2019年 04月 19日 ( 1 )

南洲神社と南洲墓地を参拝

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薩摩半島を抜けて霧島に向かう途中に再び鹿児島市の市街地を通ります。立ち寄ったのは南洲神社と南洲墓地です。前年のNHK大河ドラマ「西郷どん」の余韻が残る時期的な理由でここを訪ねることになったのでしょう。

南洲とは西郷隆盛の雅称で、南洲神社は隆盛を祀る神社として建立されました。1880(明治13)年、南洲墓地の隣に参拝所が設けられたのが始まりで、1922(大正11)年に「南洲神社」として無格社に認定されたとか。1945(昭和20)年に戦災で焼失し、1950(昭和25)年再建されました。

南洲神社
1950(昭和25)年再建
設計・施工 : 不明
鹿児島県鹿児島市上竜尾町2−1
撮影 : 2019.3.11
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参道に土産物屋があります。
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たとえば秀吉は豊国神社、家康は東照宮など、昔の武将を神格化した神社があり、その流れです。
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明治以降では松蔭神社や乃木神社がありますが、ここもその一つ。
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この写真はネットから借用しています。
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南洲墓地はその隣にあります。西南戦役で没した西郷隆盛を始めとする2千有余名の御霊を祀る墓地。
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1877(明治10)、官軍の総攻撃によって西郷隆盛以下薩軍が全滅し西南戦争が終結すると、鹿児島県令岩村通俊は官軍の許可を得て西郷隆盛らの遺体を鹿児島市内5か所に仮埋葬したそうです。
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1879(明治12)に有志によってそれらの墓を現在地にまとめて改葬し、その後、九州各地に散在していた西郷軍の遺骨も集めて計2023名が葬られる「南洲墓地」となりました。
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前日は強烈な雨でしたが、この日は快晴。駐車場から桜島がきれいに見えました。
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大きな噴煙ですが、これが普通?
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仙巌園の前を通過。今日は桜島もくっきりです。

by gipsypapa | 2019-04-19 08:11 | | Trackback | Comments(2)