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大阪ステーションシティ 和らぎの庭

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再び1月下旬の昼間の飲み会の前に戻ります。大阪ステーションシティのノースゲートビルディング10Fを北側に出たテラスに日本庭園「和(やわ)らぎの庭」があります。2016年春にリニューアルされた庭園で、この日のお目当ての一つでした。

最近建てられる高層ビルは、一時よくいわれたヒートアイランド現象を避けるため、緑化の試みがなされていますが、大阪駅周辺もその傾向があります。そのトレンドを代表するものの一つ。和モダンな庭で、桜や松、楓が植えられています。

和らぎの庭
2016(平成28)年
作庭 : 不明
大阪市北区梅田3-1-3ノースゲートビルディング10F
撮影 : 2020.1.20
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庭は左右2箇所に別れていて、こちらは向かって左。西側の小さな庭です。
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庭の中に時計があるのは現代的。
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枯れ池。
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東側は細長い白砂を模した枯山水の庭。
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ネットでは「小堀遠州や重森美玲の精神を意識し『雲海の雫』というテーマで現代の都市屋上に調和するよう造られました。サツキの植込みで青海波が現され、旬の違う庭木を植えることで約一年間、花や木の息吹や美しさを感じられる石庭です。」とあります。



by gipsypapa | 2020-02-17 08:21 | | Trackback | Comments(0)

大阪ステーションシティ

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「ヴォーリスを訪ねて」から引き継いだ洋風近代建築を巡る趣旨から逸脱して、現代建築をアップします。つまりレトロな建物とは言えないブログになってきつつあるわけです。長くやっていると徐々に行きやすい場所にこれという目標がなくなってきます。ということでだんだん守備範囲が広がらざるをえないわけで。しばらくお付き合い下さい。

友人たちと飲む場合は大阪の梅田、つまりJR大阪駅周辺がほとんどなので、大阪駅はよく利用します。また、長年通勤時の乗換駅だったこともあり、駅の周辺は知り尽くしていましたが、2000年代に入って大きく変貌しました。

飲み会では例外なく南側の繁華街に向かうので、大きく変貌し、若者がターゲットに開発された北側はほとんど行ったことがありませんでした。この日は昼の待ち合わせの時間より早く出かけて、その北側を探訪しました。また、つい先日は別の友人との飲み会で夕方から出かけて、最初に見逃した場所も歩きました。

大阪駅は2004年から、大規模な改良・再開発事業である「大阪駅開発プロジェクト」が進行中で、ほぼ終盤と思われます。現在の駅舎は5代目だとかで2011年に開業した5階建て。大阪駅舎を挟んで、南北のビルが建ち、これらを合わせて「大阪ステーションシティ」と呼んでいます。最初の写真はネットから借用。

JR大阪駅2011(平成23)年
設計 : 西日本旅客鉄道(JR西日本)、ジェイアール西日本コンサルタンツ
施工 : 大阪駅改良他工事特定建設工事共同企業体
大阪市北区梅田3-1-1
撮影 : 2020.1.20 & 2.2 & 2.14
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プラットホームから。向こうに見えるのは連絡橋で3階部分にも改札があります。
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北側に見えるのは大阪ステーションシティの「ノースゲートビルディング」。そっちへ行きます。「ノースゲートビルディング」は旧大阪駅北ビルと大阪駅旧9~111番ホームの跡地に建設されました。
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ホームは駅の2階部分に当たり、橋上改札は3階にあります。旧9,10,11番ホームは遠距離列車の発着ホームでしたが、新幹線の登場により在来線の本数が減り、またブルートレインなどの特急が廃止されたことから、役目を終えたわけです。現在も特急は通っていますが数は限られています。
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連絡通路から見下ろすホーム。大屋根があるのに、ホームの小屋根が残っているのは、開口部から雨が振り込むため。
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5階へ上がるエスカレータ。ドーム大屋根が見えてきます。一部ガラス製で自然光が差し込む造りになっています。
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連結橋の上に当たり、駅舎の最上階(5階)にあるのが「時空(とき)の広場」。よくイベントが開催されるところ。
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更に北側のエスカレータに乗ると着くのはノースゲートビルディング7階。そこから「時空の広場」を見下ろしています。
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「時空の広場」を向こう側に抜けるとサウスゲートビルディングで、大丸デパートとホテルグランヴィアが入っています。
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ノースゲートビルディングは西側の高層棟(28階建て・高さ約150m)と東側の低層棟(13階建て・高さ約78m)から構成され、中央部には巨大な吹き抜け空間である「アトリウム広場」が設置されています。

