2019年 07月 28日 ( 1 )

報国山 光明寺(その1)

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善峯寺(よしみねてら)に行ったときに、京都西山三山の存在を知りました。その一つ、光明寺(こうみょうじ)が自宅から近く行きやすいので、再訪することにしました。調べると前に参拝したのは2006年、13年前のことでした。

光明寺は西山浄土宗の総本山で、法然が初めて「念仏」の教えを説いた地でだそうです。また紅葉の名所としても広く知られています。 境内には建造物が32棟あり、そのうち17棟が長岡京市指定文化財です。

また釈迦堂の前座「信楽庭」 という枯山水の庭があり、これを見たくて訪ねましたが、期間限定公開とのことで、残念ながら見ることはできませんでした。

報国山 光明寺
京都府長岡京市粟生西条ノ内26-1
撮影 : 2006.2.18 & 2019.6.18
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善峯寺の参道にあった、京都西山三山の看板。ここ光明寺の参道入り口にも立っていました。
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長岡京市指定文化財の総門。
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上り坂の途中にある閻魔堂。
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総門から本堂に向かう緩やかな坂道が表参道です。通称「女人坂」と呼ばれています。本堂までかなり高低差がありますが、緩やかなので上りやすかったです。
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本堂(御影堂)の右側にある建物は勧化所(かんげしょ)です。勧化とは、「仏さまの教えを説き、信心を勧める」という意味だとか。
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その隣にある白い建物は経蔵で、その前の木は「法然上人袈裟掛の松」です。その名のとおり法然上人が日本で最初に念仏を唱えたときに、脱いだ袈裟を掛けたという言い伝えからきているのでしょうが、さすがにそんなに古い松ノ木ではなさそう。
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経蔵は1707(宝永4)年の建立で、何度か改修が行われたようです。
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鐘楼にかかっている梵鐘は1949(昭和24)年に鋳造されたたもので、「遣迎鐘」(けんこうがね)といいます。
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手水所の鉢は蓮の花。
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光明寺の中心的な建物が御影堂(みえどう)。いわゆる本堂に相当します。御影堂には、法然上人自作の「張子の御影」が祠られているそうです。建物は応仁の乱や、その後の何度かの火災で、当初の建物は残っていません。現在のお堂江戸時代中期に再建されたもので、入母屋、総欅(ケヤキ)造りの長岡京市指定文化財。

御影堂
1754(宝暦4)年
長岡京市指定文化財
設計・施工 : 不明
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内部の写真は13年前に撮ったものです。
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これ以降も13年前の写真です。
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御影堂の右側にある弥阿陀堂。これは御影堂より後に再建された長岡京市指定文化財。

弥阿陀堂
1799(寛政11)年
長岡京市指定文化財
設計・施工 : 不明
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次回は石段を降りて、下にある境内へ。

by gipsypapa | 2019-07-28 08:29 | 建築 | Trackback | Comments(2)