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梅宮大社 東神苑(その2)

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東神苑は祭神である木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)にちなんで咲耶池(さくやいけ)という名の池を中心とした庭園。明治時代に整備して仕上げたのは、小川治兵衛と並び造園師の双璧と言われた奥田音吉(植音)です。

中島には、江戸時代の末、1851(嘉永4)年に建てられた池中亭(ちちゅうてい)が、また池岸には、1934(昭和9)年に昭和天皇の即位式の茶室を下賜された参集殿(さんしゅうでん)が建ち、その周りには多くの草花や花木が植えられていて、独特の雅な風景を楽しめます。

梅宮大社 東神苑
元禄年間(1688~1704) / 明治~大正時代(整備拡張)
作庭 : 奥田音吉(植音)。不明
京都市右京区梅津フケノ川町30撮影 : 2019.5.7
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参集殿

マップに更衣室と表示されているのは参集殿。昭和天皇の即位式で使われた茶室を移設したものです。縁側風の張り出しが高床で、咲耶池に向かう面はガラス戸になっている和モダンな建物です。木造平屋建て。

参集殿
1925(昭和元)年か? / 1934(昭和9)年移設
設計・施工 : 不明
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咲耶池に張り出した高床のテラスがあります。
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池の反対側に玄関。
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池中亭

咲耶池にあるもう一つの建物は茶室です。島の中にある茶席「池中亭」は「芦のまろ屋」ともいわれ茅葺きの建物です。江戸時代の末に建てられました。

池中亭(芦のまろ屋)
1851(嘉永4)年
設計・施工 : 不明
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『夕されば 門田(かどた)の稲葉(いなば) 訪れて 芦のまろ屋に 秋風ぞ吹く 大納言 源 経信』と書いてあります。平安時代の梅津の里の風景を歌った百人一首だそうです。
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大納言経信(源経信)が詠んだ歌の石碑。
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咲耶池のほぼ中央にある、風雅な茶室です。
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土俵のそばを通って、北神苑に向かいます。



by gipsypapa | 2019-06-30 08:26 | | Trackback | Comments(0)

梅宮大社 東神苑(その1)

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梅の名所として知られる「梅宮大社」には回遊遊式庭園の神苑があります。境内を取り巻く神苑のうち東側は元禄年間(1688~1704)に最初の整備がなされたとiいわれています。現在、神苑は本殿の東、北、西の周囲3方を囲むように配置されています。

東神苑は江戸時代には現在の半分ほどの広さだったとか。明治から大正にかけて拡張され、さらに昭和40年代後半に池の改修とともに北神苑や西神苑の整備が行われ、現在見るような姿となったそうです。明治時代に整備して仕上げたのは、小川治兵衛と並び造園師の双璧と言われた奥田音吉(植音)です。

東神苑は祭神である木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)にちなんで咲耶池(さくやいけ)という名の池を中心とした庭園で、元禄年間の作庭といわれています。

梅宮大社 東神苑
元禄年間(1688~1704) / 明治~大正時代(整備拡張)
作庭 : 奥田音吉(植音)
京都市右京区梅津フケノ川町30
撮影 : 2019.5.7
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適切な境内マップが見つかりませんでした。これ、過去に開催されたコスプレの大会用のものなので、更衣室のマークがありますが、これは次回アップする参集殿です。また、注意書きに「拝殿・土俵は撮影禁止」とありますが、これはコスプレ大会限定で、普通の拝観は問題なく撮影できました。
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社務所で拝観料550円払ってチケットをもらい、境内を横切って東門から入ります。
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簡易的に閉まっていますが、無人。自分で開けて入ります。
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門をくぐると正面に咲耶池。
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ネット情報では花菖蒲(はなしょうぶ)がきれいとありますが・・・・
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相変わらず花菖蒲と杜若(かきつばた)さらにアヤメの区別がつきません。早めの時期ですが、咲き始めています。
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一面の睡蓮。ハスの花が咲くにはもう1ヵ月ほど待つ必要があります。
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咲耶池は大きいので池泉舟遊式とも。
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霧島ツツジは満開で見事。
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もう半周しますが、それは次回に。



by gipsypapa | 2019-06-28 08:46 | | Trackback | Comments(2)

