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日下山 願泉寺庭園

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地下鉄御堂筋線で天王寺から2駅目の大国町で降りて願泉寺(がんせんじ)を訪ねました。願泉寺は浄土真宗本願寺派の寺で、山号は日下山。寺伝では、推古天皇11年(603年)に小野妹子の8男、多嘉麿義持(永証)により創建されたという歴史ある古刹です。

第二次大戦前には、当時国宝に指定されていた伊達政宗の寄進した書院や茶室があったそうですが、1945年の大阪大空襲で焼失してしまいました。 相阿弥(そうあみ、生年不明 - 1525)の作庭といわれる枯山水の庭園は石組みが戦災を免れ、現在は大阪府の名勝となっています。

相阿弥は室町時代の絵師、鑑定家、連歌師で、龍安寺方丈庭園や慈照寺庭園を手がけたといわれています。いずれにしろ室町時代の人で、大阪府文化財一覧に記載されている江戸時代中期の作庭とは合致しません。多分、江戸中期に大規模な改修が行われたと思われます。

日下山 願泉寺庭園
室町後期 / 江戸中期
大阪府指定名勝
作庭 : 相阿弥(伝)
大阪市浪速区大国2-2-27
撮影 : 2019.10.31
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門をくぐって境内へ。
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本堂は戦後の築です。庭の場所がわからず、電話したら親切に出迎えて案内していただきました。
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庭は本堂の裏側にあります。
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本殿などすべて戦災で焼けてしまいましたが、この庭の石組みだけは残ったと仰っていました。
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枯山水の庭ですが、この滝口の下には水溜りがありました。
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向こうに見える建物は新しいものですが、伊達政宗寄進の書院があった場所と思われます。庭はいわゆる方丈前庭だったようです。
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奥に井戸と・・・
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茶室。伊達政宗が寄進したという茶室を意識して建てられたのでしょう。
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茶室の横に小さな築山。
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書院があったと思われる建物側。
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やはり、こちらからの眺めが本命のようです。
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石組みが見事。
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よく手入れされている庭園で満足でした。
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庭の場所がわかりにくいのと、入り口の格子戸が施錠されているので、あらかじめ電話したほうがよさそうです。
電話: 06-6641-0084

by gipsypapa | 2019-12-30 13:22 | | Trackback | Comments(2)

天王寺公園

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今回訪ねた名園慶沢園や茶臼山、市立美術館などは天王寺公園の一部です。長い歴史を持つ公園で、起伏に富んだ園内は天王寺動物園や植物温室、カフェ、レストランなどもあり、行楽客や若者が多い公園でした。最初の写真はネットから借用しています。

1903(明治36)年に開かれた第5回内国勧業博覧会の会場跡地の東側を1909(明治42)年に公園として整備して天王寺公園として開園しました。ちなみに、跡地の西側は通天閣がある新世界になったそうです。

天王寺公園
1909(明治42)年
大阪市天王寺区茶臼山町5-55
撮影 : 2019.10.31
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あべのハルカス。JR天王寺駅の南側にあります。間違って南に出てしまいました。天王寺公園は反対の北側です。
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1:沈床花壇 2:小川の小径 3:バラのアーチ 4:水上ステージ 5:植物温室 6:映像館 7:展示コーナー 8:旧黒田藩屋敷長屋門 9:美術館 10:慶沢園 11:茶室(長生庵) 12:河底池 13:水生花園 14 :わんぱく広場 15:茶臼山古墳 16:天王寺ゲート 17:美術館下ゲート 18:公園事務所 19:緑の相談室 20:通天閣 A:白雪姫時計 B:新世界ゲート C;レクチャールーム D:動物園ステージ E:展示室 F:ベビーカー貸出所
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マップの右上、16:天王寺ゲートから園内へ。
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エントランスエリア「てんしば」。約7000㎡の多目的に利用できる芝生広場を中心に、カフェ、レストラン、コンビニやフラワーショップなどがある若者向けのエリアです。
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カフェやレストランが賑わっていました。
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公園の西側へ移動。この左側にある花壇や水上ステージなどは、改修工事中で見るべきものはありませんでした。
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てんしばエリアを過ぎたところの右側に城が見えます。大阪らしいどぎつい建物ですね。かなり強烈な印象です。周辺の茶臼山町は昭和の雰囲気が残るホテル街だそうです。

