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大阪城公園 日本庭園

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大阪城本丸に池泉回遊式の日本庭園があります。1931年(昭和6年)の天守閣復興にあわせ、明治時代に和歌山城二の丸から移築され、当時東側に建っていた紀州御殿の庭園として整備された純日本式庭園です。

京都二条離宮の名園にヒントを得て、御殿建築にふさわしいように築いた庭園といわれています。中央の池は面積300坪の鶴翼形で、背景に築山があり、池の南側からは、天守を借景した庭園の全貌が見えるように工夫されています。

大阪城公園 日本庭園
1931(昭和6)年
作庭 : 不明
大阪市中央区大阪城3-11
撮影 : 2019.9.19
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天守側から、その西側にある日本庭園へ。
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池の西側は築山です。
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北側へ移動。
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築山にある水源の滝口。
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築山の頂上付近。ここにもラジオ塔がありました。
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池の南側は雪見灯篭とその背景に天守をおさめるインスタ映えポイント。
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観光客が集まっていて、写真を撮るのも順番待ちでした。
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by gipsypapa | 2019-11-01 08:32 | | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 西の丸庭園 茶室「豊松庵」

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焔硝蔵の北隣に茶室「豊松庵(ほうしょうあん」があります。次回アップする大阪迎賓館の付帯設備になっている茶室で、昭和44年に松下幸之助氏から大阪市に寄贈されました。

茶を好んだ太閤秀吉にちなんで、豊臣の「豊」と松下の「松」から「豊松庵」と名づけられました。西日本最大級の茶室だそうです。

大阪城公園 茶室「豊松庵」
1969(昭和44)年
設計・施工 : 不明
大阪市中央区大阪城2
撮影 : 2019.9.19
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くぐり門から覗いています。さすがにこれ以上、奥に進む勇気はありません。
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茶室なので庭は見たかったな。
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ということで、これ以降はネットの写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2019-10-30 08:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 西の丸庭園 焔硝蔵

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大阪城公園の西の丸庭園内に重要文化財「焔硝蔵(えんしょうぐら)」があります。焔硝とは火薬という意味で、江戸初期に建てられた石造りの火薬の保管蔵です。

耐火と防水のため、床から壁、天井、梁のすべてが花崗岩で造られ、石壁の厚さは約2.4mを重厚な構造です。このような石造りの火薬庫は日本では例ががないことから、国の重要文化財に指定されています。

大阪城公園 焔硝蔵
1685(貞享2)年
設計・施工 : 不明
大阪市中央区大阪城2
撮影 : 2019.9.19
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当時、焔硝蔵は大阪城内に数か所あったとか。
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青屋口にあった土蔵造りの焔硝蔵は万治3年(1660年)に落雷のため、大爆発を起こしたそうです。
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よくこんな建物が残っていたものです。
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瓦に葵の御紋が使われていました。



by gipsypapa | 2019-10-29 08:21 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大阪城公園 西の丸庭園

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大阪城の二の丸のうち、本丸の西側が西の丸と呼ばれています。秀吉の正室「北の政所」が住んでいたところだそうです。

西の丸庭園は、広さが約6.5haある広い庭で、約半分が芝生におおわれ、ソメイヨシノを中心に約300本の桜が植えられ、大阪の桜の名所としても有名です。実際、ずいぶん昔には職場の花見で何回か行ったことがありますが、いつも場所の確保が難しいほど、花見客でにぎわいっていました。

この公園計画は、万博記念公園日本庭園で紹介し、他にも長居運動公園、菖蒲園、市長公館庭園など、西日本や旧満州の都市公園計画を手がけた田治六郎(たじ ろくろう、1904 - 1978)です。

大阪城公園 西の丸庭園
1963(昭和40)年
作庭 : 田治六郎
大阪市中央区大阪城2
撮影 : 2019.9.19
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入園料は200円。桜の季節は350円だとか。昔の記憶はまったくなく、有料の庭園なので、何かあるかと思ったら、桜並木と、
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広い芝生の広場しかありません。昔は芝生に座って花見をしたようです。
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少し北に進むと内堀が見えてきました。
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なるほど、 西の丸庭園は天守が見える絶景ポイントでした。
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夜桜の背景にライトアップされた天守でしょう。
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お濠めぐりの御座船です。
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ネットにあった夜桜の写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-10-28 10:56 | | Trackback | Comments(2)

大阪城公園

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近くを通ることがあっても、長年ご無沙汰していた大阪城公演へ行きました。大坂城/大阪城は、安土桃山時代の1583年(天正11年)から1598年(慶長3年)にかけて豊臣秀吉が築いた城でしたが、今は少なくとも地上には何も残っていません。

現在に見ることのできる大坂城の遺構は、1620年(元和6年)から1629年(寛永6年)にかけて徳川秀忠が実質的な新築に相当する修築を施したものです。その江戸時初期から後期にかけて建てられた櫓や門、蔵など13棟が現存し、多くが国の重要文化財。城跡は710,000平方メートルの範囲が国の特別史跡に指定されています。

