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補陀洛山 総持寺の庭と桜

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散歩コースの立ち寄り場所のひとつである総持寺には、比較的最近になって整備された日本庭園があります。また桜の季節には多くの枝垂桜が咲き、参拝客が多く訪れるお寺です。まずは庭園から。

補陀洛山 総持寺
江戸時代
設計・施工 : 不明
大阪府茨木市総持寺1-6-1
撮影 : 2018.4.1 & 10.9
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季節はずれで気が引けますが、今年の4月1日です。
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枝垂桜が満開でした。
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朝早めの時間。体操している女性がいます。
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その女性に教わりました。アーモンドの花だそうです。
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桜に似ています。言われなかったら桜としか。
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それもそのはず、バラ科サクラ属でした。
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こんな花も咲いていました。何か分かりません。
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by gipsypapa | 2018-12-25 08:31 | | Trackback | Comments(0)

補陀洛山 総持寺の伽藍群

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近所なので散歩コースの一つになっている総持寺(そうじじ)は大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺院。山号は補陀洛山 (ふだらくさん)で、西国三十三所第22番札所になっています。本尊は千手観音。すでに4年前にもアップしましたが、境内が整備されたので再び紹介します。

寺伝では元慶3年(879年)頃、藤原山蔭が創建し、山蔭の三回忌の寛平2年(890年)に伽藍が完成したそうです。現在の伽藍は多くが江戸時代に建立されたもので、茨木市指定有形文化財になっています。

補陀洛山 総持寺
江戸時代
設計・施工 : 不明
大阪府茨木市総持寺1-6-1
撮影 : 2017.6.12 / 2018.4.1 & 10.9

仁王門(におうもん)
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入母屋造り本瓦葺きの楼門です。総持寺の象徴的な建物で、台地の先端に建てられ平野を眺望しています。

山門(仁王門)
江戸時代中期(18世紀初頭)
茨木市指定有形文化財
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鐘楼(しょうろう)
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入母屋造り、本瓦葺きで、江戸時代に一般的な方一間吹き放し形式の鐘楼です。現在の梵鐘(ぼんしょう)は新しいものですが、以前、吊られていた永享6年(1434年)の銘を有する梵鐘は、納経所(のうきょうしょ)で見ることができます。

鐘楼
江戸時代中期(18世紀)
茨木市指定有形文化財
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本堂(ほんどう)
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入母屋造り、本瓦葺の本堂です。元禄12年(1699年)の再建当初は方五間堂でしたが、昭和10年に廻縁(まわりえん)を取り込み、現在の形になりました。

本堂
1699(元禄12)年 / 1935(昭和10)年復元・改修
茨木市指定有形文化財
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この写真は総持寺のHPから。

薬師金堂(やくしこんどう)
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寄棟造り、本瓦葺きの金堂。慶安2年(1649年)の『棟札(むなふだ)』から福井村の鋳物師(いもじ)と天王寺大工による造営であることがわかっています。祀られている薬師如来像は鎌倉~南北朝時代のものだそうです。

金堂(薬師堂)
1649(慶安2)年
茨木市指定有形文化財
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如来荒神堂(にょらいこうじんどう)
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一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)、こけら葺の建物です。櫃墨書(ひつぼくしょ)から寛永20年(1643年)の古社殿であることがわかる貴重な建物です。

荒神社(如来荒神堂)
1643(寛永20)年
茨木市指定有形文化財
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宝蔵(ほうぞう)
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校倉(あぜくら)、寄棟造り、本瓦葺の建物です。校木(あぜき)を交互に組んだ互組(ごぐみ)で、大阪府下では極めて数の少ない建物で、四天王寺宝蔵が知られるのみだそうです。

宝蔵(旧御朱印蔵・経蔵)
1643(寛永20)年
茨木市指定有形文化財
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鎮守社(ちんじゅしゃ)
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三間社流造(さんげんしゃながれづくり)、こけら葺の社殿で保存状態の良好な17世紀前期~中期の建物です。装飾性が豊かで、摂津地域における近世社殿の様式を考える上でも重要な建物です。

