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鶴ヶ城公園 茶室「麟閣」

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鶴ヶ城公園の南端にある茶室「麟閣(りんかく)」は千利休の子、少庵が建てたといわれています。利休が豊臣秀吉に切腹を命ぜられたのち、少庵は、当時の会津領主の蒲生氏郷(がもううじさと)によって、会津に招かれ、保護されました。氏郷が、ここに茶室を建てて茶道振興を図ったことにより、千家茶道の命脈はつながれたわけです。少庵はのちに許され京都に戻り、千家茶道を再興。表千家、裏千家、武者小路千家と受け継がれることになります。

麟閣は明治7年に若松城が解体されるとき、石州流怡渓派森川善兵衛が政府に願い出て自宅に移築し、保存されていましたが、平成2年に、元の場所である鶴ヶ城内に移築復元されました。美しく手入れされた庭園と一体となった美しい茶室です。

鶴ヶ城公園 茶室「麟閣」
1990(平成2)年(移設・復元)
福島県指定重要文化財
設計・施工 : 不明
福島県会津若松市追手町1-1
撮影 : 2017.10.2
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門をくぐると受付があります。入園料は200円でした。
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庭はよく手入れされています。
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庭園を眺めながらお茶を楽しむこともできます。
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茶室麟閣は三畳台目(さんじょうだいめ)席の「麟閣」と、その北側に六畳間の「鎖の間(くさりのま)」をつないで一つの建物にして、屋根は茅葺きです。
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公園の南端、長い塀に囲まれた一角にあります。
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by gipsypapa | 2018-06-29 08:49 | 建築 | Trackback | Comments(4)

鶴ヶ城(会津若松城)

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鶴ヶ城は会津若松市追手町にあった城です。同じ名前の城が他にあるため、地元以外では会津若松城と呼ばれ、その方がなじみ深いです。国の史跡として若松城跡(わかまつじょうあと)の名称で指定されています。

鶴ヶ城は1384(弘和4)年に造営されたのが始まりだそうです。1593(文禄元)年に蒲生氏郷が本格的な天守閣を築城し、この時に積まれた石垣が400年以上経った現在でも残されています。現在の天守は1965(昭和40)年に外観復興再建されたもので、内部は「若松城天守閣郷土博物館」として公開されています。鉄筋コンクリート造り。

鶴ヶ城(会津若松城)
1965(昭和40)年
史跡
設計・施工 : 不明
福島県会津若松市追手町1-1
撮影 : 2017.10.2
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鶴ヶ城会館からお堀端を歩きました。
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天守閣が郷土博物館になっていますが、自分たちは他のお目当てがあるので入場しませんでした。
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天守閣以外はほとんどが史跡です。
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復元物もいくつか。
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もうすぐアップする予定の「麟閣」の塀。
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この一角は干飯櫓(左側)と南走長屋で、2000(平成12)年に復元されたそうです。
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帯郭から本丸に入る正門で、門柱や扉の木の肌を出さないために、全て鉄板で覆い包んでいるので鉄門(くろがねもん)と呼ばれます。
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一周しました。

by gipsypapa | 2018-06-28 09:08 | 建築 | Trackback | Comments(4)

会津 鶴ヶ城会館

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大内宿を出て会津若松に到着。昼食は鶴ヶ城会館でした。鶴ヶ城会館は、お城の入り口にあるドライブインです。土産物や菓子、民芸品、漆器などを販売とともに食事処を兼ねています。

鶴ヶ城会館(まちの駅鶴ケ城)
福島県会津若松市追手町4-47
撮影 : 2017.10.2
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ツアーの昼食。向こうは「会津わっぱ飯」、手前は「ソースカツ丼」。いずれも会津若松の名物だそうです。前者は弁当箱として使われた「わっぱ〈輪箱〉」を利用した郷土料理で、中身は店によって様々だとか。
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トイレを済ませて・・・
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会館の日本庭園を見ながら、歩いて鶴ヶ城へ向かいます。
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by gipsypapa | 2018-06-27 08:02 | | Trackback | Comments(4)

大内宿の正法寺

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宿場の突き当たりにある正法寺。創建は室町時代後期の1576(天正3)年の古寺で、長く大内宿住民の菩提寺として阿弥陀如来を祀っています。戊辰戦争の際に官軍はここを兵糧役場兼救護所として利用し、大内宿の佐藤新八郎家住宅を本陣としたそうです。

本堂は寄棟、鉄板葺の平入で、外壁は真壁造り、白漆喰仕上げです。向拝木鼻には獅子と獏、欄間には波と観音菩薩と思われる彫刻が施されています。ここから参道を進むと子安観音堂があり、さらにその奥の展望所から大内宿が一望出来ます。木造平屋建て。