天守は1931年(昭和6年)に鉄骨鉄筋コンクリート構造によって復興されたもので、国の登録有形文化財となっていて、博物館「大阪城天守閣」として営業しています。

大阪城公園は大正末期の關一第7代大阪市長時代に整備が始まり、1931年(昭和6年)の天守再建と同時に本丸を含む大阪城公園となりました。

大阪城公園
1931(昭和6)年
特別史跡
大阪市中央区大阪城1
撮影 : 2019.9.19
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公園の西側にある地下鉄の谷町四丁目駅からアプローチ。
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NHK大阪放送局と大阪歴史博物館の現代的なビルが並んでいます。背が高いのがNHK大阪放送局で、低いほうの楕円形が大阪歴史博物館。
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道を挟んだ北側にある現代的なビルは、なんと・・・大阪府警です、
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公園の西の端に来ました。この一団は幼稚園児の遠足みたいです。
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外堀端に来ました。
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過去にいくつか見たラジオ塔があります。この公園内では、もう一箇所で見ました。
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園児と一緒に場内へ。実はこの辺までは日本語を聞くことができましたが、その後はまったくでした。(笑)
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大手門から中へ。
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2017年にオープンしたミライザ大阪城。13年前にアップした旧大阪市立博物館(旧第四師団司令部)がお色直ししたものです。今はレストランや土産売り場、カフェなどを融合した複合施設になっています。

旧大阪市立博物館 (旧第四師団司令部)
1931(昭和6)年
設計 : 陸軍第四師団経理部
施工 : 清水組
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大阪城公園場内詰所。大阪城公園南西、修道館と多門櫓の間にあります。
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元々は陸軍第四師団通信隊が駐屯していた所で、その後 大阪衛戍刑務所が置かれ、大阪陸軍刑務所と改称。
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陸軍刑務所は昭和14年中河内郡大戸村に移転し、終戦までは大阪陸軍兵器補給廠になっていたそうです。
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秀吉の前は織田信長に滅ぼされた浄土真宗の石山本願寺があったところ。
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私立修道館。柔道、剣道、なぎなた、弓道など、武道を修行するところです。
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石垣は江戸初期の徳川秀忠時代のもの。
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ミライザ大阪城が見えています。
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内堀のそばに蓮如上人の石碑と袈裟懸けの松があります。
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本願寺蓮如のことで、1496年(明応5年)この場所に石山御坊(のちの石山本願寺)を建立しました。
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外堀の東側。
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この辺はうっそうとした森です。
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公園事務所ですが、レトロ感があります。
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階段をおりたところにある噴水広場。
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ロードトレインという列車の発着地です。
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西の地下鉄「谷町四丁目駅」側から入って、東の「JR森ノ宮駅」へ向かっています。
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遊具広場も大阪城公園の一部。
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アプローチは広々とした欧風庭園です。
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次回から大阪城公園内の見所をいくつかアップします。

by gipsypapa | 2019-10-27 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

万博記念公園 日本庭園 休憩所と茶室

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竹林の小経の北に上った高台に休憩所が、またそこから千里庵に向かって下がったところに、茶室「汎庵」「万里庵」があります。

万博記念公園 日本庭園 休憩所 / 茶室「汎庵」「万里庵」
1970(昭和45)年
大阪府吹田市千里万博公園9
撮影 : 2019.8.26
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坂を登った高台にある休憩所。
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竹林の小経から聞こえていた笛の音の出所はこれ。
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服装から見て、普通の観光客のようですが、笛は一流に聞こえました。
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坂を降りると千里庵の正面に茶室「汎庵」「万里庵」の立て札。門はしっかり閉まっています。調べたら「占用利用施設のため、一般公開は行っておりません。」と、ただし期間限定で特別公開されるようです。
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ネットに門の向こうの写真がありました。ここにも庭園があります。
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水禽窟みたいです。
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せっかくのお庭なので、常時公開して欲しいものですねえ。



by gipsypapa | 2019-10-08 08:01 | | Trackback | Comments(2)

万博記念公園 日本庭園 竹林の小径

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中世地区の「③竹林の小径(ちくりんのこみち)」に来ました。日本庭園ができる前の千里丘陵には大規模な竹林が広がっていたそうです。当時の風景を再現するために造られた場所で、竹の足下にはセンリョウ、マンリョウ、ナンテンなどが植えられています。

よく手入れされた竹林の中には「ししおどし」、また小径の端には「せせらぎ」の音がどこからともなく聞こえ、静けさを感じる場所です。

万博記念公園 日本庭園 竹林の小径
1970(昭和45)年
大阪府吹田市千里万博公園9
撮影 : 2019.8.26
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深山の泉から流れてきたせせらぎ。
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松の州浜に向かって流れる南側の小川です。
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「ししおどし」が響いていました。
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笛の音も聞こえてきたのですが、後に謎が解けました。
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by gipsypapa | 2019-10-07 07:51 | | Trackback | Comments(2)