鎮守社
江戸時代初期
茨木市指定有形文化財
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庫裏(くり)
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切妻造り、妻入の建物で、大寺院の庫裏らしい大型の建物です。文化元年(1804年)頃に建てられ、奥院(おくのいん)から天保3~9年(~1838年)までに移築再建したものです。

庫裏
1804(文化元)年ころ
茨木市指定有形文化財
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不動堂(護摩堂)
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不動堂(護摩堂)
1843(天保14)年
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閻魔堂(えんまどう)
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閻魔堂
詳細不明
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普悲観音堂
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普悲観音堂
詳細不明
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四国八十八ヶ所の石像が並んでいます。
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大師堂
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大師堂
詳細不明
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東門(ひがしもん)
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一間一戸四脚門、切妻造り、本瓦葺きの門です。南正面の仁王門とは趣きを変え、巡礼街道に面した境内西北に建てられています。門の左右の築地塀(ついじべい)は、もともと練塀(ねりべい)で一部が保存されています。

東門
詳細 : 不明
茨木市指定有形文化財
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他にも見所がいくつか。
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台所の跡です。
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本堂の渡り廊下は中華風の通り門になっています。東門から本堂や仁王門側に行くときにくぐります。
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境内の小高い丘に稲荷神社。
次回は庭園と桜の写真をアップします。

by gipsypapa | 2018-12-24 10:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

水無瀬神宮

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これは5年前の積み残しです。JR京都線の島本駅で降りて島本町立歴史文化資料館(旧麗天館)を見た後、東に歩いて阪急電車の水無瀬駅を目指す途中、遠回りして水無瀬神宮へ立ち寄りました。

水無瀬神宮(みなせじんぐう)は後鳥羽天皇(ごとばてんのう)と土御門天皇(つちみかどてんのう)、順徳天皇(じゅんとくてんのう)を祀る神社。後鳥羽上皇がこの地に水無瀬殿を造営し、水無瀬離宮と呼ばれていました。

承久の乱で隠岐に流されそこで崩御した後鳥羽上皇の遺勅に基づき、1240年(仁治元年)、藤原信成・親成親子が離宮の旧跡に御影堂を建立し、上皇を祀ったことに始まりだとか。

境内には国の重要文化財の客殿と茶室燈心亭。登録有形文化財の本殿、拝殿及び幣殿、神庫、手水舎、神門及び築地塀があります。また「名水百選」に選ばれた「離宮の水」が有名です。

水無瀬神宮
大阪府三島郡島本町広瀬3-10-24
撮影 : 2013.11.5

神門
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石鳥居をくぐってまっすぐ進むと神門があります。神門は桃山時代(1592年-1596年)の建立で、薬医門形式。石川五右衛門が神社に祀られた名刀を盗みに入ろうとして様子を窺っていたが、神威により門内へも入れず、仕方なく立ち去ったときに残した手形の跡があるとありますが、未確認です。国の登録有形文化財。

門及び築地塀
桃山時代
登録有形文化財

手水舎
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神門を通ると左側に手水舎があります。入母屋造桟瓦葺きで、石製の手水鉢と井戸枠があり、本格的な形式の手水舎として、国の登録有形文化財に指定されています。環境庁認定「名水百選」に選ばれた「離宮の水」を汲みに多くの人が訪れるそうで、この日も何人か見かけました。。

手水舎
大正時代
登録有形文化財

拝殿及び幣殿
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拝殿は入母屋造りの社殿で、北側に庇状の張出しと、背面に幣殿が続いています。土間式で基壇周囲に高欄が廻っています。設計は角南隆(すなみ たかし, 1887-1980)。明治神宮、平安神宮、祐徳稲荷神社や濃飛護國神社など全国の護國神社や、酒田市立図書館#光丘文庫などに携わった社寺建築、神社建築で大正から昭和期に活躍した建築家です。

