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山口市の八坂神社

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大内弘世が室町時代の応安3年(1370年)に京都の祇園神社から勧請した神社です。素盞嗚尊(スサノオノミコト)、稲田姫命(イナダヒメノミコト)、手名槌命(テナズチノミコト)と足名槌命(アシナヅチノミコト)を祀っています。

京を模した街造りを行った大内家24代の弘世が、応安2年(1369)に京都の八坂神社を勧請して建立した神社。本殿は三間社流造り、檜皮葺きで、30代義興が永正16年(1519)に再建したもの。室町時代の様式をよく伝えているとして、国の重要文化財に指定されています。

八坂神社 本殿
1519(永正16)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
山口市上竪小路100
撮影 : 2019.10.15
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狛犬も古そう。
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拝殿。さすがに室町時代は古い。
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消えてしまいそうな絵馬。
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昔の八坂神社は、京都と同じ「祇園社」という名前でした。この扁額も当時のものか。
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左から拝殿、幣殿、本殿。
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本殿です。良い状態で維持されています。
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by gipsypapa | 2019-12-06 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(0)

山口市の河村写真館

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次にアップする八坂神社の境内脇に、今回のお目当ての一つだった写真館があります。典型的な擬洋風建築で、正面2階に手すりと、3連続アーチのベランダがあり、その上には時計台のような塔屋を載せています。

正確な建築年代は不明だそうですが、から明治20年(1887年)前後に旧士族の松原繁が写真館として建築したと考えられるとか。山口県内で最初の写真館で、毛利藩の砲術師範だった小野為八が渡米して写真術を学び、帰国後建築したといわれています。山口県指定有形文化財の木造2階建て。

河村写真館
旧小野写真館
1887(明治20)年ころ
山口県有形文化財
設計 : 小野為八か
施工 : 不明
山口市上竪小路103
撮影 : 2019.10.15
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西南側からアプローチ。
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入り口は神社側、つまり反対側です。
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下見板が変色しています。
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八坂神社への脇鳥居。
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刺激的な色の赤瓦。
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表側へ回りました。

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営業していないような。



by gipsypapa | 2019-12-05 08:20 | 建築 | Trackback | Comments(0)

山口ふるさと伝承総合センター まなび館 酒樽茶室と庭

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ふるさと伝承センターは明治時代に建築された古い造り酒屋を保存整備した「まなび館」と、新しい「たくみ館」、そして明治時代の大架構の民家を再現した「みやび館」からなっています。

旧野村家住宅は萩往還道路の竪小路に面した酒造商家だった重厚な建物で、明治中期に建てられたものです。今回は珍しい茶室と庭をアップします。

山口ふるさと伝承総合センター まなび館
旧野村家住宅
1886(明治17)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
山口市下竪小路12
撮影 : 2019.10.15
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まったく予備知識なく、前を通りかかって、この看板とくぐり門を発見したのが「まなび館」を訪ねた理由でした。
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門をくぐったら目の前にある酒樽茶室。さすがに酒屋です。この茶室が造られたのは戦後だそうです。
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中を見ることができます。
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見事な網代天井。
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書院の前庭は酒樽茶室がある日本庭園。
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奥に見えている蔵も本屋と同じ時期、明治17年築の国の登録有形文化財です。
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雑草が目立ちますね。もう少し手入れしたほうが良いかと。
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敷地にある蔵はホタルの飼育場らしいです。
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山口ふるさと伝承総合センターには他にも「みやび館」という、明治24年に建てられた豪農・美祢家の居宅がありますが、見逃しました。


by gipsypapa | 2019-12-04 08:15 | | Trackback | Comments(2)

山口ふるさと伝承総合センター まなび館本屋

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ふるさと伝承センターは明治時代に建築された古い造り酒屋を保存整備した「まなび館」と、新しい「たくみ館」、そして明治時代の大架構の民家を再現した「みやび館」からなっています。

旧野村家住宅は萩往還道路の竪小路に面した酒造商家だった重厚な建物で、明治中期に建てられたものです。昭和59年には野村家から山口市に寄贈され、平成2年度に山口市長寿社会事業の一環として改築整備されて、伝統工芸常設展示として一般公開されています。

造り酒屋の店舗兼住宅として建てられた、平入り,土蔵造り,2階建て町家。通り土間に沿って2列3室、計6室の部屋を並べた構成で,梁や差鴨居に太い松材を用いた重厚な意匠が貴重として、国の登録有形文化財に指定されています。

