タグ:住宅 ( 611 ) タグの人気記事

旧毛利家本邸

c0112559_07543346.jpg
旧毛利家本邸は、明治になってから、英雲荘に居住していた毛利家の第29代当主で公爵の毛利元昭(もとあきら)が建てた邸宅。明治25年に建設が開始され、途中日清、日露戦争により、長く工事が中断しましたが、大正5年にようやく完成しました。防府平野に張り出した多々良山の南麓にあり、南側に庭園、北側に本館ほか複数の棟があります。

コンクリート造りや鉄骨造りが混在し、機能的に考えられた配置計画など近代的な建築手法を取り入れた和風住宅の精華を示すものとして、ほとんどの棟が国の重要文化財に指定されています。

そのうち本館は、木造2階建て、材木は木曽檜、屋久杉や台湾のケヤキなど、当時の一級品を使用。中庭を囲む形で、玄関、応接、客間、事務室があり、その東側に主人や家族が生活する部屋を別の中庭を囲む形で配置しています。

北側には、台所、使用人の部屋があるとか。設計者の原竹三郎は、住宅設計も手掛けた海軍技手で、毛利家本邸の臨時建築事務所の技師として赴任し、その後は毛利家属の建築技師として主に山口県内で活躍したそうです。

旧毛利家本邸 本館
1916(大正5)年
重要文化財
設計 : 原竹三郎
施工 : 直営
山口県防府市多々良1-15-1
撮影 : 2019.10.14
c0112559_07584389.jpg
c0112559_07561451.jpg
表門は本門と呼ばれ、国の重要文化財です。
c0112559_08023088.jpg
c0112559_08025968.jpg
表門まで道路から遠かったのですが、くぐってからも長くゆるやかな道。左側の山裾には、土手と数千株のつつじが植えられています。
c0112559_08050136.jpg
道の右側には梛川(なぎがわ)という渓流が流れています。
c0112559_08055252.jpg
梛川に架かる石橋。
c0112559_08063059.jpg
c0112559_08065010.jpg
更に登ると本邸表玄関前の広場に着きます。
c0112559_08073563.jpg
右側に庭門(中雀門)。ちなみに庭園は400円、本館につながる博物館は700円、共通なら1,000円でした。
c0112559_08082202.jpg
庭側から本館を見ています。庭は次回に。
c0112559_08093248.jpg
c0112559_08094617.jpg
c0112559_08100589.jpg
庭を巡った後、本館に入りました。入ってわかったのですが、本館に入るのは自由みたいです。確認したわけではありませんが。
c0112559_08105147.jpg
c0112559_08111295.jpg
ほとんどの本館の内部は無料で見ることができるような。唯一、チケットの提示を要求されたのは博物館入り口だけでした。
c0112559_08114434.jpg
客間の1階部分は、旧大名家邸宅にふさわしい書院造り。
c0112559_08121665.jpg
c0112559_08123065.jpg
c0112559_08124620.jpg
檜柾目、飾り金具、金粉を用いた壁紙など贅を尽くした意匠で仕上げられています。
c0112559_08131804.jpg
c0112559_08154138.jpg
中庭の中央には巨石。
c0112559_08162295.jpg
c0112559_08163776.jpg
これはもう一つの中庭。
c0112559_08165619.jpg
窓越しに見えているのが毛利氏庭園です。
c0112559_08175980.jpg
c0112559_08181328.jpg
c0112559_08182969.jpg
c0112559_08184231.jpg
c0112559_08185897.jpg
c0112559_08192140.jpg
2階へ。
c0112559_08195272.jpg
庭園が眼下に。
c0112559_08202189.jpg
c0112559_08204196.jpg
c0112559_08210125.jpg
c0112559_08211546.jpg
c0112559_08214948.jpg
c0112559_08220359.jpg
c0112559_08222450.jpg
一階には浴場があります。
c0112559_08230682.jpg
c0112559_08232266.jpg
c0112559_08234335.jpg
この矢印の先が博物館。撮影禁止でした。また個人的には特に興味を引くものはなかったです。

c0112559_08242113.jpg

by gipsypapa | 2019-11-18 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

英雲荘(三田尻御茶屋)庭園

c0112559_08071952.jpg
「三田尻御茶屋」(英雲荘)は江戸時代初期、萩藩2代藩主・毛利綱広により造られた長州藩の公館、お屋敷。「萩往還関連遺跡三田尻御茶屋旧構内」として国指定史跡です。