ノースゲートビルディングの大部分は元はJR大阪三越伊勢丹だったルクア (LUCUA)というファッションビルになっていて、一部にはオフィススペースもあります。地上29階、塔屋2階。地下3階。

ノースゲートビルディング
2011(平成23)年
設計 : 日建設計
施工 : 大林組、大鉄工業、竹中工務店、錢高組、淺沼組JV
大阪市北区梅田3-1-3
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7階から10階へは直通エスカレーターで。
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ノースゲートビルディングの10階は飲食店のフロアです。この階にお目当てがあります。それは次回に。
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北側から見たノースゲートビル。東側と中央部は14階建て、西側は28階建ての高層です。
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このあと駅周辺を色々廻った後に友人たちと合流。飲み会が終わったら夕暮れでした。
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これ以降はその2週間後に「うめきた」を歩いたときの写真です。中央口の北側にある「暁の広場」。
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會田雄亮氏作成のモニュメント『暁に立つ』が目印。
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広場の北側は長距離バスのターミナルです。ターミナルがあるので、これ以上は地上階で北へ行けません。
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北側の「うめきた」に出るには、2階のアトリウム広場からが便利。地下1階もつながっていますがわかりにくいかも。
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アトリウム広場のシースルーの巨大なエレベーター。
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ノースゲートビルの地下へ降りてみます。
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光のモニュメント。
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駅へ戻ります。
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中央コンコース。
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これ以降は一昨日の夜の飲み会の前に、薄暗くなったときに撮ったノースゲートビル。これは地階の広場。
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うめきた広場から見たノースゲートビル。
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2階のアトリウム広場。
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2階の阪急電車の梅田駅へ向かう通路にある「カリヨン広場」。
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1時間くらい散策したので、ここに来たら、もう6時45分。飲み会は7時からなので、急いで向かいました。



by gipsypapa | 2020-02-16 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

高槻市の上の池公園

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時々、車でランチを食べるに行くときに駐車する場所の近所に池のある公園があります。上の池公園(かみのいけこうえん)は高槻市の阿武野にある「自然を感じる」がテーマの都市公園です。

集中豪雨に対応する目的の調整池を囲むように緑が溢れており、自然を身近に感じることができます。園内には水辺の景観が美しい池ゾーン、サクラの丘、エントランス広場などがある風見の丘、散開林ゾーン、水辺植物ゾーン、樹林地ゾーンなどがあります。遊具がある児童公園的な広場がありますが、この日は池の周りだけを回りました。

上の池公園 池ゾーン
大阪府高槻市阿武野2-3
撮影 : 2020.1.22
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駐車場がある東側から入りました。
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東屋があります。
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少し下った斜面に石庭。
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池から遠い、端っこにあるので、気づかない人も多いかも。
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付録のようにひっそりとした場所にありますが、しっかりと作られていました。
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冬は落葉して寂しい景色。
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池が見えてきました。
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ビオトープというのは野生動植物の安定した生息地だそうです。
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調整池は、集中豪雨などで、河川の能力を超過し、洪水がおきる可能性があるとき、河川に入る前に一時的に溜める池のことです。
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池の西側にあるモニュメント。
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アゲハチョウがモチーフのようです。
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公園は阿武山の中腹にあります。
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南の道路沿いの入り口。
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阿武山は標高281mと高い山はありません。周辺は近年開発された住宅地で、マンション群が密集した地域です。
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上の池公園近くの道路。現代アートを置いた街づくりは今風です。
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by gipsypapa | 2020-02-14 09:19 | 公園 | Trackback | Comments(2)

