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長岡京市を巡る

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京都西山の寺院を訪ねて、何回か長岡京市に来ました。長岡京へのアクセスはJR京都線の長岡京駅か阪急電車の長岡天神駅から。今回は光明寺を目指してJR長岡京駅から出発です。駅のプラットフォームの写真はウィキペディアから。
撮影 : 2019.6.18

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JR長岡京駅前広場。
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22年前までは神足(こうたり)という駅名でした。個人的には長くなじんだ駅名です。
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神足は駅舎の住所(長岡京市神足2丁目)で、江戸時代からの村名だったので、歴史的には意味がありますが、長岡京市になり、かつ長岡天神の最寄り駅のイメージを出すためでしょうか、平成7年に長岡京に改名しました。
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バスの待ち時間があったので、駅前にある交流センターに入ってみました。
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広い空間に椅子があります。朝は8時30分から、夜10時まで開いていて、市民の憩いの場でもあるようです。
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「FMおとくに」という地域のコミュニティ放送局。ちなみに「おとくに」は「乙訓たけのこ」で有名なタケノコの産地にちなんでいるのでしょう。また乙訓寺が近い場所です。
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光明寺からの帰り、周辺を散策しました。寺から下ってきたところにある京都西山短期大学。
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更に下ったところに煙突がある建物がありますが、詳細不明です。
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その下に「いっぷく亭」があります。この前を通るのは13年ぶりですが、何も変わっていないようです。
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光明寺の参道入り口近くにある町屋風の民家。
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ほうきを売っています。手作りでしょうね。
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参道前の道には巨岩。さすがに産地。閉まっていましたが朝掘り筍の店があります。
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京都西山周辺は竹林が多いのです。特にこの周辺は「乙訓たけのこ」で有名です。
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少し南に行ったところに洋館がありました。カフェです。

カフェ&ミュージック〝TATRA〟(タトラ)
京都府長岡京市粟生六反田1-2
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のどは渇いていましたが、開いているかどうかよく分からず、中には入りませんでした。
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バスに乗って駅に戻り、一杯飲んで帰ります。長岡京へは、この数週間後にまた訪ねることになりました。



by gipsypapa | 2019-07-31 08:32 | | Trackback | Comments(2)

大慈山 乙訓寺

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13年前に訪ねた光明寺を整理していて、同じときに行った乙訓寺(おとくにでら)の写真が出てきたので、ついでにアップします。

乙訓寺は京都府長岡京市にある真言宗豊山派の寺院。「牡丹の寺」として知られています。寺伝では推古天皇の勅命により聖徳太子が建立したと言われている古刹です。創建の正確な事情や時期は不明ですが、境内で出土した瓦の年代から、長岡京造営以前、奈良時代の創建と推定されています。建造物は本堂、鎮守八幡社、鐘楼、表門と裏門が長岡京市指定文化財です。

大慈山 乙訓寺
江戸時代
長岡京市指定文化財
設計・施工 : 不明
京都府長岡京市今里3-14-7
撮影 : 2006.2.18
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表門。
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本堂も市の文化財。
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鐘楼も立派です。
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牡丹の寺です。本堂前に花壇がありますが、2月は季節はずれ。
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市の文化財の鎮守八幡社。
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牡丹は咲いていませんが、ミカンが鈴なりでした。
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裏門から出ます。
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牡丹の季節の写真をネットから借用しています。
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by gipsypapa | 2019-07-30 08:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

報国山 光明寺(その2)

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光明寺(こうみょうじ)は西山浄土宗の総本山で、法然が初めて「念仏」の教えを説いた地でだそうです。また紅葉の名所としても広く知られています。 境内には建造物が32棟あり、そのうち17棟が長岡京市指定文化財です。