拝殿及び幣殿
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計 : 角南隆
施工 : 不明
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接続している神饌所。
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拝殿。
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この写真は「文化遺産オンライン」から。

客殿
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水無瀬神宮の客殿は、拝殿の隣りに建つ、桃山時代に建てられた桟瓦葺き入母屋造りの社殿です。周りに低い手すりのある縁側が取り巻いています。大型の社殿ですが地味な外観でした。国の重要文化財。

客殿
桃山時代(1573-1614)年
重要文化財
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神庫
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境内南西隅にあり、切石積みの基礎上に建つ土蔵。正面に石階段、外壁漆喰塗りの建物です。国の登録有形文化財。

神庫
大正時代
登録有形文化財

本殿
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境内南東奥に建つ社殿。見たかもしれませんがそれらしい写真が残ってないので、ネットから借用しています。四方に縁を廻らして脇障子を立てた簡素な意匠に格調を備えた社殿です。京都御所の旧内侍所の旧材を用いて寛永年間に移築したものだとか。国の登録有形文化財。

本殿
江戸初期(1624-1644)年
登録有形文化財

茶室(燈心亭)
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水無瀬神宮の茶室は国指定の「重要文化財」に指定された建物で、水無瀬神宮の庭園にある茶室です。「燈心亭(とうしんてい)」と呼ばれています。御所から移築したもので、後水尾天皇より下賜されたと伝えられる江戸初期の寛永年間ごろの数奇屋風書院で、通常は非公開だそうです。これも見逃したので写真は「文化遺産オンライン」から借用しています。国の重要文化財。

茶室(燈心亭)
江戸初期(1624-1644)年
重要文化財

by gipsypapa | 2018-12-22 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

築港赤レンガ倉庫

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8年前に撮った写真がお蔵入りになっていました。大阪を取り上げたついでに、遅まきながらアップします。築港赤レンガ倉庫は大阪港の第1号岸壁に沿って、1923(大正12)年に住友倉庫によって建設された倉庫です。倉庫は貨物線の大阪臨港線を倉庫の間と両脇に引き込む形で建設され]ていました。

その後、1999(平成11)年に倉庫としての役割を終え、管理も住友倉庫から大阪市に移管されましたが、耐震上の問題から、長く構内立入禁止として放置。解体も検討されたとかで、私が訪ねたときはそういう時期だったようです。

耐震補強工事が完了し、2015(平成27)年から民間に委託され、ジーライオングループがクラシックカーの動態保存を行う「ジーライオンミュージアム」になっています。

設計は住友財閥で野口孫市(のぐちまごいち)とともに中之島図書館の設計に携わるなど、多くの建築物を手掛けた建築家の日高胖(ひだかゆたか)。建物は2棟あり、北側の旧2013m、いずれも煉瓦造りです。

築港赤レンガ倉庫
旧住友倉庫
1923(大正12)年
設計 : 日高 胖
施工 : 不明
大阪市港区海岸通2丁目6-39
撮影 : 2010.11.8
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夕暮れ時が近く、くすんだ色合いになっています。
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住友の#ロゴ。
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今は分かりませ4んが、このときは中央に搬出入口が開いていました。
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これ以降は現在の「ジーライオンミュージアム」の写真をネットから借用します。
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カフェやレストランもあるようです。
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by gipsypapa | 2018-12-21 09:10 | 建築 | Trackback | Comments(4)

岸和田の岸城神社

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岸城神社は岸和田城天守閣の東側に鎮座し、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)、素盞嗚尊(すさのおのみこと)、品陀別命(ほんだわけのみこと)の三柱を御祭神としています。創建年代は不詳ながら、桃山時代のころから、かつての和泉国南郡岸和田村の産土神として祀られてきたとか。岸和田城の鎮守の神であり、岸和田だんじり祭の氏神社の一つになっています。

