2020年 01月 04日 ( 1 )

御堂筋の南御堂

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御堂筋のお庭探索の最後は大国町から北へ3駅行った本町駅の南にある南御堂(みなみみどう)。南御堂は通称で、正式には真宗大谷派難波別院という真宗大谷派の寺院です。前を通ったことは何回もありますが、境内に入るのは初めてでした。

創建は1595(文禄4)年で、豊臣秀吉より寺地を寄進され、教如が大坂渡辺の地に大谷本願寺を開創しました。この寺院も戦災で焼失。本堂と山門が再建されたのは1961(昭和36)年、その後に山門は御堂会館に建て替えられていました。

真宗大谷派難波別院(南御堂)
1961(昭和36)年
設計・施工 : 不明
大阪市中央区久太郎町4-1-11
撮影 : 2019.10.31
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御堂筋は大阪の中心を南北に貫く大通り。戦災でほとんどの建物が焼失し、残ったのは阪急(竹中工務店設計)、大丸(ヴォーリズ設計)、高島屋(久野節設計)などのデパートや大阪ガスビルなどの大型鉄筋コンクリート造りだけでした。

写真は空襲後の大阪市街。南から撮影しています。左端は南海難波駅、右手前には松坂屋大阪店(現・高島屋東別館)、中央に大阪歌舞伎座が見えます。左下の南海難波駅から右上に伸びる道路が御堂筋です。ウィキペディアから。
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その代わり、戦後には容易に近代的な街づくりできたわけで、今はこのような現代彫刻が道路わきに並ぶ、幅が広くお洒落な通りになっています。
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ちなみに通りの北側には北御堂(本願寺津村別院)があるので、この通りが御堂筋と呼ばれるようになったのです。お寺の山門とは思えない南御堂ビル(積和不動産関西南御堂ビル)。山門と一体になっていて、1~4階は貸し会議室のほか、カフェや飲食店。5~17階は大阪エクセルホテル東急になっています。
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スタバがある山門。

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もともとあった御堂会館は1961年に建てられましが、老朽化と耐震上の問題があり、2015年末から休館していたそうです。
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これ、山門です。
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山門の上はホテル。
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紋をくぐって後ろの御堂筋を振り返っています。
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本堂前に椅子が並んでします。実はこの次の日、2019年11月1日が開業でセレモニーの準備でした。
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ここに来たのは庭園がお目当てでした。庭は本堂の向かって左がわにありました。それは次回に。
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ネットにあった焼失前の南御堂。明治末期の写真です。

by gipsypapa | 2020-01-04 08:00 | 建築 | Trackback | Comments(2)