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山口市の湯田温泉

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山口駅から南へ1駅のところに湯田温泉駅があります。さすがに乗降客が多いのか、ここは有人駅で、電車のドアはすべて開きます。湯田温泉は大型ホテルや旅館、ビジネスホテルなどがいくつもあります。撮影 : 2019.10.15
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山陽路にはあまり温泉街はありませんので山陽路随一の温泉街といえます。市の中心部から近いことから、山口市のいわゆる繁華街・歓楽街でもあり、飲食店なども数多いようです。

JR湯田温泉駅
山口市今井町4
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駅前にある高さ8メートルの巨大な白狐です。1枚目とこれ以降の2枚はネットから借用しています。湯田温泉は白狐が毎夜温泉に浸かっていたのを、権現山の麓のお寺のお師匠さんが発見したことは始まりだそうです。
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川がないのであまり温泉街らしさは感じません。
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宿泊した松田屋ホテルの裏側に茶屋臨屋堂跡があります。
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毛利氏の茶屋だったところで、吉田松蔭や高杉晋作などの長州志士が、密儀の場として利用したとか。
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磯くらという居酒屋になっています。
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内部の写真はネットから借用しています。
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旅館に泊まっていなければ行きたくなる雰囲気です。
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湯けむり横丁。旅館の宿泊者は宿で夕食でしょうが、ビジネスホテルの宿泊客や山口市内外から遊びに来る人にはよさそう。
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夕方の日暮れ前で人の気配はありません。
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夜の写真はネットから借用しています。



by gipsypapa | 2019-12-11 08:16 | | Trackback | Comments(2)

JR上山口駅周辺

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この日は午前中に防府を発ち、JRを乗り継いで上山口駅で降りました。善生寺を出て、大内氏館跡がある龍福寺へ向かう頃は、お昼時。ずっと歩いてきましたが、飲食店は見当たらず、龍福寺手前でやっと見つけました。撮影 : 2019.10.15
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御食事処の暖簾。なんとなく寿司屋のようで高そうかと思ったら、入り口脇の看板に食堂とあります。他に食べれそうなところもないし、思い切って入りました。

寿ゑ吉
山口市石観音町5-13
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定食の店みたいで、がっつり系が安いです。昭和レトロな雰囲気で、お客さんも入っていました。
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自分は定食は重すぎるので、ソース焼きそば。予想以上に量も多く美味しかった。正解でした。
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寿ゑ吉を出て龍福寺へ向かう途中に大龍門という看板。大殿小学校の校門になっています。
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龍福寺を西に出ると西田幾多郎(にしだきたろう)の説明板があります。
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哲学書「善の研究」の著者で、近代日本を代表する哲学者・西田幾多郎(1879-1945)がかつて暮らした山口市内の旧宅です。
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名前は聞いたことがありますが、哲学に興味はなく、建物も何の変哲もありませんので、追及しませんでした。
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萩ふるさと伝承センターがある往還道路の竪小路に出ました。伝承センターの向かいにある豆子郎大内館店。古民家を改修したお和菓子の店です。一帯が大内家の地所だったことから名前をもらっています。

豆子郎大内館店
山口市下竪小路52-2
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内部とお菓子の写真はネットから借用しています。
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同じ竪小路にもう一軒2階建ての町家があります。町家の左端には「ふるさとだんぎ」の看板がかかり、右は「遊恭茶房おかだ」の看板。

遊恭茶房おかだ
山口市下竪小路17
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硝子は一部が波打ちです。
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ここも内部とお茶の写真はネットからの借用です。
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上山口の駅に戻りました。JRの山口線で、山口駅から北へ一駅なのですが、上下線とも山口駅が終点。
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単線なのはよくあることですが、ホームも片側だけです。本数も少なく不便です。山陽本線の防府から、山口線の山口に来ましたが、交通系のカードがまったく使えず、すべて駅員による改札でした。何人もの総理大臣を輩出した上に、現首相のお膝元のわりに遅れてますね。
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普通列車はワンマンカーで、無人駅が多かったです。ここも後から乗って、降りるときは一番前の運転手が改札します。余談ですが、このポスターの「RENOFA」はレノファ山口FCのことで、J2リーグにいるようです。
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電車が来ました。行き先表示がありませんが、地元では必要ないのでしょう。これに乗って次の山口駅で乗り換えて、この日の宿の湯田温泉に向かいます。



by gipsypapa | 2019-12-10 08:08 | | Trackback | Comments(0)