岸城神社社殿
2008(平成20)年
設計・施工 : 不明
撮影 : 2018.9.19
大阪府岸和田市岸城町11-30
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文政2年(1819)生まれの浪花狛犬。阿と・・・
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吽。
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こちらは明治40年作の備前狛犬。阿と・・・
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吽。
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中には御神馬。
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有名な神社七社が祀られています。
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左から住吉、琴平、春日、菅原、日吉、愛宕、厳島の各神社でした。
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by gipsypapa | 2018-12-20 07:52 | 建築 | Trackback | Comments(2)

岸和田城

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岸和田城は別名が千亀利城(ちきりじょう)。江戸時代には岸和田藩の藩庁が置かれたところです。伝承では、当初の城は楠木正成の一族、和田高家が築いたといわれています。天正13(1585)年に羽柴秀吉が紀州根来寺討滅後、叔父の小出秀政を城主として城郭が整備され、天守閣もこの時に築かれましたそうです。

現在の天守は昭和29年に市民の寄付や旧城主の子孫である岡部氏の要望などにより再建されたものです。また平成4年には大改修工事も行なわれました。重森三玲が設計した庭園は国の名勝に]、城跡は大阪府の史跡に指定されています。

岸和田城1954(昭和29)年 / 1992(平成4)年改修
名勝、大阪府史跡
設計 : 池田谷久吉
施工 : 岩出建設
作庭 : 重森三玲(八陣の庭)
大阪府岸和田市岸城町9-1
撮影 : 2018.9.19
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がんこ五風荘では庭に入れず残念な思いをしましたが、天気がよく、すぐそばにある岸和田城へ。
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なんと、城門が閉まっています。
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9月4日に日本に上陸した台風21号による倒木などの被害により臨時休業。被害があったのは新聞で読んでいましたが、2週間経ったのでもう大丈夫と思ったのが甘かった。
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仕方なくお堀を廻ります。
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かなり大きな木がへし折れています。いかに風が強かったかが分かります。
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南から四国の徳島を通過した後、神戸周辺を北上しました。台風は進路の右側の風が強いため、自分の住んでいる高槻市は、経験したことがない強風で被害が大きかったのです。停電が12時間続きました。関西国際空港の高潮被害は大きなニュースでした。岸和田市も進路右側なので、やはり被害を受けたわけです。
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掘の外側にある二ノ丸多門は公衆便所になっています。
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今回のお目当ての一つだった八陣の庭には入れず。これ以下はネットにあった写真を借用しています。
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重森三玲の設計で、1953(昭和28)年に竣工した砂庭式枯山水庭園です。
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三国志で有名な諸葛孔明の八陣法をテーマに、中央の大将と先端の天・地・風・雲・鳥・蛇・龍・虎の各陣に石組みがされているとか。
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天守からの眺め。見たかったです。
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by gipsypapa | 2018-12-19 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

がんこ岸和田五風荘

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がんこお屋敷シリーズの第3弾は岸和田にある五風荘(ごふうそう)です。五風荘は近代和風建築と回遊式日本庭園がある屋敷。岸和田城の二之曲輪の「新御茶屋」、「薬草園」の跡地に旧寺田財閥当主で岸和田市長を務めた寺田利吉の別邸として建てられました。 1929(昭和4)年から10年をかけて造成されたそうです。

日本建築の粋を集めた主屋と3つの茶室がある、風情がある回遊式庭園があります。庭園には池や落ち着いた佇まいの山亭などの茶室、雪見灯篭など見所が一杯です。岸和田市指定有形文化財の木造平屋、一部2階建て。

