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柳谷観音 楊谷寺(その1)参道から表門へ

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京都西山三山(楊谷寺、善峯寺、光明寺)の最後は楊谷寺(ようこくじ)です。西山浄土宗の寺院で、通称は柳谷観音(やなぎだにかんのん)。山号は立願山です。

独鈷水(おこうずい)の寺として、また近年は「紫陽花の寺」としても知られています。寺伝では清水寺の開祖延鎮が大同元年(806年)に開山したとされ、延鎮が夢告によりこの地で十一面千手千眼観世音菩薩像を感得し、堂を建て安置したのが始まりとされるそうです。その後に延鎮が清水寺に帰った後には、空海が度々、ここで修行をしたとか。

境内には京都府指定文化財の本堂や山門、庫裏、本堂などがあり、また江戸時代中期の作庭で京都府指定名勝の浄土苑があります。境内全体が山の斜面に広がり、見所が多いので、数回に分けてアップします。

立願山 楊谷寺(柳谷観音)
江戸時代
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市浄土谷堂ノ谷2
撮影 : 2019.7.17
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この日、17日は月に1度の縁日です。この日だけ、後に紹介する上書院が特別公開されるので、訪ねることに。
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縁日なので、参道にいくつか出店がありました。
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参道に茶楼玉屋というよさそうな店があります。
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その奥には陽光桜苑。今年4月1日に開園したばかりだそうです。
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城のような石垣。
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表門は江戸時代中期に建立された四脚門で、門柱の前後に控柱を二本ずつ立てた四本の脚で支えています。従来は天皇や皇族、またはその使者のみ開門する、勅使門でしたが、今は誰もがここから入るようになっています。京都府登録有形文化財。
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門に上部に方位盤。磁石です。
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両脇には風神と・・・
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雷神。
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手水舎は「瀧の口」という名前です。
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普通の龍の吐水と思っていたら・・・・・
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手水鉢の下に面白いものを発見。
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四隅を支えているのは餓鬼でしょうか。
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次は本堂へ。


by gipsypapa | 2019-08-30 08:10 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その3)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。

それらを3回に分けてアップしてきましたが、これが最後です。なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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春光院 – 堀尾吉晴が創建。重要文化財の南蛮寺(なんばんじ)の鐘と狩野永岳の方丈襖絵を所有。龍泉派に属する。
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大通院 – 開基一柳直末が創建。開山は妙心寺58世南化玄興で、天正14年(1586年)に建立されている。山内一豊夫妻霊屋がある。東海派に属する。
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大龍院 – 中村一忠が慶長11年(1606年)に妙心寺80世鉄山宗鈍を開祖として創建した。霊雲派に属する。
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玉龍院 – 生駒一正が慶長3年(1589年)に妙心寺99世大川紹潙を開祖として創建。龍泉派に属する。
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通玄院 - 開基寺西信之、開山は妙心寺219世虚櫺了廓。かつては即心院と称していた。創建年代は諸説ある。明治11年(1878年)、水月院を合併している。龍泉派に属する。
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霊雲院 – 妙心寺 4派のうち霊雲派の本庵。妙心寺25世大休宗休が師の特芳禅傑を勧請開山として大永6年(1526年)に創建した。国の重要文化財後奈良天皇宸翰円満本光国師号勅書、狩野元信筆の琴棋書画図を有し、天文12年(1543年)に建立されたと伝わる書院も重要文化財となっている。相国寺慈雲庵の子建和尚による作庭と伝えられる枯山水庭園は「霊雲院庭園」として名勝・史跡に指定されている。
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門から少しだけ前庭が見えます。
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ネットにあった国の名勝の庭園の写真を2枚。
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聖沢院 – 妙心寺 4派のうち聖澤派の本庵。妙心寺18世天蔭徳樹が師の東陽英朝を勧請開山として、帰依していた土岐政房や細川氏の援助により大永3年(1523年)に創建した。一旦寺勢は衰えるものの、早川長政の援助を得て庸山景庸が文禄3年(1594年)に再興した。本堂、書院、庫裏および表門が1999年(平成11年)に京都府の文化財に指定されている。国の重要文化財摩利支天画像のほか、片山尚影の十牛図や獅子図、狩野典信の麒麟図や竹林七賢図を所蔵する。
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どの塔頭の屋根を撮ったか、今となってはわかりませんが、いくつかアップします。
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by gipsypapa | 2019-08-29 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その2)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。