池光山 清蓮寺

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散歩コースの一つにある浄土宗の寺院、清蓮寺(せいれんじ)です。もともとあった念仏堂が地震で破壊されたため、天正12年(1584年)に富田酒の蔵元、紺屋の清水利重(法名休意)が再建し、開山に顕誉良閑を大山崎の大念寺から迎えたとか。

樹齢推定300年以上の「黒松」があり、江戸中期の漢詩人、入江若水の墓があるそうです。ネット情報では、現在の本堂などの建造物は元禄7年(1694)に造営されたとありました。

池光山 清蓮寺
1694(元禄7)年
設計・施工 : 不明
大阪府高槻市富田町4丁目1-4
撮影 : 2020.1.15
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阪急の富田駅から南下する道路に現在の東向きの門があります。何度も前を通って、開いているのを見たことがありません。
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玄関の引き戸に隙間があるので、コンデジのレンズを突っ込んで撮影。向こうに黒松があります。
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南に廻ると石段の先にもう一つの門。こちらが本来の山門でしょう。
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古そうなので、元禄年間の造営ですね。
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石段の脇に細い路地。
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塀の向こうに鐘楼が見えます。
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この塀も当時のままでしょう。
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道路側から。塀は新しいです。巨大な建物が見えていますが、和風の住宅のように見えますね。ネット情報では「老松が枝をはる閑静な境内には、元禄7年(1694)に造営された本堂をはじめ、庫裏や書院、鐘楼、表門などが現存します。」とあり、見えているのが何かわかりませんが、他にも古い伽藍があるようです。
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ネットにあった黒松の写真を借用しています。門が開くこともあるんですね。

by gipsypapa | 2020-02-13 08:47 | 建築 | Trackback | Comments(2)

帰路は静岡駅から

最終日は天気がイマイチ。その上、旅行の直前までは久能山東照宮に行く予定でしたが、調べるとこの12月は日本平~久能山東照宮間のロープウィが運休とのこと。ということは1159段の石段を登る?無理じゃ!ということで、この日は何もせず静岡駅へ。撮影 : 2019.12.16 & 17
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これはその前日。沼津御用邸記念公園から。新幹線からより富士山が近く感じました。
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沼津から清水港へ移動中の車から。
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泊まったのは魚市場からJRの線路を挟んだ陸側にある「ホテルマイステイズ清水」。
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ホテルの窓から。向こうの港に見えるのが魚市場です。
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翌日の午前中にホテルからJR清水駅に向かうのに清水駅前銀座通りを歩きました。
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午前中なので閉まっていますが、さすがに港町。海鮮居酒屋が目立ちます。
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清水港といえば、清水次郎長。もっと店名とかにありそうですが、見かけませんでした。森の石松も大政小政もいなかったなあ。
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清水駅から静岡駅へ向かいます。
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清水駅のプラットフォーム。写真はネットから借用しています。
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JR静岡駅の南口。これもネットから。
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北口から駅前を。
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12月中旬なのでクリスマスの飾りつけ。
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ASTY静岡で「わさび漬」を購入しました。
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今のわさび漬けは窒素ガス封入のケースに小分けされていて、長持ちします。
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新幹線で帰ります。静岡は、またいつか出直します。



by gipsypapa | 2020-02-12 08:35 | | Trackback | Comments(2)

清水港 清水魚市場

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ブログは時間的に順番が逆になっています。沼津御用邸公園を車で最初に着いたのは清水港。この傍にこの日の宿があります。ここで遅めの昼食を食べました。

清水港(しみずこう)は静岡市清水区にある港湾。港湾法上の国際拠点港湾に指定され、また、中核国際港湾にも指定されていて、神戸港・長崎港と共に『日本三大美港』の一つに数えられるそうです。日本で消費されるマグロの約半分は清水港で揚がり、水揚げ日本一を誇る港です。