JR防府駅

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防府の玄関口のJR防府駅。大阪から新幹線で新山口で下車。山陽本線に乗り換えて東に戻って防府駅に着きました。開業は1898年(明治31)年で、当時は三田尻駅という駅名だったとか。現在の駅舎は1994年(平成6年)に完成したものです。

JR防府駅
山口県防府市戎町1-1-1
撮影 : 2019.10.14 & 15
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駅の南は「港口」でオブジェがある現代的な駅前広場。こちら側に市役所があります。
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淀井敏夫作の「周防の海」だそうです。
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北側は「天神口」といいます。防府天満宮や毛利家庭園があるのはこちら側です。
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「天神口」の駅前広場の西側には細長い庭があります。

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山本辰昭作「川辺のおもいで」のブロンズ像。
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この写真はネットから借用しています。
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少しですが水が流れていて気分がいいです。
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北の突き当りの水源には戎ヶ森公園で紹介した山頭火の銅像。
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種田山頭火(たねだ さんとうか、1882 - 1940)は漂泊の俳人として有名で、昭和の芭蕉とも呼ばれました。防府の出身です。
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その西側は噴水があるだだっ広い「てんじんぐち多目的広場」。
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イベントに使われるんでしょうね。
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1泊して、翌日の午前中に防府を発って山口市へ向かいました。





by gipsypapa | 2019-11-27 08:15 | | Trackback | Comments(2)

奈良の町並み散策

今回の奈良は庭園巡りでした。昼前に近鉄の奈良駅に到着。ランチを頂いてから奈良公園にかけての一帯を歩きました。
撮影 : 2019.9.11
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近鉄奈良駅前です。広場の噴水の上に立っているのは行基菩薩像。本物のお坊さんも。後のポスターはリニア新幹線。奈良を通るんですね。
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駅前から南に伸びる「小西さくら通り」。飲食店が並んでいます。
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まずランチはホテル花小路の1Fにある櫃屋へ。

季節を愉しむ 櫃屋 ~ひつや~
奈良市小西町23 花小路ビル1F
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まだオープンして長くはなさそう。
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外人客が多いホテルのようです。フランス語があちこちで聞こえました。
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大和ポーク鉄板焼き御膳というのを食べました。
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店を出て奈良公園に向かって歩きますが、外人観光客が多いです。
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モダンな建物は奈良県庁。
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県庁前の通路が日陰になっているので、鹿が休んでいます。さすが奈良。
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隣接するのはバスセンターの建物。このあと新聞で知りましたが、交通渋滞解消のために、観光バスの駐車場を分散させるのを目的に最近オープンしましたが、時間制限とかがあって、使い勝手が悪いらしく、いつもガラガラだそうです。この日もバスは見当たりません。いまだに後で出てくる「なら和み館」裏の駐車場は満杯みたいです。お役所目線の勝手なルールはうまくいかないのが、世の常です。
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ターミナルにはスターバックスがあります。
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県庁を通り過ぎて、東に向かうとがらりと変って、古都の雰囲気に。これは名もない緑と池。
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夢窓庵があります。高級レストランみたいです。

夢窓庵
奈良市水門町70-7-1-2
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門から前庭が見えました。
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これ以降の夢窓庵の写真ははネットから借用しています。
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古都らしい土塀の間の路地。
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これは奈良ホテルの近くの道路際で見つけたオブジェ。いつもなら道路を渡って撮るのですが、すでに歩き疲れてその気になりません。
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なら和み館。団体向けのレストランと土産物店でした。この裏側が駐車場になっていて、観光バスで一杯だとか。

なら和み館
奈良市高畑町1071
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夕暮れになってきました。今晩は駅前の行基菩薩像横、東向商店街の入り口にある「やまと庵」です。

和食とお酒 やまと庵 近鉄奈良駅前店
奈良市東向中町4 2F
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奈良編は終わり。次回からは大阪に戻ります。



by gipsypapa | 2019-10-25 08:00 | | Trackback | Comments(2)

福岡市の浄水通りから平尾へ

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福岡市にある近代建築は、ほとんどを見尽くしました。この夏は庭園巡りをします。この日に目指したのは中央区の平尾にある松風園です。

地下鉄の薬院大通駅から、浄水通りという閑静な高級住宅地を歩いて向かいました。浄水通りは、福岡市中央区中南部にあり、町名では、薬院、平尾、平丘町、御所ヶ谷などと隣接し、それらの町を南北に縦貫しています。基本的にはマンションや高級住宅がある通りですが、南部にはキリスト教関係の施設が集中しています。

