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秋の総持寺庭園

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12月の初旬。紅葉を求めて近所を散策しました。少し紅葉には遅すぎだったかも知れません。この日はもう一つの目的地があったのですが、個人的にはおなじみで、何度かアップした総持寺(そうじじ)を経由しました。秋になった庭園を見たかったこともあります。

総持寺は大阪府茨木市にある高野山真言宗の寺院。山号は補陀洛山 (ふだらくせん)で本尊は千手観音。西国三十三所第22番札所です。美しい庭園は比較的近年に完成したと思われる池泉回遊の庭。石を適所に配した見所が多い設計です。境内には、ほかにも、小ぶりですが巨石を使った枯山水の庭もあります。

補陀洛山 総持寺庭園
詳細不明
大阪府茨木市総持寺1-6-1
撮影 : 2019.12.5
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裏門を入ると左手にある石庭。
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本堂側へ。
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池泉の庭。落葉樹が少ないので、色づいているのはこの周辺だけ。
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夏にはなかった何種類かの花の苗が植えてありました。
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結論として、秋には特に特別感はないです。この庭は桜の季節が一番でしょうか。アーモンドの花もきれいに咲きます。



by gipsypapa | 2020-01-22 08:53 | | Trackback | Comments(2)

富田御坊 本照寺庭園

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普門寺を訪ねたついでに、昔は普門寺城といわれた広大なエリアを訪ねました。既にこのブログでアップしたことがある本照寺(ほんしょうじ)は浄土真宗本願寺派の仏教寺院で、富田御坊(とんだごぼう)ともいわれています。

この日、普門寺でお話を伺い、本照寺は室町時代以前は普門寺のいわゆる塔頭(たっちゅう)だったと聞きました。また秀吉の中国大返しのときに普門寺で落ち合った秀吉の軍が山崎の戦い前夜にここに本陣を張ったといわれています。

江戸時代になってからは周囲に寺内町を形成し、現在もその町並みをとどめている地域です。本堂は1798(寛政10)年の築で、山門、東門、鐘楼とともに市の有形文化財に登録されています。

以前にアップしたときも、一部紹介していますが、最近参考にしている藤井里江さんの「続大阪の庭」という論文(pdf)に取り上げられていたので、この日はじっくり見てきました。「日本庭園鑑賞便覧」によると大正時代に作庭の枯山水となっていますが、今の庭園は池泉になっています。

富田御坊 本照寺庭園
昭和期か
作庭 : 不明
大阪府高槻市富田町4-4-27
撮影 : 2019.11.12 & 2020.1.15
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東側の脇門から入るとすぐ、庭は本堂の手前にあります。
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睡蓮が浮かぶ池泉の庭。
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八本足の構造物は何でしょう。いずれにしろそんなに古い庭ではなく、昭和の造園ではないでしょうか。
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形から見て、いわゆる心字池のようです。
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小さな池ですが、回遊式になっています。
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昨日も近くを通ったので立ち寄りました。落ち葉が多くなっています。
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再び去年11月中旬の写真です。
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普門寺にあった伽羅双樹の木がここにも。こちらの方が大きいので、樹齢数百年かも。
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山門に向かうところの手水所。
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山門は南側です。

by gipsypapa | 2020-01-16 08:23 | | Trackback | Comments(2)

普門寺「観音補陀落山の庭」

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。普門寺(ふもんじ)は、大阪府高槻市富田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。

江戸時代初期に作られ、国の名勝に指定された枯山水の観音補陀落山の庭は、正保年代(1645 - 1648)年ころの寺観整備のときに作られたもの。作庭者は小堀遠州の高弟だった玉淵坊日首(ぎょくえんのぼうにっしゅ)です。ちなみにこの庭園が1981(昭和56)年に国の名勝に指定され、その後の2000(平成12)年に境内のほぼ全域が国の名勝に追加指定されたそうです。

玉淵坊は京都の妙蓮寺の僧で、妙蓮寺の十六羅漢石庭をはじめとして、知恩院方丈庭園、慈照寺庭園などを作庭し、桂離宮の造営にも参画したと伝えられているそうです。普門寺の庭は京都の桂離宮「天の橋立」と同時期に作成されたと考えられていて、桂離宮の造園の習作だったのかもという説明を受けました。

