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日本基督教団田辺教会

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これも5年前の積み残しです。教会堂は赤い屋根に純白のモルタル仕上げの壁に半円アーチ窓が並ぶなど、典型的なプロテスタント教会の意匠になっていますが、古くはなさそうです。木造平屋建て。

日本基督教団田辺教会
詳細 : 不明
和歌山県田辺市上屋敷1-5-10
撮影 : 2013.11.27
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これで和歌山編を終わり、次回から伊勢市です。

by gipsypapa | 2018-10-25 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(0)

田辺市の鬪雞神社

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これまで和歌山をアップしてきたので、5年前の積み残しをやります。和歌山といっても和歌山市ではなく田辺市です。まずは鬪雞神社。訪ねたときから重要文化財の社殿なのは知っていましたが、当時は和風建築は取り上げていなかったので、積み残しになっていました。

鬪雞神社(とうけいじんじゃ)は,熊野参詣道の大辺路沿いにある神社で,元暦元年(1184)に紅白の鶏を闘わせて源平合戦を占った故事から、かつては「鶏合権現」といわれ、地元では権現さんとして親しまれています。

社殿群は東より西へ西殿、本殿、上殿、下殿、八百萬殿の6棟が横一列に並ぶ構成になっています。その社殿形式や配置は熊野本宮の伝統形式をよく伝えていて、紀南地方における近世社寺建築の展開を理解する上で,高い価値を有しているとして、6棟が国の重要文化財に指定されています。また鬪雞神社は、2016年10月に世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました。

鬪雞神社
江戸中期
重要文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県田辺市東陽1-11
撮影 : 2013.11.27
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本殿は1661(寛文元)年建立の重要文化財。
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拝殿。詳細不明です。先ほどの本殿は柵の向こう側にあって、近づけませんでした。参拝はここから。
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湛増と弁慶の像。弁慶は知る人ぞ知る、ここ田辺の人。湛増・弁慶の父子が鶏合せで源平合戦を占ったとか。
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ウィキペディアの写真です。手前から中御殿1748(延享5)年・上御殿江戸時代前期・本殿1661(寛文元)年・西御殿1737(元文2)年。
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手前から中御殿1748(延享5)年・下御殿江戸時代・1748(延享5)年・八百萬殿1748(延享5)年。
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ネットにあった闘鶏の像。これは気づきませんでした。
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文化遺産オンラインの本堂の写真。

by gipsypapa | 2018-10-24 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(2)

粉河とんまか通り

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JR粉河駅から粉河寺に向かい県道124号粉河寺線を歩いて北上しました。20分弱で到着します。県道124号は、粉河駅の南側を東西に走る国道24号と粉河寺を結ぶ事を目的とした観光道路として整備された道路。この道路は「粉河とんまか通り」ともよばれ、春には「粉河とんまか雛通り」が開催されるとか。

和歌山県紀の川市粉河
撮影 : 2018.3.27
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JR粉河駅。和歌山駅と奈良県の王寺駅を結ぶJR西日本の和歌山線の駅です。
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駅の北口から粉河寺に向かう道は2車線の広い道。
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現在は参道になっています。昔からそうだったのかは分かりません。両側にいくつか古い商家風の住宅があります。
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この望楼みたいなものを中心に載せた町家は立派です。
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他にも古そうな町家があります。
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春には「粉河とんまか雛通り」が開催され市内約60か所に、さまざまなお雛様が飾られるとかで、これも通りのショーウィンドウです。
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横長の町家に「桃谷政次郎記念館」の看板がありました。大阪市に本社を置く「桃谷順天館」の創業の地で、創業者である桃谷政次郎氏の記念館でした。非公開らしいです。

