2018年 09月 24日 ( 1 )

吉田松陰幽囚の旧宅

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吉田松陰は、伊豆国下田でアメリカ軍艦による海外渡航に失敗して江戸伝馬町の牢に捕えられ、ついで萩に送られて野山獄に入れられますが、安政2年(1855)に釈放されて父親の杉百合之助預けとなり、この実家に入りました。

松陰はここの幽囚室に謹慎して読書と著述に専念。家族からの薦めもあり、幽囚室で近親者や近隣の子弟たちに孟子や武教全書を講じましたそうです。

建物は部屋が10以上あるほか、板間・物置・土間を有するかなり大きい建物。幽囚室は東側にある3畳半の一室です。国の史跡に指定された木造瓦葺き平屋建て。

吉田松陰幽囚の旧宅
旧杉百合之助邸
江戸後期
史跡
設計・施工 : 不明
山口県萩市椿東1537
撮影 : 2018.2.27
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ここで幽閉された後、安政の大獄に連座し、江戸に檻送されて伝馬町牢屋敷に投獄され・・・
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結局、安政6年(1859年)に斬首刑に処されました。
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享年30(満29歳没)という若さでした。
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吉田松陰は今で言う学校の先生だったわけで、特に何をなしたということがないのに神社まで建てて祀るのは不思議です。それだけ長州藩が明治維新に関して重要な役割を果たした証拠でしょう。
by gipsypapa | 2018-09-24 08:13 | 建築 | Trackback | Comments(2)