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津和野カトリック教会

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津和野町役場の向かい側には、武家屋敷のなまこ壁が並ぶ殿町の景観の中では異彩を放つ津和野カトリック教会があります。長崎浦上のキリシタン信徒の殉教地として知られる津和野にヴィリオン神父によって明治中期に創設された教会で,現在の建物は昭和初期の再建です。

津和野町観光協会の記事では「ドイツ人シェーファー神父が建てた教会」とありますが、神父が設計したのか、単に再建の指揮を執ったのかはわかりません。さらに別のサイトではドイツ人ヴェケレー神父というのもいくつかあり、これも確認できませんでした。また再建年も昭和4年と6年の二つの記述があります。ここでは文化庁の文化遺産オンラインにある昭和4年とします。

カトリック教会らしい尖塔単塔式の重厚なゴシック建築ですが、礼拝堂内部は畳敷きに色鮮やかなステンドグラスの組み合わせが印象的です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

津和野カトリック教会堂
1929(昭和4)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
島根県鹿足郡津和野町後田66
撮影 : 2018.2.26
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なまこ壁の向こうに尖塔が立つ不思議な風景。
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石造りのように見え、ネット上にそういう記述もありましたが、文化遺産オンラインでは木造平屋建てです。
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木造にモルタル仕上げして、石貼り風に見せているのでしょう。
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玄関口から堂内を覗くことが出来ました。
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実際、内部を見ると窓のところの壁が薄いので石造りではないです。
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ツアーの案内が次に向かったので、中に入ることが出来ませんでした。
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幼稚園が併設されています。
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帰りにも通りかかりましたが時間がなくこれ以上見れませんでした。ということでこれ以降はネットから。
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聖堂の右奥に神父館があります。内部は1階に事務室や応接室、食堂、2階に居室三室などがあるとか。昭和2年に建てられた木造2階建てで、地方における教会施設の一例として国の登録有形文化財に指定されています。

津和野カトリック教会 神父館
1917(昭和2)年
登録有形文化財
設計・施工 : 不明
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by gipsypapa | 2018-09-17 08:27 | 建築 | Trackback | Comments(2)

津和野町役場津和野庁舎

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津和野の殿町通りに面してなまこ壁が続いていて、大きな薬医門があります。大岡家老門といわれるもので、津和野藩の家老職を勤めた大岡家の表門です。格式の高い旧武家町の景観を構成する要素の一つになっています。

今は当時の武家屋敷は残っていませんが、その門をくぐると敷地内にはレトロな津和野町役場庁舎が建っています。旧鹿足郡役所として大正中期に建てられた木造建築で、今も現役の町役場として使われています。

真壁造りに赤い石州瓦葺きの屋根。両翼と中央の車寄せの玄関部分を突き出させた、左右対称で、典型的な役場建築です。国の登録有形文化財の木造平屋建て。

津和野町役場津和野庁舎
旧鹿足郡役所
1919(大正8)年
設計・施工 : 不明
島根県鹿足郡津和野町後田ロ64-6
撮影 : 2018.2.26
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殿町の景観そのもののなまこ壁。
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塀の向こうに赤い屋根の建物があります。
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大岡家老門です。江戸時代のものですが詳細はわかりませんでした。
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二階建てに見えますが「文化遺産オンライン」では平屋建て。天井が高い吹き抜けみたいです。
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左には津和野町教育委員会の看板もあります。
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側面です。かなり奥行きもあります。ペディメントは純和風ですね。

by gipsypapa | 2018-09-16 10:08 | 建築 | Trackback | Comments(2)

角島大橋と角島灯台

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角島(つのしま)は、山口県下関市豊北町大字角島の日本海(響灘)上にある島で、山口県の北西端にあり北長門海岸国定公園に含まれます。

角島大橋は2000(平成12)年に開通した橋で、1789メートルの長さがあり、離島へ架けられた一般道路橋としては群を抜く長さで沖縄県の古宇利大橋に次ぎ全国第2位だとか。周囲の景観に配慮した構造が自然景観保護の観点から評価され、2003年に「土木学会デザイン賞2003」の優秀賞を受賞しました。