圓城山 正法寺
江戸時代
設計・施工 : 不明
福島県南会津郡下郷町大内山本51
撮影 : 2017.10.2 
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欄間の装飾彫刻。真ん中は人の顔ですよね。
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かなり現代的です。観音菩薩でしょうか。
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獏と獅子の木鼻。
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これ以降の2枚はネットにあった写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2018-06-26 08:33 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大内宿の子安観音堂

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大内宿北の端に子安観音への階段があります。狭い階段を上がっていくと小さいですが趣のある社がありました。江戸時代中期の延享3年に正法寺の住職が勧請した子安観音像を本尊として祀っています。特に大内宿の女性から篤く信仰され、子宝や安産、子育てに御利益があるそうです。

堂は寄棟、茅葺き、平入で正面1間向拝付。茅葺屋根に雑草が生えているのが珍しいです。境内を右手に進むと、高台から茅葺屋根の家々が並ぶ大内宿の全景を望むことのできます。木造平屋建て。

子安観音堂
江戸時代
福島県南会津郡下郷町大内
撮影 : 2017.10.2
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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最初の写真もそうですが、茅葺屋根に雑草が生い茂っているのが面白いです。

by gipsypapa | 2018-06-25 09:04 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大内宿町並み展示館

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大内宿には阿部家(美濃屋)や佐藤家(玉屋)など、内部を見学できるところがありますが、時間が限られていたので、中を見学したのはここだけです。大内宿町並み展示館は大内宿の本陣跡に復元された宿駅時代の本陣です。当時の風習を伝える写真や生活用具が展示されています。

大内宿町並み展示館
1984(昭和59)年
設計・施工 : 不明
福島県南会津郡下郷町大内山本8
撮影 : 2017.10.2
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建物の裏側に数少ない公衆トイレがあり、ここを借りました。その横に古ぼけたポストがポツンと。間違って投函する人がいるんでしょうね。
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入館料は250円でした。
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大内宿の本陣は、会津若松と日光今市を結ぶ下野街道(南山通り・会津西街道)の拠点のひとつとして江戸時代初期に建てられました。
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会津藩の初代藩主・保科正之、二代藩主・正経が江戸参勤のためにこの街道を利用し、ここで昼食をとったという記録が残っています。
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この時の行列の総人数は約600人で、宿場内はたいへんなにぎわいであったといわれています。
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大内宿は、戊辰戦争の戦場にもなったことから、本陣に関する記録、図面等が散失し発見されていません。このため現在ある建物は、同じ街道の糸沢宿、川島宿の本陣を参考に復元したそうです。
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囲炉裏の煙が立ち込めています。少しやりすぎでは。
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隙間から宿場の様子が見えます。
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by gipsypapa | 2018-06-24 08:55 | 建築 | Trackback | Comments(4)

大内宿

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大内宿(おおうちじゅく)は江戸時代における会津西街道の「半農半宿」の宿場でした。南会津の山中にあり、明治期の鉄道開通によって宿場ではなくなりましたが、茅葺き寄棟屋根の民家が全長約450mの街道沿いに建ち並ぶ集落がよく保存され、地名として現在も受け継がれています。1981年(昭和56年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定され、福島県を代表する観光地の一つになっています。

現在はほとんどの民家がお土産店や蕎麦屋などの店になり、農業から観光産業へと変わっています。

大内宿
江戸初期~末期
重要伝統的建造物群保存地区
福島県南会津郡下郷町大内山本
撮影 : 2017.10.2
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福島県道329号の小野川沿いを北上。
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宿場の南端に到着。
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北に向かって歩きます。
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阿部家(美濃屋)
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阿部家は屋号「美濃屋」を掲げ会津西街道の宿場町である大内宿の名主を歴任した家柄です。明治時代初期にはイギリス人女性紀行家イザベラバードが宿泊した事でも知られているとか。会津中湯川人形などを販売する土産物店。

阿部家住宅(美濃屋)
慶応年間(1865~1868)
南会津郡下郷町大内字山本2
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本家玉屋
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築400年以上というから江戸時代初期、後白河天皇の第三王子高倉以仁王が草鞋(わらじ)を脱いだとされる歴史,伝承のある店です。

本家玉屋(佐藤家住宅)
江戸初期
南会津郡下郷町大内字山本3
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以下の写真は食べログから借用しています。
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祝言そば(ネギそば)。大内宿の名物です。
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ねぎをお箸代わりにして食べるそうです。
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絶景スポット。子安観音堂の上にある高台からの眺めが素晴らしい。
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by gipsypapa | 2018-06-22 09:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