座敷から眺められる回遊式庭園は江戸時代中期に造られたものを復元したものです。なぜか情報が限られています。ネット情報では池泉回遊式とあり、実際に池がある写真もありますが、池には水がありませんでした。昨年、工事が終わったばかりのようなので、このあと水を張るのかも知れません。

英雲荘(三田尻御茶屋)庭園
江戸時代中期 / 2018(平成30)年復元
作庭 : 不明 / 羽嶋松翠園(復元工事)
山口県防府市お茶屋町10-21
撮影 : 2019.10.14
c0112559_08080344.jpg
c0112559_08081917.jpg
池泉だそうですが、今は枯れています。
c0112559_08085150.jpg
c0112559_08091339.jpg
手水鉢と水琴窟です。
c0112559_08094700.jpg
c0112559_08101356.jpg
c0112559_08103259.jpg
c0112559_08105449.jpg
c0112559_08111277.jpg
c0112559_08113370.jpg
c0112559_08115234.jpg
c0112559_08120656.jpg
踏み石に臼が使われていますね。
c0112559_08124399.jpg
ここも水はありません。
c0112559_08132452.jpg
c0112559_08134411.jpg
c0112559_08140299.jpg
c0112559_08141835.jpg
c0112559_08143716.jpg
c0112559_08145080.jpg
c0112559_08151086.jpg
c0112559_08153096.jpg
c0112559_08154515.jpg
ネットにある池に水を張った写真です。いずれも2018年の撮影。
c0112559_08162173.jpg
水はあった方がいいけど、どうなったのか?
次回は毛利家がここから移った本邸へ行きます。



by gipsypapa | 2019-11-17 08:19 | | Trackback | Comments(2)

英雲荘(三田尻御茶屋) 

c0112559_09093434.jpg
ツアー以外は行ったことがなかった山口県に2泊3日のたびでした。初日は防府、2泊目は湯田温泉です。まずは初日の防府市から。行き先は決めていましたが、何しろ交通の便が悪いのです。バスがありますが、本数が少ない。なので、駅の観光案内所でレンタサイクルを借りて廻ることに。

「三田尻御茶屋」(英雲荘)は江戸時代初期、萩藩2代藩主・毛利綱広(もうりつなひろ)によって、参勤交代や領内巡視の際の宿泊用に建設された長州藩の公館です。「萩往還関連遺跡三田尻御茶屋旧構内」として国指定史跡になっています。

7代藩主毛利重就(もうりしげたか)が隠居後の天明2年(1782年)に移り住んだことから、重就の法名にちなみ英雲荘と命名されたとか。幕末には京都の政変の難を逃れた三条実美などの七卿をはじめ、志士たちが出入りする歴史の舞台となったそうです。

明治時代となり毛利家が藩主の任を解かれた後はこの屋敷も邸宅の一つとなり、ここから北へ約2kmの地に「毛利本邸」が完成するまではここに住みました。その後昭和年代に防府市に寄贈され、平成に入ってから大改修を経て公開されました。

英雲荘(三田尻御茶屋) 
1654(承応3)年 / 明治時代 / 大正時代
設計・施工 : 不明
山口県防府市お茶屋町10-21
撮影 : 2019.10.14
c0112559_09101189.jpg
c0112559_09103015.jpg
玄関棟は江戸初期に建てられ、大正時代に改造されたもの。
c0112559_09105941.jpg
c0112559_09111388.jpg
c0112559_09112420.jpg
c0112559_09114262.jpg
受付や展示室がある、名前から想像する以上に規模が大きな建物です。
c0112559_09122282.jpg
c0112559_09123811.jpg
中央の2階建てが大観楼棟(だいかんろうとう)。右が玄関棟で、左は奥座敷です。
c0112559_09131043.jpg
c0112559_09132340.jpg
大観楼棟は江戸末期の1851(嘉永4)年に建てられた、これも大きな建物です。
c0112559_09135414.jpg
中庭があります。
c0112559_09142739.jpg
c0112559_09144263.jpg
c0112559_09145242.jpg
丸窓から見えているのは奥座敷。
c0112559_09155286.jpg
c0112559_09160620.jpg
c0112559_09162131.jpg
c0112559_09163537.jpg
c0112559_09164900.jpg
2階へ。
c0112559_09171780.jpg
c0112559_09173060.jpg
c0112559_09175201.jpg
庭が見えています。庭は次々回にアップします。
c0112559_09190881.jpg
c0112559_09192674.jpg
c0112559_09194429.jpg
玄関棟の屋根。
c0112559_09201499.jpg
再び1階へ。奥座敷棟です。文字通り玄関から入って一番奥。
c0112559_09204310.jpg
c0112559_09205634.jpg
明治31年に建てられ、毛利家当主や家族の居住区だったようです。
c0112559_09213344.jpg
c0112559_09214811.jpg
c0112559_09220343.jpg
c0112559_09221848.jpg
c0112559_09223434.jpg
c0112559_09224986.jpg
c0112559_09230539.jpg

