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網走の永専寺山門

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 一夜明けて最後の日。飛行機の時間まで網走市内を散策しました。

 博物館網走監獄の正門はすでに紹介しましたが、博物館の方は1924(大正13)年。こちらはその前の1912(明治45)年のもので、永泉寺に山門として払い下げられました。両脇のドーム屋根の番所は、煉瓦造りと木造の違いがありますが、形状は博物館と同じです。

 ネット情報によると、『石川県生まれの僧侶永法専は、未開地の布教のため1889(明治22)年網走に赴き、翌年網走刑務所の教誨師を務めた後、「慈恵院」を開設しました。釈放者を引き取り更正に導くためで、彼はこの仕事に一生を捧げました。』とあります。払い下げられたのは、この関わりからでしょう。網走若葉幼稚園が併設されています。網走市有形文化財。

永専寺山門
旧網走刑務所正門
1912(明治45)年 / 1922(大正11)年移築
網走市有形文化財
設計 : 司法省
施工 : 不明
網走市南6条東2-9
撮影 : 2012.8.28
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by gipsypapa | 2013-07-08 14:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 教誨堂

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 この建物は教誨事業の行われた講堂です。教誨とは教えを諭すということであり、受刑者に対して行う精神的、倫理的、宗教的な教化指導のことです。

 建物は、総瓦葺き入母屋造り重厚な屋根を持ち、内装は、漆喰を用いて天井に装飾を施し、シャンデリアを釣り下げた「和洋折衷」の建築様式です。受刑者は、「神の宿るところだから」と、刑務所内どの建物よりも精魂込めて作ったと言われています。

 戦後は、正面に設けられた仏壇は撤去されて講堂と名を改め、免業日(作業のない日)に映画を見せたり、慰問公演がおこなわれていました。また冬の長い地方ですので、野外運動場が使えなくなると、体育館のような使い方もされていました。


博物館網走監獄教誨堂
旧網走刑務所教誨堂
1912(明治45)年/1981(昭和56)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-07-03 13:18 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 五翼放射状平屋舎房

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 明治45年から昭和59年まで実際に網走刑務所で使用されていた獄舎です。 中央見張りを中心に、5本の指を放射状に広げたようになっているため、五翼放射状舎房と呼ばれています。

 この建物の特徴は、少人数でも監視しやすいという利点があり、ベルギーのルーヴァン監獄を模したものと言われています。5棟のうち雑居房は収容定員3~5人で126室あり、部屋の広さは、畳6枚敷、独居房は収容定員1人で100室あり、部屋の広さは畳3枚敷、雑居房、独居房合わせて226室で構成されています。博物館網走監獄 五翼放射状平屋舎房_c0112559_1301844.jpg

 雑居房の廊下側の壁は、「斜め格子」で等間隔に「スキ間」を置きながら作られているため(ブラインド方式)、廊下側からは部屋の中は見えますが、部屋の中からは廊下をはさんで向かい側の中は互いに見えないように作られています。

 独居房は「くの字格子」で作られており、換気のためのわずかな隙間はありますが、廊下側からも部屋の中からも見えない造りになっています。


博物館網走監獄五翼放射状平屋舎房
旧網走刑務所五翼放射状平屋舎房
1912(明治45)年/1981(昭和56)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人2-2
撮影 : 2012.8.27
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 廊下の向こう、房の上部にふんどし一つの男が見えます。
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 日本の脱獄王と呼ばれた白鳥由栄の脱獄シーンのマネキン。脱獄魔と呼ばれた男を描いた吉村昭の『破獄』のモデルです。

 戦前、戦後にかけて4度の脱獄を繰り返したとか。青森、秋田に次いで戦時中の1944(昭和19)年、彼が3度目に脱獄したのが、この五翼放射状舎房の第4舎第24房。扉の視察孔の鉄格子を揺すり続けネジをゆるめて外し、天窓を頭突きで破って逃げたそうです。根性あるなぁ。
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by gipsypapa | 2013-06-28 13:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 二見ヶ岡農場

