タグ:公共施設 ( 303 ) タグの人気記事

津和野町役場津和野庁舎

c0112559_09595970.jpg
津和野の殿町通りに面してなまこ壁が続いていて、大きな薬医門があります。大岡家老門といわれるもので、津和野藩の家老職を勤めた大岡家の表門です。格式の高い旧武家町の景観を構成する要素の一つになっています。

今は当時の武家屋敷は残っていませんが、その門をくぐると敷地内にはレトロな津和野町役場庁舎が建っています。旧鹿足郡役所として大正中期に建てられた木造建築で、今も現役の町役場として使われています。

真壁造りに赤い石州瓦葺きの屋根。両翼と中央の車寄せの玄関部分を突き出させた、左右対称で、典型的な役場建築です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

津和野町役場津和野庁舎
旧鹿足郡役所
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
島根県鹿足郡津和野町後田ロ64-6
撮影 : 2018.2.26
c0112559_10005518.jpg
殿町の景観そのもののなまこ壁。
c0112559_10020954.jpg
塀の向こうに赤い屋根の建物があります。
c0112559_10025949.jpg
c0112559_10103183.jpg
c0112559_10041881.jpg
大岡家老門です。江戸時代のものですが詳細はわかりませんでした。
c0112559_10043671.jpg
c0112559_10045898.jpg
c0112559_10052131.jpg
c0112559_10054090.jpg
c0112559_10055848.jpg
二階建てに見えますが「文化遺産オンライン」では平屋建て。天井が高い吹き抜けみたいです。
c0112559_10064807.jpg
左には津和野町教育委員会の看板もあります。
c0112559_10071798.jpg
c0112559_10073466.jpg
側面です。かなり奥行きもあります。ペディメントは純和風ですね。

by gipsypapa | 2018-09-16 10:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

須坂の旧上高井郡役所

c0112559_08080218.jpg
旧上高井郡役所は、大正6年(1917年)に建築された、長野県内に唯一残る郡役所の建物です。その後も名称を変えながら、役所や保険所として利用されたそうです。現在は須坂市の管理により耐震補強されて、市民の交流と各種歴史資料の収集・展示を行う施設になっています。

左右対称の正面は両端の壁面をわずかに前に突き出し、中央にペディジメント(切妻破風)を配した意匠は、明治から大正前期の公共建築によく用いられたバロック様式の本格的な木造洋風建築です。縦長の上げ下げ窓を持つ薄緑色の外壁はドイツ下見という板張りの工法だとか。正面玄関の車寄せ上にはテラスを備えた木造2階建て。

旧上高井郡役所
1917(大正6)年
設計・施工 : 不明
長野県須坂市常盤町812−2
撮影 : 2017.12.15
c0112559_08090499.jpg
c0112559_08092717.jpg
c0112559_08094776.jpg
車寄せのある玄関ポーチの上にはテラスがありますが、2階からテラスに出る扉はありません。単なる飾りです。
c0112559_08102669.jpg
c0112559_08111115.jpg
想像以上に奥行きがあります。
c0112559_08115674.jpg
c0112559_08121848.jpg
c0112559_08124053.jpg
玄関ポーチは3本の細い柱を組み合わせて支える構造。
c0112559_08125832.jpg
玄関ドアは閉まっていましたが、自由に出入りできます。無料です。
c0112559_08142441.jpg
入った右に牛のこて絵が飾ってありました。
c0112559_08150768.jpg
レトロな牛乳屋の看板でした。
c0112559_08160191.jpg
1階の小部屋は市民交流室。会議などに使われているようです。
c0112559_08163819.jpg
この背後にいくつもの部屋があるはずですが、事務所にも使われているようなので、遠慮しました。
c0112559_08171260.jpg
c0112559_08173665.jpg
2階へ上がります。
c0112559_08180877.jpg
c0112559_08183543.jpg
2階には多目的ホールという大広間があります。
c0112559_08191024.jpg
c0112559_08193199.jpg
昔は議場だったのかも。
c0112559_08200269.jpg
c0112559_08202140.jpg
天井の蛍光灯の配置が気になったので、スイッチを押しました。
c0112559_08210177.jpg
蛍光灯なので当初からあったわけではないでしょうが、幾何学的でセンスがいいです。
c0112559_08222458.jpg
c0112559_08224392.jpg
c0112559_08230354.jpg
夕暮れが近づいてきました。このあと長野市内に戻ります。

by gipsypapa | 2018-08-21 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名古屋市役所へ再び

c0112559_08273360.jpg
愛知県庁の北隣が名古屋市役所。県庁の5年前に建てられました。この建物も9年ぶりの訪問。愛知県庁と同様にそのときは登録有形文化財でしたが、今は重要文化財に格上げされています。今回は中を見ることが出来ました。