慈雲山 普門寺「観音補陀落山の庭」
江戸初期
名勝
作庭 : 玉淵坊日首
高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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境内の北の端にあります。方丈の縁側から。
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奥の北側が少し高くなっていて、低い南側は水面、やや小高い方を岸か島にみたてた枯池泉です。
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奥に石橋があり。要所に石組みを配置しています。
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当初は北側にある阿武山を借景にしていたそうですが、植栽で見えません。
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とはいえ、木がなくても北側にはビルがいくつも建っているので見えないでしょう。
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植栽で隠れていますが、中世普門寺城の遺構とみられる土塁。これも国の名勝の対象です。
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by gipsypapa | 2020-01-12 08:46 | | Trackback | Comments(2)

普門寺 方丈西庭「心字の庭」

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。普門寺(ふもんじ)は、大阪府高槻市富田町にある臨済宗妙心寺派の寺院。 方丈の前と横には昭和期に作庭された枯山水の方丈庭園と心字の庭があります。これらの作庭は昭和の作庭家・造園史家の森蘊(もり おさむ、1905 - 1988)。

方丈の西側にはサツキを幾何学的に刈り込んだ植栽と、玉石を敷いた心字の池がある近代的な枯山水の庭です。

慈雲山 普門寺方丈西庭「心字の庭」
昭和期
名勝
作庭 : 森蘊高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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方丈の西面。
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方丈から西を見ています。正面は瑠璃殿。2019(平成7)年に新築された室町様式のお堂。左が現在の庫裡と思われます。
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方丈西側、北へ延びる幾何学的に刈り込まれた路。
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これが心字の庭です。
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向こうに建つのが庫裡と思われる建物です。
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境内の西の端。瑠璃殿は島根県の一畑薬師を勧進した目の薬師如来を祀っています。
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そこから北側に向かうと墓地があります。
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戦国中期に室町幕府の管領としてこの寺に滞在し、三好氏との戦いに敗れ、ここ普門寺城に幽閉された後、50歳で没した細川晴元の墓です。
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心字の庭の北側。この向こう側に観音補陀落山の庭があります。




by gipsypapa | 2020-01-11 10:20 | | Trackback | Comments(2)

普門寺 方丈庭園

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普門寺は、明徳元年(1390)に開創された禅寺です。方丈の前と横には昭和期に作庭された枯山水の方丈庭園と心字の庭があります。

これらの作庭は昭和の作庭家・造園史家の森蘊(もり おさむ、1905 - 1988)。森蘊は古庭園を文献研究や発掘、測量を行って研究した人で、このブログで紹介した奈良の旧大乗院跡庭園も手がけている人です。

方丈には前後に庭があり、白砂の前庭はパンフレットにある「三尊石七福神五菩薩写経堂南庭」じゃないかと思われます。まずは方丈の南北に庭から。

慈雲山 普門寺方丈庭園
昭和期
名勝
作庭 : 森蘊
高槻市富田町4-10-10
撮影 : 2019.11.12
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方丈の南にある枯山水の石庭。奥行きが狭めで細長い庭です。
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「三尊石七福神五菩薩写経堂南庭」のうち、三尊石は中央に鎮座しているのでよく分かりますが・・・
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七福神と五菩薩はどれがどれかわかりません。
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沙羅双樹のある庭です。写真の奥の方にあります。全国の庭を数多く網羅した「おにわさん」という優れもののHPでは「沙羅双樹のある庭」と紹介されています。ただ、らったパンフレットにはその呼び名は見当たりません。
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これです。小さい木ですが、樹齢150~200年だとか。
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開花時期は6月中旬から下旬です。写真はネットから借用します。
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方丈の北側も細長い庭があります。松と石組みを主体としたシンプルな庭。
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塀に囲まれた長方形の苔庭です。
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この庭も森蘊の作庭かとは思いますが、未確認です。



by gipsypapa | 2020-01-10 07:53 | | Trackback | Comments(2)

南御堂庭園 獅子吼園

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真宗大谷派難波別院は、大阪府大阪市中央区久太郎町4丁目にある真宗大谷派の寺院。通称は南御堂。今はモダンな構えのお寺になりましたが、境内には歴史がありそうな枯山水庭園と池泉式が混在した庭園「獅子吼園(ししくえん)」があります。

周辺に何の説明文もなく、ネット情報も少ないので詳細はわかりませんが、庭園内に江戸時代末期に建てられたという松尾芭蕉の句碑があります。ブリタニカによれば「獅子吼(ししく)」とは、釈尊が説法する様子を獅子のほえる様子にたとえたものだとか。