報国山 光明寺
京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1
撮影 : 2006.2.18 & 2019.6.18
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御影堂がある高台から長い階段で下へ。
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下から御影堂を見上げています。
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階段の正面にあるのは庫裡。
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右に見えるのが勅使門。この向こうに釈迦堂があり、その前に「信楽庭(しんぎょうにわ)」があります。今回はそれを見るために来たようなものなので、庫裡で聞いたら「秋の紅葉時期にだけ一般公開している」とか。知らなかった~!残念。
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本玄関。釈迦堂や信楽庭には、ここから入って行くのでしょうね。
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新しそうな建物。
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「圓光大師火葬跡」とあります。
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専門寮という表札がある門。ここから更に下の段へ。
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小さな庭があり・・・
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ここにも手水舎。
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講堂という立て看板がある建物。
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入り口の門に「専門寮」とあったので、この周辺で僧侶たちが学んでいるのでしょうか。
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市の有形文化財の薬医門をくぐって帰ります。13年前の2月の写真です。
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新緑のモミジのアーチ。秋の紅葉の名所として知られる理由です。
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紫陽花が咲いていました。
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信楽庭を見ることができなかったので、以下はネットにあった写真を借用しています。
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ちなみに信楽庭がある釈迦堂の参観は秋の紅葉の季節のみ。その時期だけは有料です。

by gipsypapa | 2019-07-29 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

報国山 光明寺(その1)

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善峯寺(よしみねてら)に行ったときに、京都西山三山の存在を知りました。その一つ、光明寺(こうみょうじ)が自宅から近く行きやすいので、再訪することにしました。調べると前に参拝したのは2006年、13年前のことでした。

光明寺は西山浄土宗の総本山で、法然が初めて「念仏」の教えを説いた地でだそうです。また紅葉の名所としても広く知られています。 境内には建造物が32棟あり、そのうち17棟が長岡京市指定文化財です。

また釈迦堂の前座「信楽庭」 という枯山水の庭があり、これを見たくて訪ねましたが、期間限定公開とのことで、残念ながら見ることはできませんでした。

報国山 光明寺
京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1
撮影 : 2006.2.18 & 2019.6.18
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善峯寺の参道にあった、京都西山三山の看板。ここ光明寺の参道入り口にも立っていました。
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長岡京市指定文化財の総門。
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上り坂の途中にある閻魔堂。
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総門から本堂に向かう緩やかな坂道が表参道です。通称「女人坂」と呼ばれています。本堂までかなり高低差がありますが、緩やかなので上りやすかったです。
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本堂(御影堂)の右側にある建物は勧化所(かんげしょ)です。勧化とは、「仏さまの教えを説き、信心を勧める」という意味だとか。
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その隣にある白い建物は経蔵で、その前の木は「法然上人袈裟掛の松」です。その名のとおり法然上人が日本で最初に念仏を唱えたときに、脱いだ袈裟を掛けたという言い伝えからきているのでしょうが、さすがにそんなに古い松ノ木ではなさそう。
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経蔵は1707(宝永4)年の建立で、何度か改修が行われたようです。
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鐘楼にかかっている梵鐘は1949(昭和24)年に鋳造されたたもので、「遣迎鐘」(けんこうがね)といいます。
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手水所の鉢は蓮の花。
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光明寺の中心的な建物が御影堂(みえどう)。いわゆる本堂に相当します。御影堂には、法然上人自作の「張子の御影」が祠られているそうです。建物は応仁の乱や、その後の何度かの火災で、当初の建物は残っていません。現在のお堂江戸時代中期に再建されたもので、入母屋、総欅(ケヤキ)造りの長岡京市指定文化財。

御影堂
1754(宝暦4)年
長岡京市指定文化財
設計・施工 : 不明
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内部の写真は13年前に撮ったものです。
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これ以降も13年前の写真です。
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御影堂の右側にある弥阿陀堂。これは御影堂より後に再建された長岡京市指定文化財。

弥阿陀堂
1799(寛政11)年
長岡京市指定文化財
設計・施工 : 不明
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次回は石段を降りて、下にある境内へ。

by gipsypapa | 2019-07-28 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都西山 善峯寺(その4)蓮華寿院の庭

