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カトリック出津教会堂

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「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」2番目の訪問地は大野教会堂と同じ西彼杵半島の西岸にある外海(そとめ)地区の出津(しづ)教会。

この教会堂もフランス人宣教師マルク・マリー・ド・ロ、通称ド・ロ神父によって建設されたもので、明治15年に献堂式が行われ、正面および背面の増築を経て明治42年に現在の姿となりました。

出津教会堂は明治前期に建設された希少な初期教会堂の一つで、後世の増築も、同一の設計者によって均整を保った拡充が図られており、高い価値が認められ、国の重要文化財に指定されています。煉瓦造りおよび木造、正面と背面に塔屋付。

カトリック出津教会堂
1882(明治15)年 / 1909(明治42)年増築
世界遺産
重要文化財
設計・施工 : マルク・マリー・ド・ロ(ド・ロ神父)
長崎市西出津町2633
撮影 : 2018.10.2
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⑨出津教会と関連施設
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左がド・ロ神父。右の像はパウロ・中村近蔵は翁。ド・ロ神父を始めとする歴代の神父の片腕となり、教徒の宗教、教育、教会の運営に尽力された人物とのこと。
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「ドロー神父」になっています。
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内部写真はネットから借用しています。

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行けませんでしたが、バスの車窓から旧出津救助院(きゅうしつきゅうじょいん)が見えました。

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行かなかったので、これ以降の写真はネットから借用しています。旧出津救助院はド・ロ神父の人類愛によって設立された授産活動の場で、現在の長崎市西出津町出津文化村エリアにあります。施設はいくつかの資産で構成され、保存・修復を経ながら現在も残っています。
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ド・ロ塀(国指定重要文化財)
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授産場(国指定重要文化財)
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授産場1階炊事場
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授産場2階祈りの場
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マカロニ工場(国指定重要文化財)
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製粉工場(長崎県指定史跡)
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薬局(長崎県指定史跡)
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旧出津救助院の向かいのド・ロ様記念館(国指定重要文化財)は、旧鰯網工場を改装して建設されました。

by gipsypapa | 2019-01-12 10:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

カトリック大野教会堂

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最初の「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」訪問地は外海(そとめ)地区にある大野教会堂。大野教会堂は、大浦天主堂からこの地区の主任司祭として赴任したフランス人マルク・マリ・ド・ロ神父が明治26年(1893年)に建設した小規模な巡回教会です。

建物は北側の会堂部と南側の司祭室部からなっています。教会堂部周りの 3面は当地産の玄武岩割り石を漆喰モルタルで固めた特異な「ド・ロ壁」と呼ばれる壁体を築き、その上に洋式のキングポスト(真束)をもつ木造小屋組を架ける。側面の窓は上部を半円アーチ形の煉瓦造り。石造及び木造平屋建ての国の重要文化財。

カトリック大野教会堂
1893(明治26)年 / 2004(平成16)年解体修理
世界遺産
重要文化財
設計 : マルク・マリ・ド・ロ神父(ド・ロ神父)
施工 : ド・ロ神父、信者たち
長崎市下大野町2624
撮影 : 2018.10.2
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⑩大野教会堂
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駐車場からかなり遠くてきつい山道を登っていきます。
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左が会堂部。右の屋根が低い方が司祭室部です。
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ド・ロ壁。当時、日本には石造りの建築技術がありませんでした。
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農業から医療、土木建築、工業などの広範な分野に渡る技術を伝えた人でした。
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司祭室側。
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窓から内部が見えます。
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これはネットにあった写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-01-11 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

旧羅典神学校

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 大浦天主堂に向って右側に隣接している建物。プチジャン神父が日本人聖職者育成の目的に設立した旧羅典(ラテン)神学校です。神学校の校舎兼宿舎として使用されました。

 骨組が木造で壁に煉瓦を積んだ、木骨煉瓦造り。外開きの鎧戸がついた窓や階段など西欧建築技術が随所に取り入れられていますが、全体的には部屋割りはいたってシンプル。和風の土蔵のような雰囲気もあります。

 設計と施工監督は敷地内に建つ旧長崎教区大司教館と同じく、フランス人のマルク・マリー・ド・ロ神父。現在はキリシタン資料室として一般開放されています。国の重要文化財に指定された、木骨煉瓦造り、3階(屋根裏部屋付き)建て。

旧羅典神学校 
1875(明治8)年
重要文化財
設計・施工 : ド・ロ神父
長崎市南山手町5-3
撮影 : 2009.5.18
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 傾斜地に建っているので、入口は2階部分に。
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 大浦天主堂とは狭い道を挟んで隣接。開け放たれた窓から天主堂が間近に見えていました。
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 1階と2階をつなぐカーブ状の階段。
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 明治初期のキリスト教布教に使われた版画や、江戸時代の隠れキリシタン関連の資料などが数多く展示、販売されています。
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 正面に見えるのが旧羅典神学校。そこからさらに坂の小道を上った所に白い鐘楼のような塔が建っています。下見板貼りに見えましたが、近づくとパネル貼りのようでした。新しい建物でしょう。
by gipsypapa | 2010-02-19 11:28 | 建築 | Trackback | Comments(4)