桃谷政次郎記念館
和歌山県紀の川市粉河2147
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これ以降も他の町家です。
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粉河寺大門の近くある天照皇大神宮(てんしょうこうたいじんぐう)。天正年間(1573 - 1593年)に藤堂高虎が氏神として崇敬した神社だそうです。高虎が伊勢へ転封の際に、現社殿を改築したと伝えられているそうなので、江戸初期建立の可能性がありますが、確認できませんでした。一見、新しそうです。

天照皇大神宮
和歌山県紀の川市粉河2090
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神木といわれる大楠。樹令千年余と推定される天然記念物です。
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和風建築だけじゃなく変わった洋風建築もあります。
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JR粉河駅に戻り、和歌山線で再び和歌山へ。そこで乗り換えて大阪に戻ります。

by gipsypapa | 2018-10-23 09:23 | | Trackback | Comments(2)

粉河の十禅律院

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十禅律院(じゅうぜんりついん)は粉河寺の本堂から北東に進んだところに建つ天台宗安楽律院派の仏教寺院。本尊は阿弥陀如来です。元来は平安時代の正暦元年(990年)石崇上人によって創建された、粉河寺の塔頭(たっちゅう)十禅院でした。

江戸時代後期に紀州藩10代藩主の徳川治宝(とくがわ はるとみ 1771-1853)が天台宗の寺院に改宗して、十禅律院として創建したそうです。

十禅律院
江戸末期(文政年間)
和歌山県指定有形文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県紀の川市粉河2849
撮影 : 2018.3.27
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粉河寺の東側を歩いていて、一風変わった門を発見したので、行ってみることに。
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築地門。いわゆる竜宮造り門で、 1825(文政8)年建立です。 和歌山県指定有形文化財。
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「宝鐸墜」の題字は徳川治宝直筆だそう。読み方がわかりません。後に東大寺の覚峯が建立した宝鐸院の堂塔を飾る宝鐸を地中に発見した場所らしいです。
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ここでも桜が満開。
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本堂前の庭園。面白い形に剪定されています。
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本堂は 1829(文政12)年建立の総欅造りで屋根は入母屋造り。和歌山県指定有形文化財です。
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「薦福殿」の題字は徳川治宝直筆。「せんふくでん」?
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本堂の両側の腰には透かし彫りがあります。
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隣にあるのは護摩堂です。宝形造りで 1818(文政元)年建立の和歌山県指定有形文化財。
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宝珠は粉河の鋳物師、峰屋正勝の作だそうです。
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築地門と本堂の間に庫裏があります。江戸後期に立てられた和歌山県有形文化財。
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拝観入口の看板があったので、何の気なしに入ることに。
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拝観料は200円でした。
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着座の間。徳川治宝が座った座敷です。
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掛け軸の「薦福殿」も徳川治宝直筆。
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庫裏ですが、徳川家の別邸みたいなものだったのでしょうね。
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座敷を見たあとは通路を通って本堂へ。
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徳川なので三つ葉葵。
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通路の釣鐘が下がっているところは花頭丸といい、通路の屋根から突き出ています。これは後で。
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本堂中央の須弥壇には本尊の阿弥陀三尊。
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再び庫裏へ戻って、庭が一望できる縁側へ。
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洗心庭という座視式日本庭園で枯山水の庭。
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左に本堂と釣鐘があった花頭丸が見えます。
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和歌山県と大阪府の境にある和泉山脈の山々を借景しているそうですが、今は手前に竹やぶが茂ってほとんど見えません。
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庫裏に入らないと見ることが出来ない美しい日本庭園でした。危なく見逃すところでした。
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庭から見た庫裏。ネットの写真を借用しています。
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動画で案内しておられる女性は、私たちが訪ねたときと同じ。寺の成り立ちから、檀家がないそうで、建物や庭園の維持管理が大変らしいです。このまま引き継いでいって欲しい素晴らしいお寺でした。

by gipsypapa | 2018-10-22 09:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

粉河産土神社

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本堂のさらに上にある粉河産土神社(うぶすなじんじゃ)。粉河寺の鎮守社であり1200年を超える縁起を誇る古社で、「たのもしの宮」と呼ばれています。

