期1623(元和9)年の造営で、国の重要文化財。写真はネットから借用しています。
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池の中にも小さな舞台のようなものがあります。鷺がいる写真は11年前に撮ったものです。
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これはネットから。亀の池といわれる由縁です。込み合ってますね。

by gipsypapa | 2019-11-05 08:06 | 建築 | Trackback | Comments(0)

森之宮神社(鵲森宮)

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大阪城公園を出て、電車に乗る前に歩き疲れたこともあり,、どこかで昼食をと駅の近くを歩いていて見つけた神社。JRと地下鉄の駅があるので、地名はおなじみで、昔は何度も駅の周辺で飲んだことがありますが、こんな神社があるのは知りませんでした。

鵲森宮(かささぎもりのみや)は、式内社で、旧社格は府社。通称を森之宮神社(もりのみやじんじゃ)といい、周辺の地名である森之宮の由来となっています。聖徳太子が創建した四天王寺の鎮守の神社だったそうです。四天王寺自体はもっと南の天王寺区に移転していています。四天王寺については後日アップする予定です。

鵲森宮(森之宮神社)
詳細不明
大阪市中央区森之宮中央1-14-4
撮影 : 2019.9.19
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短い階段を上がると正面には社務所のような建物。無人でした。
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境内は狭い。
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本殿の右側にある小さな石鳥居。奥に居住区があるような雰囲気でした。
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左側には石碑と・・・
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井戸。聖徳太子が見つけた温泉と描いてあります。
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そば屋かうどん屋を探しましたが、適当な店がなく行き着いたのがこの店。ここでパスタにしました。お洒落な店構えで入りにくかったのですが、思い切って中へ。丁度ランチ時なので、ほぼ満席。たまたま1席空いていました。

フルーツキッチン ほのか
大阪市中央区森ノ宮中央1-11-18
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ほとんどが女性客でした。写っている男性は、後に来店した人です。
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店を出る1時過ぎにはお客さんはほとんどいなくなりました。写真はネットから借用しています。

by gipsypapa | 2019-11-04 07:38 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 豊國神社秀石庭

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大阪城公園内にある豊國神社(ほうこくじんじゃ)は豊臣秀吉を顕彰する神社で、京都市東山区に鎮座する豊国神社の大阪別社として1879年(明治12年)創建されました。境内には重森三玲作の枯山水庭園の石庭「秀石庭(しゅうせきてい)」があります。

秀吉の「秀」と大坂城の建つ地にあった石山本願寺の「石」から一字ずつとって名づけられたとか。 重森三玲によれば、「かつて大阪城の地が石山の地であったことから、豪快な石組本意の作庭による蓬莱式の庭をテーマとし、豊国神社のご祭神が豊臣秀吉であることから、豊公説話に有名な千成瓢箪を地模様としてモダンな現代新感覚に生かすこともテーマとしている。」そうです。

大阪城公園 豊國神社秀石庭
1972年(昭和47年)
作庭 : 重森三玲
大阪市中央区大阪城2-1
撮影 : 2019.9.19
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第一の鳥居を通ったら右側にある参集殿。結婚式などに使われるそうです。
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秀吉の銅像。
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拝殿。目指す秀石庭はこの右奥にあります。
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場所を示す表示がまったくないので、分かりにくかったです。
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あまり手を掛けられていない感じでした。この解説板も赤さびて読みにくい。
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観賞用石舞台に千成瓢箪。
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四方が土塀で囲まれているので、塀の上から撮っています。
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北側はそれなりに壁越しに眺められましたが、西側は荒地になっていて、アプローチが難しかったです。
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グーグルの航空写真。現地ではわかりませんでしたが、強烈な千成瓢箪ですね。さすが重森三玲さん。

by gipsypapa | 2019-11-02 19:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)