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善峯寺(よしみねでら)は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれた古刹。西国三十三所観音霊場の第20番札所として参拝客が多いところです。

境内の高台、一番奥にある奥の院、薬師堂の裏側に池泉廻遊の庭があります。蓮華寿院の旧跡にあるので「蓮華寿院の庭」といわれています。作庭時期は大正時代とのこと。善峯寺のお目当ての一つでした。

京都西山 善峯寺「蓮華寿院の庭」
大正時代
作庭 : 不明
京都市西京区大原野小塩町1372
撮影 : 2019.6.4
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薬師堂の裏側の蓮華寿院旧跡にあります。
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正面奥に山からの水が流れ込んでいるはずですが、見えません。やはり晴天続きのせいでしょう。
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下ります。
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蓮華寿院旧跡から一段下がったところにもう一つ池。青蓮の滝です。石仏不動明王が小さく見えています。
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ここも水がたれているだけ。滝とはいえません。
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極彩色の鯉を発見。
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本堂の裏まで下ってきました。
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この建物は書院です。

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これで一周しました。帰ります。



by gipsypapa | 2019-07-26 08:36 | | Trackback | Comments(2)

京都西山 善峯寺(その3)

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善峯寺(よしみねでら)は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれた古刹。西国三十三所観音霊場の第20番札所として参拝客が多いところです。

観音堂右手の石段を上った一画には鐘楼、護摩堂、経堂、多宝塔(重要文化財)、開山堂、遊龍の松(天然記念物)、桂昌院廟、十三仏堂などがあり、そこからさらに上ったところに釈迦堂、阿弥陀堂。境内のもっとも奥には薬師堂(奥の院)、青蓮院宮墓地などがあります。

京都西山 善峯寺
京都市西京区大原野小塩町1372
撮影 : 2019.6.4
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更に上を目指しています。途中にある幸福地蔵。
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この一帯は「白山 桜あじさい苑」。春はしだれ桜、夏は紫陽花が咲くところです。紫陽花は咲き初めですが、少し早すぎます。
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鎮守社です。十三仏堂、弁財天堂、毘沙門堂と護法堂の四社があり、全て元禄5年(1692)建立です。

鎮守堂 4棟
1692(元禄5)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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この門をくぐると・・・・
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桂昌院廟があります。善峯寺復興大檀那の桂昌院遺髪を納めた廟所で、宝永2年(1705)に建立されました。
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これは、宝篋印塔。鎌倉時代に、慈鎮和尚が納めた伝教大師筆の法華経を入れてあるようです。

宝篋印塔
鎌倉時代後期
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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釈迦堂に来ました。本尊の釈迦如来は源算上人御作と伝わり、他の堂宇より新しく、明治中期の建立です。

釈迦堂
1885(明治18)年
設計・施工 : 不明
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手水舎の水盤も明治時代なので近代的。
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木鼻の龍の彫刻。
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更に上にある薬師堂へ向かいます。狛犬はこちら側の釈迦堂のもののようです。
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少しの場追ったところに稲荷神社。
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さらに上へ。
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ひらがなで「けいしょう殿」とあります。昭和62年に花山法皇西国札所中興一千年を記念して建立された新しい東屋で、見晴がよい場所に建っています。
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ほぼ一番高いところに建つ薬師堂。本尊は薬師如来で江戸時代初中期の建立。昭和63年現在の地に移築されたそうです。

薬師堂
1701(元禄14)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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この向こうにお目当ての池泉の庭があります。

by gipsypapa | 2019-07-25 08:25 | 建築 | Trackback | Comments(2)

京都西山 善峯寺(その2)

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善峯寺(よしみねでら)は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれた古刹。西国三十三所観音霊場の第20番札所として参拝客が多いところです。

観音堂右手の石段を上った一画には鐘楼、護摩堂、経堂、多宝塔(重要文化財)、開山堂、遊龍の松(天然記念物)、桂昌院廟、十三仏堂などがあり、そこからさらに上ったところに釈迦堂、阿弥陀堂。境内のもっとも奥には薬師堂(奥の院)、青蓮院宮墓地などがあります。

