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京都タワービル

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トロッコ嵯峨駅からJR嵯峨野に乗り換えて京都駅に着きました。一杯やるにはまだ少し早い上に、小雨模様だったので寺社巡りもする気になりませんでした。仕方なく今まで見るだけで登ったことがない京都タワーへ行くことにしました。

京都タワーは京都駅烏丸中央口前に立つランドマーク。台座となっている9階建て、高さ31メートルのビルの上に高さ100メートルのタワーが載っていて、全体の高さは131メートルになり、京都市内では最も高い建造物です。

海のない京都の街を照らす灯台をイメージしたとか。設計は逓信省営繕課、後に自分の建築事務所を設立した山田守です。京都タワービルは鉄筋コンクリート造りの地上9階建て、地下3階。

京都タワービル
1964(昭和39)年
設計 : 山田守
構造設計 : 棚橋諒(京都大学工学部建築学教室)
施工 : 大林組
京都市下京区烏丸七条下ル東塩小路町721-1
撮影 : 2018.6.15
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展望台に登るエレベータへ。展望台の入場料は770円。ちなみに通天閣は700円、神戸ポートタワー700円。相場ですかね。あべのハルカスは1500円と別格です。

ついでに東京を調べたら東京タワーが展望台が2箇所あり両方で1420円、スカイツリーは2570円。さすがに東京は高さも物価も高い。
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展望台は地上100メートルの高さ。
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計画されたときには「東寺の塔よりも高いものは建てない」ことが京都で不文律だったそうで、世論を二分したとか。
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雨が降っていなかったら行こうと思っていた東本願寺が見えます。
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東側にある渉成園。ここの庭も見に行きたかったのですが。
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これ以降はネットにあった天気が良い日と夜景の写真を借用します。
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by gipsypapa | 2018-12-05 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(6)

京都嵯峨の19世紀ホール

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トロッコ嵯峨駅で下りたら、右側にに隣接して19世紀の科学技術や芸術を展示する「19世紀ホール」があります。19世紀の歴史を支えてきた蒸気機関車を、当時のままの姿で展示。また音楽芸術発展の一翼を担ったピアノや大型オルガンも展示した休憩スペースになっています。

19世紀ホール
2003(平成15)年
設計・施工 : 不明
京都市右京区嵯峨天龍寺車道町26-2
撮影 : 2018.6.15
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トロッコ嵯峨駅の出口に向かって右側に連絡通路があります。入場無料です。
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本物のSLを間近で見ることができます。
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C5848、D51603、C5698と鷹取工場教修用の「若鷹号」(元阿波鉄道7号)が並んでいます。
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京都には梅小路に鉄道博物館という大型展示館がありますが、ここでも見ることができるのでした。
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よい状態で保存されていますね。
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隣のゆったりとしたカフェスペースと休憩所。

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大型オルガンのアーレンオルガン”Quantum(クオンタム)”も展示されています。

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最新の電子技術が融合されていて、楽器の『女王』といわれたとか。これも1800年代の名品です。
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外に出ました。ここが正式の入り口です。SLの車輪を使ったモニュメントが面白い。
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これはネットにあった写真を借用しています。


by gipsypapa | 2018-12-04 07:33 | 建築 | Trackback | Comments(2)

嵯峨野トロッコ列車

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楽々荘からの帰路。往きはJR京都駅から嵯峨野線(山陰本線)でしたが、帰りは有名なトロッコ列車に乗ることにしました。「嵯峨野トロッコ列車」は京都を代表する観光地の嵯峨野・嵐山から、亀岡までを結ぶ観光列車です。

JR山陰線の複線化で使用されなくなった線路を利用していて、保津川(ほずがわ)に沿って走る列車。保津峡の緑一杯の雄大な景色を楽しむことが出来ます。最初の写真はネットから借用しています。

嵯峨野トロッコ列車
京都府亀岡市篠町山本~京都市右京区嵯峨天龍寺車道町
撮影 : 2018.6.15
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JR亀岡駅に戻ってきました。途中にあった道端の化粧地蔵。
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JR亀岡駅。現代的な駅舎です。
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ここから京都方面へ1駅、JR馬堀(うまほり)駅で下車。
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嵯峨野線のガード下をくぐると田園地帯です。
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10分ほど歩くとトロッコ亀岡駅。
京都府亀岡市篠町山本地黒20-2
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乗車券は片道620円でした。
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瀬戸物のタヌキが線路の向こうに並んでいます。
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乗客は若者がほとんどです。
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発車の時はほぼ満席になりました。
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会話を聞く限り、日本語は皆無。(笑)
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トロッコ列車の開業は1991(平成3)年なので、17年の歴史があります。
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保津峡です。
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このあたりは保津川と呼ばれますが、正式には桂川。下って嵐山にくると桂川の方がポピュラーです。

