2019年 12月 02日 ( 1 )

大内氏館跡 池泉庭園

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龍福寺のすぐ東の一角に大内氏の第9代当主、大内弘世(おおうちひろよ)が築いた居館、大内氏館跡があります。弘世は京に似て山に囲まれた盆地である山口を選び、ここに京の街を模した街造りをしたそうです。

大内氏歴代の当主はここで政務をとり、第16代当主大内義隆が、天文20年(1551年)に家臣、陶晴賢の謀反にあって自害し、館が焼失するまでの約200年間にわたって西日本の政治、経済の中心地でした。

大きな池がある庭園は、1400年代末につくられ、大内氏が滅亡する1500年代中頃まで使われたと考えられています。中央部にひょうたん池がある池泉式の庭園で、水は庭園東側の水路から導入しています。そういう意味では池水庭園ですね。

平成4年から発掘調査で発見され、平成23年に16世紀前半の形に復元整備されました。周囲には、庭を鑑賞する建物だったと思われる基礎石や石組井戸なども復元して展示されています。

大内氏館跡 池泉庭園
室町時代 / 2011(平成23)年復元
史跡
作庭 : 不明
山口市大殿大路119
撮影 : 2019.10.15
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やはり室町時代らしい、中島がある素朴な景観です。
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池のたもとにソテツが植樹されていますが、これは1488年当時の史料にも出ているそうです。
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当時から国際交流も盛んだった証拠でしょう。
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北東にある導水路。
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グーグルの航空写真。龍福寺と池水庭園の位置関係がわかります。



by gipsypapa | 2019-12-02 08:18 | | Trackback | Comments(2)