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南海電鉄 天見駅舎

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観心寺を後にして再び河内長野駅に戻り、この日の宿泊地の天見(あまみ)へ向かいました。南海電鉄の天見駅は奥河内の名所、岩湧山や天見温泉の最寄駅です。

駅周辺は昔ながらの集落があり、国の登録有形文化財に登録されている温泉旅館の南天苑があるところ。当初の高野登山鉄道時代の単線時代からある駅で、現在は南海電気鉄道高野線の大阪府最南端の駅です。

駅舎は大正初期の建物を改修して使っているようです。駅の西側には河内長野市内最古の温泉と言われる天見温泉が湧き、古くから温泉郷として栄えていましたが、江戸初期の大火で被災し、長く温泉地としては途絶えていました。昭和8年(1934)に当時の南海鉄道が通ることになり復活したそうです。

南海電鉄 天見駅舎
1915(大正4)年
設計・施工 : 不明
大阪府河内長野市天見195-1
撮影 : 2018.5.28
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河内長野から普通電車で4つ目が天見。途中、千早口駅に止まります。観心寺で少し出てきた、楠正成の出身地が千早赤阪村で、楠木氏の詰め城だった千早城の最寄り駅です。
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天見に到着。
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ホームの脇に歴史を感じさせる井戸と手押しポンプがあります。もしかしたら汲めば温泉が出た?
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無人駅ですが、最新式のカード型改札です。。
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外観は改修されているかも知れませんが、狭い駅舎の中は古いままです。
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また、奥河内観光の岩湧山への登山口(天見コース)です。
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お目当ての南天苑はすぐそこ。「南天の里」と呼ばれるほど南天の多いところです。見えているのは南天かな。

by gipsypapa | 2018-11-18 09:22 | 建築 | Trackback | Comments(1)

河内長野市の「茶店 阿修羅窟」

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観心寺の山門を出て道路を渡ったところに和風建築が1戸だけぽつんと建っています。屋根が2重になった大型の民家風で、見ただけで古そうですが、建物としてのデータは見つかりませんでした。阿修羅窟という甘味処です。

茶店 阿修羅窟
詳細 : 不明
大阪府河内長野市寺元499
撮影 : 2018.5.28
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背後を流れる石見川の堤防のような斜面に建っています。
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竹垣沿いに進むと入り口が見えてきました。
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「茶店 阿修羅窟」と書いた紙の札。閉まっています。土、日、祝日、観心寺の行事がある日のみの営業でした。
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これ以降の内部の写真は食べログから借用しています。
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阿修羅窟の道端に咲く野の花。
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石見川沿いにバス停へ。
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清流です。
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河内長野駅に戻りました。この日の宿がある天見へ向かいます。

by gipsypapa | 2018-11-16 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)

観心寺 恩賜講堂

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観心寺の西の端に大規模なスレート葺きの建物があります。恩賜講堂(おんしこうどう)と呼ばれ、昭和天皇即位大典のために京都御苑に建てられた大饗宴場の一部を移築改造したものです。

大典の終了後、饗宴場は3分割に解体され、大阪府内の関西大学とここ観心寺、奈良県の橿原神宮にそれぞれ移築されました。橿原神宮のものは平成10年の台風で大破し現存していません。関西大学に移築されたものが、今は千里寺本堂として使われている建物で、このブログでも紹介しています。内部は3分割されたので、当然ながら内部は千里寺本堂と同じ意匠です

。二重折上格天井に鮮やかな宝相華(ほうそうげ)という唐草模様の壮麗な天井絵が飾られています。近代宮殿建築を代表する建築物として国の重要文化財に指定されています。

観心寺 恩賜講堂
1928(昭和3)年 / 1930(昭和6)年移築
重要文化財
設計 : 宮内省内匠寮
移築設計 : 池田谷久吉
施工 : 不明
大阪府河内長野市寺元453
撮影 : 2018.5.28
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恩賜とは天皇家から授かった、という意味。
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昨年、2017(平成29)年に国の重要文化財に指定されたばかり。
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一方、千里寺本堂の方は登録有形文化財のままのようです。
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この外灯は千里寺にあるものと同じです。
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これ以降はネットにあった写真を借用しています。
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恩賜講堂の内部は非公開ですが5月の楠公祭に合わせて開催される少年剣道大会などで見れるそうです。
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ブドウの房のようなシャンデリアも千里寺と同じ。
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こちらは以前アップした千里寺本堂の天井です。色や図柄が違いますね。
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恩賜講堂の手前に霊宝館という建物があり、各種の仏像などの文化財が展示されています。
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その1で紹介した建掛塔に模型。平屋建てで建てかけのままでしたが、完成したらこうなるようです。

by gipsypapa | 2018-11-15 08:28 | 建築 | Trackback | Comments(2)

