2018年 11月 21日 ( 1 )

辰野金吾設計の南天苑(その1)

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かなり前から河内長野に辰野金吾設計の旅館があるのを新聞で読んで知っていて、行きたいと思っていました。ある意味、近場なので、行けそうでいつでも行けるということで伸び伸びになっていました。今回はようやく実現した1泊旅行でした。

南天苑は大正初期に堺市の大浜公園に娯楽保養施設として建設された「潮湯」の別館で、家族向けの入浴・遊戯・休憩施設だった「家族湯」が移設されたもの。設計は辰野金吾が率いる辰野片岡建築事務所でした。

L字型平面の木造2階建て、入母屋造りの旅館建築で、内部は客室を中心とし,1階東南隅には大広間がある純和風建築です。近代の大規模和風建築の好例であるとして国の登録有形文化財に指定された、木造2階建て。

天見温泉 南天苑本館
1913(大正2)年 / 1935(昭和10)年移築
設計 : 辰野片岡事務所
施工 : 不明
大阪府河内長野市天見158
撮影 : 2018.5.28 & 29
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駅の西側すぐに旅館の入り口があります。
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玄関手前には赤い宝珠の欄干がある飾り橋。
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玄関の右から庭に行きます。
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1階の大広間。
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玄関右側に広がる小ぶりながら見事な池泉回遊式の庭。
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潮湯の本館が1934年の室戸台風で破損したため潮湯は閉鎖。1935(昭和10)年に南海電鉄が別館「潮湯家族湯」を天見温泉へ移築したものです。
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1949(昭和24)年に旅館南天苑がこの建物を使って創業。この頃から、「潮湯家族湯」の移築話は口承となり、辰野金吾氏設計説はあいまいなままだったとか。
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2002(平成14)年に明治建築研究会が調査を開始し、戦前の移築当時の資料が発見され、潮湯別館の移築であることが証明されました。
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庭の散歩も南天苑の楽しみの一つです。
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玄関と反対の裏側へ。
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ブラシの木がありました。
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小さな神社があります。
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白○神社の提灯。
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泊まったのは2階の部屋。
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裏側の少し下がった所にある小さな建物は別館。これは辰野金吾とは関係ないでしょう。
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名もない小川が流れています。
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大正時代の堺の潮湯の写真をネットから借用しています。左の洋館が本館。これは辰野金吾設計で納得ですね。右が今は南天苑に移設された家族湯です。
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Google の航空写真。L字型です。旅館の内部は次回に。

by gipsypapa | 2018-11-21 09:47 | 建築 | Trackback | Comments(0)