梅宮大社の社殿

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梅宮大社は松尾大社から東に進み、桂川に架かる松尾橋からしばらく東進したところにあります。この神社も酒造守護の神社として、また梅の名所として親しまれている神社です。

奈良時代に山城国の有力氏族だった橘氏の祖である県犬養三千代(あがたのいぬかいのみちよ)夫人が祀られたことに始まり、平安時代に現在地に遷座したと伝えられます。中世までは、藤原氏、あるいは橘氏の守護神として崇敬を集めましたが、応仁・文明の乱で荒廃し、江戸時代に復興されました。

京都の梅の名所として知られる「梅宮大社」には、それ以外にも回遊式庭園の神苑があり、松尾大社を参拝したあとに、行ってみることにしました。

境内には京都府有形文化財に指定されている本殿や楼門など、社殿の多くは元禄年間(1688~1704)に復興されたもので、現在の東神苑にあたる一角も、同じ時期に最初の整備がなされたものと言われています。

梅宮大社
京都市右京区梅津フケノ川町30
撮影 : 2019.5.7
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随身門、いわゆる楼門は江戸末期の造営。境内の主要社殿は、1698(元禄11)年の火災による焼失したため、江戸幕府5代将軍綱吉の命で亀岡城主が奉行となり、1700(元禄13)年に再建されたそうです。台風大破のため、拝殿は1828(文政11)年に、この随身門は1830(文政13)年の再造営されました。京都府登録文化財の木造2階建て門。

随身門(楼門)
1830(文政13)年
京都府登録文化財
設計・施工 : 不明
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酒造守護の神社だからでしょうが、楼門の2階に酒樽が並ぶのは珍しい。
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八坂神社や松尾大社と同様に、仁王様ではなく隋神が2体。
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豊磐間戸命(とよいわまとのみこと)と奇磐間戸命(くしまどのみこと)。門を守る祭神です。
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楼門の手前に西梅津神明社があります。
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何かの撮影会のようです。この一行とは神苑でも会いました。
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拝殿です。ここも松尾大社と同様に本殿のずいぶん手前に独立して建っています。拝殿も1828(文政11)年に再造営されたもので、京都府登録文化財。

拝殿
1828(文政11)年
京都府登録文化財
設計・施工 : 不明
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拝殿といいながらも、舞台になっています。
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拝殿の向こうに見えるのが拝所と回廊。その奥に本殿の屋根が見えています。
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拝所の奥に本殿があります。現存の本殿は1700(元禄13)年に建造されたといわれますが、何回か改修されているようです。京都府登録文化財。

本殿
1700(元禄13)年
京都府登録文化財
設計・施工 : 不明
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拝所の右に伸びる瑞垣にも祈りの場があります。
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隙間の向こうにあるのは境内社の若宮社で、これも京都府登録文化財。
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回廊の左側には同じく境内社で京都府登録文化財の護王社です。
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他にも稲荷神社や・・・
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末社の八社があります。
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これ、お百度参りの見切り石だそうです。
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神苑に入るには、ここの社務所で拝観の手続きをします。550円でした。

by gipsypapa | 2019-06-27 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(0)

松尾大社 松風苑「蓬莱の庭」

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松尾大社境内には「松風苑(しょうふうえん)」として、昭和50年(1975年)に完成した神苑があります。松風苑は「曲水の庭」次に「上古の庭」、最後に「蓬莱の庭」の三つから成っています。いずれも近代の作庭家、重森三玲(しげもり みれい、1896 - 1975)の最晩年の作です。昭和の日本庭園を代表するものの1つといわれます。最後は蓬莱の庭です。

「蓬莱」は仙人が住むと言われていた仙境の一つ。岩の間から流れ出す水が鶴形の池に注いでいます。蓬莱の島を表現した石が数多く点在する、仙境を表現した廻遊式庭園です。池の曲線が美しい鎌倉風の庭園といわれ、一周することができ、場所によって変化する風景を楽しむことができます。