それらを3回に分けてアップしています。なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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長慶院 - 豊臣秀吉の正室である北政所の姉妹長慶院(木下家定娘)が慶長5年(1600年)に創建。開山は妙心寺71世東漸宗震。明治11年(1878年)に相楽郡の妙法寺と合併して妙法寺を名乗っていたが、明治38年(1905年)旧称に復した。聖澤派に属する。
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お茶と食事ができるようです。庭もよさそうですが、時間がなく断念。

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雲祥院 - 開基千坂景親(宗策居士)、開山海山元珠。 「亀仙庵」(千坂景親の法名「鶴齢院殿亀仙宗策居士」からの由来)として慶長3年(1598年)創建。 その後、方広寺鐘銘事件で祥雲寺にいた海山元珠が徳川家康の思惑に沿わない見解を述べたため、家康から祥雲寺が没収されるに至ったが、その際に海山元珠は師の 南化玄興と豊臣秀吉遺児豊臣鶴松(棄君)の木像を背負って妙心寺に帰ったと伝えられている。 その後、自坊「亀仙庵」を祥雲寺の名を逆さにした「雲祥院」と改名した。明治11年(1878年)に熊谷半次創建の瓊林院と合併している。東海派に属する。
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光国院 - 開基松平忠隆、開山梁南禅棟。元和6年(1620年)創建。松平忠明創建の実相院を明治11年(1878年)に合併している。龍泉派に属する。
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隣華院 – 脇坂安治が創建。長谷川等伯筆方丈襖絵「水墨山水図」(国の重要文化財)、狩野永岳筆襖絵を所有。東海派に属する。
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天球院 – 寛永8年(1631年)池田輝政の妹天久院が創建。狩野山楽・山雪らが描いた方丈障壁画152面あまりが重要文化財。東海派に属する。
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金牛院 - 環陵を開祖として慶安3年(1650年)創建。東海派に属する。
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智勝院 – 稲葉貞通が創建。開祖は単伝士印。慶長2年(1597年)創建。絹本著色稲葉一鉄像を所蔵する。東海派に属する。
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麟祥院 – 春日局開基の菩提寺。開山は碧翁愚完(鍋島勝茂の子)で、寛永10年ないし同11年に建立された。創建当初は現在の花園高校の位置に敷地があったが、明治30年(1897年)に現在地へと移っている。春日局の父斎藤利三と親交が深かった海北友雪筆による方丈襖絵(西湖図、雲龍図、瀟湘八景図)を所有。元和年間に後水尾天皇より拝領した釣殿が春日局の霊屋として境内にあり、小堀遠州によるものと伝わる同木像がある。東海派に属する。
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by gipsypapa | 2019-08-28 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺の塔頭巡り(その1)

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妙心寺には全部で塔頭は47か院あり、うち山内塔頭だけでも37か院あるとかで、とても見切れるものではありませんが、庭園目的に常時一般開放されている塔頭を巡るついでにいくつか覗きました。それらを3回に分けてアップします。

