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伊東観光番

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ケイズハウスから東に進み松川に架かる大川橋を渡ると南側にある伊東観光番。戦後に建てられた松原交番だった建物を利用した観光案内所です。左右対称の真っ白な建物で、1階は左右が四半円形の曲面壁になる軽快で特徴的な外観です。静岡県内に現存する最古の交番建築だとか。国の登録有形文化財の補強コンクリートブロック造り2階建て。

伊東観光番
旧伊東警察署松原交番
1958(昭和33)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
静岡県伊東市渚町2-48
撮影 : 2017.8.29
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補強コンクリートブロック造りとは、空洞コンクリートブロックを鉄筋で補強して耐力壁をつくり、壁頂部を鉄筋コンクリート造の梁でつなぎ一体化した形式の構造だとか。
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詳細は分かりません。中村鎮の鎮ブロックのようなものでしょうか。
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交番建築はそれぞれの土地特有のデザインが採用されて、面白いのが多いのですが、これもその一つです。


by gipsypapa | 2018-05-07 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

迎賓館赤坂離宮

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千葉県の観光を終え、東京に1泊しました。翌日は以前から行ってみたかった迎賓館赤坂離宮を訪ねました。赤坂離宮は東宮御所がある赤坂御用地の北側にあります。泊まったホテルは御用地の南側だったので、東京メトロで赤坂見附から一駅乗って、四谷駅から向かいました。

迎賓館がある赤坂御用地の敷地は紀州藩徳川家中屋敷のあった場所。現在、迎賓館として使われている旧赤坂離宮は、当時の皇太子明宮嘉仁親王,後の大正天皇の住居(東宮御所)として、1909(明治42)年に完成したネオバロック様式の建築です。明治期最大の記念建築で,本格的な西欧の建築様式を採用しながら,彫刻等の装飾にはわが国独特の様式、主題を採用し,精緻な工芸技術が各所に採用されています。

設計は、工部大学校の建築学科(東京大学工学部の前身)第1期生で、J.コンドルの最初の教え子、当時は宮内省内匠寮に所属していた片山東熊(かたやま とうくま 1854- 1917)が総指揮を取りました。日本初の洋風宮殿であり、内装は洋画家の浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助らが担当したそうです。戦後は国会図書館に転用されていた時期があったとかですが、1974(昭和49)年に村野藤吾の監修により、現在の迎賓館に改修されました。明治以降,昭和戦前に建設されたわが国の建築を代表するものの一つで,文化史的意義の特に深いものとして国宝に指定された、石造りおよび鉄骨煉瓦造り、2階建て、地下1階。

迎賓館赤坂離宮
旧東宮御所
1909(明治42)年
国宝
設計 : 片山東熊(宮内省内匠寮)
内装 : 浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助ら
施工 : 直営
改修設計 : 村野藤吾
東京都港区元赤坂2-1-1
撮影 : 2017.7.9
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四谷駅から南下すると見えてきます。
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入場は突き当たりを右折してしばらく進んだところから。何かの行事が行われていない限り、予約無しでも入場できます。
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受付が終わったらここから階段を登って入場。入場料は1000円だったと思います。
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こんなに監視員がいるということは、入場料は彼女たちの人件費じゃない、とぼやきたくなります。内部写真は皆無。あとで、ネットの写真で紹介します。
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内覧が終わり、まず本館裏の主庭方面へ向かいました。
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本館裏側は、後に出てくる前面とは違った意匠。
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2階に並ぶオーダーやペディメントはギリシャ風です。
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こちらが主庭。見事な噴水は主庭噴水池として国宝附(つけたり)に指定されています。
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中央に皿が2段重なる西洋庭園風の噴水です。
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噴水を囲んで、伝説の生物であるグリフォンの像が4体。
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グリフィンの足元に亀がいます。全部で8体です。
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前庭のある正面へ。
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左右対称の様式主義そのもののバロック風宮殿建築です。
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両翼が湾曲して、翼を広げたよう。
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ピンコロ石が敷き詰められています。
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車寄せにある巨大な玄関ポーチは石造り。
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桔梗桐の家紋は天皇家由来でしょうか。
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左端の出っ張り部分。
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ペディメントには菊の御紋。
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屋根には金の星を散りばめた天球儀と翼を広げた金色に輝く霊鳥(鳳凰の一種)が4羽飾られています。
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天皇を『武勲の者』という印象を表現するためという、鎧武者と青銅製の甲冑・弓矢。この意匠は中にもありました。
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前庭を北へ、正面ゲートへ戻りました。
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正門哨舎。これと同じものが博物館明治村に移設されています。
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内部が撮影禁止なので、ネットにある写真などを借用します。これは入場時にもらったパンフレットです。
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内閣府のHPに内部写真があります。各部屋の解説はこのHPを見てください。これは正面玄関・中央階段。