重森三玲が基本構想を固めた後に入院したため、意匠設計と工事監理を長男の重森完途(しげもりかんと 1923 - 1992)が受け継ぎました。

松尾大社 松風苑「蓬莱の庭」
1975(昭和50)年
作庭 : 重森三玲+重森完途
京都市西京区嵐山宮町3
撮影 : 2019.5.7
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他の庭は楼門を入った西側にありますが、蓬莱の庭は楼門外にあります。
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客殿の向こう側、見逃しそうな小さな入り口です。
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池の曲線は、いわゆる「らしい」形です。
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左側の建物は客殿。右が瑞翔殿と思われます。
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北側に水の取り入れ口。やはり水不足か、あまり勢いがありません。
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客殿と瑞翔殿の間の空間にも小庭があります。「瑞翔殿庭園」といわれ、1997(平成9)年に孫の重森千青(ちさを)氏が作庭した庭でした。
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真鯉がたくさん泳いでいます。
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重森千靑氏の解説。




松尾大社を後にして、梅宮大社に向かいます。

by gipsypapa | 2019-06-26 08:09 | | Trackback | Comments(0)

松尾大社 松風苑「上古の庭」

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松尾大社境内には「松風苑(しょうふうえん)」として、昭和50年(1975年)に完成した神苑があります。松風苑は「曲水の庭」次に「上古の庭」、最後に「蓬莱の庭」の三つから成っています。いずれも近代の作庭家、重森三玲(しげもり みれい、1896 - 1975)の最晩年の作です。昭和の日本庭園を代表するものの1つといわれます。

今回は上古の庭です。松尾大社の裏山にある磐座(いわくら)は、本来は神のいる場所のことでしたが、徐々に石そのものを神体として祭祀の対象とするようになったそうです。上古の庭は磐座信仰を主題にして作られていて、人の手を感じさせないことを意識して作られた庭です。

松尾大社 松風苑「上古の庭」
1975(昭和50)年
作庭 : 重森三玲
京都市西京区嵐山宮町3
撮影 : 2019.5.7
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神像館に向かって右の奥にあります。
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この角度から見ると自然な感じで、作られた庭には見えません。
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植えてあるのはミヤコザサ。イネ科のタケ・ササ類で、名前は京都の比叡山で発見されたことによるそうです。
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「重森三玲が最後にたどり着いた無我の境地」といわれていますが、自分には高尚過ぎるようです。
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ネットにあった裏山から撮った写真を借用しています。ここには行けませんでした。
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再び重森千青氏の解説。





なお、ネット情報によると、今年2019年の6月15日~9月14日までの3ヶ月間は葵殿、神像館とその周りの回廊の改修工事のため、上古の庭の拝観はできないそうです。お気をつけください。

by gipsypapa | 2019-06-25 08:19 | | Trackback | Comments(0)

松尾大社 松風苑「曲水の庭」

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松尾大社境内には「松風苑(しょうふうえん)」として、昭和50年(1975年)に完成した神苑があります。松風苑は「曲水の庭」次に「上古の庭」、最後に「蓬莱の庭」の三つから成っています。正確にはもう一つ「即興の庭」もあります。

いずれも近代の作庭家、重森三玲(しげもり みれい、1896 - 1975)の最晩年の作です。昭和の日本庭園を代表するものの1つといわれます。最初は「曲水の庭」と「即興の庭」から。

松尾山から流れ出る御手洗川を引き込んでいます。曲水の庭は平安時代の貴族たちが行った、曲水の宴の舞台とされた庭を現代的に表現したもので、中央に小川が蛇行して流れています。高い木がない庭で、築山のサツキ刈り込みの中の石組みが力強く豪快。小川の周りの柔らかな曲線との対比が印象的な、明るい雰囲気の庭です。形式的には「枯山水流れ」というそうです。

松尾大社 松風苑「曲水の庭」
1975(昭和50)年
作庭 : 重森三玲
京都市西京区嵐山宮町3
撮影 : 2019.5.7
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向こうに見える葵殿と北側にある神像館という宝物館の前に広がっています。
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もらったパンフレットは重森三玲の孫の重森千青(ちさを)氏によるものです。
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神像館に登る階段の左に枯山水の庭。
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即興の庭は実際に即興で作られたようです。
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これも重森千青氏の解説。
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廊下の下をくぐって上古の庭へ。



by gipsypapa | 2019-06-24 08:19 | | Trackback | Comments(2)

松尾大社 社殿(その2)