がんこ岸和田五風荘
旧寺田利吉別邸
1939(昭和4)年
岸和田市指定有形文化財
設計・施工 : 不明
大阪府岸和田市岸城町18-1
撮影 : 2018.9.19
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邸内の歴史的建造物は1998(平成10)年に国の登録有形文化財に登録されていました。
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その後、指定管理者制度が導入され、指定管理者に選定された「がんこフードサービス株式会社」がレストランとして管理運営を行っています。
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指定管理者制度とは、「それまで地方公共団体やその外郭団体に限定していた公の施設の管理・運営を、株式会社をはじめとした営利企業・財団法人・NPO法人・市民グループなど法人その他の団体に包括的に代行させることができる(行政処分であり委託ではない)制度である。 」とういことらしいです。
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それに伴い、国の登録は抹消され、岸和田市指定有形文化財に指定されました。
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庭園に向かい合うカウンター席もあります。
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予約していたのは個室。料金は相部屋と同じなので、早めに予約するのがいいようで。
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トイレ前の流しと蛇口は昔のままです。
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坪庭もありました。
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部屋からの庭の眺め。
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いつものように食後は庭の散策を考えていました。
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お店の人に聞くと、今は立ち入り禁止になっているとか。
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中門にロープ。2週間前の9月4日に日本に上陸した台風21号の影響で多くの樹木が倒れたためでした。
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仕方なく玄関周辺を撮影。
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このあと訪ねる岸和田城も見えています。このときはまだ何も知らずに気楽でした。
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五風荘を出て岸和田城へ向かいます。表門「南木門」は奈良の東大寺塔頭の中性院表門を移したもの。
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もう一つの門。
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高い煙突が見えます。
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これ以降は残念ながら見ることが出来なかった庭園の写真をネットから借用します。
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三つの茶室があります。まず八窓席。
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利庵残月席。
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山亭は瓢池のほとり小高い築山の上にあり、自然石を礎石としています。対水亭ともいわれるとか。
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岸和田城の天守閣から。


by gipsypapa | 2018-12-18 09:09 | 建築 | Trackback | Comments(4)

再び岸和田を訪ねて

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6年ぶりに岸和田に行きました。前回は自泉会館などの洋風近代建築を見て廻りました。今回は前回見逃した岸和田城とランチが目的でした。ところが、さかのぼること2週間前の9月4日に日本に上陸した台風21号の影響が予想以上に大きく、満足に見ることが出来ず残念な結果になりました。
撮影 : 2018.9.19
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南海電鉄の南海本線で行きます。なんば駅は以前アップした高島屋が入る南海ビルディングの背後にあります。以上の写真は10年前のもの
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なんば駅のホームと北改札口は3階です。
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この1ヶ月後の10月17日に、駅舎の続きに31階建て「なんばスカイオ」という商業、オフィスビルがオープンしたそうです。

南海電鉄なんば駅
大阪市中央区難波5-1-60
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3階のプラットフォーム。岸和田まで特急電車です。
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南海電車はラピートやサザン以外の特急は特急料金は不要。ごらんのように普通の電車です。
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ラピートがいました。
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関西国際空港行きです。
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岸和田駅で普通電車に乗り換えて1駅。蛸地蔵駅に到着。6年前にも訪れた印象深い洋風駅舎です。1925(大正14)年に建築されました。ステンドグラスが有名です。

南海蛸地蔵駅舎
1925(大正14)年
設計 : 南海電気鉄道
施工 : 不明
大阪府岸和田市岸城町16-1
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ここから歩いて「がんこ五風荘」へ向かいます。

by gipsypapa | 2018-12-17 08:54 | 建築 | Trackback | Comments(2)

曽根崎お初天神通り

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前にもアップしたことがある大阪キタのお初天神通り。お初天神通りは御堂筋の東側を南北に通る商店街。2~3ヶ月に一回、元会社の同僚たちと飲む店があります。今は普通の商店は数少なく、アーケードの飲食店街と言ってもよいでしょう。