南御堂庭園 獅子吼園
江戸末期か
大阪市中央区久太郎町4-1-11
撮影 : 2019.10.31
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鐘楼の右側にある細長い庭園。大阪の庭を紹介し、最近よくお世話になっている「続・大阪の庭」というpdf に記載されています。
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本堂の左側の敷地の端、鐘楼の西側にあります。
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庭園の説明はありませんが、芭蕉の句碑の説明はあります。芭蕉が最期を迎えた場所が南御堂の門前にあった屋敷だったとか。
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何故か芭蕉の木が。
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右の大きな句碑は新しい。中央の小さな石碑が江戸時代末期のものです。その頃にはこの庭があったと考えるのが妥当かと。
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アップで。辞世の句「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」。
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細長い庭の中央は白砂の枯山水。
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少し進むと、この辺は枯れ池。
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一番奥は小さな築山になっています。
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その下に池泉というには小さい水溜りのような池があります。


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天王寺から御堂筋を北上した庭園巡りはここまでです。



by gipsypapa | 2020-01-05 08:57 | | Trackback | Comments(2)

日下山 願泉寺庭園

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地下鉄御堂筋線で天王寺から2駅目の大国町で降りて願泉寺(がんせんじ)を訪ねました。願泉寺は浄土真宗本願寺派の寺で、山号は日下山。寺伝では、推古天皇11年(603年)に小野妹子の8男、多嘉麿義持(永証)により創建されたという歴史ある古刹です。

第二次大戦前には、当時国宝に指定されていた伊達政宗の寄進した書院や茶室があったそうですが、1945年の大阪大空襲で焼失してしまいました。 相阿弥(そうあみ、生年不明 - 1525)の作庭といわれる枯山水の庭園は石組みが戦災を免れ、現在は大阪府の名勝となっています。

相阿弥は室町時代の絵師、鑑定家、連歌師で、龍安寺方丈庭園や慈照寺庭園を手がけたといわれています。いずれにしろ室町時代の人で、大阪府文化財一覧に記載されている江戸時代中期の作庭とは合致しません。多分、江戸中期に大規模な改修が行われたと思われます。

日下山 願泉寺庭園
室町後期 / 江戸中期
大阪府指定名勝
作庭 : 相阿弥(伝)
大阪市浪速区大国2-2-27
撮影 : 2019.10.31
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門をくぐって境内へ。
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本堂は戦後の築です。庭の場所がわからず、電話したら親切に出迎えて案内していただきました。
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庭は本堂の裏側にあります。
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本殿などすべて戦災で焼けてしまいましたが、この庭の石組みだけは残ったと仰っていました。
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枯山水の庭ですが、この滝口の下には水溜りがありました。
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向こうに見える建物は新しいものですが、伊達政宗寄進の書院があった場所と思われます。庭はいわゆる方丈前庭だったようです。
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奥に井戸と・・・
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茶室。伊達政宗が寄進したという茶室を意識して建てられたのでしょう。
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茶室の横に小さな築山。
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書院があったと思われる建物側。
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やはり、こちらからの眺めが本命のようです。
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石組みが見事。
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よく手入れされている庭園で満足でした。
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庭の場所がわかりにくいのと、入り口の格子戸が施錠されているので、あらかじめ電話したほうがよさそうです。
電話: 06-6641-0084

by gipsypapa | 2019-12-30 13:22 | | Trackback | Comments(2)

慶沢園(その2)

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慶沢園(けいたくえん)は天王寺公園内にある林泉回遊式日本庭園で、元は住友家第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造園したものです。命名は伏見宮貞愛親王だそうで、大正15年(1926)に、住友家から大阪市へ寄贈されました。南側から庭園に入り、池を廻って北側を見ます。

慶沢園
旧住友家本邸庭園
1919(大正7)年
大阪市指定文化財(名勝)
作庭 : 木津聿斉、七代目小川治兵衛(植治)
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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東に廻って築山の方へ。
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竜頭石という石組み。対岸からは見つけにくく、見つけても自分のカメラの望遠では無理。ネットから借用しています。岩が左を向いた竜の頭で、サツキの植え込みが胴体になっているそいうです。
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大降りの石を敷いた州浜。
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市立美術館を背景に沢渡りの飛び石が見事。美術館ができたのはずいぶん後の1936(昭和11)年です。
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左に突き出しているのは舟形石。
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船着場そのもの。これもネットにあった対岸からの写真を借用しています。
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北側の築山に水源の滝口。
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大きな飛び石。ここを渡りましたが、山側に迂回ルートもありました。
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ほぼ一回り。
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菖蒲畑があります。
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あべのハルカスが借景になるとは植冶は想像もしなかったですよね。
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出口の右側に長生庵という茶室があります。
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予想通り敷地にも入ることはできませんが、垣根の間から見えます。
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出口は旧藤田家正門。住友家の分家だった旧藤田家の正門を1958年に移築したものです。
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門を出て振り返っています。
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門を出た周辺は旧藤田家の敷地だったところでしょう。



by gipsypapa | 2019-12-25 09:01 | | Trackback | Comments(0)