エメラルドグリーンの海をまたぎ、景観と調和した雄姿は、西長門海岸地域随一の景勝地として、山口県の新たな観光スポットになっています。

角島大橋
2000(平成12)年
設計 : 八千代エンジニアリング
施工 : 大林組、オリエンタル建設
山口県下関市豊北町大字神田~角島
撮影 : 2018.2.26
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高台から。
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駐車場の近くにある貝の形のモニュメント。
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土産物屋が1軒。
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バスで橋を渡ります。
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この日は波があるので、エメラルドグリーンまでには行きません。
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途中にある小さな「鳩島」。
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角島に到着。水仙の島でした。

角島灯台
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角島灯台が見えてきました。1876(明治9)年に初点灯。高さは43mです。多くの灯台を設計した英国人、リチャード・ヘンリー・ブラントンによる、日本海側では初の洋式灯台です。プラトン設計の灯台や付帯設備は、このブログで旧鍋島燈台退息所旧江埼燈台退息所菅島灯台付属官舎犬吠埼灯台大瀬埼灯台を紹介済みです。

角島灯台
1876(明治9)年
下関市指定有形文化財
土木学会選奨土木遺産
設計 : R・H・ブラントン
施工 : 不明
山口県下関市豊北町大字角島2343-2
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残念ながらバスは一回りしただけで、下車して見ることが出来ませんでした。
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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条件がよければこんなに美しいエメラルドグリーンなのですね。


by gipsypapa | 2018-09-14 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

元乃隅稲成神社と龍宮の潮吹き

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ツアーの2日目です。この日は盛りだくさん。まずは日本海側に移動しました。元乃隅稲成神社(もとのすみいなりじんじゃ)は、長門市油谷津黄にある神社です。

比較的新しく建立された神社で、地元の網元であった岡村斉の枕元に白狐が現れ「吾をこの地に鎮祭せよ。」というお告げがあったことを元に、太皷谷稲成神社(島根県津和野町)から分霊されたとのこと。

123基の朱色の鳥居が約100メートル並ぶ景観が印象的で、アメリカのニュース専門放送局CNNが平成27年3月に発表した「日本の最も美しい場所31選」に選ばれたことから注目されたらしいです。

2016(平成28)年の産経ニュースでは「平成25年に年間2万人だった参拝客は、26年に3万人、CNNで取り上げられた27年は7万5千人、そして今年は30万人まで伸びる見通しだ。」とあり、近年はこの地域のツアーでは必ず訪れる、山口県有数の観光スポットになりました。

元乃隅稲成神社
1955(昭和30)年
山口県長門市油谷津黄498
撮影 : 2018.2.26
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駐車場は神社本殿の近くの高台にあります。
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日本には約4万社の「稲荷神社」がありますが、「稲成」という漢字が使われているのは少ないそうです。
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太皷谷稲成神社から分霊されたため、ここは「稲成」です。
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一旦下りて、下側から登ることにしました。
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大きな鳥居をくぐります。
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昭和62年から10年間かけて奉納されたそうです。
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既に隙間なく立っています。これ以上は無理。
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全部の鳥居に奉納者の名前が書かれています。
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海際は切り立った崖です。右上に本殿の鳥居が見えます。
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高台の本殿前に到着。
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神社高台に建つ大鳥居の上には賽銭箱があり、下から賽銭箱にお金を投げ入れると願いが叶うとか。
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近くにある小さな祠。
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神社の下から海を見下ろした先に「津黄龍宮の潮吹き」があります。
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断崖下の海蝕洞に荒波が打ち付け、海水が中の空気と一緒に吹き上がる現象が見られる場所。
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肉眼では何度か見ることが出来ましたが、撮影には失敗この方向からは無理でした。
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ということで、これ以下はネットの写真を借用しています。
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by gipsypapa | 2018-09-13 07:57 | 建築 | Trackback | Comments(2)