京都西山 善峯寺
京都市西京区大原野小塩町1372
撮影 : 2019.6.4
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山の斜面に諸堂が散らばっています。城の石垣のようです。
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上ったところにある鐘楼堂(つりがね堂)は江戸時代中期に、桂昌院が徳川5代将軍綱吉公の厄年にあたり寄進されて建立されたものです。、“厄除けの鐘”と云われているそうです。

鐘楼堂
1686(貞享3)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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そのすぐ脇にある護摩堂。本尊は五大明王(不動・降三世・軍荼利・大威徳・金剛夜叉の五尊)で、これも鐘楼堂のしばらく後の元禄5年に桂昌院により建立されました。

護摩堂
1692(元禄5)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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護摩堂から少し上った一帯は見所満載です。国の天然記念物の遊龍の松遊龍の松は桂昌院お手植えだとか。
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五葉松で樹齢600年以上、全長37mで地を這うように伸びる巨大な松。
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奥に主幹が見えています。
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臥龍の遊ぶ様に見えることから、安政4年に、花山前右大臣家厚公により〝遊龍〟と命名されたそうです。
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元は全長50mあったそうですが、25年ほど前に松くい虫の被害にあい、15mほど切断されたとか。
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善峯寺のシンボルとして、日本一の松として愛されています。
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このパノラマ写真はネットから借用しています。
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この一帯には2棟のお堂が並んでいます。多宝塔も江戸時代初期の建立。賢弘により再建されたもので、檜皮葺の三間多宝塔で本尊は愛染明王です。国の重要文化財に指定されています。

多宝塔
1621(元和7)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
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その横にあるのは経堂。これも江戸時代中期に桂昌院により寄進されたお堂です。傅大士(ふだいし)という西暦6世紀このの中国南北朝時代の僧を奉安し、鉄眼版一切経(てつげんばんいっさいきょう)が納められているそうです。

経堂
1705(宝永2)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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扉が開いていました。興味深い内部へ。
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六角の柱に引き出しがぎっしり並んでいます。鉄眼版一切経が入っているんでしょう。
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鉄眼版一切経は仏教百科事典ともいわれるものだそうです。
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古来インドで出来た経文は梵文で、これを中国語に訳した高僧が玄奘三蔵法師達で、日本に広めたのが鉄眼禅師だそうです。
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手前は経堂、向こうが多宝塔。
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東側の山道を進むと開山堂があります。開山源算上人の廟所で、上人117歳の尊像が祠られています。

開山堂
1685(貞享3)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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開山堂は眺望が良いところです。遠くに京都の街が見えています。
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by gipsypapa | 2019-07-24 08:39 | 建築 | Trackback | Comments(0)

京都西山 善峯寺(その1)

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善峯寺(よしみねでら)は平安中期の長元2年(1029)源算上人により開かれた古刹です。建久3年(1192)後鳥羽天皇より現在の「善峯寺」の宸額が下賜され、また白河天皇や後花園天皇により伽藍寄進整備がなされ、更に後嵯峨天皇や後深草天皇など皇室の御崇敬をうけた由緒ある寺院です。

室町時代には僧坊が52棟あったそうですが、応仁の乱により大半の坊が焼失しました。その後、江戸時代には徳川5代将軍綱吉公の生母である桂昌院の寄進によって、鐘楼・観音堂・護摩堂・鎮守社・薬師堂・経堂が復興されました。建築物の1棟は国の重要文化財、13棟が京都府文化財。山号は西山で、西国三十三所観音霊場の第20番札所として参拝客が多いところです。