by gipsypapa | 2019-11-14 09:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

吉城園(その1)主屋と池の庭

c0112559_07570033.jpg

最近は京都や大阪のお庭巡りが続いたので、久しぶり奈良へ行くことにしました。最初に訪ねた吉城園(よしきえん)は国名勝の「依水園」と隣接している庭園で、依水園の一部と同様に、かつては興福寺の塔頭寺院「摩尼珠院(まにしゅいん)」があった場所とされています。

明治に民間の所有となり、大正8年に現在の庭園や主屋「旧正法院家住宅」、そして茅葺屋根が特徴の離れ茶室が造られたそうです。その後、奈良県の所有となり一般公開されています。主屋と離れ茶室は奈良県の有形文化財。園内は池の庭、苔の庭、茶花の庭からなり、苔の庭には離れ茶室があります。

吉城園 池の庭
旧正法院家住宅
1919(大正8)年
奈良県有形文化財
設計・施工・作庭 : 不明
奈良市登大路町60-1
撮影 : 2019.9.11
c0112559_07574486.jpg
c0112559_07581507.jpg
依水園と隣り合わせ。入園料は250円でした。
c0112559_07593099.jpg
「池の庭」と呼ばれる一帯です。
c0112559_08001828.jpg
c0112559_08003880.jpg
c0112559_08005503.jpg
主屋は大正8年に建てられた奈良県の有形文化財。
c0112559_08012460.jpg
c0112559_08014019.jpg
c0112559_08015745.jpg
c0112559_08021353.jpg
c0112559_08023371.jpg
c0112559_08032844.jpg
典型的な池水回遊式でした。
c0112559_08035317.jpg
c0112559_08041326.jpg
c0112559_08043223.jpg
c0112559_08044906.jpg
池を一回り。
c0112559_08052396.jpg
c0112559_08054050.jpg
c0112559_08055957.jpg
c0112559_08061846.jpg
築山の上にある四阿。
c0112559_08070719.jpg
c0112559_08072541.jpg
c0112559_08074273.jpg
c0112559_08075810.jpg
池の庭を俯瞰するベストポイントです。
c0112559_08083625.jpg




by gipsypapa | 2019-10-11 08:11 | 建築 | Trackback | Comments(0)

友泉亭公園(その2)

c0112559_08015177.jpg
友泉亭公園(ゆうせんていこうえん)は福岡藩第6代藩主・黒田継高(くろだ つぐたか)が江戸時代中期に別荘として建てた「友泉亭」とその周辺を、池泉廻遊式の日本庭園として整備したもの。

戦前には麻生家、安川家と並ぶ筑豊炭鉱王御三家の一つで、最大の算出量を誇った貝島家の貝島炭鉱創業者である貝島太助の三男、貝島健次の別荘として使われたところです。ネット情報では、貝島時代の1936(昭和11)年に庭園が完成したとあります。昭和56年に再整備して開園しました。福岡市指定名勝。

友泉亭公園
元黒田継高別荘 / 旧貝島健次別邸
1757(宝暦7)年 / 1936(昭和11)年 / 1956(昭和31)年
福岡市指定名勝
設計・施工・作庭 : 不明
福岡市城南区友泉亭1-46
撮影 : 2019.8.20
c0112559_08025052.jpg
外に出てマップの右側にある築山の周辺から散策しました。
c0112559_08032510.jpg
c0112559_08034289.jpg
c0112559_08035812.jpg
「如水庵」は福岡藩祖の黒田如水にちなんだ茶室です。黒田如水は大河ドラマの軍師官兵衛ですね。
c0112559_08050521.jpg
c0112559_08052478.jpg
藤棚があり、
c0112559_08055332.jpg
小川の両側に荒々しい石組み。
c0112559_08062917.jpg
c0112559_08065854.jpg