お初天神通りは「曽根崎心中」発祥の露天神社、通称「お初天神」への参拝道にあり、大小約100店舗のお店が軒を並べる大阪の北・梅田界隈の庶民的な商店街です。

曽根崎お初天神通り
大阪市北区曽根崎2
撮影 : 2018.7.7 & 10.25
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平日の真昼間なので、人通りは少ないです。
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一方、夜は歩きにくいくらい込み合うこともあります。
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若い頃よく行ったビアホールのニューミュンヘン。老朽化した建物を改修するため休業中。
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友人たちと行きつけの「たよし曽根崎店」。
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初めて左横の路地を見ました。
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戦後すぐに建てられたと思いますが、結構大きいです。
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ドラム缶はたよしの左横の居酒屋がテーブル代わりに使っていますね。
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以前にもアップした昭和レトロな「たよし」の店内。
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再び商店街へ。
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たよしの向かいにある「九州だんじ」。九州男児の私としては気になるところ。右の「とんこつラーメン しぇからしか」もよさそうですが、飲み仲間が興味を示さないので、入ったことはありません。
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庶民的な居酒屋だけでなく、こういうお洒落な店もありますが、敷居が高いです。
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たよしから商店街を南に進んで直交する路地に行ってみました。
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昭和レトロな店がいくつか並んでいますね。
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また商店街へ。それらしくないのですが、やはりお初天神の参道なのです。
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周辺に来たら必ず立ち寄るお初天神。正式には露天神社(つゆのてんじんしゃ)といいます。
露天神社大阪市北区曽根崎2-5-4
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お初天神の西側はお初天神通りですが、東側にも細い路地があり、独特な雰囲気があって好きなところです。
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アジアン居酒屋 Nari屋(ナリヤ)
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「夕霧そば」の行灯。
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瓢亭という店。ずいぶん前になりますが更科系の蕎麦が美味しかった記憶があります。
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この内部と次の蕎麦の写真は食べログから借用しています。
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そのほかにも間口の狭い店はぎっしり。
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by gipsypapa | 2018-11-28 08:47 | | Trackback | Comments(4)

北新地の蜆楽通り

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飲み友達と何度か行った居酒屋がある「蜆楽(けんらく)通り」です。大阪の歓楽街の一つ、北新地の本通りと永楽通りをつなぐ細い路地です。

北新地には、昔は蜆川(しじみがわ)が流れ、その両岸にお茶屋が軒を連ねて、お客や芸者をのせた船が往来し、華やかな花街の賑わいを見せていたそうです。しかし明治四十年の「北の大火」と呼ばれる大火事で、蜆川は焼け跡のがれき捨場となたため、全体が埋めたてらてしまいました。

その蜆川に架かっていた「曾根崎橋」から通じる一本の生活路地が、かつての面影を今に伝える「蜆楽(けんらく)通り」として生まれ変わりました。路地にはキタのえべっさん「曾根崎恵美寿」が奉られています。北新地の新たな名所として、夜は賑わっています。

蜆楽通り
大阪市北区曽根崎新地1-6-7
撮影 : 2018.6.8 & 8.10
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新地本通りから行くには「かに道楽」が目当て。向かって左の路地です。
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「益者三楽」の看板が下がっています。「礼儀と音楽をほどよく楽しむこと」「人の美点について褒めること」「立派な友人が多いこと」の三つの有益な楽しみのことで、孔子の言葉だとか。飲むときの心がけですね。
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最初に行ったときは雨。石畳がいい感じに濡れています。
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狭い路地にはバーや居酒屋、料理屋がぎっしり。客層は若い人が多かったです。
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昔の新地は社用族しかいませんでしたが、今は行きやすい値段設定になって、若者が多くなったのでしょう。
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曾根崎恵美寿。Brand New ですね。
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2ヵ月後に行ったときは提灯の光の色がオレンジ色から青色に変わっていました。
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北新地の通りです。これは本通りの北側を平行している永楽通り。着物姿がそれらしい。
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こちらはその南側の新地本通り。賑やかな通りです。
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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夜の新地本通り。
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客待ちタクシーの列はおなじみの風景。追い越し不可能なので、夜遅くなると、電話で呼ばれてから通りに入ります。昔はサラリーマンでも会社支給のタクシー券が当たり前。飲み終わりかけに店の人に呼んでもらうのがしきたりでした。
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最後は永楽通り。本通りより人が少ないです。この写真にも着物のお姉さんが歩いていますね。


by gipsypapa | 2018-11-27 08:37 | | Trackback | Comments(2)