清水魚市場
静岡市清水区島崎町149 河岸の市
撮影 : 2019.12.16
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清水魚市場には「いちば館」と「マグロ館」があり、やや遅い時間でしたが観光客で賑わっていました。
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「いちば館」はその名の通り魚市場。一部には飲食店もあります。
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北側にあるのが「まぐろ館」。ここは2階建てで、海鮮料理の飲食店が並んでいます。
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どこも似たような品揃えだったので、適当に1階にある「清水港魚河岸 漁師めし岸家」という店へ。
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午後3時近くで、ピークを過ぎていたので、店内はゆったりできました。
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窓際の漁港が目の前に見える席です。
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私は駿河釜揚げ丼。1350円。
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海鮮丼。1350円。
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特上海鮮丼。1960円。これ息子です。



by gipsypapa | 2020-02-11 08:58 | | Trackback | Comments(2)

興津宿を歩く

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清見寺がある興津清見寺町は、古代には清見関(きよみがせき)と息津(おきつ)駅が置かれたところです。
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清見寺からJR興津駅に歩く途中にある説明版。
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江戸時代には興津宿(おきつじゅく)と呼ばれ東海道五十三次の17番目の宿場町として発展したそうです。明治以降は鉄道が開通したことにより、西園寺公望などの元勲の別荘が建ち、避寒地として知られていたとか。
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更に歩が市側に興津宿公園がありました。

興津宿公園
静岡市清水区興津本町234
撮影 : 2019.12.16
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町役場があった場所のようです。



by gipsypapa | 2020-02-10 08:41 | | Trackback | Comments(0)

巨鼇山 清見寺庭園

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清見寺(せいけんじ)は、静岡市清水区にある臨済宗妙心寺派の寺院。山号は巨鼇山(こごうさん)、正式には「巨鼇山 清見興国禅寺」(こごうさん せいけんこうこくぜんじ)です。

清見寺は創建は奈良時代と古く、徳川家康が今川氏に人質にとられていた少年期に勉強していた寺院。ここに国の名勝に指定された庭園があります。まず、こちらは代方丈と書院の間の中庭。
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石庭です。
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書院が建てられたのは幕末の慶応3年(1876年)なので、その頃に造営されたと思います。
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書院の方に進むと主庭。本命の国の名勝に指定された庭園です。これと次の額縁写真はネットから借用しています。

清見寺庭園
江戸初期
名勝
作庭 : 山本道斎
静岡市清水区興津清見寺町418-1
撮影 : 2019.12.16
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ひょうたん池です。
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最初の築庭には徳川家康の意向が入れられ、江戸時代初期に山本道斎によって作られたといわれているとか。
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山本道斎という人はネット検索しても、この清見寺しかヒットしません。同姓同名がいましたが、幕末の人。つまり詳細不明です。
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駿府城から虎石、亀石、牛石を運んで配置したとか。
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樹木が生い茂る背後の山が接近しています。築山池泉廻遊観賞園というそうですが、現在は庭に下りることはできず、鑑賞だけです。
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書院が建立されたのは幕末の慶応3年(1876年)。一方、この庭は江戸初期に造営されたので、もともとは方丈の前庭だったのでしょう。
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今はどちらかというと、書院の庭のようになっています。
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砂が青みが火っています。
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自分は見つけられませんでしたが、ネットに水源の写真があったので、借用します。



by gipsypapa | 2020-02-09 09:02 | | Trackback | Comments(2)

清見寺 大方丈と書院の内覧

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清見寺(せいけんじ)は、鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。その頃には徳川家康は今川氏の人質として、この寺の住職、太原雪斎に師事し、当寺で勉強していたそうです。方丈の北側にある国の名勝庭園を見るために、方丈と書院に入りました。