ホテル醍醐
大阪市天王寺区茶臼山町3-11
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宿泊料金も安いらしいので、興味のあるかたはどうぞ。ラブホですけど。
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池上四郎第6代大阪市長の銅像。1915年に天王寺動物園が開園したときの市長です。
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正面に天王寺動物園が見えますが、ここから右折。
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慶沢園の旧黒田藩蔵屋敷長屋門に来ました。
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一回りして公園を出たら午後の1時過ぎ。お腹がすいたので天王寺の地下街へ。すぐに見つけた富士屋に入りました。

冨士屋 あべちか店
大阪市天王寺区堀越町 アベノ地下街3
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定食系が多いようでしたが、重いのでオーダーしたのは中生と天ザル。ツユが弱いのは関西だからしかたない。でも麺はかなり美味しかったです。
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地下鉄御堂筋線の天王寺駅へ。このレトロでお気に入りの駅がもうすぐ改造されるとか。どうなるのか心配です。
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1ヶ月後の12月1日に開催される大阪マラソンのラッピング。この日はまだ御堂筋沿いに行きたい庭があり、ハシゴします。



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by gipsypapa | 2019-12-29 14:24 | 公園 | Trackback | Comments(2)

大阪市立美術館

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大阪市立美術館は11年前にも近くを訪ねたことがあり、このブログにアップしていますが、今回も再び近くを通りました。天王寺公園内にある大きな近代建築の美術館。

左右対称形をした古典的な洋風建物に和瓦を屋根に使った重厚な建物です。この一帯は、もともと住友家の本邸があった所で、慶沢園を含めたこの場所を含めて大阪市に寄贈されたとか。さすが大財閥です。

前回訪ねたときはまだでしたが、2015(平成27)年に希少な戦前の大型美術館建築として、国の登録有形文化財に指定されました。鉄筋コンクリート3階建て、地下1階、塔屋付き。

大阪市立美術館
1936(昭和11)年/1979(昭和54)年改修
登録有形文化財
設計 : 伊藤正文・海上静一・日高胖(大阪市土木部建築課)
施工 : 大林組、小坂井組
大阪市天王寺区茶臼山町1-82
撮影 : 2019.10.31
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正門を入って玄関がある高台に上る階段が、ヨーロッパ風の美しい風景。
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正面に張出す玄関とホール部は一層分高い所に置いた切妻造り。左右の翼廊に展示室を配置しています。
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比較的装飾が少ないで三層構成立面のファサードに、壁頂の本瓦葺き、蛇腹や窓の洋風装飾などに和洋折衷の意匠です。
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側面や・・・
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裏側はもっと装飾がないすっきりした意匠。
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傍に白い蔵があります。美術品の収蔵庫でしょうか。
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玄関前から通天閣を眺めながら下ります。
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11年前の料金所だった建物。
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そのときは、この位置にゲートがあり、ここで切符を買って敷地に入るシステムでした。
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11年前の閉まっているゲート。今はありません。美術館の玄関が料金所になっています。
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これは料金所の反対にあった回転格子の出口。この建物も今はありません。昔は無料では入れなかった敷地全体を開放したんですね。
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今回も美術館内部には入らなかったので、中央ホールの写真をネットから借用します。
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by gipsypapa | 2019-12-28 08:44 | 建築 | Trackback | Comments(2)