この上が水源です。
c0112559_08071485.jpg
c0112559_08073085.jpg
池の手前に滝。この庭園の見所の一つです。
c0112559_08080508.jpg
c0112559_08082523.jpg
c0112559_08084455.jpg
流れをたどって池のほとりに出ました。
c0112559_08091875.jpg
c0112559_08093721.jpg
次回は池を一周します。
c0112559_08101472.jpg
ネットから。写真提供:福岡市



by gipsypapa | 2019-09-18 08:13 | | Trackback | Comments(0)

福岡市の平尾山荘

c0112559_07532048.jpg
平尾山荘は福岡出身の幕末の女流歌人で、勤王家として知られた野村望東尼(のむら もとに 1806~1867)の閑居地(世俗を逃れて心静かに暮らすこと)でした。現在の草庵は明治時代末期に復元された、福岡市市指定の史跡です。

平尾山荘
1909(明治42)年復元
設計・施工 : 不明
福岡市中央区平尾5-2-28
撮影 : 2019.8.19
c0112559_07535849.jpg
c0112559_07541740.jpg
道路を挟んだところを含めて、山荘公園になっています。
c0112559_07545170.jpg
c0112559_07550487.jpg
c0112559_07552836.jpg
グーグルマップでは「少祠(しょうし)の石碑」と表示されていますが、詳細不明でした。
c0112559_07560636.jpg
公園の中心には野村望東尼の像。
c0112559_07565370.jpg
c0112559_07571158.jpg
シンプルな茅葺屋根の家です。
c0112559_07574223.jpg
c0112559_07580318.jpg
c0112559_07582110.jpg
c0112559_07583809.jpg
c0112559_07585593.jpg
裏に古い井戸が残っています。
c0112559_07592823.jpg
c0112559_07594253.jpg
玄関は開いていて、自由に入ることができます。上がり口で記帳。
c0112559_08002516.jpg
「望姫島」と書かれた額。誰の書わかりませんが、江戸末期に幕府により勤皇派の望東尼が姫島(糸島郡志摩町)に流されたことだと思います。なお望東尼を救い出したのが高杉晋作だとか。
c0112559_08005574.jpg
c0112559_08011376.jpg
c0112559_08012611.jpg
c0112559_08014056.jpg
c0112559_08015495.jpg
山荘の隣にある管理棟に掲示してあった望東尼の和歌の短冊です。



by gipsypapa | 2019-09-16 08:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市文化交流公園 松風園(その2)

c0112559_08120251.jpg
松風園は、かつて福岡を代表するデパートだった「福岡玉屋」創業者の田中丸善八の邸宅「松風荘」と茶室「松風庵」の跡地に2007年にオープンした公園で、建てられた当時の日本庭園や茶室がそのまま残されています。庭に下りて散策しました。

福岡市文化交流公園 松風園
旧田中丸善八邸松風荘 / 松風庵
昭和初期
設計・施工 : 笛吹嘉一郎
福岡市中央区平尾3-28
撮影 : 2019.8.19
c0112559_08123595.jpg
ホールに戻って庭に出ます。
c0112559_08131149.jpg
c0112559_08134819.jpg
真ん中の石を富士山に見立てた野点広場。
c0112559_08141602.jpg
c0112559_08145330.jpg
野点広場。もう少しよいネイミングがありそうですが。
c0112559_08154394.jpg
松風庵の広間を望んでいます。
c0112559_08161432.jpg
c0112559_08163342.jpg
c0112559_08165219.jpg
c0112559_08170970.jpg
c0112559_08172781.jpg
c0112559_08174378.jpg
この向こうが茶庭。いわゆる露地庭です。
c0112559_08183560.jpg
c0112559_08185102.jpg
織部灯篭があります。
c0112559_08193078.jpg
c0112559_08194640.jpg
松風庵の小間。
c0112559_08201644.jpg
c0112559_08203369.jpg
c0112559_08205149.jpg
東の端にある腰掛け待合と・・・
c0112559_08213037.jpg
四阿(あずまや)です。
c0112559_08222514.jpg
c0112559_08224481.jpg
c0112559_08230498.jpg
野点広場に戻ったら、撮影隊がいました。
c0112559_08234454.jpg
結婚式披露宴の前撮りでしょう。実はこの翌日も別の庭でも前撮りの一行を見ました。
c0112559_08242388.jpg
きれいな新婦でした。お幸せに。
c0112559_08251116.jpg
ネットから。写真提供:福岡市。