粉河産土神社本殿
江戸中期
紀の川市指定文化財
設計・施工 : 不明
和歌山県紀の川市粉河2788
撮影 : 2018.3.27
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本殿は第一殿と第二殿と同寸法 同形式で並列になっているそうですが、手前の第二殿しか見えません。
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鮮やかな色使いの春日造りの社殿です。
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本殿は江戸中期の建立で紀の川市指定文化財。
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境内には他にもいくつかの社殿が並んでいます。まず、天福神社。
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護国神社
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永代神社は五社を祀っています。
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粉河白山神社。明治39年に白山比咩神社より勧進。
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粉河稲荷神社。稲荷神社は全国共通でいろ鮮やかです。
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そしてお狐。
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カエルの親子は珍しい。
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狛カエル?カエルより小さい牛もいますが・・・
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なぜか孔雀がいました。

by gipsypapa | 2018-10-21 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

風猛山 粉河寺(その2)

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境内の中ほどまで来ました。階段を登ると中門があり、さらに階段を登った高台に重要文化財の本堂や千手堂を初めとした大小の歴史ある伽藍が建ち、本堂前の斜面は巨石を並べた日本庭園があり、国の名勝になっています。

風猛山 粉河寺
江戸中期
和歌山県紀の川市粉河2787
撮影 : 2018.3.27
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中門(重要文化財)。天保3年(1832年)に完成した入母屋造り、本瓦葺きの楼門です。表裏の左右に四天王像が安置されています。
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四天王とは、東方の持国天、南方の増長天、西方の広目天、北方の多聞天らしいです。
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「風猛山」の扁額は紀州十代藩主徳川治宝の筆だそうです。
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中門を通って本堂に登る石段の両側にある粉河寺庭園。 国指定の名勝です。
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斜面なので土留め石垣を兼ねた石組み枯山水です。
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紀州青石(緑泥片岩)や、琴浦の紫石、龍門石などの紀州の名石の石組みの間にツツジなどの植栽を組み合わせた勇壮な庭。
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桃山時代の上田宗箇(うえだそうこ)、別名、上田重安の作庭じゃないかといわれています。
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石段の右側は石が少なく、軽妙な趣です。ストリートビューから。
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石段を上がったところから。ネットの写真を借用しています。
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本堂。粉河寺庭園の間の石段を上がったところにある粉河寺最大のお堂で、享保5年(1720年)上棟。国の重要文化財です。
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礼拝のための礼堂(らいどう)と本尊千手観音を安置する正堂(しょうどう)を前後に並べた形式です。
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左が礼堂。入母屋造単層で、前半分は吹き放しで、参詣者用の空間に。右の正堂は入母屋造重層で大規模な社殿。前方は礼堂に組み込まれた複雑な形状です。
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軒下は装飾彫刻が取り囲んでいます。
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千手堂は宝形造りの小さなお堂で、本堂の左に建っています。 宝暦10年(1760年)建立の国の重要文化財。
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行者堂
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これはネットの写真を借用しています。
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六角堂は享保5(1720)の建立。西国三十三ヶ所御本尊を祀っているそうです。
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鐘楼
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薬師堂
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このあと、近くの鎮守社やお寺を巡りました。

by gipsypapa | 2018-10-19 09:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

風猛山 粉河寺(その1)

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和歌山の二日目は朝から粉河寺(こかわでら)へ。和歌山城では8分咲きだった桜は、ここではほぼ満開。天気もよく暖かい日でした。

粉河寺は、和歌山県紀の川市粉河にある寺院で、西国三十三所第三番札所。山号は風猛山(ふうもうざん)で、宗派は天台宗系の粉河観音宗総本山です。本尊は、千手千眼観音菩薩。伝承によれば創建は宝亀元年(770年)、大伴孔子古(おおとものくじこ)によるとか。