昭和初期に昭和天皇の即位御大典の記念事業として建設されました。懸賞募集に当選した平林金吾の案を基に,名古屋市建築課が設計。設計に当たっては,近代的な建築に和風の屋根を載せる帝冠様式のはしりとされる神奈川県庁舎の設計スタッフを招聘したといわれています。

塔の屋根は名古屋城を意識したもので,頂部に四方睨みの鯱を載せています。隣接する愛知県庁舎のデザインに影響を与えたそうです。国の重要文化財の鉄骨鉄筋コンクリート造り5階建て、地下1階、塔屋付。

名古屋市役所本庁舎
1933(昭和8)年
重要文化財
設計 : 平林金吾(コンペ原案)、名古屋市建築課
施工 : 大倉土木
愛知県名古屋市中区3-1-1
撮影 : 2017.11.7
c0112559_08462890.jpg
c0112559_08465184.jpg
中央にそびえ立つのはシンボルの時計塔。
c0112559_08472465.jpg
c0112559_08474638.jpg
c0112559_08480462.jpg

ここも何事もなく中へ入ることが出来ました。
c0112559_08483645.jpg
玄関ホールの柱や階段手すりは大理石が使われ、アーチ部分には文様を刻んだテラコッタ。
c0112559_08491375.jpg
大理石は山口県産の「小桜」というもので、国会議事堂の余材を使用したそうです。
c0112559_08495008.jpg
廊下の腰部がタイル貼りなのは、昭和初期らしいです。
c0112559_08502792.jpg
c0112559_08504796.jpg
大理石の階段と装飾された灯具。愛知県庁は質素でしたが、ここは豪華です。
c0112559_08512505.jpg
c0112559_08514427.jpg
c0112559_08520622.jpg
c0112559_08522897.jpg
レリーフがありますが、詳細はわかりませんでした。
c0112559_08532253.jpg
c0112559_08534335.jpg
c0112559_09023536.jpg
1階床の市松模様もおしゃれです。
c0112559_08543890.jpg
c0112559_08550334.jpg
c0112559_08552519.jpg
c0112559_08554469.jpg
c0112559_08560427.jpg
c0112559_08563001.jpg
これ以降はネットの写真を借用しています。屋根を二層にした塔の頂上には、四方にらみのしゃちを載せ、名古屋城を意識した意匠。
c0112559_08570615.jpg
市長の執務室。河村たかし市長の部屋ですね。
c0112559_08574024.jpg
貴賓室と、
c0112559_08581627.jpg
円形議場です。

名古屋編はこれで終わります。次回から長野です。

by gipsypapa | 2018-07-31 08:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名古屋能楽堂

c0112559_08074129.jpg
名古屋城西南にある正門を出たら目の前にある名古屋能楽堂。総木曾檜造りの能舞台があり、630席の観客席を有する地方自治体では最大の能楽堂です。「愛知まちなみ建築賞」を受賞した、鉄筋コンクリート造り平屋建て、地下1階。

名古屋能楽堂
1997(平成9)年
設計 : 名古屋市建築局、大江宏建築事務所
施工 : 清水・間・永楽特別企業体
愛知県名古屋市中区三の丸1-1-1
撮影 : 2017.11.7
c0112559_08081574.jpg
名古屋城の正門をでると目の前に入り口があります。
c0112559_08090284.jpg
c0112559_08092462.jpg
日本料理店が併設。
c0112559_08095790.jpg
なにやら正装した女性がたくさん立っていました。
c0112559_08103144.jpg
聞いてみると、どこかの学校の行事が行われていて、子供たちを迎えに来ているとか。
c0112559_08110651.jpg
名古屋で有名な私立校だったのですが、名前は忘れました。
c0112559_08114478.jpg
そのまた南側には加藤清正像。清正像は名城公園内にもありました。彼は城主じゃないのですが。
c0112559_08122267.jpg
能舞台の写真はネットから借用しています。
c0112559_08125682.jpg
演能の解説を聞くことが出来るイヤホンガイド設備があるそうです。
c0112559_08132999.jpg


by gipsypapa | 2018-07-24 08:20 | 建築 | Trackback | Comments(2)