京都西山 善峯寺
京都市西京区大原野小塩町1372
撮影 : 2019.6.4
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善峯寺を「よしみねでら」のように訓読みするのは、あまり多くないと思います。
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京都西山三山だそうです。光明寺は一度行ったことがあります。
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三山の位置がわかる地図。楊谷寺は不便みたいですが、いつか行こうと思っています。
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着いたときに観光バスが1台入っていました。関西では西国三十三所巡りの日帰りツアーが新聞広告によく出ています。
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かなりきつく長い参道を登ると東門。
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くぐって右に行って,更に階段を上り山門に向かいます。
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山門(楼門)。江戸時代中期建立の三間一戸の楼門形式のお堂です。楼上には本尊文殊菩薩と脇侍二天があったとかですが、今は文殊寺宝館に移されています。楼下の金剛力士は、運慶作で源頼朝寄進と伝えられているそうです。参拝の受付はここで行います。

山門(楼門)
1716(正徳6)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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拝観料は500円でした。
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運慶作という金剛力士像。
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運慶といえば平安時代末期から鎌倉時代初期に活動した仏師なので、相当古い。
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江戸時代中期に桂昌院の寄進により再建された入母屋造りのお堂です。本尊千手観音は仁弘法師御作で、西国三十三所観音霊場の第20番札所の本尊です。脇本尊千手観音は源算上人御作で、京都洛西観音霊場の第1番の本尊です。納経(朱印)・御守はこのお堂で授与します。

観音堂(本堂)
1692(元禄5)年
京都府指定文化財
設計・施工 : 不明
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納経帳のはここで記帳してもらいます。
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京都府指定歴史資料の参詣曼荼羅。ネットの写真を借用しています。
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裏に本坊がありますが、門は閉まっていました。

by gipsypapa | 2019-07-23 09:26 | 建築 | Trackback | Comments(0)

真宗本廟 東本願寺(その2)

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東本願寺の続きです。東本願寺は、江戸時代に4度も火災にあっているので「火出し本願寺」と揶揄されたそうです。現存ある建造物の多くはどんどんが、明治期の再建です。今年(2019年)に東本願寺境内の建物6棟が「重要文化財」として指定されることになりました。

真宗本廟 東本願寺
京都市下京区常葉町754
撮影 : 2019.5.24
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阿弥陀堂の北側にある御影堂へ縁側を通って向かいます。
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渡り廊下でつながっています。造合廊下(つくりあいろうか)と呼ばれるもので、高床の吹放し。唐破風造りで約5,5mの梁間に虹梁を架け輪垂木天井がむき出しになっています。前後に出梁で縁葛を支え擬宝珠高欄を付け,床下にも桁行,梁間に虹梁を架けるなど凝った造りとなるとして、国の登録有形文化財に指定されています。

造合廊下
1894(明治27)年頃
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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御影堂へ到着。
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縁側を通って。御影堂門が正面に見えます。
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高廊下と・・・
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その先に見えるのは参拝接待所。
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高廊下を東に進むと、
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現代的なギャラリーがありました。
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その東にある参拝接待所。HPでは、帰敬式をはじめ、真宗本廟収骨、読経などの申込み、御本尊等受付、懇志受付、総合案内など、東本願寺(真宗本廟)参拝の総合窓口だそうです。

参拝接待所
1934(昭和6)年
設計・施工 : 不明
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阿弥陀堂門は、切妻造り四脚門で、唐破風の屋根があります。江戸時代中頃に、「唐門」の名称で建てられたものが原型。現在の、御影堂門と同じく明治44年の再建です。国の重要文化財の木造四脚門。

阿弥陀堂門
1911(明治44)年再建
重要文化財
設計・施工 : 不明
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他にも少なくとも3箇所に立派な門があるようですが、いずれも閉まっているか、開いていても入れないのパスしました。
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広大な敷地です。写真の壁は南側築地塀といい、国の登録有形文化財に指定されています。
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今も敷地のほぼ3面に堀が残っています。
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このあと京都タワーかJR京都駅でお昼を食べるつもりでしたが、どこも行列と満席。海外旅行客に加えて、修学旅行生が多かったです。しかたなく、駅構内で駅そばといハメになってしまいました。京都市内は恐るべし。
by gipsypapa | 2019-07-22 08:26 | 建築 | Trackback | Comments(0)