山口ふるさと伝承総合センター まなび館
旧野村家住宅
1886(明治17)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
山口市下竪小路12
撮影 : 2019.10.15
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竪小路に面した店構え。
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1階の店舗部分だったところ。
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吹き抜けになっています。
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地元の名産品などが展示されています。売り物ではありません。
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これは大内人形。室町時代に守護大名として長くここを収めた大内家由来の人形です。大内塗りと呼ばれる漆塗り。ここでは値段がわかりませんでしたが、土産物店で見ると予想以上に高かったです。可愛いけど、手が出ませんでした。
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写真ではわかりにくいのですが、これはでかい。
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この飾り、ぶら下がっているのはセミ?いえ、ホタルでした。

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2階へ。
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梁は大な木が使われています。
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古い屏風が飾ってありました。
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居住区への玄関は脇の庭側にあります。
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色んな展示もやっているようで、このときは古い大工道具でした。
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書院。
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書院には前庭があります。
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庭は次回に。
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by gipsypapa | 2019-12-03 08:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)

大内氏館跡 池泉庭園

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龍福寺のすぐ東の一角に大内氏の第9代当主、大内弘世(おおうちひろよ)が築いた居館、大内氏館跡があります。弘世は京に似て山に囲まれた盆地である山口を選び、ここに京の街を模した街造りをしたそうです。

大内氏歴代の当主はここで政務をとり、第16代当主大内義隆が、天文20年(1551年)に家臣、陶晴賢の謀反にあって自害し、館が焼失するまでの約200年間にわたって西日本の政治、経済の中心地でした。

大きな池がある庭園は、1400年代末につくられ、大内氏が滅亡する1500年代中頃まで使われたと考えられています。中央部にひょうたん池がある池泉式の庭園で、水は庭園東側の水路から導入しています。そういう意味では池水庭園ですね。

平成4年から発掘調査で発見され、平成23年に16世紀前半の形に復元整備されました。周囲には、庭を鑑賞する建物だったと思われる基礎石や石組井戸なども復元して展示されています。

大内氏館跡 池泉庭園
室町時代 / 2011(平成23)年復元
史跡
作庭 : 不明
山口市大殿大路119
撮影 : 2019.10.15
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やはり室町時代らしい、中島がある素朴な景観です。
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池のたもとにソテツが植樹されていますが、これは1488年当時の史料にも出ているそうです。
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当時から国際交流も盛んだった証拠でしょう。
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北東にある導水路。
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グーグルの航空写真。龍福寺と池水庭園の位置関係がわかります。



by gipsypapa | 2019-12-02 08:18 | | Trackback | Comments(2)

瑞雲山 龍福寺

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龍福寺(りゅうふくじ)は曹洞宗の寺院で山号は瑞雲山。龍福寺は建永元年(1206年)大内満盛が別の場所に創建した臨済宗の寺でした。延元元年(1336年)大内弘直が再建して弘直の菩提寺となりました。

その後は、長く大内家の菩提寺となっていましたが、第16代当主大内義隆が、天文20年(1551年)に家臣の陶晴賢(すえ はるかた / すえ たかふさ)が謀反(大寧寺の変)にあって自害し、寺も焼失してしまいました。弘治3年(1557年)に、大内氏の次に周防の国の守護代になった毛利隆元の開基によって現在地(大内氏館の跡地)に移され、自害した義隆の菩提寺として復興したそうです。

本堂は入母屋造、檜皮葺き。室町時代の建立ですが、明治14年(1881年)に山門など一部を残して全焼。翌年、大内氏の氏寺である氷上山興隆寺(山口市大内氷上)の釈迦堂(室町時代建立)を移築して本堂としましたものです。その本堂も老朽化のため、平成になって改修工事が行われました

。学術調査を基に、後世の改造部分を復旧して室町期当初の状態に復元したそうです。室町時代の代表的な寺院建築として国の重要文化財に指定され、また境内全域が大内氏館跡(国の史跡「大内氏遺跡 附 凌雲寺跡」の一部)としても整備されています。

瑞雲山 龍福寺本堂
室町中期 / 1882(明治15)年移設 / 2012(平成24)年改修
史跡
重要文化財
設計・施工 : 不明
山口市大殿大路119
撮影 : 2019.10.15
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南側から長い参道を北進しました。
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紅葉のトンネル。秋はきれいでしょう。
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山門です。
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境内の右には鐘楼。
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大内氏の家来衆を祀っているようです。
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境内の左側に小さな庭。
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滝口があり、良い景色ですが、手前のネットが味消しですね。
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本堂です。
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正面がガラス戸になっていますが、これは平成の改修時に追加されたのでしょう。
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一度境内を出て、側面から本堂を見ています。手前に砂丘がありますが、意味はわかりません。
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本堂の左に資料館。
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大内義隆の像です。
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本堂の右側は庫裡でしょう。
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唐破風の玄関。庫裡も明治15年前後の建立だと思います。
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西側の参道に南と違う石碑。こちらは禅寺になっています。

by gipsypapa | 2019-12-01 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(0)