名城公園 乃木倉庫

c0112559_07385880.jpg
名古屋城の御深井丸(おふけまる)に明治初期に建てられた倉庫が残っています。乃木希典(のぎまれすけ)将軍が明治5年(1872)頃に名古屋に赴任したことにちなんで名付けられた乃木倉庫で、旧陸軍の火薬庫でした。

煉瓦造り、白漆喰塗りの外壁に切妻屋根の桟瓦葺き。コーナーも漆喰で石積み風に見せるなど、明治初期としては高度な技術が使われています。国の登録有形文化財の煉瓦造り、平屋建て。

乃木倉庫
旧歩兵第六聯連隊弾薬庫
1874(明治7)年ころ
設計・施工 : 不明
愛知県名古屋市中区本丸1-1
撮影 : 2017.11.7
c0112559_07401035.jpg
c0112559_07404809.jpg
昭和20年(1945年)5月の名古屋空襲により天守閣、本丸御殿等は焼失してしまいましたが、この倉庫のみは無事でした。
c0112559_07414688.jpg
c0112559_07420687.jpg
空襲が始まる前からこの倉庫に避難させてあった障壁画の一部は現在まで残っているそうです。
c0112559_07423980.jpg
c0112559_07425755.jpg
本丸御殿に飾られている襖絵の現物もここにあったのでしょう。
c0112559_07440898.jpg
c0112559_07442731.jpg
入口扉には銅板が張られています。
c0112559_07445827.jpg
すぐ西側に小さな池水の庭があります。
c0112559_07454919.jpg
c0112559_07462408.jpg
c0112559_07464762.jpg
c0112559_07472188.jpg
ここに庭があるのはほとんど知られていません。小さいけど、いい感じの庭です。

by gipsypapa | 2018-07-23 07:49 | 建築 | Trackback | Comments(2)

和歌山県庁

c0112559_08015281.jpg
和歌山城公園に南側を西に進むと県庁があります。昭和初期に建てられ、和歌山大空襲で破壊を免れ残った建物です。タイル貼の外壁に二連アーチ窓を並べ、頂部や玄関ポーチをテラコッタの装飾で飾り、様式主義からモダニズムに移行する時代をよく表現しています。

設計は和歌山県技師の増田八郎で、顧問には「内田ゴシック」といわれる一連の東京大学の建物を設計した内田祥三が委嘱されました。この建物も「内田ゴシック」の影響を受けているようです。国の登録有形文化財の地上4階の鉄筋コンクリート造り、地下1階。

和歌山県庁舎
1937(昭和12)年
設計 : 増田八郎(県技師)+内田祥三(顧問)
施工 : 清水組
和歌山市小松原通1-1
撮影 : 2017.10.17
c0112559_08025070.jpg
c0112559_08031351.jpg
c0112559_08033590.jpg
c0112559_08040048.jpg
飾り柱の先端を三角形にした意匠は東京大学の建物で多く見かけた「内田ゴシック」
c0112559_08051078.jpg
c0112559_08053104.jpg
c0112559_08055242.jpg
c0112559_08061225.jpg
入ったところに受付があったので、見学を申し入れたら、あっさりと「ああ、レリーフですね。」とOK。
c0112559_08070467.jpg
c0112559_08072334.jpg
レリーフの意味は中に入って分かりました。
c0112559_08080057.jpg
和歌山県庁本館には、郷土の芸術家、保田龍門が製作したレリーフの大作2枚が飾られています。
c0112559_08091023.jpg
「丹生都比売命(にうつひめのみこと)」。古事記に登場する神で、天照大神の妹君です。
c0112559_08095833.jpg
c0112559_08101978.jpg
c0112559_08103736.jpg
c0112559_08105336.jpg
c0112559_08111270.jpg
c0112559_08113269.jpg
c0112559_08115210.jpg
c0112559_08121008.jpg
もう一つレリーフがあります。
c0112559_08133378.jpg
「高倉下命」。古事記・日本書記に登場する神です。
c0112559_08141042.jpg
c0112559_08143292.jpg
c0112559_08150287.jpg
c0112559_08152789.jpg

by gipsypapa | 2018-07-16 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(2)

