函館外国人墓地

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 市営バス高龍寺前で下車。次に紹介する旧函館検疫所に向かう途中、函館湾を望む高台にある外人墓地。1854(嘉永7)、ペリー艦隊来航のとき死んだ2人の水兵の埋葬場所に提供したのが始まりで、1870(明治3)年に在函5ヵ国の領事の要望で正式に外国人墓地として作られました。道を挟んで山側にロシア人墓地、海側にはプロテスタント墓地と中国人墓地があります。

外国人墓地
明治初期
函館市船見町23
撮影 : 2009.9.23
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 こちらは函館中華山荘という看板のある中国人墓地です。1876(明治9)年に清国人を埋葬したのが始まりで、1919(大正8)年の大修理の際にレンガ塀が作られたそうです。
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 外国人だけではなく、日本人キリスト教徒のお墓もたくさんあるそうです。
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 この一帯がプロテスタント墓地と思われます。
# by gipsypapa | 2010-05-17 10:49 | 建築

函館旧ロシア領事館

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 幸坂の急な坂を上って行った所にある明治後期のかなり大規模な建物。旧ロシア領事館として建てられ、近年まで道南青年の家になっていましたが、現在は使われてなく、函館の観光名所の一つとして外観のみ見ることができます。

 赤煉瓦の外壁に白漆喰の対比が大変印象的な残る美しい建物です。正面の1階玄関部分には寺院風の唐破風があり、和風意匠も見られます。あまりロシア風でないのは、設計が同志社大学クラーク記念館や千葉教会を設計し、明治学院大学記念館の改修に携わったドイツ人の建築家のリヒャルト・ゼールだからでしょう。なお、起工直後にゼールは帰国することになり、同じドイツ人建築家のG.デ・ラランデ(神戸・風見鶏の館を設計)が後を引き継ぎだそうです。函館市景観形成指定建造物の煉瓦造り2階建て。

函館旧ロシア領事館
旧函館市立道南青年の家
1908(明治41)年
函館市景観形成指定建造物
設計 : R・ゼール+ G・デ・ラランデ
施工 : 佐藤誠
函館市船見町17-3
撮影 : 2009.9.23
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今は空き家なので、非公開とされていますが、実際には門が開いていて、敷地に入ることが出来ます。
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 美しい赤煉瓦と白い漆喰のコントラスト。
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北東側から海が見えたようで、白い木枠の窓が整然と並ぶサンルームがあり、建物にアクセントをつけています。
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 窓越しに覗くと、ストーブだけがありました。
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 南西側にはさらに奥まで建物が伸びているようですが、これ以上は見ることができませんでした。いつか内部を含めて一般公開してほしいものです。
# by gipsypapa | 2010-05-16 18:08 | 建築