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松尾大社は大宝元年(701年)、京都盆地の西一帯を支配していた秦氏が、現在の本殿の場所に社殿を建立したとされています。秦氏は酒醸造と販売を営んだ豪商だったこともあり、日本一の酒の神様として知られています。御祭神は大山咋神(おおやまぐいのかみ)と中津島姫命(なかつしまひめのみこと)。

松尾大社にはいわゆる末社がいくつかあります。また本殿の背後にある松尾山は、太古の昔から、山頂近くに「磐座(いわくら)」と呼ばれる、神が降臨するという岩があり、この地に住む人々が山の神として崇め、信仰してきました。

松尾大社
京都市西京区嵐山宮町3
撮影 : 2019.5.7

相生の松。黒松と赤松が一つの根から生え出た松のことだとか。縁結びや和合、長寿の象徴です。
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横長の社殿は神輿庫(みこしこ)。
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酒の神様なので杉玉。
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本殿の南側に末社が4社並んでいます。
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向かって右から衣手社、一挙社、金刀比羅社、祖霊社の四社。
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境内の北側にあるのが社務所。
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ここに松風苑の一角に入るための受付があります。拝観料は500円でした。
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社務所の手前にある神使いの庭。亀と鯉がいます。
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滝登りの鯉。
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知られていませんが、なかなか面白い庭でした。
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回廊の下をくぐると・・・。
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右にもう一つ受付。まっすぐ行くと亀の井周辺へ。無料です。
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松風苑に行くには社務所でもらったパンフレットを見せないと行けません。
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亀の井は、涸れることのない霊亀の滝の手前にある霊泉。酒造家はこの水を酒の元水として造り水に混ぜて使ったとか。
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また延命長寿・蘇りの水としても有名で、近隣の人たちが汲みに訪れているそうです。
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本殿北側の御手洗川岸に、四大神社、三宮社が相殿であります。
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霊亀の滝の前には、滝御前社。
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霊亀の滝ですが、滝は見えません。この時期は雨が降らなかったので仕方がないです。円山公園で水が流れていなかったのもこのせいか。
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HPの写真を借用します。これが普通?
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楼門を出た左側にある客殿。現在は様々なイベントやコンサートに使われるそうです。
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この先、東に蓬莱の庭があります。庭の紹介は次回から。

by gipsypapa | 2019-06-23 08:49 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松尾大社 社殿(その1)

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酒の神様として有名な神社です。松尾大社は大宝元年(701年)、京都盆地の西一帯を支配していた秦氏が、現在の本殿の場所に社殿を建立したとされています。秦氏は酒醸造と販売を営んだ豪商だったこともあり、日本一の酒の神様として知られています。御祭神は大山咋神(おおやまぐいのかみ)と中津島姫命(なかつしまひめのみこと)。

本殿は、室町時代初期の応永4年(1397年)に再建されたのち、天文11年(1542年)に大改修されたもので、他にも江戸初期の楼門などの社殿が残っています。神苑を目当てに訪ねましたが、さすがに社殿も見どころが多いので、2回に分けてアップします。

松尾大社
京都市西京区嵐山宮町3
撮影 : 2019.5.7
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赤い鳥居に何かぶら下がっています。榊の枝が12本。
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「脇勧請(わきかんじょう)」と呼ばれる、鳥居の原始形式を示すものだとか。
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楼門は江戸時代初期の1667(寛文7)年の建立で、その後に何度も改修されています。京都府暫定登録文化財の木造2階建て。

楼門
1667(寛文7)年
京都府暫定登録文化財
設計・施工 : 不明
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京都府暫定登録文化財は、一定の価値を有し、府指定又は府登録の基準を満たす可能性があるものだとか。公的補助を拡大する目的で作られたようです。
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楼門の左右に随神を配置するのは、八坂神社と同じです。
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楼門をくぐると広大な境内。
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小川があります。これは追ってアップする蓬莱の庭から流れ出ています。
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亀は水を吐いています。
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ここにも亀。
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松尾大社では亀が神のお使いです。
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正面にある大きな建物は拝殿。これだけ本殿から離れた位置に拝殿があるのは珍しいです。これも江戸期に建立された、京都府暫定登録文化財の木造平屋建て。

