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松江の明々庵

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松江城山公園の北東、武家屋敷の裏側の高台にある明々庵(めいめいあん)。茶人としても知られる松江藩7代藩主、松平不昧(ふまい)によって、1779(安永8)年に家老の有沢弌善の邸内に建てた茶室を主とする古庵です。

ネット情報では、一時、東京の松平伯邸に移されていたそうで、その後松平家から郷国の出雲に返され、昭和3年に菅田庵(かんでんあん)のある有澤山荘の向月亭(こうげつてい)に隣接した萩の台に建てられていたとか。

第二次世界大戦後は管理が行き届かず、荒廃していたのを、昭和41年、不昧公150年祭を機に現在の赤山に移されました。木造、入母屋造り、茅葺き平屋建て。

明々庵
1779(安永8)年 / 1966(昭和41)年移設
設計・施工 : 不明
島根県松江市北堀町278
撮影 : 2019.3.22
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坂道の途中に標識と看板があるので、わかりやすい。
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さらに細い石段を上ります。
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登りついたら枯山水の小さな庭に迎えられます。
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正面の瓦葺きは百草亭といわれる建物でしょう。
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城見台といわれ、松江城ビューポイントの一つです。
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庭の右側にアプローチがあり、左の百草亭の受付奥に茶室「明々庵」がありますが・・・
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時間がなくここまで。
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なので、以下はネットの写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2019-05-10 08:05 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 高城庵

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旧高城家住宅に隣接する高城庵(たきあん)は、武家屋敷内にあり、昭和初期に建てられた店主の生家を当時のままの姿で利用しています。薩摩知覧の郷土料理を藩政時代からのお膳で食べられる食事処で、隣の旧高城家住宅は、団体予約客向けに使っているそうです。木造2階建て。

知覧麓武家屋敷 高城庵
1930(昭和5)年
設計・施工 : 不明
鹿児島県南九州市知覧町郡6329
撮影 : 2019.3.11
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旧高城家住宅とは門が別にあるので、兄弟か、近い親戚の家だったのでしょうか。
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左端の文字は「酒乱」?それとも「酒すし」?「酒乱」だったら知覧の親父ギャグか、と思ったら後でわかりました。
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薩摩知覧の郷土料理を食べられる食事処です。
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ランチはツアーで予約していたので、入りませんでした。
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ということでこれ以降の写真はHP他のネットから借用しています。
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HPでは予約する必要がありそうでした。
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ネットにありました。やはり「酒ずし」でした。
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地酒を使った寿司で、具材はタケノコ、シイタケ、カマボコ、さつま揚げ、錦糸卵、きびなご、山椒などを散らしたもの。
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手でさいたキビナゴの刺身は鹿児島ではポピュラーです。
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『酒ずし』を作る時に使う桶。直径30cmくらいで、ごはん5合程度が入るそうです。




by gipsypapa | 2019-04-16 08:30 | 建築 | Trackback | Comments(1)

知覧麓武家屋敷 旧高城家住宅

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武家屋敷通りにあるもう一つの知覧型二ッ家の高城(たき)家住宅。建物は明治以前に建てられた武家住宅で、「男玄関」と「女玄関」の二つがあるのが特徴です。

他の知覧型二ッ家と同様に、「おもて」と「なかえ」の二つ屋根の間に小棟を置いた形式で、知覧だけに見られる建築様式です。昭和に入って「なかえ」が取り壊されてしまったそうですが、1994(平成6)年に復元されました。

知覧麓武家屋敷 旧高城家住宅
江戸末期 / 1994(平成6)年一部復元
鹿児島県南九州市知覧町郡6329
撮影 : 2019.3.11
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他の知覧二ッ家と同様に「おもて」と「なかえ」の二つの屋根の間に小棟を置く、知覧だけにみられる建物です。
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「男玄関」と「女玄関」の二つがあるのが特徴。こちらが「男玄関」です。主人と長男のみが出入りします。
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「女玄関」は、文字通りの女性が出入りしますが、男でも次男以下はここを使うとか。今では考えらない男尊女卑の名残です。
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マキの木のくぐり門を通れば・・・
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主屋の前には庭があります。
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この井戸は古そう。
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by gipsypapa | 2019-04-15 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 知覧型二ツ家民家

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知覧の武家屋敷通りには名勝の七つの庭園のほかにも、見所があります。その一つは二ツ家民家。知覧武家屋敷の中でも最も独創的な建物です。二ツ家の中で、特に知覧だけにみられる二ツ家は、二つの屋根の間に小棟をおいてつなぎとした造りです。

南九州の民家は,現在でも南西諸島で見られるように,オモテ・ナカエ・ウマヤ・便所・風呂場が独立した分棟型が基本でした。オモテとナカエを連結させた建物として,棟と棟をつなぐ小棟の形状がが知覧独特であることから,知覧型二ツ家と呼ばれています。