この周辺は実に12年前に訪ねて、カトリック浄水通教会カトリック福岡司教館をアップしています。今回はそれ以来で、久しぶりでした。撮影 : 2019.8.19
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実家の近くにある橋本駅から地下鉄七隈線に乗車。
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西の始発駅なので、空席があります。
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薬院大通駅で下車。
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福岡市動植物園の最寄り駅なので、動物の絵があちこちに。
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薬院大通駅から南下する浄水通りに出ました。高級マンションが並んでいます。
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マンションの通りに面した緑地。この手のマンションをいくつか見ました。
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ここは水が流れる小さな庭です。
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ここを左斜めに行きます。
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またマンションがあり、今度はお洒落でモダンな庭。
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この周辺は一戸建ての高級住宅地。
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スパニッシュ洋館です。
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更に南の平尾山荘の近くにある洋館。
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この石垣の向こうの森が目的地の松風園です。
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by gipsypapa | 2019-09-12 10:30 | | Trackback | Comments(2)

長岡京市を巡る

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京都西山の寺院を訪ねて、何回か長岡京市に来ました。長岡京へのアクセスはJR京都線の長岡京駅か阪急電車の長岡天神駅から。今回は光明寺を目指してJR長岡京駅から出発です。駅のプラットフォームの写真はウィキペディアから。
撮影 : 2019.6.18

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JR長岡京駅前広場。
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22年前までは神足(こうたり)という駅名でした。個人的には長くなじんだ駅名です。
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神足は駅舎の住所(長岡京市神足2丁目)で、江戸時代からの村名だったので、歴史的には意味がありますが、長岡京市になり、かつ長岡天神の最寄り駅のイメージを出すためでしょうか、平成7年に長岡京に改名しました。
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バスの待ち時間があったので、駅前にある交流センターに入ってみました。
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広い空間に椅子があります。朝は8時30分から、夜10時まで開いていて、市民の憩いの場でもあるようです。
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「FMおとくに」という地域のコミュニティ放送局。ちなみに「おとくに」は「乙訓たけのこ」で有名なタケノコの産地にちなんでいるのでしょう。また乙訓寺が近い場所です。
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光明寺からの帰り、周辺を散策しました。寺から下ってきたところにある京都西山短期大学。
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更に下ったところに煙突がある建物がありますが、詳細不明です。
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その下に「いっぷく亭」があります。この前を通るのは13年ぶりですが、何も変わっていないようです。
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光明寺の参道入り口近くにある町屋風の民家。
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ほうきを売っています。手作りでしょうね。
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参道前の道には巨岩。さすがに産地。閉まっていましたが朝掘り筍の店があります。
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京都西山周辺は竹林が多いのです。特にこの周辺は「乙訓たけのこ」で有名です。
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少し南に行ったところに洋館がありました。カフェです。

カフェ&ミュージック〝TATRA〟(タトラ)
京都府長岡京市粟生六反田1-2
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のどは渇いていましたが、開いているかどうかよく分からず、中には入りませんでした。
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バスに乗って駅に戻り、一杯飲んで帰ります。長岡京へは、この数週間後にまた訪ねることになりました。



by gipsypapa | 2019-07-31 08:32 | | Trackback | Comments(2)

松尾大社から梅宮大社へ

平成から令和へ移行する前後の10連休が明けました。天気に恵まれた連休明けの翌日は、穴場の日かなと考え、場所も京都のど真ん中でなく人が少なそうな、松尾大社と梅宮大社をお参りすることにしました。お目当ては庭園です。撮影 : 2019.5.7
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高槻市駅で阪急電車京都線の特急に乗り換え。
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桂駅で嵐山線に乗り換えて2駅目。
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その名も松尾大社駅で降ります。
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駅のホームはよさそうな雰囲気。
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昼間は1時間に4本と思ったより少ない運行でした。
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駅を出たら歩いてすぐに赤い鳥居が見てて来ますが、その手前に妙なオブジェのある料亭があります。トックリですね。
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京料理「とりよね」
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石碑が立っていますが、何かはわかりませんでした。
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参道を進んで小川を渡ると境内の手前。
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令和の幟。令和になってまだ一週間です。
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観光バス専用駐車場は空っぽ。連休明け翌日を狙ったのは当たりでした。
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参拝が終わって東へ。梅宮大社を目指し、桂川を渡ります。
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向こうに嵐山が見えています。梅宮大社までは、歩いて10分くらいでした。



by gipsypapa | 2019-06-21 08:11 | | Trackback | Comments(4)

京都二条通りを歩く

がんこ高瀬川二条苑を出て、二条通りを東に進んで平安神宮に向かいました。撮影 ; 2019.4.30
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がんこ高瀬川二条苑の門を出たら、正面に島津創業記念資料館があります。12年前に訪ねてこのブログにアップしています。