by gipsypapa | 2019-09-14 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(2)

福岡市文化交流公園 松風園(その1)

c0112559_08433442.jpg
松風園(しょうふうえん)は、かつて福岡を代表するデパートだった「福岡玉屋」創業者の田中丸善八の邸宅と茶室「松風荘」の跡地に、2007年にオープンした公園で、当時の日本庭園や茶室がそのまま活かされています。

松風園は茶室「松風庵」に和室(広間、小間)、本館の「松風荘」に和室(8畳)2間があります。京都の著名な数寄屋大工の笛吹嘉一郎によって建てられたそうです。

周囲は露地と野点広場、四阿(あずまや)が見所。庭園はツツジの植栽や大カエデなど、緑一杯の枯山水です。福岡市が整備して管理しています。

福岡市文化交流公園 松風園
旧田中丸善八邸松風荘 / 松風庵
昭和初期
設計・施工 : 笛吹嘉一郎
福岡市中央区平尾3-28
撮影 : 2019.8.19
c0112559_08443992.jpg
石垣の横にある入り口です。
c0112559_08453154.jpg
c0112559_08454708.jpg
石段を上りますが、入り口のすぐ横にエレベーターもありました。
c0112559_08464107.jpg
上りきった正面が受付。
c0112559_08471634.jpg
c0112559_08473135.jpg
入ったところがホールと呼ばれるところで、ここから庭園の野点広場を俯瞰できます。また庭に出るのもここから。
c0112559_08481139.jpg
c0112559_08484109.jpg
c0112559_08485823.jpg
c0112559_08491424.jpg
c0112559_08493653.jpg
c0112559_08495879.jpg
福岡市は生まれ育ったところ。今は様変わりしましたが玉屋デパートは中心地の一つの中洲川端にあった老舗百貨店。
c0112559_08510289.jpg
子供の頃の福岡には、大丸、岩田屋、玉屋という3大デパートと、井筒屋と渕上百貨店がありました。
c0112559_08530330.jpg
今も大丸、岩田屋は場所と形を変えてありますが、玉屋、井筒屋と渕上は市内にはありません。その代わり三越と阪急が進出しています。
c0112559_08534111.jpg
個人的ですが、実は松風園の住人、玉屋の社長だった田中丸氏の孫が中学校の同級生でした。
c0112559_08541317.jpg
ホールから靴を脱いで中へ。
c0112559_08544027.jpg
c0112559_08545193.jpg
茶室でよく見る下地窓。
c0112559_08551507.jpg
c0112559_08554015.jpg
庭を俯瞰できる松風庵の広間。
c0112559_08560648.jpg
c0112559_08562359.jpg
c0112559_08563856.jpg
c0112559_08565418.jpg
大カエデの緑が美しい。
c0112559_08572554.jpg
「イロハモミジ」といわれ、樹齢100余年だとか。
c0112559_08575839.jpg
c0112559_08581551.jpg
c0112559_08582944.jpg
次回は外に出て、庭を散策します。



by gipsypapa | 2019-09-13 09:02 | | Trackback | Comments(2)

福岡市のS家住宅

c0112559_06591227.jpg
今日から福岡編。まずは実家です。毎年、正月過ぎとお盆に帰省するのですが、今年は色々あってお盆だけにしました。しかしながら台風10号のために、予定していた日は新幹線が全面運休になり、ずらして帰ることに。そのため、今回はお盆の行事がなく、ゆっくり外出することができたのは幸運でした。

今年は新緑の季節になってから、庭を見に行く機会が増えました。その続きで、福岡でもいくつか見に行くつもりです。その前に、一応、我が実家にも小さな枯山水の庭があるので、アップします。この庭は私の祖父が昭和初期に家屋を建てたときに作ったものです。