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トロッコ保津峡駅。このあと終点までに嵐山駅に停車します。
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ネットから借用した保津峡駅の写真。
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進むに連れて保津峡の方向が左右に変わるので、左右どっちの席でも問題ないです。
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今回は利用しませんでしたが、亀岡から嵯峨嵐山まで保津川下りという手段があります。
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ネットの写真。約1時間半の川下りで乗船料4100円だそうです。
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嵐山が近づいてきて、旅館か料亭のような建物も見えてきました。
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終点の嵯峨駅に到着。
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トロッコ嵯峨駅
京都市右京区嵯峨天龍寺車道町26-2
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by gipsypapa | 2018-12-03 08:53 | | Trackback | Comments(4)

がんこ京都亀岡楽々荘(その3)

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煉瓦造りの洋館は本邸として使われた建物です。煉瓦造りの躯体に庭側に張り出した部分は木造で囲ったような凝ったデザイン。庭から見た正面1階は東と南にベランダを廻し、2階は全面をガラスで囲われたサンルーム風の瀟洒で特徴的な外観。

開口部には要所要所にファンライト風の半円アーチ窓を配し、天井や階段手摺、吹き抜けなど、当時の洋風建築の要素が随所に取り入れられています。内部の各室は床や暖炉の仕様を変えるなど変化に富み、各部に用いられた技能の水準が高い手の込んだ造りの建物であるとして、国の登録有形文化財に指定された煉瓦造り、一部木造2階建て。

がんこ京都亀岡楽々荘洋館
元保津川観光ホテル楽々荘洋館
旧田中源太郎邸洋館
1898(明治31)年ころ
設計・施工 : 清水組
京都府亀岡市北町44
撮影 : 2018.6.15
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玄関の後ろに煉瓦造りの2階建てが見えています。
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煙突もあります。
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1階はベランダ。
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1階です。中に入ると窓や壁の厚さから煉瓦造りを納得します。
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2階へ。
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この辺のアーチ窓は煉瓦造りゆえ。
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東と南側はバルコニーを全面ガラスで囲い、サンルームのような明るさです。
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この部屋は1階だったと思います。
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by gipsypapa | 2018-12-01 08:59 | 建築 | Trackback | Comments(2)

がんこ京都亀岡楽々荘(その2)

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書院造りの和館は田中源太郎が迎賓館として使っていた建物です。平屋建てで、屋根は庇屋根を廻して二重になっています。当初は主人室、夫人室として使用されていたとかで、二つの室内意匠を変えています。床の間の違い棚は2段と3段の変化に富んだ意匠で、使われている材料も良質。高い技術と技能が駆使された近代和風建築として国の登録有形文化財に指定された、木造平屋建て。

がんこ京都亀岡楽々荘日本館
元保津川観光ホテル楽々荘日本館
旧田中源太郎邸日本館
1898(明治31)年ころ
設計・施工 : 清水組か
京都府亀岡市北町44
撮影 : 2018.6.15
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ここも中を案内してもらいました。
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洋館と和館の前に広がる650坪の枯池泉回遊式庭園は七代目小川治兵衛(植治)の作庭で、安土桃山時代の石燈籠や鉄製井筒などが亀山城から移設されています。庭園は京都府登録の名勝です。

がんこ京都亀岡楽々荘庭園
元保津川観光ホテル楽々荘庭園
旧田中源太郎邸庭園
1898(明治31)年ころ
京都府登録文化財(名勝)
作庭 : 七代目小川治兵衛(植治)
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庭は広く大きな池があるようですが、奥には行けませんでした。
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この写真はネットから借用しています。ホテル時代の撮影と思われます。


次回は楽々荘洋館です。

by gipsypapa | 2018-11-30 08:50 | 建築 | Trackback | Comments(2)

がんこ京都亀岡楽々荘(その1)

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がんこお屋敷シリーズ.。最初は「和歌山六三園」でした。第2弾は京都の亀岡市です。「がんこ京都亀岡楽々荘」は京都鉄道会社(現在のJR嵯峨野線)の創設者で衆議院議員、貴族院議員を務めた田中源太郎が自分の生家を改築したものでした。

戦後、「保津川観光ホテル楽々荘」なり、長くホテルとレストランとして営業されていました。今年(2018年)3月にがんこフードサービスが借り受けて「がんこ京都亀岡楽々荘」として改装開業したばかりの時期でした。