厳島神社末社豊国神社 五重塔

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千畳閣の隣に建つ五重塔は、室町時代中期の建立です。建築様式は「和様を基調とするが、四隅の軒の強い反り、柱の粽(ちまき)、尾垂木の先端を三角形状に削る点など、細部に禅宗様の要素がみられる。」とあります。禅宗様(ぜんしゅうよう)は唐様ともいわれ、当時の中国建築の様式を取り入れたものです。

総高29.3メートル(塔本体は27.6メートル)の鮮やかな朱塗りの五重塔。過去3回の改修が行われましたが、室町期の創建当初の姿を留めている数少ない建造物です。

ネット情報では、日本にある五重塔の数は現存するものの総数で「22基」と伝えられており、厳島神社の五重塔は22基の五重塔の内の7番目に古い歴史をもつそうで、国の重要文化財に指定されています。

豊国神社 五重塔
1407(応永14)年 / 1951(昭和36)年改修
重要文化財
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町1-1
撮影 : 2018.2.25
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向こうに見えるのは厳島神社多宝塔です。戦国時代の大永3年(1523)創建と伝えられます。国の重要文化財。

宮島の観光はこれで終わり。再びバスに乗って広島県へ移動します。

by gipsypapa | 2018-09-11 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

厳島神社末社豊国神社 千畳閣

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千畳閣(せんじょうかく)は嚴島神社末社豊国神社(とよくにじんじゃ)本殿の通称です。桃山時代の1587(天正15)年に、豊臣秀吉が戦歿将兵の慰霊のため毎月一度千部経を読誦するための大経堂をの建立を政僧として有名な安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)に命じたもの。

宮島では最も大きな建物で、畳857枚分の広さがあることから千畳閣と呼ばれてきました。秀吉の急死によって工事が中止されたため、御神座の上以外は天井が張られておらず、板壁もない未完成のままの状態で現在に至っています。

明治初年の神仏分離で本尊の釈迦如来座像は大願寺に遷され、嚴島神社の末社として豊臣秀吉霊神を祀る神社になりました。その後、大正7年(1918年)に宝山神社の祭神の加藤清正霊神を合祀しました。国の重要文化財に指定されています。

豊国神社本殿(千畳閣)
1587(天正15)年
設計・施工 : 不明
広島県廿日市市宮島町1-1
撮影 : 2018.2.25
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最初の写真はウィキペディアから借用しています。これは厳島神社の参道から見たところ。
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厳島門前町を左折して路地を進むとトンネルの手前に
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石段があり、ここを登っていきます。
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大規模な経堂の割りに境内が狭いので全容を撮ることができません。
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参拝はここから。受付があり入館料は100円でした。
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方位盤が下がっていました。
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堂内には歌舞伎役者一行の名や川柳などが、いたるところに掲示されたりしています。
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これらは江戸時代に遺構らしく、当時はここが交流の場・納涼の場として人々に親しまれていたそうです。
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高台にあるのに吹きさらしです。
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造りかけで放置され、今まで誰も完成させようとは思わなかったわけです。
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主に江戸時代に掲げられたと思われる飾り物はいたるところに。
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豊国神社は豊臣秀吉公の死後に神として崇められるようになった際の神号(しんごう)「豊国大明神」に因んだものです。
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豊国神社はゆかりの各地にあります。徳川家康を祀る東照宮と同じ趣旨の神社ですね。
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宮島土産の大きなしゃもじ(杓文字)がいくつも飾ってありました。
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江戸時代に、近くにある光明院の僧、誓信が「厳島・弁財天」が手に持つ「琵琶(びわ)」と形状が似た「しゃもじ」を御山の神木で作り、それを宮島参拝のお土産として売り出すことを島民に薦めたことが始まりだとか
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厳島大明神の小さな社殿。
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千畳閣の名前の通りの空間。
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畳857枚分の広さだそうです。
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次は隣にある五重塔へ行きます。

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