2019年 04月 05日 ( 1 )

知覧武家屋敷通り

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知覧でのツアーのオプションは。特攻に関する資料を展示する知覧特攻平和会館を見学するか、武家屋敷通りを観光するかの二者択一。私たちは当然ながら武家屋敷通りにしましたが、29人のツアー客のうち武家屋敷組は4人だけ。23人が知覧特攻平和会館へ、残り2人が自由行動でした。まあ、普通はそうかも。

江戸時代、薩摩藩は「外城制」という制度により、多くの武士を鹿児島の城下町ではなく薩摩藩領内の各地に住まわせ、各地の城の麓に小さな城下町のような武家集落を形成させていました。それらの集落を「麓(ふもと)」と呼ぶようになり、その数は100以上にも及んだとか。

知覧の武家屋敷群は、第十八代知覧領主・島津久峰の時代に整備されたものです。折れ曲がった本馬場通りに沿って連なる石垣と大刈り込みの生垣に当時の面影が残っていて、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。なお現在では知覧麓、志布志麓には往時の庭園群が残り、知覧以外に入来麓、出水麓は武家集落の雰囲気を色濃く残しているそうです。

知覧武家屋敷通り
重要伝統的建造物群保存地区
鹿児島県南九州市知覧町郡
撮影 : 2019.3.11
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武家屋敷通りの沿線には、名勝庭園として国の指定を受けた武家屋敷があります。
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石垣とイヌマキの生け垣に囲まれた、700メートルにわたる集落です。
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「薩摩の小京都」と呼ばれています。
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知覧の庭園がある屋敷の特色は、入口に門を建て、その後方に主屋が建っていること。
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また、門から入ると、正面に石垣や植栽の壁があって、カギ型に曲がらないと家屋が見えないことです。
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順次アップする庭園もそうですが、さすがに江戸時代の建物は建て変わっています。
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知覧の道は地面を掘って作られたため、屋敷地と1メートルほどの段差があります。石垣は屋敷地の土留めです。
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石垣や生け垣に調和させるために、シラス色とよばれる名勝庭園の庭土と同じ色合いの特殊舗装が施されているそう。
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観光地として整備する際に、電柱を撤去したそうで、舗装された道路には側溝がなく、数箇所にグレーティング(鉄格子)の穴が開いていました。
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通りにはいくつかカフェや雑貨店がありますが、どれも控えめで好ましい。
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石垣の上に茶とイヌマキを2段に植ええています。イヌマキが波のように刈り込まれた印象的な風景です。
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国の名勝に指定された7つの庭が一般公開されています。これらの庭園は順を追ってアップします。


by gipsypapa | 2019-04-05 08:55 | | Trackback | Comments(2)