建物は明治31年頃に建てられ、煉瓦造りの洋館は本邸として、書院造りの和館は迎賓館として使われていました。洋館と和館の前に広がる650坪の枯池泉回遊式庭園は七代目小川治兵衛(植治)の作庭で、安土桃山時代の石燈籠や鉄製井筒などが亀山城から移設されていいます。

玄関棟は洋館の南西側にあり、廊下を介して和館に通じています。式台を備えた本格的な和風の玄関で、入母屋造りの妻を小さくするなど、バランスに配慮した設計です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

がんこ京都亀岡楽々荘玄関
元保津川観光ホテル楽々荘玄関
旧田中源太郎邸玄関
1898(明治31)年ころ
設計・施工 : 清水組か
京都府亀岡市北町44
撮影 : 2018.6.15
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JR亀岡駅から大通りを西に500メートルほど進むと煉瓦塀が見えてきます。
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庭園入り口の門がありますが、閉まっています。入り口はさらに進んで左折した反対側でした。
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緩やかに曲がった道をさらに進みます。
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ショーウィンドウが見えてきました。入り口の門です。
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入母屋作りの玄関。正面に大木が立って見えません。
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入ると式台。
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入り口は突き当たり右です。
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この辺は新しそうです。ホテルの時代に増設されたのかも知れません。
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玄関棟につながった大広間のある和館。これは登録有形文化財の日本館ではありません。
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食後に中を案内してもらいました。
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結構古そうですが、詳細を聞くのを忘れました。
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団体客用でしょうか。この日は使われていませんでした。
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ガラス越しに見えるのは洋館。
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もう一部屋あります。
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洋館の設計は清水組で間違いありませんが、この玄関棟と日本館(和館)については分かりませんでした。
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その2棟の文化財建築は次回以降に続きます。

by gipsypapa | 2018-11-29 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(4)

東福寺常楽庵 開山堂

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東福寺の中心部から北へ向かい、通天橋を渡ったところにある開山堂、別名「常楽庵(じょうらくあん)」へ行きました。開山堂というのは、仏教寺院において開山の像を祀った堂のことだそうです。ここでも開山・聖一国師(円爾)を祀っています。

最初の建物が1819(文政2)年に焼失したため、1823(文政6)年に、江戸時代の公卿一条忠良(いちじょう ただよし)によって再建された2階建の楼閣で、開山円爾像を安置しています。また常楽庵は枯山水と池泉式の庭園が、ふたつでひとつの庭園を構成する、見所が多いところです。国の重要文化財の平屋建て、一部楼閣付き。

常楽庵 開山堂・昭堂
1823(文政6)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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上層は楼閣風で「伝衣閣」(でんねかく)と呼ばれます。金閣(鹿苑寺)、銀閣(慈照寺)、飛雲閣(西本願寺)、呑湖閣(大徳寺塔頭芳春院)と並ぶ「京の五閣」の一つだとか。
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参道をはさんで二つの日本庭園があります。作庭者は不明ですが、いずれも江戸時代のものです。
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西側は枯山水庭園で、波紋で市松模様がつけられていました。
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反対の参道東側は緑が美しい池泉と築山で構成された池泉回遊庭園。
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石組みと石橋が、刈り込んだサツキの間に配置されています。
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建物が普門院ともいわれるため、庭園は東福寺普門院庭園と呼ばれるようです。
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これで東福寺を終わり、次回から尾道市の生口島をアップします。

by gipsypapa | 2017-10-07 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 龍吟庵と庭園

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龍吟庵(りょうぎんあん)は臨済宗東福寺派の寺院で東福寺の塔頭(たっちゅう)です。方丈は東福寺の本坊庫裏の背後から偃月橋(えんげつきょう)を渡った正面にあります。室町時代初期に建造された現存最古の方丈建築だとか。

龍吟庵 方丈
室町時代初期
国宝
京都市東山区本町15−812
撮影 : 2016.12.2
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龍吟庵に向かう途中、東福寺三名橋の中で最も上流に架かる偃月橋。桃山時代の築で、国の重要文化財。秀吉の正室である北政所・ねねが龍吟院にお参りするために架けられたといわれています。

偃月橋
1603(慶長8)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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龍吟庵 庭園
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方丈を囲んで東・西・南の三庭があります。いずれも重森三玲の手による枯山水の庭で、昭和39年(1964年)の作庭です。最初の写真は南庭(無の庭)。方丈の前庭で、白砂を敷いただけというシンプルな庭です。