S家住宅
1934(昭和9)年
設計 : 自家設計+大工棟梁
施工 : 大工棟梁
福岡市西区
撮影 : 2019.8.19&20
c0112559_07033861.jpg
アプローチのイヌマキ(犬槇)の生垣は鹿児島県の知覧武家屋敷で見たのと同じ。西日本では一般的です。
c0112559_07041438.jpg
玄関の前庭。
c0112559_07044986.jpg
竹垣の向こうに本庭があります。この竹垣はフェイクです。
c0112559_07051829.jpg
露地庭の飛び石。雑草を抜かないといけませんね。
c0112559_07082698.jpg
c0112559_07054996.jpg
c0112559_07091608.jpg
c0112559_07093582.jpg
c0112559_07095233.jpg
応接間の南側の枯山水の庭。祖父の時代に造園したものです。誰に頼んで造ったのか、今となってはわかりません。
c0112559_07102555.jpg
c0112559_07104268.jpg
c0112559_07105759.jpg
c0112559_07111257.jpg
c0112559_07112756.jpg
c0112559_07114485.jpg
c0112559_07120019.jpg
枯れ池側から。
c0112559_07123494.jpg
c0112559_07125322.jpg
屋内の写真は最近は撮ったことがなく、10年以上前のものです。一応、書院造り。
c0112559_07132481.jpg
c0112559_07133795.jpg
c0112559_07134930.jpg
c0112559_07140641.jpg
c0112559_07142430.jpg
波打ちガラス。何枚かは割れて、今のガラスに変っていますが、ほとんどは昔のまま。
c0112559_07163072.jpg
c0112559_07153114.jpg
枯山水の庭と反対の北側はまるで熱帯雨林。子供のころからありますが、ここまで繁殖してなかったような。
c0112559_07172566.jpg
c0112559_07180086.jpg
バショウ(芭蕉)です。ジャパニーズ バナナといわれますがバナナではありません。
c0112559_07182928.jpg
実がなっていますが、食べられません。
c0112559_07191905.jpg
この後、気になっていた福岡市内の庭園巡りをします。



by gipsypapa | 2019-09-10 07:24 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松江の明々庵

c0112559_07452142.jpg
松江城山公園の北東、武家屋敷の裏側の高台にある明々庵(めいめいあん)。茶人としても知られる松江藩7代藩主、松平不昧(ふまい)によって、1779(安永8)年に家老の有沢弌善の邸内に建てた茶室を主とする古庵です。

ネット情報では、一時、東京の松平伯邸に移されていたそうで、その後松平家から郷国の出雲に返され、昭和3年に菅田庵(かんでんあん)のある有澤山荘の向月亭(こうげつてい)に隣接した萩の台に建てられていたとか。

第二次世界大戦後は管理が行き届かず、荒廃していたのを、昭和41年、不昧公150年祭を機に現在の赤山に移されました。木造、入母屋造り、茅葺き平屋建て。

明々庵
1779(安永8)年 / 1966(昭和41)年移設
設計・施工 : 不明
島根県松江市北堀町278
撮影 : 2019.3.22
c0112559_07455724.jpg
c0112559_07461342.jpg
c0112559_07464668.jpg
坂道の途中に標識と看板があるので、わかりやすい。
c0112559_07475496.jpg
c0112559_07481754.jpg
c0112559_07490886.jpg
さらに細い石段を上ります。
c0112559_07493102.jpg
登りついたら枯山水の小さな庭に迎えられます。
c0112559_07524422.jpg
正面の瓦葺きは百草亭といわれる建物でしょう。
c0112559_07503723.jpg
城見台といわれ、松江城ビューポイントの一つです。
c0112559_07543293.jpg
c0112559_07550825.jpg
庭の右側にアプローチがあり、左の百草亭の受付奥に茶室「明々庵」がありますが・・・
c0112559_07560882.jpg
時間がなくここまで。
c0112559_07590939.jpg
なので、以下はネットの写真を借用しています。
c0112559_07593920.jpg
c0112559_08000120.jpg
c0112559_08001872.jpg
c0112559_08003416.jpg
c0112559_08014095.jpg
c0112559_08015313.jpg



by gipsypapa | 2019-05-10 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(2)