裏磐梯の五色沼

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宮城県の松島から南下して福島県に移動。3泊目、最後の宿は五色沼の近くにある裏磐梯ロイヤルホテルでした。
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裏磐梯ロイヤルホテル
福島県耶麻郡北塩原村大字檜原字剣ヶ峯1093-309
撮影 : 2017.10.1 & 2
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先ほどネットを検索したら、名前が「アクティブリゾート裏磐梯」に変わっていました。
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翌朝はまず五色沼へ。五色沼は正確には「五色沼湖沼群」といい、毘沙門沼・赤沼・みどろ沼・竜沼・弁天沼・るり沼・青沼・柳沼などの数多くの湖沼の総称です。

五色沼福島県耶麻郡北塩原村桧原
撮影 : 2017.10.2
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訪ねたのはホテルの近くにある五色沼湖沼群では一番大きな毘沙門湖だけです。
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沼によって、エメラルドグリーン、コバルトブルー、ターコイズブルー、エメラルドブルー、パステルブルーと色が違う不思議な場所で「神秘の湖沼」といわれています。
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山が二つ見えます。磐梯山のはずです。
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この日の朝も曇り空。うたい文句の水の色は感じません。
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特に青沼は自然が作り出したものとは思えない綺麗な色だそう。ネットにあった写真です。天気がいい日に行ってみたいものです。
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福島県を南下して会津若松市へ向かいます。
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このあたりも10月初めですが、すでに実りの秋でした。
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巨大な阿弥陀如来の像が見えます。後ろ向きです。

by gipsypapa | 2018-06-21 08:30 | | Trackback | Comments(4)

松島の五大堂

お礼
6月18日に発生した震度6弱の大阪北部地震は我が家の近所が震源地でした。非常に強い揺れを感じましたが、幸い短い間だったことから、食器が割れたり、棚の物が落ちたりしただけで、怪我はなく家族全員は無事でした。ライフラインも問題ありません。複数の知人や親戚の方々から電話やメールを頂きました。この場を借りてお礼を申し上げます。家の中の片付けも終わりましたので、ブログを再開します。
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五大堂は日本三景の一つ松島の景観上で重要な建物で、海岸に近い小島に建っています。伝承によれば大同2年(807年)、坂上田村麻呂が奥州遠征の際に、毘沙門堂を建立したのが始まりとか。

その後、円仁(慈覚大師)が延福寺(瑞巌寺の前身)を創建したときに仏堂を建立し、大聖不動明王を中央に東方降三世明王、西方大威徳明王、南方軍荼利明王、北方金剛夜叉明王の五大明王像を安置したため、五大堂と呼ばれるようになったそうです。離れた場場所にありますが、瑞巌寺に属する仏堂なので、山号はありません。

現在の堂は、慶長9年(1604年)、伊達政宗が瑞巌寺の再興に先立って再建しもの。東北地方最古の桃山建築といわれ、国の重要文化財に指定されています。木造平屋建て。

瑞巌寺五大堂
1604(慶長9)年
重要文化財
設計・施工 : 不明
宮城県宮城郡松島町松島字町内111
撮影 : 2017.10.1
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小高い丘のような小島にあります。
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すかし橋。 五大堂のある小島に架けられた橋。橋げたの隙間から海が見え、五大堂へ行く際に足元を見て気を引き締めるために造られたそうです。
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堂の近くにあるもう一つのすかし橋。
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参道の途中から松島湾を見下ろしています。観光船が見えます。
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向こうに見える長い橋は福浦島とつながる福浦橋です。
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五大堂に到着。
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木鼻は龍でしょうか。
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4面の軒下に装飾彫刻が見えました。
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干支の彫刻です。十二支あるはずですが・・・
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十一支しかありません。「巳」を撮り忘れたようです。

by gipsypapa | 2018-06-20 08:34 | 建築 | Trackback | Comments(6)

松島の天麟院

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天麟院は瑞巌寺から西へ歩くと円通院の次にある寺院。瑞巌寺の塔頭のひとつで、山号は瑞雲峰です。伊達政宗の正室・愛姫(めごひめ)との間に生まれた娘、五郎八姫(いろはひめ)の菩提寺で、 陽徳院、円通院と並んで松島の三霊廟に数えられているそうです。

瑞雲峰 天麟院
詳細不明
宮城県宮城郡松島町松島町内51
撮影 : 2017.10.1
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新しそうな本堂です。
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本堂の前に不思議な乗り物が止まっていました。「松島さかな市場」?生臭そうですが・
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足元に子供がいる観音像。
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子育水子地蔵尊の社があります。
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中には子供が好きそうな玩具などか供えられていました。
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by gipsypapa | 2018-06-17 09:46 | 建築 | Trackback | Comments(4)