2019年 10月 20日 ( 1 )

依水園(その2)建物群

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奈良名所の東大寺と興福寺の間にある国の名勝「依水園(いすいえん)」。江戸時代前期に作庭された「前園」と明治時代の「後園」という二つの池を中心とした庭園です。

昭和33年に一般公開されました。前園と後園の間には茶室などの建物がいくつか並んでいます。江戸時代からあるものと明治時代以降の建物が混在しています。

依水園
江戸時代初期 / 明治時代
名勝
設計・施工 : 不明
奈良市水門町74
撮影 : 2019.9.11
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挺秀軒(ていしゅうけん)。
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前園の三秀亭と同様に、清須美道清により江戸時代初期の延宝年間(1673-1681年)に建てられた茶室。
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立派な茅葺きの茶室。
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明治になって依水園を買い取った関藤治郎が裏千家に使えるように縁を取り付けたそうです。
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後園から前園への流れ。
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小川の反対側には清秀庵(せいしゅうあん)。これも同時期に建設されたものらしいです。
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隣の新しい和室と渡り廊下でつながっています。
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広めの座敷のある建物。これはかなり新しそうでした。
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その東側には最も大型の氷心亭(ひょうしんてい)。13畳の広間、四畳半の小間と九畳の間があります。
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明治44年(1911年)に建てられた書院造りの茶室で、新薬師寺境内の建築に使われていた古材も使ったとか。
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ガラスは極薄の口吹き硝子とあります。
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明治時代のもので、口吹きで大きな瓶を作り、それを開いて、伸ばして作ったものだそうです。
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後園の池の南にある小さな建物。マップでは「寄付(よりつき)」となっています。いわゆる待合ですね。
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後園の池の北岸に立つ柳生堂(やぎゅうどう)。園内では唯一の仏堂で「檜皮葺」の建物です。
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剣豪の里で有名な旧柳生村の芳徳寺から明治時代に移築されたもの。
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柳生堂は16世紀後半に柳生家の菩提寺だった芳徳寺に建てられたそうです。園内最古の建築物です。
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左の2棟が氷心亭で、右が柳生堂。
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氷心亭の前から眺める後園が美しい。それは次回に。

by gipsypapa | 2019-10-20 08:35 | 建築 | Trackback | Comments(2)