なおそれぞれの寺院についての詳細は調べきれません。したがって、解説はウィキペディア他から原文のまま引用しています。

妙心寺 塔頭
京都市右京区花園妙心寺町64
撮影 : 2019.7.10
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龍泉庵 – 妙心寺四派のうち龍泉派の本庵。妙心寺10世景川宗隆が文明13年(1481年)に創建した。国の重要文化財、長谷川等伯筆「枯木猿猴図」所蔵(実物は京都国立博物館に寄託)。本堂、庫裏、書院、鐘楼及び表門が京都府の文化財に指定されている。
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天授院 - 妙心寺 2祖、授翁宗弼により康暦2年(1340年)に創建される。国の重要文化財、法華経譬喩品を所蔵する。
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雑華院 - 開基牧村利貞が弟で妙心寺79世一宙東黙を開祖として天正11年(1583年)に創建した。東海派に属する。
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微妙殿 - 昭和40年代に新しく建てられた微妙殿。妙心寺二世微妙大師の遠諱記念事業で建立。
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塔頭めぐりの路地は数箇所の曲がり角があります。
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海福院 – 福島正則開基。夬室智文開祖。公家町尻家(福島正則縁者)菩提寺。東海派に属する。
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蟠桃院 – 前田玄以が創建。伊達政宗が大檀越に加わり伊達家菩提寺となる。東海派に属する。
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養徳院 - 開基は石川光重、開山はその兄弟で妙心寺67世の功沢宗勲。天正11年(1583年)創建。蘭叔玄秀による酒茶論の軸、曽我直庵筆の鷹図、鑑真伝来と伝わる鉄鉢を所蔵する。東海派に属する。
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大雄院 - 開基は石川光忠、開山は慧南慧譲。石川氏の菩提寺として慶長8年(1603年)創建。現在の方丈は享保2年に改築されたものである。柴田是真筆による郭子儀図を含む襖絵を所蔵する。東海派に属する。
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by gipsypapa | 2019-08-27 08:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)

妙心寺 桂春院(その2)思惟の庭と真如の庭

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妙心寺境内で、もう一箇所公開されている塔頭の桂春院(けいしゅんいん)は、京都市右京区花園にある臨済宗の寺院です。安土桃山時代末期(1598年)の創建です。

庭園は江戸時代の作庭で、主に書院前庭、東庭、方丈南庭の三つに分かれていて、三様の趣きがあり、飛び石伝いにつながっています。以上の三つの庭のほかに清浄の庭という坪庭があり、変化に富んだ景観です。

妙心寺 桂春院庭園
江戸時代
史跡・名勝
作庭 : 不明
京都市右京区花園寺の中町11
撮影 : 2019.7.10
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露地門「梅軒門」の先は、3つめの外露地の庭「思惟の庭」へと繋がっています。
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苔に覆われた蹲踞(つくばい)。
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花頭窓を通して見えるのは傍を通った「清浄の庭」。
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縁側を通って方丈へ。
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方丈の東側に広がるのは「思惟(しい)の庭」。梅軒門から飛石が延ぶ露地庭です。
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方丈は寛永8年(1631年)に建立された単層入母屋造りの建物で、本堂も兼ねていて、京都府指定有形文化財に指定されています。
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戸が開放されていて、見事な襖絵を見ることができます。狩野山楽の弟子である狩野山雪(かのう さんせつ、1590-1651)による襖絵が飾られています。
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この「金碧松三日月図」は、かつては仏壇背後に貼り付けられていたもので、襖絵に改装されたそうです。
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方丈南側の庭園は「真如(しんにょ)の庭」。霧島ツツジ、馬酔木などの植栽がよく手入れされ、その向こうは苔庭てす。
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この「真如の庭」だけは、方丈の隅に用意されている履物を履いて散策できるのがうれしい。
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方丈前の曲線を描くような刈り込みの右は苔庭です。
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生垣の外側の露地を半周することができました、
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左側は「思惟の庭」ですが、これ以上は行けません。
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生垣の外から見た方丈。
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寺の玄関脇の前庭が見えています。



by gipsypapa | 2019-08-26 08:26 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 桂春院(その1)清浄の庭と侘の庭

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妙心寺境内で、もう一箇所公開されている塔頭の桂春院(けいしゅんいん)は臨済宗の寺院。安土桃山時代末期(1598年)の創建です。なお、最初の写真はネットから借用しています。