戦国時代には僧侶たちは寺と領地を守るために武装化して僧兵となり、寺の周囲に城を築いて守り、同じ紀ノ川流域に勢力があった根来寺や高野山と同様に寺社の強力な武装集団になっていました。しかし、戦国時代の終盤には織田信長や豊臣秀吉に攻められて1585年(天正13年)には炎上し焼失。江戸時代になって、紀州藩の庇護と寄進により再興したそうです。

広大な境内には江戸時代中期に建立された重要文化財の本堂、大門、中門、千手堂を初めとした大小の歴史ある伽藍が建ち、本堂前の斜面は巨石を並べた日本庭園があり、国の名勝になっています。

風猛山 粉河寺
江戸中期
和歌山県紀の川市粉河2787
撮影 : 2018.3.27
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入り口の大門。宝永4年(1707年)建立の入母屋造り、本瓦葺きの楼門(2階建て門)です。仏師春日作と伝える金剛力士像を安置しています。国の重要文化財です。
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大門の隣にある善光寺。粉河寺の境内の一部になっています。
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不動堂。大門をくぐった最初のお堂。弘法大師爪刻(つめぼり)不動尊が安置されています。
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羅漢堂
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本坊。住職の住む僧坊です。
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出現池。本尊千手観音の化身、童男大士(どうなんたいし)が柳の枝を手に白馬に乗って、この池から出てきたと伝えられています。
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童男堂。延宝7年(1679年)の建立の和歌山県指定文化財で、千手千眼観世音菩薩の化身といわれる童男大士を祀っています。
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仏足跡(ぶっそくせき)は、釈迦の足跡を石に刻み信仰の対象としたもの。
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念仏堂(光明殿)は 江戸時代後期築の総欅造り。「出現池」に隣接して建っています。
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露座(ろざ)仏は粉河寺阿弥陀如来像で、粉河町指定文化財。
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文久2(1862)年作の鋳銅仏像で、粉河鋳物師の増井盛信が鐫字(文字の刻印)したものだそうです。
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太子堂。聖徳太子を祀っています。
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無縁塔。無縁の墓を集めた塔。

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手水舎。
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盥漱盤(かんそうばん)は銅製で蓮の葉蓮の葉をかたどっています。1775年製作の紀ノ川市指定文化財で、粉河鋳物師蜂屋薩摩掾五代目源正勝の作。
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中門が見えてきました。ここから階段を登って本堂へ向かいます。

by gipsypapa | 2018-10-18 09:16 | 建築 | Trackback | Comments(0)

和歌山市の銀行建築

和歌山城の北側は和歌山地方裁判所、家庭裁判所、地方検察庁などの公的機関や金融機関が立地している市の中心オフィス街です。その一角で目に付いた銀行を紹介します。

みずほ銀行和歌山支店
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和歌山中央郵便局の斜め向かい、和歌山城大手門の目の前にあるみずほ銀行和歌山支店は大正末期に建てられた日本勧業銀行和歌山支店だった銀行建築です。鉄筋コンクリート造り2階建て。

みずほ銀行和歌山支店
旧日本勧業銀行和歌山支店
1925(大正14)年
設計・施工 : 不明
和歌山市六番丁1撮影 : 2018.3.26
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三井住友銀行和歌山支店
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みずほ銀行の東側の四つ角にもう一つ目を引く銀行があります。縦の線を強調した特長のあるデザインで、間違いなく戦後の完工と思われますが、詳細は分かりませんでした。鉄筋コンクリート造り3階建て。

三井住友銀行和歌山支店
詳細不明和歌山市六番丁10
撮影 : 2018.3.26
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by gipsypapa | 2018-10-17 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

和歌山中央郵便局

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和歌山中央郵便局は和歌山城の東隣にあります。周辺には和歌山地方裁判所、家庭裁判所、地方検察庁などの公的機関や、みずほ銀行、三井住友銀行などの金融機関が立地している市の中心オフィス街です。