慶沢園(その1)

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9月に四天王寺に行ったばかりですが、再び天王寺へ。そのときに時間がなく見れなかった慶沢園(けいたくえん)をお目当てに訪ねました。この日はこの後、お庭を訪ねて、御堂筋を北上しました。

慶沢園は天王寺公園内にある林泉回遊式日本庭園で、元は住友家第15代吉左衛門が茶臼山本邸の庭園として造園したものです。命名は伏見宮貞愛親王だそうで、大正15年(1926)に、住友家から大阪市へ寄贈されました。

庭園の設計は明治・大正期の茶匠の木津聿斉(きづいっさい)で、施工者は植治(うえじ)こと第7代小川治兵衞で、このブログでも紹介した、平安神宮神苑、円山公園、無鄰菴など数々の庭園を手掛け、近代造園のスタイルを確立したと称えられる造園家です。

慶沢園
旧住友家本邸庭園
1919(大正7)年
大阪市指定文化財(名勝)
作庭 : 木津聿斉、七代目小川治兵衛(植治)
大阪市天王寺区茶臼山町1-108
撮影 : 2019.10.31
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慶沢園手前にある門は旧黒田藩蔵屋敷長屋門。江戸時代中期に建てられた蔵屋敷の表門で、大阪府の有形文化財です。
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少し歩くと庭園入り口があります。入園料は150円でした。
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大きな池が主役の開放的な庭園です。
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園内に2箇所ある切り石橋の一つ。
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右岸から池を巡りました。トイレ前の蹲(つくばい)。
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絶景スポットの四阿(あずまや)です。
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その前にも蹲。
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ここからの眺めがいいので、数人か眺めていました。額縁で庭を撮影。慶沢園ではおなじみのアングルです。
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床に敷き詰めてあるのは那智黒石。三重県熊野市神川町で算出され、碁石の黒石や硯でおなじみの石です。
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もう一つの切り石橋がここにあります。
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これから左岸に向かいます。



by gipsypapa | 2019-12-24 09:16 | | Trackback | Comments(2)

松田屋ホテル 旧瓦屋庭園

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松田屋ホテルにはもう一つ庭があります。幕末から明治初期にかけて、維新の三傑に数えられる木戸孝允(たかよし)などが利用した旅館、瓦屋の跡地に残っている庭園です。江戸後期に作庭され、大正時代に改修されました。現在は松田屋ホテルの一部になり、駐車場になっています。

瓦屋は江戸時代から続いた旅館で、幕末に湯田で瓦葺きの建物は、公館の湯田御茶屋とこの旅館だけだったので、瓦屋といわれるようになったとか。江戸時代に作られたときは池泉庭園だったそうですが、今は枯れ池です。

旧瓦屋庭園(松田屋ホテル)
江戸後期 / 大正時代(改修)
作庭 : 不明
山口市湯田温泉3-6
撮影 : 2019.10.15
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松田屋ホテルの裏側の駐車場が跡地の一部。
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駐車場の東の突き当たりに柵があり、そこから庭園の一部を見ることができました。
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強烈な西日でなかなか良い写真が撮れません。
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予備知識がなかったのですが、松田屋ホテルの蔵の湯から目の前にありました。85年前の蔵を移設した建物の中に「龍馬の湯」と「おりょうの湯」の二つの浴槽があります。これは露天風呂の「おりょうの湯」から。
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露天風呂なので撮影は身を乗り出して。
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その横にあるのは「龍馬の湯」。ここからも硝子越しに庭が見えますが、先客がいたので思うように撮れません。
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築山池泉結合式庭園と書いてあります。今は枯山水ですが、昔は池もあったようです。
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これ以降の「龍馬の湯」の写真はネットから借用します。
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ちなみに庭に入ることができるときがあったようです。ネットに庭を回遊した写真を見つけたので、借用します。
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by gipsypapa | 2019-12-15 07:23 | | Trackback | Comments(2)