天王寺公園 茶臼山

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四天王寺の南西にある茶臼山(ちゃうすやま)は、大阪冬の陣では一帯が徳川家康の本陣となり、大阪夏の陣では真田幸村の本陣となって「茶臼山の戦い」の舞台となった場所です。

もともとこの場所は5世紀ごろの全長200m近い前方後円形古墳であるといわれ、大阪府指定史跡になっています。しかし1986年(昭和61年)の発掘調査のでは埴輪や葺石などが出なかったことから、古墳ではないとする説もあるそうです。茶臼山の周囲一帯は天王寺公園となっていて、遊歩道が整備され、河底池や水生花園と一体となった公園になっています。

茶臼山古墳
大阪府史跡
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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それほど整備されていません。緑が一杯です。
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河底池を見下ろしています。
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小さな東屋。
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「わんぱく広場」という、ほとんど何もない広場。
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緩やかな坂を登れば、すぐ山頂。標高26mとは低い。大阪平野は大阪城がある上町台地を除けば全体的に低地です。
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その頂上碑には徳川家の葵の紋。先ほどの写真に見えていますが、裏側は真田家の六文銭でした。
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説明板がいくつも立っていますが、すべてが真田雪村。やはり家康より人気なのが一般的かな。
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坂を下って河底池に戻りました。



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by gipsypapa | 2019-12-27 08:38 | 公園 | Trackback | Comments(2)

天王寺公園 河底池と水生花園

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慶沢園の北側には茶臼山がありその手前に河底池(かわそこいけ)という大きな池があります。平安時代の初期に、桓武天皇の廷臣だった和気清麻呂(わけのきよまろ 733-799 )が水害を防ぐために行った大和川の流路変更のために開削工事を行い、そのときに造成した際の名残りの人造池だそうです。ちなみにその工事は失敗に終わったとか。

近年、茶臼山周辺の整備が進められており、川底池を水生花園として観光名所にするようです。池には朱色の和気橋が架かり、噴水も設置されていて、広々とした風景を楽しむことができるため、最近は外国人観光客も訪れるそうです。

河底池 水生花園
平安初期
大阪府史跡
大阪市天王寺区茶臼山町1-31
撮影 : 2019.10.31
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河底池の噴水。向こう側が茶臼山です。
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和気橋(わけばし)は1937(昭和12)年に完成。和気清麻呂にちなんで名づけられました。和気清麻呂が橋の名前の元です。
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池の東側が水生花園です、
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橋の上から見る通天閣。
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向こうが水生花園です。

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鴨がいます。
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睡蓮でしょう。初夏は美しそうです。
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見えているのは市立美術館。この後行きます。
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一旦、茶臼山に上った後、降りてきた池の東側は水生花園。
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ここも季節によっては花が一杯かも。
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和気橋の向こうに通天閣を望む絶景ポイントがありました。
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次にアップする、茶臼山から見えていた気になる和風建築は阪口楼という高級料亭です。普茶料理(ふちゃりょうり)という、隠元(いんげん)禅師が中国から伝えた精進料理を提供するそうです。隠元はいんげん豆を日本に伝えた人で、後に高槻市の普門寺に居住した禅師。普門寺はそのうちアップする予定です。

普茶料理 茶臼山 料亭 阪口楼
大阪市天王寺区茶臼山町1-30
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料亭の入り口。ネットの写真を借用しています。多分、池の反対側が門でしょう。
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池沿いを美術館方面に向かいます。
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和気清麻呂が大和川の流路変更を断念したため、水源がなくなったため池になりました。噴水で酸素補給をする必要があるんですね。



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by gipsypapa | 2019-12-26 08:33 | 公園 | Trackback | Comments(2)

慶沢園(その2)

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慶沢園(けいたくえん)は天王寺公園内にある林泉回遊式日本庭園で、元は住友家第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造園したものです。命名は伏見宮貞愛親王だそうで、大正15年(1926)に、住友家から大阪市へ寄贈されました。南側から庭園に入り、池を廻って北側を見ます。