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彩鸞の間(さいらんのま)
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花鳥の間(かちょうのま)

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朝日の間(あさひのま)
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羽衣の間(はごろものま)
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これからは迎賓館赤坂離宮のHPから。
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花鳥の間には濤川 惣助(なみかわ そうすけ 1847 - 1910)の30面の七宝額が使われています。無線七宝による絵画的表現を特色とし、京都で活躍した並河靖之と共に二人のナミカワと並び評された人です。
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どの部屋も考えられないくらい豪華絢爛。
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しかしあまりにも華美に過ぎたことや・・
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住居としての使い勝手がよくなかったことから、皇太子嘉仁親王がこの御所を使用することはほとんどなかったそうです。
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それ以前にも、片山東熊が明治天皇に完成報告したところ、贅沢すぎと叱られ、ショックで寝込んだというエピソードがあります。
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これ以降はネットにある動画をキャプチャーしてものです。
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ドローンで撮影したものが別の動画にありました。
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正門から本館へと向かう左右(東西方向)に建つ旧衛士詰所。これも国宝の平屋建て。
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和風別館の游心亭(ゆうしんてい)。洋館と同時期に、同じ片山東熊設計の和漢がありましたが、今はなく、1974(昭和49)年に、谷口吉郎の設計により新設されました。

これで関東旅行を終わります。

by gipsypapa | 2018-04-16 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県庁舎石引分室

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歴史博物館の道を挟んだ東側に一見、よく似た建物が2棟並んでいます。石川県庁の石引分室となっている洋風建築です。

正面に向かって左側は旧陸軍第九師団司令部庁舎だったもので、ほぼ左右対称型で,正面のペディメントやピラスタ-,上下窓など簡素なルネサンス風の外観になっています。旧金沢城内に建てられましたが,昭和43年ころに現在地に移築され,その際両翼の一部が切り縮められたとか。

右側は旧陸軍金沢偕行社でマンサ-ド風の屋根を持つ中央棟の左右に,寄棟の翼屋が付く構造になる。コリント式のピラスターやドーマー窓等バロック風の技巧的な装飾を用いた外観意匠は,全体として華やかです。この建物も明治42年に現在地に移築したそうです。いずれも国の登録有形文化財の木造2階建て。

石川県庁舎石引分室
旧陸軍第九師団司令部庁舎 / 旧陸軍金沢偕行社
1898(明治31)年
登録有形文化財
設計 : 陸軍経理部
施工 : 不明
石川県金沢市石引4-18-3
撮影 : 2017.6.6
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こちらは旧陸軍第九師団司令部庁舎。
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庁舎らしく左右対称で硬いイメージです。
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右側は旧陸軍金沢偕行社。偕行社は戦前に帝国陸軍の将校准士官の親睦・互助・学術研究組織として設立されたものです。
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こちらは同じ陸軍の施設でも、親睦の目的、いわゆるクラブなのでマンサード屋根にするなど、柔らかな印象を受けます。
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偕行社の会館は各地に現存しています。たとえば旧旭川偕行社(第7師団)、旧弘前偕行社(第8師団)、旧善通寺偕行社(第11師団)、旧豊橋偕行社(第15師団)、旧岡山偕行社(第17師団)、旧台北偕行社(台湾軍)などがあります。
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by gipsypapa | 2018-03-17 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県立歴史博物館

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兼六園の南側に石川県立歴史博物館があります。3棟ある旧金澤陸軍兵器支廠の兵器庫を利用した博物館で、旧石器時代から近現代までの石川県の歴史や繊維産業など石川県に関わりの深い近世・近代の科学技術の解説、伝統工芸品などに関する展示が行われています。戦後は金沢美術工芸大学に使用されていたそうです。

3棟は、いずれも明治末期から大正初期に建てられた煉瓦造、2階建て。左右対称を基本とした端正な意匠で、それぞれ奥行きが90メートルの長大な建物で、国の重要文化財に指定されています。