龍吟庵 庭園
1964(昭和39)年
作庭 : 重森三玲
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西庭(龍門の庭)。龍が海から顔を出して黒雲に乗って昇天する「昇り竜」の姿を枯山水にして、水墨画のようなイメージになっています。
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東庭(不離の庭)。シンプルな枯山水ですが、赤砂を敷いています。伝統的な様式を用いながら、モダンでインパクトの強い庭です。
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by gipsypapa | 2017-10-06 08:45 | 建築 | Trackback | Comments(2)

東福寺 方丈(本坊)と庭園

方丈(本坊)
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これも明治後期に昭憲皇太后より下賜されたもので内部は3室2列の6室あり、前庭のある南面には広縁が設けられているます。方丈とは、禅宗寺院における僧侶の住居ですが、後には相見(応接)の間の役割が強くなったとか。

方丈
1890(明治23)年 / 1909(明治42)年(唐門)
設計・施工 : 不明
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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庫裡の南側にある、東福寺本坊への入口。方丈へは左側にあるもう一つの入り口から入ります。

東福寺 方丈(本坊)庭園
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ここで有名なものは庭園は近代の造園家、重森三玲(しげもり みれい 1896-1975)作庭により、方丈の四方に配される、国指定名勝の庭園です。これらの庭は重森三玲の事実上のデビュー作で、傑作といわれています。

東福寺本坊庭園
1939(昭和14)年
国指定名勝
作庭 : 重森三玲
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南庭(八相の庭)。荒海の砂紋の中に釈迦の生涯における8つの重要な出来事「八相成道(はっそうじょうどう)」の「蓬莱」「方丈」「瀛洲」「壺梁」「八海」「五山」を表現しているそうです。
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方丈唐門。明治14年の火事で方丈、庫裏、法堂、仏殿が焼失。その翌年、英照皇太后、昭憲皇后から、再興のための賜金が給わされました。明治42年(1909年)に造営された唐門を恩賜門とよぶのは、このためだとか。
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方丈を時計回りに見て行きます。
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西庭(井田の庭)。さつきの刈込みと砂地が大きな市松模様になっています。
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北庭(市松の庭)。白い敷石と緑の杉苔を幾何学的な市松模様に配した新鮮で現代的な庭です。
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重森三玲といえばこれを思い出す、印象的な代表作です。
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東庭 (北斗七星の庭)。波と雲を表す白砂に、円柱の石組みを突き出し北斗七星を表現しています。
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by gipsypapa | 2017-10-05 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(2)

慧日山 東福寺

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東福寺(とうふくじ)は、1236(嘉禎2)年に創建された臨済宗東福寺派大本山の寺院で、山号は慧日山(えにちさん)です。鎌倉時代初期に九条道家(くじょう みちいえ)により九条家の菩提寺として伽藍を建立したことに始まるとか。寺名は、奈良の東大寺と興福寺から「東」と「福」の二字をとって東福寺としたそうです。

25の塔頭(たっとう)寺院を持つ巨大な寺院で、三門、本堂、方丈、庫裏などの主要伽藍が軒並み、国宝や国の重要文化財に指定されています。また、秋は紅葉の名所として賑わうことで知られるほか、重森三玲(しげもり みれい)作庭の庭園が有名で見所になっています。

慧日山 東福寺
京都市東山区本町15−778
撮影 : 2016.12.2
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この年は、初めて紅葉の見ごろの11月12日から30日まで、事故防止と混雑緩和のため、主な紅葉の撮影スポットになる通天橋と臥雲(がうん)橋上での撮影が禁止されているというニュースをテレビで見ました。
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警備員や誘導係を多く配置して混雑解消に努めてきたが、近年は海外からの観光客が増えて、撮影で立ち止まる人が多く、行列が動かなくなる時もあるそうです。
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ということで、紅葉の見ごろ期間が終わるのを待ちました。12月になったので、通行禁止も解けたので、紅葉も終わりかけのはず。重森三玲の庭が見たかったこともあり、出かけました。

臥雲橋(がうんきょう)
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東福寺の洗玉澗(三ノ橋川の渓谷)に架けれた3つの橋は、「東福寺三名橋」と呼ばれています。この臥雲橋は三名橋の中で最も下流に架かっている橋で、境内というより公道の間にある橋です。最盛期を過ぎたとはいえ、多くの観光客です。警備の人が、同じ場所で長い間撮影していると、注意する光景も見受けました。

臥雲橋
詳細 : 不明
京都府重要文化財
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日下門(にっかもん)というところから境内へ。これも京都府指定文化財です。

禅堂
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入ってすぐ右手にあるのは禅堂。切妻造りの国の重要文化財です。