巨鼇山 清見寺
江戸初期
設計・施工 : 不明
静岡市清水区興津清見寺町418-1
撮影 : 2019.12.16
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ここで鐘を鳴らして来訪を告げるシステムです。拝観料は300円でした。
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前回アップした2階に上がる階段が玄関脇にあります。
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大方丈へ。
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書院の裏庭。
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大方丈は文政8年(1825)に改築されたもの。
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内陣には十一面観世音菩薩の坐像が安置されています。
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外から眺めた唐破風造りの大玄関を中から。
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天井板は清見関(この周辺にあった東海道の関所)の古材を使用していて、戦いでの血痕が付いた建物の床板・縁板を、供養のため天井に張り替える血天井といわれるものだそうですが、暗くて何も見えませんでした。
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大方丈から仏殿へは渡り廊下でつながっています。
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西の間の奥には徳川家康「手習いの間」の遺搆を保存しているそうです。
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大方丈の中庭をはさんだ北東部にある書院です。
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慶応3年(1876年)に建築された、比較的新しい建物です。この北側に名勝庭園がありますが、それは次回に。
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天皇陛下がご宿泊された玉座の間。
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by gipsypapa | 2020-02-07 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

巨鼇山 清見寺

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沼津から清水港の途中にある清見寺(せいけんじ)は、静岡市清水区にある臨済宗妙心寺派の寺院で山号は巨鼇山(こごうさん)。寺伝では奈良時代の創建とか。鎌倉時代に禅寺として復興し、足利尊氏や今川義元の帰依を受けて繁栄しました。その頃には徳川家康は今川氏の人質として、この寺の住職、太原雪斎に師事し、当寺で勉強していたそうです

。江戸時代には徳川氏の庇護を受けたほか、東海道の清見関があった交通の要所でした。また駿河湾を望む風光明媚な高台にあり、東海道の目の前にあることから、朝鮮通信使や琉球使の接待がここで行われ、国の史跡に指定され、また庭園も国の名勝に指定されています。

巨鼇山 清見寺
江戸初期
設計・施工 : 不明
静岡市清水区興津清見寺町418-1
撮影 : 2019.12.16
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寺の境内を東海道本線の線路が横切っています。線路の手前にある総門。総門に掲げられている『東海名區』の扁額は、朝鮮人の錦谷居士筆によるものだそうです。
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今の境内の入り口の山門は線路を弧線橋を渡った高台にあります。
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慶安4年(1651年)に建築されたもの。
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山門の設計は左甚五郎の弟子で、釘を一本も使ってないのが、この山門の特徴だそうです。
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仏殿は天保13年(1842年)の再建。正面には釈迦如来の坐像、両脇に迦葉、阿難の両尊者の像が安置されているとか。
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咸臨丸(かんりんまる)記念碑。清見寺のHPでは「明治維新の際、清水港に於いて咸臨丸が明治政府の軍艦に砲撃され、20余名は格闘したが殺され官軍に海に投げ込まれた。その霊をあわれみ明治20年榎本武揚らが清見寺において4月17日、記念碑の除幕と法要を営んだ。」とあります。
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大玄関は唐破風造りで、元和2年(1616年)に徳川家康の3女正清院の寄進で建立されました。
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仏殿の東に建つのは大方丈。文政8年(1825)に改築され、内陣には十一面観世音菩薩の坐像が安置されています。
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石畳が美しい境内です。
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鐘楼。文久3年(1863年)の改築です。麓鐘は正和3年(1314年)の鋳造です。
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大方丈の入り口は、直角につながる2階建ての建物にあります。この部分の名称はわかりませんでした。いわゆる庫裡かもしれません。
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2階に上がることができました。法事が終わった後のようです。
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2階からの眺め。大方丈が見えています。
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鐘楼が眼下に。部屋の蛍光灯がガラスに写ってしまいました。
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ネットにあった電車が通過する写真を借用しています。

by gipsypapa | 2020-02-06 08:37 | 建築 | Trackback | Comments(0)