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 網走刑務所農園作業の先導的施設として明治29年に網走の西方丘陵地の「屈斜路外役所」として設置されました。網走湖、能取湖の二つの湖を展望できる位置に建てられたので二見ヶ岡刑務支所として改名されました。

 1世紀を超えた今日も、網走刑務所の食料基地として、また、広い農場での作業であるため職員による監視は穏やかであり、物的人的警備に代えて受刑者自身の責任と自立行動を促すという開放的処遇施設として更生復帰させる重要な役割を果たしています。

 農園刑務所として有名な網走刑務所は、郊外に網走刑務所二見ヶ岡農場という分監の施設を明治29年に設置し、刑務所の農場としては日本一広い面積の土地を有効活用しながら受刑者に働く喜びを体験させ、健全な心身を作ることを目標として、独自の農園訓練規定を設け寒冷地農業に取り組んでいます。

 この風景は、春の開墾、種まき、夏の除草、秋の収穫作業を再現したもので、農機具や馬撬、金輪荷馬車は当時使用されたも明治29年に網走分監の農作業を行うための泊込み作業場として開設されたものである。「屈斜路外役所」から「二見ヶ岡農場」と改名され、平成11年12月博物館に移築復原されたものです。場長室、食堂、教誨堂、炊場、洗濯室、足洗場、浴場、舎房が1棟に設置された造りとなっているのです。


博物館網走監獄二見ヶ岡農場 
旧網走刑務所二見ヶ岡農場(移築復元)
1896(明治29)年/1999(平成11)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
北海道網走市呼人3-3
撮影 : 2012.8.27
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 ここで監獄食を食べることができます。AとBがあります。
 麦飯(麦3:白米7)、焼き魚(さんま or ホッケ)、小皿、中皿、みそ汁。昔のものではなく、現在の網走刑務所の昼食として出された食事メニューを再現したものです。本物は、みそ汁ではなく番茶らしいです。

 監獄食A 700円 さんま、監獄食B 800円 ホッケです。
 で、お味は?見たとおりの味でした。(笑)
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 二見ヶ岡農場作業
●作業開始年代 明治29年 ●再現年代 平成12年
●網走刑務所二見ヶ岡農場面積 3,588,884平方メートル

 農園刑務所として有名な網走刑務所は、郊外に網走刑務所二見ヶ岡農場という分監の施設を明治29年に設置し、刑務所の農場としては日本一広い面積の土地を有効活用しながら受刑者に働く喜びを体験させ、健全な心身を作ることを目標として、独自の農園訓練規定を設け寒冷地農業に取り組んでいます。

 この風景は、春の開墾、種まき、夏の除草、秋の収穫作業を再現したもので、農機具や馬撬、金輪荷馬車は当時使用されたも明治29年に網走分監の農作業を行うための泊込み作業場として開設されたものである。「屈斜路外役所」から「二見ヶ岡農場」と改名され、平成11年12月博物館に移築復原されたものである。
場長室、食堂、教誨堂、炊場、洗濯室、足洗場、浴場、舎房が1棟に設置された造りとなっているのです。

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 受刑者の逃走、暴行事件などの発生に備えたやぐら監視所を「高見張り」といいます。

 網走刑務所は現在、短期累犯刑務所として、刑期8年未満の受刑者を収容していますが、創設当時の明治23年から昭和43年までは、長期受刑者を収容する施設でした。

 そして、昭和23年には刑期8年以上を収容する重警備刑務所の指定を正式に受けているため、所内と裏山の4箇所にやぐらの廊下が12.95平方メートル、高さ8mの高見張りに、職員が2時間交代で監視を行っていました。


高見張り(再現構築物)
1948(昭和23)年
設計・施工 : 不明
北海道網走市呼人3-3
撮影 : 2012.8.27
by gipsypapa | 2013-06-27 13:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 裏門・水門

網走刑務所裏門
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 通称「通用門」と呼ばれた網走刑務所裏門は、赤煉瓦門塀製作開始の大正8年に一番最初に着工した門です。