拝殿
江戸時代
京都府暫定登録文化財
設計・施工 : 不明
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その奥に見えるのは「中門」といわれる拝所。普通はこれが拝殿と呼ばれることが多いところです。これも江戸期に建立された、京都府暫定登録文化財の木造平屋建て。

中門
江戸時代
京都府暫定登録文化財
設計・施工 : 不明
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奥に本殿が見えています。
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瑞垣の手前には日本一の酒の神様にふさわしい酒樽が並んでいます。
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北門。この向こうに神庫があるはず。
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檜皮葺きの回廊とその向こうにある釣殿です。これらも京都府暫定登録文化財。

回廊、釣殿
江戸時代
京都府暫定登録文化財
設計・施工 : 不明
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手前が釣殿で向こうが本殿。本殿は大宝元年(701)の創建以来、皇室や幕府の手で改築され、現在のものは室町初期の1397(応永4)年の建立で、1542(天文11)年に大改修されたものです。
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裏側から本殿の屋根が見えます。松尾造りと呼ばれる特殊な両流造り。棟の端が唐破風形になっているのは他に類例がなく、中世の特色を遺憾なく発揮しており、松尾大社で唯一、国の重要文化財に指定されている、木造平屋建て。

本殿
1397(応永4)年 / 1542(天文11)年改修
重要文化財
設計・施工 : 不明
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ネットにあった本殿の写真を借用しています。

by gipsypapa | 2019-06-22 07:48 | 建築 | Trackback | Comments(2)

松尾大社から梅宮大社へ

平成から令和へ移行する前後の10連休が明けました。天気に恵まれた連休明けの翌日は、穴場の日かなと考え、場所も京都のど真ん中でなく人が少なそうな、松尾大社と梅宮大社をお参りすることにしました。お目当ては庭園です。撮影 : 2019.5.7
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高槻市駅で阪急電車京都線の特急に乗り換え。
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桂駅で嵐山線に乗り換えて2駅目。
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その名も松尾大社駅で降ります。
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駅のホームはよさそうな雰囲気。
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昼間は1時間に4本と思ったより少ない運行でした。
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駅を出たら歩いてすぐに赤い鳥居が見てて来ますが、その手前に妙なオブジェのある料亭があります。トックリですね。
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京料理「とりよね」
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石碑が立っていますが、何かはわかりませんでした。
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参道を進んで小川を渡ると境内の手前。
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令和の幟。令和になってまだ一週間です。
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観光バス専用駐車場は空っぽ。連休明け翌日を狙ったのは当たりでした。
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参拝が終わって東へ。梅宮大社を目指し、桂川を渡ります。
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向こうに嵐山が見えています。梅宮大社までは、歩いて10分くらいでした。



by gipsypapa | 2019-06-21 08:11 | | Trackback | Comments(4)

京都祇園の「萬 燕楽」

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海外から来たジプシー音楽ファンとの夕食は、祇園で、とのリクエストだったため、ネット予約していた「萬 燕楽(よろず えんらく)」に行きました。昔は茶屋だった町家を改装したとかで、私の好みでここを選んだのです。季節の料理や生麩や生湯葉などの京料理を提供する、リーズナブルで雰囲気が良い居酒屋でした。

萬 燕楽
明治初期
設計・施工 : 不明
京都市東山区祇園町南側570-143
撮影 : 2019.4.30
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夕暮れ時の祇園。こんな店がいくつもあります。
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お目当ての店の通りです。
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茶屋街だったことが偲ばれる通りにあります。築120年だそう。
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1階にはカウンター。
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予約していた2階の個室。
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これ以降の写真は食べログなどから借用しています。
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急な階段。手すりがないので怖かったです。
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祇園と聞くと、一見さんお断りとか、値段とかで、敷居が高いと思いますが、最近は変わってきているようです。この店はいつも行く大阪梅田の店よりはるかにリーズナブルでした。ネット情報はありがたいです。
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店を出ました。すぐ近くにある京都らしい通り抜けの路地裏。ここもお店です。
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食事が終わって再び八坂神社の西楼門前へ。ここから市バスに乗ってJR京都駅に行きました。



by gipsypapa | 2019-06-20 08:19 | 建築 | Trackback | Comments(2)