万博記念公園 日本庭園 深山の泉

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上代地区を歩いています。「④深山(みやま)の泉」です。西側にある迎賓館を寝殿造りの建物と見立てて「寝殿造り庭園」様式で作られたそうです。

モミやイヌマキなどは、太古の大自然を表し、泉から湧きだした水は“時の流れ”を象徴しています。4つの時代の庭園様式を取り入れた万博日本庭園の源泉を表現しています。

万博記念公園 日本庭園 深山の泉
1970(昭和45)年
作庭 : 田治六郎
大阪府吹田市千里万博公園9
撮影 : 2019.8.26
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泉と名づけられていますが、前回アップした「木漏れ日の滝」からの流れがここで湧き出しているようです。
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小さめの玉石が敷かれた洲浜が見事でした。
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現在、迎賓館は石垣を境にして敷地外にあり、ここからは見えません。ネットの写真を借用します。結婚式場です。
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ネットの航空写真。位置関係がわかります。左側の紅葉があるのが、深山の泉。



by gipsypapa | 2019-10-06 08:31 | | Trackback | Comments(2)

万博記念公園 日本庭園 つつじヶ丘から築山を通って滝へ

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日本庭園の現代地区.から心字池の北側の高台を通り、途中「⑦つつじヶ丘」や築山を経由して上代地区にある「⑤木漏れ日の滝」を目指して歩きました。

万博記念公園 日本庭園
1970(昭和45)年
大阪府吹田市千里万博公園9
撮影 : 2019.8.26
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藤棚から遠くに「夢の池」の噴水モニュメント「彗星」が見えています。
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この辺が「つつじヶ丘」。
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ネットにある咲いている季節の写真を借用しています。
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心字池の正面に見えていた築山の下を通過。
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心字池の中央休憩所の正面が見えました。
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太陽の塔を借景とした絶景ポイントを再掲。
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クロマツだそうです。「遠見の松」と書いてあります。
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せせらぎ。「漏れ日の滝」から「松の州浜」へ流れる北側の小川です。
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滝が近づいてきました。



by gipsypapa | 2019-10-03 07:36 | | Trackback | Comments(2)

万博記念公園

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帰省から帰りました。少し暑さが和らいだので、久しぶりに万博記念公園に行って、まだ行ったことがない日本庭園を見に行くことにしました。

物理的に自宅の近くで、行きやすく、子供が小さい頃はエキスポランドへは何回か行きましたが、モノレールの線路から東は太陽の塔までしか行ったことがなかったのです。

万博記念公園は1970(昭和45)年に開催された日本万国博覧会(大阪万博)の広大な跡地を整備した公園。大阪府が管理していて、エキスポランドと自然文化園の第1期及び日本庭園・大阪日本民藝館などを公開して開園しました。

その後、自然文化園が第3期に分けて整備・公開され、国立民族学博物館が開設される一方、開園後に閉鎖された施設もあるそうです。面積は264ヘクタールと広大です。万博公園の設計は造園家で環境デザイナーの吉村元男(よしむら もとお、1937- )ら。

万博記念公園
1972(昭和47)年
設計 : 吉村元男
大阪府吹田市千里万博公園1-1
撮影 : 2019.8.26
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阪急茨木市駅からJR茨木駅を経由する近鉄バスが頻繁に運行しています。JRから日本庭園前のバス停まで10分です。公園東口から万博公園内へ。この一角に来るのは初めて。
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陸橋の上から。大阪モノレールの「公園東口駅」がすぐそこ。
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西に進むと左に見えてくる「夢の池」。イサム・ノグチ作。大阪万博開催当時、「宇宙空間の夢」と題したオブジェ噴水群(6種9基)が造られ、現在は水が出ませんが、オブジェとして、そのうちのいくつかが残っています。
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調べたら名前がわかりました。コインのようなのは「惑星」。円外周上にジェットノズルと噴霧ノズルを交互に配置し、全体を回転させながら噴霧とジェット噴霧をさせていたそうです。
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「コロナ」。池面上5メートルの高さから滝の噴水が出ました。その右の円筒は「星雲」。
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一番背が高いのは「彗星」。池面上33メートルの高さにアルキャストの巨大な立方体の箱が載っています。
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日本庭園へ向かう途中にある大阪日本民藝館。
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国内外の陶磁器や染織品など、各地の優れた工芸品を展示しているそうです。
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日本庭園の道路を挟んだ対面にあるのは平和のバラ園。中央の緩やかな斜面に階段状の浅い池。
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睡蓮が浮かんでいます。
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左側にバラ園がありますが、季節じゃないのでほとんど咲いていませんでした。
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最上段にある大きなサッカーボールのような物体はイサム・ノグチが「製作した月の世界」という作品です。当時はこれも噴水内に設置されていたようです。
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by gipsypapa | 2019-09-27 08:24 | その他 | Trackback | Comments(2)