伊東観光番

c0112559_08534725.jpg
ケイズハウスから東に進み松川に架かる大川橋を渡ると南側にある伊東観光番。戦後に建てられた松原交番だった建物を利用した観光案内所です。左右対称の真っ白な建物で、1階は左右が四半円形の曲面壁になる軽快で特徴的な外観です。静岡県内に現存する最古の交番建築だとか。国の登録有形文化財の補強コンクリートブロック造り2階建て。

伊東観光番
旧伊東警察署松原交番
1958(昭和33)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
静岡県伊東市渚町2-48
撮影 : 2017.8.29
c0112559_08543278.jpg
補強コンクリートブロック造りとは、空洞コンクリートブロックを鉄筋で補強して耐力壁をつくり、壁頂部を鉄筋コンクリート造の梁でつなぎ一体化した形式の構造だとか。
c0112559_08551866.jpg
詳細は分かりません。中村鎮の鎮ブロックのようなものでしょうか。
c0112559_08555906.jpg
交番建築はそれぞれの土地特有のデザインが採用されて、面白いのが多いのですが、これもその一つです。


by gipsypapa | 2018-05-07 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

迎賓館赤坂離宮

c0112559_07365900.jpg
千葉県の観光を終え、東京に1泊しました。翌日は以前から行ってみたかった迎賓館赤坂離宮を訪ねました。赤坂離宮は東宮御所がある赤坂御用地の北側にあります。泊まったホテルは御用地の南側だったので、東京メトロで赤坂見附から一駅乗って、四谷駅から向かいました。

迎賓館がある赤坂御用地の敷地は紀州藩徳川家中屋敷のあった場所。現在、迎賓館として使われている旧赤坂離宮は、当時の皇太子明宮嘉仁親王,後の大正天皇の住居(東宮御所)として、1909(明治42)年に完成したネオバロック様式の建築です。明治期最大の記念建築で,本格的な西欧の建築様式を採用しながら,彫刻等の装飾にはわが国独特の様式、主題を採用し,精緻な工芸技術が各所に採用されています。

設計は、工部大学校の建築学科(東京大学工学部の前身)第1期生で、J.コンドルの最初の教え子、当時は宮内省内匠寮に所属していた片山東熊(かたやま とうくま 1854- 1917)が総指揮を取りました。日本初の洋風宮殿であり、内装は洋画家の浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助らが担当したそうです。戦後は国会図書館に転用されていた時期があったとかですが、1974(昭和49)年に村野藤吾の監修により、現在の迎賓館に改修されました。明治以降,昭和戦前に建設されたわが国の建築を代表するものの一つで,文化史的意義の特に深いものとして国宝に指定された、石造りおよび鉄骨煉瓦造り、2階建て、地下1階。

迎賓館赤坂離宮
旧東宮御所
1909(明治42)年
国宝
設計 : 片山東熊(宮内省内匠寮)
内装 : 浅井忠、黒田清輝、岡田三郎助ら
施工 : 直営
改修設計 : 村野藤吾
東京都港区元赤坂2-1-1
撮影 : 2017.7.9
c0112559_07403167.jpg
c0112559_07433886.jpg