知覧型二ツ家民家
旧有村家住宅
江戸末期 / 1982(昭和57)年移築
南九州市指定有形文化財
鹿児島県南九州市知覧町郡6232
撮影 : 2019.3.11
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建物は昭和57年に知覧町の瀬世中集落から、ここ知覧重伝建地区内に移築された農家です。
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九州南部に多い分棟型の民家ですが、屋根と屋根の間を雨樋で繋がずに小棟を直交させて繋ぐ手法は、この地域独自のもので特に「知覧型」というそうです。
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現存する知覧型二ツ家民家は伝建地区内に2棟、市内に1棟の合計3棟あるとか。
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ここにもサツキの小さな庭があります。
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隣にある休憩処『川口茶舗』。知覧は知覧茶の産地です。「げたん」や「あくまき」という半生菓子も販売しています。これ以降の写真はネットから借用しています。
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「げたん」。黒砂糖、鶏卵を主原料にした生地を焼き、黒糖をしみこませたもの。菓名は下駄の歯の意味だとか。
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手前が「あくまき」。粽(ちまき)の原型に近いお菓子。古くから薩摩ではの携行食として用いられたそう。



by gipsypapa | 2019-04-14 07:58 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 森重堅庭園

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名勝に指定されている七つの庭園の最後です。⑦森重堅(もりしげみつ)庭園は寛保年間(1741~1744)の作庭と伝えられています。山麓に位置し、知覧麓武家屋敷では唯一の池泉庭園です。園地は主屋の南西に細長く、東南隅に滝口を設け、池底は漆喰仕上げ、刈り込み背後にはスギが植栽されています。

古風を伝える土蔵の存在も併せて庭園の史的価値を高めています。森家は、亀甲城の西側麓にあり、領主に重臣として仕えた家柄で住居や土蔵は寛保初年(1741)に建てられたものです。

曲線に富んだ池には、奇岩怪石を用いて近景の山や半島をあらわし、対岸には洞窟を表現した穴石を用いて水の流動を象徴しています。庭園入口の右隅にある石は、庭園の要となっており、雲の上の遠山を現しています。

知覧麓武家屋敷 森重堅庭園
住居・土蔵 : 1741(寛保元)年
作庭 : 寛保年間(1741~1744)
名勝
鹿児島県南九州市知覧町郡6354
撮影 : 2019.3.11
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土蔵は白壁の切妻造2階建てで、寛保元年に建てられた古いもの。
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同じ時期に建てられた武家住宅のオモテです。主人・客用と家族用の玄関が並列し,主人・客用の玄関を入ると玄関の間、次の間、座敷が一列に並ぶ間取りだとか。知覧麓武家住宅の基本形式の一つだそうですが、実は私の実家もそういう間取りです。
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庭に面した座敷の縁側。
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知覧麓武家屋敷でただ一つの池泉庭園。
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小さいながら池の水面があると、ほっとします。
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これで名勝に指定された7軒の庭園を見ました。知覧麓武家屋敷の通りには、他にも見所がありますので、次回以降に。



by gipsypapa | 2019-04-12 08:16 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷庭園 佐多直忠庭園

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ネットの解説文です。⑥佐多直忠(さたなおただ)庭園は大刈込式蓬莱石組庭園で作庭は寛保年間(1741~1744)と伝えられています。庭園は主屋の北にあり、北東隅に築山を設け大きな立石で枯滝を組み、石垣はさらに西へ連なり、間にウメ、イヌマキ(知覧ではヒトツバという)の古木を配しています。

門をくぐると切石の目隠しにつき当たりますが、これは屏風岩と呼ばれ、防衛を兼ねた造りで江戸時代中期の武家屋敷の風格を備えています。母ケ岳を望む庭の一隅に築山を設けて、その中心部に3.5mの立石がそびえ、下部には多数の石組を配して枯れ滝としています。何か大陸的で一幅の水墨画をそのままに現した名園です。

知覧麓武家屋敷庭園 佐多直忠庭園
主屋 : 1802(享和2)年~1812(文化9)年
作庭 : 寛保年間(1741~1744)
名勝
鹿児島県指定有形文化財
鹿児島県南九州市知覧町郡6109
撮影 : 2019.3.11
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今までに何度か出てきた目隠し。マキの場合もありますが、これは屏風岩。
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主屋は茅葺きから瓦葺きに変わっていますが、江戸後期(19世紀初期)に建てられたもの。
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見事なマキの木のくぐり門を通って庭園へ。
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梅とイヌマキを主木としています。
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庭を出ます。



by gipsypapa | 2019-04-11 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 佐多民子庭園

