2019年 09月 16日 ( 1 )

福岡市の平尾山荘

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平尾山荘は福岡出身の幕末の女流歌人で、勤王家として知られた野村望東尼(のむら もとに 1806~1867)の閑居地(世俗を逃れて心静かに暮らすこと)でした。現在の草庵は明治時代末期に復元された、福岡市市指定の史跡です。

平尾山荘
1909(明治42)年復元
設計・施工 : 不明
福岡市中央区平尾5-2-28
撮影 : 2019.8.19
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道路を挟んだところを含めて、山荘公園になっています。
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グーグルマップでは「少祠(しょうし)の石碑」と表示されていますが、詳細不明でした。
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公園の中心には野村望東尼の像。
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シンプルな茅葺屋根の家です。
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裏に古い井戸が残っています。
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玄関は開いていて、自由に入ることができます。上がり口で記帳。
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「望姫島」と書かれた額。誰の書わかりませんが、江戸末期に幕府により勤皇派の望東尼が姫島(糸島郡志摩町)に流されたことだと思います。なお望東尼を救い出したのが高杉晋作だとか。
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山荘の隣にある管理棟に掲示してあった望東尼の和歌の短冊です。



by gipsypapa | 2019-09-16 08:04 | 建築 | Trackback | Comments(2)