四谷駅から南下すると見えてきます。
c0112559_07445222.jpg
入場は突き当たりを右折してしばらく進んだところから。何かの行事が行われていない限り、予約無しでも入場できます。
c0112559_07462420.jpg
受付が終わったらここから階段を登って入場。入場料は1000円だったと思います。
c0112559_07495223.jpg
こんなに監視員がいるということは、入場料は彼女たちの人件費じゃない、とぼやきたくなります。内部写真は皆無。あとで、ネットの写真で紹介します。
c0112559_07531895.jpg
内覧が終わり、まず本館裏の主庭方面へ向かいました。
c0112559_07551050.jpg
本館裏側は、後に出てくる前面とは違った意匠。
c0112559_07590418.jpg
2階に並ぶオーダーやペディメントはギリシャ風です。
c0112559_08000131.jpg
c0112559_08002336.jpg
こちらが主庭。見事な噴水は主庭噴水池として国宝附(つけたり)に指定されています。
c0112559_08010989.jpg
中央に皿が2段重なる西洋庭園風の噴水です。
c0112559_08024871.jpg
c0112559_08033205.jpg
噴水を囲んで、伝説の生物であるグリフォンの像が4体。
c0112559_08045926.jpg
c0112559_08052202.jpg
グリフィンの足元に亀がいます。全部で8体です。
c0112559_08071964.jpg
c0112559_08074524.jpg
前庭のある正面へ。
c0112559_08082781.jpg
左右対称の様式主義そのもののバロック風宮殿建築です。
c0112559_08094534.jpg
c0112559_08101366.jpg
両翼が湾曲して、翼を広げたよう。
c0112559_08105862.jpg
ピンコロ石が敷き詰められています。
c0112559_08114118.jpg
車寄せにある巨大な玄関ポーチは石造り。
c0112559_08122117.jpg
c0112559_08124559.jpg
桔梗桐の家紋は天皇家由来でしょうか。
c0112559_08132437.jpg
c0112559_08134760.jpg
左端の出っ張り部分。
c0112559_08153460.jpg
c0112559_08155605.jpg
ペディメントには菊の御紋。
c0112559_08164092.jpg
屋根には金の星を散りばめた天球儀と翼を広げた金色に輝く霊鳥(鳳凰の一種)が4羽飾られています。
c0112559_08172790.jpg
天皇を『武勲の者』という印象を表現するためという、鎧武者と青銅製の甲冑・弓矢。この意匠は中にもありました。
c0112559_08191260.jpg
c0112559_08194021.jpg
c0112559_08200945.jpg
c0112559_08204714.jpg
前庭を北へ、正面ゲートへ戻りました。
c0112559_08215193.jpg
正門哨舎。これと同じものが博物館明治村に移設されています。
c0112559_08240193.jpg
c0112559_08243007.jpg
内部が撮影禁止なので、ネットにある写真などを借用します。これは入場時にもらったパンフレットです。
c0112559_08264313.jpg
内閣府のHPに内部写真があります。各部屋の解説はこのHPを見てください。これは正面玄関・中央階段。

c0112559_08305169.jpg
彩鸞の間(さいらんのま)
c0112559_08323771.jpg
花鳥の間(かちょうのま)

c0112559_08331722.jpg
朝日の間(あさひのま)
c0112559_08340127.jpg
羽衣の間(はごろものま)
c0112559_08343902.jpg
これからは迎賓館赤坂離宮のHPから。
c0112559_08355648.jpg
花鳥の間には濤川 惣助(なみかわ そうすけ 1847 - 1910)の30面の七宝額が使われています。無線七宝による絵画的表現を特色とし、京都で活躍した並河靖之と共に二人のナミカワと並び評された人です。
c0112559_08374969.jpg
どの部屋も考えられないくらい豪華絢爛。
c0112559_08384962.jpg
しかしあまりにも華美に過ぎたことや・・
c0112559_08395823.jpg
住居としての使い勝手がよくなかったことから、皇太子嘉仁親王がこの御所を使用することはほとんどなかったそうです。
c0112559_08403787.jpg
それ以前にも、片山東熊が明治天皇に完成報告したところ、贅沢すぎと叱られ、ショックで寝込んだというエピソードがあります。
c0112559_08413200.jpg
これ以降はネットにある動画をキャプチャーしてものです。
c0112559_08424861.jpg
c0112559_08431150.jpg
c0112559_08433055.jpg
c0112559_08435015.jpg
ドローンで撮影したものが別の動画にありました。
c0112559_08445791.jpg
正門から本館へと向かう左右(東西方向)に建つ旧衛士詰所。これも国宝の平屋建て。
c0112559_08454567.jpg
和風別館の游心亭(ゆうしんてい)。洋館と同時期に、同じ片山東熊設計の和漢がありましたが、今はなく、1974(昭和49)年に、谷口吉郎の設計により新設されました。