檜尾山 観心寺(その2)

金堂や建掛塔のほかにも見るべき伽藍がいくつかあります。伽藍の建立は実恵(じちえ)という空海の十大弟子の一人です。観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られています。奥河内の観光地の一つで、大阪みどりの百選に選定されているほか、関西花の寺二十五番霊場、 仏塔古寺十三番霊場、新西国客番霊場、 神仏霊場大阪十五番、 役行者霊蹟札所にも数えられている古刹です。

檜尾山 観心寺
開基 : 平安時代
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28

●鎮守社拝殿
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金堂へ向かう参道の左側にあるのは、境内図では拝殿になっています。位置的に金堂の拝殿ではなく、北側にある鎮守社・鎮守堂とも呼ばれる訶梨帝母天堂(かんしんじかりていもてんどう)の拝殿です。大阪府有形文化財。

鎮守社拝殿
1732(延享元)年
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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訶梨帝母天堂との間に小さな池があり、太鼓橋が架かっています。
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●訶梨帝母天堂(重要文化財)
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拝殿の北側ちいさな祠があります。鎮守社・鎮守堂も呼ばれ、訶梨帝母天(かんしんじかりていもてん)を鎮守として祀っています。訶梨帝母は鬼子母神のことだとか。今のお堂は室町時代後期に建てられ、江戸時代初期に豊臣秀頼の命により修理が行われたこたもの。構造は春日造り。正面には軒唐破風があります。国の重要文化財。

訶梨帝母天堂
1549(天文18)年 / 1614(慶長19)年改修
設計・施工 : 不明
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●阿弥陀堂
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阿弥陀如来以外にも普賢菩薩・不動明王を祀っています。詳細不明です。
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オレンジ色の僧衣を着たお坊さんがずっとお祈りを続けていました。
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お祈り中だったので、見れなかった普賢菩薩の写真をネットから借用しています。象に乗っていますね。
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扉には菊のご紋があります。

●御影堂(みえいどう)
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金堂から山側へ石段を登ったところにある御影堂。大阪府有形文化財。

御影堂
江戸中期
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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●行者堂
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観心寺の前身、雲心寺寺院を開創した役小角を祀っています。
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●本願堂(開山堂)
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観心寺の実質的な開基者の道興大師こと実恵(じちえ)祀っています。

本願堂(開山堂)
1646(正保3)年
大阪府有形文化財
設計・施工 : 不明
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●道興大師御廟
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本願堂(開山堂)の裏に実恵の霊をまつる建物がありますが、近づけません。
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●御首塚
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湊川で討死した正成の首級を足利尊氏がこのお寺に届けたと伝わっています。毎年5月楠公供養祭が行われているそうです。

●鐘楼

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石垣の台の上に建つ鐘楼。古そうですが詳細はわかりません。
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●倉庫
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かなり近代的な建物。倉庫のようです。
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●牛滝堂(うしたきどう)
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金堂の西、少し下ったところにあり、牛馬の安全を祈っています。
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by gipsypapa | 2018-11-14 09:12 | 建築 | Trackback | Comments(2)

檜尾山 観心寺(その1)

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旧槇本本院庫裏を出て少し南にお目当ての観心寺がありました。観心寺は高野山真言宗の寺院で、山号は檜尾山で、本尊は如意輪観音。飛鳥時代の大宝元年(701年)に役小角(えん の おづの)によって開かれ、初めは雲心寺とよばれていました。

平安時代の初めに弘法大師空海が来訪して観心寺に改称したそうです。伽藍建立は実恵(じちえ)という空海の十大弟子の一人です。天長4年(827年)より 造営工事に着手したとあります。南北朝時代には後醍醐天皇の信任により、建武新政後(1334年頃)、楠木正成を奉行として金堂外陣造営の勅を出され、 現在の金堂ができたとか。

観心寺は楠木氏の菩提寺であり、楠木正成および南朝ゆかりの寺としても知られています。奥河内の観光地の一つで、大阪みどりの百選に選定されているほか、関西花の寺二十五番霊場、 仏塔古寺十三番霊場、新西国客番霊場、 神仏霊場大阪十五番、 役行者霊蹟札所にも数えられている古刹です。

檜尾山 観心寺
開基 : 平安時代
大阪府河内長野市寺元475
撮影 : 2018.5.28