2019年 07月 17日 ( 1 )

渉成園 枳殻邸(その1)

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渉成園(しょうせいえん)は真宗大谷派の本山、東本願寺(真宗本廟)の飛地境内地です。寛永18年(1641年)に徳川家光から宣如上人(東本願寺第13代)に寄進され、承応2年(1653年)に石川丈山(いしかわ じょうざん)によって書院式の回遊庭園として作庭されました。

石川丈山は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての武将、文人だそうです。当初の建物群は、江戸時代後期に焼失したため、現在の殿舎は、慶応元年(1865年)から明治初期までに再建されたものです。一方、庭園は作庭時の姿を残しているそうです。

渉成園という名称は、中国六朝時代の詩人陶淵明の「園日渉而成趣」の詞にちなむとか。また周囲に枳殻(カラタチ)が植えてあったことから、枳殻邸(きこくてい)とも呼ばれます。渉成園十三景といわれ、国の名勝に指定されています。見所が多いので、3回に分けてアップします。

渉成園 枳殻邸
江戸時代初期
名勝
作庭 : 石川丈山
京都市下京区東玉水町300
撮影 : 2019.5.24
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西門から入ります。このすぐ右が受付。入園料は500円でした。
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正面にある高石垣。
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色々な形の石を組み合わせた遊び心のある石垣です。
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ここから庭園へ。
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庭園マップの矢印通りに北側(地図では左)から歩きました。
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小さな池があり、向こうに見えるのが滴翠軒(てきすいけん)で、手前は臨池亭(りんちてい)です。

臨池亭
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滴翠軒と直角に配置され、吹きっぱなしの廊下でつながっています。池に臨んで建っているので、この名前になりました。平屋建ての美しい和風建築で、二方に廊下を巡らし、池に面した縁側を張り出しています。

臨池亭
1884(明治17)年再建
設計・施工 : 不明
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窓越しに八畳の間が見えています。同じような八畳の間がもう一つあるそうです。
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内部の写真はネットにあったものを借用しています。
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滴翠軒
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臨池亭と直角に並ぶ滴翠軒も同時期に建てられたもの。園内の最も北側にある建物で、長い軒先を突き出し、縁側を池に張り出した書院造りの平屋建てです。

滴翠軒
1884(明治17)年再建
設計・施工 : 不明
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内部写真は再びネットから借用しています。
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亀の甲の井戸。

代笠席
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少し東に行ったところに建つ、代笠席(だいりつせき)は四畳半の部屋が二間ある煎茶席です。

代笠席
1888(明治21)年再建
設計・施工 : 不明
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パンフレットの内部写真。
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池沿いを北に進んだところにある獅子吼(ししく)は印月池の水源の一つです。
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ガイドに従って東南に進むと見えてくるのが印月池(いんげつち)。
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向こうに架かるが渉成園のランドマークの一つ、侵雪橋(しんせつきょう)。この橋は後で渡ります。
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by gipsypapa | 2019-07-17 08:40 | | Trackback | Comments(0)