慶沢園
旧住友家本邸庭園
1919(大正7)年
大阪市指定文化財(名勝)
作庭 : 木津聿斉、七代目小川治兵衛(植治)
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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東に廻って築山の方へ。
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竜頭石という石組み。対岸からは見つけにくく、見つけても自分のカメラの望遠では無理。ネットから借用しています。岩が左を向いた竜の頭で、サツキの植え込みが胴体になっているそいうです。
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大降りの石を敷いた州浜。
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市立美術館を背景に沢渡りの飛び石が見事。美術館ができたのはずいぶん後の1936(昭和11)年です。
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左に突き出しているのは舟形石。
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船着場そのもの。これもネットにあった対岸からの写真を借用しています。
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北側の築山に水源の滝口。
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大きな飛び石。ここを渡りましたが、山側に迂回ルートもありました。
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ほぼ一回り。
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菖蒲畑があります。
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あべのハルカスが借景になるとは植冶は想像もしなかったですよね。
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出口の右側に長生庵という茶室があります。
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予想通り敷地にも入ることはできませんが、垣根の間から見えます。
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出口は旧藤田家正門。住友家の分家だった旧藤田家の正門を1958年に移築したものです。
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門を出て振り返っています。
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門を出た周辺は旧藤田家の敷地だったところでしょう。



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by gipsypapa | 2019-12-25 09:01 | | Trackback | Comments(0)

慶沢園(その1)

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9月に四天王寺に行ったばかりですが、再び天王寺へ。そのときに時間がなく見れなかった慶沢園(けいたくえん)をお目当てに訪ねました。この日はこの後、お庭を訪ねて、御堂筋を北上しました。

慶沢園は天王寺公園内にある林泉回遊式日本庭園で、元は住友家第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造園したものです。命名は伏見宮貞愛親王だそうで、大正15年(1926)に、住友家から大阪市へ寄贈されました。

庭園の設計は明治・大正期の茶匠の木津聿斉(きづいっさい)で、施工者は植治(うえじ)こと第7代小川治兵衞で、このブログでも紹介した、平安神宮神苑、円山公園、無鄰菴など数々の庭園を手掛け、近代造園のスタイルを確立したと称えられる造園家です。

慶沢園
旧住友家本邸庭園
1919(大正7)年
大阪市指定文化財(名勝)
作庭 : 木津聿斉、七代目小川治兵衛(植治)
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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慶沢園手前にある門は旧黒田藩蔵屋敷長屋門。江戸時代中期に建てられた蔵屋敷の表門で、大阪府の有形文化財です。
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少し歩くと庭園入り口があります。入園料は150円でした。
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大きな池が主役の開放的な庭園です。
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園内に2箇所ある切り石橋の一つ。
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右岸から池を巡りました。トイレ前の蹲(つくばい)。
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絶景スポットの四阿(あずまや)です。
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その前にも蹲。
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ここからの眺めがいいので、数人か眺めていました。額縁で庭を撮影。慶沢園ではおなじみのアングルです。
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床に敷き詰めてあるのは那智黒石。三重県熊野市神川町で算出され、碁石の黒石や硯でおなじみの石です。
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もう一つの切り石橋がここにあります。
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これから左岸に向かいます。



by gipsypapa | 2019-12-24 09:16 | | Trackback | Comments(2)

旧山口藩庁門

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旧山口藩庁門は山口県政資料館と同じく、県庁の敷地にある門。幕末に長州藩主毛利敬親が藩庁を萩から山口に移したときに造られたものです。

この門は、1864年(元治元年)竣工した政事堂の門として建造され、1871年(明治4)までは山口藩庁門として使用され、それ以後も山口県庁門として引き続き使用されました。

大正初年に新しい県庁舎が竣工し、新たな正門も東寄りに築造されましたが、この門はそのまま西口の役割を果たしながら使用され続け、現在もなお使われています。脇門付薬医門で、切妻造り、本瓦葺きの山口県指定有形文化財。

