2019年 06月 08日 ( 1 )

がんこ高瀬川二条苑(その2)高瀬川源流庭苑

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高瀬川二条苑は、1611(慶長16)年に、高瀬川の開削者である豪商、角倉了以(すみのくらりょうい)が源流に建設した別邸跡にある日本庭園。高瀬川源流庭苑とも呼ばれ、小堀遠州(1579-1647)が江戸時代初期に作庭した茶庭が残っています。

明治時代になって、第二無鄰庵を整備するときに7代目小川治兵衛(植治)が改修し、現在の姿になっているそうです。

がんこ高瀬川二条苑 高瀬川源流庭園
江戸時代初期 / 明治期
作庭 : 小堀遠州+七代目小川治兵衛(植治)
京都市中京区東生洲町484-6
撮影 : 2019.4.30
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今まで見てきた「がんこお屋敷シリーズ」では、京都亀岡 楽々荘以外は食事をしなくても、手前から庭園に入ることができましたが、ここは建物の中の廊下からしか行けません。
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以下の解説は「がんこ高瀬川二条苑」でもらったパンフレットから。

京の人々に古くから親しまれ愛されてきた高瀬川の流れは、豪商 角倉了以の別邸跡「がんこ高瀬川二条苑」を通り、木屋町通りをくぐって再び姿を現します。

おおよそ400年前の慶長16年、了以によってつくられた当庭苑は、その後、明治の元勲山県有朋の別邸「第二無鄰庵」に。
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北側に茶室。昔もここにあったようです。
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その前の周辺が小堀遠州が作庭したと思います。
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小堀遠州は江戸前期の茶人・武将。茶道のほか作事奉行として建築・造園に才を発揮し、二条城、南禅寺、仙洞御所などの名勝を手掛けた人です。
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吾妻屋風燈籠は- 日本最大の燈籠だとか。
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一段下がった高瀬川源流の周辺は、明治時代、第二無鄰庵を整備するときに7代目小川治兵衛(植治)が改修した部分でしょう。
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一枚岩の滝と名づけられています。
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訪問者、白鷺でしょうね。
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ここが正真正銘の源流です。
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これ以降は13年前に撮った写真。蛸薬師通の元立誠小学校の前にある角倉了以翁顕彰碑です。

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四条近くの高瀬川沿いにありました。
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by gipsypapa | 2019-06-08 08:48 | | Trackback | Comments(4)