 その後5年間かけて受刑者がこつこつ煉瓦を積み上げ、大正13年に延長1,080mの赤煉瓦を完成させました。以来、平成5年9月まで、70年間に亘り網走刑務所裏門として、受刑者が塀の外の作業場(農業、養豚場)に出かける時に通るのがこの門であり、いかつい正門とは違いこの門をくぐり抜けると構外に出られるという、受刑者にとっては解放感を味わえる門だったようです。


博物館網走監獄裏門
旧網走刑務所裏門(移築復元)
1924(大正13)年/1995(平成7)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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博物館網走監獄水門
 裏門にくっついている水門です。
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 網走刑務所の前方には網走川が流れています。この川を利用して、網走刑務所では、生活物資を運び入れたり、農場へ肥料を運ぶ等、貴重な水路として利用していました。博物館では往時を偲び、筏に肥溜めを載せ農場に運ぶ様子を再現しました。

博物館網走監獄水門
旧網走刑務所水門 (再現構築)
1924(大正13)年/2002(平成14)年再現
設計・施工 : 不明
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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by gipsypapa | 2013-06-20 13:09 | 建築 | Trackback | Comments(2)

博物館網走監獄 旧庁舎

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 庁舎は明治45年から昭和62年まで使用され「総瓦葺切妻造り」で「コの字型」に三棟を組み合わせた建物です。

 水色とグレイで彩色された外観、屋根に設けられた飾り窓など、一見洋式建築に見えますが、正面の千鳥破風の屋根をもつ草寄、鬼瓦をのせた屋根には和風建築の特徴もみられ、「和洋折衷」と呼ばれた明治時代初期の官庁建築に数多くみられました。
 
 庁舎は刑務所の主軸となる所で、中には、典獄(現在の刑務所長)室をはじめとして、会議室、総務課、戒護課、用度課、作業課等があり、保安管理、数化活動(宗教の力や対人接触により、良い方向に感化すること)等の計画執行を検討したところです。


博物館網走監獄庁舎
旧網走刑務所庁舎(移築復元)
1912(明治45)年/1988(昭和63)年移築
登録有形文化財
設計・施工 : 司法省
網走市呼人1-1
撮影 : 2012.8.27
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 昨年(2012年)に国の登録有形文化財に指定されました。
by gipsypapa | 2013-06-19 13:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

札幌市資料館

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 大通公園は東端のさっぽろテレビ塔にから、東西に長い公園になっており、この建物が西端の位置にあります。札幌控訴院として大正末期に建てられ、後の札幌高等裁判所が移転したのち1973(昭和48)年に札幌市資料館として開館しました。

 札幌軟石を積んだ外観ですが、実際は内側の煉瓦造りと石造りをかみ合わせた特殊な構造になっているそうです。2階の床と階段周りは鉄筋コンクリート造りになっていて近代的な手法も取り入れられています。

 左右対称でU字型平面の両翼。右奥が刑事法廷、左奥が民事法廷だったとか。正面の車寄せのある玄関ポーチ上部には目隠しをした女神の顔像があります。鉄板葺きの屋根には左右に3か所ずつドーマー窓を端正に並べて、中央部に尖塔を配した裁判所らしい重厚感のある外観です。

 内部も上質な造りで、白い漆喰仕上げの内壁や、アーチで構成される廊下など見どころ一杯の建物です。特に入ってすぐのホールには、半円形の平面を巻き込むように上る緩やかな曲線を描く階段に、青と黄色に赤がアクセントになったステンドグラスが美しい。国の登録有形文化財と札幌景観資産の煉瓦造・石造・鉄筋コンクリート造2階建て。

札幌市資料館
旧札幌控訴院
1926(大正15)年
登録有形文化財
札幌景観資産
設計 : 司法省会計課営繕係
施工 : 直営(谷口徳三郎ほか)
札幌市中央区大通西13-4-2
撮影 : 2011.8.27
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 正面の車寄せ部分の庇には目隠しをした女神の顔像。
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 建物の裏側は公園になっています。円筒形の部分はステンドグラスがあった階段室です。
by gipsypapa | 2012-05-02 11:46 | 建築 | Trackback | Comments(4)