禅堂
室町前期
重要文化財

本堂(仏殿)
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境内中央に建つ本堂は新しい建物です。明治後期に仏殿と法堂が消失したため、1934(昭和9)年再建されました。昭和期の木造建築としては最大級のものです。

本堂(仏殿)
1934(昭和9)年
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三門

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境内の南に構える三門。室町時代に足利義持が再建した、現存する禅寺の三門としては日本最古のものだとか。正面に巨大な6本の柱が並び、中央3間が通路になっています。東福寺の建造物としては、唯一、国宝に指定されている二重門。建造年についてはネット上では1405(応永12)年と1425(応永32)年と二つあり、正解はわかりません。

三門
室町初期
1405(応永12)年
国宝
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門の南にある思遠池(しおんち)は放生池で、中央に三門へとつながる石橋が懸けられています。
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六波羅門(ろくはらもん)
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境内南側の通用門は鎌倉前期のもので、1221年(承久3年)に後鳥羽上皇により起こされた「承久の乱」の後、朝廷を監視する目的で執権北条氏により京都に置かれた六波羅探題の遺構を移築したものと伝わっています。寺内で最も古い建築物の一つで、国の重要文化財に指定されています。

六波羅門
鎌倉前期
重要文化財

浴室(よくしつ)
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境内の南、三門の東側にある入母屋造りの浴室。国内最大で、室町時代の築と考えられ、禅宗では現存最古の浴室であることから、重要文化財にも指定されています。

浴室
1459((長禄3)年ころ
重要文化財
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蒸し風呂だったようで、現在でも使用できるほどの近代的なシステムだそうです。

五社成就宮(ごしゃじょうじゅきゅう)
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入口にある石の鳥居、この鳥居をくぐって石段を上がった先に本殿があります。東福寺の鎮守社で、石清水八幡・賀茂・稲荷・春日・日吉の五社を祀ることから「五社明神社」とも呼ばれています。京都府の有形文化財の一間社流造り。

五社成就宮
1594(文禄3)年
京都府指定文化財
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十三重石塔(じゅうさんじゅうせきとう)
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花崗岩製の石塔で比良の魔王を祀ったもので、南北朝時代に東福寺の創立祈願のために建立されたそうです。国の重要文化財の石塔。

十三重石塔
1343(康永2)年
重要文化財

鐘楼
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五社成就宮のある広場のにあるのは鐘楼。江戸時代の建立で、京都府指定文化財。梵鐘には1954年(昭和29年)の刻印があるそうです。鐘は戦時中に徴収されたのでしょうか。

鐘楼
1671(寛文11)年
京都府指定文化財

庫裏(くり)
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本堂(仏殿)の北側に方丈に接続して建っています。明治14年に消失したため、明治45年に再建されました。明治天皇皇后であった昭憲皇太后の恩賜建築だそうです。庫裡(庫裏)は寺院における台所、つまり食事を作る建物を指しますが、住職やその家族、あるいは僧侶の生活する場所であったり、寺務などが執り行われる場合もあるそうです。

庫裏
1910(明治43)年

経蔵(きょうぞう)
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開山の円爾弁円(聖一国師)は、仁治2年(1241)宋持ち帰ったの多くの経典が納められていた経蔵で、江戸時代の寛政5年(1793)の再建されたものです。

経蔵
1793(寛政5)年

愛染堂(あいぜんどう).
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朱色が鮮やかな八角形の愛染堂。元は、南北朝時代、東福寺の塔頭だった三聖寺に建てられましたが、室戸台風で倒壊。この場所に移築再建されたものだそうです。愛染明王を祀っています。

愛染堂
詳細不明

通天橋
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通天橋は、境内中央の仏殿・方丈から北側にある開山堂(常楽庵)に至る渓谷の洗玉澗に架けられた橋廊で、紅葉を楽しむ最良のスポットになっています。1380年に春屋妙葩(しゅんおくみょうは)が谷を渡る苦労から僧を助ける為に、橋を架けたと伝えられています。元の橋が伊勢湾台風で倒壊したため、昭和36年に建て替えられました。上部は木製の橋ですが、橋脚部分は鉄筋コンクリートです。

通天橋
1961(昭和36)年
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通天橋の向こうにある開山堂(常楽庵)へ向かうのに通天橋拝観券販売所で拝観料400円を払って、洗玉澗(せんぎょくかん)という渓谷のそばを通ります。最盛期を過ぎたとはいえ、まだ見事な紅葉でした。
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これ以降はウィキペディアから。
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安藤広重の通天橋。次回からは、東福寺の美しい庭園に注目します。

by gipsypapa | 2017-10-04 09:45 | 建築 | Trackback | Comments(4)