モダニズム建築が多かった郵便局も徐々に建て替えられたりして、見るべきものが少なくなりました。和歌山中央郵便局は戦後すぐの完工ながら、各階の軒を張り出した印象的な純白の外観。旧逓信省営繕の吉田鉄郎(よしだ てつろう 1894 - 1956)や山田守やまだ まもる 1894 - 1966)らが設計した郵便局舎伝統のモダニズム様式を踏襲しています。鉄筋コンクリート造り、4階建て、塔屋付き。

和歌山中央郵便局
1947(昭和22)年
設計・施工 : 不明
和歌山市一番丁4
撮影 : 2017.10.17 & 2018.3.26
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最初に見たときは雨でした。
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2回目は快晴。
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和歌山城側からお堀越しに側面が見えます。

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塔屋も3階建ての大規模な局舎です。
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入ってみましたが、窓口のあるスペースは普通で何の特徴もありませんでした。
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今回も泊まったダイワロイネットホテル和歌山の部屋から眼下に見えました。

by gipsypapa | 2018-10-16 08:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

がんこ和歌山六三園(その2)

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広大な六三園の庭を散策しました。主屋の外観のほかに、文化財指定された建物も見ることが出来ます。

がんこ和歌山六三園
旧松井家別邸
大正末期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
和歌山市堀止西1-3-22
撮影 : 2018.3.26
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庭に入って最初にあるのは茶室。切妻造りの建物に入母屋造りの角屋などを張出した複雑な外観で、茶室内部は四畳半。開放的な近代の茶室の好例として、国の登録有形文化財に指定されている、木造平屋建て。

旧松井家別邸(がんこ六三園)茶室
大正後期 / 2000(平成12)年改修
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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窓越しに部屋の中が見えました。
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茶室の近くにあるこの上品な建物は、なんと便所なのです。数奇屋風の切妻造り桟瓦葺きで軒先は檜皮葺きで、北妻の出入口に杉皮葺きの庇があります。外壁は黄大津、腰はモルタル仕上げで、各面に様々な形の窓があります。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

旧松井家別邸(がんこ六三園)便所
大正期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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るときに外から見た裏門を中から見ています。六三園では少ない洋風建築物の一つ。鉄筋コンクリート造りで間口3.4メートル、両側に門柱が立ち、門柱間はアーチ型。中央に両開きの板戸があります。国の登録有形文化財。

旧松井家別邸(がんこ六三園)裏門
大正期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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その左に建つのは浴室棟。これも南の路地から見えていたものです。煉瓦造りに淡いベージュ色のモルタル仕上げ。内部は浴室や脱衣室があるとか。外観を円弧などの幾何意匠で構成し、当時の洋風建築の特徴を示しています。国の登録有形文化財の煉瓦造り、陸屋根のスラブは鉄筋コンクリート造り。

旧松井家別邸(がんこ六三園)浴室棟
大正期
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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今は倉庫として使われているようです。
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十三重の塔は一枚岩から彫ったものだそうです。
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庭から眺める主屋。敷地中央に東面して建ち、式台玄関を持つ玄関棟の南側に座敷棟、西奥に2階棟がつながっています。建築面積が357平方メートルの大邸宅。全体を落ち着いた意匠で統一した上質の和風建築。国の登録有形文化財の木造平屋、一部2階建て。

旧松井家別邸(がんこ六三園)主屋
1920(大正9)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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西側は2階建て。
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主屋の向こうに見えるのは吸水塔です。煉瓦造りで軒にコー二スを廻し、2階各面に上下窓を2箇所設け、その上下端にタイルで白色バンドを入れています。和風建築が多い敷地の中で、て洋風意匠の近代設備を取入れ、特徴的な景観を形成することから、国の登録有形文化財の煉瓦造り、2階建て。

旧松井家別邸(がんこ六三園)給水塔
大正期
設計・施工 : 不明

by gipsypapa | 2018-10-14 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)