石川県立歴史博物館
旧金沢陸軍兵器支廠第七號兵器庫
第3棟 : 1909(明治42)年、第2棟 : 1913(大正2)年、第1棟 : 1914(大正3)年
重要文化財
設計 : 陸軍省経理部
施工 : 不明
石川県金沢市出羽町3-1
撮影 : 2017.6.6
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館内マップ。
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奥行きは90メートルあるそうです。
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昔の水道管でしょうか。
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ここは中に入りました。常設展は300円。第3棟の加賀本多博物館との共通券は500円です。
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各種のポスターや・・
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前田家の家系図が掲示されていました。
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閉館時間の間際だったので、展示品は一部しか見れませんでした。
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by gipsypapa | 2018-03-16 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県金沢城・兼六園管理事務所分室

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もと金沢市内の大手町にあった禄高1万石の加賀藩家老、津田玄蕃邸の屋敷で、宝暦の金沢大火(1759年)の後に建てられたものです。大正12年に保存のため兼六園に移築され、現在は管理事務所として使われています。木造平屋建て。

石川県金沢城・兼六園管理事務所分室
旧津田玄蕃邸
江戸時代後期 / 1923(大正12)年 移設
石川県指定文化財
設計・施工 : 不明
石川県金沢市兼六町1-4
撮影 : 2017.6.6
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屋根が載った木製の塔は何でしょう?
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1枚目の写真の反対側に屋敷の玄関があるのですが、見逃したのでネットから借用します。

by gipsypapa | 2018-03-14 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(0)

浅野川大橋詰火の見櫓

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尾張町を東の端まで歩き、金沢文芸館の建つ三叉路を左折して「ひがし茶屋街」へ向かう途中に浅野川を渡りますが、大橋の北側に古い鉄骨の火の見櫓があります。

もともとは大正末期に建造された、高さ23mほどの望楼を備えた櫓として、昭和46)年に老朽化のため上部を切断したため、このような独特の形状になっています。切り取られた後の高さは13m。施工は金沢市内の高田商会という鋳鉄製銘板が付いているそうです。国の登録有形文化財の鉄骨造り。

浅野川大橋詰火の見櫓
1924(大正13)年 / 1971(昭和46)年改造
登録有形文化財
設計・施工 : 高田商会
金沢市東山3-1-2先
撮影 : 2017.3.8
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金沢市内に現存する最古の火の見櫓だそうです。
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「火の見櫓図鑑」という興味深いHPにあった写真と、その記事です。「かつては中間部分であった場所が現在の望楼。欄干には、何故か自動車タイヤ用のホイールがいくつも取り付けられている。屋根がかけられていないので、半鐘は柱に吊るされている。」
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浅野川の南側を見ています。この一帯は主税町茶屋街です。
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浅野川大橋の川の対岸には、明治初期の木造火の見櫓を復元したものが建っていました。

by gipsypapa | 2017-12-07 09:01 | 建築 | Trackback | Comments(2)

稚内港北防波堤ドーム

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北防波堤ドームは稚内港にある大型の防波堤です。ツアーバスが通過したので、車窓から撮影しました。防波堤としてだけでなく、桟橋から稚内港駅までの乗り換え通路を兼用していました。

防波堤としては珍しいドーム状の形なので、稚内港北防波堤ドームと命名されました。高さ約14メートル、長さ427メートルの規模で、古代ギリシア建築をおもわせる70本のエンタシス状の柱列群が、斬新な印象です。

設計は北海道大学出身で、当時稚内築港事務所にいた26歳の技手、土谷実といわれていますが、土木学会選奨土木遺産のHPによると「設計者は二人存在した。つまり,基本構想とその技術的なバックボーンは平尾によって固められ,詳細設計を土谷が担当したのである」とあります。平尾俊雄は東京帝国大学を卒業後、旧内務省に技官として任官し、その後北海道庁に赴任し、北海工営社を設立した人です。土木学会選奨土木遺産と、北海道遺産に選定された鉄筋コンクリートト造り、ドーム型防波堤。

稚内港北防波堤ドーム
1936(昭和11)年 / 1980(昭和55)年復元
土木学会選奨土木遺産、北海道遺産
設計 : 土谷実+平尾俊雄
施工 : 不明
北海道稚内市開運1-2-2
撮影 : 2016.11.5
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バスの窓越しに撮っているので、ぼやけています。短時間でもいいので、下車したかったです。
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というわけで、この写真以下はネットから借用しています。
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乗り換え通路の役目を終えた後は、石炭置場に使われていたそうですが、塩害でぼろぼろに劣化。取り壊されることになったそうです。
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しかし、すでにこのドームは稚内のシンボルとして定着していたため,市民の熱心な存続運動が実を結び,原型に忠実に復元されることになったとか。復元工事は1980(昭和55)年に完工しました。

by gipsypapa | 2017-09-12 07:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