庭園は江戸時代の作庭で、主に書院前庭、東庭、方丈南庭の三つに分かれていて、三様の趣きがあり、飛び石伝いにつながっています。以上の三つの庭のほかに清浄の庭という坪庭があり、変化に富んだ景観です。

また、書院の東北隅に、千利休の子である茶人・宗旦(そうたん)の門弟四天王の一人、藤村庸軒ゆかりの草庵風茶室「既白庵(きはくあん)」があるとか(非公開)。庭園は国の史跡・名勝に指定されています。

妙心寺 桂春院 庭園
江戸時代
史跡・名勝
作庭 : 不明
京都市右京区花園寺の中町11
撮影 : 2019.7.10
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桂春院の外塀。
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表門。方丈と同じく江戸時代初期の建立と思われ、京都府指定有形文化財です。
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玄関手前にもよく手入れされた庭があります。
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玄関で受付。拝観料は400円と良心的でした。
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よく庭園とかに広げてある大きな日傘でしょうか、古ぼけたものが玄関脇にありました。
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玄関から書院に向かう途中にある「清浄の庭」。
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見逃しそうな壺庭で、紀州の青石などの岩を並べて白砂で造った清流と、石組みで造った枯れ滝などを表しています。
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ネットから借用した写真を2枚。
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狭いながら石組みがいいですね。
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書院は1631(寛永8)年に長浜城から茶室とともに移築されたと伝わる建物で、京都府指定有形文化財。
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書院からの眺めが美しい侘(わび)の庭。
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書院から茶室、既白庵(きはくあん)に通じる露地庭です。既白庵は内部だけでなく、外観も非公開。
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梅軒門と猿戸によって内露地と外露地に分かれています。
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梅軒門の先は、3つめの外露地の庭「思惟の庭」へと繋がっています。
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書院の北側にあるという既白庵の写真がネットにあったので借用します。
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by gipsypapa | 2019-08-25 08:17 | | Trackback | Comments(0)

妙心寺 大心院

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大心院(だいしんいん)は妙心寺の塔頭寺院で、開基は細川政元、勧請開山が景川宗隆として創建。その後、天正年中に細川幽斎の尽力によって妙心寺内に移転して中興されたそうです。

1645(寛永21)年に建てられた本堂と玄関、江戸末期の1768(明和5)年建立の書院などを中心とした伽藍があります。また境内には「切石の庭」と「阿吽の庭」という枯山水の庭があり、一般公開されています。

妙心寺 大心院
江戸時代
設計・施工 : 不明
京都市右京区花園妙心寺町57
撮影 : 2019.7.10
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門を入ったら左側が玄関。正面に見えているのが本堂です。1645(寛永21)年の建立。
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玄関手前に古い井戸があります。
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本堂です。大広間なので、ネットでは方丈と書かれているのもあります。
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縁側の端に古ぼけた杉戸絵。
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本堂南庭の「切石の庭(きりいしのにわ)」です。苔地と白砂の州浜が左右に広がり、中央に花壇。今は何も見えませんが、牡丹が咲くそうです。手前に敷石の参道が通っています。作庭時期は昭和とわかっているので、このあと出てくる「阿吽の庭(あうんのにわ)と同じ中根金作の作庭かもと思いましたが、確認できませんでした。

切石の庭
昭和期
作庭 : 不明
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左端に見える建物は祖堂(そどう)。1666(寛文6)年の建立です。
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本堂の反対側には中庭。霧島ツツジの古木があります。
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向こうに見える建物は宿坊です。一般客も往復はがきで申し込めば、泊まれるとか。
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戸が開いている部屋がありました。
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東側にある書院まで来ました。1768(明和5)年建立。
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書院前の枯山水の庭は「阿吽の庭」です。築山の手前に苔地と白砂、奇岩で州浜を表現しています。合計で17個の石が並んでいるそうで、コンパクトながら変化のある枯山水庭園が楽しめます。作庭は退蔵院の余香苑で紹介した中根金作です。