これで関東旅行を終わります。

by gipsypapa | 2018-04-16 08:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県庁舎石引分室

c0112559_08195954.jpg
歴史博物館の道を挟んだ東側に一見、よく似た建物が2棟並んでいます。石川県庁の石引分室となっている洋風建築です。

正面に向かって左側は旧陸軍第九師団司令部庁舎だったもので、ほぼ左右対称型で,正面のペディメントやピラスタ-,上下窓など簡素なルネサンス風の外観になっています。旧金沢城内に建てられましたが,昭和43年ころに現在地に移築され,その際両翼の一部が切り縮められたとか。

右側は旧陸軍金沢偕行社でマンサ-ド風の屋根を持つ中央棟の左右に,寄棟の翼屋が付く構造になる。コリント式のピラスターやドーマー窓等バロック風の技巧的な装飾を用いた外観意匠は,全体として華やかです。この建物も明治42年に現在地に移築したそうです。いずれも国の登録有形文化財の木造2階建て。

石川県庁舎石引分室
旧陸軍第九師団司令部庁舎 / 旧陸軍金沢偕行社
1898(明治31)年
登録有形文化財
設計 : 陸軍経理部
施工 : 不明
石川県金沢市石引4-18-3
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08205097.jpg
c0112559_08211399.jpg
こちらは旧陸軍第九師団司令部庁舎。
c0112559_08214773.jpg
庁舎らしく左右対称で硬いイメージです。
c0112559_08221836.jpg
c0112559_08223586.jpg
右側は旧陸軍金沢偕行社。偕行社は戦前に帝国陸軍の将校准士官の親睦・互助・学術研究組織として設立されたものです。
c0112559_08231158.jpg
こちらは同じ陸軍の施設でも、親睦の目的、いわゆるクラブなのでマンサード屋根にするなど、柔らかな印象を受けます。
c0112559_08234295.jpg
偕行社の会館は各地に現存しています。たとえば旧旭川偕行社(第7師団)、旧弘前偕行社(第8師団)、旧善通寺偕行社(第11師団)、旧豊橋偕行社(第15師団)、旧岡山偕行社(第17師団)、旧台北偕行社(台湾軍)などがあります。
c0112559_08241604.jpg

by gipsypapa | 2018-03-17 08:31 | 建築 | Trackback | Comments(2)

石川県立歴史博物館

c0112559_08223540.jpg
兼六園の南側に石川県立歴史博物館があります。3棟ある旧金澤陸軍兵器支廠の兵器庫を利用した博物館で、旧石器時代から近現代までの石川県の歴史や繊維産業など石川県に関わりの深い近世・近代の科学技術の解説、伝統工芸品などに関する展示が行われています。戦後は金沢美術工芸大学に使用されていたそうです。

3棟は、いずれも明治末期から大正初期に建てられた煉瓦造、2階建て。左右対称を基本とした端正な意匠で、それぞれ奥行きが90メートルの長大な建物で、国の重要文化財に指定されています。

石川県立歴史博物館
旧金沢陸軍兵器支廠第七號兵器庫
第3棟 : 1909(明治42)年、第2棟 : 1913(大正2)年、第1棟 : 1914(大正3)年
重要文化財
設計 : 陸軍省経理部
施工 : 不明
石川県金沢市出羽町3-1
撮影 : 2017.6.6
c0112559_08232121.jpg
館内マップ。
c0112559_08235045.jpg
c0112559_08240808.jpg
c0112559_08242573.jpg
奥行きは90メートルあるそうです。
c0112559_08245344.jpg
c0112559_08251110.jpg
c0112559_08253157.jpg
c0112559_08254975.jpg
c0112559_08260861.jpg
c0112559_08262717.jpg
c0112559_08264869.jpg
昔の水道管でしょうか。
c0112559_08272425.jpg
c0112559_08274312.jpg
ここは中に入りました。常設展は300円。第3棟の加賀本多博物館との共通券は500円です。
c0112559_08281761.jpg
c0112559_08283684.jpg
c0112559_08285391.jpg
c0112559_08291131.jpg
c0112559_08292833.jpg
c0112559_08294782.jpg
各種のポスターや・・
c0112559_08303058.jpg
c0112559_08304914.jpg
前田家の家系図が掲示されていました。
c0112559_08312720.jpg
閉館時間の間際だったので、展示品は一部しか見れませんでした。
c0112559_08315898.jpg

by gipsypapa | 2018-03-16 08:32 | 建築 | Trackback | Comments(2)