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⑤佐多民子(さたたみこ)庭園は寛保・寛延・宝暦(1741~1763)頃の作庭といわれ、知覧庭園群の中でも石組み及び庭園の地割構成が最も技術的にも感覚的にも力強い庭園です。主屋の北側にあり、北西隅に高く石組みし三層石塔を置き、カエデ、マツ、イヌマキなどを植栽し、中央部から東部にかけて巨石を配しています。

巨岩奇岩を積み重ねて深山幽谷の景を写しだし、小船に乗って石橋の下を潜っていくと、仙人が岩の上から手招きしているようです。麓川の上流から運んだ庭石は凝灰岩質のもので、巨岩のため石目にそって割り、牛馬で運びやすくしたものです。

知覧麓武家屋敷 佐多民子庭園
作庭 : 寛保・寛延・宝暦(1741~1763)頃
名勝
鹿児島県南九州市知覧郡6109
撮影 : 2019.3.11
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巨石奇岩をもっとも多く使っている庭だそうです。
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一番奥にはツバキやマキの大刈り込みを、築山風に背景にしています。
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台形の切り石もありますね。
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主屋は和モダン。



by gipsypapa | 2019-04-10 08:24 | 建築 | Trackback | Comments(4)

知覧麓武家屋敷 佐多美舟庭園

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④佐多美舟(さたみふね)庭園は宝暦年間(1751~1764)の作庭と伝えられています。東南隅に大きな立石による滝石組があります。この庭園は、知覧島津氏の本筋にあたり、知覧庭園の中で最も豪華で広い庭園と言われています。

枯れ滝を造り、築山の上部に石灯、下部の平地には各所に巨岩による石組みを設けています。門を入って右に折れて書院の前に出ると、本庭の主力の滝を中心とした石組みは延々と流れ、訪れた人々に力強さと広さを感じさせます。

知覧麓武家屋敷 佐多美舟庭園
作庭 : 宝暦年間(1751~1764)
名勝
鹿児島県南九州市知覧町郡6289
撮影 : 2019.3.11
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美舟家は、知覧領主の流れをくむ家柄で、江戸時代は御役人と言われる知覧における最高の役所を担う家の一つだったそうです。
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主屋は雨戸の内側がガラス戸。少なくとも昭和初期以前の雰囲気ですが、もっと古いかも。
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庭の様式は大刈込式蓮菜石組枯山水というそうです。
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by gipsypapa | 2019-04-09 08:23 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 平山亮一庭園

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③平山亮一(ひらやまりょういち)庭園は天明元年(1781)の作庭と伝えられています。この庭は唯一、石組みの一つもない大刈込み一式の庭園です。

イヌマキによる延々たる遠山は、その中に三つの高い峯を見せ、前面にはさつきの大刈込みが築山のようで、母ヶ岳を庭園に取り入れて極端に簡素化された借景園として、名園の名をほしいままにしています。

知覧麓武家屋敷 平山亮一庭園
主屋 : 江戸時代後期
作庭 : 1781(天明元)年
名勝
鹿児島県南九州市知覧町郡6163
撮影 : 2019.3.11
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主屋は江戸時代に建築されたもので、屋根が茅葺きから瓦葺に変っていますが、昔のままに残っています。
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手水石があります。
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この庭園の他の庭園と違うのは、石組みが一つもないこと。
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全部がサツキに覆われており、こういう庭園を大刈り込み式の庭園というそうです。刈り込みは母ヶ岳をかたどっていますね。
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刈り込みの前面に台形の切石を並べて、庭園を形作るという手法は、全国的にも珍しいそうです。
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花や盆栽等を乗せて鑑賞したり、和歌を読んだりしたものといわれています。
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by gipsypapa | 2019-04-08 07:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

知覧麓武家屋敷 平山克己庭園

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これもネットの解説を引用します。②平山克己(ひらやまかつみ)庭園は明和年間(1764~1771)の作庭と伝えられています。主屋の北側にあり北東隅に枯滝を組み、石組みは西に連なっています。背後に築山風の大刈込み、外側に生垣がめぐり東北部は高さ4mに達します。

母ヶ岳の優雅な姿を取り入れた借景園。北側の隅には石組みを設けて主峯とし、イヌマキの生垣は母ヶ岳の分脈をかたどっています。また、どこを切り取っても一つの庭園を形づくり、調和と表現にすぐれた庭園として絶賛されています。大海原には無人島が浮かび、遠くには緑の大陸が望まれ、想像とロマンの世界で楽しめる庭園です。

知覧麓武家屋敷 平山克己庭園
作庭 : 明和年間(1764~1771)
名勝
鹿児島県南九州市知覧町郡6190
撮影 : 2019.3.11
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典型的な知覧麓武家屋敷の構造。門から入ると、正面に石垣や植栽の壁があって、カギ型に曲がらないと家屋や庭が見えません。
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庭園の様式は大刈込式蓮菜石組枯山水というそうです。
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by gipsypapa | 2019-04-07 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)