旧山口藩庁門
1864(元治元)年
山口県指定有形文化財
設計・施工 : 不明
山口市滝町1-1
撮影 : 2019.10.16
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板扉で両内開き、木材は欅と松の太く豪快なものが使われ、いかにも城門らしい重厚な造りです。
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旧山口藩庁の周囲は、当時としては最新となる西洋式城郭で固められていたとか。
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その当時の堀が残っています。
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周囲は水と緑の憩いの場所でした。
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これで山口編を終わり、次回からは再び大阪へ。



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by gipsypapa | 2019-12-23 08:38 | 建築 | Trackback | Comments(0)

山口県政資料館

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山口県政資料館は山口県庁舎だった建物。明治の以降に一世を風靡した官庁建築らしい左右対称の様式主義ですが、この建物は西洋の近代的な建築様式と伝統的な和様式が融合した大正建築の粋を集めた貴重な建築物です。

正面車寄の独立石柱の意匠や主要室の天井装飾など、和や東洋建築の形をセセッション風にアレンジして取り入れるなど、大正時代に入って現れた新しい意匠傾向が感じられます。

設計は妻木頼黄(つまき よりなか)博士指導のもとに後に国会議事堂の設計スタッフとなった武田五一、大熊喜邦(おおくま よしくに)技師らいずれも日本を代表する建築家が担当しました。国の重要文化財に指定された、煉瓦造り、2階建て。

山口県政資料館
旧山口県庁舎
1916(大正5)年
重要文化財
設計 : 大蔵省臨時建築部(妻木頼黄、武田五一、大熊喜邦)
施工 : 大林組
山口市滝町1-1
撮影 : 2019.10.16
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白い石貼りですが、躯体は煉瓦造り。
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車寄せのある玄関ポーチの上はバルコニーになっています。
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天窓はドーマーという西洋建築に見られるものが並んでいます。
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入場無料です。
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玄関ホールの装飾は東洋風。
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会議室。
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部屋によって天井と灯具の形が違います。
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ここは知事室だった部屋。
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天井は大胆な形状ですね。
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1階に山口の物産を展示しています。
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大内人形がここにも。
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山口県政資料館はこの建物以外にも、旧県会議事堂がすぐそばにあるのですが、時間がなく見逃しました。



by gipsypapa | 2019-12-22 08:15 | 建築 | Trackback | Comments(0)

正宗山 洞春寺

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瑠璃光寺の西隣にある洞春寺(とうしゅんじ)。毛利元就(もうりもとなり)の菩提寺として、元亀3年(1572)に毛利輝元が安芸の国吉田の城内に開基したのが始まりだそうです。関が原の没後、慶長8年に毛利家に従って山口に、次いで慶長11年萩城内に移り、維新に際し明治2年再び山口に移って現在にいい建っているそうです。

ここは応永11年(1404年)大内盛見が天下泰平、家内繁栄の祈願所として建立した国清寺があった場所で、観音堂と山門の二つの重要文化財があります。一方、本堂は、江戸時代に焼失して再建されたものです。

正宗山 洞春寺
室町中期
重要文化財(観音堂、山門)
設計・施工 : 不明
山口市水の上町5−27
撮影 : 2019.10.16
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山門は室町中期の国清寺創建当時のものといわれる四脚門で、彫刻のない大きな板蟇又は当時の禅風山門の特色だとか。国の重要文化財。
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本堂は江戸時代の再建と思われます。詳細はわかりませんでした。
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本堂の左側に観音堂だあります。この観音堂は大内義弘の子持盛の菩提寺で、上宇野令滝の観音寺にあったものです。大正4年にここ洞春寺境内に移建されたそうです。
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室町時代の永享2年(1430年)建立だそうで、これも山門とともに国の重要文化財です。
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聖観世音菩薩と書いてあります。
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by gipsypapa | 2019-12-20 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(0)