阿吽の庭
1965(昭和40)年
作庭 : 中根金作
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これ以降はネットの写真を借用します。
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by gipsypapa | 2019-08-23 08:08 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その4)余香苑

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。

境内にある最後は四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」です。 昭和の「小堀遠州」と称えられた中根金作(なかね きんさく)が作庭した美しい庭園です。

退蔵院 余香苑
1963(昭和41)年
京都府指定名勝
作庭 : 中根金作
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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陰陽の庭から西に進みと六角形をした東屋が見えてきます。
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音色の良い水琴窟でした。手前に立っている竹の筒を耳に当てて聴きます。
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その向こうには小さな売店。
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その西奥にあるのは大休庵。庭を一望できるお茶席です。
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お抹茶(瓢鮎菓子付)一服500円。売店で申し込むそうです。
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少し下がったところが庭園の絶景ポイント。
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大きな藤棚があります。
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咲いているときの写真はHPから借用しています。
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瓢箪池に水が流れ込む池泉回遊式庭園です。
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三段落ちの滝。
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遠くに鴨のつがいが来ていました。
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庫裡の前にある蹲(つくばい)です。



by gipsypapa | 2019-08-22 07:45 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その3)陰陽の庭

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40余りの塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。

境内には、史跡名勝・枯山水庭園「元信の庭」、そして四季折々の景色が美しい池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」などがあります。陰陽の庭は砂の色が異なる2つの枯山水で構成され、陰の庭に8つ、陽の庭に7つ、合計15の石が配されています。

退蔵院 陰陽の庭
詳細 : 不明
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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方丈の南側の狭い露地を進みます。
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余香苑の石碑があり、右が入口です。
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露地門。
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欄間にナマズがいます。
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門の正面には紅しだれ桜。この左右に陰陽の庭があります。
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咲いている写真が退蔵院のHPにあったので借用します。
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門をくぐって右側にあるのが「陰の庭」です。
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薄黒い砂に深い砂紋のはずですが、光の加減でしょうか、あまり黒さを感じませんでした。
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HPにある写真はそれなりに黒いです。
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左側に広がるのは白砂敷きの枯山水「陽の庭」。苔島に2石を組み、刈り込み沿いに5石の石を配置しています。
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砂紋は「陰の庭」と比べると浅いようです。
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陰陽の庭は余香苑の中にあるので、次に出てくる池泉の庭と同じ、中根金作の作庭かとも思いますが、明確な記述は見つかりませんでした。
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「羅漢石」という立て札が立っています。
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余香苑の奥にある池泉の庭へ向かいます。



by gipsypapa | 2019-08-21 08:58 | | Trackback | Comments(2)

妙心寺 退蔵院(その2)元信の庭

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退蔵院(たいぞういん)は臨済宗妙心寺派大本山、妙心寺の塔頭です。妙心寺の山内には40弱の塔頭がありますが、退蔵院はそのうちでも屈指の古刹として知られています。

境内には、史跡名勝の枯山水庭園「元信の庭」や四季折々の景色が美しい枯山水の「陰陽の庭」、池泉回遊式庭園「余香苑(よこうえん)」があります。

方丈の西側にある「元信の庭」という枯山水の庭園。室町時代の画家・狩野元信が70歳近くに作庭したと伝えられる庭です。多数の庭石を豪快に組むだけでなく、背景に各種の常緑樹を植え、一年中変わらない美しさ「不変の美」を求めたといわれ、国の名勝に指定されています。

退蔵院 元信の庭
室町時代
名勝・史跡
作庭 : 狩野元信(伝)
京都市右京区花園妙心寺町35
撮影 : 2019.7.10
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庭の手前に柵があって近づけません。
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方丈内部も通常は公開されていないので、西の縁側には行けず、この角度からはこれが精一杯。
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北側が見えにくいので、ネットにあった石橋が見える写真です。



by gipsypapa | 2019-08-20 08:39 | | Trackback | Comments(2)