島津創業記念資料館
旧・島津源蔵氏邸宅兼研究所
1988(明治21)南棟,1993(明治27)年北棟
設計・施工 : 不明
京都市中京区木屋町通二条下ル
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ビルの間に典型的な町家があるのも京都です。
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町家風の建物。ガラス戸に Kashiya という字。
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閉まっていますが隣が店舗でした。

かしや
京都市左京区吉永町270
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中は甘味処にもなっているようです。写真はネットから借用しています。
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近所の細見美術館で若沖展をやっていました。
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少し東に歩いたところにありました。美術館らしくない外観です。
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HPにあった若沖の絵。細見美術館のコレクションの一つだそう。
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ゑびす小路。新しそうでした。
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よさそうな店があると思ったら閉まっていて、営業していないようです。
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通りの向こう側、「京都市勧業館みやこめっせ」前に奇妙なものが横たわっています。朱鳥舞という清水九兵衞(七代目1922 - 2006)作品でした。日本における抽象彫刻の第一人者であるとともに、京焼の名家として知られているそうです。この作品はアルミニウム合金製だどか。

朱鳥舞
1996(平成8)年
作者 : 清水九兵衞
京都市左京区岡崎成勝寺町9-1 京都市勧業館みやこめっせ
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さらに進むと若い女性が集まっているのに遭遇。ここはロームシアター京都という、コンサートホールで、正式名称は京都会館です。現在は一部改築、改修されていますが、開館時の設計はル・コルビュジエ、アントニン・レーモンドに学び、モダニズム建築の旗手と言われた前川國男です。 改築、改修の設計は 香山壽夫建築研究所。鉄筋コンクリート、一部鉄骨造り、6階建て地下2階。

ロームシアター京都
1960(昭和35)年 / 2016(平成28)年一部改修
設計 : 前川國男
改築、改修設計 : 香山壽夫建築研究所
施工 : 不明
京都市左京区岡崎最勝寺町13
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すべて若い女性。そのときはわかりませんでしたが、後で調べたらMONSTA Xという韓国の7人組男性アイドルグループのショーでした。
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スーツケースを持っている人が多かったです。韓国からの追っかけでしょうか。
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かなり大きなホールです。写真はネットから借用しています。
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その北側の敷地にあるのは京都市美術館別館です。1930(昭和5)年に京都市公会堂東館として竣工。その後、1964(昭和39)年から京都会館別館として使われ、2000年に内装を改修して京都市美術館の別館として使われています。

京都市美術館別館
旧京都市公会堂東館
1930(昭和5)年
設計 : 京都市営繕課
施工 : 不明
京都市左京区岡崎最勝寺町13
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by gipsypapa | 2019-06-10 08:32 | | Trackback | Comments(4)

石見銀山 龍源寺間歩

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世界遺産の石見銀山の見所はここ龍源寺間歩です。石見銀山には、銀鉱石を採掘するための坑道である間歩が大小合わせて600箇所以上も残っているそうです。龍源寺間歩は、約870メートルの大久保間歩の次に大きな、全長約600メートルです。

内部はノミで掘った跡がそのままの状態で残っていて、当時の作業の様子を知ることができます。大久保間歩は期間限定のみだそうですが、龍源寺間歩は唯一、常時一般公開されています。

石見銀山 龍源寺間歩
島根県大田市大森町銀山
撮影 : 2019.3.23
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狭い箇所や天井画低いところが多いので、ソロソロ進みます。
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暗い穴だけのシーンで、どれも似たようなものですが、しばらくお付き合いください。
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ところどころに横穴。
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排水に使われた竪穴。
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新坑道との交差点まで来ました。
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観光用の新坑道は広くゆったりしています。
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坑道を出たら晴れていました。1泊2日の山陰ツアーはこれでお終い。大阪に戻ります。


by gipsypapa | 2019-05-22 08:18 | | Trackback | Comments(2)

石見銀山の銀山ゾーンを歩く

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ツアーの最終訪問地は石見銀山(いわみぎんざん)です。2007(平成19)年に世界遺産に登録されました。銀を精錬するためには、大量の薪炭用木材が必要とされます。石見銀山の特徴は、周辺の環境に配慮した「自然環境と共存した産業遺跡」であり、その点が高く評価され、世界遺産登録につながったそうです。

戦国時代後期から江戸時代前期にかけて最盛期を迎えた日本最大の銀山でした。当時は日本は世界の銀の約3分の1を産出したとも推定され、石見銀山産出の銀がそのかなりの部分を占めたとか。ここでは龍源寺間歩(りゅうげんじまぶ)を見学するのが目的です。