NTT東日本松本営業支店大名町ビル

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大手の大名町通りを更に西へ。いかにも昭和初期を感じるビルがあります。白い外壁の腰部はレンガ張り、アーチの門がある、逓信省らしいモダンな建物です。鉄筋コンクリート造り3階建て。

NTT東日本松本営業支店大名町ビル
旧松本郵便局電話事務室
1930(昭和5)年
設計 : 旧逓信省建築局
施工 : 不明
長野県松本市大手3-3-9
撮影 : 2016.7.11
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窓が斜めに配置されているところは階段ですね。
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「電話局の写真館」という優れもののHPから借用しました。
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グーグルで見ています。

by gipsypapa | 2017-07-15 08:17 | 建築 | Trackback | Comments(4)

尾道商業会議所記念館

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本通商店街にある商業会議所記念館。古くから港町として栄えた尾道は、1892 (明治25) 年に全国で30番目の商業会議所を設立しました。この商業会議所記念館は1923(大正12)年に尾道商業会議所創設30周年の記念事業として建築された建物を改修復元したものです。

1階は資料展示や観光案内コーナー、2、3階は吹き抜けで、当時としては珍しい階段状の会議場が残されています。 当時としては最先端の鉄筋コンクリート造りで、商業会議所として建築された鉄筋の建築物としては、現存する日本最古のものであり、尾道市重要文化財に指定されている、鉄筋コンクリート造り、3階建て。

尾道商業会議所記念館
旧尾道商業会議所
1923(大正12)年
尾道市重要文化財
設計・施工 : 不明
広島県尾道市土堂1-8-8
撮影 : 2016.3.1
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側面は色気がありません。今、広場になっているところにビルが隣接していたのでしょう。
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本通り商店街に向かうファサードの腰部だけ石張りです。
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入場無料でした。
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2階の会議場。
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階段状の会議場です。
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2、3階は吹き抜けです。
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3階へ。
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窓から見えるのは尾道商業会議所記念館広場です。

by gipsypapa | 2017-05-07 07:53 | 建築 | Trackback | Comments(2)

美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)

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美保関灯台(みほのせきとうだい)は、島根半島東端の地蔵崎にある山陰最古の石造灯台です。「世界灯台100選」および「日本の灯台50選」に選ばれている日本を代表する灯台の一つで、灯台としては初の登録有形文化財に登録されました。

明治31年に、フランス人技師の設計により、片江の石工寺本常太郎によって施工されて、初点灯しました。当初は地蔵崎灯台と呼ばれていました。併設された灯台の旧吏員退息所主屋、倉庫、便所と石塀も登録有形文化財で、美保関灯台ビュッフェとして営業して、観光スポットになっています。石造平屋建て。

美保関灯台(美保関灯台ビュッフェ)
1898(明治31)年 / 1972(昭和47)年改修
登録有形文化財、近代化産業遺産
設計 : フランス人技師
施工 : 寺本常太郎(石工)
島根県松江市美保関町美保関1338-17
撮影 : 2015.4.30
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夏場はコミュニティバスが運行しているようですが、4月は便がありません。美保館から歩いていけない距離ではありませんが、登り坂なので旅館の車で送ってもらいました。ちなみに、帰りは海を眺めながら徒歩で下りました。
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灯台は石造り。底部直径は5.7mの円形灯塔で、総高は14mです。
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石塀は折れ曲がって総延長87m。
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表面を平滑に仕上げた砂岩の石垣の上に、江戸切仕上げの砂岩の塀を乗せた2段構造になっています。西・南面には、大小様々な江戸切仕上げの砂岩を組み合わせた門柱。
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美保関灯台ビュッフェ食堂になっているのは美保関灯台旧吏員退息所主屋。つまり燈台守の宿舎です。
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江戸切仕上げの砂岩を布積した壁面に欠円アーチ形連続窓を設けた寄棟造り、鉄板葺き、平入りの石造平屋建てです。
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てっ、定休日!
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東南隅に配された車寄せは、破風に逓信省章と唐草文様をあしらう装飾の多い意匠。
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このあたりが美保関灯台旧吏員退息所倉庫でしょうか。現在はビュッフェの厨房になっています。
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地蔵崎からの眺め。
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たまたまこの日は木曜日でビュッフェの定休日でした。ということで中に入れませんでした。以下はネットにあった内部写真です。
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美保関の海の幸を地魚料理の店で、洋風だけでなく和風のメニューもあるそうです。
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古いかどうかはわかりませんが、灯具が展示されています。
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鳥取から島根の旅はこれで終わります。次は北海道です。

by gipsypapa | 2017-03-21 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)