真宗本廟 東本願寺(その1)

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東本願寺は真宗大谷派の本山です。 慶長7年(1602年)に本願寺第十二代の教如が開基しました。東本願寺の名は通称で、正式名称は「真宗本廟(しんしゅう ほんびょう)」だそうです。「お東」や「お東さん」という愛称で親しまれています。 山号はありません。

東本願寺は、江戸時代に4度も火災にあっているので「火出し本願寺」と揶揄されたそうです。現存ある建造物の多くはどんどんが、明治期の再建です。今年(2019年)に東本願寺境内の建物6棟が「重要文化財」として指定されることになりました。

真宗本廟 東本願寺
京都市下京区常葉町754
撮影 : 2019.5.24
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御影堂門前にある噴水は武田五一の設計です。睡蓮の蓮華を表現しています。大正7年の初めに疎水から本願寺水道が引かれたときのものですが、第2次大戦で損壊したため、現在の物は戦後に復元されました。10年前にアップした写真をどうぞ。

東本願寺前噴水
1918(大正7)年 / 1946年以降復元
設計 : 武田五一
蓮華設計 : 竹内栖鳳
施工 : 不明

御影堂門
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御影堂門(ごえいどうもん)は高さ約28mの入母屋造り、三門形式の大型の二重門。中央上部に「真宗本廟」の扁額があります。彫刻や細部の意匠も優れていて、寺院の正門として堅固で壮大な構えになっています。

上層には、釈迦如来像が中央にあり、脇侍として向って右側に弥勒菩薩像、左側に阿難尊者像の三尊が安置されているそうですが、内部は非公開です。京都三大門(東福寺、知恩院)の一つに数えられています。国の登録有形文化財の木造二重門。

御影堂門
1911(明治44)年再建
重要文化財
設計・施工 : 不明
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御影堂
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御影堂(ごえいどう)は、境内のほぼ中央に建つ道場形式の堂宇です。重層入母屋造りという形式で、外観が二重屋根なので2階建てに見えますが、下部は建物の建物の高さを高くせず内部空間を広げるために、柱頭のあたりから廂 (ひさし) を四方に取付けた裳階(もこし)で平屋、つまり単層建築です。

堂内は、「内陣」、「外陣」、「参拝席」に分かれています。設計・施工は尾張国の工匠の棟梁の名跡、9世伊藤平左衛門(いとう へいざえもん、1829 - 1913年)。国の重要文化財の木造平屋建て。

御影堂
1895(明治28)年再建
重要文化財
設計・施工 : 伊藤平左エ門(棟梁)
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門を入って境内へ。御影堂と阿弥陀堂が並ぶ手前は、何の樹木もなく、だだっ広い空間。なかなかない寺院の風景です。
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手水屋形も重要文化財に指定されましたが、詳細はわかりませんでした。
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鐘楼
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大型の鐘楼は阿弥陀堂の東側の離れた位置にあります。国の重要文化財です。

鐘楼
1894(明治27)年
重要文化財
設計・施工 : 不明

阿弥陀堂
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阿弥陀堂は、御影堂の南側に並びで建つ仏堂で、本尊・阿弥陀如来を安置する本堂です。屋根は瓦葺きの単層入母屋造り。仏堂の大きさとしては全国7位だとか。御影堂と同様に阿弥陀堂内も、内陣・外陣・参拝席に分かれているそうです。国の重要文化財の木造平屋建て。

阿弥陀堂
1895(明治28)年再建
重要文化財
設計・施工 : 伊藤平左エ門(棟梁)
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阿弥陀堂と御影堂には靴を脱いで上がることができます。無料でした。
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堂内にも入ってお参りすることができますが、撮影禁止です。
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縁側を伝って再び北側の御影堂へ。

by gipsypapa | 2019-07-21 09:14 | 建築 | Trackback | Comments(0)