世界遺産に指定されたためでしょう、道路整備が制限されているようで、観光バスの乗降所からゆるい坂道を約2.3km、片道45分、往復1時間半を歩く必要うがあります。登って龍源寺間歩に行くか、ほぼ平地の大森地区の武家・町家ゾーンや代官所ゾーンを散策するかの2者択一。我々は龍源寺間歩に向かう銀山ゾーンに挑戦することにしました。

石見銀山の銀山ゾーン
島根県大田市大森町イ1597-3 付近
撮影 : 2019.3.23
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小雨が降っています。
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清水谷精錬所跡。
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寛永8年創建と伝わる西本寺(さいほんじ)があります。門前の掲示板には「山吹城城門西本寺」と書かれています。山吹城とは要害山山頂にあった城のこと。山門は石見銀山を守護する為に築城された山吹城の城門と伝わるもので、切妻、桟瓦葺、四脚門です。西本寺山門は大田市内に残る山門建築の中でも最古級にあたる貴重なものとして大田市指定文化財に指定されています。

西本寺
江戸時代中期(17世紀初期)
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ209
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普通の観光地のように土産物屋や食事処はほとんどありません。これは例外ですが閉まっていました。
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豊栄神社(とよさかじんじゃ)は、毛利元就の木像がご神体として祀られています。元は洞春山・長安寺という曹洞宗の寺でした。幕末の慶応2年(1866)に第2次長州戦争が起こり、毛利氏を藩主とする長州藩の隊士達が石見に侵入し長安寺に駐屯したそうです。

大森に進撃した長州軍の面影をとどめ、激動の幕末の遺跡として興味深い神社です。明治2年に朝廷は、元就に対して豊栄神社の神号を与えたので、長安寺から豊栄神社に変わりました。

豊栄神社
詳細不明
大田市指定文化財
島根県大田市大森町ホ211
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福神山間歩。
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こちらは甘南備坑の表示。この周辺の木立の間には、大きく口を開けた間歩がいくつかありますが、中には入れません。
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江戸末期から石見銀山の町年寄山組頭を勤めた高橋家の住宅。山組頭とは鉱山の取締役で、山師の中から2~3名任命される役職。高橋家は、代々銀山の町年寄・山組頭等、山方・町方の役人を勤めた家で、付属建物では酒造も行っていたそうです。山組頭の遺宅としては唯一現存する建物だとか。

現存する主屋は、安政年間(1858~1860)に建設されたで、瓦葺き切妻造り、2階建てで、往時の風格を偲ばせます。1975(昭和50)年に「石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅」として島根県指定史跡に指定されました。

高橋家住宅
旧石見銀山御料銀山町寄山組頭遺宅
安政年間(1858~1860)年
島根県指定史跡
島根県大田市大森町
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道路わきを流れる小川は銀山川。
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龍源寺間歩の見学を終えて、山道を下る途中にある佐毘売山神社(さひめやまじんじゃ)。境内までは急勾配の石段がありますが、社殿にブルーシートがかけられていました。16世紀中頃に創建された鉱山の守り神で、精錬の神「金山彦命」を祀る神社です。

壮大で全国一の規模の山神社だそうです。地元では、「山神さん」と呼ばれ親しまれている古社です。現在の建物は文政2年に再建されたもの。

佐毘売山神社
1819(文政2)年
島根県大田市大森町
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銀山が盛んな頃に物資の輸送に使われた旧道ですが、今は使われないため草に埋もれています。
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往き同じ道を下ってきて、駐車場が近づいてきました。往きに写真を取れなかった渡邊家住宅へ再び。渡邊家住宅は、江戸後期の1811(文化8)年に建てられた銀山付地役人の居宅で、同町の銀山地区内に唯一現存する武家屋敷です。

世界遺産の石見銀山遺跡に関連する史跡で、主屋は木造一部2階建て。土塀を巡らせて前庭を設け、奥に主屋や土蔵を配置する当時の武家屋敷の特徴を伝えています。

渡邊家住宅
1811(文化8)年 / 2019(平成31)年3月改修
島根県大田市大森町銀山
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このときは、大田市教育委員会が行っていた保存修理工事の終わりかけだったようで、復元工事がこのあとすぐに完了。現在は一般公開され、隣接地で和食を提供する日本料理店「渡辺家咄々庵」として営業しているそうです。
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壁などが塗り替えられて、Brand New になっています。



by gipsypapa | 2019-05-20 08:34 | | Trackback | Comments(2)